IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
リアルでなんやかんやありましたが更新です。
エタりません。私はエタりませんよ。どれだけ時間がかかろうと必ず完結させます。
決意を表したところで、本編をどうぞ。
ここはIS学園から少し離れた街にある教会。それなりに大きな建物は、児童養護施設の一面も持っている。
瑛斗は駅からここまでの道のりを地図を見ないで迷わず移動することができる。
門の前にいる瑛斗の隣には、あまり面白くなさそうな顔つきのラウラがいる。
「瑛斗、着いてから言うのもなんだが、何も今日すぐに来る必要はなかったのではないか?」
「いや、すぐじゃないとダメだ。時間がない」
「時間?」
「エクスカリバー……。あれのチャージにどれくらいかかると思う?」
突然の問いかけに、答えの分からなかったラウラは首を横に振る。
「ここに着くまでにセシリアからもらったデータを調べた。驚いたよ。ジェネレーターから何まで、パーツのどれもこれもが最新鋭。建造中もブラッシュアップを繰り返してたんだ。冷却機の稼働率やエネルギー分配が順調にいけば……」
携帯端末を操作した瑛斗は、ラウラに画面を見せつけた。
「24時間だ。24時間あれば、あの威力のビームがまた撃てるようになる。しかも地球のどこにでも」
「そんなことが……!」
ラウラには移動中に見たニュースで中継されていたヴァルハラが無残に破壊された映像が思い出され、背筋が凍る。今の状況は、言わば世界中の人間の喉元にナイフが突きつけられているのだ。
「あの男が言っていた、生命の頂点に立つとはこういうことなのか……。地球上のあらゆる生物の生命を……」
「そうだ。しかもこの数字はヴァルハラに発射した時間からの計算だ。だから、残された時間はおよそ19時間。次の被害が出る前にやつらを止めなくちゃいけない」
「毒を持って毒を制す、か。わかった。行こう」
頷きあい、二人は教会の敷地に足を踏み入れた。
瑛斗は顔なじみのシスターに声をかけ、自分の目的を遠回しに伝えた。二人は建物の中の一室に通され、出された紅茶を飲みながら面会の時を待った。
数分後、その時は訪れる。
「瑛斗伯父さま!」
「ご機嫌麗しゅうございます、瑛斗伯父さま」
扉をあけて駆け寄って来た瓜二つの少女の挨拶に、瑛斗はげんなりする。
「伯父さまって呼び方は止めろって言ってるだろ。……シェプフ、ツァーシャ」
「はーいです。お兄さま!」
「ほんの戯れですよ、お兄さま」
銀の髪と翡翠の眼を持つ双子姉妹。
シェプフ・リーパー。ツァーシャ・リーパー。
瑛斗はその様子を見るため度々ここを訪れていたのだ。
「今日はどういったご用事ですか? 次の定期面会はまだ先のはずですよ?」
「シェプフの言う通りです。それに……」
双子の穏やかな方、ツァーシャは瑛斗の隣に立つラウラに冷ややかな視線を向けた。
「……あまり歓待したくないお客様もいるようですね」
ラウラは険しい顔つきでツァーシャを睨む。一年前の浮遊城アルストラティアでの戦いでラウラに敗北したシェプフとツァーシャ。彼女たちの間にはわだかまりがあった。
「まあまあツァーシャ。出来損ないのお姉さままで付いてくるなんて、ただごとではなさそうです。これは話を聞いて見た方が良さそうですよ」
鈴を転がすような声で棘のある言い方をするシェプフ。瑛斗はそれを諌める時間も惜しく本題に入った。
「シェプフ、話が早くて助かる。二人に聞いて欲しいことと聞きたいことががあるんだ」
瑛斗は自分たちの知る限りのこととヴァルハラでの出来事をシェプフとツァーシャに話した。
「……なるほど。
「それはまた面白い連中が出てきましたね」
「しかも宇宙には地球全土を射程に入れた移動砲台……」
「挙げ句の果てに、お兄さまはG-soulを奪われている……」
「そうだ。
自分たちの分の紅茶を飲み、ティーカップを置いてから、二人は同じ言葉を口にした。
「「はっきり言って、どうしようもないですね」」
ずばりと断言され、瑛斗とラウラは肩透かしをくらった。
