IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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一週間後の投稿です。このペース保ちたい。


虚無を継ぐモノ 〜または堕ちる雷撃〜

 ハイウェイでの戦いから一夜。《ヴァルハラ》は人々の楽しげな声に包まれていた。

 正面ゲート前には並ぶ出店が賑わいを見せ、建物の中でもIS《打鉄》の搭乗体験が催されており、順番待ちの長い列が作られている。

 

 二階通路にいた桐野瑛斗は手すりに体重を預けて、申し訳程度の変装用伊達メガネの向こうから、行き交う人々を退屈そうに見下ろしていた。

 

「プロジェクト・アヴァロン……か」

 

 彼の手に握られているパンフレットには、今開催されているイベントの内容が掲載されている。

 ISによる本格的な宇宙開発計画——《プロジェクト・アヴァロン》。

 今日行われているのはその発表式典も兼ねて、広く人々に知ってもらうためにこうして一般向けの催し物。

 有り体に言えば、イメージアップを狙っただけのお祭り騒ぎだ。

 実際、瑛斗も次代を担う若いIS操縦者として招待を受けたが、早い話が客寄せの広告塔である。

 

(この手の仕事、セシリアや鈴がやってたのは知ってるけど、まさかこの俺がやることになるとはな……)

 

 断っても良かった。しかしISによる世界の発展は瑛斗が望むものであり、オファーをむげにも出来なかったのだ。

 あと一時間もすれば式典は始まるのだが、瑛斗の表情は暗い。

 

「やっと見つけた」

 

 聞き慣れた声が背中越しに聞こえた。

 

「エリナさん……」

 

「もう、ダメじゃない。勝手に控え室を出たら」

 

 瑛斗の保護者であり、IS学園の特別講師であるエリナ・スワン。今回は瑛斗の付き添いだ。

 

「すみません。どうもじっとしてられなくて」

 

「気持ちはわかるわ。こんなに楽しそうなことをしてるんだもの。でも、今のあなたは……」

 

「わかってますよ。今の俺は()()です」

 

 瑛斗の左手首には本来、専用機《G-soul》の待機状態のブレスレットが巻かれているが、今の彼にはそれがない。

 

 強奪されたのだ。

 

 虚界炸劃(エンプティ・スフィリアム)との戦いから、IS学園は世界を救った英雄たちの学び舎ともてはやされるようになった。

 だがこれは表向きの話。

 裏側では、事の顛末とISの真実、そしてG-soulの処遇についてが各国政府と話し合われていた。

 三つの中で最も話し合いの議題に上がったのはG-soul。

 全てのISを吸収、量子変換して自身の力に変換するワンオフ・アビリティーが問題だった。

 短期間の一度きりとはいえ、この力によって全てのISが世界から消滅した。

 危険視されたG-soulを封印する案も出たが、各国が学園に働いていた()()の数々を盾にして優位に立った学園はそれを拒絶。

 協議の結果、各国のIS研究のエキスパートたちがG-soulを徹底的に調査し、あらゆるデータを共有するという形でまとまった。

 そこまでは良かった。

 事の始まりは二週間前。調査後に、事件は起きた。

 

「まさか、内部から襲撃を受けるとは思わなかったわ」

 

 アメリカの研究施設から移送中に、G-soulは運搬用の航空機ごと姿を消した。

 強奪と判断された理由はアメリカ国内で破壊され墜落した輸送機の残骸が発見されたことにある。

 

「誰も想像できませんよ、あんなの。移送メンバーの身元は全員調べつくしてあったのに」

 

 瑛斗はエリナの様子をうかがうように一瞬だけ視線を向けてから、さらに付け加えた。

 

「護衛として同行してたイーリスさんも、行方不明ですし……」

 

「そうね……」

 

「やっぱり、心配ですよね?」

 

「してないって言えば嘘になるわ。でも、イーリがそう簡単に死ぬとは思えない」

 

「信用してるんですね」

 

「もちろん。それより、新しい情報は?」

 

「ええ。スコールから報告が来てます」

 

