IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

203 / 219
お待たせしました。更新です。なんとか間に合いました……!


破滅の騎士 〜または在りし日の真実〜

瑛斗へ。

 

書き始めからなんだが、本当はこの手紙を君に読んで欲しくはない。

僕がもっとも信頼している仲間に預けたこの手紙が、後で僕自身に回収されていることを切に願っている。

だが、これを君が読んでいるのなら、それは叶わなかったということだろう。

 

エグナルドおじさんを知ってるね。

僕の仕事仲間だ。最近彼は他の何人かと一緒に不穏な動きを見せている。

僕はこれからその真意を確かめに行く。

もちろん彼を信じている。でも万が一のことも考えて、睡眠薬で眠らせた君を完成したコールドスリープマシンに入れて隠すことにしたよ。

チヨリには人を疑うことを知らないなんてよく言われるけど、今回ばかりは僕も最悪の事態を覚悟している。君をそれに巻き込みたくなかったんだ。

 

君が、いつの時代にいるのかはわからない。この手紙を書いた明日か一年後か、もっと後かもしれない。

身勝手なことだとはわかっている。

それでも、僕はこの言葉を書かずにはいられない。

そばにいてやれなくてごめん。

生きていてくれてありがとう。

 

最後に、未来の君にささやかな贈り物をしたことを書いておく。

これは僕とエグナルドしか知らないことだ。君の眠っていたマシンには━━━━………

 

 

眩い光が消え、シャルロットは目を開けた。

 

「こ、ここは……?」

 

巨大な結晶で作られた空間。

自分たちがいた結晶洞よりもずっと広い。

 

「どうやら、ここがゴールみたいね」

 

横に立つスコールが前方を示した先には、見たこともない黒鎧と対峙する瑛斗の姿。その周りには満身創痍の箒を支える楯無や、簪にマドカ、なぜか真耶と千冬までいる。

 

「瑛斗っ!」

 

駆け出そうとしたシャルロットだったが、イーリスがそれを止めた。

 

「待て。まだ何か来るぜ」

 

イーリスの言う通り発光は続いていて、その奥に人影が見える。そのうちの一人、見覚えのあるツインテールが躍動的に揺れていた。

 

「蘭! あんたマジで何しちゃってんのよ!? アタシら終わりじゃないのおおお……お?」

 

「ひいいっ!? ごめんなさあああああ……い?」

 

「ど、どこですの、ここは?」

 

「……また、別の場所に?」

 

IOS《ベテルギウス》を倒し転送された四人が、不思議そうに首を巡らせる。

 

「セシリア! 鈴! 蘭ちゃんたちも!」

 

「シャルロットさん? では、わたくしたち、助かりましたの? よかった……」

 

安堵するセシリア。その指の先に何かが触れた。

 

「え? ━━━━きゃあっ!?」

 

飛び退くセシリア。セシリアが触れたのは側で倒れていた女性だった。それも一人や二人ではない。十人近くの女が倒れていた。

 

「こ、この方たちは……?」

 

「この眼帯……! ラウラのと同じ眼帯よ!」

 

「じゃあ、黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の隊員さんたち!?」

 

シャルロットは林間学校の折に言葉を交わした黒ウサギ隊の副隊長、クラリッサの姿を見つけた。

「ら、ラウラ!?」

 

そして、その横に倒れるラウラの姿も。

 

「ラウラ! 起きて! ラウラッ!」

 

呼びかけ、身体を揺さぶると、ラウラは短い呻きを漏らしてから目を開けた

 

「シャルロット……? 私は……」

 

「ああ……! よかった……!」

 

「おいフォルテ! 目ぇ覚ませ! ダリル! おいったら!」

 

「あ、アメリカ代表! そんなに叩いたらダメですよ!?」

 

シャルロットの横で、イーリスが倒れていたフォルテとダリルを文字通り叩き起こそうとしたが、教員たちに止められていた。

 

「……全員ここに飛ばされたみたいね」

 

スコールはこの場にいる顔ぶれを確認し、そして前方の黒鎧に目を向けた。

 

「なあスコール、あの黒いの、もしかしてクラウンなのか?」

 

