IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

204 / 219
二ヶ月もかかってしまいましたが、ついに更新!
それではどうぞ!


終わる戦い 〜または終焉の宇宙〜

 大空を縦横無尽に駆け、激闘を繰り広げる白と黒、二つの光点。

 《G-soul》。そして《零騎士》。

 ビームブレードと《雪片》を模した大剣がぶつかり合うたび、凄まじいエネルギーの余波が大気を震わせる。

 

(………………)

 

 だが、その凄まじい攻撃の威力が徐々に落ちていることに瑛斗は気づいていた。

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

 肩を上下させ、浅い呼吸を繰り返す黒鎧。

 その太刀筋も次第に動きが遅くなっている。

 だが、クラウンの目にはなおも煌々とした光が宿り続けていた。

 

「もうやめろクラウン! これ以上続けたらお前は……!」

 

「死ぬっていうのかい? 上等じゃないか! 何もかも道連れにして、地獄に行ってやるよ! こうなったらもう、後には戻れないんだからさぁ!」

 

 言葉とともに振るわれる剣がビリビリとした衝撃を伝えてくる。

 

「この痛みすら喜びだよ! 白騎士との繋がりが強くなればなるほど、俺の力は増していく!」

 

 零騎士の背中の闇色の翼が広がり、無数の刃になって殺到した。

 

「っ!?」

 

 クラウンを突き飛ばすように離脱しても、刃たちは瑛斗を追いかけてくる。

 

「G-soul!」

 

 俺の呼びかけに呼応して、ビームウイングが闇を切り刻んだ。

 

「はあっ!!」

 

 散り散りになった闇の奥から、零騎士が飛び出した。完全に虚を突かれた。

 

(避けられない……!)

 

 直撃を覚悟した瞬間、横合いから大盾が割って入った。

 

「瑛斗はやらせない!」

 

「シャルか!」

 

 間一髪で、シャルロットがラファールの強力なエネルギーシールドでクラウンを弾き返した。

 

「その程度の盾が!」

 

 クラウンはもう一度闇を放出した。シールドを回り込むように瑛斗たちに飛びかかる。

 

「シャル!」

 

 シャルロットの腕を掴んで引き寄せて、ビームウイングで迫る闇を斬り払う。

 そのままの勢いで零騎士にも斬撃を浴びせかけると、闇色の装甲に裂傷が走った。

 

「ぐっ……!」

 

 よろめいた零騎士の傷は、時間を巻き戻すようにゆっくりと再生していく。でも、それもさっきよりも速度が落ちている。

 

「こんな痛み、これまでのものに比べたら━━━━!」

 

 歯を食いしばり、道化師は剣を握り締め、己の宿す狂気の矛先を睨みつけた。

 

「世界を壊す代償なら、軽いものだ!!」

 

 ◆

 

 

 蒼のレーザーが狂気を纏う白の装甲を貫く。

 

「物量で押してくるなんて……! エレガントではありませんわ!」

 

 わずかながらエネルギーが回復した《ブルー・ティアーズ》を部分展開し、砲台代わりになってIOSを迎撃するセシリアは、落とせど落とせど数の減らない白群に歯噛みした。

 

「鈴さん! マドカさん!」

 

「わかってるわよ!」

 

「うん!」

 

 同じく《甲龍》を部分展開した鈴は衝撃砲を撃ち放ち、セシリアの撃ち漏らしたIOSたちを押し飛ばす。そして不可視の砲撃に動きを止めたIOSを、マドカの《バルサミウス・ブレーディア》のブレードビットが切り裂いた。

 

「蘭! 梢! そこ動くんじゃないわよ!」

 

「は、はい!」

 

「……ごめんなさい」

 

 セシリアたちの背後には、蘭と梢を始め、気を失ったフォルテにダリル、黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の隊員たちや、シェプフとツァーシャ。そして一糸まとわぬ束と、それを庇うように抱く箒の姿がある。

 上空では教師部隊が展開しIOSの迎撃をしているが、それでも数では圧倒的に不利であった。

 そしてさらにそれより上の高度では、瑛斗が戦っている。

 

「くっ……!」

 

 ラウラは彼方でぶつかり合う二つの光点を見ながら、自問していた。

 

 自分はなぜ、あの場にいないのか。

 

 待機状態のレッグバンドになっている自機《シュヴァルツェア・レーゲン》の損傷レベルはC。動かそうと思えば動かせる。

 しかし重大なダメージを負った状態のISを起動させることは、後々の稼働に悪影響を及ぼす可能性があることを、ラウラも知らないわけではなかった。

 ISを潰したということになれば、自分だけでなく、自分の部隊の立場をも危険にさらすことになる。

 だが、ここでただ見ているだけということも、ラウラは許せなかった。

 

(私は……どうすれば……)

 

 視線を横に向ければ、かけがえのない仲間たち、そして自分を後押しし続けてくれたクラリッサが横たわっている。

 もし今、彼女に意識があったならば、なんと言うだろうか。

 

「………………」

 

 答えを聞くことはできない。

 それでも、ラウラは確信した。

 

「聞くまでも、なかったな……」

 

 身体は動く。

 戦意も燃えている。

 そして、何よりも━━━━!

