IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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ファイティング・カオス 〜または返り咲く救世の華〜

 激戦が繰り広げられる浮遊城アルストラティア。

 

「………………」

 

 他の仲間たちと同様に転移され孤立状態になった簪。

 

「変だな……。誰も、いない」

 

 簪は自分の相手が姿を見せないことに不審感を抱きながら、背の高い建造物の間を縫うように飛行していた。

 

(きっとみんなも戦ってるはず……。瑛斗も……)

 

 瑛斗の相手は育ての親とも言えるアオイ・アールマイン。

 それは瑛斗にとってとても辛いはず。

 簪にはわかる。

 一度、彼の涙を受け止めたことがあるのだから。

 

「早く瑛斗のところに行かないと……」

 

 そのためには、まず自分にあてがわれた相手を見つけて、倒さなくてはならない。

 

「来るなら、早く来て……!」

 

 曲がり角を右折して正面。打鉄弐式が反応を拾った。

 五〇メートル前方。

 白髪の男が、建造物の頂上に立っている。

 

「……っ」

 

 停止して滞空。簪は自分の射程圏内から男を観察した。

 白髪を結って、和装をしている。その佇まいはアニメやゲームで見た侍のようであった。

 

「━━━━美しい星だ」

 

「え……?」

 

「どこまでも広がる美しい景色。『ウミ』と『ソラ』と言ったか。我々の故郷にも劣らぬ美しい色をしている」

 

 男は詩でも唄うように称賛の言葉を紡ぐ。

 

「そ、そこの━━━━」

 

 簪が声をかけようとしたその時、男の切れ長の目が簪を捉えた。

 

「それを戦いの色に染め上げるのだ。これが心踊らずにいられようか」

 

「………………!」

 

 闘志。

 簪の身体を吹き抜けた風は、男から発せられる闘志だった。

 

虚界炸劃(エンプティ・スフィリアム)……!」

 

 薙刀を構える簪がその言葉を口にすると、男は少し参った様子で嘆息した。

 

「ふむ……。その名で呼ばれることはいささか不本意だが、『今の我々』においては仕方あるまい……。その通りだ。若き戦士よ」

 

「せ、戦士……?」

 

「……? なんだ。ここに戦いをしに来たのではないのか?」

 

「そ……そう、だけど……」

 

「ならばやることは決まっている。この星での我が名はアクセレイ。そしてこれが━━━━!」

 

 男の身体が眩しく輝き、簪は目を覆う。光の気配が消えたのがわかりもう一度前を見た。

 男の背中から生える機械的な翼。猛禽のように鋭い鉤爪を付けた両腕。

 そして大型スラスターと化した脚。

 

「IOS、《シリウス》だ」

 

「……っ!」

 

 簪は戦いの始まりを予期し、全ての武装の安全装置を解除した。

 握った薙刀《夢現》の超振動刃が起動する。

 

「愉しませてくれよ? 若き戦士」

 

 男の姿が消えた。

 

「!?」

 

 どこに消えたのか。簪が探して左右を見渡した時、打鉄弐式のセンサーが感知した。

 

「遅いっ!!」

 

 正面。

 真正面から突っ込んでくる。

 

「くっ……!」

 

 薙刀を立て、飛来したウイングの攻撃を持ち手で受け止める。しかしあまりの衝撃に簪は体をのけぞらせてしまった。

 

「うああっ!?」

 

「はははっ! そらそらぁっ!!」

 

 アクセレイが旋回して戻ってくる。

 

「っ!」

 

 簪は投影キーボードを叩き、ミサイルを発射させた。

 ミサイルは飛来するIOSを正面に捉え直撃……

 

「甘いわっ!!」

 

 しなかった。さらなる加速により、襲い来るミサイルを躱してみせたのだ。

 

「そんなっ!?」

 

 後ろで起きたミサイルの爆発を背にして突撃してくるアクセレイは、腕を突き出した。

 

「はあっ!!」

 

 鋭さに速さが加わり、絶大な威力を有した鉤爪が簪に飛びかかる。

 

「……!」

 

 対抗した簪はレールガン《春雷》の砲門をアクセレイに向けた。

 

「ほう?」

 

「零距離なら!!」

 

「舐めるな!」

 

 発射の瞬間、アクセレイは身体を縦に回転させて回避。スラスターと一体になった脚で打鉄弐式の装甲に蹴りを入れる。

 簪はそのまま建造物に激突するが、夢現を突き刺して踏み止まった。

 

「……強い……!」

 

 滞空するアクセレイを見て思わずつぶやく。今の打ち合いでこの男が強者であると想像することは難くなかった。

 

「その程度か? 若き戦士」

 

 アクセレイは攻撃を仕掛ける様子は見せないが隙のない状態のまま、簪に言葉を投げかける。

 

「私の手の内は晒したぞ? 私の最大の武器は速さだ。対処してみせろ」

 

「あなたは……『あなた達』は、何者?」

 

 問いかけると、アクセレイはニヤリと口元を歪めた。

 

「何者か、か。まあ気になるところだろうな。我々は遠い銀河の彼方から━━━━」

 

「知ってる。戦争で、自分たちの星を、滅ぼしたって。私が聞きたいのはあなた達のこと。どうして、クラウンに加担するの?」

 

 さらに続けると、アクセレイは短い笑いを零した。

 

「そうか。これは既知か。……そうさな、我々はあのクラウンとやらに呼ばれた。そしてこの星での活動するための肉体を与えられた。我々を入れるための『器』だ」

 

「器……?」

 

「隠すこともないし教えてやろう。我々が持つ身体は、すでに生命活動を終えた人間から拝借している」

 

 アクセレイの言葉を理解した簪は、目を見張った。

 

「それって、死体を……!?」

 

「そういうことだ。これで満足か? さあ、続きを始めようか」

 

 言うや否や、アクセレイは再び高速で動き始めた。またあの突進攻撃が来る。

 

「同じ手は……!」

 

 簪は打鉄弐式のディスプレイに映るタッチキーを押した。弐式の装甲のアタッチメントに接続されたユニットが展開し、大型スラスターに変化する。

 

「速さで、勝負……!」

 

 倉持技研から送られてきた打鉄弐式の改修パーツとパッケージ《天風(あまつかぜ)》を使って作り上げたオートクチュール。名を《豪天動地》。

 ただのミサイルコンテナユニットではなく、スラスターとしても使用可能な、弐式の速度と火力のさらなる向上を図ったパッケージ。最大稼働時の速度は通常時の弐式の速度の二倍だ。

 

「━━━━っ!」

 

 足場を蹴って空を飛び、アクセレイを追いかける。

 

「なるほど、速さ比べか! 面白いっ!!」

 

 喜色の差した顔つきになったアクセレイはさらなる加速をかける。追う簪はミサイルを発射し攻撃を試みた。

 

「はははっ! 楽しい! 楽しいぞ!」

 

 アクセレイは喜悦の歓声をあげながら上昇して反転。上下左右から迫り来る弾頭を踊るように躱していく。そして開いた鉤爪の奥の発射口から、ビーム弾を連続発射した。

 十数発のミサイルが連鎖爆発を起こして煙が上がる。

 

「やああっ!!」

 

 その煙を突き抜け薙刀の刃がアクセレイに迫った。

 

「なんのっ!」

 

 鉤爪で受け止め、力が拮抗する。

 

「あのクラウンとやら、なかなかどうして腹の底が読めんやつよ! 自分の住む星を、我々の戦場にしろなどとはな!」

 

「だからまた戦うの……? 同じ過ちを繰り返すの……!?」

 

「過ちなどではないさ。私は私が戦えるならそれでいい。戦場こそが私の在るべき場所なのだ! 戦場に倒れるならば、それがどこだろうと構わん!!」

 

「そんなのっ!」

 

 薙刀で押し返し、ミサイルを連続発射。今度はレールガンも追加だ。

 

「そんなの間違ってる! 故郷を滅ぼしても、戦いを止めないなんて!」

 

「言うではないか! だが生憎と、我々の先達たちはそれ以外の選択をしていないのでな! 習うことにしたのだよ!」

 

 襲い来る火力を速さで捩じ伏せ、アクセレイは飛翔する。

 

「させない……! 絶対にさせない!」

 

 姉の影に怯え、逃げ続けた簪。

 そんな簪の手を引いてくれたのは、瑛斗だった。

 自分は一人じゃないと、世界はこんなにもあたたかいと、そう教えてくれた彼に、少しでも追いつきたい。

 だから━━━━!

 

「みんなが……瑛斗がいるこの世界を、守ってみせる!!」

 

 異星の若き戦士の熱い言葉に、アクセレイはさらに笑みを深く刻んだ。

 

「ならば見せてみろ! お前の力を!」

 

 シリウスの翼が変形する。巨大な鋼の翼が展開して四枚の翼へ。その翼は性質も変化し、水晶のように透き通った。

 

「付いて来れるか? 今の私にっ!!」

 

 またしてもアクセレイの姿が見えなくなる。

 

「弾幕━━━━!」

 

 ミサイルラックを解放し、全方位へ一斉射。

 しかし、ホーミングを始めたミサイル群は最大稼働のシリウスの速さと衝撃に蹴散らされた。

 

「ぜりゃああああっ!!」

 

「……!」

 

 来る。

 簪は新たに装備した本来の《打鉄》に標準装備されている盾を四枚前後左右に展開し、待ち構えた。

 

「その程度の盾で!」

 

 怒涛の連続突撃。その一撃一撃が、直撃すれば無事では済まない威力を有している。

 

 今は耐えるしかない。打鉄の盾はそう簡単に砕けは━━━━

 

「無駄だ!」

 

 砕け散った。打鉄の堅牢なはずの盾が。

 

「嘘……!?」

 

 次の瞬間、凄まじい衝撃が簪を貫いた。

 

「が……!?」

 

 呼吸が止まり、気がついた時には建造物を砕きながら吹き飛んでいた。

 

「うっ……げほっ! 」

 

 別の建造物の屋根に転がった簪はなんとか立ち上がった。

 溜まった空気を血と共に吐き出した口には鉄の味が広がる。絶対防御の発動でエネルギーは大幅減。装甲にも多大なダメージが入っていた。

 

「仕留めきれないか……。だが、次で最後だ!!」

 

 アクセレイは再度動き出した。

 

「また、来る……!」

 

 あの攻撃をもう一度食らってしまえば、終わりだ。今度こそどうなるかわからない。

 迎え撃たなくてはならない。

 しかし、ミサイルをどれだけ撃とうが、相手はそれを凌駕する『速度』を持っている。

 

 ━━━━ならば、方法は一つ。

 

「………………」

 

 簪は薙刀を手放し、手足を光球状の改造キーボードで包み込んだ。

 そして息を吸い、意を決して弐式に命令を下した。

 

「ハイパー・センサー……感度最大っ!!」

 

 直後、簪の視界がぐにゃりと大きく歪んだ。

 

「うっ……ぐ……あっ……!!」

 

 脳を直接殴られるかのような激痛。だがこれでいい。これで——!