 G-soulが盗まれたと知れた後、スコールたち亡国機業(ファントム・タスク)の動きは速かった。

 固有の技術と、まだ生きていた人脈をフル活用し、コア・ネットワークからも隔絶されていたG-soulの所在を突き止めたのだ。

 

「敵は、ISだったみたいです」

 

「やっぱり……。しかも彼女を振り切るほどの手練れ、か」

 

「あいつ、怒ってました。G-soulのコアを目の前にして弄ばれたって。でも、ただ逃したわけじゃないみたいですよ」

 

「どういうこと?」

 

「格闘戦をした時に、そのISに発信器をつけたんです」

 

「やるじゃない。それで、そのISは今どこに?」

 

「……ここです」

 

「え? ここ?」

 

 瑛斗は目を丸くするエリナにわかるよう、身体を反転させて、今度は手すりに背中を向けて寄りかかった。

 

「このヴァルハラのどこかに潜伏しるってことです。G-soulと一緒に」

 

「……! このこと、他に知ってるのは?」

 

「スコールたち以外となると、千冬さんと楯無さん、学園の専用機たちです。もうすぐ——」

 

「あっ! あれ桐野瑛斗じゃない?」

 

 二人の会話を、通りがかりの一般客の声が中断した。

 

「嘘? わ、本当だ! 本当に来てるんだ!」

 

「握手してくださーい!」

 

「写真! 私写真お願いします!」

 

 それを皮切りに、一気に騒然となる二階通路。

 

「や、ヤバいなこりゃ……!」

 

「だから言ったじゃない! 勝手に歩き回らないでって!」

 

 エリナは瑛斗の手を掴んで人混みに向かって歩き出した。

 

「すみません! この子はこの後の式典の準備があるので! ほら、行くわよ瑛斗!」

 

「は、はい!」

 

 搔き分けるようにして人混みを抜けて、一目散に奥の控え室に逃げ込んだ。

 

「ふぅ……。危うく、もみくちゃにされるところだった」

 

「ずいぶんと騒がしいな」

 

「ん?」

 

 肩を上下させて膝に手をついていた瑛斗に、優しげな声が降って来た。

 

「ラウラ!?」

 

 黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒの姿がそこにはあった。

 

「どうしてここに? ドイツに行ってたんじゃ?」

 

「今朝、本国から戻ってそのままの足で来た。嫁の晴れ舞台だ。当然だろう」

 

 腰に手を当て胸を張る。ちなみにラウラは学園の制服ではなく、私服の黒を基調にしたワンピースだ。

 

「久しぶりね、ラウラちゃん」

 

「ご無沙汰しております、エリナ殿。瑛斗の面倒を見ていただき感謝しています」

 

「え、ええ。まあ、それが私の役目なんだけど……」

 

「なあラウラ、お前が帰ってきたってことはさ」

 

「ああ。教官とシャルロットから話は聞いている。お前の護衛は私が務めよう。そのためにな……見ろ」

 

 ワンピースから覗く白く細い脚には、黒いレッグバンドが巻きついている。

 

「レーゲンの改修も無事完了したぞ」

 

 ラウラはクラウンとの戦いで専用機《シュヴァルツェア・レーゲン》が大破した。加えて黒ウサギ隊のメンバーの大半が敵の手に落ちたこともあり、本来ならば重大な責任を問われる事案だった。

 しかし学園に降り立った五六二個のISコアのうち、黒ウサギ隊の有していたISと同数一三個と、さらに五個のコアが譲渡されることが決まると態度は急激に軟化し、ラウラの責任問題は消滅した。

 おまけに新型のISを支給されたとなれば、もはや呆れさえも覚えるというのがラウラの所感である。まあ、貰えるものは貰うのだが。

 

「《シュヴァルツェア・レーゲン・ツヴァイ》。基礎データ以外は全て改良が加えられている」

 

「おお、確かに待機状態もちょっと新しくなってるな」

 

「フフ、そうだろうそうだろう。後でよく見せてやる」

 

 と、瑛斗とエリナが入ったのとは別の扉が開いた。

 

