IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
(…………………)
どれくらいこうしていただろう。
俺の目の前で組み上げられていくそのISはフレームに装甲が着々と装着されていく。
(ん?)
ふと、女性が少年に何かを言って、少年は部屋の外に出て行った。
「どうかしたのか?」
俺が声をかけると、女性はこっちを向いた。何故か顔を見えなかった。
「あなたは……」
「ん?」
「あなたは、何のために戦いますか?」
「……………」
突然そんなことを言われて、言葉に困る俺。
「何のために……か。考えたこと、無いかもな」
俺は椅子から立ち上がり、窓の向こうの宇宙に目をやった。
「まあでも、強いて言うなら、『守る』ため。かな?」
「守る?」
「ああ。居場所を、仲間を守りたいから、戦ってる。ダメかな?」
そこまで言うと、ドアが開いてあの少年が入ってきた。不思議だ。この子の姿に見覚えがある。少年の手にはUSBメモリーが握られている。そしてそのUSBをパソコンに挿し、ケーブルでISと繋げると、何かのデータのインストールが始まった。
「!」
突然、足元にヒビが入った。
そのまま足場は崩れ、俺は宇宙に放り出されてしまう。
(や……ヤバい……死ぬ死ぬ死ぬ!)
必死にもがくが、何の解決策にもならない。
(……あれ?)
息ができた。全く苦しくない。
「その居場所、一度失われたことを悔やみますか?」
「!」
後ろから声が聞こえて、振り返ると少年と女性がこっちを見ていた。
「お家……失くなっちゃったの、悲しい?」
少年が俺に問いかける。ひどく悲しい声だった。
「ああ……悲しいよ」
あの空しさ、悲しさは言い表せない。
「でも」
「?」
「でも、また新しい居場所ができた。俺はそれを全身全霊を懸けて守りたい。どんなことがあっても」
自分でも驚くくらいはっきり言ったもんだ。俺はさらに続ける。
「別に未練がないって訳じゃない。でも、あの人なら、所長なら笑顔で頷いてくれると思う」
「……そうですか」
女性は優しい声で返事をした。そして真っ直ぐな声音で俺に問いかけた。
「では、問います。あなたのその思い、心。嘘偽りはありませんね?」
俺は無言で頷いた。
「……分かりました」
すると、女性と少年の姿が消え、二つの光になった。
その二つの光が重なり、より一層眩しい光を放つ一つの光になった。
「君の仲間は」
その光が俺に語りかけた。今度は男の、と言うか俺の声だった。
「君の仲間達は今、戦っている」
光から無骨なシルエットの腕が伸び、ある一点を指差した。
「!?」
見れば、シャルロット、ラウラ、セシリア、鈴、そして箒が《銀の福音》と戦っていた。
箒以外の面々はいつもとISの装備が違う。専用パッケージをつけてるのだろう。
しかし、状況は明らかに福音が有利だ。
五人の攻撃を受けても全く動じていない。しかも福音は姿が先刻とは違う。二次形態移行をしていた。
「……今から、君はどうしたい?」
「決まってる! アイツらを助けに行く!」
「一度負けたのに?」
「うっ……」
そうだ。俺は福音に一度負けている。今度は勝てるなんて保証はない。
「━━━━だけど!」
俺は光に向かって叫んだ。
「だけどそんなことは関係ない! 相手がどんなに強かろうが、俺は皆を守りたい!」
「…………………」
光は黙り込んだ。しかし、その静寂はすぐに終わった。
「君のその思い。確かに受け取った」
光が俺に近づき、俺の左手首でブレスレットに姿を変えた。
「行こう。君には新しい力を授けた。君のもう一人の仲間ももうすぐ目を覚ますはずだ」
真っ暗だった宇宙に光のトンネルのようなものが広がった。
「ああ。行こう!」
俺はその光の中へと駆けて行った。
◆
「━━━━!」
ベッドから起き上がり、時計を見る。五時前か……
