IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
今回も急転直下です! 多分!
IS学園臨海部。
その空には無数の剣戟音と銃声が鳴り響いていた。
「やあああっ!」
防衛部隊の隊長として同僚たちと学園の防衛に尽力するエリナは、状況の緩やかだが確かな悪化を感じずにはいられなかった。
(一体一体は大したことないけれど、数が多過ぎる……!)
浮遊城アルストラティアから送り込まれてくる水晶の鳥は、どれだけ倒しても尽きることなくやって来る。
(今はまだなんとかなっているけど、これがずっと続くとなると……)
ジリ貧になるのは明白だ。
タイミングを見計らって補給をしなくてはならない。
「ちょっと! あれ見て!」
教師の一人が後方、IS学園を指差した。
もしや落とし損ねた敵が侵入したか、肝を冷やしたエリナが振り仰ぐ。
「あれは……?」
エリナが見たのは、学園の切り立った崖の一部の開放。そしてそこから飛び出してきた赤く煌めく星と、その横で輝く伴星だった。
「
二つの星の正体は、赤い装甲を纏った千冬と、それに追従する真耶。
「ど、どういうこと!?」
問いかけに答えることなく、千冬は防衛部隊の間を抜けて駆けていく。その行く先は、アルストラティア。
『み、みなさん! お騒がせしてすみません!』
「山田先生!?」
呆気にとられる一同に、ディスプレイに映った真耶が呼びかけた。
『私と織斑先生はこれからアルストラティアに突入します!』
「突入って……」
アルストラティアから新たな反応。またしてもあの水晶鳥たちだ。
エリナはオープン・チャンネルで聞こえているはずの千冬に警告を発した。
「織斑先生、気をつけて! そいつら倒しても倒しても溢れ出てくるわ!」
叫ぶ声を聞きながら、千冬は
『千冬、前方に反応。数は二百』
《暮桜》の冷静な声が、千冬の鼓膜を振動させる。
「構っている暇はない。一撃で蹴散らすぞ」
千冬は右手に一振りの刀剣《雪片》を握った。
『《零落白夜》発動』
バチバチとスパーク音を立てながら、顕現したエネルギー刃が大型化していく。
「━━━━はあっ!!」
爆裂したエネルギー刃が、浮遊城からの刺客を一掃した。衝撃で、一瞬だが海が割れる。
その光景は、エリナ達にも見えていた。
「すごい……」
誰ともなくつぶやく。
冗談のような規格外の力。これが初代ブリュンヒルデの実力か。
見ていた誰もがそう思ったことだろう。
「……お前、こんなにパワーあったか?」
だが、当の初代ブリュンヒルデも少し驚いていた。
『すみません……。久しぶりで加減がわかりませんでした』
力の渡し主が申し訳なさそうに言う。千冬は『まあいい』と追究することはなかった。
「おかげで━━━━奴らの気が引けた」
防衛部隊の周りにいた水晶鳥たちが、一斉に暮桜に向かって飛んだ。
その嘴の先から紫色の光線が発射される。
『後方より熱源反応。数八六。ビームです。千冬、迎撃を』
「その必要はない。私の背中は、あいつに任せると言った」
迫る無数の光線の前に、一人の守護者が立ち塞がった。
「千冬さんは、私が守ります!!」
《ラファール・リヴァイヴ》改め、《四天金剛》のウイングになっていた四枚のシールドがアタッチメントから分離し、さらにそれぞれに内蔵されたエネルギーシールド・システムが起動しビームを弾き返す。
そして四枚の光の壁は重なり合い、水晶鳥たちを閉じ込めた。