「……ん? 何をしている、桐野。女の脚をジロジロと」

 

「きょ、教官っ!?」

 

 千冬の登場に瑛斗よりも早く反応したのはラウラだった。

 

「お、おおお久しぶりであります! 挨拶が遅れて申し訳ありませんでしたっ!」

 

 最敬礼を見せるラウラに千冬は苦笑してラウラの頭をポンポンと軽く叩いた。

 

「今はそういうのはやめておけ。私だけではないのだからな」

 

 千冬の言葉の後に、スーツが似合う長身の、瑛斗がここ三ヶ月の間でよく会った男が現れた。

 

「あ、叢壁(むらかべ)さん」

 

 叢壁源一郎(むらかべげんいちろう)

 プロジェクト・アヴァロンの発案者だ。

 ISの装甲素材を扱う企業の社長でもあり、日本のIS産業に大きく貢献している。

 

「来てくれてありがとう桐野くん。今日はよろしく頼むよ」

 

「ええ。こちらこそ」

 

 固く大きい手と握手をすると、五十代前半の年相応に老けた顔が穏やかに笑った。

 

「この日を迎えられて本当に嬉しい。来場者の数も見込み以上だ。これも君のおかげだよ。直接学園に頼みに行った甲斐があったというものだ」

 

「いやいや、俺は特に何もしてませんよ」

 

「ははは! 謙遜することはない。この計画において、君は我々の希望だからね」

 

「き、希望?」

 

 瑛斗は首をかしげる。希望。そんな風に言われたのは今日が初めてだった。

 

「……ん?」

 

 叢壁は銀髪の少女に視線をずらした。

 

「君は? 初めて見る顔だが……」

 

「今回、瑛斗の護衛を務めます。ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐です」

 

 ラウラの挨拶を受けて、叢壁は隣に立つ千冬を一瞥する。

 

「ボーデヴィッヒ……? ああ、さっき織斑さんが話していたドイツの軍人さん。君がそうか。しかし、まさかこんな子どもとは……」

 

 ムッと表情が険しくなるラウラ。瑛斗は少し慌ててフォローに回った。

 

「だ、大丈夫ですよ叢壁さん。ラウラは信用できます」

 

「そうか? 君が言うならまあ、信じよう」

 

 その言い方はどこか刺々しく、ラウラは叢壁にいい印象を抱かなかった。

 

「さて、私は会場の最後の確認があるから、悪いがこれで失礼するよ。君たちも時間になったら会場に来てくれ」

 

 挨拶もそこそこに、叢壁は控え室から退出していった。

 

「なんだあの男は。失礼なやつだな」

 

「まあまあ。叢壁さんも緊張してんだよ。それより織斑先生、例の件は?」

 

「ああ。学園の教師部隊から二人、それと織斑……一夏と篠ノ之、更識妹を連れてきた。全員一般客に紛れ込ませている」

 

 腕を組んだ千冬の鋭い目に、瑛斗も真剣な眼差しを向ける。室内の空気は途端に張り詰めた。

 

「私とエリナ殿も含めて七人ですか」

 

「多過ぎる、とは言い難いわね。相手はあのスコールと対等に渡り合えているのだし」

 

「式典中に戦闘が起こるとは考えにくいが、万が一ということもある。ラウラ、桐野が壇上に上がったら、ISをすぐに展開できるようにしておけ」

 

「はっ!」

 

「スワンさんは私と一緒に行動してもらいたい。ラウラとは反対側から桐野の護衛と敵の監視をする」

 

「わかりました。センサーの感度を上げておきます」

 

「俺には役目はなし、か」

 

 苦虫を噛み潰したような顔つきで、瑛斗は拳を固める。

 

「ごめん。俺がもっとしっかりしていれば……」

 

「気を落とすな、桐野。ISを持たなければ専用機持ちといえど、ただの人。守られて然るべきだ」

 

「千冬さんの言う通りよ。あなたはスピーチに集中してなさい」

 

「G-soulは必ず取り返す。待っていてくれ」

 

 三人の励ましに、瑛斗は深く頭を下げた。

 

