IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
今年もよろしくお願いします!
それではどうぞ。
IS学園の男女比は圧倒的である。
なにしろ男子生徒は瑛斗と一夏しかおらず、それ以外の全ての生徒は女子なのだ。
ゆえに、半日も経てば学園内に
「ねえねえ聞いた? 織斑くんが外で大怪我して医療棟に運ばれたって」
「聞いた聞いた。やっぱりあの式典のやつが関係してるのかな!?」
「先生たちも何が起きてるのかまだわかってないみたいだけど……」
「あの宇宙からのビームってやっぱりどこかの国の兵器なの?」
「そういえば、今朝から桐野くんたちも見ないよね」
寮の食堂で顔を突き合わせ、噂話に興じていた鏡ナギ、岸原理子、谷本癒子、鷹月静寐、相川清香の五人。彼女たちだけでなく、学園全体がこの話題でもちきりであった。
「桐野くんのことだもの。きっと今回の件の解決に動いてるんだよ」
「だろうねー」
「また候補生のみんなばっかり大変そう……」
「私たちに出来ることってないのかなぁ」
椅子の背もたれに寄りかかった癒子は、向こうからやってくる人物に気づいた。
「あ、マドカちゃんだ。マドカちゃーん!」
大手を振って呼びかけると、少し思いつめた顔をしていたマドカが顔を上げてこちらに近づいてきた。
「谷本さん、みんなでおしゃべり?」
「まあね。休校だけど外には出るなーって先生たちも言ってたし。退屈で」
「ああ、そっか。外出禁止令出てるんだっけ。忘れてたよ」
あははと笑うマドカ。静寐はふと、マドカの目の下にクマができているのに気づいた。
「マドカちゃん、疲れてない?」
「えっ? な、なんで?」
「いや、クマがひどいし……」
「そ、そう?」
「本当だ! それにちょっと顔色も悪い感じ!」
ぐいと詰め寄ったナギがマドカの頬に手を添える。
「眠れてないんでしょ? 織斑くんのこと、心配だよね」
清香も純粋にマドカを案じる声をかけた。
「え、えっと……」
目を泳がせたマドカは、ナギの手から離れて寮の出口に体を向けた。
「ご、ごめんねっ。もう行かないと!」
そして五人の前から逃げるように走り去りそのまま寮を出て一路、医療棟へと駆け込む。
「はあ……」
「どうした。何を慌てている」
「え?」
顔を上げたマドカは、腕を組んで立つラウラの隻眼と視線を交えた。
「ラウラ……。お兄ちゃんは?」
「先程バイタルの低下が見られた。今は集中治療中だ」
「……!」
走り出そうとするマドカ。ラウラはその腕を掴んで止めた。
「よせ。見舞いなど出来んぞ。私も追い出された」
「じゃあお姉ちゃんは!? お兄ちゃんと一緒でしょ!?」
「……教官は、行方をくらました」
「え……!?」
マドカの腕から手を離したラウラは、苦々しい表情で空いた拳を握った。
「私が少しから出ている間に、忽然とな。山田先生にも聞いてみたが、姿は見ていないらしい」
「そんな……。お姉ちゃん、なんで……!」
「……マドカ、少し話せるか?」
ラウラはマドカを医療棟のラウンジの円形のベンチに誘った。
「教官と一夏については、もう知っているな?」
「うん……。箒と瑛斗から聞いた。二人はラウラと同じなんだってね」
「親が判明している分、私よりマシ……いや、タチが悪いか。織斑季檍はあの二人を物のように見ていた。あれが自分の親などとは考えたくもなかろうよ」
「お姉ちゃんは、全部知ってたんだ。知らないのはお兄ちゃんだけ。お兄ちゃんも、このことをいつか知るよね」
「お前の言う通りだ。だが、私は知っている。己の存在を根底から揺るがされた者がどうなるか。そして、それを知られてしまうことへの恐怖も……」
マドカはラウラが、話に聞いた去年の夏の出来事を言っていると理解して、痛むままの胸で言葉を返した。
「お姉ちゃんは、こんな気持ちとずっと戦ってたんだね。戦いながらお兄ちゃんを守ってきたんだ。ずっと、ずっと」
「ああ。生半可な精神ではやっていけない。あの人がそれでも戦い続けられたのは——」
「
こちらに気を向けさせようとするわざとらしいヒールの靴音と、こちらに向けられた声に振り返る。
「スコール……」
「何しに来た」
「つれないわねぇ。見慣れた顔が辛気臭い顔突き合わせてたから、何事かと思って来てみただけよ」
「家族が大変なことになってるのに、辛気臭い顔してて何が悪いの? ラウラ、行こう」
隣に座られたのが嫌だったのか、立ち上がったマドカはこの場を離脱しようする。
「家族ねえ……。実際のところ、どうなのかしら」
「……なにが?」
「作られた命のブリュンヒルデと織斑一夏に、血が繋がってるわけでもないあなた。そんな三人が家族なんて、ごっこ遊びに拍車がかかっているんじゃ——」
直後、合金同士のぶつかり合う音と火花が散った。
《ゴールデン・ドーン》のテールユニットが《バルサミウス・ブレーディア》のライフルの銃口を塞いでいる。
「マドカッ!」
ラウラの制止する声を聞かず、スコールへ激情をぶつけるマドカ。
「それ以上言ったら、私、本気で怒るよ……!」
「バカねぇ。あなたと私の反応、どっちが速いかなんて明確でしょうに」
だが、スコールは微塵も動じない。
「冷静に考えてみなさい。口ではどうこう言ったって、顔も名前も偽物のあなたが今回の問題に入り込む余地は無いわ。あなただってそのくらい——」
「関係ないっ!」
マドカの一喝がスコールの言葉を遮る。
「関係ないよ。お姉ちゃんとお兄ちゃんにどんな過去があろうと、こんな私を家族って言ってくれたのはあの人たちだ。だから、今度は私の番。私が二人のために動く番。それが家族ってものでしょ」
