IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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今回は少し短めに。


安寧の対価 〜または示される道〜

「くそっ!!」

 

 IS学園地下特別区画の通路に、千冬の怒りの声と拳が壁に打ち付けられた音が反響する。

 

(なぜ、なぜ今になって現れた……! あの男が! なぜ!)

 

 全員でヴァルハラからほうほうの体でIS学園へと逃げ帰り、一人になった途端に思考が爆発した。

 あの男の存在はありえない。

 あってはならない。

 なぜなら、なぜなら——!

 

(あの時、私は確かにあの男を……!)

 

「織斑先生?」

 

「っ!?」

 

 肩に乗った手を弾き、振り返る。

 そこにいたのは、驚いた顔をした真耶であった。

 

「真耶……」

 

「あ、ご、ごめんなさい! 驚かせるつもりはなくて……」

 

「い……いや、こちらこそ悪かった。少し考え事をしていてな」

 

「そう、ですか? でも……」

 

 真耶がずれたメガネの奥から心配そうな眼差しを向けてくる。

 

「なんだか、顔色が悪いですよ。汗もかいてるし……」

 

「気にするな。大したことはない。行くぞ」

 

「あ、ま、待ってください! 織斑先生っ!」

 

 それから数十メートルを無言のまま歩き、ブリーフィングルームへと足を踏み入れた。

 

「全員揃っているな」

 

 そこには現在学園にいる専用機持ちたちが集合していた。

 

「オルコットと凰はまだ国から戻っていないか」

 

「お姉ちゃんには、私から報告しておきます。今、ロシアにいるから……」

 

「シャルロットも、まだフランスです」

 

「そうか。今回の事件だが、我々の……」

 

「………………」

 

「………………」

 

 少年少女たちの様子がおかしい。全員がどこか居心地が悪そうに視線を泳がせて、何かを言おうとしてその言葉を飲み込んでいる。

 千冬にはその理由がわかっていた。

 

「どうした? 何か言いたい事があるのか?」

 

 数秒の視線の交わし合い。

 

「織斑先生……いえ、千冬さん」

 

 そして箒が切り出した。

 

「織斑季檍とは、誰なんです?」

 

 あの男が現れれば当然こうなるとはわかっていた。わかっていたから、この話題を早く終わらせようと考えた。しかしいざ話そうと思うと声が震えるのも事実だった。

 

「……私と一夏の、父親だ」

 

 どよめく子供達。千冬は一夏の方を見ることができない。それでもびくりと身体を動かすのは見えた。

 一言も発しない一夏の代わりに、千冬と同じ顔をした少女、織斑マドカが口を開く。

 

「父親って、お兄ちゃんとお姉ちゃんの親はいなくなったんじゃないの?」

 

「ああ。そうだ。だがどうしてかあの男は戻ってきた。それも、あんな若い姿でな」

 

 そこに瑛斗が割って入る。

 

「おかしくないか? 千冬さんたちの父親って言ったらそこそこ歳をとってるはずじゃ?」

 

「お前の知り合いにも似たような奴がいるだろう」

 

「チヨリちゃんか……。確かにあれを見てると不思議じゃないのかもしれない」

 

 千冬はこのタイミングを逃さなかった。この話題を切り上げるには、ここしかない。

 

「それよりも問題はあれだ。超高高度からのビーム砲撃。あの男は自分の力と言っていたが……真耶」

 

「は、はいっ!」

 

 上ずった返事の後に、室内中央に映像が投影される。それはビームの着弾点であるヴァルハラだった。

 

「更識さんの提供してくれた情報を解析した結果から該当する兵器を検索しましたが、ヒットはありませんでした。ですが、発射地点は判明しましたよ」

 

 ヴァルハラのホログラムのサイズが小さくなり投影範囲が広がっていく。

 

「おい、まさか……!」

 

 驚きの声とともに瑛斗は組んでいた腕をほどく。

 

「そうです。発射地点は——宇宙です」

 

 先ほどと同様のざわめき。

 

「宇宙って……!」

 

「……現状、攻略は不可能」

 

 オランダの代表候補生の五反田蘭と戸宮梢は顔を見合わせた。

 

「敵の新兵器。それも宇宙空間か。厄介な代物だな」

 

 ラウラは映像を見上げ、思案する。

 

