IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
「作戦完了━━━━と言いたいところだが、お前たちは独断行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用トレーニングを用意してやるから、そのつもりでな」
旅館に戻って来てから三十分くらい経ったかな。戻ってきた俺達は織斑先生に正座で思いっきり説教を受けていた。つ……辛い。セシリアなんかさっきまで赤い顔してたけど、もう顔が白いぞ。
「あ、あの……織斑先生。もうその辺で……。け、怪我人もいることですし…………」
そう俺達を擁護してくれるのは山田先生だ。さっきから救急箱を持ってきたり水分補給用のパックを持って来たりと大忙しだ。
「ふん…………まあ、その、なんだ。全員、よくやった」
山田先生の言葉を受けたからかどうかは分からないが、織斑先生の説教はこれで終わった。最後にお褒めの言葉らしきものをいただいたが、アレは褒められたととっていいんだよな。
「じゃ、じゃあ、一度休憩してから診察しましょうか。ちゃんと服を脱いで全部見せてくださいね。ああ! 男女別ですよ! わかってますか織斑くんと桐野くん!?」
「分かってますよ。心外だなぁ。俺達がそんなスケベな野郎に見えま━━━━」
「「「「「……………」」」」」ササッ
………えーと、女子たちが自分たちの体を隠すように身を縮めているんだが、そんなにスケベに見えるんだろうか? 普通にショックだ……。
「い、一夏、そういうことみたいだからここを出ようぜ」
「え? あ、ああ」
俺は一夏を連れて部屋から出た。
「……なあ、瑛斗」
「ん?」
「俺達、ちゃんと……守れたよな?」
「……………………」
その目は、答えを求めていた。
「………ああ。守れたさ」
お前と、《白式》と、俺と、《G-soul》は。
◆
「…………………」
質問の嵐だった夕食を終えて、俺は夜の海岸に来ていた。
夜空に輝く月光が波に写り、ゆらゆらと揺れている。
耳に入るのは、一定の周期を保って寄せては返す波の音だけ。
静かな、とても静かな砂浜。
(結局、あの夢はなんだったんだろう)
夢を見ていた。その覚えはある。でも、どんな内容だったかはさっぱり覚えていなかった。
この景色とは正反対に霞みがかっていた。
「すぅ…………」
目を閉じて、深く息を吸う。潮の香りが鼻の奥をくすぐった。
宇宙ステーションの循環装置から出される何の匂いもしない空気とは違う。
それは、『地球の匂い』だった。
(こんな世界が、広がってたんだな)
歩けば三十分とかからず一周出来るあのドーナツ状のモジュールとは違う、どこまでも広がる果てのない世界。
(こんな景色を、あの人と一緒に見たかった……)
ふと横を見る。
けど、誰もいない。
ここから遠くない旅館に戻れば、学園と遜色のない喧騒がきっと繰り広げられているはず。
それなのに、ひどく、孤独を感じていた。
(もう会えないんだ……本当に……)
あの声も、あの顔も、もう記憶の中にしか存在しない。そう思うと、胸が締めつけられて、息が詰まった。
「あっ! アレじゃない!? おーい!」
「えっ?」
振り返る。すると、笑顔をゆっくりとがっかり顔に変えていく鈴の姿が見えた。その隣には、セシリアもいる。
「なんだ、瑛斗か」
なんだとはなんだ。なんだとは。
「アンタこんなところで何してんのよ?」
「別に、なんだっていいだろ。お前らこそ何してんだよ」
「そうですわ、瑛斗さん! 一夏さんを見ませんでしたか?」
「そうよ一夏! アイツ部屋にいなかったの! なんか知らない!?」
二人に詰め寄られ、俺はたじろいだ。
「し、知らないって。俺も夕飯のあとは一夏は見てねえもん」
「きい! 一夏のやつ、アタシがせっかく遊んでやろうと思ったのに!」
「わ、わたくしが先に一夏さんを探してましたのよ!?」
「知らないわよ! 早い者勝ちでしょ!」
ぎゃーぎゃーと俺の前で言い争う二人。いつもと変わらないやり取り。
「……ぷっ」
それが、無性に面白く思えた。
「ははっ……! はははははっ!」
「な、なによ?」
「どうかしまして?」
「いや、悪い。元気だなと思ってよ。ほんの数時間前まで、命懸けで戦ってたってのに」
「そんなの関係ないわよ」
「そうですわ。関係ありません」
言いながら、鈴は腰に両手をあて、セシリアは金色の髪を手で梳いた。
「「だって、今も戦ってるんだから」」
珍しく、二人の意見が一致していた。
「……そうか。何の戦いかはよくわからないけど、どっちも頑張れよ」
「もちろんよ!」
「鈴さんには負けませんわ!」
二人はそのまま走って行ってしまった。
(一夏を探すなら、白式を探したほうが早いんじゃないかね)
今になって気づいた。けどもう遅い。二人の姿はどこにも見えなかった。
