IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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今回から全界炸劃、織斑季檍との最後の戦いが始まります。


宇宙と大地と 〜または届いた想い〜

「鈴、どうしたんだ? 改まって話だなんて」

 

  会議が終わってから鈴に連れ出された一夏は、鈴との間に広がる沈黙に耐えきれず切り出した。

 

「も、もう少し。もう少ししたら話すわ。だから今は黙ってついて来て」

 

 だが、当の鈴はそれしか言わず、ツインテールを揺らしながら歩くだけだ。

 普段とは違う鈴の様子に、疑問符を浮かべる一夏だったが、ほどなくして鈴の足は止まった。

 

「ここよ」

 

 森を抜けたそこは小高い丘になっており、夜空には月が輝いていた。

 

「へえ、こんなところがあったんだな。知らなかった」

 

「ま、まあね! ここはあたしのお気に入りの中でもトップシークレットなんだから!」

 

 鈴は腰に手を当てて胸を張り、一夏と向かい合った。

 

「鈴は穴場を見つけるのが上手いな。小学生の頃からずっとそうだ」

 

「えっ? う、うん……まあ、ね」

 

 一夏に笑いかけられ、途端に鈴はしおらしくなる。

 

「鈴?」

 

「……ねえ、一夏。あたしたちもうすぐ卒業するわよね」

 

「まだ少しあるけどな」

 

「学園を卒業したらどうするか、もう決めてる?」

 

「いろんな研究機関とか、企業から声はかけられてるけど、どうもな。それがどうかしたのか?」

 

「あたし、中国に戻ることになりそうなの。国家代表になるために」

 

「へえ! すごいじゃないか!」

 

「違うの!」

 

 一夏の賞賛に鈴は首を横に振る。

 

「違うの。国家代表になることになったら、あたしは中国に帰らなきゃいけない。日本には、もう戻ってこられない……」

 

「え……」

 

「最初は悩んだわ……。でも、あたしは、あたしの思うようにしたい。あたしが日本に戻って来たのは……一夏、あんたに会いたかったからなんだから!」

 

「俺に?」

 

 高らかに言い放った鈴は、一度大きく深呼吸すると、覚悟を決めた顔つきになった。

 

「一夏とあたし、これから先どうなるかなんてわからない。だけど、この気持ちにだけは後悔したくないの」

 

  言いながら、一歩、また一歩と一夏に歩み寄る。

 その一歩一歩に、鈴は自分の鼓動の音が大きくなる感覚がした。

 そして、互いのつま先が触れ合うまでの距離に到達した瞬間——。

 

「あたし、一夏の……一夏のことが好き! 愛してるの!」

 

 ありきたりでも、せいいっぱいの言葉に乗せて。

 ずっと秘めていた恋心を、ストレートに。

 凰鈴音は、告白した。

 

(い、言っちゃった……!)

 

 不思議な達成感とともに、不安がよぎる。

 いつもの唐変木を発揮されて、うまく伝わっていないのではないか。

 だとしたら恥ずかしくていたたまれない。

 怖くて、顔を上げられなかった。

 

「り、鈴……」

 

 呼びかけられて、顔を上げた。そこには驚いたように、顔を赤くした一夏がいる。

 見つめあってから数秒で、鈴の顔もみるみる赤くなっていった。

 届いた。

 そう確信し、また別の嬉しいと恥ずかしいがないまぜになった感情が鈴を支配して、鈴はパッと一夏から離れた。

 

「じゃあね! あ、明日は頑張りましょっ!」

 

 そして、一夏をおいて走り去る。

 

「あっ、おい鈴!」

 

 一人残された一夏は、しばらく呆然と立ち尽くていた。

 

 ◆

 

 一般生徒が地下に退避し、静かになったIS学園のグラウンド。

 その中央に屹立するそれは、まさに重力の壁を突き破る槍の穂先と言えるものであった。

 束が組み上げた天刀吏舟(あめのとりふね)には、全長30メートルのコーン型の白い船体を囲うように七つのコンテナが取り付けられており、その一つ一つに宇宙へ上がるメンバーが格納されている。

 

「いよいよか……」

 

 自身のコンテナ内で瑛斗は《打鉄桐野式》を展開し、発進の時を待っていた。

 

(……そういえば)

 

 ふと思い至り、プライベート・チャンネルを開く。

 相手は……。

 

「一夏、ちょっといいか?」

 

『ん? どうした?』

 

