IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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お待たせしました! 更新です!
久しぶりに来た感想に、モチベーションもフルスロットルです!
それではどうぞ!



inside invade 〜または剥き出しの獣性〜

『みなさん、聞こえますか! 敵の正体がわかりました! 今みなさんが戦っているのは、イマージュ・オリジスという並行世界からやって来た地球外生命体です!』

 

オープン・チャンネルに接続された通信越しの真耶の声が、学園に所属するISへ飛んでいく。

突如として始まった、並行世界からの侵略者イマージュ・オリジスとの攻防戦。

圧倒的物量で押し寄せる蟲たちを相手に、IS学園の少女たちは懸命に戦っていた。

 

「いきなりそう言われても! ——やあっ!」

 

《バルサミウス・ブレーディア》の放つバスターソードの斬撃が、イマージュ・オリジスを三体同時に両断する。

 

「考えてるヒマがないよっ!」

 

マドカはすぐに刀身を作っていたブレードビットを分離し、別のイマージュ・オリジスを切り刻んでいく。

しかし、蟲たちは同胞でビットを食い止め、マドカに襲いかかった。

 

「っ!」

 

マドカがそれを認識した瞬間、真上から降ってきたワイヤーブレードが蟲を叩き潰した。

 

「マドカ! 大丈夫か?」

 

《シュヴァルツェア・レーゲン・ツヴァイ》を展開するラウラが着地し、背中あわせの状態でマドカに声を投げる。

 

「まだやれる! でも、早くあの樹をなんとかしないと!」

 

「この蟲どもの壁を突破するしかないか……! だが、戦力を分ければこちらが押し潰されるぞ!」

 

「楯無さん! ミストルテインの槍は!?」

 

蛇腹剣《ラスティー・ネイル》を振るって応戦していた楯無は、イマージュ・オリジスの向こうから聞こえてきたマドカの声に叫び返した。

 

「ダメ! こいつら、私に集中してきてる! ミストルテインを使わせないつもりだわ!」

 

蒼流槍に内蔵されたガトリングから弾をばらまき、楯無はどうにか隙を作ろうとするが、数百は下らない数を相手に上手くはいかない。

 

(明らかに私を警戒してる……! 初めて戦ったはずなのに……!)

 

「簪ちゃん! ミサイルで私の周りの敵を吹き飛ばして!」

 

「わ、わかった!」

 

楯無の支持を聞いた簪がラックから数発のミサイルを撃ち放つ。が、楯無の周囲のイマージュ・オリジスを吹き飛ばす前に、別のイマージュ・オリジスたちがミサイルを身を呈して阻んだ。

 

「そんな!?」

 

「数に言わせて……っ!」

 

そう言って歯噛みした楯無の真上を猛スピードで何かが走った。

 

「道はわたくしが開きますわ!」

 

《ブルー・ティアーズ》を展開したセシリアだ。しかし、その機体のシルエットは通常時よりも大型化している。

 

「セシリアちゃん!?」

 

「見かけんと思ったが、パッケージの準備をしていたとはな!」

 

「このストライク・バニッシャーならわたくしだけでも時間を稼ぐことができます! その隙にみなさんはあの樹を叩いてください!」

 

アルストラティアでの戦いにも使用した、広範囲制圧用パッケージからビットが解き放たれ、セシリア自身も両手に構えたライフルをイマージュ・オリジスへ向ける。

 

「でも、それじゃあセシリアさんが!」

 

「……自殺行為」

 

案じて顔を上げた蘭と梢が見たのは、セシリアの決意に満ちた青い瞳。

 

「わたくしたちが諦めては、一夏さんたちが帰って来る場所がなくなってしまいます。それに、このような破壊の権化に屈するのは貴族として、なによりわたくし自身のプライドが許しませんわ!」

 

補助AIが最短ルート上の目標をマルチロックし、エネルギーが収束していく。

 

「さあ、切り開くわよ! ブルー・ティアーズ!」

 

開放されたエネルギーは、青い流星となってイマージュ・オリジスたちへ降り注ぐ。

消し飛んだ蟲の壁の奥。隠されていた洋上の大樹が、その姿を少女たちに晒した。

 

「行ってください!!」

 

セシリアの叫びに、いち早く決断を下したのは楯無だった。

 

「……頼んだわ。みんな! 突っ込むわよ!」

 

楯無を先頭にして大樹へ向かっていく仲間たちを見送り、セシリアは振り返る。

 

