IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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キャノンボール・ファスト前夜 〜または金色の策略〜

「うーん……今日も一夏をしごいたぜ」

ついに大会前日となった今日は、アリーナの使用時間ギリギリまで一夏の特訓に付き合った。

 

(一夏の動きもなかなか様になってきた。白式を使いこなせ始めてる証拠かな)

 

今日の訓練を思い出す。

 

『いいか? 高機動戦闘で重要なのは冷静な判断力だ。頭はクールに、体はホットにってな。そんで、それを迅速に実行するための行動力も求められる。分かるな?』

『回避、防御、迎撃を瞬時に判断するんだよな? 前に比べたら結構上達したと思うんだが』

『確かにそうだけど、まだまだだな。大体お前は防御に徹しすぎてシールドエネルギーの減少が速いんだよ。もっと回避すればいいのに』

『なるほど』

『じゃ、早速行ってみよー!』

『お、おう』

 

教えてやれば一夏の吸収は早い。アドバイスをすぐに参考にするのはとてもいいことだ。

 

しかし、二時間ぶっ通しは、さすがにこっちも疲れるからな……

首をコキコキと鳴らしながら部屋に戻った俺はシャワーを浴びる。

温かい水流が汗を洗い流していくにつれて次第に疲れも取れていく。

「ふぃ〜……」

シャワーから上がり、服を着てベッドに背中からダイブする。

(みんな上達したからな……。まあでも? 俺にはまだ誰にも言ってない秘密兵器が━━━━)

コンコン

「ん? はーい」

ノックに呼ばれてドアに向かう。ガチャッとドアを開けるとそこに立っていたのはラウラだった。

「おう、どうした?」

「いや………なんだ……。一緒に夕食でもと思ってな……」

ラウラのやつにしては珍しく滑舌が悪い。

その態度もどこか落ち着きがなく、ソワソワしている。

「……可愛い格好してるな?」

「!!」

「その服初めて見たな。どっかで買ったのか?」

ラウラの格好はロング丈のワンピースだった。

「こっ、ここ、これはだな! しゃ、シャルロットと先日買ったものだ!」

「へえ、よく似合ってるじゃんか。どっかのお嬢様みたいだぞ」

「お、おじょっ……!?」

「よし、じゃあ飯食いに行こうぜ」

「……お嬢様……………お嬢様」

「ラウラ?」

「!? い、いや、何でもない! そ、そうだな! では行くとしよう!」

そう言って歩き出すラウラ。

 

「………………!」

 

右手と右足を同時に出して歩く人を初めて見た。

 

ラウラさん、ガッチガチに緊張してらっさる。

「ラウラ? 何をそんなにテンパってるんだ?」

「え、ええい! うるさいうるさい!」

どすっ

「ぐふっ」

いきなり脇腹に手刀を食らった。なして?

「お前のせいだぞ……。お前のせいだからな!」

連続してラウラが手刀を叩き込んでくる。

「やっ、ちょっ、まっ、待てって! だあもう!」

手刀を乱舞させるラウラの手を取って足払いする。

「っ!?」

そして倒れるラウラの背中に手をまわして小柄な体を抱きかかえた。

「な、なな……!」

「大人しくしろって。ったく」

「う、うむ」

ちょうどお姫様抱っこの形になってとりあえず手刀の嵐は止んだ。ラウラは暴れるのをやめて小さくなって頷いている。

俺はそのままラウラを抱えて食堂へ向かった。

「きゃあああああっ! なになに!? なんでお姫様抱っこ!?」

「ボーデヴィッヒさん、いいなー!」

「きっと生徒会のサービスの一環よ!」

「次! 私も次!」

「ああ、お似合いな感じが余計腹立つ!」

やっちまった……。食堂に入るなり女子たちに発見された。

(っていうか、今まで誰とも会わなかったのが不思議だ……)