「篠ノ之博士が残してくれたもの……。使いこなしてみせます!」
外側から二十五ミリ七連砲身のガトリングを捩じ込み、撃ち放つ。
響き渡る剣呑な音。
それは、エネルギーシールド内で跳弾を繰り返し、水晶鳥が粉々にされていく音だった。
『見事です。正確かつえげつない攻撃方ですね』
そしてエネルギーシールドが砕け散り、水晶鳥たちは風になった。
「よかったな真耶。暮桜が褒めているぞ」
「い、いえ! 恐縮です!」
千冬に追いついた真耶が慌てふためく。
『次が来る前に、先を急ぎましょう。あの城に近づくにつれて、白騎士の気配が強くなっている』
「わかるのか?」
『はい。恐らく『あの日』に戦った時よりも、白騎士の力は強大になっています』
あの日。第二回モンド・グロッソ決勝戦。
そして一夏が攫われた日で、束が孤独な戦いを始めた日。
『確か、白騎士のコアの半分は千冬の弟、一夏が所有しているという話でしたね』
《白騎士》のコアは千冬によって両断され、束が《白式》のコアに流用した。
『千冬たちが手に入れたのは白騎士の、言うなれば身体だけ……』
「ああ。つまりお前の言う通り白騎士が目醒めているということは━━━━」
《白式》に、一夏の身に何が起こったということだ。
『千冬、今は白騎士を止めることが最優先です。それまでは、どうか……』
「わかっている。お前に言われるまでもない」
千冬の感情は、暮桜にも伝わっていた。
焦りと、苛立ちと、そして、哀しみ。
(一夏……)
千冬が一番最初に手に入れた『守るべきもの』。
初めて会った時から、何があっても守り抜かなきゃいけないと、そう思った。その気持ちは今も変わらない。
そして、これからも━━━━。
(無事でいてくれ……!)
浮遊城に向けて、二つの星が流れていった。
◆
━━━━長い戦いだ。
光の刃を交えながら、俺は思った。
俺の対峙する相手、《G-HEART》を纏う、アオイ・アールマインと瓜二つの女は一分の迷いもなく攻撃を仕掛けてくる。
「……っ!」
対する俺は《G-soul》の第二形態《G-spirit》で応戦。
G-spiritを発動したのはいいものの、前の戦いで失った右腕はBRF内蔵の元のG-soulの右腕のまま。ビームブレードも使えなければ、ボルケーノ・ブレイカーも使えない。
代わりに振るうのは学園に送られてきた資材を使って組み上げた大型ビームソードだ。
「おおおっ!!」
それでも戦うしかない。
ここで止まるわけにはいかないんだ。
だけど……。
「………………」
この戦いに、果てがないような気がした。
どんな攻撃をしても、いなされ、躱され、決定打にはならない。
なのに、向こうの攻撃は痛くて、重くて、━━━━辛かった。
「はあっ!」
女の一撃が、《G-spirit》を捉えた。
「ぐうっ……!!」
堪え、顔を上げた瞬間、目の前を次の攻撃━━━━高出力ビームが覆い尽くした。
「ぐああっ!!」
建造物に激突し、巨大なクレーターが出来上がる。
次の攻撃もすぐに来る。俺はビームウイングを羽ばたかせて、防御を兼ねて態勢の立て直しを行った。
が、運が良かったのか、追撃はなかった。
「……?」
今の……変だったぞ。
なんで追撃してこない? あいつなら出来たはずだ。
「どういうつもりだ!」
疑問の答えはないまま、女が、ビームソードを下ろした。
「……もうやめましょう?」
「え?」
急に何を言い出すんだ?
