IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
遅くなってしまい申し訳ありません。
それではどうぞ!
「………………」
人工の明かりにのみに照らされる室内。その部屋の中央に置かれた椅子に、一人の男が腰掛けている。
織斑季檍。千冬と一夏をこの世に産んだ男。生命体の頂点に立つことを夢見る男。
目を閉じ、眠っているかのような顔には、そのような野心は微塵も感じることはできない。
しかしその頭脳は目まぐるしく思考を続けていた。
(もうすぐ。もうすぐだ。私の望みは果たされる……)
そこに一切の迷いはない。迷う理由などありはしない。ただ進み続けるのみ。
「失礼する」
そこで自動ロックのドアが開き、
「お休み中でしたかな?」
「いや、気にするな。要件は?」
「エクスカリバーの改造がまもなく最終段階に入ります。それから、各国政府への降伏勧告も送信が完了いたしました」
「そうか。ご苦労。素直に勧告を受け入れる期待はしないが、あちらからの動きを誘発できるやもしれん」
「攻撃がくる、と?」
「そうだ。そうなれば
淡々と答える季檍の表情を伺うようにして、源一郎は口を開いた。
「……ひとつ、個人的な興味でお聞きしてもよろしいか?」
「なんだ?」
「あなたは、いったいどうしてここまでしてくれる? 私たちに大した見返りも求めず、ここまでの協力を、なぜ?」
源一郎の問いかけに、季檍は呵々と笑う。
「今更なことを。悲願達成の手前で不安になったか? 私が裏切るのでは、と」
「………………」
真剣な源一郎の顔に、季檍も笑みを消し真剣な表情を作る。
「心配するな。私はただ証明したいだけだよ。私が正しかったと。私のこれまでが決して間違いではなかったと。私たちの同盟関係になんの綻びも生じはしない」
季檍は椅子から立ち上がり、源一郎の肩をポンと叩いて部屋から出る。源一郎もそれを追って振り返った。
「どちらへ?」
「後始末だ。過去の自分の不手際のな」
扉の向こうへ消える季檍。部屋に一人になった源一郎は息を深く吐き、前に足を進めた。
自分が今この場所にいること、行なっている
「過去の不手際の後始末……か。そんなことができるのはあなただけだ」
源一郎の目に映ったのは、正面のガラスの向こうに並び立つ無数の培養器。
その中には——。
◆◆◆
「千冬さんがいない!?」
IS学園の理事長室に、瑛斗の裏返った声が響く。真の理事長である轡木十蔵はこちらも困っているとばかりに眉を下げた顔で首肯した。
「ええ。どうやら君がその子たちに会いに行くより先にどこかに行ってしまったようでして」
「さっきから何度も試みてるんですけど、連絡もつかないんです」
十蔵の隣に座る真耶もお手上げといった様子だ。
「残念です。ブリュンヒルデにご挨拶でもと思ってたのに」
「職場放棄とは、呆れた教職者としか言えませんね」
瑛斗の横に座っていたシェプフとツァーシャはつまらなそうに言って、行きがけに買ったパックジュースのストローに口をつけた。
「ところで……桐野くん、どうしてその二人を?」
真耶はすでにソファの上で我が物顔な双子を見やり瑛斗に尋ねる。真耶にとってもシェプフとツァーシャの顔を見るのは久しぶりであり、こうして膝を向かいあわせることも予想外であった。
「アメリカにこいつら……というかクラウンの遺したデータベースがあるんです。そこには織斑季檍の情報も入ってるらしくて、その開示にはこいつらの目が必要なんです」
「網膜認証ロック、というわけですか」
「はい。だからこいつらを連れて明日の朝いちでアメリカに行きます。千冬さんには連絡がついたら伝えてください」
「構いませんが……エクスカリバーの方は大丈夫なんですか?」
「今のところはどうしようもないです。けれどセシリアのくれたデータから解析して動力源の稼働限界はわかりました。あと24時間は発射されませんよ」
瑛斗の言葉に依然として表情は険しいまま十蔵は自身の顎を撫でた。