 

「これで……目で()()()……!」

 

 すぐに定まる視界。高速で飛び回る敵の姿が、はっきりと見えた。

 

「行くぞ! 若き戦士よ!」

 

(やろう……。打鉄弐式!)

 

 ミサイルが飛び出し、アクセレイに向かっていく。

 

「何度やっても同じことよ!!」

 

 対処法を完全にものにしているアクセレイは殺到するミサイルを背後に、腕のビームマシンガンで迎撃。

 

 簪は飛翔する敵の姿から目を離さず、キーボードを指で叩き続ける。

 

(もっと速く……もっと、もっと……!!)

 

 そして、アクセレイを追う弐式のミサイルが、消えた。

 

「エネルギーが切れたか! ならば、一気呵成に叩き潰し……」

 

 言葉の途中。炸裂音。

 

「?」

 

 アクセレイは、自分の胴に視線を落とし、何が起きたのかを確認する。

 

「何……?」

 

 煙を吹いていたのは、自機(シリウス)の装甲だった。ミサイルの直撃で変形している。

 

(当たった……?)

 

 しかし気にするほどでもない。このまま前進して━━━━、

 

「おっ、おお!?」

 

 さらに連続した爆発がアクセレイを襲った。

 

「馬鹿な!? ミサイルは確実に避けている! だが……なぜ!?」

 

 そこで気付いた。起爆点から、簪に向けて震えた空気の軌跡が走っている。

 

「爆発の後に軌跡ができるだと!? ふざけるな! 因果が逆転してい━━━━」

 

 違う。これは因果の逆転などではない。この星の生命(にんげん)にはそんな技は出来るはずがないのだ。

 ならば、考えられることは、一つだけ。

 

「私のいる場所にミサイルを()()()()()()()()!!」

 

 次々と起こる爆発と軌跡の発生に声を荒げるアクセレイは、軌跡の終着点の簪に叫んだ。

 

「………………!!」

 

 簪が僅かに笑った。

 簪と打鉄弐式の奥の手。《激動烈炎》。

 それは簪が一人で打鉄弐式を組み上げようとしていた時期に考えた、ミサイルの発射ではなく『転送』による爆撃。

 実戦を考慮した場合のリスクや当時の簪の練度からお蔵入りしていた……。

 が、瑛斗と出会い、様々な知識や経験、技術を習得した簪はこの案をブラッシュアップし、使用可能な域に押し上げたのだ。

 けれどミサイルの転送場所の演算は非常に困難なことに変わりはない。

 そして最大のリスクは━━━━!

 

「私は高速で移動しているのだぞ!? こんな演算、貴様のISのバックアップがあっても脳に相当な負荷がかかるはずだ! 死ぬ気か!?」

 

 操縦者、つまり簪の脳に絶大な負荷がかかる。弐式の補助があるとしても、この技は長時間の使用は不可能だ。

 

「うっ……!」

 

 オーバーロードを起こしてスパークするヘッドギアが皮膚を裂き、血を流す簪。しかしその目は流れる血よりも赤く、燃えるような熱を宿していた。

 

「死ぬ気は……ないっ!!」

 

「なにっ!?」

 

「こんなこと、長い時間は出来ない……。でも、あなたの足を止められれば、それで……十分!!」

 

 《シリウス》の脚から、爆発が起こった。

 

「ぐあっ!」

 

 ついに動きを止めたアクセレイ。

 

「今だ!」

 

 この瞬間を待っていた簪はアクセレイの周囲に無数のミサイルコンテナユニットを転送した。

 

「なんとぉっ!?」

 

全弾(フル)……!」

 

 全ての発射口が開き、

 

「……発射(バースト)ッッ!!」

 

 ミサイルが怒涛となってシリウスに殺到する。

 超高速を誇るシリウスでも、躱すことは不可能だった。

 

「はああああっ!!」

 

 これが、最初にして最後のチャンス。

 簪はコンテナユニットだけでなく、打鉄弐式の持てる全てのミサイルを撃ち出した。

 計算など必要はない。相手はそこに、止まっているのだ。

 そして残弾が零になり、警告の電子音がなる。

 

「まだ、残ってる!!」

 

 簪の叫びを受けて、打鉄弐式はとどめの一撃として《山嵐》のミサイルラックユニット自体を弾頭として発射した。

 これまでよりもふた回りも大きな爆発が大気を震わせ、その衝撃は簪にまで届いた。

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

 爆煙を睨む。

 ミサイルは全て撃ち尽くした。もう打鉄弐式には、簪の握る薙刀と残弾三発のレールガンの他に、何も残っていない。

 もしこの煙が晴れても奴の姿があるのなら……。

 そう考えるだけで喉が異常なほどに乾く。

 

 そして、煙が消える。

 

「………………」

 

 アクセレイの顔が見えた。

 敵は健在。

 

「そんな……!?」

 

 簪の目に絶望の色が差す。

 

「待て。若き戦士。決着はついた。お前の━━━━勝利だ」

 

「え……? あ……!」

 

 しかし全ての煙が晴れた向こう側にあったのは、大破したシリウスと、それを纏うアクセレイの結晶化が始まった身体だった。

 

「やれやれ……。侮ったつもりは、なかったのだがな……」

 

 なかなかどうして、と苦笑するアクセレイの無残な姿は、とても痛々しいものだった。

 

「あ、あのっ……ごめっ、ごめん、なさ……!」

 

「何を謝る。こちらこそ礼を言いたい。良い戦いであった。長い旅をした甲斐があったというものだ。……そなたは、この星でさぞ腕の立つ戦士なのだろう」

 

 ほんの数秒前まで死闘を繰り広げた相手からの尊敬の眼差しに簪は首を激しく左右に振った。

 

「……わっ、わた、私なんて、そんな……大したことなくて……!」

 

「はは……! 負けた上に謙遜までされるとは、いよいよ私の立つ瀬はないな」

 

 愉快そうにくつくつと笑ったアクセレイは、真剣な目で簪の顔を見た。

 

「この私を打ち倒したのだ。若き戦士よ、己と、己の力に誇りを持て」

 

「誇り……」

 

「ああ。……最後に、そなたの名前を聞かせてもらえるだろうか?」

 

 そう言えば名乗っていなかった。

 簪は一秒躊躇ったが、向けられた敬意に応えるため、堂々と名乗った。

 

「更識、簪です」

 

「うむ……。勝者に敬意を払う。それは、この世界の(あまね)く生命全てに共通することだ」

 

 アクセレイは右手を胸に当て少し身体を前に傾けた。

 

「さらばだ、カンザシ。そなたの行く道に、栄光と祝福があらんことを━━━━」

 

 言い切ったところで、結晶になりきった男の姿は風に溶けた。

 続けて、眼下の城の一部が発光し、粒子となって消えた。

 簪は勝ったのだ。

 

「………………」

 

 だが、簪は釈然としていなかった。

 

「あの人……悪い人、だったのかな……」

 

 誇りを持てと言って消えたあの男。いや、男女の性別で括っていいものか。あれは遠い星からやって来た、異星の生命だ。

 極めて好戦的だったことは否めないが、悪事をするようにはとても思えない。

 もしかしたら分かり合えたのではないだろうか……。

 別の頭痛が来そうになった瞬間、打鉄弐式がディスプレイにデータを投影した。

 

「これは……ナビゲーション・プログラム?」

 

 ここからも見えるタワーを示しているデータ。

 試しに他の反応をサーチしてみるが、反応は何もない。

 

「みんなとも連絡が取れない……。なら、行くしか、ない……」

 

 罠である可能性もなくはないが、ここでじっとしていても仕方がない。

 

(もしかしたら、みんなはもうあそこに……)

 

 簪はそう信じて、なるべく他のことは考えずにタワーへ飛んだ。

 

 ◆

 

 鈴とセシリア、そして蘭と梢の四人は、同じ場所に飛ばされていた。

 

「何でまたアンタたちと一緒なのよ……なんて言ってる場合じゃないわよね」

 

 今回の事件の重要性を十分に理解している鈴は、先頭を飛行しながら緊張した面持ちでつぶやいた。

 現在四人がいるのはアルストラティアの東側のエリア。建造物が密集し、その間を縫うように、索敵しつつ飛んでいる。

 

「そうですね。よかったです。鈴さんやセシリアさんと一緒で」

 

「……心強い」

 

 肯定してきた後輩たちに鈴は鼻を鳴らすだけ。だがその顔は満更でもない様子だ。

 

「………………ふふっ」

 

 鈴の後ろを飛んでいたセシリアが、すっと鈴の隣に移動した。

 

「な、何よセシリア」

 

「いいえ。戦いの前に緊張をほぐす為に、鈴さんのにやけた顔を見ようとしただけですわ」

 

「だっ、誰がにやけてなんか━━━━!」

 

「見てください! 広い場所に出ました!」

 

 蘭が前方を指差す。あらかじめ設計されているように、建造物がない広場がその入り口を開いていた。

 

「……誰か、いる」

 

 梢の言う通り、その広場の中央に、一人の男が立っている。

 

「………………」

 

「あいつがアタシたちの相手みたいね……」

 

 速度を上げた鈴を追い、三人も加速をかける。

 男から数メートル離れたところで着地し、鈴は指差して問いかけた。

 