「おそらくね。先生方、ここは任せるわ。行くわよオータム」

 

スコールとオータムが瑛斗の元へと飛んだ。

 

戦いはもうすぐ終わる。

 

そうシャルロットは直感していた。

 

(でも、なんだろう……。この嫌な予感は……)

 

しかし胸の奥から湧き上がる不安が拭えなかった。

この戦いにおける『勝利』とは、何なのか。

答えを見出すことが出来ない。

 

(大丈夫だよね。瑛斗……)

 

シャルロットが双眸を向けた瑛斗の背中は、とても遠いところにあるような気がした。

 

 

「瑛斗くん……。来てくれるなんて嬉しいよ」

 

黒い鎧。

中からクラウンの目が覗き、声が聞こえる。

 

「よく彼女を……アオイ・アールマインを倒せたね。褒めてあげるよ!」

 

「………………」

 

「どんな気分だい? 育ての親の死を二度も見た気分は?」

 

剥き出しの狂気が、挑発するように鳴き吼える。

しかし、その狂気を前にしても少年の声音は静かだった。

 

「━━━━篠ノ之博士を返せ」

 

「……あ?」

 

「博士を返せって言ったんだ。お前の計画に、その人はもう必要ないはずだ」

 

期待外れの返答にクラウンは閉口し、だがすぐに乾いた笑いを吐いた。

 

「ハッ、そんなにこの女が大事かい? でも残念ながら俺もこうなった彼女をどうすることも出来ないんだよ」

 

「……そうか」

 

瑛斗が短く答えると、六枚のビームウイングが光を増し、束を閉じ込めた水晶を同質の光で包み込んだ。

 

「な、何を……!?」

 

「俺やお前が知らなくても、()()()は知ってるらしい」

 

束を内包した光球は瑛斗のもとへ飛び、瑛斗はそれを両手で受け止める。光が消えると、瑛斗の腕の中で眠る一糸纏わぬ束が姿を現した。

 

「姉さん!」

 

束を腕に抱いた瑛斗は箒をチラと見やってから、隣にいた千冬に体を向けた。

 

「千冬さん、博士を」

 

「あ、ああ……」

 

一夏をマドカに預け、瑛斗から束を受け取った千冬。眠る束を視て《暮桜》は驚いていた。

 

『何てことだ……。束から白騎士の因子が、私を押し出すほどに膨れ上がっていたはずなのに完全に消滅しています!』

 

千冬が顔を上げると、瑛斗は穏やかに微笑んだ。

 

「お前がやったのか?」

 

「俺じゃありません。G-soulがやったんです」

 

瑛斗の声は確信に満ちていた。なぜ? どうやって? そんな疑問を問いかける前に遮断するほどの断言。

理屈ではない。

判断した千冬はそれ以上探る気にはなれなかった。

 

『今の光を、私は憶えています。強い決意とともに私に覚醒を促した、あの時の光……!』

 

そして千冬は想起する。瑛斗が初めてG-soulのワンオフ・アビリティーを発現させたあの日を。

地下にも差し込んだ光軸は、暮桜にも繋がっていた。それが、暮桜の目覚めの本当のきっかけになっていたのだ。

 

「桐野……お前……」

 

「千冬さん、みんなを連れてここを出てください。ここから先は、俺とG-soulだけでカタをつけます」

 

もう一度千冬に背中を向けた瑛斗は、クラウンを視界に入れた。

 

「君一人で俺の相手をするのかい? 俺の中には白騎士と紅椿がいるんだよ?」

 

クラウンは右腕を上げ、一振りの長大な刀を握り締めた。

 

「あいつの言う通りよ」

 

瑛斗の横にスコールとオータムが立つ。

 

「お前ら……」

 

「これだけの戦力があるんですもの。わざわざ一人で相手する必要はないでしょ?」

 

「こんなひょろっちい鎧、袋叩きにして、しめーだ」

 

「いや、違う。違うんだ」

 

瑛斗は首を横に振ると、まっすぐな目でクラウンに尋ねた。

 