「あの威力、そしてこの射程……。とても個人で造った兵器とは思えない」

 

 と、ブリーフィングルームの扉が開いた。

 

「エクスカリバーですわ」

 

「セシリア? 戻っていたのか」

 

 会議室の入り口に立っていたのは、イギリス代表候補生のセシリア・オルコット。専用機である《ブルー・ティアーズ》のオーバーホールでイギリスに戻っていたのだ。

 

「挨拶は後ほど。本国からの帰路の間に状況は把握しました。みなさんを襲ったビームは、エクスカリバーのものですわ」

 

「エクスカリバー……。アーサー王の聖剣?」

 

「オルコット、説明できるか?」

 

「はい。あれはアメリカとイギリスが極秘に作り上げた衛星兵器です」

 

「衛星兵器!? エリナさん、これって……」

 

「知らない……。エレクリットの情報にそんなものはなかったわ!」

 

「開発自体は五年ほど前からされていたそうですが、あくまで計画の主体はイギリスでしたのでエレクリットのような大会社には話はいかなかったのでしょう」

 

 瑛斗とエリナに説明したセシリアに千冬は表情の読み取れない目を向ける。

 

「それが盗まれた、というわけか?」

 

「は、はい……。お恥ずかしい限りですが、その通りですわ。システムが完全に掌握されていると聞いています」

 

 室内に入ってきたばかりのセシリアにも、千冬の様子がおかしいのは判断できた。それに一夏も石になったかのように動かないでいるのも彼女にとっては気がかりである。

 

「あ、あの、ヴァルハラ襲撃の知らせは聞きましたが、具体的には何が……?」

 

 千冬は答えないまま出入り口へと歩き出す。

 

「桐野、エクスカリバーの調査は任せる。この手の案件ならお前の得意分野だろう」

 

「り、了解です。セシリア、あとでエクスカリバーのデータをできるだけでいいから見せてくれるか?」

 

「わかりましたわ」

 

「専用機持ちたちは指示があるまで待機。いついかなる時にも動けるようにしておけ」

 

 それだけ言い残し、ブリーフィングルームから千冬は姿を消した。

 室内は、途端に静かになった。

 ただ、未だ状況が理解しきれていないセシリアだけが困惑気味に視線を巡らせる。

 

「し、シャルロットさんはまだ戻っていらっしゃらないのですね。同じ日に出発したのですが」

 

「……てよ」

 

「一夏さん?」

 

 言葉を漏らした一夏の方を見る。その瞬間、セシリアは後ずさった。

 怒っていたのだ。理由はわからない。ただ、一夏の目が怒りに燃えていたのだ。

 

「待てよっ! 千冬姉!!」

 

「お兄ちゃん!? ま、待って!」

 

 千冬の後を追って一夏が飛び出し、続けてマドカが部屋を出た。

 

「な、何がどうなってるのですか? 箒さん……」

 

「詳しい話は上で話す。正直私たちも何が何だかわかってはいないがな」

 

 箒の答えにますます困惑するセシリア。その横で、瑛斗は投影される宇宙空間に視線を投げていた。

 

全界炸劃(フル・スフィリアム)……か。まだ、クラウンの痕跡は世界に残っていたんだな」

 

 遠い眼差しの瑛斗を、ラウラと簪は案じてしまう。

 

「瑛斗。今回の件はお前には……」

 

「その、G-soulのこともだけど、瑛斗のことだって……」

 

 だが瑛斗は気丈だった。

 

「俺は平気だよ。いま辛いのは、一夏や千冬さんたちだ」

 

「教官の過去に何があったかは知らないが、きっと、苦しいのだろうな」

 

「黙ってても、わかるよね……」

 

「そうだ。だから俺……いや、俺たちでこの事件は終わらせなきゃいけない。協力してくれるか?」

 

「フッ、聞くまでもないだろう」

 

「ここにシャルロットがいたら、きっと私たちと同じだよ」

 

 二人の笑みに、瑛斗も笑って答える。

 

「よし、じゃあエクスカリバーと並行して全界炸劃について調べるぞ」

 

「当てはあるのか?」

 

「あるさ。あの組織は虚界炸劃(エンプティ・スフィリアム)の後継とか言ってるんだぞ?」

 