「それでも24時間ですか……。防衛策については……」
「そこはわしに任せろ」
不意に扉が開いて、やけに老人めいた口調だが可憐な声が聞こえた。
「チヨリちゃん! 来てくれたのか!」
チヨリと呼ばれた少女。かつての
「楯無の嬢ちゃんから話は聞いておる。中継映像も見ておった。よもやISから店に電話をかけてくるとはの。じきにあいつもここに着くじゃろう」
「ツァーシャ、なんだかやけに幼女率が高くなってきたですよ」
「そうですね。ここにいる半数が幼女です」
「何言っとるんじゃおぬしら。頓狂なのは親譲りか?」
双子を尻目にチヨリは瑛斗の膝の上に乗る。十蔵はその絵面にあえて言及することはせずに本題に入った。
「それで、策はあるのですかな?」
「まあの。少なくともこの学園だけなら守れるぞ」
「もしかして、あれができたのか?」
「おう。できたぞ。学園を丸ごとバリアフィールドで包む防衛システム。コード・イージスがの」
「動作確認は?」
「明朝からテストを行う。作業はワシだけでできる。お前はそやつらを連れてアメリカに行け」
「助かるよ。人類の頂点に立つ男なんて言ってたんだ。織斑季檍は必ずここを狙う。それを止めるためにも、シェプフ、ツァーシャ、お前たちの力が必要だ」
「わかってるですよ」
「存分にこき使ってくださいな」
「となれば、早速明日の準備といくかの」
チヨリは瑛斗の膝から降りる。それに続いて瑛斗と双子もソファから立った。
「俺もやりたいことがあるのでこれで失礼します。山田先生、千冬さんが戻ってきたら教えてください」
「は、はい!」
理事長室を出た瑛斗は、早足で歩き出した。
「お、おい瑛斗? 何を慌てているんじゃ?」
「チヨリちゃん、二人を頼めるか?」
「それは構わんが、お前はどうする? 明日の朝には出発じゃろうが」
「やらなきゃいけないことがあるって言ったろ。すぐに戻る」
「——ブリュンヒルデに会いに行くんですね?」
再び動き出そうとした瑛斗を、今度はシェプフが止めた。
「……お見通し、ってわけか」
「わかりますよ。お兄さまはブリュンヒルデがどこにいるかという確信さえも持ってるです」
「いくら英雄ともてはやされても、お兄さまの考え方は良くも悪くも凡夫でしかありません。あの時、織斑季檍に何を言われたかは知りませんが、お兄さまの行動にはおおよその想像はつきます。見くびらないでくださいね?」
クスクスと笑う双子。チヨリが諌めようとした瞬間、瑛斗は口を開いた。
「確かにお前たちの言う通りだ」
けどな、そう言って瑛斗は振り返った。
「確かめたい。その気持ちに天才も凡夫も関係ないよ」
「……そうですか。いささか納得しかねるですけど」
「止める理由もなければ立場でもありませんね。どこへなりとも行ってください」
「悪いな。それじゃあ——」
「瑛斗!」
曲がり角から、息急き切ったマドカが現れた。
「マドカ? どうしたんだ?」
「お兄ちゃんがどこかに行っちゃって、連絡がつかなくて……瑛斗が戻ってきたって聞いたから、それで……!」
「……! マドカ、チヨリちゃん、そいつらは任せた!」
マドカの両肩を一瞬だけ掴んだ瑛斗はそのまま駆け出し、校舎の外へ。
打鉄桐野式を呼び出そうとしたところで、エンジン音が耳朶を打った。
大型バイクにまたがる赤いライダースーツの女。ヘルメット越しにこちらを見ている。
「なんだ……?」
何か丸いものがこちらに放られた。受け止めたそれがヘルメットであることは空中にあるうちに理解できた。
「ISは目立つわ。乗りなさい」
「スコール?」
ヘルメットのバイザーの奥に、見慣れた瞳が見えた。
「急ぐんでしょ? ナビゲートは任せるわ」
「助かる!」
瑛斗はヘルメットを被りながら叫び、バイクに乗って後ろからスコールの腰に腕を回した。
「飛ばしてくれ。嫌な予感がする」
「オッケー。しっかりつかまってなさい!」
エンジンが唸りをあげ、バイクは二人分の重量を物ともせずに一瞬前輪が浮き上がるほどの馬力で走り出した。