「さて、お待たせしましたわ」

 

セシリアの四方を囲むイマージュ・オリジスの群れ。

 

「ご安心を。全員まとめてお相手させていただきます。無論、結果はあなた方の全滅ですわ」

 

千は下らない敵意が集中する。それでも、セシリアは恐れてはいなかった。

 

「わたくし、死ねない理由がありますの」

 

それは()()のこと……。

 

 

IS学園、三年生寮の外。

 

「………………」

 

セシリアは入り口のそばの柱に背を預けて、灯りに照らされる足元をじっと見ていた。

その表情は、どこか緊張している。

 

(あ……)

 

聞こえてきた足音に、はっと顔を上げる。

 

「一夏さんっ」

 

「セシリア? どうしたんだ? こんなところで」

 

「一夏さんこそ、まっすぐこちらへ戻らないなんて、どうなさいまして?」

 

「えっ、い、いや、まあ……ははは……」

 

曖昧な返事をする一夏。その理由を、セシリアは知っていた。

だからこそ、自分がこれから行うことへの恐れはなかった。

 

「あの……一夏さん」

 

「ん?」

 

「……少し、お話しませんか?」

 

そして、セシリアは一夏を寮の屋上へ。

 

「いい風ですわね。わたくし、この時期の日本の季節は好きですの」

 

「あ、ああ」

 

どこか気がそぞろな一夏の様子を小さく笑い、セシリアは振り返る。

 

「一夏さん、鈴さんに告白されましたわね」

 

「えっ!? な、なんでそんな——」

 

「隠さなくてもいいですわ。鈴さんのあの様子を見れば、すぐにわかりますもの。それで、お答えにはなりまして?」

 

一夏は頬を指で掻き、困った様子で口を開いた。

 

「……いや。鈴のやつ、すぐに行っちまって。それに、俺もこういうのよくわからなくてさ」

 

「ふふっ。唐変木の一夏さんも、いよいよ年貢の納め時ですわね」

 

「か、からかうなよ」

 

「——ですが」

 

「ん?」

 

「ですが、これでわたくしも最後の決心がつくというものですわ」

 

「セシリア……?」

 

「……織斑一夏さん」

 

突然フルネームで呼ばれて、一夏は真剣な青い瞳と視線を交えた。

 

「わたくしは、貴方に会えたから素直になれた。色々なことを知って、かけがえのないものを得ることができました。わたくしを変えてくださったのは、貴方です。わたくしは、そんな貴方にこんなにも焦がれている……」

 

セシリアは一夏の手を、両の手でそっと包んだ。

 

(本当は、貴方の口から聞きたかった言葉だけれど……乙女にここまで言わせるなんて、意地悪な方なんですから……)

 

けれど、構わない。

ここまで来たらこの気持ちを、この衝動を止めるものは何も無い。

 

「一夏さん、わたくし、貴方が好きです!」

 

「……!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、一夏は心臓がドクンと跳ねるのを感じた。

 

「セシリア、それって……!」

 

「これはからかいでも、ひやかしでもありません。本心で、心の底から! わたくしは貴方と一緒になりたいの!」

 

言葉を発する度に詰め寄り、その度にセシリアの甘い香りが一夏の鼻をくすぐる。

 

「あ……」

 

一夏が何か言おうとすると、セシリアはスッと一夏から離れ、寮の中へと入っていった。

 

「せ、セシリアっ!」

 

「今すぐに、とは言いません。けれど、答えはちゃんと聞かせてくださいね? ……わたくし、どんな結果でも受け入れますから」

 

そして、セシリアは一夏の前から去る。

一夏はただ、十数分前と同じように呆然と立ち尽くし、遠のくほど速くなっていく足音を聞くことしかできなかった。

 

 

「だって……」

 

そして時間は現在へと戻る。

四方を取り囲む異形の蟲に、セシリアは敢然と立ち向かう。

 

「だってわたくしは、『恋』を知ったのだから!」

 

一秒後、全方位から殺到したイマージュ・オリジスは、そのまた一秒後に吹き飛んだ。

 

「さあ、踊りなさい! わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」

 

少女は空を舞い、戦いに身を投じる。

その胸に、自身の抱いた感情への誇りを込めて。

愛する人の勝利と帰還を信じて。

 

 

エクスカリバー中枢で繰り広げられる瑛斗と季檍の戦いは、季檍が優勢だった。

 

「はあっ!」

 

「ふんっ!」

 

ビームソードとISブレードの幾度とないぶつかり合い。だが、疲労も、機体の損傷も、瑛斗の方が大きかった。

 

(くそっ……!)