「クラウン、一つ聞きたい。どうして世界を滅ぼそうとする。この世界が本当に歪んでると思ってるのか?」

 

「何を言い出すかと思えば……。前に話した通りだ。こんな世界は滅んで当然なんだよ」

 

「けど、お前はそんなこと望んでないはずだ」

 

「……何が言いたい」

 

怪訝な目で睨むクラウンと、睨まれる瑛斗。しかしスコールは理解した。

 

「瑛斗……あなたまさか……!?」

 

瑛斗は決然として頷く。

 

「……読んだんだ。手紙」

 

「━━━━!」

 

目を見開いたのはクラウンだった。その目は純粋な驚きに染まっている。

 

「二十年前、俺の父親はエグナルドの裏切りを予見してたんだ。そんな中で俺を守ろうとして俺をコールドスリープにかけて、手紙をクレッシェンドのマスターさんに預けて、そして……殺された」

 

「………………」

 

「けど、それで終わりじゃない。ここからが重要だ。コールドスリープした人間は、()()()()()()()

 

「二人……?」

 

「一人は俺。そして残りの一人は、時間の流れに取り残された俺のために造られた━━━━命」

 

「命……」

 

「そいつは、当時の俺と同じくらいになるまで培養された男の子」

 

その言葉に得心いった千冬は、後方にいるラウラを見やった。

 

「デザインベイビーか……」

 

生命を冒涜する禁断の技術。その技術の落とし子の正体を知る瑛斗は、深く息を吸い、自身が言うべき言葉を紡いだ。

 

「━━━━クラウン、お前だな?」

 

「「「「「!?」」」」」

 

ざわめきが、空間を満ちた。

 

「まさかとは思った。でも、そうとしか考えられない。俺に会いたがったり、手紙のことを知っていたり、所長と同じ顔の女を仲間にしていたり……。お前の行動は、まるで俺に何かを気づかせようとしてるみたいだった」

 

「瑛斗くん……それって……。でもそれじゃあどうして彼は大人の姿をしてるの!?」

 

楯無の疑問に瑛斗も同意し、首肯する。

 

「そこが、俺にもわからないんです。コールドスリープされたなら、あいつも俺と同じで年齢の見た目のはず。それに、手紙のことだって……」

 

その答えを求めるように見たクラウンは、くつくつと笑いながら肩を揺らしていた。

 

「………………なんて」

 

「?」

 

「ああ、なんて……。なんて間の悪さだ! もう少し早かったら俺の決意は揺らいでいたかもしれないよ!」

 

クラウンの身体を包む鎧から、黒い何かが噴き出す。まるで、その怒りを体現するかのように。

 

「そうさ! 俺はエグナルドとお前の母親の遺伝子で作られ、機械の中で産まれた! あの男はお前の母親に焦がれていたんだ。その欲望を抑え切れずに生まれたのが俺だ。勝手に採取した遺伝子で、勝手に俺を造りあげた! あの森の研究所でな!」

 

「でも、それだとすぐに気づかれる。デザインベイビーを造るなんてしたら、なおさら……!」

 

「当然露見したさ。でもお前の両親はあいつの行いを知っても怒るどころか許したそうだ! お前に家族が増えると! 聖人も度が過ぎれば狂人だ! エグナルドは耐えられなかったんだよ! その優しさを受けて、一層自分が惨めになって、だから裏切った! 俺を道連れにして!」

 

「じゃあ、コールドスリープマシンには……!」

 

「入ってないとも。お前の父親がお前のためにコールドスリープマシンに入れていた俺を、エグナルドは反乱の直前に引きずり出したんだ! 何の力もなかった俺はあの男の下で必死に生き続け、人間という生き物の醜悪な側面を見続けた! だがそれはある時を境に一変した。━━━━お前が落ちてきたんだ!」

 

「……っ!」

 

「とうに死んだと思ってた異父兄弟が生きてて、しかもIS学園にいる! エグナルドはお前を恐れたが、俺は興味を持ったよ! 調べに行くなんてうそぶいて、俺は一人でお前に会いに行ったんだ。あれは……そう! 去年のタッグ・トーナメント!」

 

「お前があの場に……!?」

 