「そこのアンタ! クラウンの仲間ね!?」

 

「………………」

 

 男は無言で頷き、その口から言葉を紡いだ。

 

「私の名は、ハウガン」

 

「コミュニケーションは出来るようですわね……」

 

「もしかしたら、話し合いで解決するかもしれませんよ」

 

「……蘭、残念だけど、それはないみたい」

 

 梢は顎を一度前に動かして、前方に立つ男を見るよう示した。

 

「私の、名は、ハウガン……」

 

 男はまた名乗った。しかしその言葉はどこかたどたどしい。

 

「様子がおかしいわ……。嫌な予感がする」

 

 鈴の予感は、すぐに形になって現れた。

 

「わたしの、わた、わ、わた、はうが、あ……ああアアアあっ!!」

 

 獣のような叫びの後、男、ハウガンの身体が光の柱に包まれた。

 

「な、何ですかあれ!?」

 

「来ますわよ! みなさん気をつけて!」

 

 光柱から巨大な手足が飛び出す。そして、ISよりも一回り大きい濃緑の巨人が現れた。

 

「あれがIOS……。なんて大きさですの……!」

 

「この前見た瑛斗さんが持って帰ってきたのと全然違います!」

 

 言いながら、武器を構える四人。

 梢は自機《フォルヴァニス》が表示する敵情報を一瞥した。

 

「……《ベテルギウス》。それが、あの敵の呼称らしい」

 

「ロマンチックな名前の割に、大きいだけで地味なナリね! さっさとやっちゃいましょ!」

 

 両手に分割した双天牙月を握り、接近する。

 

「鈴さん、露払い役感謝しますわ。蘭さん、梢さん! お二人もレールガンを!」

 

「は、はいっ!」

 

「……了解」

 

 《フォルニアス》と《フォルヴァニス》のそれぞれの腰部装甲に増設されたレールガンが作動する。

 

「ティアーズ!」

 

 セシリアもビットを起動して砲門を巨大IOSへ向ける。

 

「やああっ!」

 

 鈴は牙月を振り上げる……振りをして急上昇。

 本命はセシリアたちの一斉射撃だ。

 

「今よっ! 撃って!」

 

 鈴の指示が飛び、無数の光軸がベテルギウスに殺到した。

 しかし、コンビネーション・アタックは不発に終わる。

 

「■■■ッ!!」

 

 ベテルギウスのボディが、頭を含む胴体と、両腕と両脚の五つのパーツに分離したのだ。

 

「バラバラに!?」

 

「鈴さん! 避けなさい!」

 

 すかさず反応したセシリアがバレット・ビットから弾丸を放ち、鈴に迫った巨大な右腕を叩く。

 鈴はその数秒の間を見逃さず、すぐさま三人の元に降り立った。

 

「あー、びっくりした……! セシリア、サンキュ」

 

「礼なら後にしてくださいまし」

 

「手足が分離して襲ってくるなんて……!」

 

「……ありそうで、なかった」

 

「要するに、バカでかいビットってわけね! 種が分かればどうってことないわよ!」

 

「あっ!? 鈴さん!」

 

 再度突進する鈴。しかし闇雲というわけではない。

 

「そんだけ大きけりゃ、狙わなくても当たるわよ!」

 

 《甲龍》の腰と両腕の装甲に装備された拡散型衝撃砲の砲口が開き、空気の圧縮が始まる。

 

「食らいなさい! 《烈火龍砲》!!」

 

 赤い炎を纏った衝撃が、浮遊していたジャイアント・ビットに直撃する。

 

「どんなもんよ!」

 

 だが、大きさが大きさである。決定打にはなり得ず、四つの巨塊が鈴に飛来した。

 

「■■■■■■■ーッ!!」

 

「蘭さんたちは鈴さんとあの手足を! わたくしは本体を叩きます!」

 

「はいっ! 行こう梢ちゃん!」

 

「……うん」

 

 セシリアと別れ、蘭と梢は地面を蹴った。次の瞬間、二人の纏うISの装甲が解離(パージ)する。

 赤の《フォルニアス》。

 青の《フォルヴァニス》。

 互いのISの武器や装甲が交換され、二機の混色のISが姿を現した。

 《フォルヴァ・フォルニアス・トヴェーリウス》。

 それは、二人の友情と、決意の姿。

 

「鈴さん!」

 

「……援護する」

 

「助かるわ! そんじゃ行くわよ!」

 

 連結させた双天牙月を全力で投げる。青龍刀は回転しながら飛んだ。

 ……蘭に向けて。

 

「これ、ちょっと怖いけど!」

 

 蘭は右手のボルテック・フィストから放電し、飛んできた牙月と自分を電流で繋いだ。

 

「えいっ!!」

 

 回転したまま方向転換した牙月は《ベテルギウス》の左腕を切り裂いた。

 

「梢ちゃん!」

 

 蘭の支配を離れた回転刃は、今度は梢に飛んでいく。

 

「……!」

 

 蘭と同様に電撃を放った梢は牙月を捉え、振り抜いた先にあったIOSの巨大な左脚に大きな傷をつけた。

 

「……っ!」

 

 そして、青龍刀は(持ち主)の元へ。

 

「だから無言で投げ返すなって、いつも言ってんでしょうが!」

 

 持ち手を掴み、回転の勢いを乗せた断撃で右脚を打つ。

 

「やった! さすが鈴さん!」

 

「……まだ、残ってる」

 

 梢は上を見上げた。上空ではセシリアがベテルギウスの本体と、護衛に回った右腕を相手していた。

 

「もう! 頑丈ですわね!」

 

 十数機のビットの攻撃は堅牢な装甲に阻まれる。

 

「ですが……!」

 

 放たれたレーザーの一つが婉曲した。ティアーズ型の偏向射撃(フレキシブル)だ。

 右腕を超えるように、レーザーが本体を狙う。

 

「■■■ッ!!」

 

 直撃を受けたベテルギウスの本体がよろめく。それと連動するように右腕もふらついた。

 

「いただきましてよ?」

 

 セシリアは右腕を飛び越え、本体に集中砲火。

 小爆発が連続して起こり、本体と右腕は鈴たちの前に落下した。

 

「ざっと、こんなものですわ」

 

 ふわりと舞い降りたセシリアが自信たっぷりに言い放つ。

 

「これで終わりなのかしら?」

 

「まだわかりませんわ。何が起こるか……」

 

 地に転がった四肢と胴体を睨む四人。

 ほんの僅かな静寂は、ベテルギウスの四肢から噴き出した黒煙によって破られた。

 

「煙幕……!?」

 

「想像以上にしょっぱいことするじゃない! 蘭、梢、気をつけなさい!」

 

「は、はいっ!」

 

「……!」

 

 蘭は視線を巡らせ、攻撃がどこから来るか気配を探った。

 

 ━━━━前方に接近する反応━━━━

 

 フォルニアスが表示した瞬間、ほとんど反射的に腕部のシールドを上げて防御体勢をとった。

 直後、煙幕を突き破って凄まじい衝撃が蘭を襲った。ベテルギウスの右腕だ。

 

「きゃああっ!!」

 

 地面に転がる蘭。

 

「蘭! 危ないっ!」

 

 鈴が蘭を掴んで投げる。一秒後、鈴にベテルギウスの左腕が激突した。

 

「がふ……っ!」

 

「り、鈴さん!!」

 

 地面に窪みを作りながら転がった鈴に、左腕部のさらなる攻撃が迫る。

 

「それ以上は!」

 

 セシリアがビットを飛ばし撹乱しようと試みたが、全く意に介さないその剛撃にビットは蹴散らされ、逆に全てのパーツがセシリアに狙いを定めた。

 

「くっ……!」

 

 弾かれるように飛んだセシリアは追ってくる左腕の撃ってくるビームを避けた。

 ふっ、と空が暗くなる。

 

「上!?」

 

「■■■■■ッ!」

 

 一緒に上昇していた胴体が、連結した右脚を振り下ろした。

 

「……!」

 

 声も出せずにセシリアは地面に高速で落下。展開こそ解除されていないものの、セシリアは動かなくなった。

 

「セシリアさん!?」

 

 鈴とセシリアが続けてダウン。残ったのは蘭と梢の一年生組。

 

「どうしよう梢ちゃん……」

 

 残りのパーツを接続しながら二人の前に降下するベテルギウス。

 

「……私たちだけで、やるしかない。……やれる?」

 

「も、もちろんだよ!」

 

 蘭と梢は左右に展開した。

 こうなったらやるしかない。

 二人の思考は一致していた。

 目標を中央に置いた攻撃方を取り近距離ではなく遠距離から、レールガンで射撃を仕掛ける。

 シューター・フロー。

 演習でやった戦闘動作(バトル・スタンス)だ。

 しかし、相手は演習用のターゲットでもなければISでもない。

 これは、実戦なのだ。

 

「■■■■■■ッ!!」

 

 ベテルギウスがめちゃくちゃに発射したビームの一つが蘭に直撃した。

 

「うわあっ!」

 

 かろうじてシールドで防御したが衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 

「蘭!?」

 

 梢は蘭に駆け寄り、抱き起こした。

 

「……蘭、動ける?」

 

「な、なんとか……! でも、エネルギーがもう……」

 

 蘭もフォルニアスも疲弊している。

 残ったシールドエネルギーでは、次に一撃でも食らってしまえばおしまいだろう。

 

(………………)

 

 梢は覚悟を決めた。

 

「……蘭、先に謝っておく」

 

「梢ちゃん?」

 

「……お店を手伝うって約束、守れないかもしれない」

 

「え?」

 

 刹那、蘭のもとから装甲が離れた。梢に密集した赤と青の装甲はもう一つ赤と青の装甲と融合し、一回り大きなシルエットを作り出した。

 《フォルヴァ・フォルニアス》。

 過去にIS学園を暴走したセフィロトと共に脅かした混色の破壊魔。

 

「こ、梢ちゃん!? 何を!?」

 

「……やつは、私が食い止める。蘭は、二人を連れて逃げて。そして、他の人たちのところに。それだけの力はあるはず」

 