 瑛斗の隣のコンテナに待機していた一夏が、実際の会話と変わらないタイミングで返事をした。

 

「昨日会議が終わった後でお前と鈴が一緒にいるの見かけたんだけど、なんの話だったんだ?」

 

『えっ!? い、いや、別になんでも……。それより、ほら、もうすぐ時間だ! 切るぞ』

 

「あっ、おい! ……切りやがった。なんだってんだよ」

 

 そっけない対応に愚痴をこぼしていると、コンテナ内部に、ポーンと電子音がなった。

 

《あー、あー、あてんしょんぷりーず、あてんしょんぷりーず》

 

 緊張感のかけらもない声が船内に響き、瑛斗は一応傾聴した。

 

《え〜、この度は天刀吏舟(あめのとりふね)IS学園発、エクスカリバー行きにご搭乗いただきぃ、誠にありがとうございます。ナビゲーターは私、篠ノ之束でぇございます》

 

 電車の車掌かなにかの真似をする束に苦笑しつつ、伝達事項を耳に入れる。

 

《エクスカリバーを射程に入れるのは発進から240秒後! 作戦内容は搭乗前のブリーフィング通りだから、よろしくね! ……ん? ちーちゃん? なぜに私の頭を掴ん——》

 

 がしゃーん! と遠くで何か崩れる音が聞こえてから二秒後、今度は千冬の声が聞こえてきた。

 

《全員、聞いているな。本作戦は世界初の本格的な大気圏外活動になる。スーツは極地対応の最新式を用意した。ISのエネルギーシールドと絶対防御により理論上は活動に問題ないが、危険と判断したらすぐに撤退しろ。……死ぬなよ》

 

 瑛斗には最後の一言が、千冬の意思の全てだと思えた。

 そして、音声がまた束のものに変わる。

 

《それぞれの機体同士の連絡はISでしてね。それじゃあ、発進のカウントダウンを始めるよ!》

 

 瑛斗は身体に力を入れた。

 

《スリー、ツー、ワン……天刀吏舟、発進!》

 

 全身に押し付けられる重力を、奥歯を噛み締めて耐える。

 

《全天モニター起動!》

 

 薄暗かったコンテナに、外の景色が映し出される。船体の先に取り付けられたカメラが、リアルタイムの映像をコンテナ内に送り続ける。

 

(本当に宇宙に……!)

 

 瑛斗は次第に色を変えていく空に、不思議な高揚を覚えた。それは、慣れ親しんだ場所へ戻ってきたことに対する感傷であったのかもしれない。

 

「見えたよ! あれだ!」

 

 オープン・チャンネルから聞こえたシャルロットの声で、前方への注意を強める。

 虚空に浮かぶ宝石のような煌めき。だが、聖剣(エクスカリバー)の名を冠するそれは、邪悪な破壊の力を宿していた。

 

「作戦通りに! ……箒っ!」

 

「まかせろっ!」

 

 箒の声に合わせてコンテナが展開し、《紅椿》を展開した箒が船外に露出した。エネルギー供給用のケーブルに接続された《穿千》を構え、照準をエクスカリバーへ合わせている。

 

「いけぇっ!」

 

 解放された攻性エネルギーがエクスカリバーをめがけて一直線に飛ぶ。

 作戦の第一弾。

 天刀吏舟のエネルギーを上乗せした紅椿の最大火力による砲撃。

 これで破壊出来れば、作戦はこのまま終了する。

 しかし——。

 

「っ!?」

 

 穿千の砲撃が、振るわれた剣に霧散する。

 

「織斑季檍……!」

 

 箒は、こちらを見て不敵に笑う織斑季檍と目を合わせた。

 その1秒後、天刀吏舟に搭乗していた全ての者に強制通信が入った。

 

『よく来たな。IS学園』

 

「ああ。お前を止めに来た。お前の野望はここまでだ!」

 

「G-soulを返してもらう! そしてお前を止める!」

 

『そのために宇宙(ここ)まで上がって来たか……。だが、戦力を分断したのは間違いだったな。その程度の戦力で、私に勝てると思ったか?』

 

 季檍が剣を掲げると、宇宙空間に無数の歪みが生じた。

 歪みは穴になり、そこから現れたものに瑛斗たちは驚愕した。

 

「こいつら、アメリカで戦った……!」

 

「やっぱりあいつの手先かよ!」

 

 エクスカリバーを守るように展開する蟲たち。昆虫型だけでなく、人に似た四肢を持つものもいる。

 

『手先? 違うな。彼らは我が真なる同胞。確か……貴様らは《イマージュ・オリジス》と呼んでいたな』

 

「イマージュ・オリジス……」

 

「それが奴らの名か!」

 

「………………」

 

 季檍の発言に、スコールは違和感を感じた。

 

(まるで、私たちがあれら既に知っていたみたいに言うわね……。どういうこと?)

