IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
さて、ひと月ほどかかりましたが更新です。
それではどうぞ!
学園沖合。
イマージュ・オリジスを無限に生み出し続ける光る大樹を撃滅せんと戦う少女たちの姿がある。
「やああっ!」
蘭は電撃剣を振るい、極彩色の蟲達を次々に両断していく。しかし体力の消耗は激しく、ゼエゼエと肩を上下させ、荒い呼吸をしていた。
「……蘭、大丈夫?」
隣に立った梢は、蘭を守るようにレールガンを撃ちつつ、蘭を案じる。
「まだ平気だよ! だけど……」
蘭が眼差しを向けたのは、光る大樹。セシリアの行動のおかげですぐ近くまで来ることはできたが、大樹に近づくと蟲達の守りは一層硬くなり、まだ破壊には至っていない。
「ここの突破、難しいね……!」
「……このままじゃ、ジリ貧」
「なんとかして、ラウラさんたちをあの樹まで連れて行くことができれば……!」
「いいや、それは間違いだ!」
「えっ!?」
二人の会話で名前が挙がったラウラが、ワイヤーブレードを巧みに操りながら鋭い声を上げる。
「私たちの誰でもいい! 無論、お前たちでもだ!」
「私たち……ですか?」
「その通りよ!」
ラフティー・ネイルで絡め取ったイマージュ・オリジスにアクア・ナノマシンの針を飛ばしながら、楯無もラウラに同意した。
「あなたたちだって、学園の候補生として、ISを持つ者として立派に戦える! 誰かを頼らなくても成し得る力は持っているわ!」
「でも……!」
「それに、あなたたち二人は私たちの
「……ジョーカー?」
「戦ってみて気づいたわ。この蟲たち、私だけじゃなく、ラウラちゃんや簪ちゃん、マドカちゃんにも集中してる。けど、あなたたちにはそれほど数を向けてない」
確かに、蘭と梢が捌いてきた蟲は、楯無たちに比べて圧倒的に少ない。
二人はそれをイマージュ・オリジスが自分たちより楯無たちが強いから優先的に狙っているのだと考えていた。
しかし、楯無は二人に全く予想外の答えを提示した。
「つまりね、あの蟲たちは、あなたたちを
「解ってない?」
今度は楯無の言葉が理解できなかった蘭。
「……なるほど」
しかし、梢は口元にわずかに笑みを浮かべてそう呟いた。
「え、ど、どういうことなのっ? 梢ちゃん、わかるの?」
「……蘭、並行世界って、わかる?」
「え? えーっと、確かマンガとかだと、主人公たちのいる世界とほとんど一緒だけど、どこかが違う世界……みたいな?」
「……うん。イマージュ・オリジスは、並行世界から来た。つまり、更識楯無たちと、戦った経験がある」
「う、うん」
「……そして、やつらが元々いた世界に、私たちは、——存在しない」
「そ、存在しない!? ……あっ!」
梢の言葉に驚いた蘭だったが、すぐにそれをヒントにして答えに辿り着いた。
「じゃあ、私たちがジョーカーって……!」
「そうだ。能力を把握しきれていないお前たちが、この状況を打開できうるということだ!」
レール・カノンから砲弾を撃ち放ったラウラが、空を見上げる。
「簪っ!」
「うん! 蘭たちが信じてくれてるように、私たちも、蘭たちを信じてる!」
砲弾の着弾地点を避けたイマージュ・オリジスを《打鉄弐式》のミサイルの一斉射が捉え、海面に無数の水柱を立たせる。
「だったら簡単!」
水柱を突き抜けて、《ツイン・ブルーム・ブレーディア》のブレード・ビッドがイマージュ・オリジスたちを切り刻み、内蔵されたレーザーを掃射する。
「二人の力、見せてあげなよ!」
蘭と梢の正面のイマージュ・オリジスの群体に綻びが生じた。
「開いたぞ! 行け!」
「蟲達は私たちで抑えるわ!」
「お願い……!」
「やっちゃって!」
四人の声を背に受けて、蘭は己の内が燃えるような熱を持つのを感じた。
「梢ちゃん」
顔は正面を向けたまま、蘭は隣に立つ梢に左手を差し伸べた。
「やろう。私たちで」
「……うん。蘭と一緒なら、どんなことだって」
梢は右手を差し伸べ、二人は手を繋ぎあった。
二機の《フォルヴァ・フォルニアス・トヴェーリウス》が同時に加速して、イマージュ・オリジスの壁を突き抜けていく。
「あの大きさ……! 梢ちゃん、アレを使うよ!」
「……うん!」
大樹と残り数十メートルというところで、蘭と梢は直上へ飛び、大樹の頂天を超える高さにまで来た。
「大きいね」
「……今までの訓練で、あれだけの大きさに対しては未経験。でも……」
微笑んだ梢は繋いだ手を見つめ、そして、蘭に視線を向けた。
「……やってみせよう。彼の答えを、聞くために」
「梢ちゃん……」
頷きあった二人は、重力に任せるように落下を開始し、大樹へ突き進む。
(一夏さん……私、やってみせます! 必ず、絶対に!)