「……頼む」

 

 式典の開始時間は、刻一刻と迫っていた。

 

◆◆◆

 

 ヴァルハラのアリーナ観客席の最前列にいた更識簪は、両膝の上で頬杖をつき、式典の開始を待っていた。

 開始五分前にもなれば激しかった人の入りは落ち着き、会場はいたる所から湧く話し声が塊になったどよめきが支配している。

 席は埋まり立ち見の客までいるが、簪の隣の席が二つ空いていた。

 

「かんざしー」

 

「待たせてごめんなー」

 

「あ……箒、一夏。こっちこっち」

 

 篠ノ之箒、そして織斑一夏だ。

 

「一人で待たせてすまない。こいつがなかなか土産を決めなくて」

 

「悪かったって。でも、マドカにお土産よろしくって頼まれたからさ……」

 

 一夏の手にはロビーの売店で売っている土産物の入った袋が握られている。

 

「いい。気にしてない。けど……」

 

「「けど?」」

 

「……いいなあ。デートしてたんだ」

 

「「えっ!?」」

 

 一人で手持ち無沙汰だった簪のほんの少しのいたずら心に、一夏と箒は揃って顔を赤らめた。

 

「そ、そんな大したもんじゃ……! ただお土産選んでただけだって!」

 

「そそそそうだぞ! 友人の窮地にそんなうつつを抜かすようなことは! ……ん? おい一夏! 私といることが大したことではないと言うのか!」

 

「い、いつも一緒にいるだろうが!」

 

「それは学園で! 他のやつらもいる時だろう!」

 

「はいはい。二人とも、そろそろ始まるみたいだよ。静かにしようね」

 

 発端であるはずの簪がそう言うと、客席から割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 

「あ、瑛斗……」

 

 最初に壇上に姿を現したのは瑛斗だった。簪はその姿を目ざとく見つける。

 

「いきなりあいつの出番なのだな」

 

「こういうのは引っ張るもんじゃないのか? 瑛斗のことが目当てで来てる客だっているだろ」

 

「……あれ?」

 

「どうした? 簪」

 

「式典のプログラム、順番が変わってる」

 

 一夏と箒が簪の手元のパンフレットを覗き込むと、確かにプログラムは変更されていた。

 瑛斗のスピーチは本来二つ目。一番最初に来るはずだったのは——。

 

「叢壁さんの、挨拶は?」

 

◆◆◆

 

(どういうことなんだ?)

 

 拍手を浴びながら壇上に立った瑛斗は困惑していた。

 

(どうして俺が先に出される? それに叢壁さんもいない……)

 

 式典が始まる直前、瑛斗は唐突にプログラムの変更をスタッフから通告された。そのスタッフから詳しい理由を聞こうにも、彼も叢壁からそう指示するように言われただけらしい。

 各国からの来賓者達の座る座席の端に立っていたラウラも警戒の色を隠せないでいる。

 

(でも、やるしかない)

 

 ここでただ棒立ちしているのもおかしい。瑛斗は自分のやることをやるために、マイクに顔を近づけた。

 

『——みなさん、こんにちは。この式典で開会の宣言をさせていただきます。桐野瑛斗です』

 

 この場にいる人全ての視線を受け、それに応えるよう堂々と言葉を紡ぐ。

 

『プロジェクト・アヴァロンはインフィニット・ストラトスの技術を使って人類が宇宙へと進出し、別の知的生命体を発見、友好関係を築くことを目的としています』

 

 瑛斗の脳裏にはあの光の中で出会った無数の生命と、光の中にほどけていった男の姿があった。

 願いと信念を貫き通した『白い騎士』の姿があった。

 

『この宇宙は想像を絶するほどに広く、様々な可能性に満ちています。道は……道は決して楽なものではないでしょう。けれど僕は信じています。いつの日か、人が地球を飛び立ち、新たな世界に踏み出していけると!』

 

 力を込めて言ったところで再び割れんばかりの拍手が起こり、瑛斗は手を挙げて応える。

 これで自分の仕事は終わり。あとは檀から降りて——

 