「見事な戦いっぷりだったよ。でも、そんなのはどうでもいい。始まる前からどうでもよかった。━━━━お前を見た瞬間から!!」

 

溢れ出した闇は天井を覆い、圧し潰すように砕いた。流れ込む外気が吹き荒れる。

 

「お前は輝いていた! 全てを失ったはずなのに、絶望していなかったんだ! 見せつけられたよ。住む世界が違うと! だから許せなかった!」

 

「だからこんなことをするのか!? だったら俺だけを狙えばいいだろ!」

 

「ぬるいんだよ! お前の住む世界を、お前を取り巻く全てのものを壊さなきゃ気が収まらない!! そして俺は、()()()()!」

 

「出会った……?」

 

「始まりの力! 世界を作り変えた、究極の力と!」

 

「白騎士か……!」

 

「この力があれば俺はお前を超えられる。俺の願いが果たされるんだ! ISもIOSも超えた、この《零騎士(ぜろきし)》で!」

 

黒鎧━━━━零騎士は刀身を展開し、闇色のエネルギー刃を迸らせる剣で瑛斗に襲いかかった。

 

「ぐっ!?」

 

とっさに作動させたビームブレードで受け止める。戦いの鐘は、突然鳴り響いた。

 

「待てクラウン! 俺はお前と━━━━」

 

「戦う気はないって? 俺を説得しに来たとでも!? ふざけるな! 俺を忘れ、のうのうと生き続けたお前を許しはしない!」

 

「クラウン……!」

 

「何もかも遅すぎたんだよ! だからお前も馴れ合おうとするな! 吐き捨てろ! この俺を醜い道化と!」

 

「どけガキ!」

 

背後から、グラインド・パニッシャーを発動させたオータムがクラウンに飛びかかる。さらにその後ろには火球を携えたスコールが待ち構えていた。

 

「邪魔をするなぁっ!!」

 

黒鎧の背から闇が溢れ、二人を吹き飛ばす。

瑛斗は後ろにいるシャルロットたちを気にかけ、空を飛んだ。

クラウンも瑛斗を追いかけて蒼穹に身体を投じる。

 

「チッ! あいつだけに任せられるか!」

 

イーリスも《ファング・クエイク》のスラスターを唸らせ、トップスピードで空域へ飛び込んだ。

 

「ぼ、僕も━━━━」

 

僕も行かなくちゃ。シャルロットがラウラにそう言おうとするより、ラウラがシャルロットの肩を掴む方が早かった。

 

「シャルロット……ラファールのコア・バイパスを……! 私も、戦う……!!」

 

「ラウラ!? む、無茶だよ。そんな身体じゃ……」

 

「頼む……! 瑛斗の戦いを、ただ見ているだけなんて嫌なんだ……!」

 

「ラウラ、気持ちはわかるがお前を戦わせるわけにはいかん」

 

「教官……!」

 

「真耶、マドカ、更識妹。お前たちはここで他の教師たちと一緒に負傷者たちの防衛を」

 

「はい! 任せてください!」

 

亡国機業(ファントム・タスク)! やられてないだろうな?」

 

千冬が呼びかけた二人は、すでに立ち上がっていた。

 

「見くびらないでくださるかしら?」

 

「あんなもん、擦り傷にもならねえ!」

 

「よし。更識姉、デュノア。お前たちも私と来い」

 

「わかりました。シャルロットちゃん、いけるわね?」

 

「は、はい!」

 

五機のISが空へ舞い上がる。ラウラはそれを見送るしかできなかった。

その間も、白と黒の星はぶつかり合っていた。

 

「ハハハハハッ!! そらそらぁっ!」

 

ただでたらめに、溢れ出る激情を叩きつけるように剣を振るうクラウン。

 

「くそっ……!」

 

瑛斗はビームブレードで対抗するが、その動きは鈍い。

 

「そんなもんじゃないだろ? お前の力は!」

 

挑発するクラウンに、瑛斗は残る疑問をぶつける。

 

「どうして手紙のことを知っていた!」

 

だがクラウンはそれすらも斬り払った。

 