「確かに、その叢壁とかいう男がお父様にコンタクトを取ってきたのは知ってるですよ」
「けれど本当にそれだけ。お父様が彼とどんな話をしたのかはわかりません。まあ、アルストラティアにいなかった時点で相手にされてはいなかったのは明白ですが」
「じゃあ、叢壁の情報はないってことか?」
双子は同時に頷く。
「そうか……。無駄足だったみたいだな」
「いえ、あながちそうでもないですよ?」
落胆した瑛斗に、シェプフが言葉をかけた。
「織斑季檍という名前には心当たりがあるです」
「どういうことだ?」
「私とツァーシャは造られる過程で様々な事項を睡眠学習で頭に植え付けられました」
「そこに織斑季檍の名前もあるのです」
「クラウンはお前たちにあの男のことを教えた? なんで?」
「さあ? そこまでは私たちにもわからないです」
「大方、ブリュンヒルデと織斑一夏を揺さぶろうと画策したのではないかと。あの男を調べるというならお父様が隠れ蓑に使ったエレクリット・カンパニーにあるデータバンクを当たるといいですよ」
ツァーシャの発言にラウラは首をかしげる。
「……む? 貴様らが知っているのではないのか?」
「それが妙なことに、お父様は織斑季檍の名前だけを私たちに教えて、それ以外の情報を何も入れていないのです」
「その理由も定かではありません」
「エレクリット……。ならエリナさんに頼んであけてもらえば——」
「あー、多分無理です」
「は?」
「そのデータバンクは極秘中の極秘。お父様かシェプフか私でなければ閲覧は不可能でございます」
「パスワードか。ならばそれを教えろ」
「いいえ、パスワードではございませんよ」
「ではなんだ。時間がないと言っているだろう」
硬い声音で催促するラウラ。双子は白く細い指で、自分の
「網膜ですよ。私たちの目が鍵になってるのです」
「お父様がいなくなった今、鍵を開けられるのは私たちだけ……。これがどういう意味か、聡明なあなた方にはわかりますよね?」
ツァーシャの言いたいことは、瑛斗にもラウラにも理解できている。瑛斗はわずかにためらいながらも、答えを口にした。
「お前たちを、連れ出せってことか?」
「「その通りです」」
双子はクスクスと笑い、瑛斗をねめつける。
「でも、よろしいのですか? 私たちを解き放ってしまって」
「また、
双子の眼差しには、一年前から色褪せない悪意が滲んでいる。ラウラはその悪の気配を察知して椅子から立ち上がった。
「瑛斗、やはりこいつらはダメだ。協力する気などさらさらないぞ」
「待ってくれ。ここは俺に任せてくれないか?」
ラウラを引き止めた瑛斗は悪辣に微笑む双子に向き合う。
「シェプフ、ツァーシャ。昔のことを水に流そうなんて思わない。でも、お前たちにしかできないことがあるなら、少しでもお前たちの父親が生きていた世界を守りたい気持ちがあるなら……」
そして、シェプフとツァーシャに頭を下げた。
「頼む。お前たちの力を貸して欲しい」
目を丸くして、二度、三度と瞬きをした双子は、口の端をつり上げる。
「ふふ、聞きました? 聞きましたか、ツァーシャ?」
「ええ、聞きました。聞きましたよ、シェプフ。あの桐野瑛斗が私たちに助けを請うなんて」
うっとりと、恍惚とした表情の双子。
溢れる笑い声は、少しずつ大きくなっていく。
「ふふふ……」
「うふふふ……!」
歪で、意地悪く、嗜虐的。
「「あはははははははははっ!!」」
その地の底から這い上がってくるような、どす黒い哄笑。
そして……。
「「——いいですよっ♫」
眩しい笑顔が双子の顔に突如現れた。
「お、思ったより軽いな……」
「いやー、ああは言いましたが、ここでの生活には正直退屈していたところなんですよ」
「この施設の人たちはみんな私たちの下僕にしてしまって、刺激がなくなっていたころでした」
「げ、下僕……?」
「この程度の施設での人心掌握なんて、半年あれば十分です」
シェプフは「ま、今はどうでもいいことですね」と続けて椅子から降りた。
「それじゃあ行きましょうか。明日のこの時間には地球のどこかにまたクレーターが出来上がってしまうのです」
