IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
少女の淡い泡沫の夢 〜またはベッドへの侵入者〜
「ごめんね、手伝わせちゃって」
「構わねえよ。気にすんな」
放課後の廊下、瑛斗とシャルロットは赤い夕陽が差す中を並んで歩いていた。二人とも、手には今月の学校行事・臨海学校に関するプリントを持っている。
「でも良かったの? 今日は一夏たちと街に行く予定だったんでしょ?」
「いいんだよ。それに、お前がいなきゃつまらないしな」
「えっ?」
「まあ、その、アレだ。プリントの手伝いでも、好きな奴と一緒にやった方が良いってことだよ」
そう言う瑛斗の頬はわずかに赤くなっている。それは夕日のせいだけではないだろう。
「瑛斗……」
「シャルロット……」
二人しかいない廊下で、お互いに相手だけを映した瞳。
そこに言葉はいらなかった。オレンジ色の光景の中、ふたりの影が重なって━━━━
……
…………
………………
「━━━━あ、れ?」
ぼーっとした頭で状況を確認する。場所はIS学園一年生寮の自室。時刻は早朝六時半。
「…………………」
まだ意識がはっきりしていなかったが、まばたきを二回するとようやく現状を把握した。
「夢……」
はぁぁぁぁぁ……っとマリアナ海溝より深いため息を漏らすシャルロット。
(ああ、せめてあと十秒、ううん、あと五秒見ていれば……)
起きれば急速に内容を忘れる夢も、その執着から未だにしっかりと記憶している。そしてそれを脳内で再生する。
「………………」
途端にシャルロットは頬をぼっと赤くした。意識がはっきりするにつれて内容が急に恥ずかしくなってくる。
(が、学校の廊下でなんて……)
しかし、そこは十代の乙女心。恥じらいよりもドキドキの方が上回る。事実、シャルロットの心臓はドキドキと早鐘を打っている。
(ぼ、僕は何を考えてるんだろうね……)
先月の学年別トーナメントを経て、シャルル・デュノアから本来のシャルロット・デュノアに戻った彼女は、現在瑛斗とは別の部屋になっている。
だが、シャルロットは先ほどのような夢を週に二回という結構なペースで見ては、隣のベッドにいるはずもない瑛斗の姿を探している始末であった。
「あれ?」
隣のベッドにルームメイトがいない。それも、起きてどこかに行ったのではなく、初めから使われていた形跡がないのだ。
「……まあ、いいか」
それよりも先ほどの夢の続きである。シャルロットは再びあの夢を見ることを願って、瞼を閉じた。
(どうせ夢なら、もっとエッチな内容でも僕は全然問題な━━━━)
「……なっ、何を考えてるんだろうね、僕はっ」
かぁーっと顔を赤くし、シャルロットは布団を頭から被り、ドキドキと脈打つ心臓をなだめるのに苦心した。
◆
「ん……」
朝日が差し込み、スズメが鳴いているという映画のようなシュチュエーションで目覚めた俺は、
(うーん……あと十分……)
まどろみ延長を申請していた。
この時間はとても幸せだ。宇宙にいても、地球にいてもそれは変わらない。
ふに
(……?)
寝返りを打った時、何かが手に収まった。
ふにふに
(はて? この感触は一体……? こんなもんベッドに置いたっけか?)
俺はまだ寝ている頭で考えるが、もうそんなことはどうでもいい。この形容しがたいが、非常に心地よい手触りを放棄することなどできなかった。
(あー、いーい触り心地だー……)
ふにふにゅっ
「んっ……」
はいストップ。
待て待て待て。今、俺のものではない声が聞こえたぞ?少なくとも男の声ではない。ってか男だったらこえーわ。
(……ん? なんだ?この、銀色のサラサラした細い糸のようなものは?)
それを伝っていくと、布団の中につながっていた。
「っ!?」
俺は勢いよく布団を捲った。と、そこには━━━━
「ら、ら、ラウラ!?」
ドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒの姿があった。先月転校してきて一夏をはたき、俺を投げ、その後色々あって……イヤ、言わないでおこう。
そんなことよりも、もっと重要なのがラウラの格好だ。
一切の衣服を纏っていない。
一糸まとわぬ全裸だ。いや、間違えた。ISが待機状態のレッグバンドとなって右太ももについている。そして左目の眼帯。どちらも黒だ。
「ってそうじゃねえよ!」
セルフツッコミを入れるとラウラが目を覚ました。
「ん……。なんだ……? 朝か……?」
「ば、バカ! 隠せ!」
「おかしなことを言う。夫婦は包み隠さぬものだと聞いたぞ?」
「そ、それはそうかもしれんが……ってそうじゃねえ!服着ろって!」
俺の混乱などそっちのけ。ラウラはすぐにいつもと同じ顔立ちに戻った。そして真っ直ぐ俺を見ながら口を開く。
「日本ではこういう起こし方が一般的だと聞いたぞ。将来結ばれる者通しの定番だそうだ」
「少なくとも俺の知ってる日本人の知識にはそんな情報は無かったぞ!? ってか誰だ! その情報をお前に提供したのは!」
「しかし、効果はてきめんのようだな」
「へ?」
「目が覚めただろう?」
「そりゃそうだが……」
俺は頭を掻きながらため息をつく。
(こいつは、前のトーナメントの後から、ちょいちょいとこういうことしてくるから困る……)
食事に同席は当たり前。この前は入浴中に、そのまた前にはISスーツを着てる時に現れた。このまま放っておけば、さらにエスカレートするだろう。ダメだ。
こいつのゴールが見えん。せめてもう少し積極性を削ぐことができたらなぁ……!