 

距離をとった瑛斗は、ビームソードを握る手から力を緩めず、切っ先を向けたまま季檍に吠えた。

 

「聞こえたぜ。イマージュ・オリジス。お前たち、並行世界から来たんだってな」

 

「フッ。だったらなんだね?」

 

「お前は蘇った織斑季檍なんかじゃなかったんだ。一夏と千冬さんの父親の姿を騙るなんて、趣味が悪いな!」

 

「……いいや、君は勘違いしている」

 

「なにっ!?」

 

「私は間違いなく『私』。織斑季檍だ……!」

 

「どういう、ことだ?」

 

「わからないか? 私は正真正銘、織斑季檍なのだよ。肉体のモデルにされたわけでも、人格を乗っ取られたわけでもない。私は、私の意志でここにいる!」

 

「ぐあっ!」

 

突進を正面から受け止める。床をわずかに陥没させながらもなんとかこらえる。

 

「千冬が私の実験を邪魔したあの日、オーバーロードした移植装置の光に飲まれた私は何処かへ飛ばされた」

 

攻撃の手を緩めないまま、季檍は瑛斗へ語り始めた。

 

「そこは何も無く、ただ暗黒が広がる空間……。だが、気の遠くなる時間を経て、私は出会った!」

 

「イマージュ・オリジスか!」

 

「そう! 私が堕ちたのは位相の境界。別の世界から逃げ延び、そこで息を潜めていた彼らは、その意思の統合体に私を組み込み、私を統率者としてこちらの世界への侵略を考えた!」

 

「そんなことをして、その先に何がある!」

 

「知れたこと! 新たな世界だ! 彼らを退けた戦力のないこの世界ならば、彼らの……いや、私の望みも果たされよう!」

 

蹴りを胴に叩き込まれ、床を転がった瑛斗。

 

「ぐぅ……!」

 

立ち上がった瑛斗は《打鉄桐野式》のエネルギーの減少を知らせるアラームを聞いた直後に季檍へ反撃に転じるが、簡単にブレードに止められてしまう。

 

「だが……この世界でも我々の脅威となりうるものはあった。君と、君のISだ」

 

「G-soulが?」

 

「彼らがもといた世界に、()()()()()()()()()()()

 

「……っ!?」

 

「我々は、君たちというイレギュラーがどのような力を持つのか観察し、G-soulがISを吸収する力があることを知った! その力を手に入れれば、ISに対して我々は無敵になれる!」

 

「だから俺とG-soulを……! ふざけるな! G-soulがお前たちに屈するわけがないだろ!」

 

「君の言う通りだ。奪った後で説得を試みたが、会話すらままならなかったよ。結果、このエクスカリバーの動力として生命を削られているがな」

 

「なにっ!?」

 

「ヴァルハラでの式典の襲撃より後のエクスカリバーの砲撃は、すべてG-soulのエネルギーを使っているのだよ。さすがはこの世界のISの王だ。よくも耐える。だが……あと何発かな。全てのエネルギーを失って、その命が尽きるまで」

 

「てっ……てめえっ!」

 

激昂した瑛斗が、季檍のISブレードを弾き返し、暴発寸前のビームソードを振り上げて猪突する。

 

「許さないっ! お前は、お前だけはっ!」

 

「そうだ! 私に怒りをぶつけるがいい! 戦う君を討ってこそ、王の意志も折れるというもの!」

 

「ふざけるなぁぁぁ!!」

 

ビームソードがISブレードと再び激突する。

季檍は反撃に移ろうとしたが、握っていたブレードに亀裂が走っていくのをみた。

 

「なにっ!?」

 

エネルギーの負荷に耐えきれず、《打鉄桐野式》とビームソードを接続するケーブルが裂けていく。

それでも、瑛斗は止まらなかった。

 

「だああああっ!」

 

力任せの一撃。

しかし、その一撃は季檍を切り裂いた。

 

「ぐわああああ!?」

 

斬撃というよりも爆発に近い瑛斗の攻撃が、季檍を飲み込む。

焼けただれた床に、季檍の身につけていたらしいバングルが転がった。

 

「はあ……はあ……! うっ……」

 

《打鉄桐野式》が消え、瑛斗は膝をつく。だが、瑛斗の顔に勝利への喜びなど無かった。

 