風を切り、梢と繋ぎあった手に力を込めて、蘭は昨夜の出来事に想いを馳せた。
◆
「梢ちゃん、ありがとう。ここまででいいよ」
「……ん」
蘭と梢がやって来たのは三年生寮の前。
「……ついに、この日が来た」
「そ、そうだね」
そう語りかけた梢は、どこか表情の強張っている蘭に微笑んだ。
「……蘭、怖い?」
「ちょっと……いや、かなり。あはは……」
ぎこちなく笑う蘭。梢は蘭の手を自分の手で優しく包み込んだ。
「……大丈夫だよ。蘭の気持ちは、誰にも負けないくらい強い。私が思うよりも、ずっと」
「梢ちゃん……」
「……だから、自信を持って彼に伝えて。あなたの想いを」
蘭は梢の手から伝わる力のようなものを感じながら、足を踏み出した。
「ありがとう、梢ちゃん。……行ってくるね!」
梢に見送られ、蘭は建物の中へ。
蘭の歩みに迷いはない。行く場所は決まっている。
これまでも何かと理由をつけたり、半ば無理矢理だったりしながら幾度も通った一夏の部屋。
そのドアの前に立ち、深呼吸を一つ。
いざ、ノックを——
「蘭?」
「ひょわっ!? い、一夏さん!?」
ノックをしようとしたところで、いつの間にか背後に立っていた一夏に声をかけられた。
「どうしたんだ? そんなところに突っ立って」
「え、えっ、えっと……」
「……? 瑛斗の部屋なら向こうだぞ?」
「そうじゃないです! だから、その……!」
蘭が言いかけたその時、部屋の扉が開いた。
「お兄ちゃん? 入らないの?」
マドカだ。一夏の声が聞こえていたらしく、開けたドアの隙間から顔を覗かせている。
「あれ、蘭ちゃんもいたの?」
「ま、マドカさん……」
「ああマドカ。いや、蘭がな」
蘭を見つめたマドカは、手にしていた携帯電話の画面をチラと見て、それからもう一度蘭を見て、小さく笑った。
「突然ですが、お兄ちゃんは蘭ちゃんの話を聞いてあげるまで部屋に入れてあげません」
「え! ちょっ!? おい!」
一夏の制止も聞かずに閉っていく扉。
「頑張ってね」
「あ……」
閉ざされる瞬間にマドカから向けられた眼差しに、蘭はコクと頷く。
「なんなんだ、いったい……」
戸惑う一夏に蘭が振り返る。長い髪がふわりと舞った。
「一夏さん」
「ん?」
「お話があります。とても、とても大切なお話です!」
蘭の真剣な顔に思わず自身も表情を引き締める一夏。
「な、なんだ?」
「私がこのIS学園に入りたいと思ったのは、一夏さんがいたからなんです」
「俺?」
「私、一夏さんに初めて会ってからずっと、一夏さんに憧れてました。だから、今こうして一緒にいれることが、毎日会えることが、夢のようで、嬉しくて……」
蘭は自身の胸の鼓動が速くなるのを感じながら、一夏を見つめる。
「けど、一夏さんはもうすぐ学園を卒業しちゃう。そうなったら、また離れ離れになるかもしれない。これが、最後のチャンスなんです!」
一夏も蘭を見つめ、その声に耳を傾けていた。
「一夏さんがたくさんの人に好意を寄せられていることは知ってます。でも、私のこの想いは、この想いだけは、誰にも負けません。負けたくないんです!」
すうっ、と息を吸った蘭はありったけの勇気を込めて、言葉を紡いだ。
「一夏さん! 私、一夏さんのことが好きです。大好きですっ!」
言えた。
伝えられた。
顔が痛いくらいに熱くなる。
そっと顔を上げた蘭は、一夏の顔が赤くなっているのを見た。
「ら、蘭……俺……」
言葉を探すように口を動かす一夏。
だが、蘭はそれを止めるように自分の声を発した。
「へ、返事はゆっくり考えてくださって構いません! 明日の作戦もありますし! で、では、おやすみなさい!」
通路を全速力で駆け抜け、寮から出た蘭。
「はあ……はあ……!」
早鐘を打つ胸に手を当てて呼吸を整えると、
「……蘭」
電燈のそばに佇んでいる梢がこちらに気づいて駆け寄ってくるのが見えた。