シェプフとツァーシャの協力を得ることに成功した瑛斗は、シスターに二人を連れていく旨を話すと、すぐに教会を出た。
「んぅー……! シャバの空気は美味いのです!」
「ええ、本当に。自由とはかくも素晴らしいものなのですね」
手を繋ぎ、楽しそうに笑い合う双子。そんな二人を横目にラウラは瑛斗に耳打ちをした。
「瑛斗、わかっているのか? こいつらは……」
「ああ。俺もバカじゃない。もし何かしてくるようなら、容赦しないさ」
目の前を歩く双子が、ふとその足を止めた。
「どうした?」
「いえ、あの人が……」
ツァーシャが指差したのは
「——やはりここに来ていたな。私の予想に間違いはなかったようだ」
「織斑季檍!?」
「なぜここにっ!?」
「君が私を探ろうとすることは読めていた。その双子と接触することもね」
季檍は自信たっぷりに笑い、シェプフとツァーシャを指差した。
「あれが織斑季檍……」
「なんだか、いや〜な感じです」
「二人は下がってろ。あいつはISを持ってる」
瑛斗は双子を庇うように立って、右手のリングに意識を集中させた。
「手間が省けた。直接聞いてやる! お前はなんだ! どうしてG-soulを盗んだ!」
「君も記憶力が弱いクチかな? 私は全生命体の頂点に立つ男だ。そして君も、君のG-soulも私の力になる」
尊大な口ぶりでヴァルハラで言ったことと同じことを答えてみせ、季檍は瑛斗に手を差し伸べた。
「桐野瑛斗、私と共に来い。君には私の隣に立ち得る資格がある。悪いようにはしないつもりだ」
「お断りだ。ここでお前を倒して、G-soulを取り戻す!」
瑛斗は右手の人差し指を起点とした輝きに飲まれ、《打鉄桐野式》の鋼鉄の装甲に身を包んだ姿でその中から現れた。
「無駄なことを……」
季檍は肩をすくめ、右腕をあげた。手首にはガントレットが装着されている。直後、瑛斗を包んだものと同質の光が爆ぜて、ヴァルハラで見た時と同じ姿が出現する。
「私は君をはるかに凌駕する力を持っているんだぞ?」
「やってみなきゃわからないだろッ!」
ビームソードを構えた瑛斗は、季檍を睨んだままラウラに叫んだ。
「ラウラ! シェプフとツァーシャは任せた! どっか行かないように見張っててくれ!」
「だ、だが今のお前だけでは!」
「あれれ。ツァーシャ、私たち信用されてないみたいです?」
「仕方ありません。ここはお兄さまのお手並み拝見といきましょう」
「貴様ら……ッ!」
飄々とした態度のシェプフとツァーシャに憤るラウラ。
「いや、いい判断だ。私がここに来た目的はその双子の始末でもあるからな。せいぜい守りきってみせろ」
季檍もブレードを構え、瑛斗と打ち合う準備を整える。
「お前の好きなようにはさせない!」
飛び出した瑛斗の言葉で、最新機と急造機の一騎打ちの幕が開けた。
◆◆◆
フランス、パリ。
デュノア社の所有するISラボ。
ISスーツ姿のシャルロットは、そこの操縦者用の待機スペースでそわそわと落ち着かないでいた。
「また、ここに来ることになるなんてな……」
この場所にはいい思い出はない。
かつて別邸に幽閉されていたシャルロットは、理由も聞かされないままここで身体をくまなく調べられ、IS適性の高さから学園に男として潜入するよう命じられた。その時もここで待つよう言われたのだ。
フランスに来るだけでもそれなりに気力がいるのに、このような場所にまで来たのは理由がある。
「……瑛斗、どうしてるかな」
プロジェクト・アヴァロン発足式典のために同行できなかった瑛斗は、別れ際までシャルロットのことを案じていた。
(心配してくれる瑛斗、心配しすぎだったけど、ちょっと可愛かったな)
出発前のことを思い出して、表情が少し柔らかくなる。
(そうだ。瑛斗は変わってなんてない。ずっと瑛斗のままなんだ……)
「……はぁ」
自分で考えたはずなのに、ため息がこぼれ落ちた。
(
虚界炸劃との戦いから生還した瑛斗は、なにも覚えていなかった。
正確に言うなら、『シャルロットたちとの別れの瞬間』が記憶から抜け落ちていたのだ。
遠回しに問いただしてみても、
