IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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お待たせしました。更新です。
新年度が始まり、いろいろと忙しいですがコツコツ書いてます。
それではどうぞ!


『煉獄より』 〜または宇宙へ飛ぶ舟〜

「あー、やっと戻って来たぞクソッタレ」

 

 学園正面ゲートに止まった白のロールスロイス。

 オルコット家の所有するその車から降りてきたのは、仏頂面のオータムだった。

 

「なんだよ、お前も学園が恋しかったのか?」

 

 後に降りた瑛斗が楽しげに言うが、オータムはギロリと睨みつける。

 

「あぁ? 誰がこんなとこ恋しがるか。にやけんな気持ち悪い」

 

 後に降りた瑛斗に続いてシェプフ、ツァーシャ、シャルロットが車から出て来る。

 

「やー、飛行機もさることながら車も快適だったです!」

 

「そうそう体験できる乗り心地ではありませんでしたね」

 

「シェプフちゃん、ツァーシャちゃん、セシリアにちゃんとお礼言わなきゃダメだよ?」

 

「「はーい(です)!」」

 

 完全にシェプフとツァーシャの姉か母親のような立ち位置を確立しているシャルロットを横目に、オータムはわずかにトゲのある口調で言葉を紡ぐ。

 

「しっかし、自家用機も自家用車も、酒が一本も置いてないとはな」

 

「仕方ないだろ。ってか、貸してもらったんだから文句言うなよ」

 

「申し訳ありません。なにぶん急なことだったもので、ソフトドリンクしか用意がなく……」

 

 トランクから荷物を降ろしたセシリア専属メイドのチェルシーが謝罪の言葉を口にするのを瑛斗は手で制止する。

 

「いいんですよチェルシーさん。こいつに気なんて使わなくて。つけあがりますから」

 

「あぁん? 誰のおかげで無事に戻ってこれたと思ってんだ、テメー」

 

「ビルの最上階を丸ごと吹っ飛ばしたやつが何言ってんだよ。結局エリナさんへの言い訳思いついてないんだぞ」

 

「正直に言えばいいだろーが」

 

「二人とも喧嘩しないの! ほら、早く中に入ろうよ。先生たちに報告しないと」

 

 シャルロットに背中を押されて学園の敷地に足を踏み入れる。

 

「……静かなもんだな。こう誰もいないと」

 

 先頭を歩く瑛斗がつぶやく。

 すでに日は落ちており、学園に人の出歩く姿はない。遠くに見える寮の明かりが寂しさを誘った。

 

「この時間じゃ部活動も終わってるだろうし、仕方ないよ」

 

「それに今は宇宙から砲台が狙ってるです」

 

「外を出歩くのは避けるのが一般的な思考でしょう。まあ、中にいても変わらないとは思いますが」

 

「そうだよな。チヨリちゃんの言ってた防御システムが機能してくれてるはずだけど……」

 

「そんな感じはしねーけどな。ま、ババァの腕は信用できるか」

 

 瑛斗は初めてチヨリに会った時に到着確率七十パーセントでフランスに射出されたことを思い出し、懐かしさに表情を緩める。

 そこで校舎の前に立つ人物の存在に気づいた。

 向こうもこちらを認識したようで、ヒールの音を立てながら近づいてきた。

 

「おかえりなさい」

 

「スコール!」

 

 オータムは照明に照らされたスコールを見て華やいだ表情で駆け寄る。

 

「 オータム、お疲れさま。大変な役割を任せてしまって、ごめんなさいね」

 

「ううん! スコールの頼みだから!」

 

「ふふふ、ありがとう」

 

「まさかお前が出迎えてくれるなんてな、スコール」

 

 瑛斗に話しかけられたスコールはオータムを腕に抱いたまま応じる。

 

「ええ。だってあなたたちが最後ですもの」

 

「最後?」

 

「全界炸劃に対抗する作戦会議よ。みんな、あなたたちを待ってたんだから」

 

「みんな? でも、一夏は……」

 

 言いかけて、スコールが微笑みを消さないことで瑛斗は気づいた。

 

「もしかして、一夏が目を覚ましたのか!?」

 

「そういうことよ。来なさい。そこの双子ちゃんも一緒にね」

 