「梢ちゃん……!」
「……伝えられた?」
「言えたよ……! 大好きって!」
「……それで、返事は?」
「聞くのが怖くて……。ゆっくり考えてくださいって言っちゃった」
「……そう。でも、いいよ。蘭が彼に気持ちを伝えられて良かった。私は、それが嬉しい」
梢は右手を差し伸べた。
「……帰ろう? 一緒に」
頷いた蘭は梢の手を握り、秋の夜を進み出した。
◆
フォルニアスとフォルヴァニスの装甲の八割が分離、合体、再構築され、
だが、それは長大で、蘭と梢の両腕部装甲と一体化していた。
二人の周囲に電流が渦巻く。それはか細く、しかし次第にその勢いを増していった。
「エネルギーチャージ、コンプリート!」
「……エクストラジェネレーター、リミットブレイク!」
落雷のような炸裂音と共に、柄の根元から刃が現れる。
それは、《ミストルテインの槍》を基礎として、蘭と梢が編み出した、
「「《ミヨルニルズ・ギガボルト》!」」
空へ屹立する雷の剣は、群がるイマージュ・オリジスを吹き飛ばし、一直線に大樹へと伸びる。
晴天に轟く雷鳴に顔を上げた楯無たちは、その剣の大きさに圧倒された。
「あの子たち、ぶっつけ本番であの大きさを……!」
「すごい……!」
「あんなに大きく出来るものなんだ、あれ!」
「フッ、いつまでも
頷きあった蘭と梢は、息のあった動作で腕を振り上げ、大樹へ突き進む。
「「いっけえええええええっ!!」」
雷霆の剣は、閃光を帯びて降り注ぎ、産まれかけていた蟲たちの断末魔もろとも大樹を飲み込んだ。
一際大きな水柱を海面に立ち上げ、大樹は完全消滅した。
海面に降り立った二機の装甲は主の元に戻り、落ちてくる海水の雫が熱を帯びた装甲に当たるたびに蒸発していく。
「や、やった! やったよ梢ちゃん!」
快哉をあげる蘭。梢もその喜びを分かち合うように頷いた。
「……もうこれ以上、数は増えない。あとは——」
だが、梢は続く言葉を発する前に気づいてしまった。
蘭の背後。
海面が隆起し、その中に大きな影が見える。
「……蘭! 後ろっ!」
次の瞬間、隆起した海面が弾けて、蟲型とは形の異なる巨人のようなイマージュ・オリジスが姿を現した。
「え……?」
振り返る蘭のその視界いっぱいに、豪腕が迫り——。
◆
学園地下特別区画は、施設の性質上ある程度の戦闘行為には耐えられるように作られている。
アメリカ代表のイーリス・コーリングがかつてここで大暴れしてからというもの、大規模な改修が段階的に行われ、その作業はつい二ヶ月ほど前に完了したばかりだ。
しかし、現在ではその砲弾も通さないはずの強化特殊素材で作られた壁や床は抉れ、砕け、ひび割れている。
その原因は、この破壊の中心にいる3人。
千冬、柳韻、そして季檍だ。
「はははっ! はははははっ!」
甲高い剣の激突音と、それを上回る勢いの笑い声。
異形と化した季檍が千冬と柳韻を相手取り、互角以上の戦いを演じてみせていた。
「どうした! 息巻いておいてその程度か!」
「くっ……! 暮桜! まだやれるな!」
『はいっ!』
千冬の握る《雪片絶型》の光の刃が床を削りながら季檍へ迫る。
「甘いっ!」
季檍は自分のISブレードをぶつけて衝撃を受け流し、舐めるように天井スレスレで縦に身体を回転させた。
その背後を狙い、剣を大上段に構えた柳韻が迫る。
「だから甘いと言っている!」
身体を捻った季檍は左手で柳韻の剣を受け止め、反撃に転じようとブレードを振った。
「……ふんっ!」
柳韻が気合を込めると、刀が発光し、攻性エネルギーを刃状に撃ち出した。
小さな爆発が起こり、その煙の中から季檍と柳韻が飛び出す。
着地した柳韻は、紅い光を帯びる刀を具合を確かめるように見やり、独り言をつぶやく。
「なるほど。使ってみれば便利なものだ」
季檍は焼かれた左手を一瞥し、柳韻を睨みつける。
「忌々しい。私相手にただの刀、というわけはないか」