「………………。……そう」
少しの沈黙のあと、スコールはテールユニットを解除して立ち上がった。
「じゃあ、今言ったそれを本人に言ってやりなさい」
「出来ればやってるよ。でも……」
「教官の行方がわからん」
だが、スコールはそんな二人に驚きの言葉を返した。
「私、知ってるわよ。ブリュンヒルデがどこにいるのか」
「……え?」
「貴様、いま教官がどこにいるか知っていると言ったか?」
「正確にはおおよその見当だけどね。調査のついでよ。あなたたちも来なさい」
二人はわずかに訝しんだが、疑いよりも突き動かさせる衝動は大きく、医療棟から出ていくスコールについて行った。
◆
アメリカに到着した瑛斗たちは、織斑季檍が待ち構えている可能性も考えて、夜の市街地を徒歩で移動していた。
「もー、どうして着いたその足で向かうんですかー?」
「少し休んでからでも良いのでは?」
その行動にぶーぶーと文句をたれるシェプフとツァーシャをよそに、瑛斗は一路エレクリット・カンパニーへ続く道を進む。
「遊びに来たわけじゃないんだ。一刻を争うんだぞ」
「そうだよ二人とも。早く情報を手に入れて学園に帰らないと」
前方を瑛斗。後方をシャルロットに挟まれ、逃げ出す隙もあったもんじゃない双子は駄々をこねる。
「お腹空いたですー! 空港からこっち、歩きっぱなしです! 疲れたです!」
「ひもじい、とはこのような感覚を言うのでしょうか」
シェプフは激しく、ツァーシャは静かに。自分たちの見た目を最大限利用して駄々をこねまくる。
「……………」
機内では双子にも厳しい態度をとったシャルロットだが、曲がりなりにも小さな女の子が空腹を感じさせるままでいる光景に良心が咎められた。
「……瑛斗、流石にちょっとかわいそうじゃない? ちょうどお店が向こうにあるし、少し休憩しようよ」
シャルロットが示す前方には、確かに明かりのついた飲食店があった。
振り返った瑛斗は、上目遣いで見てくる双子の視線にため息をついてから苦笑した。
「しょうがない。ここまで来て二人の機嫌を損ねて協力が得られなくなるのも困るしな」
瑛斗がそう言った直後、双子は笑顔を咲かせて瑛斗に飛びついた。
「わーいです! 早く行くですよ!」
「お兄さまは話がわかるお兄さまでした。早く行きましょう」
「お、おいおい! やっぱり元気じゃねえか!」
シェプフとツァーシャに手を引かれる瑛斗。シャルロットも可笑しそうに笑ってその後を追う。
店に入ると、くわえ煙草で新聞を読む店主らしき一人の老人がカウンターの向こうにいた。
「……あん?」
扉の閉まる音でこちらに気づいたのか、ギロリと向けた目で四人を見ると、新聞を置いた。
「えっと……よ、四人で」
瑛斗が言うと仏頂面で顎を動かし、カウンターに座るように合図し、厨房の方へ引っ込んで行った。
『華麗なデビューを果たした双子アイドル、ファニール・コメット&オニール・コメット! 二人の今後からますます目が離せません! それでは次のニュース……』
店の端に置かれたテレビの音声が無言の店内に虚しく響く。
「ツァーシャ、なんだか感じ悪いですね。あのおじいさん」
「同意します。およそ接客業に相応しくない態度に見えました」
「やめろってそういうの。ほら、座るぞ」
ヒソヒソと耳打ちしあう双子を瑛斗が軽く小突いて、四人は横並びに座る。
厨房から出てきた店主は仏頂面のまま瑛斗の前に立った。
「注文は?」
「え、あ、えっと……軽い食事に来まして。サンドイッチとか……」
「ハンバーガーならすぐ出来る」
「じ、じゃあそれで! ハンバーガー四つ!」
「あいよ。ハンバーガー三つな」
「へ?」
「そこの子ども二人で一人前だ。残飯出されても困る」
「あ、は、はあ……」
男の有無を言わさない謎の雰囲気に瑛斗は言われるがままの注文を通してしまう。
ふん、と鼻を鳴らした店主はまた厨房へ引っ込む。
「お兄さま、緊張しすぎです。たかが注文ですよ?」
「そんなこと言ったって、めっちゃ怖かったし……」
「でも、シェプフちゃんとツァーシャちゃんのことを考えてくれてたよ? 悪い人じゃなさそう」
シャルロットが店主へのフォローを入れる。
そして、本当にすぐに四人の前にフライドポテトとハンバーガーの盛り付けられた皿が運ばれた。
「冷めないうちに食えよ」
ぶっきらぼうに言う店主。シェプフとツァーシャは顔を見合わせて何度か譲り合ってから、結局同時に分けられたハンバーガーをそれぞれ一口食べた。
「……! 美味しい! 美味しいですよ! ツァーシャ!」
「はい。先ほどの言葉は撤回しましょう。これほど美味なハンバーガーは初めてです」
よほど気に入ったのか、二人はハンバーガーを絶賛する。瑛斗とシャルロットも二人のその姿とハンバーガーの匂いに空腹を思い出し、湯気の立つハンバーガーに手を伸ばした。
バンズは表面がカリカリに焼かれて香ばしく、挟まれたビーフパティも噛むと肉汁が溢れる。新鮮なトマトとオニオンが口をさっぱりとさせて後味も良い。
「うん、美味い!」
「本当! こんなに美味しいハンバーガー、なかなかないよ!」
チェーン展開している大手ファーストフード店とは明らかに違う味に、瑛斗たちは舌鼓をうった。
「ほう、美味いもんを美味いって言えるくらいにゃ教育されてるか」
歯を見せて笑った店主はカウンターの端に腰を下ろす。
「お前さんたち、ワケありだな」
「え?」