 

「……っ!」

 

 立ち上がったラウラはレッグバンドを剥ぎ取って、強く握り締める。

 

「ラウラ?」

 

 《打鉄弐式》を纏い、《夢現》を構えていた簪はラウラの突然の行動に目を剥いた。

 

「レーゲン! この後はどうなろうと構わん! これが最後になってもいい! だから……だからもう一度だけ動いてくれ!」

 

 レッグバンドに亀裂が走っていく。ラウラは、叫んだ。

 

「私を、瑛斗と同じ戦場へ連れて行ってくれ!!」

 

 レッグバンドが砕け散り、その中から黒色の光が湧き上がる。切望する声は眠れる『意志』を呼び起こした。

 

「な、何なのっ!?」

 

 背後での異変に思わず振り返った鈴が見たのは、黒光が装甲となってラウラの身体を包み込む光景だった。

 

「ラウラさんのISが……」

 

 光が失せ、ISを展開した状態のラウラの姿が現れる。

 纏うISはまさしくシュヴァルツェア・レーゲン。しかし、見る者は違和感を感じた。

 黒い装甲の一部が変色し、質すらも変わって見える。

 損傷した装甲は、黒色の泥によって補われているのだ。

 

「これは……VTシステムの……」

 

 自身の憧れを具現した黒衣。

 触れれば崩れてしまいそうなのに、前よりも力を感じる。

 そして力だけでなく、レーゲンの中の意志も感じられる。

 

(……ありがとう)

 

 胸中で感謝を述べて、ラウラは蒼穹を見上げた。

 

「出撃する!」

 

 地面を蹴り、黒衣の戦姫が大空へ駆け上がる。

 

「ら、ラウラ待って!」

 

 その後ろを簪も追従して飛ぶ。

 

『千冬! 下から!』

 

「新手? いや……ラウラ!?」

 

 《暮桜》は急速上昇してくる気配を千冬に伝え、上空で戦っていたIOSたちも新たな攻撃対象へと押し寄せた。

 

「邪魔を━━━━」

 

 右腕に力を込めると装甲の形が一度崩れて、黒剣へと再構成。

 

「するなあああっ!!」

 

 横薙ぎに振り払われた剣は迫るIOSの一群を両断した。

 爆発が起こるより先に一団の中をくぐり抜け、さらに上昇する。

 

「あれは……」

 

 確かに自分の目で見たラウラの姿に、千冬はわずかな驚きを覚えた。

 

『彼女は全てを投げうってでも、今この時を戦うことを選んだ。おそらく彼女のISはもう……』

 

「展開を解除すれば最後、二度と動かない……か」

 

 まったく。ラウラ(あいつ)らしいというかなんというか……。

 胸中で苦笑し、千冬は背後から襲ってきたIOSを袈裟斬りにした。

 

「━━━━行け。今のお前は誰にも止められん」

 

 暮桜は真っ赤な軌跡を描き、IOSの群れを切り裂いていく。

 

「瑛斗は……!?」

 

 激戦の空域まで来たラウラは首を巡らして瑛斗を探す。しかし瑛斗の姿はそこにはなかった。

 

「……いた! あそこ!」

 

 続く簪が指差したのは、自分たちのいる空域よりもさらに上。

 白と黒のぶつかり合い。そして、白の傍らには橙の伴星。

 

「シャルロットもいるか!」

 

 スラスターを噴かせ、三つの星と同じ高度へ。

 

「瑛斗!」

 

「ラウラ!?簪!?」

 

 零騎士を相手取っていた瑛斗とシャルロットは予想外の援軍に驚きを隠せなかった。

 

「ラウラ、その姿は……」

 

「へえ、面白いじゃないか。後先考えないその姿勢、嫌いじゃないよ」

 

 クラウンはくつくつと喉を鳴らし、瑛斗達と間合いを取る。

 

「そうさ。出し惜しみなんて必要ない!」

 

 クラウンの闇が翼を広げた。

 

「またあの攻撃か!」

 

 ビームウイングを動かし迎撃しようとした瑛斗だが、その動きは止まった。

 

「違うよ瑛斗! 何か出てくる!」

 

 シャルロットの言う通り闇の中から人の姿が現れたのだ。

 

「所長の……影……!」

 

 アオイ・アールマイン。その形をした人形。靄の中で白い装甲を身につけている。下方でスコール達が相手をしているのと同じものだ。

 

「まだこんなに……!」

 

 武器を構える少女達。そこに、スコールからオープン・チャンネルが入った。

 

『━━━━大丈夫。彼女たちが来たわ』

 

「っ! 上か!」

 

 察知した瑛斗が見上げた空から、四つの竜巻が降り注いだ。

 荒れ狂う風はアオイの影達を飲み込み、その中で待ち受ける瀑布が影達を粉微塵に粉砕していく。

 

「この風……! この()は━━━━!」

 

 四つの竜巻がひとつに収束して、その中心から一人の女性が姿を現す。

 風に暴れる赤い髪。

 ラウラと瑛斗にはそれに覚えがあった。

 

「《テンペスタ》……!」

 

「アリーシャさん!」

 

「…………………」

 

 劇的な登場をしたイタリア代表アリーシャ・ジョセフスターフだったが、その顔はどこか陰って見える。

 

「スコール・ミューゼル、これはどういうことなのサ?」

 

 アリーシャは上昇してきたスコールへ義眼を向けた。

 

「あら、見ての通りよ。アオイとの戦いの場を用意したわ。結果的にだけど」

 

「用意したわって……。右を見ても左を見てもアオイじゃないのサ。悪夢かこれ」

 

「悪夢じゃなくて現実よ。素敵でしょ? 倒し放題よ?」

 

「……お前、嫌な女だナ」

 

「こんなやつをホイホイ信用する方がおかしいのよ」

 

 横槍を入れてきたのはもう一人の亡国機業。《セイレーン》を纏う日向海乃だ。

 

「なによこの状況。白いのがたくさんいて気色悪いったらないわ。あの黒いの、あいつが親玉よね? さっさと倒しちゃいましょうよ」

 

「何言ってるの。あなた程度で敵うわけないじゃない」

 

「んなっ……!?」

 

「こいつの言う通りサ。フラフラだがあいつはただもんじゃない。お前じゃ無理なのサ」

 

「はあ!? じゃあ私は何しに来たのよ!」

 

 憤慨する海乃。そこで瑛斗は気づいた。

 

()から? 確かこの城は強力なバリアで包まれてたはずじゃ……」

 

「バリア? そんなものなかったわよ」

 

 海乃は確認するようにアリーシャに目くばせをしたが、アリーシャも覚えがないという顔をしている。

 

「アルストラティアのバリアが消えたか……。じゃあ、もう時間はないね」

 

「どういうことだクラウン!」

 

「もうすぐこの世界は終わる。だが!」

 

 零騎士が吼え、全身から闇を噴き出せた。

 