「戦いをやめようと言ってるの。これ以上の戦いは無意味だわ」
「ふざけるな! それで止めると思ってんのか! 止めたいなら、そっちが勝手に止めればいいだろ!」
「じゃあ聞くけれど……、あなたこそ私に勝つ気があるの?」
俺を見る瞳は、全てを見透かしているようだった。何もかもお見通しだと、訴えている。
「虚勢を張れたのも最初だけ。あなたの攻撃からは、あの時のような憎しみも、怒りも、戦意も感じられないわ」
「……!?」
戦意が感じられない? そんなはずはない。俺はこうして戦えているんだ。
「無理もないことかもしれないわね。あなたが戦っているのは、アオイ・アールマインなのだから」
「違う! お前は所長じゃない! 所長は死んだ! もういないんだ!!」
「口ではそう言っても、あなたの心はどうかしら?」
「心……?」
「あなたの心には枷がある。それが『アオイ・アールマイン』と戦うことを拒否させているのよ」
「……所長が俺にかけたっていう暗示のことか?」
女は、首を横に振った。
「違うわ。もっと簡単で、もっと強いもの。━━━━『私』を傷つけることへの恐怖よ」
「……っ!」
「あなたはアオイ・アールマインの死を見た。そして今、死んだはずのアオイ・アールマインと戦っている。あなたには耐え難い苦痛のはずよ。差し伸べたかったはずの手で、助けたかった人に向ける武器を握ることは」
「………………」
指摘されて初めて気づいた。俺は、俺の心は、無意識に戦うことを拒んでいるのか。
戦いを長いと感じたのも、向こうの攻撃が辛いと思うのも。
全部、怖かったからなのか。
「クラウンはあなたと『アオイ・アールマイン』を戦わせることで、あなたの心を砕こうとしているの。だから私たちを一対一になるよう仕向けた……」
女は目を伏せて、少し逡巡するようにしてから、言い放ってきた。
「瑛斗、ISの展開を解除しなさい。そうすれば、苦しまずに殺してあげるわ。それがクラウンのために
「………………」
届く声は優しくて、辛そうで、本当に俺のことを思ってくれていると解った。
嬉しかった。
また、あの人の優しさに触れられた気がしたから。
「……そうだな。あんたの言うことは正しい。俺はあんたと……所長と戦いたくないんだ」
「だったら━━━━」
「でも、それじゃあ駄目なんだよ」
だからこそ、その優しさには従うことは出来ない。
「瑛斗……!」
「俺はずっと逃げてきた……。振り向くのが怖かった。思い出すのが怖かった。側にいるみんなに甘えて、考えないようにして、忘れようとした! でもそれは、本当の意味で前に進むことにはならないんだ!」
胸の奥底から熱が、いつの間にか消えかけていた闘志が、溢れ出す。
溢れ出した熱は、言葉に変わっていった。
「俺が敬愛した所長は、アオイ・アールマインは世界に一人だけだ。その人は、ずっと俺の中に在り続ける! だからあんたは偽物だ! 俺の中にあんたと戦うことを拒む俺がいるなら、俺はその俺ごと、あんたを打ち負かす!」
目を逸らさず、
「そして、クラウンを迎えに行く!!」
瞬間、G-soulの装甲が輝きを放った。
「その光……。G-soulのワンオフ・アビリティー……!」
俺の全身を包み込む、強い意志の宿った、暖かな白の光。その奥で星のように煌く、厳かな黒の光。
そうだよな。
戦うのは俺だけじゃない。
「見せてやる。G-soulのワンオフ・アビリティーの、本当の力を!」
「やるぞ……。G-soul! セフィロト!」
チョーカーになっていた《セフィロト》が展開。黒の装甲が俺の周囲を浮遊する。
その装甲が光の翼の中に吸い込まれ、G-soulの右腕を起点に、G-soulは燃えるように爆光した。
光源の右腕はまるで蛹が蝶に羽化するように、内側から現れた別の装甲に押し出され━━━━姿を変えた。