『そう言えばお前が何か叫んでたような気がする。なんて言ってたんだ?』
と言い出す始末だから手に負えない。
あの時のシャルロットの気持ちは一ミリたりとも届いていなかった。その事実が悲しいやら、まだ伝えられる機会があることが嬉しいやらと、複雑な乙女心なわけで。
「早く会いたいな……」
家族との確執も消えたとは言え、長居は無用。用が済んだら日本に、学園に、瑛斗のもとへすぐに帰ろう。
そう心に決めた時、天井に付けられたスピーカーから異母兄のアデルの声が響いた。
『シャルロット、準備ができた。来てくれ』
「は、はいっ!」
届いてるという保証もないのに上ずった返事をしてしまいちょっぴり恥ずかしくなってから、シャルロットは迎えに来た所員と共に地下の大型ピットに降りた。
シャルロットがフランスにやって来た理由。
それは——、新型第三世代型ISの受領である。
「来たな。待たせてすまない」
エアロック式のドアの開放音に気づいて振り返ったアデルが穏やかな表情でシャルロットを出迎える。
パリに来て初めて毒気の抜けたアデルを見た時に面を食らったことをシャルロットだけの秘密であった。
「これが、僕の新しいIS?」
シャルロットはホールドユニットに懸架され、ケーブルに繋がれた真新しい装甲を輝かせる橙色のISを見た。
「ああ。ラファール、そしてネサンスから得たノウハウをもってデュノア社が造り上げた、
「コスモス……」
その名前に、ふと幼い頃の記憶が蘇った。
(……お母さんが好きな花、コスモスだったっけ)
「機体の名前は父さんの意向だ」
「えっ?」
思わず機体を見ていた目を向けると、金髪の青年は肩をすくめた。
「父さんなりのケジメらしい。まあ、代案を出すのも野暮だしそのまま通したよ」
「でも、それじゃあ僕のラファールは? コアに蓄積されていたデータが消えてしまったら……」
およそ三年近く収集したデータの入ったコアを初期化されてしまっては損失である。
「問題ない。これはお前のラファールだよ」
「僕の……?」
「《ラファール・リバイヴ・カスタムⅡ》にあるコア・バイパスシステムを応用して、初期状態のコアにお前のバイタルデータや戦闘データを転送した。機体は変わっても、使い勝手は変わらないはずだ。けれど新しい機体としてのデータも取れる」
アデルは「イグニッション・プランさまさまだ」と言って、手に持っていた端末に指を走らせる。
「加入していない時とは研究にかけられるコストが段違いだと、うちの研究者たちが喜んでいたよ。……これも彼のおかげだ」
自分の頬をさすり、感傷に浸るように言うアデル。そこに、作業をしている白衣の研究者たちとは異なる黒服の男、アデルの秘書のマルコ・ローレンが駆けてきた。
「社長! た、大変です!」
「どうしたマルコ? 落ち着いて話せ」
「日本で行われていたプロジェクト・アヴァロンの式典で、せ、戦闘行動があったと!」
「なに?」
「ど、どういうことですか!?」
反応が大きかったのはアデルよりもシャルロットだった。詰め寄られた黒服は半歩後ずさりつつ説明する。
「し、式典の開始直後に、武装集団が会場を襲撃して、会場は破壊されたって……」
「そんな!?」
「破壊? あの式典の会場は日本でも指折りの大型ISアリーナのはずだぞ」
「それが、会場を破壊したのは大型ビーム砲を搭載した衛星兵器という報道が流れています」
「衛星兵器だと……!?」
「っ!」
驚くアデルをよそにシャルロットは《コスモス》へ走り出した。
「このIS、もう動かせるんですよね!?」
「行くのかい?」
「瑛斗が大変なんです! じっとしてなんていられません!」
一切迷いのない返事に頷き、アデルは研究者たちに指示を飛ばす。
「諸君! 《コスモス》の第一号機はこれより実稼働状態に移行する! 緊急ハッチを開放しろ!」
「「「了解!」」」
コスモスの近くにいた研究者たちが書類や機材を纏めて離れていく。
シャルロットだけがわからないでいると、左の壁が上下に分割し、その奥にあった壁も連鎖して開いていった。遠くに、外の光が見える。
「こんな仕掛けが……」