 

『エクスカリバーまで来るがいい。私が直々に相手をしてやろう』

 

 そう言って季檍は反転し、エクスカリバーへ戻って行った。

 

「逃すか! 行くぞみんな!」

 

 全てのコンテナが開放され、瑛斗たちは宇宙空間へ身を投げる。

 

「だが、あの数を相手に闇雲に突っ込むのは危険だ!」

 

《うんうん! 箒ちゃんの言う通り!》

 

「篠ノ之博士?」

 

  天刀吏舟が動きだし、瑛斗たちへ先端を向ける。

 

《こっちも最初から全力全開でいくよ! 牽引ビーム照射!》

 

 天刀吏舟が搭載したセンサーが、もっとも近くにいたIS——鈴の《甲龍》に狙いを定めた。

 

「え? ——きゃあっ!?」

 

 見えない力で、《甲龍》が天刀吏舟の船体へ引かれていく。

 

「鈴! 姉さん、一体何を!?」

 

 船体の前半分が開き、その中心に鈴は飲み込まれた。

 

「な、なんなのよ! もう!」

 

 ISがそのまま入るほどの銀の球体の中で、わけがわからず叫んだ鈴。すると、真上のスピーカーから束の声が聞こえた。

 

《ようこそ、天刀吏舟の真のコクピットへ!》

 

「こ、コクピット? 言われてみれば、確かにそれっぽい……」

 

 すると360度全体に外の景色が映し出された。驚いた表情の一夏や瑛斗たちがよく見える。

 

《それじゃあ始めようか!》

 

 甲龍の腕と脚にアームが伸び、データが流れ込む。

 

「え、え、ええ!?」

 

 各機関稼働、——問題なし。

 エネルギー循環、——正常値。

 操作システム同期、——行程終了。

 戦闘形態、——移行開始。

 

《だ〜〜〜い、変身!》

 

 束の声をトリガーに、天刀吏舟が大きく揺れた。

 船体が左右に展開して()を、スラスターが()を作り、五つのコンテナのうち四つはその腕と脚を包む装甲となり、最後の一つは変形し頭部を形作っていく。

 中からはわかりづらいが、外にいた一夏たちはその光景に絶句した。

 

「天刀吏舟が……」

 

「変形した……!」

 

 詳細データを斜め読みした鈴は、これがどういった代物なのかを把握して、ニヤリと笑う。

 

I()S()()()()()I()S()ってわけね! よぉーし!」

 

 鈴が右手を開くと、日本刀型のISブレードのホログラムが現れ、鈴はそれを握りしめた。

 すると、天刀吏舟は鈴の動きをトレースし、右手に呼び出されたブレードを握った。

 

「やああああっ!」

 

 天刀吏舟が蟲——イマージュ・オリジスの群れに突進し、剣の間合に入った。

 

「えぇい!」

 

 鈴の動きに従い、エネルギーを纏ったブレードが横薙ぎに振るわれる。

 剣撃に飲まれたイマージュ・オリジスたちは両断され、爆散した。

 

「すげえ!」

 

 イマージュ・オリジスの壁に穴が開き、一夏は快哉を上げる。

 

「道が開いた!」

 

 瑛斗が叫ぶがすぐにその穴は塞がれていく。が、そこにエネルギー弾と火球が飛び、イマージュ・オリジスの動きを止めた。

 

「ガキども! 行け!」

 

「ここは私たちに任せなさい」

 

「スコール! オータム!」

 

 スコールはイマージュ・オリジスたちに火球を浴びせながら続けた。

 

「急ぎなさい。エクスカリバーの発射はあなたのG-soul奪還にかかっているわ」

 

「わかるのか!」

 

煉獄(インフェルノ)が教えてくれたわ。彼女はエクスカリバーの状態にも精通していた。G-soulはいま、エクスカリバーの動力にされているの」

 

「なんだって!? ——っ!?」

 

 間一髪、瑛斗はイマージュ・オリジスの突進を躱した。

 そのイマージュ・オリジスは方向転換しようとしたところで、鈴の天刀吏舟の攻撃に吹き飛ばされ、シャルロットの銃撃で蜂の巣にされた。

 

