IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
翌日、SHRと一時間目の半分を使った全校集会が行われた。
内容はもちろん今月中旬に催される学園祭についてだ。
(学園祭かぁ……。映画の中で見たことがあるけど、楽しいらしいな)
全校って言うもんだから、これだけの女子がいると騒がしいを通り越して喧しい。
(それにしても昨日のあの人はなんだったんだ……)
そんなことを考えていると、
「それでは生徒会長から説明させていただきます」
と生徒会役員の人がアナウンスした。先ほどまでの喧騒がさーっと静まる。
「やあみんな。おはよう」
「「……ああ!?」」
檀上に上がったその人を見て俺と一夏は声を上げた。二年のリボンをしたその人は昨日俺達の前に現れた謎の先輩だったからだ。
「ふふっ」
俺と一夏を見てクスリと笑う先輩。ていうか、生徒会長だったんか……。
「さてさて、一学期は色々と立て込んじゃって挨拶ができなかったね。私が生徒会長の更識楯無よ」
その人、更識さんは話し始めた。
「では、早速本題に入ろうか。今月行われる一大イベント、学園祭に一つ特別ルールを導入するわ。その内容は」
閉じた扇子を慣れた手つきで横にスライドさせると、それに連動して後ろの大型ディスプレイに俺と一夏の写真が映し出された。
「名付けて!『部活対抗織斑一夏、桐野瑛斗争奪戦!』」
……………………………。
全員が訳が分からず沈黙する。
「……は?」
「え?」
「「「「「えええええええええええええええええええ~~~~~~っ!?」」」」」
俺と一夏の疑問の声をかき消すような女子たちの大声が大気を震わせた。
「静かに。学園祭は毎年各部活ごとに催し物をして、投票によってその学園祭で一番楽しかった催し物をした部活を決めるわ。それで一位になるだけでも十分な名誉だけど、それじゃあつまらない。そんなわけで!」
どっから出したのか、更識さんは左手にもう一つ扇子を持ち、俺と一夏の両方に扇子を向けた。
「今年の学園祭で一位になった部活に、織斑一夏か桐野瑛斗を強制入部させるわ!」
「おお~~~っ!」
さらに沸く女子。やめて。沸かないで。
「質問!」
後ろの方で三年生らしき女子一人が手を挙げた。もしかしてこの行事に異議を唱えてくれるのか!?
「何かな?」
「どっちか一方だったら、もう片方はどうなるんですか!?」
……そっちかい。
「良い質問ね! 教えてあげるわ! セカンドチャンスよ!」
更識さんは左手のセンスをパッと開いた。そこには筆字で『再度!』と書かれている。
「残念ながら一位を取れなかった部活動には、なんと! 選ばれなかった方の男の子を一日だけ入部させるわ!」
「わぁ~~~~~~っ!」
ヒートアップする女子。俺はふぅとため息をついて上を向いた。どうやら、俺達に逃げ場はないらしいな。
「でも!」
更識さんは続ける。
「セカンドチャンスがそんなに簡単じゃ面白くない! この権限が使えるのはどれか一つの部活だけ! 二人には当日に何かを持たせるわ。選ばれなかった方からそれを奪えばその奪った部活で一日入部よ!」
「質問です」
ふと気がついた俺は手を挙げる。
『お! なにかな男の子!』
「俺と一夏、選ばれなかったどちらか一方は逃げてもいいんですよね?」
「YES! それを今言おうとしたところよ! 鋭いわね!」
「ありがとうございます」
どうやらまた、《シェラード》のお世話になりそうだ。
「セカンドチャンスのタイムリミットは学園祭終了から四時間! みんな頑張ってちょうだい!以上!」
更識さんが檀上から降りると、女子たちはなぜかさらに沸いた。