「う……おおおおおおっ!!」
俺の視界を塗りつぶした光は消え、世界が色を取り戻す。
G-soulの全装甲が、これまでと変わっている。
左右に三枚ずつ広がる光の翼。力の漲りを感じる右腕が、変化の最たるものだ。
「
女が、俺に真剣な眼差しを向けたままつぶやいた。
G-soulが再生したあの日に篠ノ之博士から聞いた話では、ワンオフ・アビリティーとは、コアとなった異星の生命の『力の記憶』だという。
ISによってワンオフ・アビリティーが異なるのも、あるいは第二形態になってもワンオフ・アビリティーが発現しないことがあるのも、その記憶が鍵を握っているらしい。
G-soulの意識に触れた時から、わかりかけていた。
こいつがどうして恐れられ、星を追放されたのか。
「あなたのIS……G-soulのワンオフ・アビリティーは、他のISの吸収と同化。遥か彼方の星で戦いを終わらせるために使われようとした、禁断の力━━━━」
そう。この力は禁断とされた。
なぜなら、『自分を含めた全ての同胞を滅するための力』だったのだから。
「《ヴァイオレット・スパーク》を取り込んだ時から、兆しはあったんだ……。G-soulの望みは、この力で、この宇宙から自分たちを消し去ること!」
「……でも、それは篠ノ之束と織斑千冬が創り変えたこの世界の破壊を意味するわ。その業をあなた一人で背負うつもりなの?」
「それが、この時代に生きる俺の役目だ!」
「……そう」
女は首肯した。
「何を言っても、あなたはもう止まらないのね。━━━━わかったわ」
女の纏うG-HEARTの右腕のビーム砲が
「……手、あるんじゃないか」
「隠してたわけじゃないわ。使うまでもないと思っていただけ……」
ゆらりと持ち上がったG-HEARTの腕から、青色の炎が噴き上がる。
「私のG-HEARTはあくまでレプリカ。それにコアもIOSに半分ほど侵食されてる。G-soulの力で取り込むことは不可能。━━━━これが最後よ。あなたの全力で、私に向かって来なさい」
学園での戦いで一度俺の心を折った蒼炎。でも、怖がってなんていられない!
「言われなくても!!」
ビームウイングが一層強く輝き、展開したG-spiritの右腕のサイコフレームが真っ赤な炎に包み込まれた。
ディスプレイ表示されるこの右腕の使い方は、ボルケーノ・ブレイカーと同じだ。
けど、わかる。力は、格段に上がっている!
「………………」
「………………」
睨み合いが、三秒。
「……っ!」
先に動いたのは、女。
「おおおおおおっ!!」
俺も地面を蹴って突進。
二つの炎が、再び激突した。
力は拮抗。二つの炎が巻き上がり、炎のリングが出来上がった。
「ぐあっ!?」
「うっ……!」
二つのエネルギーの間で爆発が起こり、互いに仰け反る。しかしそれは第二ラウンドの開始の合図だった。
「━━━━!」
女が左手に握ったビームソードを振り下ろしてくる。
「っ!」
俺は発振器からそれぞれビームブレードとして稼働可能になったビームウイングを動かし、右翼の三本で止め、左翼の三本で反撃に転じる。
「……!」
女は刀身を横に流し、一気に俺の背後を取ってくる。
回避は間に合わない。
(ここは━━━━攻める!)
脚を振り上げ、蹴撃が躱されたところでビームブラスターを呼び出し、その銃身を女に叩きつける。
「ぐっ!?」
苦悶の声と共に、女の動きが止まる。
「だああっ!!」
身体を捻りながら、右手にエネルギーを収束する。これが最後のチャンスだ。
後は、この一撃を━━━━!
「━━━━そうよ」
「!?」
「あなたは、それでいい」
爆裂。
熱く激しいエネルギーの奔流が、女を飲み込んだ。
「がはっ……!!」
吹き飛んだ女が建造物に衝突し、轟音と共に瓦礫の中に沈んだ。
(今のは……!)