 一行はスコールに率いられて学園の地下特別区画へと降りる。

 会議用のフロアに入ると、他の専用機持ちたち、そして教師たちが一堂に会していた。

 

「瑛斗! おかえりなさい!」

 

「たっ、ただいま! エリナさん!?」

 

 出迎えたエリナに上ずった声をあげる瑛斗の顔に冷や汗が浮かぶ。

 

「どうかしたの?」

 

「な、なんでもないですっ。そ、それより一夏は?」

 

「俺がどうかしたか?」

 

 エリナの後ろから出てきた一夏に、瑛斗は驚きと喜びをないまぜにした表情になった。

 

「一夏! この野郎、ケロッとしやがって! 心配したんだぞ!」

 

「悪い悪い。でももう大丈夫だ、ほら」

 

 自分の拳で、刺されたはずの腹をポンと叩き、全快のアピールをする。

 

「瑛斗! お、おかえり……!」

 

「無事なようだな」

 

 近づいてきたのは簪とラウラ。

 

「簪、ラウラ。ただいま。そっちも怪我はなさそうでよかった」

 

「全員揃っているな」

 

 会議室に入った千冬に、一同の視線が集まる。

 

「千冬さん……」

 

 固く拳を握った瑛斗の手に、ラウラの手が重なる。

 

「大丈夫だ。教官も、マドカも、一夏も……」

 

「え……?」

 

 一度ラウラを見てからもう一度千冬を見る。目があった。が、千冬は瑛斗が言うより早く、全員に向けて言葉を発した。

 

「では、これより今後の我々の行動についての会議を始める。真耶、頼む」

 

  千冬の後ろにいた真耶が端末を操作し、部屋の中央に立体映像の地球が浮かび上がった。

 

「現在、エクスカリバーは衛星軌道上で休止しています。4時間前の放射によるオーバーヒートである可能性が高いです」

 

「エクスカリバーがまた撃たれたのか!?」

 

「ええ。私と簪ちゃんを狙ってね」

 

 驚いた瑛斗の方を向いて楯無が説明を始める。

 

「織斑季檍のISについて調べに篝火博士のところへ行ったら、織斑季檍の襲撃にあったわ。博士の協力もあってなんとか倒せたけれど、そこでやつがエクスカリバーを使ったの」

 

「織斑季檍は、どうなったんです?」

 

「エクスカリバーの光に消えたわ。私たちをもろともに消し去るつもりだったみたい。でも、私たちは助かった。博士も研究所の人たちも全員無事よ」

 

「それにわかったよ。織斑季檍の《真・白式》は研究所の人たちを人質にして奪ったISだって」

 

「普通のIS、ということね。だったらやりようはあるわ」

 

 スコールが顎に手を当てて思案する。彼女は季檍からISを引き剥がすことを考えていると瑛斗は判断した。

 

「桐野、お前たちの方はどうだった。報告しろ」

 

「あ、は、はい。エレクリット・カンパニーの……クラウンのデータベースに織斑季檍のデータがありました。というか、データの管理AIがクラウンの人格のコピー体で、そいつから聞いた話なんですが、織斑季檍はかつての篠ノ之博士やクラウンと似たような状態にあるそうです」

 

「どういうことだ?」

 

「外見は確かに織斑季檍ではあるけど、その中身には何か得体の知れないものが入り込んでいる、ということです」

 

「実際、得体の知れないものとは戦ったからな」

 

 首をぽりぽりと掻きながら呟いたオータムに瑛斗は頷き、更なる説明を加えた。

 

「俺たちも全界炸劃の攻撃は受けましたが、その時に妙な生き物と戦いました」

 

 瑛斗は《打鉄桐野式》の映像記録を開き、全員に見えるように限界まで拡大させた。

 

「これが、その生き物です」

 

 映像の中に現れた、人より大きな虫の姿にどよめく声が起こる。

 

「これは……」

 

「虫、ですの?」

 

「機械と生命体の中間のようで、戦闘力は一匹では大したことはないです。実際、オータムが《アルバ・アラクネ》の武装を使って一網打尽にしました。……ビルの最上階は爆散しましたが」

 