◆◆◆
竹刀が空を切る音が鳴る。
「ふっ! はっ!」
篠ノ之神社に隣接する道場の中心で、剣道着に着替えた千冬が剣を振るっていた。力強い動きは、どこか乱雑なようにも見える。
一心不乱。
見る者が見れば、そう捉えるだろう。
だが、彼女は決してそうは思わない。今の自分は決して高潔な太刀筋を目指そうとはしていない。ただ、現実から目を逸らしていたいだけ。
早い話が、憂さ晴らし。
「はあっ……はあっ……!」
竹刀を下ろし肩を上下させる。その顎の先から汗が滴り落ちていく。
ふと気配を感じて道場の扉に目を向けると、木製の引戸が音を立てて開いた。
「束……」
篠ノ之束。天才にして『天災』。
「ちーちゃん、落ち着いた?」
「ああ。少しはな」
千冬と目があったクロエは軽く会釈をする。その目はかつての異形とは違い、金色の瞳はそのままに通常の人間のものになっていた。
「束さまがそろそろ頃合いだと仰られたので、タオルとお飲物をご用意しました」
「
道場の縁側。そこは、かつて幾度となく語らいをした思い出の場所。
「……では、そうするか」
縁側に腰を下ろし、差し出されたタオルで汗を拭い、程よく冷えた麦茶が入ったグラスをぐいとあおる。火照った身体に冷たさが沁みる。氷のぶつかる涼やかな音が耳にも心地よかった。
「……悪いな。突然上がり込んでこんなことまで」
「いいよ。ここには私とくーちゃんと雪さんしかいないし」
隣に座る束は気前よく言う。
一年前の戦いの後、束とクロエはこの家に潜伏していた。世界中からその行方を探られている束が自宅にいるなど彼女の行動の無軌道性を知る各国政府は全く予想せず、世話役を頼まれた箒と束の叔母である雪子の快諾もあり、格好の隠れ家となっていたのだ。
「それに、あんな顔したちーちゃん、久しぶりに見たから」
「………………」
「あの雨の日、ちーちゃんがいっくんを抱えて家に来た時と同じ顔してた。……生きてたんだね、織斑季檍が」
「……蘇ったんだ。私がこの手で殺したはずの、あの男が」
「いっくんは知ってるの?」
「いいや。あいつは、何も知らない」
「だよね。聞いた私がバカだったよ。ちーちゃんはそういう性格だもの。誰かを守るために自分ばかり傷つけて」
「お前に言えた義理か」
わずかに息を吐き、千冬は胸の内を吐露する。
「あいつにも、いつか話さなければならないとは思っていた。私たちが、何だったのか……。知らない方が幸せだと、そう信じる私がいたのも事実だがな」
空になったグラスを置いて、自嘲する様に笑う千冬。その顔はすぐに苦渋に変わった。
「だが、こんなにも早く、それもあの男の復活をもってそうせざるを得なくなるなどとは思わなかった。思いたくなかった……!」
「ちーちゃん……」
「あの男があの姿で現れたということは、実験は成功していたんだ。それも、この15年で飛躍的に進化を遂げて! あの男は本当に……!」
千冬の固く握られた手に、束は自身の手を重ねた。
「大丈夫。私がついてる」
「束……?」
「私だけじゃない。みんないる。ちーちゃんだって強くなった。あの頃よりもずっと。だからさ……」
そして重ねた手にもう片方の手を運び、包みこむように握る。
「一人で背負わないで? ちーちゃんはもう一人じゃないんだから」
「……ふっ。お前に励まされるとは。きっと明日は雨だな」
「もー、結構真面目に言ったのにぃ! そういうとこ——」
「ありがとう」
確かに聞こえた。
千冬が、礼を言った。
「お前の言う通りだな。私は一人じゃない。お前が、お前たちがいる」
まっすぐ過ぎる千冬の目を二秒と見ることができず、束は早口にまくし立てた。
「……そっ、そうだよ! うん! そのとーりっ! いやあ、ちーちゃんがお礼言うなんて、明日は絶対空からビームが降るよ!」
「洒落にならないぞ、バカ」
わずかに笑い合う二人。
「この感じなら、これからいっくんが来ても大丈夫だね」
束の一言で、一瞬だが時が止まった。
「……なに?」