「さてね! もうそんなことどうでも━━━━」

 

「待ちやがれぇっ!」

 

その二人の間を銃弾の群れが駆け上った。

 

「イーリスさんっ!?」

 

「しっかりしろ桐野瑛斗! こいつがテメーのなんだろうが、やらなきゃマズいことになるんだろ!?」

 

「でも……!」

 

躊躇う様子の瑛斗に、業を煮やしたイーリスは吼えた。

 

「いい加減にしろ! 何に期待してやがる! こいつはもう、誰の声も聞きやしねえ!」

 

「!」

 

その言葉は瑛斗に現実を突きつけた。

目の前の黒鎧は、謝罪なんて望んでいない。ましてや止まることなど。

彼は破滅の未来に突き進むのみ。

だったら━━━━!

 

「……やるぞ。G-soul……」

 

ビームブレードが大型化していく。

 

「俺たちに出来ることは……これだけだ!」

 

クラウンに突進。ビームブレードで斬りつけた。しかしクラウンは受けたダメージよりも喜びの方が強かった。

 

「ハハッ!! やっとその気になってくれたか! もっと見せてよ! お前の力をさぁ!」

 

「だからアタシもいるつってんだろ!」

 

瑛斗の後ろ。クラウンからは死角になっていた位置に移動していたイーリスが飛び上がる。ファング・クエイクの四基のスラスターを右腕に装着し、急加速。イーリスの鉄拳がクラウンを狙った。

 

「だあああっ!!」

 

「そんなパンチで……!」

 

黒鎧は半笑いのまま左腕を突き出し、ブラスティング・ナックルを受け止めた。

それだけではない。その手から闇が染み出して、ファング・クエイクを侵食している。

 

「なっ!?」

 

「イーリスさん! 離れて!」

 

弾かれるようにしてイーリスはクラウンと距離をとる。その際、ファングの右腕部装甲を解離(パージ)したのは、国家代表としてあるイーリスの経験と技量からくる本能的挙動であった。

 

「くく……! もう少しでそのISも飲み込んでやれたのに!」

 

イーリスから離れたファングの右腕は、無理やり圧縮される不快な金属音を響かせて、黒鎧に取り込まれていく。

 

「てめえ……一体どんな手品だ」

 

スラスターは回収できたイーリスの口をついて出た言葉は、今の光景を見れば誰もが問うたであろう。

 

「さあ? なんだろうね」

 

だが道化師は答えず、嗤うだけ。

しかしその笑いは、下から来る気配に遮られる。

 

「瑛斗っ! 大丈夫!?」

 

「シャルか!」

 

千冬を先頭に、スコール、オータム、楯無、シャルロットがこちらに向かってくる。

 

五人に身体を向けた零騎士の胸部が、まるで生物が開口するように裂け上がる。その奥には、暗黒が渦巻いていた。

 

「消え去れぇっ!」

 

放出されるエネルギーの波濤。

 

「させないっ!」

 

前に出たシャルロットはラファールのパッケージ《ガーデン・カーテン》から流用したエネルギーシールドを最大展開した。

 

「この威力……! 紅椿の《穿千》!?」

 

凄まじい威力にシャルロットは表情を歪めた。

 

「っ!」

 

受け止めるシャルロットの横合いから千冬が飛び出し、クラウンに接近する。

 

「ふっ!!」

 

速く、重い一撃。だがクラウンは左手に呼び出した同じ形状の剣で止めてみせた。

 

「……!?」

 

千冬は離脱するが、黒鎧はエネルギーの放射を止め、黒い軌跡で空を引き裂きながら追いすがってくる。

 

「ハハハッ!! 見える! 見えるぞブリュンヒルデ! お前の動きも!」

 

さらなる加速をかけ、零騎士は暮桜に追いついた。

 

『千冬!』

 

「わかっている!」

 

千冬は身体を反転させ、急降下。クラウンの目の前に大火球が押し寄せた。

暮桜は後方に控えていたスコールを察知していたのだ。無論、それには千冬も気づいていた。

豪炎の中に、飲み込まれたクラウンの姿が見える。

 

「これでやれたとは思わないわ。オータム!」

 