「ふ、ふざけないでよ! 梢ちゃん一人を置いて行くなんてできるわけないでしょ! 私も一緒に━━━━」

 

「……ここで全滅する方がダメ」

 

「でも……!」

 

 梢は優しく微笑み、瞳を潤ませる蘭に語りかけた。

 

「……蘭、あなたは私にいろんなことを教えてくれた。私に居場所をくれた。けどそれは、あなたの居場所でもある。それを守るためなら、私には、何も怖いことなんてない」

 

 息を吸って、最後の言葉を伝えた。

 

「━━━━私、蘭のこと、大好きだよ」

 

「梢ちゃん!!」

 

 叫び声を背にして、梢は狂戦士と対峙する。

 どれだけ持つかはわからない。

 けれど不思議と恐怖はなかった。利用され続けたこの命を、始めて自分の意思で、大好きな人のために使うのだから。

 

「……っ!!」

 

 両腕に巨大な電撃剣を発動させ突進する。

 

「■■■■■■■■ッ!」

 

 咆哮の後、《ベテルギウス》の両腕が左右から襲いかかった。

 

「っ!」

 

 電撃剣を飛来した巨腕にぶつける。

 

「■■■ッ!」

 

 続けて両脚部が飛んで来た。

 梢は電撃による接触不良で動きを止めた左腕に足場に、さらに高く跳躍。

 そこに右脚から放たれた大出力ビームが迫る。

 

「……!」

 

 三つの小さな装甲を組み合わせたビームシールド発生装置を押し出し、赤色の光の膜で敵のビームを止める。

 レールガンを撃ち、動き出した右腕を狙い撃つ。

 地面に叩きつけられた右腕が瓦礫の山を作り上げた。

 

(……これで!)

 

 両腕と両脚、どちらも手放し無防備になった胴体へ目を動かす。

 

「やああっ!」

 

 浮遊していた胴体に向けて、電撃剣を振り下ろした。

 

(……斬れる!)

 

 そう確信した時、左からの衝撃が梢を襲った。

 

「ぐっ……!?」

 

 《ベテルギウス》の左腕。

 拳ではなくアタッチメント側から衝突してきたのだ。

 梢は動きを止めた。止めてしまった。

 

「■■■■■ッ!!」

 

 残った両腕と、右脚が質量弾となって対象を押し潰そうと高速で飛行する。

 

(防御を━━━━!)

 

 特大の衝撃が、大気を震わせた。

 四つの浮遊体が、重たい動きをして分散する。

 

「こ、梢ちゃん!!」

 

 血に汚れた梢が地面に転がる。

 敵の沈黙を確認し、両腕と脚を再装着したベテルギウスが、さらなる獲物を定めた。

 

「こっちに来る……!?」

 

 一歩目を踏み出したベテルギウスに冷たい汗を噴き出す蘭。

 しかしベテルギウスは二歩目を出さなかった。

 

「……させ、ない……。行かせない……!!」

 

 ボルテック・フィストの応用技《電磁拘束(ボルテック・ホールド)》。

 梢はまだ沈んでいなかった。

 

「■■■■■ッ!!」

 

 まるで、「往生際が悪い」と言うような苛立った雄叫びを上げ、ベテルギウスはもう一度、連続して梢に拳を打ち付ける。

 絶対防御が発動して梢を守っているが、それもいつまで続くかわからない。

 加えて、絶対防御と言えども衝撃は減殺しきれない。梢は今も激しい衝撃と痛みを受けている。

 何にしても、一刻も早く梢を救出しなくてはならない。

 

「鈴さん! 起きてください! セシリアさんっ! 二人とも起きてください! 梢ちゃんが……! 梢ちゃんが死んじゃう……っ!!」

 

 蘭はオープン・チャンネルで一心不乱に鈴とセシリアに覚醒を訴える。

 だがそこで気づいてしまった。

 

「私……頼ってばかりだ……」

 

 全身から力が抜ける。

 

「私だけじゃ……何も出来ない……!」

 

 悔しさで、涙が溢れ出た。

 

「私……わたし……っ!」

 

 自分は大切な人も守ることができない。絶望に、心が凍えそうになる。

 

「う……うう……うわああああ……!!」

 

 パニックになって、蘭はついに泣き出してしまった。

 

 だが、その慟哭は確かに()()()()()

 

『さっきから……耳元でピーピー泣いてんじゃ、ないわよ……』

 

「え……?」

 

『おちおち、休んでも……いられないじゃない!』

 

 鈴が、立ち上がった。

 

『そうよね! セシリア!』

 

『まったく……ええ、まったくですわ!』

 

 セシリアもゆっくり、しかし確かにその足で地面に立つ。

 

『少し、休憩してただけですのに!』

 

「鈴さん……! セシリアさん……!」

 

 鈴とセシリアは蘭のそばに集った。

 身体中あちこち悲鳴を上げている。今立っているのも不思議なくらいだ。

 けれど、まだ。

 まだ心は、折れてはいない!

 

「蘭! アンタも立つの! アンタがそんなんでどうすんのよ! アタシたちを頼ってもいいわよ! でもね! 泣いてる暇があったら出来ることやんなさい!」

 

「あの巨人はなんとかしますから、蘭さんはその隙に梢さんを。奮いなさい。これは、あなたにしか出来ませんわ」

 

「………………はいっ!」

 

 背中越しに、力強い返事と立ち上がる音を聞いて、鈴とセシリアは眼前で猛り狂う巨人を見据えた。

 

「セシリア、アンタ引っ込んでなさいよ。膝震えてるわよ」

 

「鈴さんこそフラフラですわ。あらあら、鼻血まで出して。休んでいても結構ですことよ?」

 

「冗談、アタシにも意地があんのよ。あんだけ啖呵切ったんだから」

 

「わたくしにも誇りがありましてよ? 後輩に無様は晒せませんもの」

 

 何かとソリの合わない二人。だが。

 

「……じゃあ」

 

「……それでは」

 

「「一緒にやるわよ!!」」

 

 息が合えば、絶大な強さを発揮する。

 

「行くわよ《甲龍(シェンロン)》!!」

 

 まず飛び出したのは鈴。

 攻撃を受け続けていた梢と、振り降ろされる大拳に割って入り、双天牙月で拳を止めた。

 

「……凰、鈴音……!?」

 

 蘭に助け出され驚く梢と一瞬視線を交わし、鈴は腕に意識を集中させた。

 

「アタシの可愛い後輩に……何してくれてんのよ!!」

 

 腕部に搭載された四連装貫通衝撃砲の集中砲火。巨大な拳は穿たれ、削られていく。

 

「■■■■■■■■■!!!!」

 

「どおおおおりゃああああああっ!!」

 

 咆哮を掻き消す裂帛の気合いが込められた叫びと共に、牙月の刃が拳を砕き、深紅の龍は高く昇る。

 牙月を投げ捨て、突き出した両腕。そして両肩。合計十門の衝撃砲口が開かれた。

 

「超重━━━━、龍砲!!」

 

 不可視の大砲撃がIOSの巨体に直撃し、頭部装甲が吹き飛び、仰け反った巨体が天を仰ぐ。

 

「セシリアッ!」

 

 発射の反動で落下する深紅の龍の横を、蒼の流星が駆け上った。

 

「参ります! 《ブルー・ティアーズ》!!」

 

 セシリアが翔んだのはベテルギウスよりも更に上。露わになったハウガンの、理性が消失した目がこちらを捉えて見開かれる。

 

「はあああっ!!」

 

 ありったけのビットを、ベテルギウスの巨体に突き刺した。

 

「ガッ……!? ゴガッ……!」

 

 苦悶ともとれる呻き。

 

「ダンスの時間はもう終わりですわ。紳士たるもの、引き際は弁えるものですわよ?」

 

 それに諭すような言葉をかけて、セシリアは《スターダスト・シューターMkⅡ》のトリガーを引き絞った。

 

 ライフル、そしてビットから撃ち放たれたレーザーと弾丸は余すことなくベテルギウスに注ぎ込まれ、巨大な狂機械は歪に内側から爆裂し、豪炎の中に消え去った。

 

「せ、セシリアさん!?」

 

 ごうごうと燃え盛る炎に向けて、蘭が叫ぶ。すると、炎の中でゆらりと影が揺れた。

 

「ふぅ、毛先が傷んでしまいますわ」

 

 炎の中からは涼しい顔をして髪の毛を気にするセシリアが現れた。

 

「う、うわー……。えげつないわー……」

 

 鈴もさすがにここまでやるとは思っていなかったようで、顔を引きつらせていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

 呆気にとられていた梢と蘭。

 だが、蘭はすぐに気を取り直し、梢の肩に手を置いた正面を向かせた。

 

「梢ちゃんのバカ! バカバカバカバカ!! 何であんな無茶したの!?」

 

 叱責する蘭の声は震え、目には涙が光っている。

 

「……ごめん、なさい」

 

 梢は、そう答えるのみだった。

 

「許してやんなさい。無事だったんだから」

 

「そうですわ。梢さんがいなかったら、わたくしたちはもっと早くに全滅してましたもの」

 

 エネルギーが切れ、ISの展開を解除した鈴とセシリアになだめられ、蘭も引き下がる。

 

「そうですね……。梢ちゃん、ありがとう」

 

「………………」

 

 首を一度上下させた梢は、どこか安堵した様子だった。

 

「……! 待って! アイツ、まだ生きてるわっ!!」

 

 鈴の声が弾け、三人は振り返った。

 

「「「!?」」」

 

「■■■……」

 

「何よ……あれ……」

 

 よろよろと倒れそうな足取りで、煙の中から出てきたのは、水晶で形取られた『ヒト』だった。

 

「……あれは、人間?」

 

 梢の問いに、誰も答えられない。

 

「■……■■………」

 

 そして、ヒトの形をした何かは、全身に亀裂を走らせ、粉々に砕け散った。

 

「終わった……んですの……?」

 

「多分ね……」

 

 鈴の言葉の後、地鳴りが起こった。

 

「これ、クラウンさんの言ってた崩落ですよね?」

 

「おそらく。つまりわたくしたちは勝利した、ということですわ」

 

