IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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伝う想い 〜または奇跡の形〜

「一夏さん、大丈夫かな……」

 

医療棟の通路に、一夏を案じる蘭の声が小さく反響する。

 

「……信じるしか、ない」

 

付き添いで来た梢は希望的なことは言わずに淡々としているが、その言葉に蘭と同じ一夏への心配が滲んでいた。

 

「信じる、か。私、それでいいのかな」

 

「……?」

 

「あの戦いから少しは成長してると思ってたんだけど、やっぱりまだまだだ。私の手が届かないところで、大切な人が傷ついて……」

 

蘭は握りしめた手に光る《フォルニアス》の指輪に、自責の眼差しを向けた。

 

「私にもっと力があれば、一夏さんを守れたのかな」

 

「……たらればの話をしても、仕方ない」

 

「でも私、全然進められてないよ。来年は一夏さんたちも学園を卒業しちゃうのに、これじゃあ想いを伝えることだって——」

 

梢は俯く蘭の手に自分の手を重ね、顔を上げた蘭をじっと見つめた。

 

「こ、梢ちゃん?」

 

「……蘭、あなたは確かに弱い」

 

「う……」

 

「……でも、彼とのことでそれを言い訳にしたらいけない」

 

「………………」

 

「……諦めたらいけない」

 

その眼差しはどこまでも澄んでいて、蘭は重ね合った手から暖かい勇気が送られてくるのを感じた。

 

「ごめん、ちょっと弱気になってたみたい。そうだよね。まだ何も諦める必要ないよね」

 

「……うん。その通り」

 

翳りの消えた蘭の表情に頷き、梢は重ねていた手を離す。

 

「……いざとなったら、私が……」

 

「え?」

 

「なんでもない」

 

珍しくスピーディーな返事をいくらか不思議に思ったが、蘭の注意は前方からやってくる箒とセシリアに向けられた。

 

「箒さん、セシリアさんも」

 

「お前たち、来ていたのか」

 

「今来たところです。それで、一夏さんは?」

 

「わかりませんわ。集中治療室にいること以外は何も。わたくしたちも追い返されてしまって……」

 

「……面会謝絶が続いている、と」

 

「遠回しに『私たちに出来ることは何もない』と言われてしまった。歯がゆいな」

 

「一夏さん……」

 

再び表情を曇らせる蘭。その隣で梢はあることに気づいた。

 

「………………」

 

「梢さん? どうかなさって?」

 

「……凰鈴音がいない」

 

「あ、そう言えば……。箒さんたちと一緒じゃなかったんですか?」

 

「いや。私たちも気になっていたことだ。誰も鈴を見ていないのか」

 

「まったく、鈴さんったら。一夏さんが大変な時にいったいどこで何をなさっているのかしら」

 

腰に手を当てて鈴をなじったセシリアだったが、蘭たちの後方に見えた姿に小さく苦笑した。

 

「噂をすれば、ですわね」

 

振り返った蘭と梢は、少し距離があったがトレードマークのツインテールですぐに鈴だとわかった。

鈴は蘭たちに気づいていなかったようで、はっと驚いた顔をした。

 

「えっ、あ、あんたたち、来てたの?」

 

「はい。鈴さんも一夏さんのお見舞いですか?」

 

「べっ、別にそんなんじゃないわよ! ただ、ちょっと、あいつの顔が見たくなったっていうか……」

 

「……残念だけど、今、彼の容態は良くない」

 

「そ、そうなの? あいつ、そんなにやばいんだ……」

 

「——鈴さん」

 

蘭たちを押しのけたセシリアが鈴に詰め寄る。

 

「あなた、どこで何してらしたの?」

 

「セシリアの言う通りだ。一夏が大変だというのはお前もわかっているだろう」

 

「う……。い、色々あって来るタイミング逸しちゃってさ……。あ、あはは」

 

歯切れの悪い鈴に、梢は自身の直感をもって問いかけた。

 

「……あなた、今、何かに悩んでる」

 

「っ!?」

 

びくりと肩を上げる鈴。図星であった。

 

「鈴さん、何か悩み事があるんですか?」

 

「ち、違うわよ! 別に悩みなんて……」

 

否定しようとした鈴であったが、四人の視線に言葉が出せなくなる。

そして、数度目を左右に泳がせてから諦めたように肩を落とした。

 

「……実は、ちょっと……ううん。かなり困ってる」

 

壁に寄りかかった鈴は、待機状態の《甲龍(シェンロン)》を見ながら、沈んだ声のまま話し始める。

 

「あたしね、国家代表になるかも知れないの」

 

目を丸くする四人。最初に声を出したのは蘭であった。

 

「す、すごいじゃないですか!」

 

「ええ! 鈴さん、おめでとうございます!」

 