「今の俺は……! 止まらないっ!!」

 

 瑛斗はクラウンの前に躍り出て、背後の一同に声だけを投げかけた。

 

「くっ……! みんなはIOSを! クラウンの相手は俺がやる!」

 

「瑛斗、僕も一緒に!」

 

「わ、私も……!」

 

「お前と共に戦おう!」

 

 瑛斗の傍らに、シャルロット、簪、ラウラが並ぶ。

 ━━━━そこで、零騎士の異変は起きた。

 

「負けない……! 俺は……! ぐ……っ!? がはぁっ!!」

 

 クラウンが、先ほどから幾度となく見せていたものよりも激しく苦悶する。

 

「あ、あぁ……! ああああああっ!」

 

 黒鎧の身体が裂け、内部から『何か』が見え隠れする。

 それは、白。

 全てを飲み込み塗り潰す黒と対極をなす、もう一つの『無』の色。

 

「白い……闇……?」

 

 瑛斗の口をついて出た言葉は、まさしくその『何か』を言い表していた。

 

「白……騎士……!! お前は黙っていろ!! これは、俺の━━━━!」

 

 クラウンが言い終えるより早く、噴き出した白い闇が黒鎧に吸い込まれていく。

 否、逆だ。

 白い闇が、黒鎧を()()()()()()()

 

「がああああああああっ!!」

 

 絶叫が尾を引き、不定形だった闇が輪郭を作り上げていく。

 

「な、何が起きてるの?」

 

「わからん。だが……!」

 

「来る……!!」

 

 白い闇が、ヒトの形になり、そして白と黒が織り成す混沌の鎧がその身を包み込む。

 

「………………」

 

 沈黙するそれは、もはや《零騎士》でも、クラウン・リーパーでもない。

 

「━━━━この、時を」

 

「!」

 

「この時を、待っていた……!」

 

 言葉を紡ぐ声は、彼方で剣を振るう千冬と、暮桜にも届いていた。

 

「っ!?」

 

 振り仰いだ千冬が見たのは、姿こそ変われど、内包する意志は変わらない、全ての始まりの姿。

 

『千冬! あれは、まさか!』

 

「《白騎士》か……!!」

 

 このまま野放しには出来ない。暮桜が全速力で白騎士へと飛ぶ。

 

「今こそ、新たな戦乱をここに!!」

 

 白騎士が天に腕を突き上げ、その手を大きく広げる。

 手から放たれた光は空を穿ち、捻り、崩していく。

 

「空に、穴が……!」

 

 地上で戦っていた鈴たちも、その光景に息を飲んだ。

 空に開いた穴は、瞬く間に巨大化し、その向こうに虚空を覗かせる。

 虚空の中には、『戦い』があった。数え切れないほどの流星に似た煌めきが、ぶつかり合っている。

 

「な、なんですのあれは……!?」

 

 スコープから目を離して空の穴に驚愕するセシリアは、背後から声を聞いた。

 

「……彼らが来たんだ」

 

「姉さん?」

 

 箒の腕の中で、束は煌めきを凝視する。

 

「遥かな距離、遥かな時間を超えて……とうとう来てしまった。私たちには止められなかった、最悪の結末……!!」

 

 その言葉に、箒は理解した。

 

「……では、あれが!?」

 

「そう。遥か異星からの来訪者。この星で《インフィニット・ストラトス》と呼ばれるものたちだ!」

 

 ◆

 

 

 同じ頃、IS学園地下特別区画の緊急司令室でも、浮遊城で起きた異変は確認できていた。

 

「空に穴が開いてる……」

 

「一体、何が……?」

 

 学園の望遠カメラから送られてくる映像が映るモニターを見て、口々に言葉を漏らす教員たち。

 そんな中でも手を休めなかった一人の教師が操作画面に表示された情報を読み上げる。

 

「あ、アルストラティアから侵入部隊のIS反応が戻りました! 全機健在です!」

 

 報告を受け、指揮を任された十蔵はわずかに胸をなで下ろす。

 

「ひとまずは安心ですかな。ですが……」

 

 十蔵の予測通り、程なくして新たな喧騒が生まれる。

 

「……っ! 待ってください! ISの反応が増えました!」

 

「増えた? もしかして、どこかからの増援?」

 

「いえ、反応はアルストラティアの上空……あの空洞の中からです!」

 

 ざわつく司令室に、さらなる情報が入る。

 

「あの中に、ISが?」

 

「反応さらに増大! 数は……そ、測定できるものだけで五〇〇を超えています!」

 

「そんな!? ISのコアは世界に四六七個のはずよ!」

 

「でも事実としてあるのよ!」

 

 怒号に怒号が重なって、混迷は極まっていく。

 と、そこに。

 

『司令室、聞こえる!?』

 

 IS学園防衛部隊長のエリナから通信が入った。十蔵は自ら回線を開き、応答する。

 

「どうしましたか?」

 

『あれは一体何!? 敵襲が止んだと思ったら、空に穴が空いてるわ!』

 

「お、落ち着いてください。こちらにも判断がつかない事態です。ですがあの城から侵入部隊の反応が全員分確認されました」

 

『……! 瑛斗たちは無事なの?』

 

「はい。ですので防衛部隊のみなさんはも警戒は厳のまま、状況の変化に備えていてください。彼らの帰る場所を守っていただきたい」

 

『……了解しました』

 

 通信を終えたエリナは遠方の輝きに目をやった。

 空と海の間に現れた光は、美しくも凶々しい輝きを放っている。

 

(オープン・チャンネルは……ダメ。プライベートのほうも……。あの光のせいなの?)