「そう。……え? 瑛斗、いまなんて?」

 

 追求を防ぐために、瑛斗はすこし声を大きくして一つの可能性を提示した。

 

「俺個人の考えですが、これは——地球外生命体ではないかと」

 

「地球外生命体……!?」

 

「それを、全界炸劃が使役していると?」

 

「はい。これはきっと、織斑季檍とも関係があるはずです」

 

「やつが同時に何人も存在していることも、これが鍵になりそうね」

 

「でも、これだけじゃ全界炸劃に先手をうつには足りないわ。もっと確定的な情報がないと……」

 

「それについては、我々の方で用意がある。真耶」

 

「はい。先程、さまざまなサーバーを経由して、ここに何者かから情報が送られてきました。送られてきた情報には、全界炸劃は明日の夜にIS学園を襲撃し、全世界規模の武装蜂起を行うことが記されています。それと、G- soulの現在地についても」

 

「!」

 

 瑛斗は組んでいた腕をほどき、真耶の続く言葉に神経を研ぎ澄ませた。

 

「情報によればG-soulは、エクスカリバー内部にあります」

 

「エクスカリバーの中にG-soulが……!?」

 

 驚きを隠せない瑛斗だが、オータムは懐疑的だった。

 

「信用できんのかよ。そんなどこの誰とも知らないやつから送られてきたもんがよ」

 

 オータムの一言に同意して頷く専用機持ちたち。

 

「そ、それが、もし信じられないなら、えっと、その……」

 

 真耶はメガネの奥の瞳を動かし、ある人物らを見た。

 

「……ツァーシャ、もしかして私たちです?」

 

「そうみたいですね」

 

「は、はい。シェプフちゃんとツァーシャちゃんに、伝えてほしいと言われまして」

 

「その伝えたいこととは?」

 

「一言なんです。私にも意味がさっぱりで……」

 

「もったいつけてないで、早く教えるです!」

 

「は、はいっ! い、言いますよ!」

 

 真耶はすうっと息を吸い、そして、その一言を口にした。

 

「——煉獄より(フロム・インフェルノ)

 

「………………」

 

「………………」

 

 静まり返る会議室。真耶は、「うう、なんだか私がスベったみたいです……」と小さくなっている。

 

「インフェルノ? おい、シェプフ、ツァーシャ。どういう意味だ?」

 

 瑛斗に問いかけられた双子は、数秒の沈黙のあと……。

 

「……ぷっ!」

 

「ふ、ふふっ」

 

 たまらずといったように、吹き出した。

 

「あ、あはっ、あはははははっ!」

 

「ははは! はははははっ!」

 

「きゃはははははははっ!」

 

「ひゃはははははははっ!」

 

 ゲラゲラと大笑する双子。

 全くわけがわからない一同は、ただ狂ったように笑う双子たちに困惑の目を向けるほかない。

 ひとしきり笑い終えると、シェプフはよじれそうな腹を抱えて、ツァーシャは目尻の涙を拭い、呼吸を整えながら語りはじめた。

 

「ひー、ひー……! み、みなさん、この情報は確かなのです! 100パーセント信頼できるですよ!」

 

「まったく……ええ、まったく! 疑う余地はありません! ご心配なく! 私たちがいま持つ情報の中で最も有力です!」

 

「お前たちは、この情報の送り主を知ってるのか?」

 

「はいです。詳しくは言えませんが、お父さまが頼りにしていた情報屋ですよ」

 

「クラウンの……」

 

 先ほどの大笑は気にかかるが、瑛斗は二人が嘘を言っているようには見えなかった。

 

「エクスカリバーの発射が迫っている。罠の可能性もあるが、我々に残された猶予はあまりに少なく、それを憂慮している場合ではない。これ以上やつらの好きにさせないためにも、エクスカリバーを破壊し、全界炸劃を、織斑季檍を止める」

 

 エクスカリバーの破壊。

 千冬の口から飛び出した言葉に、一同はどよめきたつ。

 

「織斑先生、エクスカリバーがあるのは宇宙。それを攻撃する手段があるのですか?」

 

「それは——」

 

『あっるよーん!』

 

 千冬の言葉を遮るように、まるで空気を読まない底抜けに明るい声が会議室に響いた。

 