『笑止!!』

 

 男の声とともに、瑛斗の正面、ヴァルハラのバックスクリーンにその声の主が現れた。

 

「叢壁さん!?」

 

 画面に映し出されているのは、十数分前から行方知れずの叢壁だった。

 

『残念だが式典は中断だ。これより、この式典は我ら全界炸劃(フル・スフィリアム)の声明発表の場とする!』

 

 会場はどよめきだし、ラウラは椅子から跳ねるようにして立ち上がる。観客席にいる一夏たちも身構えていた。

 

「おい箒、これって!」

 

「わかっている! 一夏、簪、警戒を怠るな!」

 

「瑛斗は……!」

 

 簪が見つめた先にいた瑛斗はスクリーンに向き合うようにして、叢雲の発した言葉を復唱した。

 

全界炸劃(フル・スフィリアム)……?」

 

『一年前、クラウン・リーパーが虚界炸劃(エンプティ・スフィリアム)なる組織を立ち上げ、女の台頭するこの世界に宣戦布告した! しかし! 結果はIS学園の子どもたちに敗北するという情けないものだった!』

 

 子どもたち、情けないという言葉を強調するように言い放つ叢壁に、瑛斗は無意識に拳を固める。

 

『彼の敗北の原因はただ一つ! 己の力を過信し、私という存在を歯牙にもかけなかったことだ!』

 

 いよいよ耐えられなくなった瑛斗は、画面の叢壁に向かって叫んだ。

 

「ふざけるな! あいつは……あいつはあんたが思っているようなやつじゃない!」

 

「叢壁はどこだ! あの放送はどこから流れている!」

 

 千冬は近くにいたスタッフの一人の胸ぐらを掴みんでいた。

 

「ひいっ!? あ、あのスクリーンが動いてるなら、じじ、実況室だと思いますっ!」

 

 世界最強(ブリュンヒルデ)の恫喝を受け、若い男性スタッフは悲鳴に近い声で叫ぶ。

 

「私が行くわ! ——ファング!」

 

 千冬の横で話を聞いていたエリナはIS《ファング・クエイク・デルタ type.E 》を展開。大型スラスターが唸りを上げる。

 

『私は単身で立ち上がったのではない。私は……いや、()()はISの台頭した世界に虐げられた者たちと共に立ち上がったのだ!!』

 

「なにを言って……え!?」

 

 飛び出した瞬間、ファングの提示した情報にエリナは目を剥いた。

 

「ロックオン警報!? 地上から!?」

 

 直後に、封鎖されているはずのアリーナのハッチが内側から爆破され、鉄の軍団が溢れ出した。

 

EOS(イオス)!? なんて数……!!」

 

 外骨格攻性機動装甲《EOS》。その群れだ。一見して操縦者の全員が男。人種も年齢もバラバラだが、結束の証なのか頭には赤い鉢巻を巻いている。

 エリナが驚いたのはその数もあるが、EOSの形状だった。

 

「しかも最新式の戦闘タイプじゃない!」

 

 EOSは局地作業、災害救助、戦闘と、多岐に渡って日夜改良が進められている。特に戦闘タイプには虚界炸劃の一件から力が入れられており、最新型のEOSは集団戦ならば後期第二世代ISにも引けを取らない性能に到達している。

 

『諸君! 我々の意志の強さを知らしめるのだ!!』

 

 叢壁の号令で、EOSたちが一斉に携行していた銃器のトリガーを引き絞った。

 ホーミングミサイルがエリナに追い縋り爆発する。

 

「ああっ!?」

 

 大気を震わせる爆音と衝撃によって一瞬でヴァルハラは混沌の渦に飲み込まれた。

 

「二人とも、行くぞ!」

 

「応!」

 

「うん!」

 

 一夏、箒、簪はIS《白式》、《紅椿》、《打鉄弐式》を展開して混沌の中に飛び込む。

 

「IS、覚悟ぉっ!」

 

「我々の怒りと憎しみ! 存分に思い知れ!」

 

「全員かかれっ!」

 