セシリアも祝福するが、鈴は小さく頷くだけ。

 

「うん……。試験はあるんだけどね」

 

「それにしては、浮かない顔だな」

 

箒に言われ、鈴は続きを口にする。

 

「もし国家代表になったら、あたし、中国に帰らなきゃいけなくて……。そしたら、もう学園にいる意味はないし、日本にも戻って来られないって」

 

「それで、考え込んでいたということですの?」

 

セシリアの指摘に首肯し、自らの腕を抱く。

 

「あたし、わからなくなって……。国家代表になりたいのか、このまま国に帰っていいのか……」

 

「鈴、お前は——」

 

何かを言おうとした箒を遮り、セシリアが鈴へ迫る。

 

「鈴さん、あなたはチャンスを棒に振るつもりですの?」

 

「セシリア……」

 

「国家代表。その称号を目指すために日々研鑽を続ける生徒がこの学園にどれだけいるか、そして届かなかった人がどれだけいるか、存じ上げないあなたではないでしょう?」

 

「………………」

 

「あなたの迷いはその方々への冒涜です。わたくしの知る凰鈴音は、そのような女ではありませんわ」

 

「それは、そう、だけど……」

 

泣き出してしまいそうなほどに声を震わせる鈴。そして、その胸の内が口をついて飛び出した。

 

「でもあたし、一夏のことが好きで、だからこの学園に——ッ!」

 

そこでハッと自らの手で口を塞ぎ、そこから先の言葉を飲み込む。

だが、その行為はすでに手遅れだった。

 

「あたし……言っちゃった?」

 

「一夏のことが好きで、か?」

 

「言いましたわ」

 

「言いましたよ」

 

「……言った」

 

四人が一様に頷く。鈴は真っ赤な顔で両手をバタつかせて誤魔化しを試みた。

 

「ちっ、違うの! いい今の好きは、その、ライク! ライクの方だから! 決してそのら、ラブの方じゃ……」

 

「なんだ、気づいてなかったのか?」

 

「バレバレですわね」

 

「え?」

 

目を白黒させる鈴に、蘭は優しい声音で事実を述べた。

 

「鈴さん。鈴さんが一夏さんのこと好きだなんて、とっくに知られてますよ?」

 

「……みんな、知ってる」

 

「え……ええ!? だって、あたし、そんな、うそ、やだ……! じゃあ一夏にもバレて?」

 

「いや、それは無いと思います」

 

「瑛斗も知らないだろうな」

 

「……唐変木ブラザーズ」

 

微妙な顔をする箒たちにわずかに安堵した鈴だったが、セシリアの話はまだ終わっていなかった。

 

「鈴さん、あなたは一夏さんに真剣に向き合うことになると、途端に弱気になるきらいがありますわ。あの太平洋の真ん中でのことを思い出してご覧なさい」

 

「う……」

 

痛いところを突かれて閉口する鈴。

 

「でも、鈴さんのお気持ちを否定はしませんわ」

 

「わたくし達も来年には卒業でそれぞれの道に進むことになりますし、鈴さんと同じ不安をわたくしだって持ってますもの。ですが——」

 

鈴の両肩を掴んだセシリアは鼻先が触れ合いそうな距離で力強く言い放った。

 

「その不安を言い訳にしないでください。あなたの思う通りにすればいいのですから」

 

「あたしの、思う通り……」

 

「まったく、一夏さんにだけでなく自分の心にまで素直になれないなんて、不器用ですこと」

 

顔を離し、嘆息するセシリア。

セシリアの言葉に蘭は先程の梢とのやりとりを思い出し、梢と微笑み合ってから鈴へ声をかけた。

 

「鈴さん。私も一夏さんのことが好きですよ。必ずこの気持ちは伝えます。伝えてみせます。私、負けませんからね」

 

「ほう? 私もいることを忘れるなよ?」

 

「あら、わたくしだっていますわよ?」

 

「ま、待ちなさいよ! あたしだって一夏のこと諦めたわけじゃないんだから!」

 

「……素直になった」

 

「か、からかうんじゃないわよ!」

 

空気がほんの少しだけ穏やかになる。

 

(思う通りに、か……)

 

セシリアの言葉は箒の心の深くにも届いていた。

 

(私も、もっと素直になれていたら、一夏に……)

 

そこに、後方から駆ける足音が聞こえてきた。

 

「ああ、あなたたち! まだいたわね!」

 

「先生?」

 

振り返った箒たちが見たのは、一夏を担当する学園の養護教諭、美可原沙奈江だった。

 

「何かあったんですの?」

 

「実は、織斑くんが……」

 

「一夏が!?」

 