「早く、G-soulを……! ()が、来る前に!」

 

瑛斗の目的はG-soulの奪還。そしてこれまでの記録から、瑛斗は季檍がこれで終わりとは思えずにいた。

 

「もう一度展開して、なんとかしてG-soulを……!」

 

『——それで倒したつもりかね?』

 

「……!?」

 

最初はどこから聞こえてきたのかわからなかった。

視線を左右に三度揺らし、その声の発信元が目の前に転がるバングルであると気づく。

 

『遅いな』

 

バングルが宙に浮かび、光を放つ。

その光を起点にして人の姿が形成されていき、その現象を認識した瞬間に瑛斗の首に右手が伸びた。

 

「がっ!?」

 

光が消えると、《真・白式》を展開し、不敵に笑う季檍が姿を現した。

 

「今の攻撃は悪くなかったぞ。だが、それまでだ」

 

もがき暴れる瑛斗の首を掴んだまま、歩き始めた季檍。

その向かう先はG-soulのコアを拘束するこの部屋の中心。

特殊強化ガラスに、瑛斗の身体を押し付けた。

 

「その、バングル……! それがお前の本体か……っ!」

 

「その通り。倉持技研から頂戴したISを弄り、容れ物になってもらった。これがあれば私は不死身だよ。……せっかくだ。共に苦しむがいい」

 

季檍の言葉と共に、G-soulのコアが輝き出す。間近でその光景を見た瑛斗は掠れる声を季檍にぶつけた。

 

「な、にを……!」

 

「撃つのだよ。エクスカリバーをね。無論エネルギーはG-soulからいただく」

 

「やめろ……!!」

 

「さて、どこを狙おうか。君らのことだ。IS学園には何かしらの防衛手段を講じているのだろう?」

 

瑛斗の言葉など意に介さず考えた季檍は、しかしすぐに肩をすくめた。

 

「……やめだ。IS学園以外の地なら何処でもいい。地上に当たれば絶大な被害は免れんさ」

 

季檍が空いていた左手を顔の位置まで上げる。

 

「こ、のぉ……!」

 

「——発射」

 

そして、その口から号令を発した。

 

 

エクスカリバー外部。

倒しても倒してもキリがない蟲達の相手に疲労の色を濃くしていたオータムは、エクスカリバーの砲身の先端にエネルギーが収束しているのを見た。

 

「おい見ろ! エクスカリバーが!」

 

大型種を専用の巨大ブレードで両断した天刀吏舟(あめのとりふね)の中の鈴にも、その光は見えていた。

 

「嘘……! 発射しようとしてる!?」

 

「まさか瑛斗たちが中にいる状態で撃つとわね……!」

 

《ゴールデン・ドーン》の炎で敵を一掃したスコールは発射を阻止する策を練ろうとしたが、あまりにも時間が少なかった。

 

「させないっ!」

 

そう叫んだシャルロットがエクスカリバーへ向けて突進していく。

 

「シャルロット!?」

 

「鈴! 天刀吏舟をエクスカリバーにぶつけて発射軸をずらして!」

 

「え? あ、わ、わかったわ!」

 

鈴は白の大鎧を動かし、エクスカリバーへ猛進。

 

「あいつら、何するつもりだ?」

 

「わからないわ。でも、今は任せるしかなさそうね!」

 

スコールは天刀吏舟を追いかける蟲達を火炎弾で撃ち落とし始め、オータムもそれに倣って《アルバ・アラクネ》のウェポン・アームからエネルギー弾を撃ち散らした。

二人の援護もあり、天刀吏舟をエクスカリバーの横へ回り込ませた鈴は背面のスラスターを全開にした。

 

「やああっ!!」

 

砲身にその巨体がぶつかり、エクスカリバーの軸がずれる。だが鈴の感じた手応えは弱かった。

 

「ダメ! このままじゃまだ地上に当たっちゃう!」

 

天刀吏舟の体当たりは確かに直撃したが、その角度は浅く、地表へ向けた発射は止められない。

 

「ありがとう鈴! 十分だよ!」

 

砲口の真正面に飛んだシャルロットは両手を前に突き出した。

 

「お願い! ——《コスモス》っ!」

 

シャルロットの纏う《コスモス》の肩と腕の装甲が結合し、円形に展開。

 

「《不滅の絶甲盾(ラ・フォール・ド・レゾリュシオン)》!!」

 