「瑛斗! 行って! ここは僕らが押さえる!」

 

「一夏、あんたも行って!」

 

「シャル!」

 

「鈴!?」

 

「天刀吏舟であの蟲たちを引きつけるわ。その隙にエクスカリバーに、織斑季檍に辿り着いて!」

 

「……わかった。死ぬなよ!」

 

「あたしを誰だと思ってんのよ!」

 

「シャル、任せたぞ!」

 

「うん!」

 

「よし……! 一夏、箒、行くぞ!」

 

 瑛斗、一夏、箒の三人はイマージュ・オリジスの間を縫うように飛び、エクスカリバーへ接近する。

 そこへ、行く手を阻まんと数体のイマージュ・オリジスが三人に襲いかかった。

 

「「「どけぇっ!!」」」

 

 雪片弐型、空裂(からわれ)、ビームソードが閃き、イマージュ・オリジスの身体を切り刻んだ。

 

「このまま突っ込むぞ!」

 

 前進の勢いのまま、三人はエクスカリバーの外壁を突き抜け、内部へと転がり込んだ。

 ぶち抜かれた穴に隔壁が降りて塞がる。

 

「一夏! 箒! 無事だな!」

 

「あ、ああ!」

 

「なんとかな」

 

 エクスカリバー内の通路に立った三人は周囲に警戒しつつ互いの無事を確認しあった。

 

「静かだ……。敵の気配は無い」

 

「空気があるのを見るに、誰かがいるはずだが……」

 

「スコールの話の通りなら、G-soulはエクスカリバーの中心、砲塔部分にいるはずだ。まずはそこを目指そう」

 

 ISにダウンロードしたエクスカリバーの見取り図を確かめたところで、一夏は通路の奥から邪悪の気配を感じ取った。

 

「——させると、思うのか?」

 

「「「!」」」

 

 白い装甲に身を包んだ季檍が、ゆっくりと歩きながら三人の前に現れた。

 

「ようこそ、我が城へ。王である私自らが相手をしよう」

 

「何が我が城だ! このエクスカリバーも、G-soulも、お前が盗んだんだろうが!」

 

 武器を構える瑛斗。しかし、一夏と箒が瑛斗を守るように立った。

 

「瑛斗、行け!」

 

「ここは俺たちが引き受ける! G-soulを取り戻せ!」

 

「お前ら……!」

 

 言いかけた瑛斗は、こちらを見る二人の眼差しに、迷いも恐れも無いことを理解する。

 

「……頼んだぞ!」

 

 反転した瑛斗はスラスターを噴かし、高速で離脱した。

 残った一夏と箒は、季檍を睨みつける。季檍はそんな二人を嘲笑った。

 

「愚かな。一度破れたお前たちが再び私に挑むなど……」

 

「この前はお前の不意打ちだ。でも今回は違うぞ!」

 

「お前を倒す! 私たちで!」

 

「フッ……。ならば、私もお前たちを叩き潰そう。全力で!」

 

 季檍の放った闘気に、エクスカリバー内の空気がビリビリと震える。

 

「一夏……!」

 

「ああ! やるぞ箒!」

 

 剣を構え、季檍へ肉薄する一夏と箒。そして迎え撃つ季檍。

 その激突は、エクスカリバーを揺るがした。

 

 ◆

 

「桐野くん、織斑くん、篠ノ之さん、エクスカリバーに侵入しました!」

 

 真耶の報告で、学園の司令部に小さく歓声がわく。

 

「あの舟にあんな機能があるとはな」

 

 振り返った千冬に、ふふーん! と得意げに束は胸を張った。

 

「本当はエクスカリバーを直接叩き割るのを想定してたんだけどね。でも、これで外の敵の注意がこっちに向くよ」

 

 言い終えて、束は少し申し訳なさそうにつぶやいた。

 

「くーちゃんには、ちょっと無理させたみたい。作業はかなり突貫だったし。あとでちーちゃんも褒めてあげてね?」

 

 返事代わりに小さく笑った千冬。しかし、その表情は鳴り響いた警報で真剣なものに様変わりした。

 

「外部からの強制通信!」

 

「どこからだ?」

 

「これは……エクスカリバーからです!」

 

「なに……!」

 

 正面のモニターにノイズが走り、一人の男の顔が映し出される。

 

『ごきげんよう。IS学園の諸君』

 

「織斑季檍……!」

 