それ以上は聞かず、箒たちは一夏のいる集中治療室へ駆け込む。

その異常は部屋に入った瞬間に箒たちの視界に飛び込んできた。

 

「こ、これは……!?」

 

「どうなっているんですの……!?」

 

ガラスの向こうのベッドに横たわる一夏が、光に包まれている。

 

「バイタルが安定したと思ったら、突然よ。左手首……彼のISが急に光って、それでこんな風に」

 

遅れて入ってきた沙奈江は頭を掻きながら先刻目にした事実を説明した。

 

「《白式》が、これを?」

 

確かに光は白式を起点に発せられている。しかし、この現象の意味を具体的に理解できる者はいなかった。

 

「瑛斗がいたら何か分かるのかもしれないが……む?」

 

歯噛みした箒は、《紅椿》が熱を持って輝いていることに気づいた。

 

「紅椿?」

 

だが、それは紅椿だけに起きたものではなかった。

 

「ティアーズっ?」

 

「甲龍が、熱い……?」

 

「梢ちゃん! 私たちのISまで!?」

 

「……どういう、こと?」

 

まるで白式の放つ光に呼応するかのように明滅するISたち。

 

(まさか、私たちを呼んでいるのか?)

 

箒は浮上した思考に従い、沙奈江へ問いかけた。

 

「先生、この中に入ることは可能でしょうか?」

 

「えっ? ええ。医療的な問題はないけれど……」

 

「箒さん?」

 

「あんた、何か分かるの?」

 

「確信はない。……だが!」

 

ガラスの横の扉を抜け、一夏の元へ寄り添う箒。セシリア、鈴、蘭と梢も続く。

紅椿の放つ熱は強くなる。

 

「一夏……」

 

白式に手を重ねる。すると、白式の光は激しさを増し、部屋を光で埋め尽くす。

 

「っ!」

 

その眩しさに顔を伏せていた沙奈江は、光の減衰を感じて顔を正面に戻す。

 

「……え!?」

 

その光景に目を疑った。

消えたのは光だけではない。

五人の少女、そして一夏の姿までもが、室内から消失していた。

 

◆◆◆

 

視界を包み込んだまばゆい光が消えるのを感じて、箒は目を開けた。

 

「こ、ここは?」

 

左右を見るとセシリアや、鈴、蘭と梢も箒の近くにいた。

 

「わたくしたち、いったいどうなったんですの?」

 

「な、なんですかこれ!?」

 

「……どこかに、飛ばされた?」

 

光の川の中を流れるように漂う五人。

 

「見て! あそこ! 誰かいるわ!」

 

叫んだ鈴が指差した先。それは光の集合点。そこには、一人の少女が何かを押し込める両手を前に出している姿があった。

見覚えのない背中のはずだが、箒はその背中から感じるものに馴染みがあった。

 

「——《白式》?」

 

箒の声に振り返った少女は、少し驚いた顔をしていた。

 

「あなた方は、彼の……」

 

「うそ、ホントに白式なわけ?」

 

鈴は目の前の少女が一夏のISであることに驚きを隠せない。

 

「瑛斗さんから話は聞いてはいましたが、これが……いいえ、この方がISの意識体……」

 

「可愛い女の子、ですね」

 

「……意外」

 

珍しげに見るセシリア、蘭、梢をよそに、箒は白式に問いかけた。

 

「ここはどこだ? 何が起きている?」

 

「ここは彼の精神、その入り口」

 

「一夏の精神……?」

 

「彼の精神は、今、侵されている」

 

「ど、どういうことだ!?」

 

少女は歯噛みして、自身の知る全てを打ち明けた。

 

「突然だった。眠ったはずの私たちの意識を目覚めさせるほどの衝撃に襲われて、彼の中に何かが入り込んだ」

 

「あの時か……!」

 

箒には心当たりがあった。

一夏は季檍の刃に貫かれた。そんなことが起こり得るのは、その時しかない。

 

「私たちだけでは抑えきれない。どうか、助けてほしい……!」

 

「それであんなにピカピカ光ってたったわけね」

 

「ですが、わたくしたちはどうすれば?」

 

「この光の向こうで、もう一人の私が侵入者と戦っている。それを倒せれば、あるいは……っ!」

 

次の瞬間、少女の抑えていた光がスパークし、少女の身体が一度のけぞった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「急いで! もう一人の私が押し負ける前に……彼を、救い出して……!」

 

この先にどんな風景が広がっているのかわからない。

だが、『一夏を救う』。

その言葉に覚悟を決め、五人は光の門をくぐり抜けて一夏の精神のへ飛び込んだ。

 

「ここが、一夏の精神世界……」

 

そこにどんな風景が広がっているのかは確かに解らなかったが、実際の風景に五人は呆気にとられた。

 