俺は瓦礫の山に急飛して瓦礫に埋もれた女に叫んだ。
「おい! お前、
当たる間際、この女の声が聞こえた。この女は攻撃のチャンスを捨て、俺の一撃を待った。それは間違いないことだった。
「どうしてあんなことを!?」
「さあ……なぜかしら、ね……」
口の端から血を流し、力なく笑う女。G-HEARTの展開はしてない。生身だ。瓦礫の山を消そうにも、ISの武器じゃどうしようもできなかった。
「ま、待ってろ。今助ける!」
瓦礫に手を伸ばそうとした瞬間、俺と女の間に光の壁が現れ、それを阻んだ。
「な、なんだよこれ……!?」
「勝利したあなたはクラウンのいるタワーに転送されるの。私はこのまま、海に落ちるわ」
女が、淡々と告げる。
「ふざけるな! あんたをこんなところで死なせたりしない!」
壁に体当たりしても、ビームブレードで斬りつけても変化はない。
「くそっ!」
「無駄よ。諦めなさい」
言葉とは裏腹に、女の表情とても穏やかで、必死な俺に苦笑しているようにも見えた。
「最後に一つ、聞かせて?」
「何言ってんだ! G-soul! もっとパワーを━━━━」
「私……アオイ・アールマインに、なれていた?」
「……っ!」
何でもないこと。
答えはわかりきっていた。
なのに、俺はすぐに答えを出すことが出来なかった。
「お前は……」
だから、懸命に。
絞り出すように。
別れを告げるように。
「なれるもんか……! お前は……お前は所長じゃない……!!」
紡いだ言葉が、俺の中の何かを壊した。
「そう……。それは、ざんね━━━━」
崩れる足場と一緒に、女の人の身体が落ちていった。
「所長!!」
声が、世界に霧散する。
光量を強めていた光の壁は、崩壊の景色を見えなくした。
「俺……所長って……」
ああ、バカだな俺は。あの人の言う通りだ。
今さっき、違うと言ったばかりなのに。
心は、あの人を所長だと思ってしまっている。
「俺は……また……!」
力なく地面に着いた手を、握り締める。
「わかってた……はずなのに……!」
ぼやけた視界に、白光が広がった。
◆
「一夏! 目を覚ませ! 一夏ぁっ!」
《白騎士》の攻撃を受けながら、箒は単身で必死に一夏の名を呼び続けていた。
「………………」
しかし白騎士……一夏は応えることなく、その手に握る《雪片壱型》を箒に振るう。
「ほらほら頑張れー。君の声、全然彼に届いてないよー?」
そんな箒に薄ら笑いとともに微塵も感情を込めない声援を送るのはクラウン。
「貴様ぁ……!!」
今すぐにでも斬りかかってやりたい。だが、クラウンが寄りかかっている結晶塊の中にいる束の姿が箒にそれを許さない。
「………………」
ほんの僅かでも油断は禁物。
箒がクラウンに意識を向けた一瞬で、白騎士はその刀で紅椿に強烈な一撃を叩き込む。
「ぐああっ!!」
絶対防御を貫く衝撃に箒は苛まれ、地面に転がった。
「これしきのことで……っ!」
「━━━━しかし、君も健気だね」
クラウンがぽつりとこぼした。
「織斑一夏くんが逃げろって言ってくれたのに、なんで戦い続けるかな」
「黙れ! 私は逃げない! 一夏からも、姉さんからも!!」
怒鳴り返した箒は刀を突き立て、立ち上がった。
そうだ。まだ伝えていない。
一夏にも、束にも、何一つ。
「貴様なぞに、世界を滅ぼさせはなしない!」
クラウンは、そんな箒を鼻で笑った。
「あっそ。じゃあ世界の前に、君が滅びちゃいなよ」
クラウンが指を鳴らす。その音に共鳴するように、この空間を構成していた結晶たちが輝き始めた。
「な、なんだこれは……?」
突然の異変に警戒する箒。だがその警戒は無意味に終わる。