いや、今はそんな些細なことを気にしている場合ではない。押しかけてくる女子たちを何とかせねば。

「………………」

「ラウラ、降ろすぞ?」

「あ、ああ…………」

なぜか残念そうな声色の返事を寄越すラウラ。俺はゆっくりと床に降ろす。

「「「「「「桐野くん!」」」」」」

「えー、そのようなサービスは実施してないんで、あしからず」

「え~!」

「ラウラだけずるい!」

「そーだそーだ!」

ぶーぶーと文句を垂れる女子たちをなだめて席に戻すまで五分かかった。

「まったく……毎度のことながら騒々しいな………」

「…………………」

俺に触れられていた二の腕を抱くように頬をピンクに染めて腕を組むラウラ。

「なあ、ラウラは何食べる? 俺、一夏をしごき倒したから腹減っちまって。ここは豚キムチ定食にしようと思うんだが」

「…………………」

「ラウラ? おーい、ラウラってば」

「な、なんだ!?」

「いや、だから何食べるかって」

「そ、そうか。私はフルーツサラダとチョコぷ━━━━」

「チョコ?」

「い、いや! なんでもない! 言い間違えだ!」

「あ、もしかしてチョコぷりん? あれ美味いよな」

「………………………」

「でも意外だな。ラウラがそういうの食べるなんて」

「ま、前にシャルロットが持ってきたのが美味かったからな……」

「ふーん。あ、でもアレか。ドイツってチョコレートが超美味いんだろ? もしかしてチョコレートにはうるさかったりするか? ……あれ? ベルギーだっけ?」

「い、いや、私は本国ではチョコレートは…………」

「そっか。まあでも、我慢せずに食えよ?」

というわけで俺とラウラはそれぞれの夕食を取ってテーブルにつく。

ちなみに俺の豚キムチ定食は、ピリッと辛いキムチを焼いた豚肉で巻いて口の中に入れたあとご飯と一緒に食うのがまた美味いんだこれが。

「にしてもお前、そんなんで足りるのか? 俺だったら夜中に腹減っちまうよ」

「い、一夏に夕食は少ない方が健康だと聞いたからな……」

「ああ、あの話。でもあれってダイエットしてないなら無理する必要はないらしいぞ。それにラウラって軽いから」

「か、軽いだと!?」

「お、怒んなって。良いじゃねえか。軽くて」

「それは……そうだが……むぅ…………」

釈然としないといった表情のラウラは食事にもどる。

ワンピース姿でサラダを食べる様はまるでCMか映画のワンシーンのようだった。

(……不覚にも見惚れちまった)

「? どうした?」

「い、いや。別に」

「そうか」

「………………………」

「………………………」

普段からラウラはあまりしゃべるタイプではないから当然会話がなくなることもある。

だけど俺はこの沈黙は嫌いじゃない。むしろ騒々しい学園生活と一線を画せるから落ち着ける。

「瑛斗」

「ん?」

珍しくラウラから話しかけてきた。

「いよいよ明日だな」

「キャノンボール・ファストのことか。そうだな」

「そっちもあるが……その………お前の……………」

「ん? 俺の?」

「い、いや。何でもない。あ、明日で言っておくが、負けんぞ?」

「へっ、その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

それだけ言って、俺達は食事に戻った。

「明日のキャノンボール・ファスト……頑張らないとな」

部屋に戻ってパソコンでフラスティアの最終調整を行っていると携帯電話に着信があった。

「非通知? 誰だろ?」

発信相手を確認して通話ボタンを押す。

「はい。もしもし?」

『瑛斗? 今、大丈夫だったかしら?』

電話の主はエリナさんだった。

「はい。大丈夫ですけど……どうしたんですか? わざわざ非通知でなんて」

『ちょっと……言いにくい話なんだ。知られたらヤバい形の』

「はあ」

エリナさんにしては歯切れが悪い。相当言いにくい話なんだろう。

『実は……亡国機業にしてやられたの』

「えっ!? やられたって、何を!?」

『その言い方だと、亡国機業のことは知ってるみたいね。実は開発が完了したばかりのISを盗まれたわ』

盗まれたってことは、楯無さんが言っていたやつか!

『私がついていながら………情けないわ』

悔しそうに呻くエリナさん。あの人のISの《ヴァイオレット・スパーク》だって決して性能の低い機体ではない。エリナさんの実力も相当なものだ。

それを出し抜くってことは……

「サイレント・ゼフィルスか……!」

そう確信したがエリナさんの反応は違った。

『いいえ。敵はサイレント・ゼフィルスなんかじゃなかったわ』

「? じゃあ、いったいどんな機体を━━━━」

『セフィロトよ』

「なっ……!?」

セフィロトと言えば、確かエレクリットが開発した全身にサイコフレームを内蔵した完全オーダーメイドで俺の《G-soul》のBRFシールドの完成型を使っているはずだ。

『それだけじゃないわ。そのセフィロトを使って盗まれたIS……セフィロトの二号機なの』

「そんな……じゃあ、亡国機業はセフィロトを二つ所有してるんですか?」

『ええ。日本ではキャノンボール・ファストが始まるでしょ? それに乱入してくるかどうかは分からないけど、一応の警戒は怠らないで』

「わかりました……。でも、連中の目的ってなんなんですかね?」

『それはこっちが聞きたいくらいよ。今話したことはまだ公にされてないわ。くれぐれも他言無用ね』

「了解です」

『じゃあ、気をつけて』

エリナさんは電話を切った。俺も携帯を閉じて机に置く。

「……亡国機業、来るなら来やがれってんだ」

俺は拳を固く、強く握った。

 

「うふふ……」

高層ビルが立ち並ぶ、日本の大都会。

 

他のビルとともに煌びやかな夜景を作り上げるひときわ高くそびえ立つビル。

 

その最上階の一室でエムとオータムを指揮する亡国機業実行部隊の指令のスコールがソファに座っていた。

彼女の横に置いてあるテーブルには携帯電話が。彼女はエリナ・スワンに化けて瑛斗に電話を掛けたのだ。無論、変声処理も済んである。

そして彼女の前には漆黒の鎧を思わせる、セフィロト二号機、《ブラック・レオル》が無人展開されている。

「うふ、ふふふふ……」

スコールはその肩の装甲を指でなぞり、微笑む。

「もうすぐ会えるわよ。あなたのご主人様に」

スコールの微笑みは、洗練された黒の装甲に怪しく反射していた。


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