「なんていうか……美術館みたいね」

 

最初に感想を口にした鈴の言葉通り、そこは真白の壁に挟まれた一本道で、壁にはいくつもの大きな写真が絵画のように貼られている。

 

「これ、私……?」

 

近くにあった写真を覗き込んだ蘭は、写真の中でこちらに笑顔を向けるもう一人の自分を見つけた。

 

「……でも、まだ小さいね」

 

梢に言われた瞬間、蘭はハッとした。

この写真の構図に覚えがあったのだ。

 

「これ、一夏さんが初めてうちの食堂に来た時に撮った写真だ!」

 

「わ、懐かしい! こっちは中学の運動会じゃない!」

 

鈴も自分が写る写真を見つけて声を上げる。

 

「まあ! これは一夏さんのお宅に皆さんでお邪魔した時の……」

 

セシリアはそこまで言って疑問を感じた。

 

「わたくしたち、この時に写真なんて撮ったかしら?」

 

「言われてみれば、このアングルで写真なんて撮れないわね」

 

「……蘭たちだけじゃない。色々な人との写真がある」

 

「あ、瑛斗さんとのもあるね」

 

一同が首をかしげる中、箒は周囲の情報から一つの結論に至った。

 

「一夏の記憶……思い出なのではないか?」

 

「思い出……」

 

進むたびに次々と目に入る一夏のこれまでの軌跡。これまでの日々が、この空間を、一夏の精神を形作っている。

 

「あ……」

 

ふと箒は足を止めた。

見つけたのは道着姿の幼い自分と一夏のツーショット。

それは、一夏が試合で初めて勝った時のものだった。

 

(覚えていてくれたのか。私と一緒に……)

 

思わず顔が綻びる。

もっと近くで見よう。そう考えて足を動かし、その写真に立つ。

次の瞬間、写真が消えた。

 

「な、なんだっ!?」

 

箒の前の写真だけではない。並んでいた写真たちが、次々と泡のように弾けて消えていく。

 

「何が起きてるんですか!?」

 

「一夏さんの思い出が……!」

 

「どんどん消えてっちゃうわ!」

 

狼狽える五人。

すると、前方の壁を砕きながら白い何かが転がってきた。

 

「くっ……!」

 

その正体は傷だらけの鎧を纏う女性。箒たちは彼女があの少女の言っていたもう一人の自分——《白式》だと直感した。

白い鎧の女性は駆け寄って来る箒たちに気づき、わずかにたじろぐ。

 

「あなたたちは……」

 

「外でお前の片割れから話は聞いている! 助けに来たぞ!」

 

「……どうやら、()()()()みたいね」

 

壁に開いた穴の向こうに目をやった鈴の声に振り向き、箒たちは空間を埋め尽くすほどの黒い蠢きを見つけた。

気づけば白い建物の形を保っているのは箒たちのいる場所のみで、黒い蠢きの隙間にその残骸が覗いている。

 

「なんですの、あれは……!」

 

「これが、一夏さんを……」

 

「……虫?」

 

梢の言う通り黒い蠢きは凝視すると虫のような形をしている。

彼女たちはまだ知らないが、それは瑛斗がアメリカで交戦した虫に酷似していた。

箒に支えられて起き上がった鎧の女性は、苦しげに呻きながら言葉を絞り出す。

 

「私一人では捌ききれず……。このままでは、彼の精神はやつらに覆い尽くされてしまう……!」

 

「解った。ならば助太刀する! 《紅椿》っ!」

 

箒が叫び、真紅の装甲に身を包む。

 

「《ブルー・ティアーズ》!」

 

「《甲龍》!」

 

「《フォルニアス》!」

 

「……《フォルヴァニス》!」

 

白式を守るように立った五人は、各々の武器を構えて、黒い群体と対峙する。

 

「いざ、——参るッ!」

 

箒を先頭に五人は群体と激突。

 

「これ以上、一夏さんの思い出を壊させませんわ!」

 

ティアーズから分離したビットが放つレーザーが群体を焼く。

 

「一夏を苦しめるやつを、あたしは許さない!」

 

甲龍の衝撃砲が迫り来る群体を吹き飛ばし、フォルニアスとフォルヴァニスから電撃が迸る。

 

「一夏さんへの想いは……!」

 

「……蘭の想いは……!」

 

「「誰にも奪わせないっ!」」

 

箒は鈴たちの攻撃を受けてなお生き残った群体に、穿千の照準を合わせた。

 

「一夏の中から、出て行けえええっ!!」

 

解き放たれた緋色の光軸は横薙ぎに振るわれ、黒い群体の大半を消滅させた。

 

「どうだっ!」

 

「箒さん! まだですわ!」

 