『いい!? 最高で一位! 最低でも一位よ!』
『秋季大会!? ほっとけほっとけ!』
『全員! 死ぬ気で行くのよー!』
『読書研究部! ファイヤーッ!』
おい、大会をほったらかすな。そして読書研究部。アンタらは間違っても『ファイヤー!』なんて言わないだろ。
こうして、寝耳に水、んでもって未承諾の俺、一夏争奪戦は始まった。
……はぁ。
◆
同日、今度は残った一時間目と二時間目をフルで使ってクラスの出し物を決めるクラス会議になった。
黒板には一組の女子たちから提案された様々な案が書かれている。
(『織斑一夏と桐野瑛斗のホストクラブ』、『桐野瑛斗か織斑一夏とツイスター』、『織斑一夏と桐野瑛斗のポッキーゲーム』、『桐野━━━━)
「いい加減しろよお前らぁっ!?」
副代表としてクラス代表の一夏と意見を聞いていた俺は、椅子を倒して立ち上がった。
「なんだよこのいかがわしい案たちは! ボケも大概にしてくれよ! 大体、このポッキーゲームって俺と一夏がポッキー食うとこ見てるだけだろうが!」
「瑛斗、落ち着け」
肩で息をする俺を一夏が窘める。
「みんな、よく聞いてくれ。この提案は……………却下だ」
「えええええ~~!?」
女子たちから大音量のブーイングが飛ぶ。
「なんでよぉ? いいじゃ~ん」
「織斑一夏と桐野瑛斗は共通財産だー!」
「そうだそうだー!」
「消費者のニーズに答えろー!」
「そうだそうだー!」
「こいつら……!」
俺が拳を握りわなわなしているとシャルが立ち上がった。
「みんな! こんなんじゃダメだよ!」
おお、さすがは一組の良心。ほかの女子たちを叱責する。
「『一夏と瑛斗の女装メイド喫茶』をどうして提案しないの!?」
「シャル、お前頼むから黙っててくれ……」
俺は怒る気力も失せ、机に突っ伏した。
「では、普通のメイド喫茶はどうだ?」
『?』
クラスの一人が手を挙げて提案した。その提案者に顔を向けるとそいつは━━━━
「……え? ラウラ?」
銀髪眼帯のラウラだった。クラス全員の視線を浴びたラウラはボン! と顔を赤くした。
「あ、い、いや私ではなくてだな、く、クラリッサの意見を聞いてだな、その、あの……」
しどろもどろなラウラ。珍しいな。こいつがこんなに狼狽するなんて。
「んー、メイド喫茶かぁ? どする?」
「そうねぇ」
「楽しそうではあるよねー」
女子たちからメイド喫茶賛成の声が聞こえる。
「でも、織斑君と桐野君をどうするかよねぇ」
「執事の格好なんてどう?」
え、なんか知らないうちに俺達の格好まで決められそうだけど。
「おお! それいいね!」
「うちの部活演劇部だから衣装の準備はできるよ!」
「よし! さっそく手配して!」
やいのやいのと盛り上がる女子たち。
「どうする瑛斗?」
一夏が耳打ちしてくる。
「うーん、まあ、今までの提案よりは大分マシだな。それにもう皆やる気みたいだし」
俺はふぅとため息をついてラウラの方を見た。ここに転校してきたときより、ずっと、ずっと明るくなったもんだ。
「じゃあ、代表さん。決定してくれ」
「了解。じゃあみんな! 一年一組の出し物はメイド喫茶でいいな!?」
『おおーっ!』
そんなわけで一組の出し物は決まった。
「気合入れていくわよー! 一組、そして読書研究部、ファイヤー!」
『ファイヤー!』
読書研究部員、このクラスにいたんだ……
◆
放課後。
特にすることもなかった俺は、自販機で飲み物を買おうとしていた。
「最近、シャルもボケに走ることが増えてきたんだよなぁ。まいったなぁ……」
自販機に小銭を入れながらつぶやく。
えーと、何にしよっかな。お茶? それともジュース?