「ぐああああああっ!?」
光が無数の光線となり、箒に殺到。箒の身体に、引き裂かれるような激痛が走った。
「いただくよ。君の紅椿も!」
無数に浮かび上がる『エラー』の表示すらも、ノイズが走り、次第に消えていく。
そう、消えていくのだ。
「紅椿が……き、消える!?」
「この間の学園襲撃で彼女に使わせた槍のビーム」
クラウンがにやけながら語りだす。
「
「上書き……だと!?」
「そう。登録者情報とかをね。君の紅椿を奪うためだけに作ったんだ。気に入ってくれたかい?」
「ふざけ、るな! ……うああああっ!!」
「その痛みは紅椿が抵抗してる証だ。でも、それももう終わる」
クラウンの言葉通り、箒を苦しめた痛みは、紅椿もろとも消滅した。
「うぐ……!」
倒れた箒は、紅椿の待機状態の金銀二色の鈴がクラウンの手に収まっているのが見えた。
「か、返せ……!」
「これで、紅椿は俺のものだ」
クラウンが手を握り締めると、紅椿はクラウンの身体に取り込まれるようにして無くなった。
「お前は……一体……!?」
「教えないよ。君にはもう用はない」
近づいていた白騎士が、戦う術を失った箒の首を掴み上げた。
「がっ……! あ……!!」
ギリギリと嫌な音が頭に響き、酸素を求めて口を開いてもがく箒に、白騎士の機械的な音声が告げる。
「貴様では、ない。━━━━消えろ」
「……ぅ……!」
箒の身体から力が抜けていく。
「………………」
目の前で消えていく少女の命に、クラウンは虚しい感情を覚えた。
あっけないものだ。どれだけの決意を口にしても、所詮は小娘。さて、あと何秒持つだろうか。
「……ん?」
ふと、室内の天井に亀裂が入っているのが見えた。
一秒後、亀裂は広がり、そのさらに一秒後に天井に大穴が開いた。
「へぇ?」
穴を開けたのは水の大槍。その持ち主は━━━━
(更識楯無か……)
「箒ちゃん!」
煙の中から現れたロシア代表は、箒と白騎士に向けて飛んだ。
「た、楯無、さん……!」
手に握った《蒼流旋》を振り、箒から白騎士を引き剥がす。白騎士は新たな敵の出現を認め応戦しようとしたが、緋色の刃と電磁砲弾に動きを止められた。
「箒! 大丈夫!?」
「……!」
マドカと簪だ。
「お前たち……」
「簪ちゃんとマドカちゃんとはタワーの前で合流したの。中から紅椿の反応だけがあって。間に合ってよかったわ」
楯無に支えられながら、箒は呼吸を整えた。
「あ、ありがとうございます。それより━━━━」
「お見事だ! 更識楯無!」
拍手をする乾いた音が、箒の続く言葉を遮る。
「君が来たということは、エミーリヤは死んだみたいだね。彼女もあの世で泣きながら君に感謝していることだろう」
クラウンの下卑た笑顔に、楯無は怒気を孕んだ声をぶつけた。
「あなた……エミーリヤの復讐心を利用して自分の駒にしてたのね!」
「人聞きが悪いなあ。ギブアンドテイクさ。俺は彼女に力を与えた。彼女がその分だけの働きをしてくれるのは当然のことじゃないか」
「あなたはどこまで……!」
歯噛みする楯無をせせら嗤い、クラウンは楯無の背後で繰り広げられる戦いを指差した。
「そんなことより、いいのかい? 白騎士を放っておいて」
「そ、そうです楯無さん。あの白騎士は……」
「一夏くん、でしょ?」
「え……? そ、そうなんです。でも、どうして?」
「さっき聞いたからよ」
「さっき? 誰から?」
「━━━━あの人から、ね」
楯無は自分が開けた大穴の方を仰いだ。
クラウンと箒もそれに倣って顔を上げる。
「……!」
覗く青空を背にして立つ赤の装甲。
放たれる覇気に、箒は身震いし、クラウンは直感した。