 ラウラは瑛斗の眼差しに何を考えているのかを瞬時に理解する。だがそれは、あまりに意外な考えでもあった。

 

「瑛斗、お前もしや——」

 

「久しぶりに会いに行こうぜ。()()()()なら絶対に何か知ってるはずだ」

 

◆◆◆

 

「おい! 千冬姉! 待てって言ってるだろ!」

 

 通路に響く一夏の怒号と足音が千冬の背中に追いすがる。

 

「待てったら!」

 

 一夏は千冬の肩を掴んで引き止めた。その目には激しい感情の炎が燃えている。

 

「どういうことなんだ! あいつが俺たちの父親だなんて! 説明しろよ!」

 

「………………」

 

 千冬は一夏を見ないまま、ぼそりとつぶやいた。

 

「あの男について、お前に話すことはない」

 

「それで納得できるかよ! 千冬姉を最高傑作だとか、俺を試作品だとか、あいつは何のことを言って——!」

 

 次の瞬間、一夏の喉元に千冬が腕をぶつけ、一夏を壁に叩きつけた。

 

「うぐっ!?」

 

 吐き出す息が詰まった一夏は言葉にならない苦悶の声を上げる。

 

「お兄ちゃんっ!?」

 

「ちふゆ、ね……!?」

 

「それ以上口を開くな……。今の私は冷静じゃないぞ……!」

 

 低い声音で喉を震わせる千冬に締め上げられた一夏の苦しむ声が、蛍光灯に照らされる通路に反響する。

 

「お姉ちゃん! やめて! やめてよ!」

 

 マドカが千冬を一夏から引き剥がし、二人の間に割って入る。一夏は壁に背を引きずるように座り込んでしまった。

 咳き込む弟の姿に千冬は我にかえる。

 

「す、すまん……」

 

「どうしたの!? 変だよ! 確かにお姉ちゃんはたまに叩いたりするけど、ここまではしないでしょ!」

 

 マドカの訴えを聞きながら肩で息をしていた千冬は、額に手をやって踵を返す。

 

「本当にすまなかった。だが、今は一人にしてくれ……っ!」

 

 そして、逃げるように早足で一夏とマドカの前から立ち去った。

 

「お姉ちゃん! ……どうしちゃったの……?」

 

 一夏を介抱しながら千冬の背を見つめるマドカには、千冬の中に渦巻く感情は読み取ることはできなかった。

 

(何をしているんだ、私は!)

 

 角を曲がった千冬は一夏たちには見られていない確信を持ってから、呵責の念に押されるように壁に寄りかかった。

 

(一夏にあんな……あんな……!)

 

 一夏は何も悪くない。悪いのは自分だ。真実から目を背け続けていた自分のはずだ。それなのに、一夏に手を上げてしまった。

 千冬はどうしてもそれが許せなかった。

 

「私は、どうすればいいんだ……!?」

 

 崩れ落ちそうになる足に力を込め、千冬はそう吐き捨てて歩き出した。

 その行き先は——。

 

「束……! ()()()()……!!」

 

 行き先は、決まっていた。

 

◆◆◆

 

 中国政府IS課の本部局。

 その局長室のソファに腰掛ける凰鈴音は、読み終えた書類をテーブルの上に投げるようにして置いた。

 

「……なによ、これ?」

 

 慇懃な態度で睨みつけると、局長である李 皓月(リ コウゲツ)も鉄面皮のまま答えた。

 

「見ての通りだ。君は国家代表候補第一位になった。後日、最終試験を受けてもらう」

 

 中国における最終試験。それは現国家代表と代表候補による一騎打ち。勝者は中国の国家代表となる。

 

「ま、待ちなさいって! いきなり過ぎるわよ! あたしまだ学園だって卒業してないし……!」

 

「私たちは君を買っているのだ。君のこれまでの功績、評価に値すると考えている」

 

 皓月の言う通り、一年前の戦いに参加した鈴は中国では英雄として名前が知れ渡っていた。凰鈴音を次期国家代表にという声も少なくはない。

 

「けど、あたしは……」

 

 普通ならば選ばれた候補生は飛び上がって喜ぶところだが、突然呼び出された鈴はそうはいかなかった。

 鈴が代表候補生をしているのは、IS学園にやって来たのは、一夏にもう一度会うため。一夏に想いを伝えるため。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 はっきり言って、国家代表への興味などなかった。