セシリアの声が弾ける。残った黒い蠢きが一箇所に集合し、一体の巨躯へと姿を変えた。

 

「でっかいやつの相手は慣れてんのよ!」

 

「——いいえ。十分です」

 

飛び立とうとした鈴の横を、白い鎧が駆け抜けた。

 

「一点に集まったのが、敗因ですね」

 

白式は手に握った剣を突きの型で構え、巨躯の頭頂を貫いた。

 

「消えなさい」

 

剣から白い稲妻が迸り、黒い塊を焼き尽くしていく。

ボロボロとその形を崩して消えていく黒い蠢き、その中から光の玉が現れた。

 

「一夏っ!」

 

箒が光の玉の中に見たのは、目を閉ざした一夏だった。

降りてくる一夏を受け止めた白式は、箒たちの前に立った。

 

「感謝します。これで、彼を守ることができた」

 

「一夏は目を覚ますの?」

 

「それも時間の問題です。ですが、まだ試練は続くでしょう」

 

「……全界炸劃(フル・スフィリアム)。そして、織斑季檍」

 

白璧が再構築される中、梢はその試練の名を口にした。

 

「これまでに無い未知の脅威であることは確かです。けれど、あなたたちならば、必ず乗り越えることが出来る。私は……私たちは信じている。私たちを救った、あなたたちを」

 

ガードの奥に隠れた白式の瞳に温もりを感じつつ、五人は力強く頷く。

すると、突然に重力の感覚が消え、五人の身体がふわりと浮かんだ。

 

「きゃあっ!? な、何なのっ?」

 

「浮いてますわっ!」

 

「……見ればわかる」

 

「どうなってるのって話です!」

 

慌てる鈴たちにまだ地に足をつけていた白式が言葉を紡ぐ。

 

「彼がもうすぐ目を覚まします。あなたたちの退去が始まりました」

 

「白式、お前はどうなる?」

 

「私は彼の側に。これからも彼の力となり、彼を守りましょう」

 

「そうか。だが——」

 

箒は足を動かし、宙に浮いていた身体を一夏に寄せた。

 

「一夏、お前を守るのも、お前の力になるのも、白式だけではないぞ?」

 

虚を突かれたようにぽかんとした白式に笑って見せ、箒は浮上していく。

 

「ずるいわよ、箒!」

 

「抜け駆けですわ!」

 

追いついてきた箒に対抗心を燃やした鈴とセシリアは、ぐいと身体を動かして一夏に叫んだ。

 

「一夏っ! あたし、あんたに大事な話があるの! だから起きたらちゃんと聞きなさいよ! 絶対だからね!」

 

「一夏さん! わたくしも、あなたに確かめたいことがあります! その時はちゃんと答えてくださいまし!」

 

「え、えっと、えっと……!」

 

そんな二人に、自分も何か言わなければと謎の使命感に駆られた蘭だったが、うまく言葉が出ない。

 

「……蘭、落ち着いて」

 

背中を押してくれた梢の微笑みに、蘭は微笑みを返す。そして、思い切り息を吸った。

 

「一夏さん! 私の気持ち、必ず伝えますから!」

 

それを合図に、本格的に箒たちの退去が始まる。

 

「あなたは、想われているのですね」

 

離れていく箒たちを見送りながら、白式は腕の中で目を閉じる一夏に声をかける。

 

「……聞こえる……声が……みんなの……」

 

光に視界が埋め尽くされる直前、箒は薄く目を開けた一夏を見た。

 

◆◆◆

 

一夏の精神から出てきた五人は、床に転がっていた身体を起こした。

 

「ここ、医療棟の……」

 

「では、わたくしたち、帰ってきましたのね」

 

「じゃあ、一夏さんは?」

 

「一夏っ!」

 

寝台に最も近い位置にいた箒は、一夏に呼びかける。

 

「……ぅ……」

 

「!」

 

小さな呻きの後、一夏がまぶたを開けた。

 

「あれ……俺、どうなって……」

 

起き上がって首を左に回した一夏は、ぼんやりとしていた視界がクリアになり、箒が側にいることを知った。

 

「……箒?」

 

「一夏……! 」

 

「わあっ!?」

 

箒に突然抱きしめられ、目を白黒させる一夏。

 

「ほ、箒?」

 

「ああ、よかった……! 一夏……」

 

一夏の胸に顔を埋めた箒の首根っこに、にゅっと三つの手が伸びた。

 

「ほ、う、きぃー?」

 

「またですの? またなのですの?」

 

「……二度目は、ない」

 

鈴、セシリア、梢が箒を一夏から引き剥がす。

 

「一夏さん、具合はどうですか?」

 

騒ぐ鈴たちの間を抜けるように一夏に寄り添った蘭の問いかけに、一夏は自分の手を見つめて答えた。

 