それを中心に大輪の花が如く巨大なバリアが砲口と並行に花開いた。

直後、エクスカリバーがエネルギーを開放し、シャルロットを目掛けてビームが降り注ぐ。

バリアとビームがぶつかり合うその瞬間、バリアが傾いた。

激突したビームは、バリアの上を滑るように、しかし地球からは逸れて飛んでいく。

 

「うぅぅ……!」

 

凄まじい衝撃に襲われる中、シャルロットは

全身に力を込めて耐える。

その隙を逃さず、蟲達は聖剣の一撃を阻む盾を破壊せんとシャルロットへ雪崩れこむ。

 

「やらせねえ!」

 

「これだけ身体を張られたら、黙って見てるなんて癪にさわるのよ!」

 

ゴールデン・ドーンの放った大火球がアルバ・アラクネの衝撃波に拡散され、広範囲にわたってイマージュ・オリジスを粉砕する。

しかし、シャルロットの表情は苦悶に満ちていた。

エクスカリバーの砲撃は、以前受けた時よりも格段に威力が上がっていたのだ。

 

「頑張って、コスモス……!」

 

エクスカリバーの砲撃を浴びながら、シャルロットは自身のISを激励する。

 

「君は僕たち家族と、大切な人たちとの絆なんだ。だから……!」

 

シャルロットの脳裏に、さまざまな人々の顔が浮かび上がる。

父と兄、亡き母。

そして、エクスカリバーの中で戦っている瑛斗や、仲間たち。

シャルロットはただ守りたかった。

一度は壊れた家族が再生した世界を。

共に生きていきたいと願う人がいる世界を。

 

「僕に、力を!!」

 

シャルロットの叫びに答えるようにコスモスの装甲が輝き、バリアが巨大化する。

シャルロットは自身を苛む衝撃が小さくなっていくのを感じた。

 

「はあああああっ!!」

 

そして、エクスカリバーの砲撃は徐々にか細くなり、ついに途絶えた。

防ぎきったのだ。

 

「や、やった……!」

 

その事実を認識すると、バリアはガラスのように砕け散り、シャルロットは荒い呼吸のまま宙に漂った。

 

「シャルロット!」

 

天刀吏舟がシャルロットへ手を伸ばした。

 

「シャルロット! 大丈夫!?」

 

巨大なマニピュレーターの指を掴んだシャルロットはそれに身体を預ける。

 

「なんとか……ね。でも、コスモスのエネルギーがだいぶ持っていかれちゃったよ」

 

「無茶するからよ! いまエネルギーを送るわ。この舟、そういう機能もあるみたい」

 

シャルロットの身体を包むように、半球状のフィールドが天刀吏舟の掌に生成される。

 

(瑛斗……一夏、箒。……頑張って……!)

 

シャルロットは、シンと静かになったエクスカリバーへ視線を投げた。

 

 

「エクスカリバーからの砲撃による地上への損害はゼロ! 外れました!」

 

真耶の報告に安堵する声が上がる学園の地下司令部。

だが、その喜びに水を差すように警報が鳴り響いた。

 

「ち、地下特別区画に侵入者です!」

 

「まさか、イマージュ・オリジスが中に!?」

 

「い、いえ! 反応は一つだけです!」

 

「一つ……?」

 

「監視カメラの映像を出します!」

 

ざわついた後方担当の職員たちは、一様に正面モニターを注視した。

 

「織斑季檍……!?」

 

それは、落ち着き払った様子で通路を歩く季檍だった。

 

「隔壁システムにハッキングの痕跡が!」

 

「戦闘の混乱に乗じて来たってわけね……!」

 

「手口を論じてる場合じゃないわ! 対応できる戦力を回さないと!」

 

「みんな手一杯よ!」

 

「………………」

 

一人、無表情で腕を組んでいた千冬はおもむろに腕を解くと、踵を返した。

 

「私が行く」

 

その言葉を単にして、場が再び水を打ったように静まり返る。

 

「織斑先生……」

 

「真耶、轡木理事長とここの指揮を任せる」

 

「だ、だったら私も——」

 

「頼む。これは奴からの挑戦状だ。私が出なければ、奴が何をするかわからん」

 

「でも……」

 

「心配するな。私はもう一人で全てを背負おうとは思わない。私も、皆と共に戦いたいんだ」

 

「………………」

 

何かを言おうとしたがそれを果たせず、操作パネルの上に置いた手を固く結んだ真耶の肩を撫で、千冬は歩き出した。

 

「ちーちゃん」

 