「ああ。化け物相手ならば遠慮は無用だ」
「私を化け物と呼ぶか。お前にしては凡庸な言い草じゃないか」
「ふん……。抜かせ」
剣を突きの型に構えて、足裏に力を込めた柳韻。季檍も狂気じみた笑みを浮かべたまま身体を前に傾ける。
両者の間合いが一瞬で詰まり、互いの得物が激突。そこから無数の剣撃のぶつけ合いに移行し、火花と衝撃波が二人を包み込んだ。
『すごい……。束の父君、剣があるとは言え、ISも無しにあの男と互角に渡り合っている』
繰り広げられる零距離の攻防に驚嘆する暮桜。だが、それを纏う千冬の表情は険しかった。
「……そう見えるか?」
『え?』
「あの男、僅かだが剣の速度が先生を上回っている』
ギンッ! と一際大きな金属音が響いて、二人は五メートルほど間合いを取った。季檍は無傷。だが、柳韻はその頬から一筋の血を伝せている。
「どうした、柳韻。息が上がっているぞ?」
「………………」
長く息を吐いた柳韻は沈黙を続け、刀を構えたまま季檍から視線を外さない。
「はははっ! 痛快だな。お前をこうして圧倒する気分は!」
顔に手をやって大笑する季檍は、指の間から覗く目に自信と嘲りを宿している。
「だが、お前を超えることは通過点に過ぎん。私は更なる高みへ行く!」
切っ先を向けられた柳韻は、刃にも似た冷涼な眼差しを返した。
「……無様だな。哀れなほどに」
ピクリと眉を上げた季檍に、柳韻はかつて剣を教えた者として言葉を投げる。
「お前は確かに強さを求めていた。純粋に、ひたすらに。だが、今はどうだ。身も心も化け物に成り下がり、闇雲に剣を振るっている。そんなお前の目指すものとは、いったい何だ?」
「黙れ! お前に理解を求めてなどいない。私を理解できうるのは私のみ! それで十分!」
「……度し難い」
次の瞬間。
柳韻の姿が忽然と消える。
柳韻を探した季檍は、いつの間にか背後に立つ彼を見つけた。
「お前のその怪物性を見抜けなかった自分が」
一拍遅れて、季檍の身体に縦一文字の赤い線が走り、そこから血が噴き出した。
「な、にぃっ!?」
左脚を軸に摺り足で反転した柳韻は、居合の構えで刀を構えた。
「許せ。千冬」
ふいにかけられた師の声に、千冬は目を瞬く。
「え……」
「もはや斯様な男に、お前の剣を振わせるわけには行かん。こいつはここで、——俺が斬る」
千冬が言うより早く、季檍が吠えた。
「ほざけ! たかが一太刀入れた程度で息巻くな! 私はお前をとうに超えている!」
柳韻に動きを読ませないようにとスラスターを駆使してジグザグに飛び、柳韻へ突っ込む季檍。柳韻は冷たい表情のまま迎え撃つ。
「これで、終わりだぁぁっ!」
「ああ。終わりだ」
交錯する刃と力。
時が止まったかのような静寂。
「……!」
握る剣が砕け、柳韻は膝を折った。
「先生っ!」
千冬の叫びが弾ける。勝利を確信した季檍が、柳韻の最期を見届けんと振り向く。しかし、その歪みきった表情は瞬く間に無へと戻った。
「……ああ、くそ。
直後、季檍の身体から紅が溢れ出して、一人分の倒れる音が小さく響いた。
「柳韻先生!」
駆け寄った千冬を左手で制し、自力で立ち上がった柳韻が季檍へ近づく。
「季檍……」
紅に身体を沈める季檍は、いつかの日と同じ光景にくつくつと笑い、そしてため息を吐いた。
「やはり……お前は強いな。柳韻」
「たわけ。お前が弱いのだ」
「くく……! 言ってくれる。お前は、まだ先にいるのか」
「あの時も言ったはずだ。誰にも等しく時は流れる。お前だけが変わったと思うな」
「そうか……。そうだったな」
柳韻から視線を外した季檍は、千冬と目を合わせた。
「柳韻……お前はつくづくお人好しだ……。あの娘に、今更……親子の情など無いだろうに……」
「勘違いするな。千冬の剣はお前のような外道を斬るためにあるのではない」
「ほう……?」
では、何のために?