『愚かにも我らに挑むその気概は買おう。だが、全界炸劃(フル・スフィリアム)の戦士たちは貴様らなどには負けん。必ずやこの世界を変えるだろう』

 

 余裕たっぷりの季檍の言動に千冬は歯噛みする。

 

「——白々しいね」

 

 唐突に口を開いた束に、一同の視線が集中した。

 

「束?」

 

「人間ごっこはやめなよ。織斑季檍……いや、イマージュ・オリジス」

 

 束の紡いだ言葉に季檍は眉を上げた。

 

『……ほう?』

 

「束、イマージュ・オリジスとはなんだ?」

 

「私たちとは異なる位相……並行世界の地球に現れた侵略者だよ」

 

「並行世界……?」

 

「私もこれを知ったのはつい昨日のことだよ。やつらは暮桜や白騎士、G-soulと同じように遥かな宇宙の彼方からやって来て、並行世界の地球を襲い、そして、負けた」

 

「負けた?」

 

『………………』

 

「向こうの世界から敗走してきたんだよ。そして、やつらはまだ技術レベルの足りないこの世界を襲う計画を立てた……。教えてくれたのは、並行世界のもう一人の私だよ」

 

「そんなことが、ありえるんですか?」

 

 真耶の言う通り、この場にいる誰もがにわかには信じられなかった。

 

『くく……ははは……!』

 

 くつくつと笑う季檍の声に、千冬たちはもう一度モニターを見た。

 

『ああ……どの世界でも本当に忌々しいな。篠ノ之束……!』

 

 それは、束の発言に対する肯定だった。

 

『私の正体を突き止めたことは褒めてやる。だが、遅かったな』

 

 モニターの中の季檍が指を鳴らす。次の瞬間、司令部に新たな警報が鳴った。

 

「せ、世界各地に強大なエネルギー反応!」

 

「学園のすぐ近くにも、同様の反応が!」

 

 その報告の直後、地下特別区画の司令部が大きく揺れた。

 

「貴様! 何をした!」

 

 千冬の問いには答えず、季檍は怪しい笑みを浮かべる。

 

「別のモニターで外の様子を! 早く!」

 

 束の指示に、真耶は大慌てでパネルを操作し、外部カメラとモニターを接続した。

 

「外の映像、出ます!」

 

 それは、大樹だった。

 地を割り、空へ伸び、エネルギーを帯びて輝いている。

 

「なに、あれ……」

 

 誰ともない声の後、世界に根を張った大樹の表面がメキ……と隆起した。

 

『紹介しよう。我が同胞たちだ』

 

 隆起した表皮は歪に膨れて剥がれ落ち、蟲の形を作り上げる。

 それは降り出した雨のように、勢いを増し、数を増やしていく。

 

「……!」

 

 瞬間、千冬は背中を駆けた悪寒に弾かれるようにして叫んだ。

 

「地上部隊は直ちに出撃! 急げ! やつらはここへ直接攻撃を仕掛けてきたぞ!」

 

 一瞬の静寂の後、事態を理解した教師たちが一斉に動き出し、瞬く間に広がっていく喧騒と足音。

 

『さあ、始めよう! 我々と、()()()()の——戦争を!!』

 

 異界からの侵略が、始まった。

 

 ◆

 

「はあっ!」

 

 電流を纏った水流に打ち上げられた蟲たちが、ブレードビットに刻まれ、ミサイルの爆炎に消えていく。

 だが、すぐにその後ろから新しい蟲が現れた。

 

「もう! どれだけいるの!」

 

「……無尽蔵……!」

 

「弾薬、持つかな……」

 

「EOSと戦うとばかり思ってたのに、こんなのが相手だなんて……!」

 

 蘭、梢、簪、マドカは予想外の襲撃者に不安を感じている。

 

「怯むな! 各個の戦闘力はそう高くはない! 点ではなく面での攻撃を心がけろ!」

 

 ラウラが《シュヴァルツェア・レーゲン・ツヴァイ》のカノン砲から放つ炸裂弾で寄せ来るイマージュ・オリジスを押し返す。

 

「集中を切らさないで! 飲まれたら終わりよ!」

 

 そうは言ったが、楯無もこの状況の打破を考える余裕はない。

 IS学園は、まさしく混迷を極めていた。

 地上を埋め尽くしていくイマージュ・オリジスは校舎や寮の内部にも侵入し、破壊活動を続けている。

 生徒たちの地下への避難指示が無ければ、惨劇は免れなかっただろう。

 

「やつらを地下への入り口に近づけないで! 生徒を何としても守るのよ!」

 

 一般生徒のいる地下特別区画のシェルターは完全に封鎖しているが、教師陣の防衛網にもいつか限界がくる。

 指揮を取っていたエリナは歯噛みした。

 

(アルストラティアの時とは桁が違う! なんとかして、大元を叩かないと!)