 

 こちらから状況を確かめることは不可能。最早ことの成り行きをここから見守るしかない。

 

「瑛斗……何が起こっているの……?」

 

 今すぐ前方の浮遊城に飛び出したい衝動に駆られながら、エリナはそうひとりごちた。

 

「スワン先生! あ、あれを!」

 

 同じく戦っていた教員の一人が海面を指差す。

 

「なに……?」

 

 海面の一部が、黒く染まっている。

 

 それは、闇だった。

 

「何か出てくる!」

 

 闇を突き破り、狂気の白が湧き上がる。

 

「IOS!?」

 

 虚界炸劃(エンプティ・スフィリアム)の尖兵が、大挙して押し寄せたのだ。その数は、防衛部隊の構成人数を遥かに超えている。

 

「なんて数なの……!」

 

「反応はどこからもなかったのに……」

 

 武器を構えて、IOSたちは臨戦態勢に入る。

 

「来るわよ! 各機迎撃!」

 

 しかし度重なる防衛戦で疲労が溜まっている一同には、この多勢を相手取ることは困難であった。

 

(やりきれるの……!?)

 

 エリナが苦戦を覚悟した瞬間、無数の光線が降り注いだ。

 

 ━━━━IOSに向けて。

 

「上!?」

 

 見上げると、上空にはISでもIOSでもないもう一つの軍勢が存在していた。

 

戦闘義構(アサルト・マリオネット)……!」

 

 デュアル・アイセンサーに、額にたたえるV字のブレードアンテナ。手にはライフルとシールドを装備した鋼の兵団。

 その数は、十や二十ではくだらない。

 

「い、一体どこから?」

 

 驚愕するエリナと教師たち。そこにオープン・チャンネルが入る。

 

『間に合ったようじゃな』

 

 オープン・チャンネルで聞こえてきたのは、幼い少女の声。

 部隊のほとんどが聞き覚えのない声だったが、ただ一人、エリナにはその声に覚えがあった。

 

「あなた、亡国機業の……」

 

 チヨリだ。その姿は直には見れないところをから、どこかでこの機械の兵士たちを操作しているのだろう。

 

『久しいの、エリナ嬢。救援に来たぞ』

 

「た、助かったわ。でも、どうして……」

 

『細かい話は後じゃ。今は、この局面を乗り切ることだけを考えろ!』

 

 確かにチヨリの言う通り、依然として闇からはIOSが溢れ出ている。このまま放っておくことはできない。

 

「そうね……。みんな! あの戦闘義構は味方よ!」

 

 エリナは部隊を鼓舞するように声を張り上げた。

 

「ここが正念場よ! 私たちでこの学園を守るのよ!」

 

 ◆

 

 

 空の中に、もう一つの『空』が在る。

 あらゆる自然法則を超越したその現象は、たった一つの存在によって引き起こされた。

 姿こそ白騎士によく似ているが、その装甲はどこか有機的で、異様な空気を纏っている。

 

「あれは……《白騎士》?」

 

『いえ、あれは白騎士であって白騎士ではない』

 

「千冬さん? いや……暮桜か!」

 

『確かに大部分を構成しているのは白騎士です。しかしその内部は滅茶苦茶に歪んでいる』

 

「クラウンのやつは白騎士を支配したつもりだったようだが、白騎士を侮っていたようだな。あれはもはやISでもIOSでもない。ただの化け物だ」

 

「だったら、ぶっ壊しても文句はないナ?」

 

 アリーシャは白騎士の前に出るとテンペスタの装甲から風を巻き上げ、竜巻を形成した。

 

「木っ端微塵にしてやるサ!」

 

 拘束を解かれた竜巻は白騎士へその牙を剥く。

 

「……!」

 

 白騎士の右手に《雪片》型の剣が握られる。

 横薙ぎに振るわれた剣は竜巻を搔き消した。

 

「なにっ!?」

 

 触れればあらゆるものを粉砕する刃の嵐は逆に散り散りに霧散させられた。

 

「━━━━力無き者よ」

 

 淡々とした言葉とともに白騎士は背中に生える翼を広げる。直後、その翼と同じ色をした球状のエネルギー体が一瞬では数え切れないほど出現した。

 

「な、なんだかヤバくない?」

 

「わかってんなら早く避けるサ!」

 

 瑛斗やアリーシャたちが散開した瞬間、

 

「━━━━消え失せよ!」

 

 エネルギー体の拘束が解け、闇の雨あられは射線上のアオイの影とIOSを次々と破砕していった。

 

「なんて力……!」

 

 楯無は自分が相手をしていたIOSの群れが一撃で掃討されていく様に戦慄を覚えずにはいられなかった。

 

「でも、引くわけにはいかない!」

 

 白騎士へと開いた道を進み、《ミストルテインの槍》を作動させて突っ込む。

 

「はあああっ!!」

 

 膨大なエネルギーを宿した槍の一撃が白騎士に襲いかかり、肩口から右腕を消し飛ばした━━━━

 はずだった。

 だが、次の瞬間には右腕は再生している!

 

「効いてない!?」

 

「お姉ちゃんっ!」

 

 刹那、楯無が一秒前までいた場所に剣が振るわれた。

 

「た、助かったわ……簪ちゃん」

 

 簪が引き上げていなければ楯無の身体は両断されていただろう。

 

「………………」

 

 白騎士は依然としてただならぬ闘気を放っている。

 あるのは闘争への願望。

 それを満たせるものはこの戦場には僅かしかいない。

 

「暮桜! 加減は無しだ! 全力でいくぞ!!」

 

『わかりました!』

 

 スラスターを最大稼働させた暮桜が、千冬が、赤い軌跡を描きながら白騎士へ挑む。

 己の願望を満たす者を認め、白騎士も動き出した。

 激突する二つの《雪片》。

 

『この力……! 先程とは段違いだ!』

 

 拮抗する力に、暮桜も驚愕する。

 

「白騎士! お前の望みを叶えるわけにはいかない! お前の戦いはここで終わらせる!」

 

 千冬が剣越しに宣言すると、白騎士のバイザーが怪しく光った。

 

「━━━━この銀河は全てが戦場。戦場がある限り、私の戦いは終わらない」

 

 暮桜は全力。だが、対する白騎士は未知数。その力の底は計り知れない。

 

「戦場に立つ資格を持つ者を、私は超え続ける!」

 

 雪片壱型が弾かれ、千冬はほんの一瞬だけ無防備になる。

 