眼差しだけで問うかつての友に、柳韻は答える。
「彼女の剣は、己が護り抜くと決めたもののためにある」
「……フン。なんとも、か弱い剣だ」
鼻で笑った季檍の身体が足の先から色を失っていく。
「季檍、お前……」
「しばしの別れだ。柳韻……」
「なに?」
「お前と、戦えた私が、
《真・白式》が消滅し、左腕のバングルに戻る。そして、季檍の身体さえもが吸収されていく。
『千冬っ! まだ終わっていません! あの腕輪を!』
暮桜の声を聞き終えるより速く、体は動いていた。
「ふっ!」
空中に留まっていたバングルが、千冬の振るった剣によって両断され、床に転がる。その断面から黒い瘴気のようなものがわずかに漏れ出し、それ以上は何も起きなかった。
「何が起きた……いや、何が起きようとしていた?」
「わかりません。ただ、嫌な予感がしました。暮桜も感じ取っていたようです」
「あいつの最後の言葉……気がかりだが、今はどうにも出来んか」
壁に寄りかかった柳韻は、長く息を吐いて身体の緊張を解いた。
「千冬、ここはいい。お前は地上の戦いに加勢しろ」
「先生は?」
「……流石に、堪えてな」
力なく下がっていた柳韻の右腕から、血が滴る。
「……! すぐに手当てを——!」
「俺のことはいい。この程度でどうにかなる男ではないことは、お前もわかっているだろう」
柳韻の言葉のすぐ後に、重たい音と共に地下全体が揺れた。
「何を惚けている。行けっ! 行ってお前の護るべきものを護り抜け!」
「……はい!」
暮桜の背部のスラスターが唸りを上げ、千冬を押して飛んでいく。
「………………」
それを見送った柳韻は、二つに裂けたバングルへ、まるでそこにいる者へと語りかけるように呟いた。
「季檍。お前と俺の因縁もこれきりだ。あとは、お前の娘と息子が片をつける。お前には無かった、仲間たちとな」
静寂の漂う空間。柳韻は身体を弛緩させて目を閉じた。
◆
地下から飛び出した千冬は、すぐさま学園を埋め尽くす蟲たちに囲まれた。
「ここまでとはな……」
『地下に潜られたら終わりです。千冬、なんとしてもここで殲滅を』
「ああ。わかっている」
頭に響いた声に応え、剣を構える。
「私の剣は、護るための剣……か」
光の刃を再度顕現させ、千冬はつぶやいた。
『千冬?』
「いやなに、私もまだまだだと痛感しただけだ」
『そうなのですか? 私は、千冬の技量はとても高い水準にあると判断しますが……』
「そういうことじゃない。これは、精神の問題だ」
言いながら地を蹴った千冬は、振るった剣で十数体を吹き飛ばす。
「ようやく思い出したよ。私のやるべきことを」
『千冬……』
「憎しみに剣を振るえばあの男と変わらん。私は、私が護るべきもののために剣を振るう」
『——ええ。そうですね』
暮桜の装甲が輝き、その形状を変える。それはまさしく
「これは……」
『私もあなたの護りたいものを護りたい。そのために、私の力の全てを——あなたに』
千冬の周囲に、刀を模した無数のエネルギー体が召喚される。
固定を解除されたエネルギーの刃は縦横無尽に飛び回り蟲を切り刻む。
『この刃は私が動かします。千冬は剣に集中を!』
「ああ。行くぞ!」
相対するは並行世界からの侵略者。
決意を新たにしたブリュンヒルデが、新たな
◆
「ぐあっ!!」
壁に叩きつけられて痛みに顔を歪める瑛斗の目に映るのは、荒い息を繰り返す織斑季檍——だったもの。
「かぁぁぁ……!」
「いったい、なにが起きたんだ?」
季檍の変容を見届けた瑛斗は、その姿にアルストラティアでの最後の戦いを思い起こさせた。
「……やってくれたな」
「っ!」
ぶつけられた眼光に跳ね起き、身構える。
「よもや、私の力の秘密を看破するとは。君たちを少々侮っていたようだ」
瑛斗には何のことかわからなかったが、季檍を追い詰めることができるならばと沈黙を即決した。