 頷きあい、勝利を確信した四人。

 

「さあ、ここから脱出しましょう。蘭、頼むわ」

 

「そうですわね。蘭さん、よろしくて?」

 

「……蘭、お願い」

 

「はい! ……って、いやいやいや、ちょっと待ってください。なんで三人とも私に乗っかるんですか?」

 

「だって、もうアンタしかまともに動けないし」

 

「わたくしも恥ずかしながら……」

 

「……クラクラする。一歩も、動けない」

 

「だからって三人いっぺんになんて。エネルギーが……」

 

「……大丈夫」

 

 梢はそう言うと《フォルヴァニス》の無事な脚部スラスターを《フォルニアス》に装着させた。

 

「……これで、ギリギリいける、はず」

 

「はずって……」

 

 しかしいつまでもゴネていても仕方ない。

 

「はあ……。わかりました。じゃあ行きますよ!」

 

 脚に意識を集中させ、浮遊をイメージする。

 

「「「「………………」」」」

 

 しかしそれ以上何も起こらない。フォルニアスは微動だにしなかった。

 

「ちょっと、何やってんのよ蘭」

 

「すいません……! やっぱり無理です……! 定員オーバーです!」

 

 《フォルヴァ・フォルニアス》から再分離した場合、エネルギーはフォルヴァニスとフォルニアスへ二等分される。しかし極限まで消耗したエネルギーの分配では三人を抱えて飛ぶにはあまりに不足していた。

 崩落はその間にも近づいてきている。

 

「ら、蘭! 急ぎなさい!もうすぐそこまで来てるわよ!」

 

「蘭さん! 速く飛んでくださいな!」

 

「……蘭、ハリアップ」

 

「ん、ん〜!!」

 

 催促されながら、気張って飛び上がろうとしたその時!

 

「━━━━あっ」

 

 とうとうフォルニアスも限界を迎え、展開が解除されてしまった。

 ストン、と地に足をつける少女たち。

 脱出手段はなくなった。

 

「「「………………」」」

 

 死んだ魚のような目×3を受け、蘭は一言。

 

「………………てへっ☆」

 

 キレた鈴が蘭に掴みかかろうとした瞬間、四人は光に包まれた。

 

 ◆

 

 二本の槍が衝突して火花を散らす。

 

「はぁっ!」

 

「ふっ!」

 

 続けてアクア・ナノマシンの弾幕がぶつかり合う。

 切り結んだ二人の戦士は互いの顔を睨みつけた。

 

「やっぱりここにいたのね、エミーリヤ!」

 

 一人は真剣な眼差しを。

 

「久しぶりねぇ、更識楯無ぃ。会いたかったわぁ……!」

 

 一人は狂悦に歪んだ眼差しをしていた。

 

「この日を待ってたわよぉ……!」

 

 エミーリヤ・アバルキン。楯無を憎む闇へと落ちた復讐鬼。

 楯無は飛ばされたこの結晶洞内で、予感していた再戦に望んでいた。

 

「あなたその機体、まさかまた盗んだんじゃないでしょうね?」

 

 エミーリヤの纏う機体は以前戦った《冷酷な霧の女王(ジェストコスチ・トゥマン・プリンツェサ)》によく似ていた。だがその機体色は暗い紺色で、装甲には金色の追加パーツがある。

 

「うふふ……。《冷酷な霧の王妃(ジェストコスチ・トゥマン・カラリェーヴァ)》……。私の新しいISよぉ」

 

「ISですって?」

 

「クラウンが用意してくれたわぁ。彼はねぇ、私が望むものをなんでも与えてくれるのよぉ」

 

「そのクラウンが何をしようとしているか、わかっているの!?」

 

「そんなことは私には関係ないわねぇ!」

 

 振り抜かれた槍を避けて、続けて飛来した水弾を迎撃。

 

「あなた……! まだ私を殺すつもりでいるの!?」

 

「もちろんよぉ! 私はねぇ、更識楯無! あなたを殺すことだけが生きがいなのよ! 全てなのよぉ!」

 

「そんな悲しい……っ!」

 

「悲しいですってぇ……? そうさせたのはあなたでしょぉ!? あなたさえいなければああああああああ!!」

 

 激昂の雄叫びと共に大瀑布が押し寄せる。

 

「……っ! レイディ!」

 

 《ミステリアス・レイディ》からアクア・ナノマシンが迸り、楯無を守るように壁を作った。

 

「クラウンの計画なんてどうでもいいのよねぇ! 世界が滅ぶなら、その前にあなたをぶち殺すだけよぉ!!」

 

「エミーリヤ、あなたは……!」

 

 激流を堪えながら、楯無は胸の中に小さな痛みを感じた。《ミステリアス・レイディ》のアクア・ナノマシンは改良が施され、以前のように乗っ取られる心配はない。

 だがこの痛みは、一人の人間を狂わしてしまったという罪悪感は、鉄壁の水の加護でも防ぐことはできないのだ。

 

「それでも……!」

 

 レイディから発したアクア・ナノマシンを炸裂させ、激流を吹き飛ばした。

 

「私は止まらないわ!」

 

 ランスを構え、エミーリヤへ突撃。切り結んだところで左手に蛇腹剣《ラスティー・ネイル》を握り、エミーリヤのランスに巻きつけた。

 

「ぐっ……!」

 

 歯噛みするエミーリヤを見やり、楯無は跳躍。身体を捻り、エミーリヤから武器を取り上げた。

 

「そんなに欲しいなら、くれてやるわぁ!」

 

 対してエミーリヤは水を操りしならせながら楯無に叩きつけた。

 

「ああっ!」

 

 攻撃の手は緩まず、楯無に水の蛇が襲いかかる。

 

「もらったわぁ!」

 

 楯無の顔面を、アクア・ナノマシンが貫いた。

 

「………………?」

 

 エミーリヤは違和感を感じた。手応えがまるでない。楯無からは血さえ出ていない。

 

「偽物━━━━!」

 

 理解し振り向いた時には、楯無がランスを振り抜かんとしていた。

 

「せいっ!!」

 

 ランスの直撃を受け、今度はエミーリヤが吹き飛んだ。

 

「くっ……! やるじゃない。いつの間に分身と入れ替わってたのかしらぁ?」

 

「教える必要、ないわよね」

 

「可愛くないことを……! そうしていられるのもこれまでよ!」

 

 立ち上がったエミーリヤは身体に力を込めた。

 

「見せてあげるわぁ。私の新しい力をねぇ!」

 

 カラリェーヴァの装甲がスライドして、内部からキラキラと輝く粒子が放出された。

 

「何をしようと!」

 

 楯無は右腕をかざして、アクア・ナノマシンに攻撃指令を下す。

 

「うふふ……」

 

 しかしエミーリヤは回避行動を取らず、直立したまま動かない。

 アクア・ナノマシンがエミーリヤに届く直前で地面に落ちた。

 

「!?」

 

 何度も何度も仕掛けるが、水は地面に落ちて、楯無の指示を受け付けなくなった。

 ()()()()になってしまったのだ。

 

「どういうこと……!?」

 

「教える必要、ないわよねぇ?」

 

 意地の悪い笑みをたたえるエミーリヤに、楯無は先に自分がやったこととはいえ、なんだが腹が立った。

 

「答えなくていいわよ!」

 

 再度分身体を作り出し、エミーリヤに差し向ける。

 

「無駄よぉ?」

 

 しかし、エミーリヤに近づいた瞬間、やはり分身体は形を失って水溜りになった。

 

(レイディのアクア・ナノマシンが機能不全になる………………まさか━━━━!?)

 

 楯無の脳に、記憶を刺激する電流が流れた。

 神掌島での一件の後、楯無は国家代表としてロシアの研究機関に最新の研究報告書の提出を求めた。

 数日で届いたそれには、一度活性させたアクア・ナノマシンを無効化する研究をしているという報告があった。

 

「アンチ・アクア・ナノマシン……!」

 

 つぶやいた瞬間、エミーリヤの哄笑が弾けた。

 

「あっははは! ご明察よぉ! その通り。前のプリンツェサはあなたのアクア・ナノマシンを奪う能力があったけれど、このカラリェーヴァはねぇ! アクア・ナノマシンを無力化する力場を発生することができるのよぉ! あの厄介な空間拘束も使わせないわぁ!」

 

「乗っ取りの次は無力化……! あなた、とことん私のレイディを潰しにきてるのね! でも、アクア・ナノマシンを無力化するなら、それはあなたも━━━━」

 

「ざぁんねん。それも織り込み済みなのよねぇ」

 

 エミーリヤの隣に、もう一人のエミーリヤが立っていた。

 

「素敵でしょぉ? これはロシアではなくクラウンの……虚界炸劃の技術」

 

「私は私のアクア・ナノマシンを問題無く使えるわぁ」

 

 交互に話す二人のエミーリヤ。楯無はなるべく感情を表に出さず、薄笑いを作ってみせた。

 

「……それにしては、分身を一体しか出さないのね」

 

「「あなたを殺すのに分身を何人も出す必要はないわぁ。これで十分よぉ」」

 

「それとも、出せないのかしら?」

 

「「さあ……どうかしらねっ!!」」

 

 接近する復讐鬼。楯無は後退しながらその手に握った《蒼流旋》の内蔵ガトリングのトリガーを絞った。銃口から弾丸が放たれる。

 ━━━━地面に。

 

「「ちいっ!」」

 

 地面から上がった土煙を払いのける。払った煙の奥で、巨大な水の槍が待ち構えていた。

 

「《ミストルテインの槍》!!」

 

 ランス諸共、投擲された激流の槍撃がエミーリヤに向けて発射される。

 

「だから……無駄なのよねぇ!!」

 

 エミーリヤに当たりそうになるそばから、ミストルテインの槍は消滅する。

 そしてランスはあえなく弾き飛ばされた。

 

「「そぉれっ!」」

 

「ううっ……!」

 

 二つの拳が叩きつけられ、楯無は交差させた腕で受け止めた。

 

「「武器がなくなったわねぇ?」」

 

「………………」

 

 楯無は身体から力を抜いて。腕を下ろした。

 ミステリアス・レイディの装甲が、光の粒子となって消える。

 