「万が一を考えて設計されていたんだ。ここを通ればすぐに外へ出れられる。慣らし運転は向かいながらやってくれ。さあ、乗るんだ!」
シャルロットはコスモスの脚部装甲に足を通し、続けて腕部装甲、胸部装甲を装着した。
起動シークエンスに異常は見られず、すぐに操縦権を握ることができた。
「操作系も全部ラファールと同じだ……。これなら!」
シャルロットはいつもと同じ感覚で機体を外の光の方へと向けて、いつもと同じ感覚で意識を集中させた。バーニアに火のついたコスモスが唸りを上げる。
「彼に会えたら、伝えておいてくれ!」
バーニアの音にかき消されないように叫んだアデルの声に首を動かす。
「君のおかげで助かっている、と!」
シャルロットは一瞬だけ微笑み、すぐに真剣な顔つきで正面に視線を据えた。
バーニアのノズルが震え、青白い炎を噴出させる。
「——行きます!」
硬質素材の床を蹴って足を浮かせた瞬間、コスモスはシャルロットを大空に運んだ。
(
ハイパーセンサーに異常がないことを確認し、振り返る。ラボの建物は鮮明に見えるが点のように小さくなっていた。
「瑛斗、みんな……。無事でいて!」
シャルロットは日本に残した愛する人と仲間たちの無事を祈りながら、加速をかけた。
◆◆◆
ロシア。
モスクワ郊外に建つ一軒の家屋。
国家代表としての仕事にひと段落がついた楯無は、そこに住むある家族を訪ねていた。
その家族の姓は、——
「代表、その、本当にありがとうございます。両親が死んでから、僕の稼ぎだけじゃ二人を養うのはとても大変で……」
席について肩を縮こまらせている青年、アレクセス・アバルキンは対面に座る楯無におっかなびっくり感謝の言葉を述べた。
「気にしないで。私がやりたくてやってるだけだもの」
「は、はあ」
そこにドアの開く音がして、二人分の足音が聞こえてくる。
「兄さん、誰か来て……あ、国家代表!」
一人は長い髪を後ろで束ねた少女。一人は子どもと言って差し支えない程に幼い少年だ。
「こんにちは。ナスティーアちゃん、イゴルくん」
「こんにちは! 代表のねーちゃん!」
「こら、イゴル。失礼だろ」
楯無は自分の国家代表としての報酬の一部をこの家族に与えている。
「はーい。でも、なんで代表のねーちゃんがうちに来てるの?」
「今日はナスティーアちゃんに話があって来たのよ」
「私に、ですか?」
「ええ。ナスティーアちゃん、国からの推薦枠にあなたが選ばれたわ。あなたも来年からIS学園の生徒よ」
「え……えぇ!?」
目をしばたたき、心底驚いた声をあげる。
「やったな! すごいじゃないかナスティーア!」
「ねーちゃんすっげー!」
兄や弟からの祝福の言葉に応えることもしないで、楯無に詰め寄り、その手を取った。
「あのっ、国家代表!」
「な、何かしら?」
「ありがとうございます! 本当に、本当にありがとうございますっ! 私、必ず姉さんみたいな立派な操縦者になってみせますから!」
「……そうね。あなたたちのお姉さんは、立派だったわ」
楯無はこの純粋な眼差しを持つ少女とその弟にに嘘をついた。
『彼女たちの姉は、浮遊城を破壊するためにISもろとも自爆した』と。
だが真実はそうではない。
復讐に燃えた女は、復讐に燃え、燃え続け、そして燃え尽きた。
その生涯にどれだけの憎悪と悔恨があったかは、彼女の最期に立ち会った楯無には計り知れない。
だから、せめて自分に出来ることをこの遺された家族のためにしようと心に決めていた。
そう。
「あなたの今後のことでお兄さんと大事なお話があるの。少しお兄さんと二人にしてくれる?」
「僕と……? わかりました。ナスティーア、イゴルを連れてちょっと部屋に行っててくれないか?」
「うん。イゴル、行こ? お姉ちゃんが宿題手伝ってあげる」
「おー、ねーちゃん太っ腹!」
「もう、どこで覚えてくるのそんなの……」
二人がドアの向こうに消えたのを確認してから、アレクセスは楯無に向き直った。
「……ありがとうございます。妹は、ずっと姉さんに憧れてたんです。いつか自分もISの操縦者になるんだって。国家代表になりたいなんてことも言ってて」