まあ、そんなことより。
「━━━━さっきから、俺の後ろをついてくるアンタは誰だ?」
俺は振り返って声をかける。すると壁の陰から一人の女子が出てきた。
「お見事です。良く気付かれましたね?」
出てきたのは眼鏡をかけた『堅そーだが仕事はできる人』の雰囲気を漂わせる三年生だった。
「夜な夜なドイツ軍人の奇襲を受けてましたから。で、何か用ですか?」
俺は自販機のレバーを引いて小銭を回収する。その人は俺を見てニコリと微笑んだ。
「お迎えにあがりました」
「迎え? 三年生に何か頼まれた覚えはないんだがな」
「いえ、私ではなく、会長が」
「会長?」
◆
「なるほど。のほほんさんのお姉さんで」
「はい。妹がお世話になってます」
「いえいえ。こちらこそ」
俺は俺を迎えに来た人、布仏虚さんと話をしながらある場所へと向かっていた。
「しかしアレですね。姉妹でこうも違うなんてちょっと驚きました」
「うふふ、妹はアレだから」
「ええ。アレですからね」
俺はあのダルッダルの袖の制服を着て日向ぼっこしながら眠るのほほんさんを想像した。
「では、お入りください」
俺は虚さんが開けてくれたドアから生徒会室に入った。するとそこには先ほど話をしていたダルダル制服の布仏本音さん(さっき虚さんから名前聞いた)が机に突っ伏していた。
「あ~、お姉ちゃん。お帰り~」
のほほんさんは顔を向けずにダルダルの袖の右手を挙げて揺らした。どうやら虚さんだけ帰って来たと思っているらしい。
「のほほんさん、俺だよ」
声をかけるとのほほんさんはのそりと顔をこちらに向けた。
「わぁ〜、きりりんだ~。やほ~」
「のほほんさんも生徒会の役員だったんだな」
「まあね~」
「ほら本音。しゃきっとしなさいな」
虚さんがダラっとした姿ののほほんさんを諌める。
「む~り~。ね~む~い~」
しかし当ののほほんさんは再び腕枕に顔をうずめる。再び眠ろうとしているのだ。仕事しないのか?
ゴン!
「きゃう!」
すると虚さんがグーでのほほんさんの頭を殴った。おぉ痛そ。
「しゃきっとしなさい。もうすぐもう一人のお客様もいらっしゃるんだから」
「む~……」
「客?」
俺が虚さんに聞くとちょうどこの部屋に誰かが入ってきた。
「ん?一夏と……」
「おや? どうやらもう来てたみたいだね」
一夏と例の生徒会長。更識楯無さんだった。
「よう一夏。お前も連れてこられたのか?」
俺が聞くと一夏は肩を竦めた。
「まあな」
「ほらほら二人とも座って座って」
更識さんに言われて手近な椅子に座ると一夏はのほほんさんと目があった。
「あれ? のほほんさん? なんでここに?」
「おりむー。私もこの生徒会の役員なんだよ~」
「ええ!?」
一夏のリアクション、間違っちゃいない。
「むむ? なにそのリアクション? 私だってちゃんとするときはするんだよ~」
「そう言われてもなぁ……」
「だよなぁ……」
俺と一夏は普段ののほほんさんしか見ていなかったからのほほんさんが生徒会に所属しているなんて夢にも思わなかった。
「もう! わたしだって怒るときは怒るんだよ~! がお~!」
のほほんさんは両腕を上げて襲い掛かるポーズをした。
「悪い悪い」
一夏が謝ると、虚さんが紅茶の注がれたティーカップを俺に手渡した。
「どうも。更識さんはどうしてこの二人を生徒会に?」
「堅い堅い! 私のことは楯無さんでいいわよ? 生徒会の役員は生徒会長が定員数まで好きに入れていいの。だから私は幼馴染の二人を生徒会に入れたのよ」
「幼馴染?」
「うん。三人ずっと一緒だったわ」
「ええ。私たちはお嬢様にお仕えするのが仕事ですので」
虚さんがそういうと楯無さんはくすぐったそうに笑った。
「もう、その呼び方好きじゃないって言ってるでしょ?」
「失礼しました。ついクセで」
そんなやり取りからなんとなく察しがつく。更識家、大層な家柄のようだ。
「織斑君もどうぞ」
「ど、どうも」
一夏も同様に紅茶を受け取る。こころなしか動きが固い。緊張してるのか?
「本音。冷蔵庫からケーキ取ってきて」
虚さんがのほほんさんに声をかける。するとケーキというフレーズに触発されたのかのほほんさんは起き上った。
「は~い。目が覚めた私はできる子だよ~」
足がフラフラだけど大丈夫なのか? まだ眠そうだぞ?