「あらあらぁ?」

 

「展開を解いちゃうのぉ?」

 

「「勝負を捨てて大人しく殺される気になったぁ? あはははっ!!」」

 

「……勝負を捨てる? 冗談言わないで。これからが始まりよ! 」

 

 言葉の後、光が爆ぜた。

 

「「何……!?」」

 

「あなたとの再戦、私が何も対策を講じてないとでも思った?」

 

 光の奥から、流線型の《ミステリアス・レイディ》と違い、角張ったシルエットが現れる。

 鈍色の装甲と、両手に握ったマシンガン。

 

「「二機目のISですってぇ……!?」」

 

「いいえ。これは《ミステリアス・レイディ》よ。装甲を入れ替えただけ」

 

「「入れ替えた……?」」

 

「《銃纏の淑女(フィアーレス・レイディ)》。……あえてもう一度言わせてもらうわ。アクア・ナノマシンが使えなくたって、あなたを倒すことはできる!」

 

 身体を慣らすように一歩二歩ステップを踏み、地面を蹴ってエミーリヤに肉薄。

 

「突っ込んでくるなんて馬鹿ねぇ!」

 

「返り討ちにしてやるわぁ!」

 

 新たに呼び出したランスを握り、二人のエミーリヤが迎え撃つ。

 

「ふっ!」

 

 ジャンプして一回転半。エミーリヤの上を取った楯無は弾丸を連射。

 

「このっ!」

 

 槍を振り上げた一人目のエミーリヤに鋭い蹴りをお見舞いし、もう一人のエミーリヤには着地してから蹴りを入れた。

 

「「足癖が悪いわねぇ!」」

 

「手癖も悪いわよ?」

 

 マシンガンを上に放り投げ、反射的に上を見た左側のエミーリヤに拳を打ち付ける。

 

「ぐぅっ!?」

 

(当たり━━━━!)

 

 楯無は落下してきたマシンガンのグリップを掴み、銃身に取り付けられたヒートダガーを起動させた。

 

「ほらほら、もっとアクア・ナノマシンを出さないと押し負けちゃうわよ!?」

 

 連撃とともに挑発めいた言葉を吐く楯無。エミーリヤは悔しそうな顔をしながら巧みな槍捌きで攻撃をいなす。しかし二対一でも遅れを取らない楯無が次第に押していく。

 

「ふっ!」

 

「━━━━っ!?」

 

 そしてエミーリヤのランスが吹き飛ばされ、その額に銃口が据えられた。

 

「勝負あり……ね。この距離ならアクア・ナノマシンを動かすより、引き金を引いたほうが早いわ。絶対防御があっても頭へのダメージは昏倒レベルよ」

 

「………………!」

 

「やっぱりね。エミーリヤ、あなたは分身を出さないんじゃない。出せないのね」

 

「……っ!」

 

「そのアンチ・フィールドを発動するために、結構エネルギーを使うようね。自分のアクア・ナノマシンとの併用は難しいみたい。良く出来てるけど、急ごしらえのISじゃあ私には勝てないわ」

 

「………………! だったらあっ!」

 

「あら?」

 

 人の形を失ったエミーリヤの分身が楯無に飛び掛かり、その手足に纏わり付く。楯無は空中で拘束された。

 

「くっ!」

 

「うふふ……捕まえたわぁ……!」

 

 狂気の覗く笑顔を浮かべ、エミーリヤは右手で楯無の豊満な胸を乱暴に掴む。

 鼓動を感じた。この楯無は間違いなく本物だ。

 

「やるなら徹底的にやりなさぁい? 最後まで油断しちゃダメよぉ?」

 

 言いながら、その胸の先を指でなぞる。楯無の身体が、ピクンと跳ねた。

 

「あんっ……」

 

「いい身体してるわよねぇ、あなた。首から下は私の好みにぴったりよぉ?」

 

 そして左手を質感を愉しむように腰や太ももに這わせた。

 

「それは……んっ、光栄だわ。だったら助けてくれないかしら? そしたら、たくさんご奉仕してあげるわよ?」

 

「……ふふっ」

 

 エミーリヤは微笑みの後、楯無の頬を張った。

 

「……っ!」

 

「命乞いなんてしても無駄よぉ! ぶち殺してやるわぁ!!」

 

 大型ナイフを取り出し、楯無の前でちらつかせる。

 

「あなたの妹は私が可愛がってあげるわぁ。だから安心して逝きなさぁい?」

 

「簪ちゃんは、あなたには屈しないわ」

 

「あ、そう!!」

 

 ナイフの切っ先が楯無に、降りかかる。

 

 赤い華が散った。

 ………………エミーリヤの手から。

 

「ああっ!?」

 

 手の肉が削がれ、ナイフが手から落ちる。

 

「ど、どうしてぇ……!?」

 

 何者かの後ろからの攻撃。振り返ったエミーリヤは額から汗を零した。

 

「更識……楯無ぃ……!?」

 

 そこに、《蒼流旋》を構えた楯無がいた。

 

「本物の更識楯無はここに……! あれは分身!?」

 

「そう。あれはレイディのナノマシン・アクアで作った分身体。さっきのミストルテインと一緒にアクア・クリスタルを転がしておいたの」

 

 磔になっている楯無が、不敵に笑いながら説明する。

 

「……最初に私のナノマシン・アクアを無力化した時に気づいたわ。エミーリヤ、あなたの作り出すアンチ・フィールドの範囲は、あなたから約二メートル! そこから外なら、ナノマシン・アクアは使える!」

 

「まさか今までのはわざと……!」

 

「まあね。あなた、冷静にそうで全然冷静じゃなかったから。いいように扱わせてもらったわ」

 

「ちっ! ……けどあなたの不利に変わりはないわぁ!」

 

「そうかしら? さっきの言葉そのまま返すわ。最後まで油断しちゃダメよ?」

 

 楯無の足元で小さな光が瞬いた。

 光の中から現れたのは、ミサイルラック。

 

「ミサイル……!?」

 

 エミーリヤはとっさにナノマシン・アクアを防御に回した。

 即ち、楯無の拘束が解かれる。

 

「しまった━━━━!?」

 

 ミサイルが撃ち放たれたタイミングで後ろに飛んだ楯無は自分の分身体からランスを受け取った。

 

  「《打鉄弐式》のミサイルよ。どうかしら? 私の自慢の妹の一撃は」

 

 《銃纏の淑女(フィアーレス・レイディ)》は、レイディのアクア・ナノマシンが使用できない状況下でも楯無が十全に戦えるように、瑛斗のGメモリーに使われる技術を応用して作り上げたもう一つの姿。

 戦闘スタイルは楯無自身のポテンシャルを活かしたガン・カタを模したもので、さらなる隠し球として簪から譲り受けた《打鉄弐式》用の小型ミサイルラックを二つ搭載している。無論、調整は二人で行った。

 

 一人ではなく、愛する者たちと共に戦う。

 

『更識刀奈』の密かな決意の現れが、このレイディの新たな姿であった。

 

「よくも……!」

 

 黒煙が消えて、エミーリヤが姿を現す。アクア・ナノマシンでも防ぎきれず、カラリェーヴァの装甲は損傷していた。

 

「どうする? まだ続ける?」

 

 槍と銃を構えた楯無。

 エミーリヤは奥歯を噛み締め、叫んだ。

 

「やってやるわよ! 私はあなたを殺すまでは━━━━!」

 

 バキン、と何かが割れる音がした。

 

「………………え?」

 

 音は、エミーリヤの中から聞こえていた。アクア・ナノマシンも彼女の足元で水たまりになり下がっている。

 

「うそ……!」

 

 楯無は戦慄した。エミーリヤの身体が色を失い始めていたのだ。

 

「何よ、これ?」

 

 自身の変化に茫然とするエミーリヤ。

 すると楯無とエミーリヤの間に、映像が投影された。

 

『あー、あー、マイクチェックマイクチェック』

 

「クラウン・リーパー……!?」

 

 そこには薄ら笑いを浮かべた道化師(クラウン)がいた。

 

『……エミーリヤ。この映像を見ているということは、どうやら更識楯無に苦戦を強いられてるようだね。このシステムは君の機体が限界に達した時に作動するようになってるんだ』

 

「く、クラウン! 答えなさい! これはどういうことかしらぁ!?」

 

「無駄よエミーリヤ。これは録画映像だわ」

 

 楯無の言葉通り、映像の中のクラウンはエミーリヤの問いに答えることなく続けた。

 

『さて、エミーリヤ。残念だが君はここで退場だ』

 

「退場ですってぇ!?」

 

『君のその機体、実はIOSなんだ』

 

「IOS……!? 私の、カラリェーヴァが……!?」

 

 クラウンの笑みがだんだん深く、そして歪に刻まれていく。

 

『君は更識楯無のことになると冷静じゃなくなるからねぇ。俺を疑いもしなかった。簡単に疑わせるつもりもなかったけど。まあ、要するに━━━━』

 

 クラウンの顔は狂気に塗りつぶされていた。

 

『お前は俺の計画の尊い犠牲というわけさ』

 

「犠牲……? ううっ!?」

 

 エミーリヤは己の内側から、引き裂くような激痛を感じた。

 

「こ、これは……この痛みは!?」

 

『そろそろ人格も消えることだろう。……ああそうそう、更識楯無』

 

 楯無はクラウンが自分にもメッセージを送ってきたことに虚を突かれた。この男は一体何を伝えようというのか。楯無は攻撃の可能性も警戒した。

 

『エミーリヤ・アバルキンという存在はもうすぐ人間ではなくなり……あー、つまりは死ぬ。そこでだ。彼女に引導を渡してやってくれないか。俺には彼女の復讐なんて知ったことじゃないし、それが彼女を助ける唯一の方法だ』

 

「なんて外道……!」

 

『じゃあそういうことで、映像終わり!』

 

 投影映像が消え、水晶洞は静かになる。

 

「……待って」

 

 ポツリと零したのは、エミーリヤだった。

 

「待って、よ。もう、少し……。もう少しで、殺せるの。私から全部奪っていった更識、楯無を……!」

 