 怒涛となって押し寄せるEOSを三人はそれぞれの近接戦闘用の武器で相手取る。切り結んだEOSからはとてつもない気迫を感じた。

 

「こ、この人たち、強いぞ!?」

 

「ある程度の戦術は心得ているか……!」

 

 ISとは違ってEOSには絶対防御は存在しない。下手に強力な武器を使えば操縦者の命を奪いかねないため、一夏たちはあくまで『無力化』に努めなくてはならない。

 

「か、数が多い……っ!」

 

 主武装がミサイルである《打鉄弐式》を駆る簪は一夏や箒と比べても苦戦を強いられる。

 

「簪! お前は瑛斗のところに行け! ここは私と一夏が引き受ける! ()()を届けるんだ!」

 

「わ、わかった!」

 

 簪を送り出した箒は、我先に会場から逃げ出そうと出入り口に殺到する人々を見た。だが前が詰まっているのか、進む気配がない。

 切り結んだEOSの向こう側にロケット・ランチャーを装備した数機のEOSが前に出たのを見た瞬間、悪い予感が箒の全身を駆け巡った。

 たかがEOS。されどEOS。生身の人間相手なら十分すぎる力を有している!

 

「紅椿ぃっ!!」

 

 箒の叫びに応えるように、紅椿の装甲がスライドし、内部から無数のビットが放出された。一拍遅れて、ミサイルが逃げ惑う人々が集まる出入り口に飛来する。

 三機一組で展開したビットがエネルギーバリアを形成して、ミサイルの爆炎から人々を守った。

 

「罪のない民間人を攻撃するなど! 貴様らに矜持はないのか!!」

 

 空裂(からわれ)雨月(あめつき)を振るいながら、対峙したEOSを駆る男たちに怒鳴る。しかし男たちは怯まなかった。

 

「我々の戦いで消える命は我々の理想への尊い犠牲だ!」

 

「彼らの存在を胸に、我々は新たな世界を創造する!」

 

 男たちの声と眼差しに迷いはない。本気で言っているのだ。

 

「瑛斗、私から離れるなよ!」

 

 《シュヴァルツェア・レーゲン・ツヴァイ》を展開したラウラは瑛斗を守るように立ち回る。

 

「やめろ! あんたたちのやってることに意味はない!」

 

「かもしれない! しかし、我々の姿を見て立ち上がる者たちがいるのも確かだ!」

 

「私たちはその(しるべ)となる!」

 

 瑛斗が銃弾の嵐にさらされながらも懸命に訴えかけても男たちは止まらない。むしろその勢いは増していく。

 

「こいつらは世界の変化を認められなかった者たち……。何を言っても無駄だ!」

 

 他の専用機持ちたちよりもいくらか割り切れているラウラは、迷いなくEOSの腕や足の装甲を砕いていく。

 

「何も出来ないのか……!」

 

「瑛斗っ!」

 

 歯噛みする瑛斗はこちらに近づいてくるスラスターの音と、それに負けない呼び声に顔を上げた。

 

「簪! まさか、()()()()()()()!?」

 

「うん! 瑛斗のくれたデータ、全部入れてある! 受け取って!」

 

 振りかぶった簪が投げたのは、指輪。

 

「ラウラ! 頼む!」

 

「了解だ!」

 

 差し伸べられたレーゲンの手が、足を乗せた瑛斗を思い切り打ち上げた。

 

「うおおおおっ!!」

 

 飛び交う弾丸の嵐を掻い潜りジャンプした瑛斗の手が指輪を掴むと、まばゆい光がその身体を包みこんだ。

 

「はあっ!!」

 

 着地と同時に、一機のEOSの脚を光の刃が切り裂いた。

 

「《打鉄桐野式》……! 急ごしらえだけど、これなら!」

 

 瑛斗が握ったのは打鉄の標準装備の太刀ではなく、ビームソード。

 瑛斗が保存しておいたG-soulのデータを学園に配備されている訓練機の打鉄に転送し調整を施した、いわば瑛斗専用の打鉄。故に《打鉄桐野式》。

 護身用としてもう少し早く完成させたかったが間に合わず、簪に仕上げを任せていたのだ。

 