「おおおおっ!!」

 

フルパワーのグラインド・パニッシャーを発動した《アルバ・アラクネ》が突き抜け、火球は針で刺された風船のように弾けた。

ウェポンアームはその先端を零騎士の身体にめり込ませている。

 

「弾け飛べええええっ!!」

 

叫びとともに超振動を送り込む。

手応えは感じた。すぐにこいつはバラバラに吹き飛ぶ。

そう思った。

だが。

 

「フハハ……!」

 

クラウンは、笑っていた。

 

「なにっ!?」

 

ゴールデン・ドーンの火炎と、アルバ・アラクネの超振動攻撃。その威力はどちらも一撃必殺と言える。しかしそれがまるで効いていない。

 

「無駄だよ。そんな攻撃、俺には通じない!」

 

オータムの胴を蹴りつけ、ウェポンアームを引き剥がす。

その瞬間、オータムは黒鎧に開いていた穴が時間が巻き戻されるように埋まっていくのを見た。

 

「消えなよ!」

 

二つの剣を突き刺そうとした瞬間、並べた剣と肘から下が、オータムとの間の空間に沈んだ。

 

「これならどうかしらっ!」

 

ワンオフ・アビリティー《セックヴァベック》で楯無がクラウンの動きを止めた。

 

「こんなものがあっ!」

 

空間の拘束をクラウンは容易く引きちぎる。

 

「━━━当然、予想してたわ」

 

楯無が笑い、オータムが横にずれる。

光の刃が殺到した。

 

「はああああっ!」

 

ビームウイング。瑛斗の攻撃だ。

光の乱舞により、零騎士の胸に無数の傷が走る。

 

「チィッ!」

 

クラウンは体勢を立て直し、瑛斗たちと対峙する。

その間も傷は徐々に再生されていった。その光景は、クラウンと戦う全員が見ていた。

 

「再生してる……」

 

「見たところG-soulの攻撃は効くみたいね」

 

「いや、みんなの攻撃も効いてはいる。ダメージを受けた瞬間に回復してるんだ」

 

一同は瑛斗に視線を注いだ。

 

「瑛斗、どういうこと?」

 

「白騎士の再生能力。そして、紅椿の絢爛舞踏」

 

答えを出したのは、千冬だった。

 

「やつのトリックはそれだ。どういうわけか、やつは白騎士の有する再生能力を、取り込んだ紅椿の絢爛舞踏を使って無理やり発動させている」

 

「そんなインチキなこと出来んのかよ!?」

 

『ですが、何の代償も無しに出来るはずがない。彼は一体どうやって……』

 

完全に回復したクラウンが、再度武器を構える。

 

「……うぐっ!?」

 

しかし、クラウンは身体をぐらつかせ、苦しげに呻き始めた

 

「ぐ、がっ……!!」

 

零騎士が内側から歪に膨らみ、何かが鎧の中で暴れている!

 

「な、何だよオイ……」

 

「あれが、その代償なの……?」

 

戦慄するイーリスとシャルロット。あの黒鎧の中はどうなっているのか想像する気さえ起きなかった。

 

「まだ……まだだあっ!」

 

咆哮したクラウンは、霞がかかる視界に捉えた瑛斗へ突き進み、斬り結ぶ。

 

「お前を倒すまでっ! 俺はあああっ!!」

 

身を切るように悲痛な叫びが、瑛斗を震わせた。

 

「クラウン……!」

 

響き渡る剣戟音。その音を聞いて、

 

「……ぅ……」

 

眠っていた一夏が目を開けた。

 

「お兄ちゃんっ?」

 

「マドカ……千冬姉は?」

 

「クラウンと戦ってる。暮桜で」

 

上空で閃く光を見ながら、一夏は手首をさすった。そして気付いた。『無い』ことに。

 

「……白式が……」

 

そのつぶやきに、箒は苦々しげに答えた。

 

「一夏、お前は白式が変化した白騎士に乗っ取られた。千冬さんがお前を助け出したが、その時白騎士はクラウンに……。私の紅椿もやつに奪われて……」

 