「篠ノ之博士!?」

 

「だが、姿が見えんな」

 

「姉さん、どこにいるのですか?」

 

『ラボに引きこもってるよ、箒ちゃん! 今、《天刀吏舟(あめのとりふね)》の最終調整中でね! 音声通信を繋いでるんだ!」

 

「あめの……?」

 

「とりふね?」

 

 生徒たちは首をひねる。

 

「束さん、なんなんですか、それ」

 

『重装型宇宙用機動装甲……早い話がISを宇宙へぶち上げるロケットだよ! 今データ送るよ』

 

 地球とエクスカリバーのホログラムが消え、宇宙船のホログラムがその姿をあらわす。

 

『これで宇宙までISのエネルギーを温存して行けるって寸法さ!』

 

「作戦はこうだ。部隊を二つ編成し、宇宙へ向かう部隊はこの天刀吏舟を使い宇宙へ上がり、エクスカリバーを攻撃。同時に内部へ侵入、G- soulを奪還する。並行して、地上部隊は学園の防衛にあたる」

 

「電撃作戦、というわけか……」

 

「天刀吏舟には搭乗数に限りがある。そこで宇宙部隊には桐野、篠ノ之、凰、デュノア、巻紙先生、ミューゼル先生を編成する」

 

「俺も宇宙に?」

 

「お前を入れないばかりに、勝手にG-soulを奪還しに行かれても困るからな。不服か?」

 

「とんでもない! ありがとうございます!」

 

「地上部隊はオルコット、ボーデヴィッヒ、更識姉妹、五反田、戸宮、マドカ。残りの教師部隊も地上部隊に編成する」

 

 そこで、一夏は自分の名前が呼ばれていないことに気づいた。

 

「千冬姉、俺は?」

 

「お前は編成の時点でまだ昏睡状態だったから保留にしていた。希望はあるか?」

 

「俺は……俺も宇宙に行きたい」

 

「お兄ちゃん……」

 

「行かせてくれ、千冬姉」

 

 まっすぐに千冬の目を見つめる一夏。千冬は少しのあいだ目を伏せ、そして、決意したように一夏を見つめ返した。

 

「わかった。お前も宇宙部隊へ組み込もう。だが、油断するなよ」

 

「……ああ!」

 

「よし、作戦開始は明日15時。それまで専用機持ちは待機。ISの整備を終えておくように。以上だ」

 

 千冬のその言葉をもって、会議は解散となった。

 

 ◆

 

 会議が終わって解散となったあと、瑛斗は話があると千冬を呼び止め、人の気配のない地下特別区画の奥に連れ出した。

 

「それで、話とはなんだ。手短に済ませろ」

 

「すっかり元通りだ。あんなに憔悴してたのに」

 

「……情けないところを見せたのは謝る。だが——」

 

「いいんです。一夏を大切に想う千冬さんなんだ。自分を責めたって無理はない」

 

「何が言いたい」

 

「織斑季檍は、あなたに一度殺されたと言った」

 

「………………」

 

「実のところ、俺はあなたが……あなたの家族がわからなかった。いったいどれだけのものを抱え込んでいるのか、何を隠しているのか」

 

 険しい顔つきで言った瑛斗。だが、すぐに穏やかな表情に変わった。

 

「でも、もうあなたのその顔を見たら、それを問い詰める気もなくなりました」

 

 瑛斗は自分の頬のあたりを指し示す。

 

「む……」

 

 それは、千冬がラウラに殴られた跡のある位置と一致していた。

 

「きっと、ラウラですね。あなたにそんなことができるのはあいつくらいだ」

 

「……言われたよ。私に守られる者の気持ちを知れと」

 

「みんなが思ってることですよ」

 

 満足したのか、瑛斗は千冬に背中を向けて歩き出し、その肩越しに言った。

 

「俺が言いたいのは、もうあなた一人の戦いは終わったってことです。俺たちで、織斑季檍を止めましょう」

 

「……ああ。力を貸してくれ」

 

 笑った瑛斗は、軽く手を振って千冬の前から去り、地下特別区画への行き来に使用する校舎内のエレベーターで地上に出た。

 