千冬が司令部の出入り口に立った時、車椅子に座る束が千冬を呼び止めた。

 

「薄々こうなると思ってたよ」

 

「……お前も私を止めてくれるのか?」

 

「まさか。——ほら」

 

束が何かを放り、千冬はそれを受け取める。淡い桜色の、刀を模したペンダントだ。

 

「これは……」

 

「うん。《暮桜》だよ」

 

「……お前が持っていたのか」

 

「世界にISが戻ってきたあの夜、うちの道場に戻ってたんだ。調整は済んであるよ」

 

束は千冬に向けてぐっと拳を突き出した。

 

「ちーちゃん、思いっきりやっちゃえ!」

 

「ああ……!」

 

力強く頷いて、千冬は司令部を出た。

外の喧騒が嘘のように静かな通路を進みながら、束から受け取ったペンダントへ語りかける。

 

「暮桜」

 

『はい、千冬』

 

聞き慣れた声が、頭に直接響く。

 

「いたならいたと、なぜ言わなかった?」

 

『……すみません。いつか千冬の身に何か起きた時、すぐに力になれるようにしたいと束には言っていたのですが、束が、私が必要になる時は本当に使わざるを得ない時だと』

 

「それが今、というわけか。……状況は把握しているか?」

 

『はい。並行世界からの敵……私も覚えがあります』

 

「どういうことだ?」

 

『記録を一度閲覧しただけですが、私たちの故郷の星が崩壊するより以前、私たちより前の世代が、類似した敵と交戦したと』

 

「戦って、どうなった?」

 

『詳細は不明です。ただ、もし負けていたら、私は千冬や束と出会えていません』

 

暮桜なりの冗談に、千冬は口端を僅かに上げた。

 

「……それもそうか」

 

「側から見ると、面妖な光景だな」

 

「!」

 

曲がり角の向こうから聞こえた声に、思わず足を止める。だが、その声の主に千冬は警戒をすぐに解いた。

 

「柳韻先生……」

 

現れたのは箒と束の父であり、千冬の剣の師の柳韻。

彼の右手には、一振りの日本刀が収められた鞘が。

 

「先生、それは?」

 

「あいつと本気でやり合うならただの刀ではもたないと、束がな」

 

『千冬、この刀は……』

 

暮桜が千冬に囁く。千冬にもこの刀の正体はわかっていた。

 

(《紅椿》と同型……。束め、なんてものを先生に渡した)

 

「それが、お前の『力』か」

 

柳韻が示したのは暮桜。千冬は頷いて、暮桜に視線を向けた。

 

「力であり、友です」

 

「そうか。良い仲間を持ったな」

 

歩き出した柳韻の後を追って千冬も前へ進む。

そして、千冬は言うか悩んでいたことをやはり口にすることにした。

 

「……先生、あの男は——」

 

「わかっている。(みな)まで言うな」

 

だが、柳韻は千冬の言を遮って進み続ける。

 

「やつはお前の父親だ。その手で決着をつけたいだろう。だが、あのうつけを止められなかった責任は私にもある。なにより……」

 

と、柳韻が言葉と共に足を止める。千冬にもすぐにその理由がわかった。

 

「……なにより、お前に一太刀入れてやらねば気がすまんのだ。()()

 

「ほう、お前もいるとはな。柳韻」

 

二人と対峙した季檍は、余裕の表情を崩さない。

 

「そこのできの悪い娘を始末してからと考えていたが、探す手間が省けた」

 

「……!」

 

『千冬、落ち着いて』

 

身構える千冬を暮桜がたしなめる。

 

「そう怖い顔をするな、千冬。それが父に向ける顔か? 安心しろ。この私が手ずから、宇宙に上がった試作品に会わせてやる」

 

「黙れ! 私はもうあの時の無力な私ではない!」

 

「……フン、では、見せてもらおうか。お前の力とやらを」

 

バングルを掲げた季檍の身体が光り、《真・白式》がその姿を千冬と柳韻に晒す。

 

「暮桜!」

 

千冬の呼びかけに応えて、暮桜の装甲が千冬の四肢を包む。

 

「………………」

 

柳韻も剣を構え、姿はかつてと何も変わらない、だが変わってしまった友を見据える。

 

「さあ、雌雄を決する時だ!」

 

闘いの幕開け——その直前。

 

「……がっ!?」

 

異変が起きた。

 

 