「このあたりじゃ見ない顔だしな。それにこんな時間にこんなところほっつき歩いてるんだ。何もないってわけないだろ。警察に突き出してもいいが、俺は警察の連中が嫌いでね」
瑛斗は持っていたハンバーガーを皿に戻して、店主に真剣な眼差しを向けた。
「俺たち、日本から来ました」
「へえ、そりゃ遠路はるばるご苦労さん。観光ってわけじゃなさそうだな?」
「はい。あることの調査をしに。極秘の案件なので、警察に連絡はしないでもらえるとありがたいです」
「調査ねえ……」
店主はズボンのポケットからタバコを取り出したが、シェプフとツァーシャを見てからばつが悪そうにカウンターに置いて話を続けた。
「実はついさっきも妙な連中が来たんだよ」
「妙な連中?」
「ここに来る前にも一杯ひっかけてたみたいで悪酔いしてやがってな。やれ、世界を変えるだの、男の力を見せるだのと」
「瑛斗、もしかしてそれって……!」
一つの仮説を思い浮かべたシャルロットが瑛斗に顔を向ける。
「ああ。全界炸劃のやつら、やっぱりここにもいたな。……あの、そいつらについてもっと詳しく聞かせてくれますか?」
「そうしてやりてえが、そいつら、喧嘩で負けて逃げちまった」
「喧嘩? 逃げた?」
「他の客に絡んでな。ほら、あの奥のテーブルのやつだ」
瑛斗たちは一斉に振り返り、店の奥のテーブルを見た。四人がけのテーブルをコーヒーを飲んでいる人物が独占している。
サングラスで顔を隠している黒コートの男、瑛斗はそう判断した。
席を離れてあからさまに怪しいその男に近づいた瑛斗は、サングラスの奥の目がこちらに向けられるのを感じた。
「なあ、あんた——」
しかし、その男は瑛斗に問われるよりも早く席を立ち、テーブルにコーヒー代を置いて出口に歩いていく。
「あ、ま、待ってくれ!」
瑛斗は追いかけて回り込む。
「あんたは何者だ?
「………………」
男は答える代わりに瑛斗の肩に手を置き、低い声で囁いた。
「エレクリットに行くなら急げ。時間はないぞ」
「え……!?」
その言葉は衝撃だった。瑛斗たちがエレクリットに向かうことは学園の者以外は知らないはずである。なのに、この男はそれを知っていた。あまつさえ忠告までしてきたではないか。
男はそれ以上は何も言わず、店から出て行った。
「瑛斗、今の人はなんて?」
席に戻った瑛斗に、事を見守っていたシャルロットが尋ねる。
「エレクリットに行くなら急げって。あいつ、俺たちの動きを知ってた」
「あらら、筒抜けですね」
「困りました。おそらくあちらは私たちを待ち構えていますよ」
フライドポテトを食べながらシェプフとツァーシャは肩をすくめる。
「瑛斗、どうするの? さっきの人もやっぱり全界炸劃なのかな……」
「まだわからない。でも、どのみち行くしかない。そのためにここまで来たんだ」
瑛斗の目に迷いはない。シャルロットはその目と同じ決意を固めた。
「僕も瑛斗が行くところならどこへだって行くよ。瑛斗と一緒に」
もう瑛斗を一人で行かせはしない。シャルロットの心はあの日から決まっていた。
「……お前さんらよ」
「え?」
「はい?」
店主に声をかけられ、二人は後ろを振り返る。
「威勢がいいのは構わんが、飯はちゃんと食え。それから勘定も忘れんなよ」
「「……あ、すみません」」
食事を終えた一行は店主に食事代をしっかりと支払ってから移動を再開し、ついに目的地であるエレクリット・カンパニーの正面入り口に到着した。
「……着いたはいいが……」
「見張りの数が多いね」
背の高い茂みの陰に身を隠して様子を伺う。正面の入り口には十数機のEOSが陣取っていた。
「あれだけの人数がいれば、あの店に行ってても不思議はないですね」
「瑛斗、どうするの?」
「こちらの動向は知られているなら、先手を打つべきですよ」
シャルロットとシェプフに尋ねられ、数秒考えた瑛斗はツァーシャに顔を向けた。
「データバンクはここの最上階で良いんだよな?」
「ええ。ですが、侵入方法は?」
腹を括ったように一度深く息を吐いた瑛斗が、ネックレスとして首から提げていた《打鉄桐野式》の指輪を握る。
「——正面突破だ」
瑛斗の宣言から一分後、エレクリット・カンパニー正門付近は戦場へと変わった。
「撃て! 奴らを行かせるな!」
リーダー格の男の怒号が飛び、EOSたちが銃弾を乱射する。
目標は、両脇にシェプフとツァーシャを抱えた《打鉄桐野式》を展開する瑛斗だ。
「シャル!」
「うんっ!」
瑛斗の前に出たシャルロットが、《コスモス》の両手に構えたマシンガンのトリガーを引き絞る。放たれた弾はEOSたちの関節部を撃ち抜き、次々に無力化していく。
「ISめぇっ!」
バズーカを両肩に構えたEOSが、操縦する男の怨嗟の声とともに火球を撃つ。
迎撃にあたるシャルロットは両手のマシンガンを前方へ投げ、空いた手で呼び出した一振りのブレードを握った。
「っ!」
火球を両断し、勢いを残したままEOSの脚部ユニットを砕く。
ブレードを地面に突き立てて停止し、後方へ向き直って落ちてきたマシンガンを再び構える。
「瑛斗! ここは任せて! 早くデータを!」
「ああ、頼んだぞ!」
シャルロットの横を通り過ぎた瑛斗は続けて双子へ叫んだ。
「シェプフ! ツァーシャ! 歯を食いしばってろ! 一気に飛ぶ! いっくぞぉっ!」
身体をあげ、ビルの壁面を這うような至近距離での急上昇。追いすがる弾丸を物ともせず一息に最上階層に到達し、窓を突き破って中へ転がり込む。
「二人とも、怪我は無いな!?」
「はいです! いろいろと文句は言いたいですが!」
「ここまで無鉄砲とは思いませんでした!」
