IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

206 / 219
完結からおよそ一年ぶりです! 詳しくはあとがきで。
それではどうぞ!


真・終章 THE LAST MAN
真・プロローグ 〜または囚われの救世主〜


 その日を、私は決して忘れない。

 

 大量の機械が壁を覆い尽くさんばかりに配置された部屋。

 その中央で白衣姿の一組の男女が作業をしている。

 私は椅子に座り、その様子をただじっと眺めていた。

 その二人は、私の父と母。戸籍上そう呼ばれる人たちだ。

『父』と『母』というものの概念は子供ながら理解しているつもりだった。

 けれど私とこの人たちと私の関係は違う。()()()()()()()とは違うと、心のどこかで感じていた。

 

「——千冬」

 

『父』に名前を呼ばれた。

 私は椅子から降りて、二人のもとへと足を運ぶ。

 

「ごらん。()()()()だよ」

 

 機械に繋がれた寝台に横たわる私と同じ色の髪の赤ん坊。

 その小さく柔らかい手に触れると、想像していたよりもさらに弱い力で指を掴まれた。

 けれど、その手には意志があった。生きようとする力強い意志だ。

 

「……!」

 

 私はその時決心した。

 この小さな手を守るのはこの人たちではない。

 この手を握り続けるのは、私だ。

 

 その日は、九月二十七日。

 ——私と一夏が初めて会った日だった。

 

 

◆◆◆

 

 ヘッドライトとブレーキランプが瞬きながら流れていく深夜の高速道路。

 煌びやかな街から溢れた光が、海を跨いでかかる吊橋を伝い、隣の街の輝きに変わっていく。

 

「………………」

 

 その橋の主塔の頂上から、暗視双眼鏡越しに光の川を見つめる者がいた。

 抜群のスタイルの身体をウェットスーツタイプのISスーツに包み、金色の髪を風に踊らせる女性。

 スコール・ミューゼル。

 かつては秘密結社亡国機業(ファントム・タスク)の実働部隊隊長だったが、組織は事実上の休止状態を一年ほど継続している。

 そんな彼女がここに立っているのは……。

 

「……見つけた」

 

 つぶやいたスコールは双眼鏡を下ろし、塔の縁から身を投げた。

 瞬間、彼女の手足が装甲に包まれる。

 《ゴールデン・ドーン》。スコールの操る第三世代型のISだ。

 

「光学迷彩、——起動(セット)

 

 その言葉を合図に装甲は夜の色と同化し、スコールの存在は闇に溶け込んだ。

 PICによる浮遊で無音のまま一台のトラックと並走する。

 コンテナの上に立ち、ゴールデン・ドーンのテールユニットの先端を触れさせ、接着部から細い熱線を照射し、円を描く。

 重力に従ってコンテナ上部が落下し、中への入り口が出来上がった。

 

「さて……」

 

 部分展開に切り替え、コンテナの中へ。

 内部は頼りない明度の緑灯が照らすだけで仄暗い。

 しかし、この程度の闇で身動きが取れなくなることはない。

 コンテナの荷物は一つだけ。彼女が求めるものはそれだった。

 

「やっと会えたわね。……《G-soul》」

 

 IS《G-soul》。

 二つの世界を救った少年、桐野瑛斗の専用機。そのコアだ。

 寝息を立てるように穏やかに明滅する菱形の結晶体は、強化ガラスの中に安置されている。

 スコールは速やかに次の行動に移った。

 手を包む装甲から熱線を放射し、強化ガラスを溶断する。

 

「さあ、あの子のところに帰りましょう」

 

 露わになったコアに手を伸ばしたその時だった。

 コンテナの運転席側の壁が、音を立ててせり上がった。

 すぐに飛び退いたスコールは、思わず口の端を上げる。

 

「そう簡単には、やらせてくれないわよね」

 

「………………」

 

 現れたのは全展開のIS。

 装甲をマントに包み、顔もセンサー・バイザーで隠している。隙間から覗く装甲色は、白。

 物言わぬ操縦者は、得物である一振りの刀をスコールへ向けた。

 

「私が来るのは読めてたってことかしら……」

 

 臨戦態勢を取るスコール。

 次の瞬間、トラックが閃光に飲み込まれた。

 遅れて轟音が炸裂し、高速道路が一気に混沌の渦に叩き込まれる。

 

「っ!」

 

 間一髪で再度全展開したスコールは、ゴールデン・ドーンの絶対防御により守られてこと無きを得た。

 

「………………」

 

 スコールより速く離脱していた白いISは、彼女を見下ろしている。

 スコールは今の爆発がこの操縦者が仕掛けたものだと把握した。

 操縦者は左手に回収した《G-soul》のコアを掲げて、見せつけるようにその手を振ってみせる。

 

「取れるものなら……ということ?」

 

 光学迷彩を解除し、装甲の隙間から噴射させた火の粉を集め、周囲に無数の火球を生成。

 

「気に入らないわね!」

 

 そして全て同時に撃ち出した。

 白いISは宙返りから高度を下げ、火球をかわして道路を這うように飛ぶ。

 

「逃さないわ!」

 