「……っ!?」

 

 白騎士の刃が閃き、千冬に向けて襲いかかった。

 

「千冬姉は!」

 

「やらせないっ!」

 

 激突の一秒前、白騎士の攻撃は一夏とマドカ、二人の剣に阻まれる。

 

「一夏! マドカ!」

 

「━━━━退け……!」

 

 白騎士は己の渾身の一撃を遮った《雪片弐型》とブレードビットを振り払うと、白式とブレーディアにも斬撃を見舞った。

 

「ぐあっ!」

 

「うわあっ!」

 

 吹き飛ぶ一夏とマドカ。だが次の瞬間、白騎士の胴にラウラの放った砲弾が撃ち込まれた。

 

「教官! 今です!」

 

「だああっ!」

 

 《雪片壱型》が白騎士を切り裂いた。

 

「………………!」

 

 白騎士の鎧が砕け飛び、その内部が露わになる。

 その心臓に位置する場所に、ISコアらしきものが脈動していた。

 

「暮桜! これが白騎士のコアか!」

 

『違います! このコアからは白騎士を感じない!』

 

「これは……紅椿か!」

 

 ワンオフ・アビリティー《絢爛舞踏》の強制的な発動により、無限のエネルギーを白騎士に与え続ける箒のISのコアが、微弱な金光を放っている。

 

「これがこいつの力のカラクリか!」

 

「………………」

 

 白騎士のバイザーが形を崩し、その顔を露わになった。

 それはまるで鏡写しのように、千冬と同じ顔をしていた。

 

「どこまでもあの時と同じか……!」

 

『千冬! 来ます!』

 

 もう一度動き出した白騎士が千冬へ斬りかかる。

 

「くっ!」

 

 雪片壱型で受け止め、距離を取るために後方へ飛ぶが、白騎士も千冬に追いすがり、剣戟の音が空に木霊させる。

 

「………………」

 

 世界最高峰の戦いを、瑛斗は目で追いかけていた。

 クラウンを飲み込み、完全に自律行動をする白騎士。そして空には刻一刻と近づいてくる崩壊のタイムリミットが浮かんでいる。

 

 ━━━━残された手段はただ一つ。

 

(でも、そうしたら、もう……)

 

 自分のやるべきことはわかっている。だが、その代償の大きさも瑛斗はわかっていた。

 

 ━━━━警告! 多方向からロックオンされています!━━━━

 

「っ!」

 

 ほうけていたつもりはない。しかしアオイの影が瑛斗を取り囲んでいた。

 ビームの集中砲火が迫る。

 しかし瑛斗が防御するより先に現れた炎の壁がビームを防いだ。

 

「ほ、炎のバリア……」

 

「……何を迷っているの」

 

「!」

 

 炎壁の内側に、瑛斗の他にもう一人。

 

「スコール……」

 

 金色の装甲を纏うスコールがまっすぐ瑛斗を見ていた。

 

「ここまで来ておいて、今更尻込みするなんて冗談じゃないわ」

 

「………………」

 

「あなたのISには……いいえ、()()()()I()S()には、この時のための力があるんでしょう?」

 

「……! お前、知ってたのか?」

 

 瑛斗が驚いて身体を向けると、スコールは柔和な笑みを浮かべた。

 

「彼女との付き合いはあなたより長いのよ? そのISのことだって聞いてるわ。あの時はほとんど信じてなかったけど。……でも、今なら彼女の言葉の意味もわかる。それに、あなたが何をしようとしているのかも」

 

 スコールは瑛斗の距離を詰めて、ぐっ

 と瑛斗の胸の真ん中を指で押した。

 

「あなたの『魂』にだけ従いなさい。どんな結末でも私は……あの子たちは受け入れるわ」

 

「魂に……」

 

「そう。それをわからせてあげる」

 

「え━━━━」

 

 スコールは微笑み、瑛斗の頬に両手を添えると、瑛斗と唇を重ねた。

 

「……!?」

 

 瑛斗が驚いた時には、スコールは顔を離し、止まっていた二人の息が同時に外へ流れた。

 

「な、何を!?」

 

「うふふ。やっぱりあなたは驚いた時が一番可愛いわね」

 

「こんな状況で何やってんだよ!」

 

「今言った通り、私の魂に従ったのよ」

 

 スコールが指を鳴らすと炎壁が弾け飛び、影たちを薙ぎ払った。

 

「行きなさい。行って、終わらせてきなさい。それまでの道は作ってあげるから」

 

 包囲に綻びが生まれ、一つの道が作られる。

 自身を見つめる瞳に、もはや言葉はいらなかった。

 

「スコール……ごめん」

 

 瑛斗は一言告げてから、光の翼をはためかせ、駆け抜けていく。

 遠ざかっていく背中に、スコールは瞳を揺らした。

 

「馬鹿ね……。どうして謝るのよ」

 

 そのつぶやきは彼女以外の誰にも聞こえないまま、戦場の渦へと消えていく。

 

「さてと……もうひと頑張りかしら!」

 

 逆巻く炎を従えて、《ゴールデン・ドーン》は飛ぶ。

 

「………………」

 

 背後で炎が爆ぜるのを感じながら、瑛斗は白騎士へ突き進む。

 流れていく視界の端々で、仲間たちの戦う姿を捉えた。

 みんなが戦っている。今日という日を明日に、未来に繋げるため。

 

「……なのに、俺が怯んでちゃダメだよな……!」

 

 拳を握り、間近に捉えた白騎士を見据える。

 

「行くぞG-soul……。俺たちがやるんだ!」

 

 ビームブレードが唸りを上げ、大出力の光剣が顕現する。

 

「おおおおっ!」

 

 気合の叫びとともに白騎士へ肉迫する。暮桜と打ち合っていた白騎士は新たな強者の攻撃に対応できなかった。

 

「桐野か!」

 

「千冬さん、俺がやります!」

 

「だがお前だけでは━━━━」

 

 その時、千冬の横を白い機体が突っ切る。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 一夏だ。

 

「お前一人にやらせるかよ! 一緒にやろうぜ!」

 