「そう。あの子のIS適性はAランク。素質はあるし、少し訓練すればアクア・ナノマシンだって動かせるようになるわ」
「それはいい。あ、お茶のおかわり持ってきますね」
アレクセスは立ち上がり、台所に向かう。
「それで、話ってなんです? やっぱり学費とかでしょうか。それなら少ないけれど貯金が——」
楯無はアレクセスの言葉には答えず、背中越しに語りかけた。
「最近は街も物騒ね。政府のお膝元と言っても妙な連中はそこら中にいるわ」
「……? そうみたいですね。ニュースで聞きました。日本での事件以来、世界中で武力組織が動きを激化させてるって。ナスティーアもイゴルもまだ小さいし、危険に巻き込まれなきゃいいんですけど……」
噛み合ってなかったが、一応の返事をよこすアレクセス。来客用の茶葉を取り出し、湯で満たされたポットへ落とし入れる。
「案外、近くにいたりするのかもね。武力組織の構成員」
「ハハハ、ここら辺は大丈夫ですよ。街のはずれで、近所の人たちもいい人たちです」
「そうなの。それじゃあ、——地下室にあるあの最新式のEOSは何かしら?」
「ッ!?」
振り返って交えた楯無の視線に、先ほどのような妹や弟に見せていた柔らかさは無い。
「な、なんのことですか? EOSなんて、そんなすごいもの……」
「とぼけても無駄よ。私はこの国の国家代表であると同時に『更識楯無』。あなたくらいの人間の隠蔽なんて、すぐに見抜けるわ。それに、あなたは彼女の真実を知っている」
「………………」
アレクセスは何か言おうとしたが、諦めたように身体から力を抜いて腕を下げた。
「……さすが、姉さんを倒しただけのことはありますね」
「どうして……。あれを民間人が所有してることが、どういう意味かわからないわけじゃないでしょう!? あなたもその武力組織の一員と見なされるわよ!」
アレクセスはもう一度身体を捻り、台所での作業に戻った。
「僕は、あなたの事は好きじゃありません。姉さんと似たような感情を持っているのも事実です。あなたがロシアの代表に決まった日、帰って来た姉さんは、僕の胸で泣いたんです。いつも強くて優しかった姉さんが、初めて僕に涙を見せたんです。僕も、あなたが憎かった」
「………………」
「けれど、それ以上に、感謝してるんです」
「姉さんがISを盗んで失踪しても、僕ら家族には何も追及はありませんでした。あなたが、そうさせたんですよね」
楯無はテーブルの上の拳を握った。ISは、いつでも展開出来るようにしてある。
「だから僕は、あのEOSを渡されて、姉さんの恨みを晴らすように諭されたけど、作戦には参加しなかった。あなたの、姉さんの想いを踏みにじることは、僕にはできなかった……!」
アレクセスの肩が震えている。涙を見せないのは、精いっぱいの意地なのだろう。
「ありがとうございます。姉さんを止めてくれて。姉さんを、
嗚咽を漏らすアレクセスに、楯無はかける言葉を見つけられなかった。仮に見つけられたとしても、それは口にしてはいけないと、そう思った。
だから、自分の知りたい情報だけを握るための問いかけをした。
「……教えて。その組織の名前は? 首魁は誰なの?」
「誰がリーダーなのかは、わかりません。けど、組織の名前は……
「な……!?」
聞き覚えのある響き。楯無は脳裏にほくそ笑む
そこに、レイディに通信が入った。
『お姉ちゃん、聞こえる!?』
「簪ちゃん? どうしたの?」
妹からの緊急通信。その声はそれらしく緊迫している。
『ヴァルハラが襲われて、大変なことになって……!』
「なんですって!?」
顔を上げて、アレクセスを見る。赤く充血した目に、楯無は彼が何かを知っていると直感した。
「アレクセス、あなたが参加しなかったその組織の作戦って何なの!?」
「……日本で行われる宇宙開発プロジェクトの発足式典。それを襲撃するらしいです」
言い終わる頃には楯無は椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がっていた。防寒用のコートを掴み、玄関へと向かう。
「ちょ、ちょっと!」