 追いかけるスコールも隠蔽用バイザーを被って車の激流に飛び込んだ。

 ハイパーセンサーで補正された視界の端々に、車の中の驚いた顔が映り込む。

 しかしスコールの視線は前を飛ぶISだけに向けられていた。

 

「チッ……!」

 

 大型バス、トラック、普通車、バイク。

 その間を縫いながら飛ぶスコールは歯噛みした。

 車が障害物になって火炎が放てないのだ。

 

「邪魔なのよ、まったく!」

 

 スコールにはある制約がある。

 それは、『無関係の一般人を傷つけないこと』。

 これは彼女の流儀(スタンス)であると同時に、命令(オーダー)であった。だが、今はそれはただの枷でしかなかった。

 火炎弾が当たれば車は確実に爆発炎上。被害は免れない。

 それを知ってか知らずか、前を行くISはスコールの射線上に必ず乗用車が来るよう蛇行して飛んでいる。

 

「……仕方ないわね」

 

 テールユニットの先端が開き、『柄』が出る。

 

()()()()()()は趣味じゃないけど!」

 

 それを一気に引き抜く。

 現れるは炎を纏った細身の剣。ゴールデン・ドーンに追加された近接戦闘用の武装、《明けの流星(バーン・スラッシャー)》だ。

 

「使うからにはね!」

 

 スラスターを唸らせ、急加速。

 火炎の噴出も推進力に回し、白いISとの距離を徐々に詰めていく。

 

「遅いわっ!」

 

 さらにもう一段階の加速。振り返った白いISを、炎剣が捉えた。

 二振りの剣が激突し、甲高い音が夜空にこだまする。

 

コア(それ)を取り返せばいいと思ったけど、気が変わったわ! 痛めつけてあげる!」

 

 テールユニットをしならせ、死角からの一撃を叩き込んだ。白いISは道路が陥没するほどの衝撃とともに転がる。

 しかしすぐに起き上がり、再度浮遊した。

 

「………………」

 

 剣を構えて、スコールを睨む。

 スコールは火炎放射の射程に入った敵が、まもなく間合いを詰めてくることを直感した。

 

(一歩目の瞬間に、火だるまにしてあげるわ)

 

 悟られぬよう、自分も炎剣を構えた。

 だが、白いISは意外な行動に出る。

 

「……!」

 

 G-soulのコアを真上に放り投げたのだ。

 スコールの目が、一瞬だけ上に向く。

 隙は、それだけで十分だった。

 剣の柄の底でスコールの腹を打ちつけ、蹴り飛ばす。

 そのままスコールを足場に跳躍、宙を舞っていたコアをもう一度掴み取り、反転して元来た道を戻っていった。

 

「ふざけて……!」

 

 痛みを悪態一つで振りほどき、後を追うスコール。

 直後に視界が暗くなり、空を見上げる。

 数台の乗用車が降ってきた。

 

「そんなものが!」

 

 右に左に身体を動かし、降ってくる車をかわす。

 スコールの駆け抜けるハイウェイに人の気配はない。一般人たちは避難路から自主的に逃げていったのだろう。

 前方に、車線を阻むようにして一台のタンクローリーが配置されていた。

 

「………………」

 

 そのタンクの上に、白いISが立っている。

 握る剣のエネルギー刃をほとばしらせる切っ先をタンクに向け、勢いよく突き刺す。

 タンクローリーが爆発し、熱波と轟音が鳴り響いた。

 

「自爆……!? いや、ちが——!」

 

 その爆炎の中から、白いISが、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で突っ込んできた。

 

「くっ!」

 

 瞬時加速と、外付けのスラスターによる加速が乗った剣撃に、炎剣は弾き飛ぶ。

 白いISは減速せず、ハイウェイを離脱して闇夜を疾駆する。

 

「待ちなさいっ!」

 

 スコールも追いかけたが、追いつくことはかなわず、白いISはそのまま夜空の彼方に消えて行った。

 

「ああ、もう!」

 

 浮遊するスコールは乱暴にバイザーを脱ぎ、汗ではりつく金色の髪をかきあげて風になびかせる。

 

「この私が、こけにされるなんて……!」

 

 苛立ちを露わにするスコールだったが、冷たい夜風と、眼下に見える赤い光とけたたましいサイレンのおかげですぐに冷静になることができた。

 予想外に腕の立つ敵の出現。

 報告を兼ねて対策を練る必要がある。

 

「……あの子の小言、まだまだ聞くことになりそうね」

 

 嘆息したスコールの視線の先では、第一回モンド・グロッソが開催された日本初にして最大のISアリーナ《ヴァルハラ》がライトアップされて、夜の闇を掻き分けるように存在を主張していた。




お久しぶりです。完結した当時に活動報告で言っていたダークネスなプリンスとかエンドレスなワルツ的な話をする計画がついに始まりました!ここまでは来るのに三回くらい書き直しましたが。
さて、いよいよ本当の最終章! 瑛斗くんたちの最後の物語をお楽しみください!
この作品を初めて読んだという方は、是非本編も読んでみてください。読んでもらえたら嬉しいです。

次回もお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。