 

「妙だな。君のような娘はこう言った話には二つ返事で承諾すると考えていたんだがね」

 

 抑揚のない口調。鈴はこの男をあまり好いてはいなかった。

 女性が台頭する今の社会で毅然と振舞っていると言えば聞こえはいいが、コネで手に入れた権力を傘に高圧的な態度を取っているというのが政府内における鈴の知り合いたちの評価だ。

 

「断るって言ったら、どうなるの?」

 

「質問の意味を理解しかねるが……。まあ、国家代表への道が閉ざされるのは当然だな。というより、断るつもりなのか? 君の存在は我が国家の財産だ。そのあたりを分かってもらいたい」

 

「金を積んだから、それ相応にはやれって言ってんでしょ……!」

 

「乱暴な言い方だな」

 

 肩をすくめた皓月は書類を机の端にどける。

 

「もう二年経つか。君が殴り込み同然で現れ、代表候補生にしろなどと言ってきたのは。実際、過去にない高い数値のIS適性を持っていたが」

 

 そして手元にあったファイルから別の書類を取り出した。

 

「君の進路は我々で用意してある。もし最終試験に落ちたとしても、軍部でのテストパイロットの枠を確保しているぞ」

 

 その書類は中国軍部の転属手続きのものであった。

 

「はっきり言おう。凰鈴音、君の私情など一切関係ない。二年前の君の行動は、今この時に繋がっていたのだよ」

 

 皓月の鋭い目と声音に鈴はたじろぎ、空調が効いていないはずのない室内で背中に嫌な汗が出るのを感じた。

 

「我々の提示した道を取らないというなら、君の今後は保証しかねる」

 

「脅しのつもり!?」

 

 口をついて出たのは、憤りと焦りの入り混じった呻くような言葉だった。

 

「脅しではない。選択の余地は与えているつもりだ。国家に貢献する凰鈴音になるか、ただの凰鈴音になるかの二択のな」

 

「乱暴なのはどっちよ……!」

 

 思わず自身のISを展開しそうになるが、そんなことをすれば外に控えている顔見知りだが軍属のIS操縦者たちが制圧に来るのは鈴にもわかっていた。

 

「……もし、試験に受かって国家代表になったら学園には?」

 

 冷静を装うように低い声音で尋ねると、皓月はソファの背もたれに身体を預けた。

 

「あそこは国家代表を養成するための施設だと認識している。国家代表になった場合は最早在籍する意味はない。すぐに本国へ帰国してもらう」

 

 その言葉は鈴にとっては最初の話の内容よりも衝撃的だった。

 

「……っ! で、でも、楯無さん……ロシア代表は国家代表のまま学園にいたわ!」

 

「それはあちらの国の話だ。私たちの関与するところではない。君一人が日本で生活するのにも経費がかかっている。どちらにせよ君はIS学園を去れば日本へ戻ることはない。それは忘れないでおいてくれ」

 

 鈴の言葉は一蹴された。

 正直なところ、鈴は将来の進路をまだはっきりとは決められていなかった。

 そこに提示されたのは、三つの道。

 試験に合格すれば国家代表になる。不合格でも軍部でテストパイロットの役職が与えられる。

 二つの道のどちらかを選べば、まず将来は安泰だろう。

 でも、そうなれば一夏とはもう……。

 固めていた拳から、力が抜けた。

 

「試験……少し、考えさせて」

 

「即決してくれると思ったがな。いいだろう。まだ日にちはある。良い返事を期待しているよ」

 

 局長室を出た鈴は、外にいた警備の操縦者たちの鈴を案じる視線にも気づかず、ふらふらと通路を歩き、エレベーターに一人で乗った。

 下降する箱の隅に立ち、待機状態のブレスレットになっている自身のIS《甲龍(シェンロン)》を見つめる。

 

「一夏……。あたし。どうしよう……」




と言うわけでシリアス風でした。千冬を襲う現実。鈴に迫られる選択。過去の全ては、今この時に繋がっています。
次回は全界炸劃の秘密を探るべく、瑛斗があの二人に会いに行きます。そして遠方のフランスとロシアでは……
次回もお楽しみに!

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