 

「エリナ先生! 危ない!」

 

「っ!?」

 

 衝撃を覚悟して目をつむる。

 轟音と、大地が割れるほどの凄まじい振動。

 だが、エリナにダメージはなかった。

 

「……?」

 

「よう、元気そうだな。エリナ」

 

 煙の奥から聞こえる、久しく聞いていなかった声。

 

「あなた……!」

 

 煙が晴れ、その姿が露わになる。

 イーリス・コーリングが、エリナに迫ってい たイマージュ・オリジスを愛機《ファング・クエイク》の大型になり強化された《ブラスティング・ナックル》で叩き潰していた。

 

「イーリス……!」

 

「へへっ」

 

「……バカ! 連絡もなしに今までどこで何してたのよ!」

 

 ばっちり決めたと思ったが、飛んできたのは罵声。イーリスは思わずズッこけた。

 

「お、おいおい、助けてやったのにそりゃないだろ」

 

「いいから答えなさい! こっちの気も知らないで!」

 

 たじろいだイーリスは、少しバツが悪そうにもごもごと答えた。

 

「あー、その、なんだ。……世界一周」

 

「はぁ!? あなた、行方不明になってから遊んでたわけ!?」

 

「ち、違ぇよ! 仕事だ、仕事!」

 

「仕事? ——おっと」

 

 こちらが会話の最中であることなどまったく意に介さないイマージュ・オリジスの攻撃を捌きながら、二人は話を続ける。

 

「今回の事件の対処をするよう、秘密裏に世界中に警告して回ってたんだ。知り合いのツテを辿ってな。今ごろ、向こうもおっ始めてるだろうよ」

 

「そんなことを、あなた一人で?」

 

「いや、ア……げふん、煉獄(インフェルノ)ってやつと一緒にな。話は聞いてるだろ?」

 

「え、ええ」

 

「G-soulの輸送中の襲撃から私を助けてくれたのもあいつだ」

 

 イーリスの言葉にエリナは重要なことを思い出す。

 

「そうだわ! イーリス、あなたは誰に襲われたの? あの時、いったい何があったの?」

 

 迫るイマージュ・オリジスを対処しながら、イーリスのは険しい表情を作った。

 

「……一瞬だった。だが襲ってきた奴は覚えてる。織斑季檍だ」

 

「やっぱり……でも、彼はISもなしにどうやって?」

 

「必要ないんだよ。あいつにISなんて」

 

「必要ない……?」

 

 イーリスは空を、宇宙を見上げて、はっきりと口にした。

 

「今のあいつは見せかけだ。あいつの正体は、とんでもねえ化け物だぜ」

 

 ◆

 

 アメリカ。ニューヨーク近郊。

 突如として現れた大樹から、見たこともない化け物が湧き出し、街を破壊し始めてから五分。

 ビルの屋上から、逃げ惑う人々を見下ろす影が二つ。

 

「すげえな。あの人の言う通りになった」

 

 一人は背丈が高く、金の髪をホーステールに結った少女。

 

「休暇中の私たちの前にいきなり現れて、いきなり何言ってるんだろうって思ったっすけどね」

 

 もう一人は、小柄な猫背で、毛先の跳ねる髪の片方が太い三つ編みの少女。

 ダリル・ケイシーと、フォルテ・サファイア。

 イーリスが協力を仰いだ中には、学園の卒業生にして、自らが鍛えた彼女たちも入っていた。

 

「なんなんすかね、あいつら。虫って断じるにはメカメカしいっすよ」

 

「知らねーよ。どうする? 帰るか? あの人、別に強要はしてなかったよな」

 

「んー、どうするっすかねぇ……」

 

 顎に手をあて、うーんと唸るフォルテをダリルは可笑しそうに笑う。

 

「お前、考えてないだろ」

 

「あ、バレたっすか? まあ、答えなんて、最初から決まってるっすもんね!」

 

 直後、二つの光が爆ぜ、光の中から装甲を纏ったダリルとフォルテが現れた。

 《ヘル・ハウンド・ボーテックス》。

 《コールド・ブラッド・コキュートス》。

 アルストラティアでの戦いを超え、二人は新たな力を手にしていた。

 