下された二人は付着したガラス片を払い落としながら瑛斗の勢いに流されて叫ぶ。
瑛斗は敵影を探したが、フロアをまるごと使った執務室にその気配は無かった。展開を解除し、周囲を見渡す。
「で、クラウンのデータバンクはどこに?」
問われたツァーシャは建物奥の本棚に視線を投げる。
「シェプフ」
「わかってるです。お兄さま、こっちですよ」
双子に誘導されて瑛斗は本棚に近寄る。
「お兄さま、抱っこしてくださいです。届きません」
「あ、ああ」
瑛斗に抱き上げられたシェプフが本棚の一番上の分厚い本の背表紙に触れ、奥へと押す。
カチリ、と何かのはまる音のあとに本棚が180度回転し、銀色の箱に姿を変えた。
「これが、クラウンのデータバンク……」
シェプフの眼が吟味される。
「早速閲覧するですよ」
箱の右端にあるセンサーにシェプフを運ぶ。センサーがシェプフの眼球をスキャンしている間に、瑛斗は今しがた気になりだしたことを尋ねることにした。
「なあ、そのデータってどういう媒体で見るんだ? てっきりパソコンにでも入ってるとばかり思ってたんだが」
「お父様は遊び心が止められない大人になれない大人です。そんな簡単なことでわざわざ網膜を鍵になんてしないですよ」
「私やシェプフもこの方式はどうかと言ったのですが……」
「方式?」
ピンポン、と接続完了を知らせる軽い電子音がして、瑛斗はシェプフを下ろす。
「ま、見てもらった方が早いです」
シェプフが言うのと同時に銀の箱から光が放射され、人の像を形成していく。
「な……!」
瑛斗は現れた像に息を飲んだ。
それは悪趣味な男の、悪趣味な趣向。
「……いやはや、こうして君とまた会えるとは」
「……クラウン……リーパー……」
「久しぶりだね。桐野瑛斗くん」
薄ら笑いの
◆
エレクリットの正門付近ではシャルロットの駆る《コスモス》がEOSたちを相手に戦いを繰り広げていた。
否、繰り広げてはいない。戦いは一方的なほどにシャルロットが有利だった。
EOSの関節へ弾丸を叩き込み、武器を無力化させる。時折こちらが被弾することもあるが、大きなダメージにはなり得ない。
(こんな力で、どうして……!)
シャルロットは攻撃が止んだタイミングで銃を下ろし、声高に叫んだ。
「もう降伏してください! こんな戦いは無意味です!」
「それでもなぁ!」
倒れたEOSのコクピットから、アーミーナイフを持った男が飛び出して来る。
「俺たちは立ち上がったのだ! 虐げられる男たちのために!」
その迫力にシャルロットは冷や汗をかく。今こうして対峙するこの男も、信じるもののために戦っている。
「……ごめんなさいっ!」
シャルロットは男の腕を掴み、突進してくる勢いを流して男を投げ飛ばした。
「あなた達の主張を否定はしません! でもこんなやり方は間違ってます! あなたたちは利用されているんですよ!」
その様子を見ていたEOS部隊のリーダーは、側に控えていた部下からの通信に耳を傾ける。
『隊長、このままでは……』
男はシャルロットを一度見てから、腹を括って宣言した。
「……仕方ない。
『なっ!? しかし、それでは我々も……!』
「解放と同時に我々は撤退する。これは叢壁殿からの指令だ」
通信機越しに、部下が息を長く吐く音が聞こえる。
『あの少女の言う通りなのかもしれませんね。我々は、利用されているのやも——』
「その言葉は皆が一度は思い、そして飲み込んだ言葉だ。今は、任務の達成だけを考えろ。これまでもそうしてきただろう?」
『……了解。地下の部隊に連絡を取ります』
そして通信は切れた。
後は時間の問題。
あの橙色のISを引き止め、『あれ』をぶつける。その結果がどうなるのかはわからない。だが、男はその思考を必要のないものと切り捨て、己が役割を果たすために動き出した。
「——各員に通達。《イマージュ》を解放する。撤退準備を」
◆
「クラウン……」
その姿に、言葉を失う。これが
クラウン・リーパー。
世界への復讐に燃え、彼方の存在に魅入られた男。そして、俺の——
「いやぁー、久しぶりだね瑛斗くん! 元気してた? ちょっと背伸びたんじゃない?」
「えっ、え……?」
果てしなくフランクな態度で背中を叩いてくる(ホログラムなのですり抜けるが)クラウンは、初めて会った時のような笑顔を向けてきた。
「うんうん! 驚いてくれてるようだね。何よりだ。シェプフ、ツァーシャ、どうだい。やって正解だったろう? 10ヶ月と23日前の行動がいま実を結んだよ!」
「……まあ、あなたが満足してるならいいですよ。お父さま」
「ご健勝で……ご健勝? 言っていいのでしょうか。データ体に」
双子はそれぞれ微妙な顔をしたり捉え方について考え込んだりと、反応は希薄だ。
「データ体……。やっぱりこのクラウンは偽物か」
「そうさ。僕は本物の僕が残した思考をベースに作られた管理AI。まあ、有り体に言えば人工知能だ。ほら、篠ノ之博士もやったろ? あれと同じだよ」
弾む声で言うクラウンはずいと俺に詰め寄ってきた。
「それに君が僕を起こしたってことは、本物の僕は死んだ。そうだろう?」
「………………」
「その沈黙は肯定と考えるよ。なに、気に病むことはない。僕はあくまでAI。アルストラティアでの戦いより前の記憶はフィードバックされてるけど、君に対する憎しみは持ってない」
「だから今の僕はすこぶる善良なクラウン・リーパーさ!」 と言ったクラウンだったが、シェプフから失笑をもらうだけに終わった。