「……へっ、ちゃんとついて来いよ!」

 

「上等!」

 

 白式とG-soul。二機のイレギュラーが、始まりの騎士と剣を交える。

 

「━━━━お前たちに、戦場に立つ資格があるか……!」

 

「黙れ! 資格があろうとなかろうと、お前を倒す!」

 

「千冬姉と束さんの人生をめちゃくちゃにしやがって! 許さねえ!」

 

 二人の戦士は、確かに闘争の化身と渡り合っている。

 千冬にはその光景が異様に見えた。

 

「あいつら……白騎士の動きに対応しているのか?」

 

『確かに彼らは成長している。ですが原因は、もっと別なところにあります』

 

「別なところ?」

 

『……千冬、どうやら、私たちにも別れの時が近づいているようだ……』

 

「……! 暮桜……お前……」

 

 千冬はようやく理解した。

 この戦いが、いよいよ終わりの時を迎える。

 そして、訪れるべき時がやって来る。

 そう理解してしまった。

 その間にも、瑛斗と一夏は白騎士を追い詰める。

 

「………………!」

 

 二人を一掃するため闇色の翼を広げた白騎士。

 

「やらせない!」

 

 対抗して瑛斗はG-soulのビームウイングを駆け巡らせて白騎士の翼を切り刻む。

 反撃の手段を失い、白騎士が硬直する。

 

「うおおっ!」

 

 瑛斗は白騎士の胸部に右腕を打ち込み、紅椿のコアを抜き取った。

 

「今だ一夏!!」

 

「白式! フルパワーだあああッ!!」

 

 爆光した《零落白夜》のエネルギー刃が唸り、下段から全力で振り上げられた。

 白式の与える傷は、白騎士の再生能力を無力化する。白騎士は胴体の左半分を失い、内側の虚無を露わにしながら空中に漂った。

 

「やった! 勝ったぞ瑛斗!」

 

 しかし一夏が快哉を上げた瞬間、白騎士は再起動し身体を起こした。

 そう、《白騎士》は人間ではない。

 手をもがれようが、足をもがれようが。半身を失ったとしても動き続ける。

 

「━━━━私の、戦いは……」

 

 白騎士は力を振り絞るように加速して、別の空とつながる穴へと飛んでいく。

 

「あいつ、あの中に逃げる気か!」

 

 追いかけようとした一夏の肩に、瑛斗の手が置かれた。

 

「……一夏、お前はここまでだ」

 

「瑛斗? お、おい!?」

 

 瑛斗が飛翔する。

 一夏は続こうとしたが、逆にがくんと高度を落としてしまった。

 白式が重い。

 思うように動かすことができない。

 

「白式……?」

 

 そして一夏は気づいた。

 己の身体、《白式》の装甲が、淡い光に包まれていることに。

 その純白の機体が、少しずつ透化していることに。

 そして光は、G-soulの纏う光と同質であるということに。

 

「……!」

 

 肌が粟立つのを感じ、一夏は叫んだ。

 

「瑛斗! 返事しろ! 瑛斗!!」

 

 だが瑛斗は振り返らない。立ち止まらない。いつの間にか、その手に持っていた紅椿のコアも無くなっていた。

 

「これが……お前の望みなんだよな……」

 

 瑛斗は白騎士の前に立ちふさがり、白騎士は剣を握った。

 

「━━━━私の意義、私の使命……! 邪魔を……するな!」

 

「お前を、ここから先に行かせるわけにはいかない」

 

 全身に力を込めた。

 

「G-entrasted!」

 

 光の翼から伸びた無数の光軸が、この場にある全てのISとG-soulを繋いでいく。

 

 光の帯は鈴たちや教師部隊、倒れ伏したフォルテにも降りていた。

 

「この光、あの時と同じ……」

 

「……でも、前とは、少し違う」

 

「そうですわね。強い意志を感じるけれど……」

 

「ええ。なんだかあったかいわ」

 

 中空のスコール、オータム、アリーシャ、海乃も光を浴びる。

 

「始まったわね……」

 

「こ、こいつはガキのっ?」

 

「へえ、あの坊やのワンオフ・アビリティーか」

 

「ちょ、ちょっと。これ大丈夫なの? エネルギーがどんどん減ってくんだけど!?」

 

 海乃が言う通り、彼女たちのISからエネルギーが吸い上げられていく。

 シャルロット、ラウラ、簪、楯無、マドカは三度目の体験となるこの現象にこれまでになかった違和感を覚えた。

 

「ねえ、止まらないよ? ブレーディアのエネルギー、もう無いのに」

 

「わ、私の打鉄弐式も……?」

 

「これは……」

 

 ラウラはレーゲンが指先から消えていくのを見た。

 

「れ、レイディが!?」

 

「ラファールまで……!」

 

 粒子になったISは、光の起点となっているG-soulへと流れていく。

 

「ISを、吸収しているのか?」

 

 エネルギーだけでなく、ISそのものを吸収する。

 イーリスにはそんな話に聞き覚えがあった。

 

「エリナが言ってたのはこれのことか!」

 

 ファング・クエイクは閃光の後で粒子となり、G-soulへと吸い寄せられていく。

 飛行手段を失い、ISスーツ姿になったイーリス。しかしその身体は残された光に包まれ緩やかに下降していった。

 

「ど、どうなってんだこりゃ……」

 

 そして、その光は暮桜にも。

 

「暮桜……」

 

 千冬は自分の肢体を包む装甲が少しずつ消えていくのを見つめ続けた。

 

『千冬、私は……いえ、私たちはあなたと束に背負え切れないほどの宿命を負わせてしまった。今さらですが━━━━』

 

「何も言わなくていい。わかっている。私も、束もな」

 

『……そうですね。では、最後に一つだけ。あなたたちに会えて、共に戦えて良かった』

 

 暮桜が煌めく粒子になって、光芒に吸い込まれた。

 

「これがG-soulの……」

 

 そして、G-soulはその力を最大解放する。

 

「俺の……!」

 