「さっき箒ちゃんから連絡が来たの。いっくん連れてこっちに向かってるって。多分、いっくんが我慢できないで飛び出したちゃったんだよ」
「あいつは……」
「まあ、ちーちゃんの振る舞いからすれば当然の帰結だよ」
そこに玄関を叩く音が聞こえた。
「お、来たみたいだね」
「私が見てまいります」
後ろに控えていたクロエが立ち上がり、小走りで玄関へ向かう。間も無く、その来客は姿を現した。
「お前……!」
「……やっぱりここにいましたね。千冬さん。あなたのことをよく知る篠ノ之博士のところに」
「えっくん!?」
二人は想定外の人物の登場に驚きを隠せない。
「何をしに来た、というのは野暮か。学園で何かあったか?」
「織斑季檍に会いました」
びくりと千冬の身体が強張る。
「お前、まさか……」
「織斑季檍は、あなたに一度殺されたと言っていた。どういうことか説明してもらいましょうか」
「………………」
千冬は深く息を吐き、観念したように返答した。
「あの男の言う通りだ。私はあの男を殺した」
「じゃあ、あの織斑季檍は?」
「それにはあの男が……いや、
「私たち……?」
怪訝な表情を見せる瑛斗をよそに、クロエは束に耳打ちした。
「……束さま、箒さまたちもそろそろご到着のはずでは?」
「うーん、もうすぐだと思ってたんだけど」
携帯端末のメッセージボックスの受信ファイルを確認する。その時間からして、瑛斗と同じタイミングで現れても不思議ではない。
「むー……。箒ちゃんに連絡を——」
直後、地面が揺れるほどの衝撃が瑛斗たちを襲った。
爆発、そう認識出来たのは立ち上る煙を見た後。
「な、なんだ!?」
玄関まで戻った瑛斗は外で待機していたスコールと同じ方向へ顔を向ける。
「あそこで何が起こっているのかしらね……」
かすかだがエネルギーの余剰のスパークが空に登るのが見える。
「まさか……!」
市街地での戦闘。その言葉が頭をよぎった。
「スコールッ!」
「わかってるわ!」
再びバイクに乗った二人は、光の柱を見た方向へ急行する。
◆◆◆
「一夏! 待て! 待てと言っている!」
前を歩く一夏を追いかける箒。駅を出てからというもの、一夏の歩調は早まるばかりで止まる気配がない。
「一夏っ!」
ようやく腕を掴むことが叶い、一夏の足を止めるとができた。
「姉さんのところに行くつもりなのだろう?」
「………………」
「ああそうだ。お前の考えている通りだ。千冬さんは姉さんのところにいる。引き止めるように頼んでもある。だから……」
「だから落ち着け、か? それはできないよ」
立ち止まった一夏だったが、ゆっくりとまた足を動かす。
「千冬姉は、今まで家族の話をしようとしなかった。……小学校の時、家族のことについて書く作文があったの、覚えてるか?」
箒は自分の幼少の記憶を大まかに辿った。確かにあった。あれは、一夏と知り合って少し経ったころのことだ。
「覚えている。お前は、千冬さんの話をしていたな」
「……俺も最初は千冬姉に聞いたんだ。父さんと母さんはどんな人だったのか」
「千冬さんは、その時はなんと?」
一夏は首を横に振る。
「何も言わなかった。ただ困ったように笑って俺の頭を撫でて、それから俺を抱きしめた。力一杯。苦しくなるくらいに」
そうすることに何の意味があったのか、その時はわからなかった。だけど、今ならその意味が少しわかるような気がする。
「千冬姉は戦ってる。俺の知らないところで、一人で戦い続けてる。俺を守るために」
ギリ、と一夏は拳を固めた。
「だから、千冬姉と話がしたいんだ。守られるだけじゃない。俺だって千冬姉と一緒に戦うって、そう伝えたい」
今度は自分の番。あの去り際に見た千冬の背中はどこまでも哀しそうで、そう決意させるには十分だった。
「あの男は、父親なんかじゃない。あいつが千冬姉を苦しめるのなら、俺は……!」
「俺は……どうするのだね?」
顔を上げた先に、男がいた。
「織斑季檍……!」
「よもや私を倒す、などと彼のような陳腐なことを言わないだろうな?」