桐野第一研究所。

深い森の中で二十年前に廃墟と化したその建物は、昼間でも薄暗く、人の寄り付くことなどまずない。

しかし、そんな通路を進む二つの影があった。

 

「………………」

 

一人は、かつて『アンネイムド』という思想、人種、果ては己の名前さえも捨て、国のために暗躍するアメリカのIS特殊部隊の隊長()()()女。

現在は、以前のIS学園におけるイーリス・コーリングとの戦いに敗北し、その生き方に触れたことで、隊長は『イーリスを追う』という形で彼女の協力者になっている。

ある時、イーリスに『名前が無いと不便だろ。ってかアタシが呼ぶのに面倒だ』と名付けられた『カレン』という名は彼女の——カレンの宝物だ。

 

「……いい加減に話したらどうだ」

 

カレンが問いかけたのは、同行者の煉獄(インフェルノ)。アオイ・アールマインであった。

問いには答えず視線を一度こちらへ向けただけのアオイに、カレンは僅かに眉をあげて続けた。

 

「ここに来るまで、わけのわからない化け物が何体もいた。あれは一体なんだ?」

 

二人の背後には、真新しい戦いの爪痕が一面に広がっていた。

廊下に転がるのは、イマージュ・オリジスの骸。

この場所に足を踏み入れた直後から、彼女たちは蟲の襲撃に遭っている。

 

「私たちは、何のために戦っている?」

 

アオイは瞬きを二度して、カレンに微笑んでみせた。

 

「何がおかしい!」

 

「ごめんなさい。あなたが、イーリスが言ってたよりもよく喋るものだから」

 

「誤魔化すな!」

 

「そうね。私たち……というかこの世界は今、別世界の脅威に晒されているわ」

 

「別世界の脅威……? まさか、あの化け物がそうなのか?」

 

「その通りよ。今頃、この世界全土に侵攻を始めてる。私たちはその中心を討ちに……正確にはその力を削ぎにきた」

 

「なぜ、それがここにあるとわかる?」

 

「……あの子達が、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう言ったアオイが歩みを止めた。二人がたどり着いたのは、行き止まり。

 

「おい、道はもうないぞ?」

 

「いいえ。ここで合ってるわ」

 

アオイは壁へ歩き始めた。

訝しむカレンが見たのは、壁の向こうにアオイの姿が消える光景だった。

 

「な……」

 

「問題ないわ。あなたも来なさい」

 

壁から聞こえてくる声に逡巡したが、意を決して壁の内側へ。

一瞬の光の後、目を開けたカレンは眼前の景色に目を見張った。

 

「これは……!」

 

そこは、一言で言うならば『工場』であった。

広大な空間は脈打つ壁で囲まれ、その中央に整然と並んだ無数の大型カプセルは、虫の卵のようだ。

 

「ええ。織斑季檍。()()()()()()()()()

 

壁と管で繋がれているカプセルの中で眠るようにして浮かぶ織斑季檍の身体は、完全に五体満足なものから、手や足が形成途中のものもある。

 

「この身体……デザインベイビーというわけではなさそうだな」

 

「これがあの男の秘密。自らの肉体を裏で作り続け、経験を共有する。この肉体も、あの化け物たちを材料にしているわ」

 

「そのようだな。あの壁、まともな材質ではない。それで、どうする?」

 

「あなたはISを展開して背後に警戒しながら、合図を待って。すぐにここから離脱するわ」

 

「お前はどうする?」

 

「ここにある全てを灰にするわ」

 

アオイの身体が輝き、《白いIS》が展開される。

 

「その機体……」

 

白いISの右腕の装甲が割れ、内部から青い炎が噴き上がる。

 

「……はあっ!」

 

アオイが突き出した右腕から、青炎がのたうつように室内へ広がっていき、季檍の身体の入ったカプセルが、壁ごと燃えていく。

 

「今よ!」

 

アオイの声を受け、《ファング・クエイク》を展開したカレンが元来た方向へ飛ぶ。

壁を超えたカレンが見たのは研究所の通路を埋め尽くす蟲たちだった。

 

「こいつら、まだこれほど……っ!?」

 

極彩色の敵意と殺意が風になって吹きつけてくる。

ISを展開していなければ、瞬く間に喰らいつかれていただろう。

 

「私たちを帰らせないつもりみたいね」

 

カレンに続けて出てきたアオイは、臨戦態勢で蟲達を見据える。

 

「離脱するだけなら問題はないわ。でも……」

 

「私たちを追ってこいつらが外に解き放たれる、か」

 