返事をすることなく、一夏はただ、空を見上げる。

 

「瑛斗も、戦ってるな」

 

「ああ」

 

ラウラは拳を固め、歯噛みした。

 

「出来るなら、私も共に戦いたかったのだが……悔しいな」

 

「分かるよ。こんな時に戦えるように、守れるように、強くなりたかったはずなのに……」

 

「………………戦えるよ」

 

聞こえたその声は、彼女以外の誰のものでもない。

 

「姉さん……!?」

 

束だ。

天才の目覚めに、守護にあたっていた教師たちもざわめく。

 

「気がついたのですね……!」

 

瞳を潤ませる箒に、束はわずかに首を上下させた。

 

「箒ちゃん、お互い言いたいことはたくさんあると思う。でも、今は白騎士をなんとかしないと」

 

「束さん、戦えるってどういうことなんです?」

 

「いっくん、()()()()()()

 

束の言葉に、一夏は疑問を抱く。

 

「白式を? でも、白式は……」

 

クラウンに取り込まれている。それは紛れもない事実だ。

 

「白騎士を止める最後の切り札は『白式』と、白式を動かす君なんだ」

 

なのに、束の瞳は強い意志を宿している。

それだけで一夏が動く動機には十分だった。

 

「……わかりました」

 

一夏は自力で立ち上がって大空に手を伸ばし、イメージした。

ずっと憧れていた、守るための力。

守られ続けた自分がやっと手に入れた、誰かのために使える力。

それをこんな形で失うなんて嫌だ。

俺はまだ止まれない。止まりたくない。だから━━━━!

 

「来い! 白式!!」

 

その声は、波動となって、上空の黒鎧の中へと響いた。

 

「ぐあ……っ!?」

 

硬直したクラウン。

 

「今だっ!」

 

その隙を逃さず、瑛斗はビームブレードの斬撃を浴びせた。

切り裂かれた傷から、白い光が漏れ出す。

一条の光芒は、手を伸ばす一夏に降り注いだ。

 

『千冬! 見てください! 束が!』

 

暮桜の興奮した声。

 

「束……」

 

向こうからはこちらはほとんど点にしか見えない。なのに束は千冬と目を合わせ、頷いた。

 

「姉さん、これは……?」

 

光に包まれた一夏に驚きを禁じえないまま、箒は束に尋ねる。

束は、その場にいた誰もが聞いたことがないほど落ち着いた、静かな口調で言葉を紡いだ。

 

「白式を作る時、私はコアの半分に白騎士のコアを使った……。そして残りの半分には、いつか来るこの時のために用意した、一つのコアとしては『不完全なもの』を」

 

「不完全?」

 

「未熟だったんだ。そのままISのコアにすることはできないほどね。でも、いっくんと一緒に成長し、そして力を得た。《白式》は今、一つのISとして《白騎士》から分離する!」

 

眩い光が炸裂し、全員がその現象に釘付けになる。

一夏は、全身に満ちていく暖かさを感じていた。抱きしめられるような、優しい熱だ。

その熱の奥から、力と意志が伝わってくる。

 

(ああ。そうか……)

 

一夏は心の中で肯定した。

 

(お前も、行きたいんだな)

 

目を開ける。

白。飾り気のない、始まりの色。眩しいほどの純白の装甲が、一夏の身体を包んでいた。

 

「━━━━行ってくる!」

 

急速上昇。飛翔した白式は第二形態《雪羅》を発動し、暮桜の、千冬の横に並んだ。

 

「千冬姉!」

 

「……ようやく、ここに来たな」

 

「うん。俺()()も戦う。千冬姉と一緒に」

 

「少しは、頼りがいのある顔になったか」

 

「今更残りカスを取り戻したところで!!」

 

わずかに微笑んだ千冬だったが、すぐに真剣な顔つきになってクラウンを睨んだ。

 

「こっちにはまだ白騎士と紅椿があるんだ!」

 

零騎士の両腕の剣がスパークし、刃の闇色が深くなる。

 

「二人まとめて切り裂いてやるよ!」

 

「切り裂かれるのはどちらかな。……一夏!」

 

「ああ!」

 