「彼……? もしや瑛斗か!?」
「瑛斗をどうした!」
「案ずるな。彼は貴重な計画のピースだ。手荒な真似はしない。——だが、お前は別だ」
その言葉が、その目が、一夏に向けられる。殺意を込めて、向けられる。
「お前や千冬のような過去の遺物は私の計画の完遂のための支障でしかない。消えてもらう」
身構える一夏。少し後ろにいた箒も一夏の横に立ち並んだ。
「貴様……! やはり父親などと呼べたものではないな! 外道が!」
「フッ……。弱き者ほど、よく吠える」
右腕を掲げた季檍の身体が、輝きに呑まれる。一秒後に、ISを展開した姿が現れた。
往来に突如現れたISに、人々は驚きの声を上げる。
「わ、IS!」
「うおー! 本物だ!」
「なんの騒ぎ?」
「何かの撮影かしら?」
がやがやと集まってくる大衆。季檍は右手にブレードを呼び出した握りしめた。
箒はその瞬間、この男が何をしようとしているのか理解した。
「離れろっ! この男は——!」
「ハァッ!!」
振るわれたブレードがその剣圧で地面を穿つ。人々は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「こんな街中でやろうってのか!」
「知ったことか。お前を消す。それだけのことだ!」
地面を蹴って肉薄する季檍。
「ッ! 《白式》!」
白式を展開した一夏はその攻撃を真正面から受け止めた。
「さて、このISには名前が無くてな」
「名前?」
「お前のISは《白式》といったな。ふむ……。ではこの機体の名は——《
一夏を蹴り飛ばし続けて攻撃を仕掛けてくる。
「名前なんて知るか! お前は俺が倒す! 今度は俺が、千冬姉を助けるんだ!」
「できるか? お前ごときに!」
「一夏だけではない!」
扇型のエネルギー波が季檍のISの装甲を削る。飛び退いた季檍が見たのは、《
「私も戦おう。私もお前の背負うものを、共に背負いたい」
「箒……。ああ、やるぞ!」
「応ッ!」
「いいだろう……! まとめて消してやる!」
激突する四つの剣。
手数では劣るはず季檍だが、その膂力は凄まじく、二人の攻撃を受けても消して押されることはなかった。
「ならばっ!」
紅椿の装甲からビット《斬鶴》が飛び出し、季檍へ殺到する。
「小賢しい!」
真・白式のつま先と肘からビットのものよりも強い出力を持った光刃が伸び、ビットを弾き飛ばし破壊する。
「せぇやっ!」
着地の瞬間に地面を蹴り、力強い突きを放つ。
雪片弐型をぶつけて受け流した一夏。
「つっ!?」
その胸に鋭い痛みとジワリと広がる熱を感じた。
ISスーツに赤い直線が走り、そこから血が滲んでいる。
「一夏、大丈夫か!」
「ああ。でも……」
光の刃を纒い不敵に笑う季檍が、ブレードを構える。
「絶対防御が、効いてない……?」
「まさか、零落白夜と同じ——!?」
「隙だらけだ!」
季檍が箒へ迫る。箒は二振りの刀を交差させて斬撃を受け止めるが、その威力に吹っ飛ばされる。
「箒!? このっ!」
第二形態《雪羅》に移行した一夏はワンオフ・アビリティー《零落白夜》を発動した雪片で季檍へ立ち向かう。
「はあああっ!!」
迸るエネルギーが剣となり、真・白式のブレードと激突する。季檍を中心に地面が陥没しひび割れるが、季檍の表情は余裕を残していた。
「それがお前の全力か? ならばお前は私に勝てはしない!」
「——かもしれない。けど!
右にずれる一夏。季檍はその後ろに装甲を変形させた大出力エネルギーカノン《
「もらった!」
地を削りながら突き進む真紅の波濤が季檍へ押し寄せる。
「小娘があああっ!!」
直撃——かに思えた。
季檍は真・白式の光刃を前面に収束させて放出し、穿千の砲撃を受け止めていた。
「なにっ!?」
箒が驚愕したのはそれだけではない。
真・白式の放ったビームは穿千のパワーを凌駕し、押し返しているのだ。
「ぐっ……ああ!!」
大出力のビームが箒を飲み込む。
(だが、これでいい……!)