けれど、ゴールにたどり着いたことに変わりはない。俺はそのすこぶる善良なクラウンを信じる他になかった。
「……信じるよ。今はお前だけが頼りだ」
「うん? 君がそんなことを言うとは、世界は大変なことになってるみたいだね。どうだい? 僕を倒して救った世界は」
「……良くなった、とははっきり言えないかな。世界には戦いが溢れてる」
「ハハッ。だろうね。それが人間というものさ。僕が言うんだ。間違いない。それで? 何が知りたい?」
召喚したホログラムの椅子に座ったクラウンに、俺はあの男の名前を口にした。
「——織斑季檍」
そう言った俺をクラウンは丸い目で見つめ、そして、盛大に吹き出した。
「フッハハハハッ!! なんてことだ! よりによって彼か! ハハハハハッ!」
大笑いするクラウン。やっぱり、こいつは織斑季檍について何かを知っている。
ひとしきり笑ったクラウンは、静かに何度か頷いた。
「ハハハ、織斑季檍……織斑季檍ね。うんうん。いいよ。彼についてか」
「教えてくれ。織斑季檍とはなんなんだ」
「死人さ」
「死人……? 死んでるっていうのか?」
「ああ。彼はすでに死んでいる」
「ま、待て。待てよ! あいつは現に生きてて、息子の一夏を襲った!それだけじゃない衛星兵器を使って宣戦布告してきたんだぞ!」
俺がそう言った直後、ビル全体がズン……と重たい音とともに揺れた。短い悲鳴をあげ、シェプフとツァーシャが俺の脚に掴まる。
「な、なんです!?」
「地震……爆発?」
「まさか、シャルがやられて……? いや、そんなはずは!」
「……ふむ。時間も無いようだ。簡潔に言おう。僕がシェプフとツァーシャを作るより前に、僕は彼と一度だけ会った。彼の目を見た瞬間に僕は察したよ。僕と同じだと。内側にヒトとは違うものを抱えていると」
「それじゃあ、あの男もISと結託を……?」
「断言はできない。ISを抱えているなら、はっきり感応できたはずだ。でも、そうはならなかった。違和感が凄まじかったからね。ガワは織斑季檍だが中身は完全に別の何かだ。おそらく本物の彼はすでにこの世にはいない。『死んでいる』と言ったのはそういうことだ」
「別の……何か……」
「さて、提示できる彼の情報はここまでだ」
さらりと言ってのけるクラウン。
「えっ、終わりですか!?」
「お父さま、私たちはそこそこ苦労してここまで来たのですが」
娘たちからの抗議もどこ吹く風で、クラウンは薄笑いの表情を崩さない。
「仕方ないだろう。本物の僕だって本腰を入れて彼を調べたわけじゃない。肩透かしをさせたようならすまないね」
「むぅ……。ではお父さま、最後に私たちからも聞きたいことがあるですよ」
「なぜ織斑季檍の名前だけを私たちに刷り込んだのか、お答えください」
「簡単な話だよ。彼は
「……その程度、とは? 含みのある言い方はやめるです」
「だって、僕の計画に直接の関係はなかったし、邪魔できるような力を持ってるとは思えなかったからね。捨て置いたんだ」
「うう。確かに、お父さまはあの時完全に世界を滅ぼすつもりだったです」
「必要以上の情報は無意味でしたね」
「ああ。だが、僕は負けた。世界は救われてしまったんだよ」
クラウンの視線が俺に注がれる。
「人を導け、桐野瑛斗。別の世界を知った君にはその責務がある。世界には……
「お前に言われるまでもないよ。俺は、人がどこまでも進んでいけると信じてる」
クラウンは再び娘たちを見る。
「シェプフ、ツァーシャ。君たちも、これからも生きて色んなものを見て、色んなことを学びなさい。僕が大嫌いで大好きだったこの世界のことをね」
「なにをそれっぽいこと言ってしめようとしてるんですか」
「あなたは本当のお父さまと違ってAI。いつでも会えるでしょう」
「………………」
しかし、クラウンは黙って首を横に振った。
「お父さま?」
「残念だが、これでお別れだ」
次の瞬間、壁が外側から爆発した。
「うわぁっ!?」
俺たち三人はその衝撃に吹き飛び、床に転がる。
「く、クラウン!」
起き上がった俺は絶句した。クラウンの姿はどこにもない。投影していた箱は無残に歪んで壊れていた。
そして先ほどまで俺たちがいた場所には……。
「な——!?」
《異形》がいた。
「なんですか、あれ!」
「虫、でしょうか……?」
「大きすぎるだろ!」
二メートル近くあるそれは、ツァーシャの言う通り虫のような形をしていた。赤と緑と紫。それぞれの色を持つ三体。
「お兄さま、あいつらこっち見てるですよ!?」
「友好的な気配は皆無です。迎撃を!」
「あ、ああ!」
《打鉄桐野式》を展開し、ビームソードを構える。虫は一斉に飛びかかってきた。
「はあっ!」
赤い虫にビームソードを叩きつける。短い断末魔のあと、虫は両断されその断面を晒して爆散。
その直前、銀に光る内部から紫色の液体が流れるのが見えた。
「機械……? いや、生き物なのか?」
「お兄さま! まだ来るです!」
「っ!?」
空いた穴から十や二十ではくだらない数の虫が押し寄せてくる。
「脱出だ! シャルと合流するぞ! 二人とも捕まれ!」
伸ばした手に二人が駆けてくる。
すると、その足元に亀裂が走り床が崩落を始めた。
「ツァーシャ!」
叫んだシェプフがツァーシャの腕を掴み、ギリギリの足場で踏ん張り、ツァーシャを俺の方へと投げた。伸ばしていた手がツァーシャに届き、反射的に俺は抱き上げる。
「シェプフ!?」
その間にもシェプフの落下は始まっていた。
「くそっ!」
ツァーシャの悲鳴に弾かれるように、俺はシェプフを助けるために跳ぶ。
(間に合うのか……!?)