「さぁて、増援が来るまでは、私たちがこの世界の砦だぞ」

 

「なんか映画みたいっすね。テンション上がるっすよ」

 

 二人は屋上の縁に足をかけ、武装の安全装置を解除。《ヘル・ハウンド》の装甲がスライドし、内側から炎が噴き上がり、《コールド・ブラッド》の周囲に氷の結晶が形成される。

 

「ダリル先輩」

 

「ん?」

 

「——Are you ready?」

 

  フォルテの問いに一度目を丸くしてから、ダリルは勝気に笑って答えた。

 

「……Go!!」

 

 炎と氷。

 相対し高め合う力が渦を巻き、異界からの侵略者に襲いかかった。

 

 ◆

 

 イタリア。ローマ。

 コロッセオ付近に屹立した大樹からは日本やアメリカ同様にイマージュ・オリジスが出現し、街はパニックに陥っていた。

 

「ひいいっ!」

 

「走って!」

 

「急げ! 巻き込まれるぞ!」

 

 いや、パニックの一因としてはイマージュ・オリジスの襲来もあるだろう。しかし、人々が逃げ惑うにはもう一つ原因がある。

 

「そらそら、死にたくなかったら早く逃げるサ!」

 

 この国の代表であるアリーシャ・ジョセフスターフだ。

 専用機《テンペスタ》から発生させた竜巻を手足のように操り、街ごと敵を蹂躙している。

 

「走れ走れ!」

 

「メチャクチャよあの人!」

 

「マンマミーア!」

 

 人々の悲鳴が遠のいていくのを聞きながら、アリーシャはよしよしと頷いた。

 

「これで戦いやすくなった。まったく、やりづらいったらなかったサ」

 

「最初からやりたい放題だったじゃない!」

 

 そう言ってアリーシャを小突いたのは、《セイレーン》を展開する亡国機業のメンバー、日向海乃である。

 

「いってーナ。文句あるサ?」

 

「ここ一応観光名所でしょ! 国家代表的にそういうところ考えたりしないわけ?」

 

「んー、別に。よく言うだろ。観光地の近くに住んでると、その観光地のことそうでもないと感じるってサ」

 

「海外でもその感覚ってあるのね……」

 

 半眼を作った海乃は額に手をやって頭を振った。

 

「いきなり私をイタリアくんだりまで呼びつけて、こんなトンデモと組ませるなんて、おのれイーリス・コーリング……!」

 

「なんだヨ。一回組んだ仲じゃないサ」

 

「ワケが違うわよ! いや、状況的には前と似てるけど!」

 

「ぼやくナぼやくナ。あんなにマジに頼まれたら、無碍にもできないサ。……一緒にいた煉獄(インフェルノ)とかいうのはなんか気に入らなかったがナ」

 

「もう、まだ言うのそれ。……にしても、数が多すぎない? この国の軍隊は何してるの?」

 

「知らん。そのうち来るサ」

 

「全部終わってから来ても意味ないんだけどね」

 

「……お、さっそく援軍サ」

 

 アリーシャの顔を向けた方を見ると、瓦礫の上をトテトテと歩いて来る一匹の猫がいた。

 

「ニャア」

 

「援軍って、あなたの飼い猫じゃない。シャイニィ! 危ないから逃げなさい!」

 

「ニャ〜」

 

 しかしシャイニィは海乃の声など聞く耳持たず、後ろ足で背中を掻いた。

 

「こんな時でも生意気な……!」

 

「言うだけ無駄サ。シャイニィは戦いに来てくれたんだからナ」

 

「はあ? 何言ってんのよ」

 

「まあ、見てるサ」

 

 すると、テンペスタの装甲の一部が分離し、シャイニィに向けて飛んだ。

 シャイニィがそれに乗ると、白い毛並みの身体が装甲を纏った。

 

「何よ、あれ」

 

「《テンペスタ・ファミリア》。テンペスタの自律行動ビットなのサ」

 

「大丈夫なの? 言っても猫よ?」

 

「ナメんなよ。下手すると、お前より強いからナ?」

 

「………………」

 

 言葉も出ず、ため息をついた海乃はトライデントを構え、群がる蟲たちに対峙した。

 

「で、どうするの? イタリア代表さん」

 

「こいつらの相手してても意味がないサ。あのでかい樹を叩く」

 

「それって、この大群をぶち抜いていくってことかしら?」

 

「まあナ。準備はしてるんだろ、二流女?」

 