と、思ったらまた二人分の足音が背後から聞こえた。
「ここにいたか、嫁」
「部屋にいないんだもん。探しちゃったよ」
ラウラとシャルだった。
「お前らも一夏探してんのか?」
「違う。お前を探していたのだ。まったく、こんな時間の外出は禁止事項のはずだぞ」
ラウラは腕を組んで、鼻から息を吐いた。
「ふふっ。とかなんとか言っちゃって。ラウラのほうから瑛斗を探しに行くって外に出たくせに」
けど、シャルの一言でビクッと肩を震わせる。
「し、シャルロット!?」
「そうなのか? ラウラ」
訊くと、少し頬を染めてコクリと頷いた。その小さな動きに揺れた銀色の髪が、月の光を受けてキラキラと輝いていた。
「う……うむ。よ、嫁を気にかけるのは亭主の務めだ」
性別が間違ってんだけどな。とは言わないでおこう。
「それで、瑛斗は何をしてたの?」
シャルが俺の顔を覗き込む。
「…………………」
でも、俺は答えられなかった。
「瑛斗?」
「……なんだったかな。自分でも忘れちまった。ほんの気まぐれだったのかもしれないし、何か考えがあったのかもしれない」
「何を言ってるのだ、お前は」
「気にすんな気にすんな。多分大したことじゃない」
笑ってごまかす。
すると、ラウラが海を背にして俺の前に立った。
「ラウラ?」
「その……だな。さっきは、うまく言えなかったが………」
モニョモニョ言っていたラウラだが、意を決したように俺の目を見た。
「あ、改めて礼を言う。瑛斗、あの時お前と一夏が来なければ、私たち全滅していた」
「そんな……いいって。別に感謝されたくてやったんじゃないんだ。やりたいようにやっただけだよ」
あの行動に、見返りを求めようとは思っていなかった。
ただ、心に従った。それだけだった。
「それでも、一言言いたかったんだ」
ラウラは目を伏せて、少し笑った。
「お前に助けられたのは、これで二回目だな……」
頭の後ろに手を回して、ゆっくりと眼帯を解く。金色の瞳が、夜の闇に浮かんだ。
「『
「お前は、この目を綺麗だと言ってくれた。あの時だ。あの時から、私は真に私であると、胸を張って言えるようになれたんだ」
「ラウラ……」
「……ありがとう。そしてもう一度宣言しよう。お前は、私の嫁だ」
「…………………」
ラウラのこんな優しい笑顔は、初めて見たかもしれない。
その姿は美しくて、気高くて、優しくてそして━━━━可愛かった。
「僕も、瑛斗には感謝してるよ」
シャルが俺の横に立った。
「瑛斗は、僕を受け入れてくれて、そんな瑛斗がいたから、僕はこうしてここにいられる。瑛斗に助けてもらってる」
シャルが、俺の左腕に自分の右腕を絡ませた。
「ありがとう、瑛斗」
「……じゃあ、俺からも言わせてくれ」
「え?」
「どうした?」
二人は、きょとんとした顔になった。
「━━━━ありがとう。お前たちがいてくれるから、俺は一人じゃないって思える。だから……ありがとう」
「……うんっ! どういたしまして!」
「ああ。どういたしまして、だ」
三人で笑いあって、それから旅館へ戻る道を進んだ。
戻る途中、遠くのほうから爆発音的なのが聞こえた気がしたけど、それはきっと気のせいだろう。
◆
ざざぁん……ざざぁん………
「んー…………ん、んー」
波の音に合わせるように鼻歌を奏で、小型ディスプレイに目を向けているのは、篠ノ之束その人だ。
彼女が見ているのは白式第二形態《雪羅》とG-soul第二形態《G-spirit》の戦闘映像。
束の顔には、笑顔があった。
「はー、それにしてもこの二機には驚くなぁ。白式は操縦者の肉体再生まで行うなんてまるで━━━━」
「まるで、《白騎士》のよう。……そう言いたいんだろう」
すると、林の中から声が聞こえた。自分を愛してくれる友の声だ。木に背をあずけて、よりかかっているのだろう。
「あー、ちーちゃん……」
束は姿を現さない千冬の方には顔を向けず、淡く輝く月を見ている。
「ふふ、そうだね。白式の方も面白いけど、G-soul……こっちもなかなかのものだよ」
「何がだ?」
「このISのコア、元は誰のISのコアだか分かる?」
「……………」
千冬は答えない。束はそれを確認すると答えを言った。
「このISのコア、ちーちゃんのあの時の対戦相手だった人のIS《G-HEART》のコアなんだよ」
「ほう………それはまた、偶然だな」
あの時、第二回モンド・グロッソで千冬は決勝戦を辞退。
理由は決勝前に誘拐された一夏を助けるため。
それによって、千冬の決勝戦の相手が不戦勝で二代目のヴァルキリーになった。
「で、そのISの操縦者が━━━━」
「ツクヨミのIS研究所所長、アオイ・アールマイン、だろ?」
「ぴんぽーん。正解。よく分かったね」
「ふん、知らなくてどうする……」
「じゃあさ、ご褒美に面白いこと教えてあげるよ」
「なんだ?」