「お兄さま! 掴んでください!」
「は? おいっ!?」
ツァーシャが俺の腕からすり抜け、シェプフを追いかけるように落ちていく。
そして二人の姿が穴の中へ消え——
「うおおおおおっ!!」
間一髪、ツァーシャの足を掴むことが出来た。
「ツァーシャ! シェプフは!?」
「だ、大丈夫、です! 手を掴みました!」
「よし、引き上げ——」
視界が暗くなる。振りあおぐと虫の大群が俺に迫っていた。今の状態じゃ動けない!
「………………!」
鋭い爪が顔面に近づいてくる。ここは受け止めるしか……!
覚悟を決めたのと同時に、虫たちが光弾に薙ぎ払われた。
「……ったく、世話がやけるったらねーな」
現れたのは、粗暴な口調とともに背中からアームユニットを蠢かす、数刻前に見た人物だった。
「あんた、あの店の……!?」
ここにくる途中に寄った飲食店であったサングラスの男。だが、その背中のユニットが問題だった。
「……っ! おい! 後ろ!」
その人の死角の背後から虫たちが肉薄する。
「……ヘッ」
爆発。
虫たちの攻撃が届くより早く、その人の姿が弾け飛んだ。
破片は虫たちを巻き込み、次々と薙ぎ倒していく。
「な……あ……?」
自爆? 死んだのか? なんて言葉が脳裏を飛び交う。だが、煙の奥から……。
「あー。やっと脱げた。ババァのやつ、爆散型変装装置ってなんだよ」
煙の奥から、今度は激しく見覚えがある女性が出てきた。
「オータム! お前だったのか!」
巻紙礼子の名前でIS学園で教鞭をとる
「こってこてのリアクションあんがとよ。さっさとそのチビども引き上げろ」
「あ、ああ!」
展開するIS《アルバ・アラクネ》のウェポンアームからエネルギー弾を撃ち散らして虫たちを追い払うオータムに従って二人を引き上げる。
「シェプフ! 無茶をして!」
「あの時の、ツァーシャと同じ……です……!」
「あの時……?」
ツァーシャは、肩を上下させるシェプフがアルストラティアでの戦いのことを言ってると即座に理解した。
「私、あの時のこと気にしてたんですよ? でもこれでおあいこです」
「シェプフ……。ありがとう」
微笑んだツァーシャに歯を見せて笑うシェプフ。二人の無事を確認し、わずかに安堵した俺はオータムに尋ねる。
「でも、なんでお前がここに? それも変装なんてして」
「どっかのバカがISを取られてからいろんな組織を探り回ってたんだよ。で、全界炸劃のそれっぽい情報を掴んで日本に戻ったスコールに調査を続けるよう言われてな」
説明しながらオータムは虫たちをいなし続ける。蠢くウェポンアームはまさしく蜘蛛のようだ。
「いざ帰ろうと思ったらどっかのバカがこっちに来るって聞いてよ。ここの情報も掴んでたから迎えに行くより待ち構えてる方が合流出来ると踏んで待ってたんだ」
どっかのバカとは多分俺のことだろう。しかも気持ち力強く言うからタチが悪い。が、指摘するよりも聞きたいことの方が多過ぎた。
「じゃあ、この虫のこともわかって——」
「知らねえよ!」
「お前っ!?」
「私だってパニックだっつーの! こんなの漁った情報の中に無かった! だがまあ、殺せるんだからなんとかなるだろ!」
オータムの言う通り、虫たちは一撃で倒せる程度の強度しかない。が、虫たちが俺たちを完全に囲みきっていた。
「オータム、ここは退くぞ! 外にシャルもいるんだ! こいつら蹴散らせるか!?」
「ああ? 誰にもの言ってんだ!」
ウェポンアームの先端が開き、アーム全体が振動を始める。
「《グラインド・パニッシャー・スプレッド》! まとめて……消し飛べえっ!!」
可視化した振動波を浴びた虫たちが連鎖的に爆裂していく。
虫たちの包囲に隙間ができた。
「今だ!」
シェプフとツァーシャを抱きかかえた俺は飛び込んできた窓から外へ出ると、眼下には戦いの爪痕が広がっていた。
「シャル! 無事か!」
「瑛斗! 僕の方は平気! そっちは!?」
俺の叫び声を見上げて叫び返したシャルのその姿に、胸を撫でおろす。
「無事だ! オータムもいる!」
「えっ!? 巻紙先生!? なんで!?」
「俺らより先に来てたらしい! あの店のスーツの人に化けてたんだ!」
着地した俺がシェプフとツァーシャを下ろすと、ビルの最上階が爆散。
「ハッハァーッ!」
爆風の中からオータムが飛び出してくる。
おそらくあの爆発で虫たちは木っ端微塵になっている。
「あいつ、やり過ぎ……」
エリナさんになんと言えばいいのやら……。
「……こっちにはあの虫たちはいないですね」
「てっきりそこら中を埋め尽くしているかと」
シェプフたちの言葉にシャルロットは首をかしげる。
「虫? 瑛斗、何があったの? 全界炸劃の人たちはみんな撤退していっちゃうし、地鳴りみたいな音もしたし……」
「……俺にもわからない。でも、あれは……」
あれは、なんだったのだろう。
見た目だけで虫と判断したが、あれは そんなものじゃない。もっと
それを全界炸劃は、織斑季檍は手にしている。