 せり上がった装甲の内側が、虹にも似たプリズムを発した。

 

「俺たちの願い!!」

 

 《白の刀》と《紅の刀》を両手に握り、瑛斗は白騎士へ猛進。

 白騎士は残る右腕の刀で受け止めようとしたが、白刃が触れた瞬間に白騎士の刀が消滅した。

 

「はあっ!」

 

 紅の刀で白騎士を打ち上げ、続いて呼び出された《ビット》がレーザーを放ち、一体化した刃で白騎士の装甲を削る。

 瑛斗は新たに握った《青龍刀》で白騎士の身体を一閃した。

 

「……!」

 

 白騎士は対抗して荷電粒子砲を召喚する。

 

「遅いっ!」

 

 瑛斗が振り上げた右腕に《パイルバンカー》が呼び出された。杭は粒子砲に打ち込まれ、砲身を瓦解させる。

 続けざまに反転して呼び出した《電磁砲》で白騎士を穿ち、着弾点から発生した《水》と《電撃》が白騎士を貫いた。

 白騎士に突き刺さったビットが放つのは《振動攻撃》。そしてビットは《爆裂》し、《風》と《炎》が噴き上がる。

 

「これで━━━━!」

 

 G-soulの右腕に、内包するすべてのエネルギーが収束。

 

「終わりだああああっ!!」

 

 叩きつけられた輝きに、白騎士の形が崩れ落ちていく。

 

「……私の……私たち戦いは……」

 

 白騎士が瑛斗へ伸ばした右手は、何も掴むことなく風に溶けていった。

 

「戦いは終わったんだ。とっくの昔に。……お前たちの戦場は、もうこの宇宙のどこにも存在しない」

 

「………………」

 

 その言葉に白騎士は━━━━微笑んだ。

 

「そうか……。私は、よう……や……く……」

 

 闘争の化身は、安堵の言葉を残し、この星から消え去った。

 戦場を埋め尽くしていたIOSも、アオイの影も、一体もいつの間にか消えている。

 戦場だった空は、しんと静かになった。

 

「………………」

 

 静寂の空に唯一浮かぶ瑛斗の腕の中に、なんの反応もしない身体が一つ収まっている。

 

「クラウン……」

 

 クラウン・リーパーだったその身体は、まるで自身の中の復讐の炎に焼き尽くされたかのように痩せ細っていた。

 

(白騎士、お前がクラウンを選んだのは━━━━)

 

「瑛斗!」

 

 思考は何人もの声が重なって聞こえた呼び声に遮られた。

 天井をなくした浮遊城のタワーの頂上フロアから手を振っている少女たちの姿が見える。

 

「………………」

 

 瑛斗が降り立つと、シャルロット、ラウラ、簪が駆け寄ってきた。

 

「瑛斗! やった! やったね!」

 

「すごかった……!」

 

「当たり前だ。私の嫁だぞ!」

 

 三人とも、勝利を確信し声を弾ませる。

 

「あなたたち、まだ喜ぶのは早いわよ」

 

 そんな三人を、スコールが諌めた。

 

「一番の問題がまだ残ってるわ。……あの穴よ」

 

 スコールが指差したのは空。

 白騎士が消えてなお、蒼穹に開いた穴は広がり続けている。

 

「あの穴、なんで消えてないのよ?」

 

「敵は全て倒したはずですのに……」

 

「どうするの? みんなのISは残らず瑛斗が……」

 

「篠ノ之博士よ、あのままじゃマズいんだろ? 何か策は無いのかよ?」

 

 天才の頭脳をあてにしたイーリスが、束に顔を向ける。

 

「………………」

 

 しかし、束の顔つきは明るくなかった。

 

「姉さん?」

 

「お、おいおい。まさか万策尽きたってんじゃねえだろうな?」

 

「いいや、ある。あるよ。ある、けど……」

 

 束が唇を噛み締めて堪える姿に、大半の者たちが訝しむ。そんな中で、瑛斗は一歩前に出た。

 

「瑛斗?」

 

 俯けていた顔を上げ、瑛斗はこの場の全員に告げた。

 

「みんな。━━━━お別れだ」

 

 ◆

 

 シャルロットは、少年が何を言ったのか判断が出来なかった。

 

「お別れって……瑛斗、何言ってるの?」

 

 だが、一秒ごとにその言葉の意味がわかっていく。

 

「あの戦いを止めて、穴を塞ぐ。ここから先は、俺とG-soulだけでやる」

 

「………………!」

 

 シャルロットは、真に理解した。

 自分が感じていた不安の正体を。

 それは、この時、この瞬間が来ることへの恐れだったのだ。

 

「待って……! 待ってよ!」

 

「シャル……」

 

「なんで? なんで瑛斗が一人でやらなきゃいけないの? 一緒に帰ろうよ!」

 

「そうだ瑛斗! きっとまだ方法はあるはずだ! 千冬姉! 束さん! 本当にもう何もできないのかよ!?」

 

 一夏は縋る思いで二人に振り返ったが、千冬も束も、その表情は暗い。

 

「束……」

 

「……暮桜も消えた今、この状況を打開できるのは、あの穴の中で戦う『彼ら』を止められるのは、G-soulだけだよ……」

 

「そんな……!?」

 

 一夏はもう一度瑛斗に振り返った。瑛斗はただ、全てを受け入れたように目を伏せていた。

 

 空に開いた穴はさらに広がっていく。穴の中から冷たい空気が吹き荒んで、凍えそうな寒さが押し寄せる。

 続けて、地鳴りも聞こえ始めた。主を失った城が最後の大崩落を始めたのだ。

 

「もう時間がない。あの穴が完全に開いたら、この星もG-soulたちの故郷と同じ最期を迎えることになる。そんなことは絶対にさせちゃいけない」

 

 断言する少年。だが少年が紡ぐ言葉には彼自身の他にももう一つの意思がある。

 

「もう『合図』は送られた。もうじき、世界中から全ての仲間がやってくる。そうすれば戦いは終わるんだ」

 

「てめえ……ふざけんなよ……!」

 