「だが、これしきのことで私が屈すると思うなっ!」
拳を振り上げながら一直線に向かってくる季檍。瑛斗は《打鉄桐野式》の脚部を展開してその場から離脱した。
季檍の着地の瞬間に打ち出された拳は瑛斗が直前まで立っていた場所を陥没させ、エクスカリバー全体が揺れる。
「な……っ!?」
「遅いっ!」
投げつけられたブレードを紙一重で躱すも、一緒に飛んできた季檍の体当たりを受け、瑛斗は身体の内側から響く嫌な音と共にG-soulの囚われる強化ガラスに身体を打ちつけた。
空気の塊を吐き出した瑛斗は声にならない呻きととも床に転がる。
しかし、季檍も瑛斗と同じかそれ以上に苦悶していた。
「ぐが……っ! イ、たい……イタい、痛いぃぃぃっ!!」
その様子を見ていた瑛斗は、靄のかかりかけていた意識を繋ぎとめ、次の手を模索した。
(どうする……次の攻撃を食らったら終わりだ。もう打鉄には武器がない……)
瑛斗は視線を左にずらし、陥没した床を見た。
「あいつのあのパワー……」
背後のG-soulのコアは、まだ淡く輝きを放っている。
「………………」
瑛斗が導き出した答えは、『賭け』だった。
それも、圧倒的にこちらの分が悪い『賭け』。
けれど、他に方法はなかった。
「一か八か……!」
決意を固めた瑛斗は、満身創痍の身体に鞭を打って立ち上がった。
「おいどうした! 随分と苦しそうだな?」
「アあ……!?」
「最強の存在が聞いて呆れるな。大方、イマージュ・オリジスに誑かされてその身体になったんだろ。お前の野望はイマージュ・オリジスなんかと組んだ時点で終わってるんだよ!」
「なんだと……!」
季檍の怒りが殺意に変わり、ビリビリと空気を震わせる。
(そうだ……! もっと怒れ。怒り狂え……!)
「そんなことだから俺たちに出し抜かれるんだ! お前は!」
「黙れぇぇッ!!」
跳躍した季檍が瑛斗めがけて猪突する。
気迫に圧倒され、横に飛んで回避しそうになった瑛斗。
だが、その衝動をこらえ、真下に避けた。
季檍がそれを認識するより早く、彼の拳はめり込んだ。
瑛斗とG-soulを隔てる分厚い強化ガラスと。
「しまっ——!」
「吹き飛べっ!」
打鉄桐野式の足裏のバーニアが火を噴き、季檍を壁際まで押しやる。
「G-soul!」
脚部装甲で叩くと、ヒビだらけのガラスがバラバラと崩れ落ちた。
直後に、圧縮されていた電磁フィールドのエネルギーが解放され、その眩さに瑛斗は顔を覆う。
それでも懸命に腕を伸ばし、瑛斗の手が触れそうになったその時——。
「あ……!」
G-soulのコアはその形を失い、瑛斗の手は空を掴んだ。
「そんな……!」
愕然と目を見開く瑛斗に、季檍の哄笑が投げつけられる。
「ふははは……! 惜かったな。私を挑発してG-soulを解放するまでは良かった。だが一足遅かった……」
ゆっくりと立ち上がり、勝利を確信した表情で近づく季檍。その手は瑛斗を八つ裂きにせんと蠢いている。
「さて、G-soulが消滅した今、お前に価値など存在しない。ご退場願おうか!」
「……………」
振り返った瑛斗の眼差しに、季檍は足を止める。
「なんだ、その目は? なぜまだ諦めていない?」
瑛斗の瞳に曇りは無かった。
「まだ、だからだ……」
「……?」
「まだ……まだ終わってなんてないからだ!」
「強がりはよせ! お前に戦う力はもうない。潔く首を差し出すがいい!」
「俺は、最後まで諦めないっ!」
極地用ISスーツの背部のギアから防護メットが展開して、瑛斗の頭を包む。
「もういい……。目障りだっ!」
直後、その言葉と共に季檍が飛び込んできた。
瑛斗はタイミングを合わせるように背後に倒れ、まだ生きている足のバーニアを使って季檍もろともエクスカリバーの砲身へと落ちる。