「その呼び方……止めろって言ったわよね!」

 

 叫びながら、トライデントの柄の底部で石畳を叩く。

 すると地鳴りとともに地面が割れ、水が湧き出した。

 激流は意思を持つかのようにうねり、イマージュ・オリジスを飲み込んでいく。

 

「——圧壊!」

 

 次の瞬間、水が中のイマージュ・オリジスごと圧縮された。原型をとどめないほどにひしゃげた蟲たちが爆発する。

 大群が分断され、道が浮き上がる。

 

「ヒュウ、地下の水道にナノマシンをばら撒いてたのか。やることが大胆だナ」

 

「これでこの街の水は私の武器。ほら、さっさと行くわよ!」

 

 飛び出した海乃を追いかけながら、アリーシャは空を見上げた。

 

(美味しいところは譲ってやるサ。そっちは任せたゾ、少年少女)

 

 ◆

 

「はやく中心部に……!」

 

 一夏と箒に後押しされた瑛斗はマップのナビゲートを頼りに通路を駆け抜けていた。

 エクスカリバーの内部は配置された配管や機材を避けるように通路か伸びているため、右へ左へ、上へ下へひたすら進むほかない。

 

「あれか!」

 

 ようやく、前方に閉ざされたドアを見つけた。ビームソードを起動し、ドアをX字に切り裂く。

 減速せずに飛び込んだのは、目的地であるエクスカリバーの中心部。

 それを理解した理由は、空間の中心に取り付けられた装置だ。

 

「G-soul……」

 

 強化ガラスのケースの中で電磁フィールドに固定されているG-soulのコアは、まさしくこの衛星兵器の動力としてエネルギーを吸われているようであった。

 

「……今、助けるからな!」

 

 ビームソードの柄を握り、光の刃を振り上げる。

 

「させんよ」

 

「っ!?」

 

 真横から聞こえた声に振り向くと、ISブレードが眼前に迫っていた。

 

「ぐあぁっ!」

 

 斬撃を受けて転がった瑛斗は、すぐに起き上がって待ち伏せていた者を睨みつける。

 

「待っていたよ。桐野瑛斗」

 

「やっぱりいるよな。織斑季檍」

 

 真・白式を展開した季檍が、こちらを見下ろしていた。

 

「力を奪われながらもここまで来たことは賞賛しよう」

 

「お前には借りがあるからな。これ以上、G-soulを好きにはさせない」

 

「それはこれからの君の態度次第だな」

 

「なにを……!」

 

 険しい顔のままビームソードを構える瑛斗を、季檍は手で制止した。

 

「まあ待て。前にも言ったと思うが、私は君が欲しい。私に協力してくれるなら、君のISを返してやろう。ちょうど、叢壁の席が空いたところだ」

 

「叢壁をどうした!」

 

「始末したよ」

 

「な……!?」

 

「世界を相手取ると言った割に、怖気づいたからな。所詮は飾りだったというわけさ」

 

「くっ……! 何度言われても俺の答えは変わらない! お前に協力なんてしない!」

 

「……これが最後だぞ?」

 

「くどい!」

 

「そうか……。ならば、仕方ないっ!」

 

 直後、季檍の姿が消える。

 

「!」

 

 背後に気配を感じてビームソードを後ろに回すと、エネルギー刃と激突した。

 

「やるな。私の動きを見切ったか」

 

「一夏のこともあったからな。背中は警戒してんだよ!」

 

「ハハハ……! そうでなくてはなぁっ!」

 

 一撃、二撃と刃を交え、互いに距離を取る。季檍はG-soulの横に立ち、瑛斗を近づけさせない。

 

「来るがいい。お前を消して、私はこの世界に君臨する!」

 

「ベタな野望をのたまってんじゃねえ!」

 

 そして、三撃目がぶつかり合う。

 戦いを見守るG-soulは、鼓動にも似た光を明滅させていた。




開幕から鈴の告白シーン。
この作品もついにこういうシーンを書くところまで来てしまいました……!
さて、宇宙と地上、まさしく世界を舞台にした戦いが始まりました。
今回明らかになったイマージュ・オリジスの背景はずっと考えていたものなので到達できてとても嬉しいです。
最後の戦いということもあり、色々やりたいこと突っ込んでみました。いいですよね、メカで動かすメカ。
さて、次回は戦いの中編。エクスカリバーで戦う瑛斗たちと、その裏で繰り広げられる地上での戦いのお話です。
次回もお楽しみに!

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