「あ、瑛斗!」

 

「ん?」

 

 呼び声に振り向くと、シャルロット、ラウラ、簪の三人がいた。

 

「お前ら、先に戻ったんじゃないのか?」

 

「簪がお前を待つと言ってな」

 

「なら僕たちも一緒にって、ね?」

 

「……いいって、言ったのに……」

 

 ボソッと呟く簪に瑛斗は微笑む。

 

「そっか。待っててくれたんだな。ありがとう」

 

「う、ううん。いいの。私が、そうしたかったから……それに……」

 

 そこで口ごもった簪は、数瞬の迷いのあと、瑛斗の胸に飛び込んだ。

 

「え……?」

 

「ず、ずっと、こうしたかったから……!」

 

 簪の腕が瑛斗の背に回り、強く、強く抱きしめる。

 

「エクスカリバーの光に飲まれそうになった時、私、瑛斗のこと、考えた……」

 

「簪……」

 

「あなたに会いたい、あなたの声が聞きたいって……!」

 

「………………」

 

 沈黙していた瑛斗は、小さく震える簪の頭を撫でた。

 

「……怖かったよな。よく、無事でいてくれた」

 

「……うん!」

 

 抱き合う二人を微笑み、しかしどこか複雑そうな表情のシャルロットとラウラ。

 瑛斗はそんな二人にも顔を向けた。

 

「お前たちも」

 

「えっ?」

 

「む?」

 

「シャル、あの時、助けてくれてありがとう。お前が来てくれなかったら、街ごと吹き飛ばされてた」

 

「そ、そんな! 僕はただ、その、僕がそうしたかったからやっただけで、むしろ、こっちがお礼を言いたいくらいだよ! 義兄(にい)さんが、瑛斗のおかげで助かってるって……!」

 

 しどろもどろになるシャルロット。瑛斗は続けてラウラの赤い瞳を見た。

 

「ラウラ、千冬さんを立ち直らせてくれてありがとう。お前が、俺たちの想いをあの人にぶつけてくれた」

 

「……大したことではない。教官は私の恩人だ。私も教官の力になりたい。そう願ったまでだ。だが、それが事態の好転に繋がったならば、喜ばしい」

 

 そう言ったラウラの顔は誇らしげだった。

 

「勝とう。勝って、全部終わらせよう」

 

 シャルロット、ラウラ、簪は、瑛斗が三人に、そして自分自身に向けた言葉に、力強く頷いた。

 

「……あ」

 

「どうした簪?」

 

「瑛斗、あそこ……」

 

 何かに気づいた簪が指差す方向を振り向くと、見知った姿が連れ立って歩くのが見えた。

 

「あれは……鈴と一夏?」

 

 ◆

 

 バー・クレッシェンド。

 入口の扉には『Closed』の文字が記された看板が提げられている。

 しかし、スコールはそれを意に介さず、迷いなく扉を開けた。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ」

 

 バーのマスターが柔和な笑みを浮かべてスコールを出迎えた。手で軽く挨拶して、カウンター席に座る。

 

「いつもの、お願いするわ」

 

「かしこまりました」

 

 マスターが離れたのを認めて、前を向いたままスコールは頬杖をついた。

 

「……煉獄(インフェルノ)なんて、趣味が悪いわね」

 

 それは独り言ではない。スコールの左隣に座る者に対しての言葉だった。

 スコールの隣でワイングラスを傾ける黒髪の美女。

 アオイ・アールマイン、その人であった。

 

「今の私には、それくらいが丁度いいの」

 

 アオイもスコール同様に、顔を前に向けたまま言葉を続けた。

 

「死んでもいないけど、生きてもいないっていうの? どこまでも中途半端ね」

 

  冗談めかして言って、ようやくスコールはアオイを見た。

 艶やかな黒髪と、()()()()とは思えない優しい眼差しは、昔と何も変わっていなかった。

 

「それが私の生き方よ。だから、あなた達に情報を送ることが出来た」

 

「まさか、あなたがあの戦いから逃げおおせて活動を続けていたとはね。どこで何してたの?」

 

「世界を見て回っていたわ。綺麗なもの、汚いもの、全部いっしょくたになったこの世界を」

 