「ああ。もう何ともない。ただ——」

 

一夏はそこで区切り、少女たちに視線を注ぐ。

 

「声が聞こえたんだ。みんなが俺を呼ぶ声が」

 

「一夏、それは……」

 

言いかけた箒より早く、一夏が微笑みながら言った。

 

「ありがとう。お前たちが俺を助けてくれたんだな」

 

一夏の感謝の言葉に、少女たちは安堵の息をこぼし、室内に穏やかな空気が流れる。

そこにバタバタと忙しない足音が聞こえてきた。

 

「山田先生! こっちです! 本当に織斑くんや篠ノ之さんたちが消え……て……ええっ!?」

 

足音の主は、箒たちが忽然と姿を消した怪現象を報告に戻った沙奈江だった。

 

「み、美可原先生っ、今度はどうしました!?」

 

続いて真耶も室内に駆け込んでくる。どうやら沙奈江が連れてきたらしい。

部屋の様子を見て、真耶はホッと胸をなでおろした。

 

「なんだぁ。みなさんちゃんといるじゃないですか。それに織斑くんも目を覚まして……」

 

しかし、次の瞬間には驚きの表情を浮かべた。

 

「ええええっ!? 織斑くん!? 目が覚めたんですか!?」

 

真耶は、ずれた眼鏡を押さえてから、一夏に詰め寄る。

 

「痛いところはありませんか? ぼーっとしませんか? この指、何本に見えてますかっ!?」

 

右手でピースサインを作りながらまくし立てる真耶を手で制して、一夏は寝台から降りた。

 

「落ち着いてください山田先生。ほら、何ともありませんから」

 

「そうなんですか? でもでもっ! ちゃんと検査させてくださいね?」

 

「わ、わかってますって」

 

苦笑する一夏。信じがたいが完全に快復したその様子に、沙奈江はため息をつく。

 

「はあ……。織斑先生がいたら、きっと安心するでしょうに」

 

その言葉に一夏はピクリと眉を動かした。

 

「千冬姉が、どうかしたんですか?」

 

沙奈江は振り向いた真耶に頷いてみせる。そして、真耶は言いにくそうに口を開いた。

 

「実は……」

 

◆◆◆

 

箒の実家である篠ノ之神社のある街の外れ。人の出入りも少ない空き家だらけの住宅地の、表札が剥がされた門前からラウラとマドカはその建物を見上げていた。

 

「ここが教官の……」

 

「なんだか、今の家より大きい気がする」

 

「住所だとここで間違いないわね。入りましょう」

 

無遠慮に門を押しのけたスコールの後について二人も建物の中へ。内部に、人の気配はない。

 

「お姉ちゃーん!」

 

「教官! いらっしゃるなら返事を!」

 

薄暗い玄関から叫んでも返事はない。もぬけの殻なのではと疑ったラウラがスコールに尋ねようとした矢先、スコールは靴も脱がずに上がり込んだ。

 

「おい……!」

 

「スコール、そんな土足で……」

 

「誰か住んでるわけでもなし、気にする方がばかばかしいわ」

 

そして三人はリビングへ。しかし一切の家具がない空き家に千冬の姿は見えない。

 

「スコール、本当にここにお姉ちゃんがいるの?」

 

「謀ったのではあるまいな?」

 

「おおよその見当だと言ったはずよ。それにこの上層はカモフラージュ。目的地への入り口は……」

 

リビングを抜けて建物の奥へ進む。行き止まりに入ると、スコールは正面の壁を何か確かめるようにノックし、左の壁をぐっと押した。

すると壁が横にずれ、地下へと伸びる階段が現れた。

 

「入り口はここね」

 

「隠された地下空間……」

 

「この先にお姉ちゃんが……!」

 

スコールとラウラの間を抜けて、一番に階段を下るマドカ。人ひとりがようやく通れる幅の階段の先の光を目指して走り、階段の終わりに足を踏み入れる。

視界に飛び込んできたのは、無数の機械たち。

用途はわからないが、どの機械も一目見ただけで破壊されているとわかった。

マドカに続いてラウラとスコールも地下施設に入る。

 

「これが織斑季檍の研究施設……。地下にこんな施設があるとは」

 

「個人で作ったにしてはなかなかの規模ね。けど、派手に壊されてる」

 

歩みを止めて手近な機械に触れたスコールは機械の至る所に見えるサビや溜まった埃に顔をしかめる。

 

「それも、つい最近という感じでもない。かなり経過してるわ」

 

「いったい誰が……」

 

「まあ、すぐにわかるとは思うけれど」

 

そこで、施設の奥から何かが割れる音がマドカたちの鼓膜を震わせた。

 

「二人とも、今の聞こえた!?」

 