アレクセスも楯無を追いかけた。その音に気づきナスティーアとイゴルもドアから顔を覗かせた。
「アレクセス、あなたは賢明よ。あなたの判断は間違っていなかったわ」
「代表のねーちゃん、もう帰るの?」
「わ、私まだ代表とお話が——!」
「ナスティーアちゃん、ごめんなさい。急な用事が出来たの。代わりに良いものを見せてあげるわ。私のISよ」
「えっ!? いいんですか!」
部屋を飛び出した二人に押されるようにアレクセスも楯無に続いて外に出る。
楯無は、厚い雲に覆われた灰色の空を見上げ、待機状態のアクセサリーがついた扇子を握りしめた。
「——レイディ!」
楯無の肢体が
「わあ……!」
その荘厳な美しさにナスティーアは息を呑み、感嘆の言葉をこぼす。
「カッコいいなぁ! ねーちゃんも、ああいうの使うのか?」
イゴルは美しさよりもその格好よさにに惹かれたようだった。
「そ、そうなれるよう頑張るわ」
二人のやりとりに微笑みを向けて、楯無はその横、アレクセスに視線を動かす。
「アレクセス! あなたはあなたの家族を守りなさい。正しいやり方でね。そのための助けは、私がするから」
「……頑張ってみます。僕も、これ以上家族を失いたくはありませんから」
「それでいいの。それじゃあナスティーアちゃん、イゴルくん、元気でね」
「は、はい!」
「代表のねーちゃんも元気でね!」
「さあ、——行くわよっ!」
浮遊した楯無は急速発進。瞬く間に曇天の空の彼方に消えた。
◆◆◆
二振りの光の剣がぶつかり合い、余剰エネルギーの礫がアスファルトや壁を焼いていく。
瑛斗の繰り出す斬撃を季檍は自らの得物でいなしていく。一夏とよく似たその顔には余裕の表情が浮かぶ。
「君がいくら抵抗しようとも無駄だ。エクスカリバーは私の制御下にある」
「ああ。わかってる。でも、あんな物騒なものはそうポンポン撃てるわけがない。次の発射まで24時間……正確には17時間と38分ってところか?」
「素晴らしい! ますます君を側に置きたくなった」
季檍は切り結んだところを蹴り飛ばし、間合いを取った。
「うっ……! へへ、そりゃどうも。おたくの娘さんには敵わないけどな」
「娘? ……ああ、千冬か。わからんよ? 現時点では君の方が利用価値がある」
「そういう言い方しか……できないからッ!」
足をバネに重さの乗った一撃を季檍に叩き込む。受け止めた季檍の足元がわずかに陥没した。
「仮にも親だろうが! 実の娘にどうしてそんな扱いができる!」
「……所詮は地球に這いつくばる弱き生き物か。我らに親子の関係などない。実験者と被験者にしか過ぎんよ」
瑛斗の恫喝に冷ややかな眼差しを向けて、押しのける。
「ぐっ……!」
「児戯に付き合う気はない。君はここで手足を捥いででも連れて行こう」
「やれるもんならやってみろ!」
「ああ。やってやるとも」
季檍は天を指差した。
「よもや、あれがエクスカリバーの最大出力とでも思ってはいないか?」
「なにっ?」
「残りのパワーを使えば、このあたり一帯を吹き飛ばすなど造作もない」
「まさか……!?」
「そのまさかだ。すでにエクスカリバーの発射は完了している。着弾まで、あと20秒」
「……ッ! ラウラ! シェプフとツァーシャを連れてここから離れろ! 離れるんだ!」
「間に合うものか。ISの絶対防御すら焼き尽くす一撃を喰らうがいい」
狼狽える瑛斗とは反対に、ラウラは不敵に笑った。
「いいのか? ここに着弾すれば貴様も私たちと心中だぞ?」
「問題ない。少なくとも
「くっ……!」
歯噛みするラウラのそばで、シェプフとツァーシャはぺたんと地べたに座って嘆息した。
「あーらら、どうやら私たち、これまでみたいです」
「儚い人生でしたね。まあ、後悔はこれっぽっちもありませんが」
「お前ら! 諦めが早いぞ!」
「そうは言いますが、もうどうしようもありませんですよ。はい残りカウント。じゅーう!」
「きゅーう」
「はーち!」
「なーな」
シェプフとツァーシャが交互に行うカウント。瑛斗が見上げた空には、確かに破壊の光がこちらめがけて飛んできている。
(どうすることもできないのか……!)