「千冬さん!」
「
二つの名で呼ばれた千冬は、軽やかに飛び、ふわりと箒たちの横に降り立った。
「箒……。よく、一人で耐えてくれた」
「は、はい……」
箒は幼少の頃のように下の名前で呼んだ千冬に、惚け気味の返事をしてしまう。
「ようこそブリュンヒルデ! お待ちしてましたよ!」
両手を広げてうやうやしく言ってのけたクラウンを、千冬は猛禽のような眼光で睨みつけた。
「黙れ。貴様の相手をしている暇はない」
「おやおや、これは手厳しい。親友の命の恩人に礼の一つもないとは」
「貴様に抱く恩などない。それに貴様にはもっと相応しいやつが来る。それまで、そこで見ていろ」
クラウンの前に、ガトリングの安全装置を解除した真耶が立った。
「何もしないでください。私、本当に撃ちますよ!」
「……やれやれ。可愛い顔してなかなか肝が据わっているお嬢さんだ」
クラウンは肩を竦め、両手を挙げた。
『束……あのような姿に……』
「しっかりしろ暮桜。お前がそんなことでどうする」
『……そう、ですね。すみません』
そう言った千冬も目前の束の状態には胸を痛めた。しかし顔に出さぬように努め、背を向ける。
「マドカ、更識。後は任せろ」
「う、うん!」
「わかりました……!」
マドカと簪を下げ、千冬は単騎で白騎士に対峙した。
「久しいな。白騎士」
「……この時を、待っていた」
白騎士は機械的な音声を発し、刀を構えた。
『千冬、白騎士の中から生体反応があります。やはり、一夏は白騎士の中に……』
暮桜の声に頷き、千冬も《雪片》を構える。
「弟を返してもらうぞ」
二つのISが━━━━、消えた。
否、凄まじい速さで移動しながら斬り合いを演じている。
「な、なんだ……あれは……」
箒はこれまで見たこともない剣戟に息を飲んだ。
自分を相手にしていた時とはまるで別物の白騎士の動きは、ISで強化された視覚で追うのがやっとだ。
それでも千冬は難なく対応し、互角の戦いをしてみせている。
その戦いは、舞のように美しく、激しかった。
「あれがブリュンヒルデの……千冬さんの戦い……」
互いに、たった一振りの《雪片》型の刀の打ち合い。それなのに、敵わないと思ってしまう。
「強い、なんて言葉を超越してるわね」
学園最強の生徒会長にすらそう言わしめる動き。事実、千冬は白騎士を相手に優位に立っていた。
「………………」
白騎士の左腕から放たれる荷電粒子砲の連続発射。
千冬はそれを最小限の動きで躱していく。
立ちはだかる己の影。全ての過ちの具現。
だが、それは━━━━
「お前も、あの時から力を増したようだが……」
千冬は動きを止め、雪片を大上段に構えた。
好機ととらえた白騎士はエネルギー刃を一段階大きくさせ、猪突。
「━━━━私も、あの時の私よりも強くなっている」
斬撃が、閃いた。
「………………!!」
両断された白騎士の仮面が砕け散り、その奥から、一夏の顔が露わになる。
装甲の亀裂は縦一文字に広がって、白騎士は一夏を吐き出した。
「う……あ……」
千冬は倒れこむ一夏を腕で受け止める。
「大丈夫か? 一夏」
声をかけると、一夏は衰弱していたが確かに反応した。
「千冬姉……俺は……」
「いい。ゆっくり休め」
「う……ん……」
返事と呼吸の間のような呻きの後、一夏は千冬の腕の中で眠りについた。
『千冬! 白騎士が!!』
「っ!?」
弾かれるように顔を上げた千冬は、両断されたはずの白騎士が消滅せず、エネルギー・フィールドに拘束されているのを目にした。
「どういうことだ……」
その疑問の答えを持つものは、この場にただ一人。
「やつか……!」