「どうした? あ、あまりそう見つめるな。私とて恥じらいくらいはある」
すいませーん、ここにうそつきがいまーす。でも、そのうそつきが頬を染めて視線を逸らすのは、少しは……イヤ、すごく、可愛かった。
(はぅ!? いかんいかん。まずはこの状況をどうにかしなければ……!)
……お。名案。
「ラウラ」
「なんだ?」
「俺は、おしとやかな女性が好みだ!」
「そうか」
あれ? 効果……なし?
「え? ちょ、あの? ラウラ?」
「私は私だ。それに、おしとやかな女性というのはお前の好みだろう?」
真っ直ぐと迷いのない瞳で俺を見つめ、胸に手を当てたラウラ。
「………………」
……えーと。ダメだ。対処法が見当たらない。なんて真っ直ぐな意志を持った生き物だろうか。
「……隠せと言った割には、ご執心のようだが?」
いきなりラウラがそんな事を言ってきた。
「な!? ち、違うっ。そうじゃなくてだな!」
「で、では見たいと言うのか? 朝から大胆な奴だな、お前は」
「お前に言われたかねーよ! って、うわぁぁっ!? バカ! ま、待て待て!」
シーツを緩めたラウラに俺は慌てる。また隠させようとするがひらりと躱され、俺はベッドの上でどったんばったんと大立ち回り。ご近所の皆さん、すんません。
「この……っ!」
なんとかシーツの端を掴み、ラウラの動きを止めようとするが俺が上になった体勢を逆手に取り、足払いをされた。そう言えばこいつ、ドイツ軍の出身だった……!
「さ、さあ。そこまで言うんだったら、私の裸を存分に見るがいい。だから、その、おっ、お前も見せろ!」
「どっから取り出したそのナイフー!?」
ラウラはいつの間にか手にしていた軍用ナイフで俺の寝巻を剥ぎ取ろうとした。俺はそれを手で受け止め、ギギギ……と力勝負に移行する。すると
コンコン、と誰かがドアをノックした。
「瑛斗ー? こんな朝っぱらから何騒いでんだよ?」
この声は一夏か!? 良いタイミングだ! 援軍を頼もう!
「い、一夏か!? 丁度良かった! 助けてくれ!」
「うん? 一体どうした、ん、だ、よ……」
ドアを開けて入った一夏が最初に見た光景。
全裸のラウラがマウントポジションになってナイフを手に俺に襲い掛かってて、俺はそれに必死に抵抗している。
「………………」
扉は閉まる。慈悲はなかった。
「なぜ閉めるんだぁぁぁぁ!?」
そりゃ関わりたくないのはわからなくもないけど! わからなくもないけどもここは助けてくれよ!
「一夏! 助けてくれ! 頼む! ヘルプ! ヘルプミー!」
そう懇願すると、一夏はドアを開けてにゅっと手を出し、サムズアップ。
「ごゆっくり」
その一言だけ言うと、一夏は去って行った。ああ、俺の希望が……!
「さあ、第三者の承諾も受けた! これで心置きなく!」
ラウラがさらに力を込める。
「くっ、まだだぁ!」
俺はラウラの手首を持ってそのまま拘束から脱出し、ゴロゴロと床を転がってラウラと距離を取った。
「どうだ!」
「ふっ、まだまだツメが甘いな」
「え? ……!?」
はらり、と布が落ちた。
ヤツめ、俺が脱出すると同時に攻撃を仕掛けてきやがった!
さすがは軍人と言ったところか。おかげで俺は半裸になってしまった。下半身に当たらなかったのは唯一の救いだ。
「━━━━瑛斗? こんな朝早くから何を騒いでいる?」
突然ドアを開けて入ってきたのは箒だった。しかし、その動きはドアを開けた瞬間止まった。
「………………」
ドアを開けて箒が最初にみた光景。
半裸の俺VS全裸のラウラ。
「ほ、箒……?」
「……て」
「て?」
「天ちゅううううううう!!」
叫ぶやいなや箒は持っていた竹刀を俺に振りかざした。
「おわぁ!?」
しかしその竹刀は振り下ろされることは無かった。ラウラが専用IS《シュヴァルツェア・レーゲン》の装備のAICで動きを止めたのだ。
「くっ……!」
「あ、危なかった~。助かったぜ。ん?お前、眼帯は外したのか?」
ふと気づくと、ラウラは左目の眼帯を外し、金色の『越界の瞳』を露わにする。
「あ、ああ。まあ、な。以前は確かにこの目を憎んだこともあった。だが今はもう違う」
「?」
「お前が、綺麗と言ってくれたから……」
そ、そういやぁ、そんなこと言ったな。
「せ……せせ……せい……!」
箒は再び口ぱくぱくとさせている。
「……成敗ぃぃぃぃ!」
「あがぁっ!?」
ラウラのAICを跳ね返し、俺に渾身の面打。竹刀って、かなり痛いですね。