瑛斗は己の無力さに膝を折りそうになった。
「さーん!」
「にーい」
「いーち!」
「「——ゼロ」」
爆裂。
光と轟音が大気を震わせる。
建物が揺れ、窓ガラスが割れる。
「………………え?」
だが、瑛斗は無事だった。瑛斗だけではない。ラウラも、シェプフもツァーシャも、季檍さえ無傷。
「ほう?」
見上げた季檍は驚嘆の声をあげ、見上げた瑛斗は見覚えのあるリボンで留められた金色の髪に歓声をあげた。
「シャル!」
シャルロットの纏うISからビームバリアが発生し、エクスカリバーの一撃を受け止めている。それも、町を飲み込むほどの一撃を。
「はああああっ!」
エネルギーの奔流は止まり、シャルロットはエクスカリバーを防ぎきった。
「間に合った……! みんな、大丈夫!?」
「驚きだ。半分以下の出力とはいえ、エクスカリバーの一撃を防ぎきるとは」
瑛斗の傍らに降り立ったシャルロットは肩で息をしながら、拍手する季檍を睨みつけた。
「うちの会社の最新作だよ。これは、いいプロモーションになるね」
ラウラはハッとして、疑問を足元の双子に疑問をぶつけた。
「お前たち、まさかシャルロットが来ることがわかっていたのか?」
「はいです。私たちの
「久しぶりに使って、ちょっと頭が痛いですけれど……」
「シャル、よくやった! けど話は後だ。今はこいつを倒す!」
「う、うん!」
シャルロットの前に躍り出た瑛斗を忌々しそうに睨む季檍は、しかして武器を持つ手を下ろした。
「小童たちが息巻いてくれる……。だが、残念だが時間切れだ。ここらで失礼させてもらうよ」
「どうした? 切り札を防がれて逃げるのか!」
「そう捉えてくれて構わんよ。そして……私を退けた褒美を受け取るがいい!」
直後に季檍の姿が消える。
そう認識した時、瑛斗の前に現れた。
「瑛斗っ!?」
シャルロットが叫ぶ。季檍は瑛斗を地面に叩きつけ、数メートル引きずった。
「ぐあああっ!」
絶対防御でも殺しきれない衝撃が瑛斗を襲い、装甲に傷が走る。
「今のが私の本気だ。付き合ってはやったが、そのような粗末な機体で勝てると思わないことだ」
「な、にを……っ!」
「そして、君に真実を伝えよう」
季檍は瑛斗を引き寄せ、耳打ちする。
「千冬は、一度私を殺している」
「なっ……!?」
その囁きに目を見開き、瑛斗は季檍を突き飛ばした。
「嘘だ! そんな……そんなことがあるわけ——!」
「紛れもない真実だ。君たちは、千冬のことを何も知らない。……次は、容赦しないぞ」
そして季檍は瑛斗を踏みつけて戦場から離脱した。
「瑛斗! 大丈夫!?」
「ああ。俺は、平気だよ」
差し伸べられたシャルロットの手を掴んで立ち上がる瑛斗。
「ど、どうしたの? 顔色悪いよ?」
「あの男に何を言われた」
シャルロットとともに駆け寄ってきたラウラと瑛斗は目を合わせる。
「なんてことはない。さあ、学園に戻ろうぜ」
けれど首を左右に振って、それ以上は答えなかった。
「……シェプフ」
「ええ、そうですねツァーシャ」
だが、シェプフとツァーシャは瑛斗の目に覗く動揺を見抜いているのだった。
というわけで久しぶりにかなりの文量でした。
シャルロットの新しいISはせっかくだから使ってみました。エクスカリバーを防ぐ強靭な盾をひっさげてますが。
シェプフとツァーシャ、双子の再登場です。お気に入りのキャラなので出すことができて嬉しい!
楯無とエミーリヤの残された家族とのやりとりは、真・終章のテーマである『家族』の一つの形として書こうと思っていました。復讐者にも家族はいるんです。
さて、次回は千冬メーンの話になりそうです。現実を受け止めきれない千冬はどうするのか、千冬の秘密を知った瑛斗が千冬にどういった態度をとるのか。そして一夏は……。
次回もお楽しみに!