 怒気を孕んだ声音のイーリスが瑛斗に近づく。

 

「お前みたいなガキが世界を救う神様を気取ろうってのか! お前のISを寄越しやがれ! 私が代わりに━━━━!」

 

 言い切る前に、G-soulの光翼の一翼がイーリスのつま先の間近に突き刺さった。

 

「……無理、なんですよ。G-soulは俺を選んだんですから」

 

「……!」

 

「それに……俺は神様になろうなんて思ってませんよ。俺は人間です。どんな力を得たとしても、どれだけの時間を過ごしても、人間は人間のままなんだ」

 

 瑛斗は腕に抱くクラウンをちらと見て、穏やかな声音で言った。

 

「クラウンも連れて行く。俺がこいつに出来るせめてものことだ」

 

 イーリスは瑛斗の目に迷いも恐れも無いことを認めたくなかった。

 

「ガキが……そんな目をするんじゃねえよ……!」

 

 くそったれ。

 何が国家代表だ。国の誉れだ。

 ISがなかったら、何も出来やしないじゃないか。

 そう叫び散らしたかったが、その衝動を超えるほどの無力感が、イーリスを押し留めた。

 

「瑛斗……行っちゃうの?」

 

 フラフラと、簪は覚束ない足取りで瑛斗に近づいていく。

 

「嫌だ……。そんなの、嫌だよ。……私も一緒に行く! 連れて行って!!」

 

 直後、簪の足元が崩落を始めた。

 

「簪ちゃん!」

 

 楯無が簪の肩を掴んで引き寄せて、落下を防いだ。しかし簪はなおも進もうと、瑛斗に近づこうとした。

 

「お姉ちゃん離して! 瑛斗が……瑛斗が!」

 

「いい加減にしなさい!!」

 

「……っ!」

 

 これまで聞いたことのない楯無の一喝に、簪は失っていた冷静さを取り戻す。

 

「お姉……ちゃん……」

 

 そして気づいた。肩を掴む姉の、楯無の、刀奈の手が、震えているのだ。

 

「瑛斗くんの気持ちを無駄にしちゃ、ダメよ……」

 

 その目には涙さえ溜めて。それでも必死に堪えている。

 

「お姉ちゃん……!」

 

 刀奈の目に悲壮という言葉だけでは言い表せないものを感じた簪は、もう何も言えず、地面に膝をついてしまった。

 

「……瑛斗」

 

 簪に変わり、ラウラが瑛斗に一歩だけ歩み寄った。

 

「止めてもお前は行くのだろう? だから、止めはしない」

 

 だがな。そう言ってラウラは瑛斗を指差した。

 

「お前に任務を与える。必ず帰還しろ。失敗は許さん! 絶対に……絶対に帰ってこい!!」

 

 それ以上言うことはなく、ラウラは瑛斗に背中を向けた。流れる涙を見せないように。

 

「ラウラ、━━━━ありがとう」

 

「……っ!」

 

 礼なんていらない。帰ってくると約束して欲しかった。

 もう一度彼の顔を見たら、自分がどうなってしまうか自分でもわからない。だからラウラは痛いほどに拳を握り締め、耐えた。

 

「……スコール」

 

 瑛斗はラウラに合わせていた視線を上げ、オータムの後ろで腕を組んでいたスコールと目を合わせた。

 

「みんなのこと、頼めるかな」

 

「あら、いいの? 私なんかに任せちゃって。何するかわからないわよ? もっと適任者がいるんじゃないかしら?」

 

 精いっぱいおどけてみせたが、瑛斗は微笑むだけだった。

 

「お前だからこそだ。お前なら信じられる」

 

「………………」

 

「俺……お前に昔会ったような気がするんだ」

 

「っ!」

 

「さっき、思い出した。ずっと昔だ。どんな話をしたかは覚えてないけど、あの森の館で、俺はきっと━━━━」

 

「残念だけど、人違いよ」

 

「………………」

 

「私は、あなたに会ってなんてない。それはきっと……別の誰かよ」

 

「……そうか。そうだな」

 

 瑛斗はほんの一瞬だけ寂しそうな目をして、すぐにそれを消した。

 

「これからみんなをIS学園に転送する」

 

 少年の声をキーにして、シャルロットたちの足元から包み込むような光の奔流が溢れ出した。

 

「この城も俺の制御下だ。規模が規模だから、G-soulを直接接続しなきゃダメだったけど」

 

 光は少年との距離を、少しずつ離していく。

 

「━━━━行ってくる」

 

 少年は床面に刺していた一翼を抜き、背を向けた。

 

「僕は……」

 

 シャルロットは消え行く背中を、ただ見送ることなんて出来なかった。

 

「僕は……まだ……」

 

 足は動く。

 だから、駆け出した。

 

「僕は、まだ本当の気持ちを伝えてない!」

 

 シャルロットは光の中に消えていく背中に向けて走った。

 

 まだ見える。

 まだ近づける。

 

「瑛斗っ!」

 

 声もまだ聞こえる。

 名前を叫ぶと彼は振り返った。

 

「僕はっ!!」

 

 でも、そこが限界だった。

 

「僕は君のことを━━━━!」

 

 愛してる。

 

 爆光の中で、その言葉が届いたかはわからない。

 ただ、最後に見えた少年の顔は━━━━。

 

 優しく笑っていた。

 

 ◆

 

 空に開いた大穴は、崩壊する浮遊城とともに昇った流星と、それに追従するように世界中から押し寄せた数多の光を飲み込み、跡形もなく消滅した。

 

 その光景を間近で見ていたIS学園防衛部隊は、眼前で爆ぜた閃光の中から現れた侵入部隊の予想外の帰還に驚き、そして喜んだ。

 

 だが、たった一人。

 

 たった一人の未帰還者の存在が、驚きも喜びも、等しく悲しみに塗り潰した。

 

 こうして世界は救われた。

 

 癒えることない傷を、少女たちに残して━━━━。




まさかの瑛斗くん消滅!
続きは本日20時に投稿するエピローグをお待ちください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。