「ふぅん。世界飲み歩きね。あなたらしいセカンドライフだこと」

 

「否定はしないわ。ドイツは良かった……。定住を考えかけたもの」

 

 冗談に冗談で返し、笑い合う二人。マスターはタイミングを見計らってスコールにマティーニを出した。

 

「それで? あの情報はどうやって手に入れたの?」

 

「あの組織は規模はそれなりだけど急造品。短期決戦を考える。潜り込んで少し探ったら、簡単に掴めたわ」

 

  そう答えて、アオイは残り少ないワインを飲み干した。

 

「なるほどね。ねえアオイ、あなたは全界炸劃をどこまで知っているの? 織斑季檍とは、いったい何なの?」

 

「それは私にもわからない。けれど、あなた達ならなんとかできるわ。やつを討つなら、急いだ方がいいわ。《G-soul》がどうしてエクスカリバーに在るか、あなたにならわかるはずよ」

 

「言ってくれるわね。あなたが協力してくれれば、もっと簡単なんじゃない? 持ってるんでしょ? 《G-HEART》を」

 

「……残念だけど、私の支援はここまで。倉持技研の所長には口止めをしたけど、あれはかなりギリギリの行動だったわ」

 

「とことん自分の道を行く女ね」

 

「代わりと言ってはなんだけど、助っ人は用意してるわ」

 

「助っ人?」

 

「最初はかなり抵抗されたけど、一晩飲み明かしたらわかってくれたわ」

 

  その発言の意味を頭の片隅で考えつつ、スコールはマティーニを半分ほど飲んだ。

 

「……いいわ。それじゃあ最後にひとつだけ」

 

 グラスを置き、スコールはアオイを見つめる。

 

「結局、あなたは()()()なの?」

 

 真剣さを孕んだスコールの問いに、アオイは小さく笑った。

 

「どちらでもいいわ。私はアオイ・アールマイン。ただそれだけ。造られた者か、それを消してすり替わったかなんて、瑣末なことよ」

 

「なら、瑛斗には会わなくていいの?」

 

「今のが最後なんじゃなかったかしら?」

 

「ごめんなさい。でもやっぱり聞いておきたくて」

 

「あの子にとってのアオイ・アールマインは死んだの。あの子には、もう私は必要ない」

 

「……そう。まあ、私もそこまでお節介じゃないわ。これはあなた達の問題だもの」

 

「そうしてくれると助かるわ」

 

 席を立ったアオイは見送りのために手を止めたマスターに、後方のテーブルスペースを示した。

 

「お代は、そこの呑んべえさんにお願いするわ。勝負に勝ったのは私だから」

 

「? ……あら」

 

 アオイが指差した方をスコールも見ると、ソファに一升瓶を抱いて眠るチヨリの姿があった。

 

「チヨリさま、無茶をしたわね。アオイに飲み比べで勝てるわけないじゃない」

 

「スコール」

 

 アオイに呼ばれ、スコールはすでに店の外にいた彼女に振り向く。

 

「あとは、任せたわよ」

 

 そして扉が閉まる。スコールはアオイを追って扉を開けた。

 だが、アオイの姿はもうどこにも見えなかった。

 

「アオイ……」

 

 吹き込んだ風に髪が揺れる。

 

「……まったく、勝手なんだから」

 

 スコールはその風に応えるように苦笑した。

 

「いいわ。あなたの役目は、私が引き継ぐ。せいぜい好きに生きなさい」

 

 ◆

 

 地下での作業を続けていた束は、最後の調整を終えて長く息を吐いた。

 傍で疲れ果てて眠ってしまっているクロエの毛布をかけなおし、自分も作業用の椅子に深く腰を沈める。

 

(宇宙への()は完成。エクスカリバーへの対処はこれでいい。問題は、えっくんの話した謎の生命体か……)

 

 無機物と有機物の中間のような『何か』。瑛斗の言う地球上の生物でないという説も捨てきれない。

 

(《暮桜》のくれた知識の中にそんなものは無かった。そもそも、あんな急造的な組織にそんなものがどうして……)

 

「……ん?」

 