「……お目覚めか?」
「!」
横を見ると一夏が起き上って俺に笑ってみせた。俺も笑って聞き返す。
「お前こそ、寝覚めは?」
「バッチリ」
「じゃあ」
「ああ」
ベッドを降り、窓を開けて部屋を抜け出して切り立った崖の上に立ち、俺、一夏の順で飛び降りる。
「来いっ! 《G-soul》!」
「行くぞ《白式》!」
落下しながら光に包まれ、俺と一夏は自分のISを展開する。
しかしG-soulも白式も普段の姿ではなかった。お互い、装甲が大きく変化し、白式には左手に見たことがない武装がある。
「二次形態移行《雪羅》……」
俺のG-soulも背中のスラスターだったものがウインドのそれよりもう少し細い、しかし既存のスラスターよりははるかに大きな物に変化している。右腕にはラウラのプラズマ手刀より大きなビーム刃を出せるビーム発振装置がつけられている。
「G-soul二次形態移行《G-spirit》……」
これが新しい俺の力、なのか。
「瑛斗、これって……」
一夏が俺を見る。
「ああ。これを使って、皆を守れってことだろ!」
俺と一夏はさらにスピードを上げた。
◆
「……見えた!あれだ!」
発進して数分。普段とは比べ物にならない速度で飛行していた俺と一夏は戦闘が行われている現場に到達した。
「! 箒とシャルロットが!」
一夏が指差した方向に目を凝らせば、箒とシャルが福音に首を掴まれ、ぐったりとしていた。
「一夏っ! 準備はいいか!」
俺はビームガンの発展型、《ビームブラスター》を構えて一夏に叫ぶ。
「ああ!」
一夏も左腕を前に突き出して、荷電粒子砲独特のプラズマをスパークさせる。
「……外すなよ?」
「わかってる!」
二つの光軸が空を割きながら目標に飛んだ。
「「!」」
放たれたビームは福音の両腕に直撃し、爆発を起こした。その衝撃で福音は箒とシャルから手を離す。
「……一夏?」
「瑛斗……瑛斗なの?」
俺達の姿を見て、箒とシャルは目を丸くする。
「ああ。待たせたな」
「もう大丈夫だぞ」
俺はシャルに、一夏は箒に笑って見せて、福音と対峙する。
「敵機増加を確認。排除行動に移ります」
福音は機械音声を発し、四枚に増えた光の翼を大きく広げた。
「俺の仲間の……」
一夏が《雪片弐型》を構える。
「誰一人も……」
俺も右腕の《ビームブレード》を構え、ブン! と一振りする。
「「やらせはしない!」」
「La…………♪」
福音のエネルギー弾が俺と一夏に襲い掛かる。
「おおおおっ!」
それを躱し、ビームブレードで切りかかる。
福音はウイングスラスターをはばたくように動かし、上昇して攻撃を避けた。
「一夏っ!」
「まかせろっ!」
一夏は《零落白夜》を発動させ、福音にそれを振り下ろす。
(とった━━━━!)
そう思った。だが、福音は右腕で一夏の攻撃を受け止め、バチバチと装甲をスパークさせながらも一夏に二枚、俺に二枚の翼を向け、エネルギー弾の砲門を全開する。
「くっ!」
咄嗟に左腕を前に出す。すると、左腕の装甲がわずかに上にスライド。そして腕と装甲の間からBRFが発生した。
━━━━《BRFアーマー》、冷却を開始します━━━━
ディスプレイに表示が出る。だがBRFは消えることは無い。
「あのシールドと同じって訳か!」
これはありがたい!
「セシリア! 鈴っ! ラウラ!」
「!?」
一夏の声を聞いて振り返ると、福音の流れ弾が三人に向かって飛んでいた。
「うおおおおっ!」
G-spiritの背部スラスターの上部分がスライドし、俺の背中にビームの翼が生えたようになった。先ほどよりももっと速い速度で流れ弾とラウラ達の間に割って入る。
三人を庇うように流れ弾に背を向ける。するとエネルギー弾はビームの翼に吸収された。
「ん?」
ふとディスプレイを見ると、『チャージ完了』との文字が表示されていた。
(チャージ……? 何のことだ?)