(俺たちは、もしかするととんでもない思い違いをしているのかも——)
「おいガキども! とっととずらかるぞ! 流石に派手にやり過ぎた!」
こちらへ向けて叫んだオータムが俺たちを待たずに逃げていく姿に、今やるべきことを思い出さざるを得なかった。
「お前のせいだろ! ……ああもう! シャル! 俺たちも逃げるぞ! あとで説明する!」
「えっ、ちょ、ええ!?」
若干うんざりした顔の双子をもう一度抱えて飛翔。エレクリットから離脱する。
振り返ると、ビルからはもうもうと煙が上り、遠くサイレンの音も聞こえ始めていた。
◆
蒼天に鉄のぶつかり合う音が響く。
楯無と季檍の戦いはなおも続いており、試験場に散見する抉られた地面がその苛烈さを物語る。
「あなたの目的はなに! 瑛斗くんを狙ってるみたいだけど、彼をどうするつもりなの!」
「彼には私の同志になってもらう。彼にはその資格があるからな。彼は、選ばれたのだよ」
「選ばれた……?」
「資格なき者は私が管理する!」
殺到するアクア・ナノマシンを斬りはらって迫る季檍を紙一重で避け、わずかに距離を取る。
「神さま気取りね! にしては、人質をとったり随分と小さいことをするじゃない!」
「ほざけ! 千冬もあの小僧もやはり失敗作だった。ならば私自身がやるしかあるまいよ!」
季檍の言葉に内側から登ってくる昏い熱を感じつつも、グッとこらえる。逆上を誘う作戦だとすれば、やつの思うつぼだ。
「どうあれ、あなたを神さまのままでいさせるわけにはいかないわ!」
レイディのアクア・クリスタルから水を迸り、針にして爆弾と化した雨が季檍めがけて降り注ぐ。
「そんなものが!」
エネルギー刃を巨大化させ、盾の代わりにして受け止める。楯無の攻撃は光の盾にはばまれ季檍へのダメージにはならない。
「それでもっ!」
アクア・ナノマシンが蒸散し、煙幕を形成する。楯無はその中を突っ切り季檍へ肉薄した。
手応えを感じる。しかし煙幕が晴れて見えたのは、ランスを握りしめた季檍の手だった。
「その程度かっ!」
そのまま槍を振り上げ楯無を地面に叩きつける。
「ぐあっ!」
新たな陥没跡ができあがり、衝撃が楯無を苛む。
季檍は楯無を蹴り飛ばし、楯無の身体が地に転がった。
「他愛ない。しかし国家代表となれば何かと使えるだろう」
起き上がらない楯無へと近づき、何かを打算する季檍。
「さあ、勝負はついた。お前には私とともに来てもらう」
しかし、季檍は楯無の表情に違和感を感じた。
楯無は、笑っていたのだ。
「私の……私たちの勝ちよ。あなたは——誘い出された」
次の瞬間、季檍の足元が割れ、巨大な鉄塊が飛び出した。
「な……にぃっ!?」
それはまるで一つの巨大な槍であった。《打鉄弐式》のスラスターユニットを覆うように接続された前に突出した装甲が激突した季檍を空へ打ち上げる。
「これは……!?」
『どうだい? 打鉄シリーズ共通の新武装《堅攻一擲》の味は』
季檍の眼前に、意地悪く笑うヒカルノの顔が浮かび上がる。
『あんたらの指示に従いながらこさえさせてもらったよ。見張りどもが機械に弱い文系ボンクラで助かった』
「貴様ぁ……っ!!」
『さあ簪ちゃん。ご招待してやんなさい!』
「は、はいっ!」
簪はぐんと機体を右旋回させる。規格外の外付けジェットエンジンによる加速が季檍の離脱を許さない。《真・白式》の絶対防御が無ければ、季檍の肉体はすでに四散しているだろう。
(無茶苦茶するわね……)
季檍を下にして急降下する簪を見ながら、楯無は脱帽していた。
彼女が季檍と刃を交える前にヒカルノから受けた指示は、指定したポイントに季檍を誘導すること。
つまりヒカルノの作戦とは《打鉄弐式》を一つの槍に変えて季檍を打ち抜くというシンプルなものだったのだ。
(あの短時間で
楯無が倉持技研への認識を改めたところで、堅攻一擲は地面に二つ目の穴を開け、研究所の地下に突っ込んだ。
堅攻一擲から剥がれ落ちて地面に転がった季檍は頭を一度振って、吠え立ち上がった。
「あの程度の攻撃で……! この私を倒せると——!」
「思っちゃいないよ。だからこっちが本命さ」
「!?」
ヒカルノの声に顔を上げると、全方位から銃やランチャー、ミサイルが向けられていることに気づいた。
「研究者、ナメんなよ?」
ヒカルノがレーザー銃の引き金を引いた瞬間、《攻撃》が季檍へと殺到した。
この作戦の締めくくりは研究所に山ほどある試作武装による一斉射。
大小無数の爆発を内包した衝撃が轟き、煙が立ち込める。
その光景を間近で見ていた簪は(これがゲームで見るオーバーキルのリアル版……)と鼻じろみ、地上から覗き込んでいた楯無はその音の剣呑さにタラリと冷や汗をかいた。
「よーし。こんなもんでしょ」
爆発の嵐が止む。
もうもうと立ち込める煙の中に倒れ臥す季檍の姿があった。《真・白式》も消滅している。
「……うっし! どんなもんだい!」
「お、お見事です。博士」
降りてきた楯無に長い長い犬歯を見せて笑ったヒカルノは、ボロボロの季檍を指差した。