衝撃に苛まれながらも、箒は次の一手を打つ。
季檍の後方。弾き飛ばされたビットの生き残りの一機が弾丸のように駆け、真・白式の装甲に食い込み、爆発した。
「ぬぅ!?」
ついに膝を折る季檍。箒は叫んだ。
「一夏! 今だっ!」
大上段で雪片弐型を振り上げた一夏が、季檍の真上から落ちてくる。
「これで——ッ!!」
渾身の力で打ち出す零落白夜の一撃。直撃を確信した。
——その時だった。
一夏の動きが止まり、時間さえも止まったような静寂が訪れる。一夏自身、なぜ自分が止まったのかわからなかった。
だが、その理由はすぐにわかる。
それは、刃。
一夏の背からISブレードが腹を突き破り、その切っ先を覗かせていた。
「………………え?」
貫かれた一夏に、季檍はほくそ笑む。そして一夏の背後に立つ者に声をかけた。
「遅かったな、——
「そう言うな。相応の準備があることは知っているだろう、
箒には、その光景の全容が見えていた。
「織斑季檍が、二人!?」
現れたのはもう一人の織斑季檍。しかも《真・白式》を展開している。
「どう、いう……ことだ?」
ゴボ、と血の塊を吐き出して途切れる声が疑問を訴える。
「私という存在はすでに人間というものの定義を超越している」
「お前たちとは一線を画す次元に立っているのだよ」
膝を折っていた季檍が立ち上がり、今度は前から一夏の身体が貫かれる。
「一夏っ!」
「所詮お前は出来損ないの失敗作」
「もはやこの世に存在する価値はない」
「がっ……! は……」
目を見開き、血を吐き続ける一夏の手からこぼれた雪片が粒子となってその形を空中に溶かす。
「「——消去する」」
振り抜かれる剣。身体を切り裂かれ、白式は霧散し、一夏は崩れ落ちた。
「いち、か……! 一夏あああッ!!」
箒の絶叫が木霊し、硝煙の中に消えていく。
「う、ああ、うああああ!!」
剣を捨て、這うように駆け出した箒が一夏を抱く。溢れ出る鮮血が紅椿の装甲を伝って地面にできた血だまりに落ちた。
「いやだ、一夏、一夏……! 死ぬな! 死なないでくれ!!一夏ぁっ!」
紅椿の装甲が金色に輝いた。その輝きは箒を離れ、一夏に降り注ぐ。同時に、紅椿は待機状態に戻る。
輝きを浴びた一夏の身体は出血が止まり、深々とえぐられた傷も塞がった。
「ほう? 傷を癒すナノマシンか。だが、無駄だ」
「寿命がほんの十数秒伸びたに過ぎん」
ひた、と冷たい刃が箒と一夏の首筋に据えられる。ISは消えた。絶対防御は、発動しない。
「箒! 一夏!」
そこへスコールの運転するバイクが現れ、ヘルメットを脱ぎ捨てた瑛斗が立つ。詳しい状況は把握しきれてはいないが、血だまりの上の箒と一夏の姿を見るだけでおおよそを理解できた。
「織斑季檍……! お前が!!」
「遅かったな。今、君の仲間が二人消える」
「そこで見ているがいい」
ISを展開しても間に合わない。それより早く、季檍の刃が二人の首を刎ねるだろう。だが、走り出さないわけにはいかなかった。
「やめろおおおおおッ!!」
叫んだ瑛斗の横を、何かが駆け抜けた。
直後。大気を揺らす、金属音。
それは振り上げた季檍の刃と箒たちの間に割って入り、一振りの刀で、二つのブレードを受け止めていた。
「お前は……!」
二人の季檍の目に、驚きの色が出る。
「しばらく見ないうちにずいぶんと変わったな。季檍」
冷たく、突き放すように憮然とした声音が、季檍の口の端を上げさせる。
「やはり来たな。我が友——柳韻!」
まさかの増える系ラスボスでした。
そして柳韻の登場。以前の登場では出番がすぐに終わってしまいましたが、この真終章では重要なパーソンになるはずです。
次回から物語は真相に向けて動き出します。クラウンの遺した手がかりを探る瑛斗。季檍に敗れ、倒れる一夏。千冬や箒、ヒロインたちはどう動くのか。
次回もお楽しみに!