 一歩一歩進むたび、その身体が崩れていく。

 

「こんな……こんなのって、ない……。世界は、どれだけ、わたしを……うら、ぎれば……!」

 

 その目から走る一筋の線は、涙か、それとも崩壊の前の亀裂か。

 

「……おね、がい……。わたし、を……ころして……!」

 

「………………」

 

 楯無は霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)に形態を戻し、構えたランスを一度下ろして、夢遊病者のように近づいてくるエミーリヤを静かに見据えた。

 

「エミーリヤ……」

 

「ぎ、がっ……! あ、が……■■■■■■■■ッ!!」

 

 ついに理性を失い、それでもなお向かってくる復讐者。

 

「━━━━!」

 

 それを、槍が貫いた。

 

「さ、らし……きた……て…………な………………」

 

「これが、私があなたに出来る唯一のことだから」

 

 《蒼流旋》のアクア・ナノマシンへの『固定(ロック)』の指示を『解放(リリース)』に切り替える。

 

「……さようなら(ダ・スヴィダーニァ)

 

 螺旋する激流は、()()()()()()()()()()を跡形も無く吹き飛ばした。

 

「エミーリヤ、私はあなたという人を忘れないわ。あなたのためにも、刀奈(わたし)楯無(わたし)であり続ける。……例えそこに、どんな敵が待っていようとも。私を認めてくれるみんながいる限り、私は止まらないわ」

 

 消滅したエミーリヤに、楯無……刀奈は誓いを立てる。彼女の存在は、刀奈の心に強く残ることだろう。

 けれど今はやるべきことがまだ残っている。感傷に浸る時ではない。

 エミーリヤが消えたことで、この空間の消滅が始まった。

 

「瑛斗くん……今行くわ!」

 

 消える水晶洞の天井に穴が開いた。差し込む光に向けて刀奈は飛び、外へ出る。

 

「これは……」

 

 視界に入る建造物の数が、減っている。

 アルストラティアは初めて見た時よりもかなり規模が縮小していた。

 

「みんな頑張ってくれてるみたいね……。瑛斗くんは!?」

 

 センサーに反応はない。

 

「どういうこと? 誰もいないなんて……」

 

 そこに、レイディがデータ受信の表示した。

 

「ナビゲーション……。あのタワーへの?」

 

 赤く明滅するポイントで示された浮遊城の中央タワー。この唯一の手がかりを無視するのは得策ではない。

 

「……行ってみましょう」

 

 ポイントまでのナビゲーション・プログラムにアクセス。刀奈は無音の空を飛んだ。

 

 ◆

 

 ラウラは虚界炸劃の双子姉妹シェプフ、ツァーシャとの戦闘を続けていた。

 

「おおおおっ!!」

 

 気合を込めて、黒い大剣を振り下ろす。

 

「遅い遅いです!」

 

 IS《キサナドゥ・パペッター》を駆るシェプフは、特徴的な非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)のビッグ・アームをまさしく自分の身体の一部のように動かして、ラウラの攻撃を回避する。

 

「はあっ!」

 

 同型機の《イヴィル・パペッター》に乗るツァーシャは同じ形状の腕を振るい、反撃。

 

「ちっ!」

 

 大剣とレールカノンの砲身で受け止め、弾き返し、ラウラは後方にジャンプした。

 

「子どもにしてはやるな。よく動く」

 

「お褒めにあずかり光栄です!」

 

「ですが、これも当然のこと。なぜなら━━━━」

 

「『私たちはあなたよりも優れているから』か?」

 

「……その口ぶり、知っていましたか」

 

「私やあの人と同じ塩基配列のデザインベイビー……。聞いたときは驚いたぞ」

 

「私たちも驚きです! 私たちのお姉さまが、ここまで駄作とは思いませんでした!」

 

「言ってくれる……。だが、調子づくのもそこまでだ」

 

 ラウラは《シュヴァルツェア・レーゲン》の脚部に意識を集中させた。

 

「展開装甲……。使わせてもらう!」

 

 黒色の装甲が名前通り展開し、赤い燐光を放つ。

 《紅椿》の予備パーツを流用したこの脚は、シュヴァルツェア・レーゲンに世界に二機しかない第四世代機クラスの出力を与えた。

 

「見せてやる。経験の差を!」

 

 弾丸のように飛び出すラウラ。双子はそれに合わせてふわりと地面から足を離す。

 

「食らえっ!」

 

 横薙ぎの一撃がシェプフを捉える。

 

「っと!」

 

 シェプフは身体を縦に半回転。ビッグ・アームの指先からエネルギー弾を撃つ。

 上体を逸らし、銃撃を避けたラウラは足を振り上げシェプフに蹴りを、ワイヤーブレードをツァーシャに放った。

 

「あはっ! 楽しいです! でも!」

 

「手に取るようにわかりますよ、お姉様の動きが!」

 

 ラウラの攻撃は双子には当たらなかった。どちらも鮮やかな身体裁きで紙一重で躱してみせたではないか。

 

「馬鹿な……!」

 

 そのまま大腕の手を握り合い、曲芸のようにくるくると回りながら、双子は息ぴったりに着地した。

 

「お姉さまたちだけが特別じゃないのですよ!」

 

「私たちにも()()()います」

 

「視えている……? まさか━━━━!」

 

 双子の持つ翡翠色の瞳が、発光していた。

 

越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)……!?」

 

「似ていますが、違いますね」

 

「なに?」

 

「私たちの目のナノマシンは、お姉様のものよりも遥かに高性能なのです!」

 

「お父様は、断界の瞳(アポステル・オージェ)と言っておりました」

 

「私たちを模倣したのか……」

 

「模倣? とんでもない。これは私たちの、私たちだけの力」

 

「お姉さまの目とは、段違いなんですよ!」

 

 輝く翡翠の瞳。おそらくそれが、この双子の強さを後押ししている。

 

(だが、負けるわけにはいかん……!)

 

「なめるなっ!」

 

 ラウラはもう一度飛んだ。今度は横に。

 

「そんな動きで!」

 

 どんな動きをしようと、双子には視えている。

 巨腕の指先から発射されるエネルギー弾を避けながら、ジグザグの軌道を描き飛行。

 

「だあああっ!」

 

 大剣を大上段に振り上げたラウラが双子に詰め寄る。

 

「「だから視えてるんですよ!」」

 

 広げられたビッグ・アームの手が大剣を受け止めた。

 

「━━━━ああ。わかっているさ」

 

 ラウラの手から何かが放られた。

 そう理解した瞬間、双子の前で閃光が弾けた。

 

「この光は!?」

 

閃光手榴弾(フラッシュ・バン)!?」

 

 激光に目を焼かれ動きを止めた双子。

 

「はああっ!!」

 

 そこに叩き込まれたプラズマ手刀の一撃が、シェプフとツァーシャを吹き飛ばした。

 

「どうだ!」

 

「………………」

 

「………………」

 

 倒れたまま動かない双子。

 会心の一撃。もしや本当に打倒したかもしれない。しかしラウラは油断せず、レールカノンはいつでも発射可能な状態に留め━━━━双子が起き上がった。

 

「!?」

 

 双子は気配もなく跳ね起きた。まるで、スイッチを入れた機械のように。

 

「「……面白い」」

 

 氷を直に押し付けるような冷たい眼差しが、ラウラの肌を突き刺す。

 

「貴様ら……!?」

 

「やはり、お姉さまは私たちの相手に相応しいようですね」

 

「ええ。そうでなくては困ります。これで私たちも本当の武器を使えるというもの」

 

「本当の武器だと!?」

 

「シェプフ、見せてあげましょう」

 

「では、とくとご覧あれ。私たちの本当の武器を……!」

 

 シェプフのIS、《キサナドゥ・パペッター》の巨腕が拳を固め、地面を殴りつける。

 振動がラウラの足にも伝わってきたが、それでは終わらなかった。

 

「な、なんだっ?」

 

 微弱だった振動は次第に大きくなり、思わず声が出る。

 

「「現れよ。《失落の人形(フラトリサイド・ドールズ)》!」」

 

 重なり合った声に呼応して、地面から十の箱が出現した。

 二メートルほどはあろうか。白く細長い箱は、まるで棺桶のよう。

 蓋には『1』から『10』まで番号が振られている。

 

(何が来る?)

 

 警戒するラウラ。箱の蓋がギィ……と重たい音と共に開き、中身が外気に触れる。

 

「な……!?」

 

 ラウラは目を見張った。

 箱から現れたのは、人間。それも女性。全員が同じ姿をしている。

 ISスーツに身を包み、腕と足に装甲。両手には剣と盾を握っている。

 そして頭全体を包み込むようなバイザーが被せられていた。

 一見すると、ISの類に思える。

 

「ふふ……。どうです? これが私たちのお人形です」

 

「人形、だと……? 本物の人間ではないか!」

 

「その通り。これらは全て人間。ですが今は私たちの玩具……。従順な操り人形……!」

 

 二体の傀儡使いが巨腕の両手を広げる。指の先から可視光線が飛び、『人形』と呼ばれた者たちのバイザーで覆われた頭の後部分に当たる。

 

「うっ……!」

 

「ひあっ……!」

 

 短い悲鳴を上げる女性たち。彼女たちが生きているという事実にラウラは戦慄した。

 

「何をしている!?」

 

 ラウラが吠えると双子姉妹はなんでもないように説明した。

 

「人形たちの頭に埋め込んだ制御装置に私たちのISのコネクション・レイを照射しました」

 

「これで人形たちの脳へダイレクトに指令を送るのです」

 

「えぐいことを……!」

 

「……ツァーシャ、お姉さまはこのお人形さんたちがお気に召さないようです」

 

「残念ですね。ではこの人形たちの素晴らしさを体験していただきましょう」

 

 女性たちがぎこちない挙動で武器を構えた。

 

「来るか……っ!」

 

「さあ、楽しい舞踏会の始まりです!」

 

 十の刺客が統率の取れた動きでラウラに迫る。

 

「蹴散らす!」

 

 迎え撃つためにラウラも大剣に内蔵したのプラズマブレードを作動させた。

 

「ああそうだ、言い忘れてましたです」

 

「この人形たちにはISのエネルギーシールドのようなものはありませんので。倒すのなら気をつけてくださいね?」

 

「何……!?」

 

 今のシュヴァルツェア・レーゲンのにそんな器用なことが出来る武装は多くない。

 あるとすれば腕のプラズマ手刀だけだ。

 

「人質を戦わせるなど!」

 

 やむなく大剣を下ろし、後退。

 操り人形たちが前後左右から襲い来る。

 

「くっ!」

 

 斬撃をプラズマ手刀で受け止めるが、想像以上の剣圧にラウラは高度を下げてしまう。

 その先に、双子がいた。

 

(まずい……!)