「おりむー。きりりん。ここのケーキはちょおちょおちょおちょ~~お美味しいんだよ」
のほほんさんは素早い動きでショートケーキを俺達の前に置くと、早速自分のケーキのフィルムを剥がしてそこについているクリームを舐めはじめた。
「ちょ、本音やめなさい。布仏家の常識が疑われるわよ?」
虚さんがあわててそれを止めようとする。だがのほほんさんは止まらない。
「だいじょうぶだいじょぶ。うまうま♪」
フィルムをペロペロとなめ続けるのほほんさん。
ゴチンッ!
再び姉の鉄拳制裁を食らう。音が容赦ねえ。
「やめなさい」
「は、はい……」
シュンとなってのほほんさんはフィルムを置いた。
「さ、食べて食べて。味は保証するわ」
「は、はあ」
「いただきます」
そんなわけでお茶会がいつの間にかスタートした。
……
…………
………………
「で、どうして楯無さんはあんなことを?」
俺は全員がケーキを食べ終わったのを見てから楯無さんに聞いた。
「あんなこと?」
「とぼけないでください。あの俺と一夏を部活動同士で奪い合うっていうアレです」
一夏も楯無さんに顔を向ける。
「ああ、学園祭のこと。ちょうど話そうと思っていたわ」
楯無さんはハンカチで口を拭くと扇子を取り出した。
「今回の争奪戦の理由はね、苦情が来たのよ」
「「苦情?」」
「全ての部活動から『どうしてあの二人を入部させないんだ』って苦情がもう殺到しちゃって。だから生徒会として二人を部活に入部させなきゃいけなくなっちゃったの」
なんつーはた迷惑な話だ。俺は部活よりISの研究をしていた方がずっと楽しい。それに一夏だってISの操縦訓練で忙しいはず。部活に行く暇なんてさらさら無いだろう。
「で、その交換条件として、どちらか一方。そしてもう片方は一日入部ってことになったの。これでも私たち生徒会はあなたたちを守る側だからね」
「そ、そうですか」
「あ、ありがとうございます、なのか?」
できればもうちょい頑張ってほしかったなぁ。
「で、そのかわりと言ってはなんだけど、一夏君は私が鍛えてあげる。IS操縦も、心も体もね」
「遠慮します」
「そう言わないで。ね?」
「どうして楯無さんが鍛えてくれるんですか?」
一夏はストレートに聞いた。
「それはね、君達が弱いからだよ」
「な……!」
ストレートに返されて一夏は面食らう。俺もヘルプに回るとしよう。
「ちょっと待ってください。一夏は一年生の中では十分能力はあります。それに俺やほかの連中がこいつに訓練をつけてますからもう一夏のコーチは間に合ってます」
「一年生の中、ではね」
「?」
「あなたたち、この学園で一年生のトップに立つだけで満足?」
「どういうことですか?」
「あなたたちは、すでに本当なら一年生じゃ歯が立たない相手と闘ったことがある」
「「!」」
思い当たる節はある。クラス対抗戦での無人機の襲来。銀色の福音との戦闘。確かにどれも一筋縄じゃいかなかった。
「でもあれはみんなと力を合わせて━━━━!」
「みんなと……それは『一人では弱いです』って認めたってことで良いかな?」
「……………!!」
「私はね、一年生の能力の底上げを考えているわ。一人一人の実力が高ければ高いほど、それを合わせた時の力は絶大。それに一人の力が上がれば他の人の競争心に火がついてさらに全体の能力は上がる。どうかしら? 悪い話じゃないと思う」
「……………………」
一夏は沈黙する。楯無さんの話は的を射ている。個々の実力を考えると悪くない話であるのは確かだ。
「楯無さんの言いたいことは分かりました。でも『弱い』っていうのは許せません……」
一夏は立ち上がり、楯無さんを指差した。
「勝負しましょう! 俺が勝ったら今の話はなかったことにしてください」
「負けたら?」
「その時はあなたに従います」
「うん。いいよ」
楯無さんはあっさり承諾した。
「おい、勝算はあるのか?」
俺は一夏に耳打ちする。
「わからない。でも俺だって弱くないつもりだ」
一夏ははっきりと答えた。
「…………ふふっ」
楯無さんは笑っている。まるで悪戯が成功した子供のように。