「ああ」

 

「誰かいるわね。私たち以外に」

 

音のした方に続く通路を進んだ三人は、すぐにその音の発生源を見つけ出す。

 

「お姉ちゃん!?」

 

千冬が物言わぬ機械の前で、自身もそれと同じになったかのように立ち尽くしていた。

千冬の足元にはガラスの破片が散らばっており、三人はそれが音の正体だと解った。

 

「……やはり、嗅ぎつけてくるか」

 

目だけをこちらに動かした千冬の言葉にスコールが反論する。

 

「野暮ったい言い方はよしてちょうだい。あなたの師匠から聞いただけよ」

 

「柳韻先生……。あの人には敵わんな」

 

苦笑した千冬に少しの間をおいてマドカが問いかけた。

 

「お姉ちゃんはここで何を? ラウラが、お姉ちゃんが急にいなくなったって言うから心配したんだよ」

 

「ここなら、何かあるやもと思って……」

 

言いかけた千冬はかぶりを振って否定した。

 

「いや、違うな……。耐えられなかったんだ。あの男が存在することが。あの男の手から一夏を守れなかったことが」

 

千冬は目の前の巨大なスクラップに手のひらを重ねる。

 

「これは、あの男が使っていた培養器だ。私と一夏はこの中で生まれた」

 

「デザインベイビー……ですね」

 

驚かない三人の様子に、千冬は柳韻がある程度のことは話したのだろうと理解した。

 

「——世界最強の生命。それがあの男の計画。到達点だ」

 

ラウラはヴァルハラでの季檍の言葉、そして学園で柳韻の言っていた言葉を思い出す。

 

「あの男の言うそれは、あの衛星兵器による絶大な武力のことでは?」

 

ラウラの問いかけに千冬は首を横に振る。

 

「やつは作ろうとしたんだ。何にも負けない、最強の人間を」

 

忌々しげにそう口にした千冬を、スコールが一笑に付した。

 

「最強の人間? なんとも陳腐な発想ね」

 

「ああ。だが、本気で成そうとした。成長とともに圧倒的な身体能力と常軌を逸した回復力を得て、戦えば戦うほど強くなる怪物の誕生を」

 

スコールは笑みを消し、真剣な表情になる。

 

「やつの妄執の具現。それが私たちだ」

 

スクラップから手を離した千冬が、自嘲気味に言う。

 

「私はその計画の第一号。そして、私と言う『成功例』を得たやつは、計画を次の段階に移した」

 

「次の段階?」

 

「やつは、自分自身を私と同位の存在に作りかえようとした。一夏の身体に自分の意識を複製してな」

 

「じゃあ、お兄ちゃんは……!?」

 

一夏の中にも織斑季檍が存在する。その悪夢のような事実を想起したマドカ。だが、千冬はそれを否定した。

 

「お前が危惧するようなことはない。やつの計画は破綻したからな」

 

「破綻? 誰かに止められたというの?」

 

「私がこの手で、やつの意識が一夏に乗り移る直前にこの装置を破壊した」

 

千冬が、三人との間に設置されていた小型のベッドのような機械に触れる。

 

「それからは夢中だった。一夏を抱えて、柳韻先生のところへ駆け込んで……」

 

「あなたの師匠の話だと、彼が来た時、すでにあなたの両親の姿は消えていたそうね。心当たりはあるの?」

 

「私も先生からそう聞かされた。脇目も振らずに走ったからな。私にもあの後、あの人たちがどうなったのかわからない」

 

答えてから千冬は短く、そして乾いた笑いを吐息とともに漏らした。

 

「だが、結局はこのざまだ。織斑季檍は再び現れ、一夏を襲った。私が最も恐れていたことが現実に起きてしまった」

 

千冬は機械に触れていた手を固く握る。

 

「いつもそうだ。この手で守ると決めたものは、必ず傷ついていく。過去の選択が、時を経て私を苦しめる」

 

「お姉ちゃん……」

 

「だから、その苦しみをこれで終わらせる」

 

「え……」

 

「織斑季檍との決着は私がつける。この身にかえても、あの男に引導を渡す」

 

その目には冷たい決意の光が宿っている。

 

「マドカ、一夏のことを頼んだぞ」

 

重たい声音のまま、千冬は歩き出す。

 

「な、何を言って……」

 

「箒たちと一緒に、あいつを支えてやってくれ」

 

「待ってよ!」

 

通り過ぎようとした千冬の腕を掴んでマドカは叫んだ。

 

「やめて……! そんな……そんな死にに行くみたいな言い方しないでよ! お兄ちゃんは、お姉ちゃんに一緒にいて欲しいはずだよ! 私だって——」

 