「なにボサっとしてんのよっ!」
鈴がいきなり俺に怒鳴ってきた。
「え……」
「私たちの事なぞ気にせずに、ヤツを倒して来い!」
「代表候補生のなめないでくださる!?」
三人が俺にニと笑ってみせる。ボロボロだが、その眼はまだ諦めていない。
「お前ら……。ああ、分かった!」
二人に見送られながら、俺は再び背中のビームウイングを広げ、福音のもとへ向かう。
「瑛斗っ!」
「一夏! タイミング合わせろっ!」
「どうする気だ?」
「俺がヤツの動きを止める。お前が決めろ!」
「了解だ!」
俺はビームブレードを構える。するとウインドウにまた新しい表示が出た。
━━━━蓄積エネルギー、フルチャージ。ビームメガキャノン発動可能です━━━━
その文字の下に、ビームブラスターを右腕に装備する画像が映し出される。
「よっしゃあ!」
俺は右腕の装甲をスライドさせ、ビームブラスターを接続する。右腕自体が巨大なビームガンの様になった。
(チャージって、こういうことか!)
福音にそれを向け、発射の瞬間をイメージをする。
「いけえっ!!」
激しいビームの奔流が右腕から放たれる。福音も四枚の翼を合わせてビームを受け止めるが、威力が高すぎて動きが止まる。
「一夏!今だあっ!!」
「はあああああああああっ!」
全力の瞬時加速、全力の零落白夜の一撃。それが福音に直撃した。
「La……La……♪」
急降下する福音は、めいいっぱい広げた光の翼を俺と一夏に向け、砲門をすべて開く。チャージをしている!?
(一撃で決めるつもりか━━━━!)
「くそっ! エネルギーが……!」
一夏が呻く。見れば一夏の装甲が元の白式に戻っていた。あのまま直撃を受けたらマズい!
「! Gメモリーが!?」
突然呼んでもないのにGメモリーが発動した。しかも問答無用でボルケーノを発動させる。
「これは……? Gメモリー………セカンド?」
Gメモリーが表示されるウインドウには『セカンド』の文字が点滅していた。発動されたボルケーノは普段とは違うところが一つあった。
金色だった。装甲の全てが光り輝いている。ボルケーノクラッシャーも一層激しく赤い光を放っている。
(……わかったよ。やってやる!)
「おおおおおおおっ!」
「瑛斗!?」
一夏が驚いた声をあげる。俺はそのまま福音に突進する。
「La…………♪」
極太のビームが俺に迫る。俺は金色のボルケーノクラッシャーを突きだした。
ボルケーノクラッシャーでビームを吸収しながらさらに前進を続ける。
(守るんだ………。この居場所を━━━━!)
「守るんだああああああああああああっっっ!!」
普段より二回りも大きい光の環が背中に輝く。
「届けっ!!」
ボルケーノクラッシャーが福音に触れ、バリアエネルギーを吸い取る。
「がっ……!」
俺の首に福音の腕が伸びた。
(俺が窒息するのが先か、お前が機動を停止するのが先か! 競争と行こうぜ!)
「おおおおおおおっ!」
俺が右腕に力を込め、叫んだ。
「La……♪」
福音はついに動きを停止させた。俺のISも元の《G-soul》に戻った。
「はあっ……はあっ………はあっ……あ!」
安心してしまって、操縦者のことを考えるのを忘れてしまった。
操縦者が落下していく。
「ったく……。詰めが甘いのよ。詰めが」
水面に激突する直前、鈴が何とかキャッチして操縦者を助けた。ナイスキャッチ。
「瑛斗!」
「おわっ」
いきなりシャルに抱きつかれた。突然のことだったからよろけてしまう。
「瑛斗、怪我は? 大丈夫なの? 本当に、本当に瑛斗なの?」
涙を流しながら俺の顔を見るシャル。相当心配してくれていたみたいだ。俺は右腕の展開を解除して、シャルの頭を撫でた。
「ああ。俺は大丈夫だ。大丈夫だから泣くな」
「うん……うん…………!」
「まったく………来るのが遅いぞ」
「うん?」
振り返れば、ラウラが腕組みをして俺を見ていた。
「私の嫁なら、もっと速く駆けつけてみろ」
「なんだよ?いきなり文句かよ?」
「……まあ、その」
「?」
「たっ、助けてくれたのは、感謝……する……」
素直じゃないな、まったく……。
「お」
見ると、一夏が箒と夕日を見ていた。俺と一夏が起きたころはまだ明るかったが、東の空はもう夜の色だ。
「……終わったんだよな。これで」
「うん。終わったね」
「ああ。作戦は……完了だ」
沈む夕日を見送って、そして俺たちは旅館へと戻った。