「何をするかと思えば、苦し紛れだな! 良いだろう。お前を細胞の一片も残さず、完全消滅させてやる! お前のISのエネルギーで!」
季檍の背後。瑛斗から見れば正面に、エネルギーの塊がマグマのように迸る。
二人が宇宙空間へと飛び出すその光景は、イマージュ・オリジスと交戦していたシャルロットたちにも見えていた。
「瑛斗!?」
「あのガキ、なんであんなとこから!」
「いけない! エクスカリバーがまた発射されるわ!!」
「鈴! 僕、行かなくちゃ!」
「わかってる! 飛ばすわよ!」
瑛斗を救出せんと動き出す少女たち。
しかし、その行く手を蟲たちが阻み続ける。
「消えろおおおおっ!!」
瑛斗の胸ぐらを掴んで反転した季檍が、瑛斗を思いきり放り投げる。
吸い込まれるように減速せず突き進む瑛斗の眼前に迫る、閃光。
その輝きに向けて、瑛斗は手を伸ばす。
そして、信頼と願いと決意を込めて、叫んだ。
「……来いっ! G-soul!!」
一秒後、瑛斗の姿が爆光の中に溶けた。
「あ、あ……そん、な。瑛斗…… 瑛斗が……!」
天刀吏舟の手の上で打ちひしがれるシャルロット。鈴も同様に顔を蒼白させていたが、エクスカリバーの一撃の様子がおかしいことに気づいた。
「待って! あれは!?」
宇宙空間を突き進むはずの光の柱が、瑛斗を飲み込んだ点を中心に集約していく。
「……光が」
「集まっていく……」
集まった光は大きな球体状に姿を変える。
そして、光を突き破るように。
翼が——
◆
エクスカリバーから放たれた光の中に漂う瑛斗は、遠く聞こえる懐かしい呼び声に目を開けた。
「目を、覚まして……。貴方は、まだ生きている……」
目の前にいたのは、銀色の瞳でこちらを見つめる、白い髪の乙女だった。
「ああ……」
その姿に、瑛斗は穏やかな表情を浮かべた。
「久しぶりだな。……G-soul」
その言葉に返事をする代わりに、銀の乙女も静かに笑った。
「長かった。貴方に、もう一度会うまで」
「ごめん。もっと早く迎えに行くはずだったのに……」
「構いません。こうして、間に合ったのだから」
G-soulの微笑みに、瑛斗は己の直感の的中を確信する。最後にエクスカリバーから放たれたのは、エネルギーとして変換されたG-soul自身だったのだと。
「……お前も戦ってくれていたんだな」
頷いて、銀の乙女は瑛斗に手を差し伸べる。
「行きましょう。ここからは貴方と共に」
「ああ。きっとこれが……」
瑛斗も自らの手を伸ばす。
二人の手が重なって、輝き、そして——。
◆
広がった翼の起点。
集約した光が砕け散り、白銀の鎧を、G-soul最終形態《G-spirit over flow》を纏う瑛斗が姿をあらわす。
「バカな!? 消滅したのではないのか……!」
一部始終を目撃した季檍が歯噛みして、その輝きに渋面を作る。
「……いくぞ、織斑季檍」
「……!」
焔のように揺らめく光の翼を広げた瑛斗は、右腕にビームブレードを顕現する。それと同時に装甲が上にスライドし、内側から虹色のプリズムを輝かせた。
「これが、最後の戦いだ!」
ついにG-soul復活!
ここまで頑張ってくれた打鉄桐野式、ありがとう!
さて、今回は蘭の告白シーンが入りました。鈴、セシリア、蘭と立て続けに三人に告白された一夏、どうなるのでしょうか。
千冬と柳韻の前に現れた季檍は、宇宙の季檍とはどこか様子が違います。まだ何か秘密があるようです。
また今回、柳韻は季檍を一人で斬り伏せてしまっています。書き始めた当初は千冬が季檍を討つ予定だったのですが、千冬の師であると同時に季檍の友であった柳韻にその役目を果たしてもらうことにしました。
次回はついに織斑季檍、そしてイマージュ・オリジスとの決着です。
この真・終章も書き始めて一年が経ちました。
完結も近いです。どうか最後までお付き合いください。
それでは次回もお楽しみに!