「そういうこと。悪いけど、付き合ってくれる?」

 

「……ここまで来たら、最後までやってやるさ」

 

右手にアサルトライフル、左手に大型ナイフを握り、カレンも戦う意志を固めた。

 

「行くぞっ!」

 

イマージュ・オリジスに突喊するカレン。

 

(——瑛斗)

 

アオイははるか空の彼方で戦う瑛斗へ思いを馳せた。

 

(ここからはあなた達だけの戦いよ。どうか、負けないで)

 

そして、アオイもイマージュ・オリジスへ立ち向かう。

その胸に決意と覚悟を携えて。

全ては、変わりゆく世界の未来のために——。

 

 

「ぐっ!? あ、がぁ……!?」

 

エクスカリバー内に響き渡るうめき声。

一夏と箒は、戦闘の最中に突然苦悶し始めた季檍に警戒と困惑を織り交ぜた眼差しを向けた。

 

「な、なんだ? どうしたんだっ?」

 

一夏は箒を見るが、箒は首を横に振る。

 

「わ、私は何も。だが、あの様子、尋常ではない……」

 

「こ、れは……ま、まさか、まさかぁ……!」

 

滝のように汗を流し、膝をついて頭を抱える季檍。

 

「ああああっ! 私が! 私が()()()()()()()

 

「な、なんだかわからないけど……チャンスだ! 箒、畳み掛けるぞ!」

 

「あ、ああ!」

 

今を好機と捉えた二人は季檍へ肉薄する。

 

「はあああああっ!」

 

《零落白夜》を発動した雪片弐型が、完全に無防備な季檍の胴を狙う。

激突の瞬間、一夏は確かに手応えを感じた。

 

「……!?」

 

だが、すぐにその感覚は間違いだったと気づく。

季檍は、一夏の剣を止めていたのだ。

その手で。攻性エネルギーで形作られた刃を握りしめて!

 

「そんなばかな!?」

 

「……よくも……」

 

季檍の呟く声が一夏の耳朶を打つ。

 

「よくも……よくも、よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもっ! よくもぉ!! やってくれたなあああああっ!!」

 

激する季檍の拳が、一夏を弾き飛ばした。

 

「うわぁっ!」

 

「一夏っ!?」

 

壁に激突した一夏を目で追った箒。

しかし、その僅かな隙に箒自身も強烈な一撃を受け、真横の壁に叩きつけられた。

 

「かはっ……!」

 

肺の中で詰まった呼吸が、血とともに吐き出される。

 

「ああ……何ということだ……」

 

まるで羽虫を払うかのように一夏と箒をあしらった季檍は、なおも悲嘆にくれている。

 

「よもや、私の身体を、彼らとの盟約を踏みにじるとはな……!」

 

崩れた壁から季檍を見た一夏のISによって強化された聴覚に、ふらふらとおぼつかない足取りの季檍の言葉が届く。

同時に、一夏は目を疑った。

 

「なんだよ、それ……!?」

 

進むたび、季檍の皮膚が剥がれ落ちていく。

 

「おかげで、再びこの姿を晒すことになってしまった……!」

 

その皮膚の下は、人間の血肉とは異なる、銀の色をしていた。

一夏へ向けたひび割れた顔は、もはや人の領域からかけ離れ、『織斑季檍』の面影は左半分のみ。

 

「こうなれば……加減は出来んぞ」

 

季檍の変貌に伴い、《真・白式》の装甲も蠢き、そのシルエットが『白式』の名を汚すように歪めていく。醜く。しかし鋭く。

 

「チリ一つ残さず葬ってくれる! 劣等種どもが!!」

 

季檍が一夏へ迫る。

そこにかつての冷静さは無く、鎌首をもたげた獣性が季檍を飲み込んでいる。

織斑季檍は、とうとう侵略者(イマージュ・オリジス)と成り果てた。




前回の鈴に続き、セシリアの告白からのスタートでした。一夏もそろそろ年貢の納め時でしょうか。
学園地下でも、千冬と柳韻が季檍との因縁の対決に臨みます。しかし、アオイたちの手によって秘密を暴かれた季檍は変容しただならぬ様子です。
並行世界からの侵略者、イマージュ・オリジスとの戦いはいよいよ佳境へ。
少女たちは学園を、世界を救うことができるのか。
瑛斗はG-soulを取り戻すことができるのか。
一夏は父であった何かを超えられるのか。
次回もお楽しみに!

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