「あいつは強い。私がいなくなったとしても、必ず立ち上がる。私は、あいつが知る必要のない過去を清算する」

 

「お姉ちゃん……!」

 

言葉の出せないマドカから目を離して前を向く千冬。

 

「——ッ」

 

次の瞬間、千冬が吹っ飛んだ。

ガシャンガラン!とけたたましい音を響かせて機械をなぎ倒しながら床に転がった千冬が見たのは、拳を振り下ろしたラウラだった。

 

「はぁ……。やっちゃったわね」

 

その後ろでスコールがため息をつく。

ラウラは早足で千冬に近づくと、その胸ぐらを掴んで顔を引き寄せた。

 

「そうやって、また独りで抱えこむのか!」

 

「ラウラ……?」

 

「確かにあなたは強い! 私もその強さに救われた! あなたがいなければ、私は自分の存在意義を失ったままだった! だから私はあなたに憧れた!」

 

ラウラの怒声が耳朶を打つ。千冬は口の中にジワリと広がる鉄の味で、ラウラに殴られたのだと認識した。

 

「だが、あなたの強さは誰かを守ることはできてもあなた自身を守ることはできない! あなたは、傷ついていくばかりだ……!」

 

千冬の頬にラウラの紅い瞳からこぼれた涙が落ちる。

 

「あなたは、あなたに守られる者の気持ちを知るべきだ! あなたの苦しみも、痛みも! もうあなただけのものじゃない! 今度は私たちがあなたを守る! 守ってみせる! だから!」

 

そして、ラウラは最も伝えたかった言葉を口にした。

 

「独りにならないでください……! あなたには、私たちがいるではないですか……!」

 

ラウラは額を千冬の胸に押し付けて、絞り出すような震える声で訴える。

 

「一本取られたわね。ブリュンヒルデ?」

 

スコールは千冬に歩み寄り、その顔の殴られた跡を撫でた。

 

「あなたの守ってきたものは、あなたが思う以上に強くなっているのよ。この子たちのこと、少しは頼ってあげなさい」

 

「………………」

 

倒れたまま押し黙る千冬のそばに立ったマドカが、無言のまま手を差し伸べる。口は固く結ばれ、その目は涙をたたえて揺れていた。

この手がマドカの、千冬が守った者たちの意志を物語る。

そして千冬は——マドカの手を掴んだ。

 

「……すまない。ありがとう」

 

立ち上がった千冬は、ラウラとマドカに謝罪と感謝を述べて、もう一度前を向いた。

 

「織斑季檍を止めるぞ。()()()()

 

◆◆◆

 

「う……うう、ん……」

 

目を覚ました簪は、横たえていた身体をすぐに起こし、自身の身体を確かめるように触った。

生きている。

あの爆光の一撃から助かった。

そう認識しても、まだ信じられなかった。

左右に首を振れば、地面が自分のいる一部を残して大きく抉れている。

 

「私、あの後どうなって……!?」

 

「やあ、お目覚めかい?」

 

上から降ってきた声にハッとして、顔を上げる。

 

「ヒカルノさん……」

 

瓦礫の山に腰掛けていたヒカルノは、簪と目を合わせ、簪の足元を指差した。

 

「お姉さんもそろそろ起こしてあげなさいな」

 

簪は自身のすぐ側で倒れる楯無に気づいた。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。起きて?」

 

簪に揺さぶられて目を覚ました楯無は、二、三度まばたきをして自分たちの無事を知った。

 

「私たち、助かったの……?」

 

「そうみたい。でも、どうして……」

 

あの瞬間、自分たちは確かにエクスカリバーの輝きに飲まれたはずだ。だが、肉体的なダメージはほとんど無い。

その理由を求めようと姉妹はヒカルノを見る。

当のヒカルノは、ぶっきらぼうにこう答えた。

 

「——奇跡でも起きたんじゃない?」

 

「奇跡?」

 

楯無のおうむ返しに、長い長い犬歯を見せて笑ったヒカルノは、やれやれと頭を振って空を見上げた。

 

「まったく、大人しくしてればいいのに。なんだかんだで過保護なことだよ」

 

苦笑まじりにぼやくヒカルノ。

彼女が見上げる蒼い空を、一陣の風が駆けた。




これを書いてる時に最新刊の発売情報を知って少しざわつきました。
今回は千冬と一夏の過去、そして一夏の精神世界を書きました。
千冬の覚悟を拳で諌めるラウラは書きたかったシーンなのでとても満足です。
簪たちを助けたヒカルノの言う「奇跡」。その正体にも薄々気づかれているかもしれませんね。
次回からはいよいよ後半戦スタート!
全界炸劃、そして織斑季檍との戦いに向けて、瑛斗たちが動き始めます。
次回もお楽しみに!

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