二つの雪片が、白と紅の光剣を顕現する。

 

「忌々しい姉弟が!!」

 

零騎士が、一夏と千冬に猛進。

激突の瞬間、四つの刃が閃いた。

そして短い静寂の後、

 

「ぐあっ!」

 

闇色の剣が砕け、零騎士に十字の刀傷が走った。だがその痛みも、クラウンは一笑に付した。

 

「フン……! 満足かい? この程度のダメージ、すぐに消え━━━━」

 

そこで言葉を中断した。

痛みが消えない。

傷が、消えない。

 

「バカな!? どうして回復しない!?」

 

そして気づく。取り込んだ白騎士の存在が、極めて小さくなっていることに。

 

『どう? 零落白夜の同時攻撃は。かなり効いたよね』

 

周囲のISが接続したオープン・チャンネルから束の声が響き、クラウンにもその声が聞こえた。

 

「篠ノ之束……!!」

 

『白式を吐き出した揺らぎは、お前は感じなくても白騎士には我慢できないみたいだ』

 

「貴様あああああっ!」

 

クラウンは激昂し、右手で己の胸に爪を立てた。

 

「白騎士! 何をしている! お前の望みを叶えてやると言っただろうが! お前が望む戦場をやると!」

 

自身の深奥にいる異なる存在に訴えかける。

 

「だからお前も力を貸せ! 他はどうなったっていい! あいつを、桐野瑛斗を倒す力を! 俺に寄越せえええええっ!!」

 

叫びに応えるように、闇は炎になって零騎士を飲み込んだ。

 

「がああああああああっ!!」

 

一際大きな叫喚が轟く。黒鎧の継ぎ目からは、鮮明な赤が噴き出していた。

 

『千冬! やつに止めを!』

 

暮桜が言った時には、すでに千冬は動き出していた。

横薙ぎの一撃がクラウンへ叩き込まれる。だが、千冬は手応えを感じなかった。

 

「消えた……!?」

 

理解した瞬間、上からの衝撃が叩きつけられた。

 

「千冬姉! ━━━━うわぁっ!?」

 

落下する千冬に気を取られた瞬間、一夏にも衝撃が襲いかかる。

 

「ふふふ……フハハハ……!! そうだ、それでいい……! 力が湧いてくる……!」

 

衝撃の正体は、零騎士。ISの強化された感覚をもってしても目に留まらないほどのスピードで、千冬と一夏を攻撃したのだ。

 

「お前ら、さっきから鬱陶しいんだよ……。そんなに戦いたいなら、相手を用意してやる!」

 

零騎士の背後に広がった闇から、何かが這い出してくる。

群れなして現れたのは、白亜の軍勢。

 

「……! こいつら、この間の!」

 

「IOS……!」

 

水族館で遭遇したIOSが、クラウンの周囲に浮遊する。

しかも、それだけではない。

 

「そら! これもサービスだ!」

 

続けて出現したものに、スコールは目を見張った。

 

「アオイ……!」

 

無数の《G-HEART》。無数のアオイ・アールマイン。黒い(もや)がかかりながらも、その姿は確かにアオイと認識できた。

 

「素敵だろ? 急ごしらえだが、お前らにはちょうどいい。━━━━行け」

 

号令の直後、クラウンの生み出した軍勢は散開し、スコールたちだけでなく、下方の束たちにも向かっていく。

瞬く間に乱戦状態になる戦場。そこでただ一人、瑛斗は佇む。

 

「……邪魔者はいなくなった」

 

道化師(クラウン)から吹きつけてくる内臓を凍りつかせるような冷たい風。瑛斗は直視する。この、自分にだけ向けられている、『負』の凝集を。

 

「改めて始めようか。世界の命運をかけた大勝負ってやつをさ!」




というわけで、今回も好き放題させていただきました。
今回明らかになった瑛斗とクラウンの関係。まさかの異父兄弟ということに。しかしまだ何か秘密がある様子。
次回はその二人の最後の戦いの決着です。勝利するのはどちらか。そして世界はどうなるのか。結末はどうか皆さんの目で確かめてください。
それでは次回もお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。