「こいつの処分は任せるよ。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」
「彼は拘束して学園に連行します」
「おっけー。ならチェーンを貸そう。ギッチギチに縛ってやるといい」
ヒカルノの言に苦笑してから、楯無は簪に振り返った。
「簪ちゃん。ご苦労さま。降りてらっしゃいな」
「う、うん。いま行く……」
しかし簪は硬直した。
「お姉ちゃん! そいつ、まだ動いてる!」
「っ!?」
向き直った楯無は、季檍の身体が起き上がろうとしているのを目撃した。
「く、くくく……!」
かすかに笑い声が聞こえ、楯無は季檍から言い知れぬ恐怖を感じた。
「あなたの負けよ! 織斑季檍! そんな身体で何が出来るの!?」
「彼女の言う通りだ。なんなら、もう一発ミサイルぶち込んでやろうか? 今度こそ死ぬよ」
ヒカルノも脅すが、仰向けになった季檍はなおも笑い続ける。
「確かに、私の負けだ。潔く……認めよう。だが——」
季檍は震える右手の人差し指を、
「これは、私
「道連れ……? まさか、エクスカリバー!?」
簪はあの宇宙からの雷撃を思い出し、目を見開いた。
「ハッタリは無駄よ! チャージの完了まではまだ時間がかかるのはわかっているわ!」
「確かにフルチャージとはいくまいが、この程度の施設を貴様らもろとも吹き飛ばすのは容易い! すでに発射は完了している! 今にここは我が力の前に跡形もなく消え去るのだ!」
《真・白式》がフレーム剥き出しの状態で再展開され、ブレードを構えた季檍が楯無に迫る。
「貴様らは逃さん! 私とともに消えてもらう!」
「……! 簪ちゃん! 博士を連れて逃げて!」
「で、でもっ! 着弾まであと30秒もないよ! お姉ちゃんは!?」
「必ず追いつくから! 急いで!」
「………………。わかった。待ってるから!」
ヒカルノを抱き上げ、簪が浮遊する。
「逃がさんと言ったぁぁぁっ!!」
「させないわっ!」
追いすがる季檍を楯無の槍が阻む。
「博士はこの先の未来に必要な人よ!」
「他の職員は見殺しか! 嫌いではない考え方だ!」
「いいえ、他の職員はとうに逃げてるわ。あなたがエクスカリバーを使う可能性を捨て切ってはいなかったもの」
「ほう。あの戦闘のうちに手は打ったということか」
「エクスカリバーの破壊範囲がどれくらいかわからない……。ここから先は運の勝負よ!」
アクア・ナノマシンが季檍の身体を貫く。だが季檍は楯無に掴みかかって動きを止めた。
「し、つ……こいっ!」
季檍を踏みつけ、地面に叩きつける。
「これで!!」
続けて《蒼流旋》を投擲し、季檍を地面に釘付けにした。
「ぐ……おおあああっ!!?」
腹を貫かれ絶叫する季檍。楯無が空を見上げると、すでに破壊の光は肉眼ではっきりと見えていた。
(早く逃げなくちゃ……!)
季檍が完全に動かなくなったのを確認し、楯無は地上に向かう。
「——ええ!?」
地上に上がった楯無は目を疑った。
「簪ちゃん!? どうして!?」
先に逃げたはずの簪がヒカルノを抱えて待っていたのだ。
「私に掴まって! 早く!」
簪の怒鳴り声に従い、楯無は後ろから簪の腰に手を回す。
「どうするの!?」
「《打鉄弐式》のスピードに賭ける! 全員で助かるにはそれしかない!」
「生身の人間がいるんだけどー?」
「博士は歯をくいしばって目を閉じていてください! 行きますっ!」
打鉄弐式のミサイルコンテナユニット下部の大型スラスターが火を噴き、急発進する。
直後、光の槍が倉持技研へ降り注いだ。
「ふふふ……フハハハハハハハハ……! ハハハハハハハハハハッ!!」
建物を飲み込む爆光の中から聞こえる哄笑。まるで、光の中に季檍の意識が溶けて混ざり合っているようだ。
圧倒的なエネルギー量で形作られた鉄槌の輝きが三人に手を伸ばす。
背後からでもその輝きは熱いほどに伝わってきた。
「頑張って! 打鉄弐式!!」
最大出力で機体を飛ばし、太さを増す光の柱から逃げる。
ジリジリと距離を詰めてくる破壊光にレイディの脚部装甲の先端が掠り、蒸散した。
「だ、だめ! このままじゃ……間に合わないわ!」
楯無が悲鳴を上げ、簪を抱く腕に力を込める。
「ううううあああああああっ!!!!」
簪の叫び声が、光に吸い込まれる。
世界が、光の中に消えていく。
(瑛斗……私……!)
熱と衝撃に揺さぶられて意識を手放す直前。簪の目に映ったのはこちらに手を伸ばす白銀の腕であった。
改めまして、新年初更新でした。
今年中の完結を目指して頑張ります。
さて、今回はクラウンの再登場からの即退場という元ラスボス的にはアレな扱いになってしまいましたが、すでに彼との戦いは終わっていますのであまり出番が長引いてもなと思いこのように相成りました。
そして今回から新要素として例のゲームから引っ張ってまいりました。気づいた方は気づいたと思います。
次回は行方をくらました千冬と、眠り続ける一夏、そしてその周りを描く予定です。
次回もお楽しみに!