千冬が振り向いた先にいたのは、銃口を向けられながらも不敵に笑う道化師。
「ブリュンヒルデ! 白騎士を弱らせてくれてありがとう! おかげで楽に制御下に置くことができた!」
右手を突き出すクラウン。それに引き寄せられるように、白騎士が飛んでいく。
「真耶!」
「はいっ!!」
千冬の声に従い、真耶はガトリングを撃ち放つ。しかし弾丸は見えない壁に阻まれ、甲高い音を響かせて地面に落ちた。
「AIC!?」
「もう遅い! これで白騎士は……始まりの力は俺のものだ!!」
白騎士と触れ合った瞬間、衝撃波と共に起こった白光はクラウンを包み込み、その色を次第に黒く染めていく。
「な、何が起きて……?」
衝撃にあおられた真耶は千冬を見たが、千冬は変化していくクラウンを睨んだままだ。
「は、はは……ハハハ……! ハハハハハハハハッッッッ!!!!」
光は闇に変わり、闇の中から笑い声と共に巨大なシルエットが現れる。
凶々しい黒鎧。そのフォルムはそれ自体が憎悪と狂気を具現化したかのように刺々しい。
「いい気分だ……! 最っ高の気分だよ! 」
仮面に隠させれて見えないが、その仮面の下に確かにクラウンが存在する。
「この力あれば、世界だってなんだって、壊すことが出来る! ハハハハハハハハッ!!」
楯無は暴風のように全身に吹き付ける恐怖に、圧倒されていた。
「白騎士を、取り込んだの?」
「それだけじゃありません。やつは、私の紅椿も……!」
「白騎士と紅椿を取り込むなんて……そもそも、取り込むって?」
マドカは自分の理解を超えた現象に戸惑いを隠せないでいる。
「人間じゃ、ない……」
一方、簪はその核心に触れ得る言葉を口にした。
「視れるか。暮桜」
やってみます、と暮桜は答え、大笑する黒鎧をスキャンした。
『これは……あの男の肉体に、いくつもの反応がある!』
「反応? ISか?」
『ええ。それも十や二十ではない。それにISとも別の『何か』も……。こんなことはあり得ない!』
狼狽える暮桜の声に、千冬は雪片を握る手の力を強めた。
「ハハハ!!ハハハハ! ……がっ!?」
黒鎧が、苦しみだした。
「あっ……がああああっ!!」
その鎧の間から、血が滴り落ちる。
「な、何が……?」
苦悶しているが、クラウンは足を踏ん張り、崩れ落ちそうになるのを堪えた。
「ま、まだだ……! まだ
クラウンは自分の身体を抱き、内側から放たれんとするモノを抑え込む。
「やつは、来る……! それまでは……っ!!」
仮面の一部が剥がれ落ち、クラウンの瞳が箒たちを、その向こうから来る存在を睨みつけた。
「あれが……クラウン・リーパー……」
怨嗟、憤怒、悲哀、様々な感情を混ぜ合わせ、塗り固められた瞳に、箒は肌を粟立たせる。
この男を突き動かすものは何なのか。何がこの男をこうまでさせるのか……。
その答えは、すぐに現れる。
「み、見て! 足元が!」
マドカの言う通り、下から吹き上げるような光が溢れ出した。
その光は、クラウンが待ちわびたものだった。
「来る……! 来るぞぉっ!!」
光を割って現れる、一人の少年。
白銀の装甲を纏い、その背には燃え盛る光の翼。
その表情は何かを振り切ったように鋭い。
「━━━━来たぞ。クラウン」
「待ってたよ。瑛斗くん……!」
二人が、邂逅した。
というわけで、今回も凄まじい速さで事態が動きました。
最後の刺客のアオイ・アールマインを撃破した瑛斗はついにクラウンの元へ。ですがクラウンは何やら凄いことに。我ながらぶっ飛んだことをしてしまったかも……。
さて、次回からいよいよ最後の戦い!
瑛斗が父親から託された手紙の秘密が明らかに!
それでは次回もお楽しみにっ!!