「叢壁! いや、全界炸劃(フル・スフィリアム)! あんたたちを止める! 止めてみせる!」

 

 実況室から戦場を見下ろしていた叢壁はその口の端をあげ、隣に立つ一人の()に顔を向けた。

 

「待たせて申し訳ない。あとはお願いする」

 

「………………」

 

 叢壁に返事をすることもなく、男は実況室の窓を解放し、——飛び降りた。

 それと同時に、数機のEOSが空に信号弾を発射した。

 

「信号弾? 撤退するのか?」

 

 一夏の言う通り、EOSの群れが潮のように引いていく。

 

「一夏! あれを!」

 

 箒が指差した先には、白色のIS。顔はバイザーで隠されている。

 

『IS学園の諸君、紹介しよう! 我らの同盟者だ!』

 

 同盟者。仰々しい叢壁の声が、確かにそう告げた。

 

「瑛斗、あのISを知っているか?」

 

「いや……見たことがない。でも……」

 

 瑛斗は後方をちらりと見て、もう一度正面を見据えた。

 

「白式に、似てる?」

 

 その白いISの纏うただならぬ雰囲気が、空気を張り詰めさせる。

 

「何者だ!」

 

 レールカノンを向けたラウラが威嚇すると、白いISは左手でバイザーに触れて装着を解除した。

 現れたのは、青年。

 

「男!?」

 

 バックスクリーンに一瞬ノイズが走り、青年の顔がアップになる。

 

「あれは……!?」

 

 千冬はその青年の顔に、心をざわつかせる。忘れ去ったと思っていた。事実、忘れていた。けれど身体が覚えていた。

 その男から滲み出る狂気を。

 その男から逃げ出した時の恐怖を。

 

(まさか、いや、だが——!)

 

『……私は、織斑季檍』

 

 拡大された音声がヴァルハラに響き渡る。

 千冬の思考は、その名を聞いただけで吹き飛んだ。

 

「織斑? 織斑って言ったか?」

 

 瑛斗は簪と互いの顔を見合った。

 

「この世界の全ての生命……その頂点に立つ人類の王となる者だ」

 

「王だと? 笑わせるな!」

 

 レールカノンが発射され、高速の砲弾が織斑季檍に襲いかかる。

 ラウラは隻眼を見張った。

 直撃。

 ——そのはずだった。

 

「なにっ!?」

 

 白い装甲に覆われた手が、砲弾を受け止めている。

 

「この程度か」

 

 砲弾の勢いが死に、男の足元に転がる。

 

「言ったはずだ。私は人類の王となる。そのための権能は、すでに我が手中にあるのだ」

 

 砲弾を受け止めたその右手に煌めく水晶体が現れる。それは、ISのコア。

 

「……!」

 

 瞬時に理解した瑛斗は地面を蹴って織斑季檍に突進した。

 

「はああっ!!」

 

 ビームソードと、織斑季檍の呼び出したISブレードが激突する。

 

「G-soulを返せ!」

 

「桐野瑛斗。君には利用価値がある。殺しはしない」

 

「何をっ!」

 

「桐野! どけぇっ!!」

 

 上からの降ってきた声に顔を上げる。瑛斗は操縦体験用の打鉄を装着して拳を構えながら落ちてくる千冬を見た。

 

「なっ!? ちょっ!?」

 

 瑛斗の抗議にも耳を貸さず、千冬は男に抜き手や脚技を仕掛ける。

 

「なぜ……なぜお前が生きているっ!」

 

「久しぶりだな、千冬。私の最高傑作であるお前が元気なようで嬉しいよ」

 

「……っ! 黙れええええっ!!」

 

 武装の全て取り払わらた打鉄。性能も通常の訓練用の機体とそう変わらない。天と地ほどの性能差で、千冬の攻撃は全て避けられてしまっていた。

 

「き、教官?」

 

 一同はその姿に普段の千冬が決して見せない狼狽を見た。必死に、ただ必死に。目の前の男を消し去ろうとしている。

 