「えっくんのことだよ。えっくんはね━━━━」
ざぁぁっ……
と風が木々を揺らし、ざわめかせ、音をたてる。
「━━━━━━━━だよ」
「な……なんだと!? そんなことがあるはずがない! ……いや、あってはならない!」
声を荒げ、林の中から躍り出る千冬。
その眼は真っ直ぐ束を見ている。しかし束はそんなことは気にせず話を進める。
「それが現実なんだよ。ちーちゃん。えっくんはいつか、このことを知った時、どうするかなぁ?」
「………………」
「自己嫌悪になっちゃうか、それとも……」
束は楽しそうに語る。まるでおとぎ話を話すように。
「いっくんや箒ちゃん、その他の前から姿を消してケリをつけに行っちゃうかなぁ? うふふ……、何にしても面白い話でしょ?」
「ああ。ブラックジョークなら最高傑作だ」
千冬は束の顔を真顔で見ながら答える。
「あはは、ちーちゃんこわい~。……じゃあ、束さんはそろそろドロンするのだ。じゃあ━━━━」
「……待て」
「?」
「お前に聞きたいことがあって来たんだ。お前にだけ話させてたまるか」
「……いいよ。束さんに話して御覧なさい!」
「……一夏と桐野。なぜあの二人はISを動かせる?」
「んー……どうしてって言われてもなぁ」
「答えられないということは、『お前』には分からないってことだな?」
腕を組み、そう続けた千冬。束は反論しない。
「そうだね。束さんは天才だけど、分からないこともあるんだよ。束さんは天才だけど、神じゃないからね」
「……そうか。もう行っていいぞ」
「最後に……ちー、ちゃん」
「?」
「━━━━━━━━」
何かを言って、束は海に飛び降りた。おそらくその下には束が作ったボートでもあるのだろう。
「………………」
何を言ったのか千冬には理解できた。千冬はふっと笑う。
「当然だ。馬鹿……」
夜風が千冬の髪を撫でた。
◆
「ん~~~~~っ……はあっ」
臨海学校最終日。この日の日程はただIS学園に帰るだけ。今はサービスエリアでトイレ休憩中だ。寝ていた俺は、バスから降りて伸びをする。
「お茶でも買うか……ん?」
飲み物を買おうと自販機の前に立つと、その横のもう一つの自販機の方に人影が二つ。
「何してんだ? お前ら………」
「「はうっ!?」」
反応したのは箒とセシリア。手にお茶のペットボトルを持ちながらなにやらぶつぶつ独り言を言っていた。
「べっ……別に?」
「な、なんでもありませんわよ?」
目がものすごく泳いでいるが……ん?
「箒、髪留めのリボン変わったのか?」
いつものやつとは色が変わっている。緑だったリボンが白色になっていた。
「へっ!? あ、ああ、こっ、これは……その、い、一夏……がな」
「一夏に買ってもらったのか?」
「そ、そうだ……。へ、変か?」
「いいや、全然」
「そ、そうか……ふふ」
こころなしか嬉しそうにポニーテールを弄る箒。大分気に入ったようだ。一夏もこーゆー才能はあるんだな。人の喜びそうな物を買う才能が。
「そ、それではわたくし、バスに戻りますわ」
「あっ、ま、待て!」
そして二人はバスに戻って行った。何をそわそわしてるんだろうか。
「っとと、俺も買わなきゃ」
本来の目的を思い出し、俺はお茶を買ってバスに戻ることにした。
「あー、学園に戻ったらエリナさんに謝らないとな………」
急に嫌なことを思い出し、ちょっぴり気が沈む。
(シールド、壊しちゃったからなぁ……)
「ま、まあきっと、許してくれるさ。は、はは、ははは、はぶっ!?」
ぼふん!
座席にもどる途中で何かにつまずいてしまった。のはいいんだけど、なんだろう? なにか柔らかいものが俺の顔面を受け止めてるんだが?
「?」
ふに、ふにふに。
良い感触だ。……待てよ? こんな展開いつかも……。
「あらあら、こっちの子は随分積極的ね」
「へっ!?」
上から声がしたので見上げるとそこには綺麗な女の人がいた。え、俺が掴んでたのって、まさか……
「え、へ、ええっ!?」
胸だった。その女の人の結構大きな胸を、俺はしっかり掴んでいた。
「ごっ、ごご、ごめんなさい!」
慌てて謝る俺。しかし女の人は苦笑しながら俺の後ろを指で示した。
「謝るなら、あっちにも謝ったほうがいいんじゃないの?」
「?」
振り返る。
「瑛斗……ラッキーだったね」
「はっはっは」
「シャルとラウラ……!?」
動きが止まる。二人の背中には風神と雷神が見える……!
「「…………」」
五◯◯ミリリットルのペットボトルを構える二人。
動けない、俺。
「「はいどうぞ!」」
「ぶげらぁっ!!」
ペットボトルが直撃した俺は気を失う寸前、仰向けに倒れながら後ろの方に座る一夏が見えた。
「……………」
(のびてたな……アイツ)
……ガクッ
少し加筆してみました。一夏と箒が原作でイチャコラする数分前ですよ。
臨海学校編が終わり、次回から夏休み編です。
お楽しみに!