 そこで束は妙な気配を感じ、思考を中断した。わずかに下がった視線の先にあったのは、二足で立つうさぎ型のガジェット。

 束の膝の上に乗り、ぴょんぴょんと跳ねている。

 

「こんなの、さっきまであったっけ? ううん。というか……こんなもの、造ったっけ?」

 

 そのウサギのガジェットは、確かに束のセンスで作られたものだった。

 しかし、当の束には作った記憶がない。

 

「でも、この動きの滑らかさ、ディティールの細かさ、どう考えても私のお手製……」

 

 掴み上げて、しげしげと観察する。

 すると、ウサギは首から下げていた懐中時計型のデバイスを開け、何かを空中に投影した。

 

「うん?」

 

 それは、メッセージであった。束は自動でスクロールされていく文字列を目で追いかける。

 

「……へえ」

 

 メッセージを読み終えた瞬間、束の目が好奇心に輝いた。

 

「ふむふむ、なるほどなるほど」

 

 ウサギを置き、投影型のキーボードを呼び出した束は、メッセージへの返事となる文章を書き、ウサギに送信する。

 

「長旅ご苦労様。そのメッセージを持ってお帰り」

 

 その言葉に答えるようにウサギは宙返り。

 だが、着地の直前にその姿は一瞬の光とともに掻き消えた。

 束はその現象に全く動じる様子はなく、笑みさえ浮かべていた。

 

「そっか……。これが真相か」

 

 天井を見上げる束。しかし、その眼差しは遥か彼方を見据えている。

 

()()って、本当に広いんだねぇ」

 

 ◆

 

 機械の駆動音だけが響く空間で目を閉じていた織斑季檍は、背後に感じた気配に片目を開けた。

 

「なんの真似だ?」

 

 季檍の背後にいたのは、全界炸劃のトップである叢壁であった。

 その手に握られた拳銃の銃口が、季檍を捉えている。

 

「各国からの交渉、その悉くを拒否したようだな。それも宣戦布告とも取れる文言とともに」

 

 叢壁の声は、平静を装っているが怒りが滲み出ていた。しかし季檍は意に介さずに嘲るように笑った。

 

「それがどうした? 自分だけでも助けてくれという考えが透けて見えるような奴らなど、相手にする価値もない」

 

「ふざけるな!」

 

 声を荒げた叢壁は、安全装置を外した拳銃のグリップに力を込める。

 

「我々は世界を破壊するのではない! 変えるのだ! 男の尊厳が無意味に踏みにじられるこの世界を!」

 

「……だから?」

 

「今すぐ武装蜂起の準備を中断しろ。このままでは、我々の理想は叶えられない!」

 

「………………」

 

「答えろ!」

 

 季檍は短く息を吐き、冷たく鋭い光を瞳に宿した。

 

「……それなりの()()だったが、この程度か」

 

「貴様っ!」

 

 銃声が響き、弾丸が季檍へ飛ぶ。

 季檍は容易くその弾丸を躱すと、叢壁に肉薄した。

 

「……っ!?」

 

「消えろ」

 

 《真・白式》を纏った右腕が、叢壁を貫く。

 

「ぐおっ……!」

 

「案ずるな。じきに全てがお前の後を追う」

 

「き、きさま……は……!」

 

 血に濡れた右腕が引き抜かれる。叢壁はぐしゃりと崩れ落ち、赤い色が床に広がった。

 

「やはり脆いな。人間とは」

 

 見下すように言った季檍は、始めに見ていた方向へ向き直った。

 

「不服か? だが、これは我々の復讐だ。胸が空く、というのはこういうことを言うのだろうな」

 

 それは独り言のように見えるが、明確に何者かを相手にした語りであった。

 返事を寄越さない相手を季檍は睨みつける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。見ているがいい。あの蒼き星の最期を。お前の守った生命の最期を……!」

 

 激しい憎悪の眼差しは、淡く煌めくISコア——G-soulへ向けられていた。




後半に入り、決戦の時が近づいてまいりました。
本性を露わにする季檍は、G-soulと因縁があるようです。彼の秘密も徐々に明らかになっていきますね。
次回は瑛斗たちが宇宙に上がり、全界炸劃との決戦が始まります。
次回もお楽しみに!

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