「……ふん」

 

 季檍はつまらなそうに鼻を鳴らし、千冬の腕を掴んだ。

 

「最高傑作と言ったが、こんなものか。割と期待をかけていたのだがな……」

 

 ビクともしない千冬の身体。季檍が、ブレードを振りかざす。

 

「消去する」

 

 無感情な宣言と共にブレードが千冬に振り下ろされた。

 

「千冬姉から離れろ!」

 

 激突の直前、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で突進した一夏が雪片弐型で受け止め、一気に押し返した。

 

「何だお前は。見た所、私が()()()()()のようだが……」

 

「い、一夏……」

 

「一夏?」

 

 千冬が思わずこぼした言葉を聞いて眉を動かした季檍は千冬と一夏を交互に見て、すぐに合点がいったように哄笑した。

 

「……は。ははは。はははははっ!! これは面白い! 千冬! こいつはあの時お前が連れて逃げた試作品か!」

 

「わけのわからないこと言ってんじゃねえ!」

 

 白式の《零落白夜》が発動し、エネルギー刃が突きの型で打ち出される。

 

「——しかし」

 

 回り込んだ季檍が、一夏に掌底を叩き込んだ。

 

「がっ!?」

 

「お前には何の価値も見出せない」

 

「一夏!? おのれっ!」

 

 一夏を蹴り飛ばした季檍に激昂した箒は刀を握る両手に力を込めて季檍へ肉薄した。

 

「遅い遅い!」

 

 空裂を弾き、雨月を受け流した季檍は紅椿の装甲をブレード叩いて箒を吹き飛ばす。

 

「血の気の多い子どもばかりだ。これは躾が必要かな?」

 

 弾む声で言う季檍。

 

「この男……」

 

 箒はその姿にかつての自分、紅椿を手にしたばかりの時の自分を重ねた。

 

『季檍どの、そろそろ時間です。撤収を』

 

「チッ。……わかっている」

 

 響いた叢壁の声につまらなそうに応えて、季檍はPICを用いて空に浮かび上がる。

 

「ま、待てっ! 俺たちはまだ負けちゃいない!」

 

 一夏が食ってかかるが、季檍は気にも留めない。

 

「今回は単なる挨拶だ。それに、お前たち程度では私は倒せんよ。ああ、それからもう一つ。早くここを離れたほうがいいぞ。じきに私のもう一つの力がこの場を焼き尽くす」

 

 季檍は千冬を一瞥し、嘲るような笑みを浮かべて踵を返した。

 

「さらばだ。命が惜しくば私の邪魔はしないことだな」

 

 そのまま高笑いをしながら、季檍は空の彼方に消えて行った。

 

「くそっ!」

 

「なんなのだ、あいつは……」

 

「織斑季檍……。織斑……」

 

 皆が口々に言葉を漏らす。その中に、簪は打鉄弐式からの通知音を聞いた。

 

「……えっ?」

 

「簪? どうした?」

 

「ね、熱源反応! 大きい……。高速で近づいてる!」

 

「熱源? どこからだ!」

 

「データを算出……直上!? 私たちの真上! 着弾まで、あと十秒!」

 

 全員が一斉に上を見上げる。昼の空に星が見えた。その輝きは、みるみる大きくなっていく。

 

「みんな! 逃げろ!!」

 

 瑛斗の悲鳴が木霊する。

 稲妻の柱がヴァルハラに落ちた。




みなさん最新巻買いました? (挨拶)

というわけで新キャラ、織斑季檍の登場です。一体何者なんでしょう。セリフから大体察しはついてるかもしれませんね。彼が今回のボスキャラという具合です。
全界炸劃という組織も現れました。彼らの主な戦力はEOSです。原作では散々な評価ですが、パワーバランスを取るために設定をいじりました。
ラストに出てきたあれは、『アレ』です。最新巻のあらすじが公開されたあたりで書き直しました。あんなの、使うしかないじゃないですか……!

次回は今回未登場のキャラたちも登場します。それでは次回もお楽しみに!

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