 

 攻撃は間に合わない。それどころか向こうの攻撃が来るはず。

 双子とすれ違った瞬間、視線が交差した。

 しかし攻撃はない。

 狂気の渦巻く二つの眼差しが向けられただけだ。

 

(なぜ、動かない……?)

 

 これだけの味方を擁しているのだ。さらに自身らも加われば勝利は容易いはず。

 だが、あの双子がそうしないのはなぜか。

 

(………………そうか!)

 

「っ!」

 

 ラウラは身体を折り、方向を変えた。脚部展開装甲で加速し、双子を正面に据える。

 

「「……ほう?」」

 

「この者たちを操っている時、貴様らは無防備だ!」

 

 シェプフは向かって来るラウラに賞賛を送った。

 

「流石です。こんな短時間で気づくなんて」

 

「ですが、越えて来れますか? 私たちの人形を」

 

 ツァーシャがイヴィル・パペッターの腕を動かし、人形たちをラウラに差し向ける。

 

「小癪な!」

 

 大剣を盾代わりにして攻撃を受け止め、それを足場に跳躍。一気に双子へ接近する。

 

「させないですっ!」

 

 シェプフが自分の操る人形の一人をラウラの前に配置した。

 

「でやあああっ!」

 

 ラウラは操られている者を慮り、武器ではなく拳を叩きつけた。

 バイザーで防護された顔面を殴られ、後ずさる。

 

(浅いか……!)

 

 手応えから判断。実際、女はすぐ立ち上がった。

 女のバイザーに、ヒビが入っていた。

 

「………………」

 

 そして、破片が重力に従って落ちる。

 

「な……!?」

 

 ラウラは目撃した。そのバイザーの奥から()()()使()()()()()()()()()が覗いていたのを。

 

「なんだ……それは……?」

 

「おや、バレてしまったようです」

 

「では、改めてご紹介しましょうか」

 

 双子が同時に指を鳴らすと、人形たちの仮面が割れ、中の素顔が現れた。

 軽い音と共に、仮面が地に転がる。

 ラウラは、目を見開いた。

 操られていた女性たちの正体は━━━━

 

「お前たち……!?」

 

 ラウラが隊長を務める特殊部隊、黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の隊員だった。

 

「そんな……どうして……!?」

 

「きゃっははははは! 見てくださいツァーシャ! お姉さまのあの顔!」

 

「ああ、なんて素晴らしい表情……! その絶望に染められた顔が見たかった……!!」

 

 一人は狂喜し、一人は恍惚とする。

 ラウラは双子に怒気を孕んだ声をぶつけた。

 

「これはどういうことだ!!」

 

「簡単な話です。お姉さまの隊の構成員を丸ごと拉致して私たちの玩具にしたのですよ」

 

「玩具だと……!?」

 

「最初は一人ずつ()()()()のですけど、あんまり面白くなくて。でもエミーリヤ(おばさん)に習って二人、三人と一緒に遊ぶ人数を増やしていったら、お互い庇いあってどんどん面白くなっていったです!」

 

「家畜のように檻の中で裸で身を寄せ合って啜り泣く姿なんて、それはそれは愉快で無様で滑稽でしたよ」

 

「眼帯だけは、やれ誇りがどうこうと五月蝿かったんで取り上げなかったです。馬鹿ですよねえ。()()()()されちゃ誇りも何もないのに」

 

「━━━━っ!!」

 

 それを聞いた瞬間、ラウラの中の糸が切れた。

 

「貴様らああっ!!」

 

 激昂したラウラは脚部の展開装甲を稼働させ、双子と距離を詰める。

 

「許さん……! 絶対に許さんっ!!」

 

 プラズマ手刀に暴発寸前までエネルギーを送り、特大の光刃で斬りかかる。

 

「消えろおおおっ!!」

 

「「無駄です」」

 

 巨腕の指が蠢き、操り人形と成り果てた部下たちにラウラは羽交い締めにされた。

 

「は、離せっ! お前たち、私のことがわからんのか!?」

 

「いえ、わかっていますよ?」

 

 そう答えたのはツァーシャだ。

 

「思考、人格は一切弄っていません。ただ、身体の支配権を私たちに握られているだけです」

 

「なんだと!?」

 

「その証拠に、ほら」

 

 シェプフのISの指が動き、黒ウサギ隊副隊長クラリッサ・ハルフォーフがラウラの前に引き立てられた。

 

「クラリッサ……!」

 

 生気のない瞳が、ラウラに向けられている。

 

「……た」

 

「!?」

 

「た……い……ちょう………」

 

 掠れるような、しかし確かな声が聞こえた。その目の端から、涙さえ零れ落ちていた。

 

「クラリッサ……お前……!?」

 

「どうですか? お姉さまのことを認識しているんですよ。それも、全員が」

 

「そんな……!」

 

「隊長……」

 

「!?」

 

「たす、けて……くだ、さ……」

 

「たいちょ……う……」

 

「痛い……怖い……苦しい……!」

 

 部下たちの呻くような声が、ラウラを苛む。

 

「う……うわあああっ!!」

 

 吠えたラウラは纏わりつく部下たちを振り解き、高く飛んだ。

 

「よくも……よくもやってくれたな!!」

 

 レールカノンに弾を装填し、捕捉した双子に照準を合わせる。

 しかしその砲口の前に操られた黒ウサギ隊が立ちはだかった。

 

「お前たち!?」

 

「ふふふ……! 攻撃できますかぁ? 捕まってからもずっとお姉さまのことを信じ続けたその人たちを!」

 

「やれるものならやってみてください。下手をすれば、ぐちゃぐちゃですけど」

 

「ちぃっ……!」

 

 攻撃を躊躇ってしまった瞬間、壁になっていた隊員達が一転して襲いかかってきた。

 発射寸前だったレールカノンに剣が突き刺さり、爆発する。

 

「しまった……!」

 

 すぐに解離(パージ)。そして誰もいない方に蹴り飛ばした。

 

「やめろ! お前たちを傷つけたくはないんだ!」

 

 爆発の中で叫ぶも返事はなく、剣が振るわれるのみ。プラズマ手刀で受け止めるが、多勢に無勢だ。別方向からの攻撃は防ぎきれない。

 背後からの強烈なキックがレーゲンのシールド・エネルギーを奪った。

 

「きゃははっ! それそれ!」

 

「うふふ……あはははっ!!」

 

 人形たちを操る双子の狂ったような高笑いの中で、ラウラは蹂躙されていく。

 いくら強化された機体に乗っていても、相手は防御策を持たない人間。迂闊な攻撃は最悪の結果を招きかねない。しかも自分の部隊の部下だ。

 防戦を強いられ、レーゲンのエネルギーも次第に無くなっていく。

 

「いただきです!」

 

 シェプフの操るクラリッサが、プラズマ手刀の発振装置を剣で削った。

 

「うっ……!?」

 

 動作不良に陥り、光の刃は消滅。

 ラウラに攻撃する手段は無くなった。

 

「さあ、これで最後です!」

 

「部下たちの手で、死んでしまいなさい!」

 

 ラウラに剣を向けた黒ウサギ隊が、全方位から一斉に押し掛けた。

 

 ◆

 

 全てがゆっくり、そしてはっきり見える。

 迫り来る変わり果てた部下たちの姿も。

 その奥で嗤う双子の姿も。

 どうやら、私はここまでか……。

 

『━━━━願うか……? 汝、力を欲するか?』

 

 声が聞こえた。懐かしく、そして忌々しい声。

 

『汝、自らの変革を望むか……?』

 

 その答えなら━━━━否だ。

 私の変革は既に終わった。私は十分に変わった。

 独りだった私に、仲間なんてものが出来たのだ。

 何も知らなかった私が、人を愛する喜びを知ったのだ。

 これ以上の変革など、必要はない。

 

『より強い力を、欲するか……?』

 

 ああ。それは認める。力が欲しい。

 だが破壊するためじゃない。救うための、守るための力だ。

 からっぽだった私を満たしてくれた仲間たちのために、愛する者のために!

 

 だから、力を、お前の力の全てを━━━━私によこせ!!

 

『……汝の願い、聞き入れた』

 

 遠のいていく意識の中で、私はあいつの顔を思い出していた。

 

(愛しているぞ。瑛斗━━━━)

 

Damage Level……E.

Mind Condition……Uplift.

Certification……Clear.

All Limitter……Break.

 

《Valkyrie Trace System》……boot.

 

 ◆

 

 双子は、目の前の光景に目を見張った。

 部下に刺された出来損ないのデザインベイビーが噴き出したのは、血ではなく泥のような『何か』。

 泥のようなものが噴き出して、人形たちを飲み込んでいく。

 

「シェプフ!」

 

「わかってるです!」

 

 すぐに引き戻そうと腕を動かした。

 だが、遅かった。すでに人形たちとのリンクが切れていた。

 

「そんな!? 人形たちの支配権は誰にも書き換えられないはずですよ!?」

 

『何か』はラウラをも包み、全く別の輪郭を作り上げていく。

 

「あれはいったい……?」

 

 女だ。ISを展開した女の姿をしている。しかし人形たちを飲み込んだ腰から下は、歪に膨れ上がっていた。

 数秒の間、その輪郭を歪めた黒いISだったが、すぐに女性的な体型になった。

 

「取り込んだ!?」

 

「ど、どうなってるですか!?」

 

 二人の疑問に答えることなく、黒塊は左腕をあげた。広げた手から黒い触手が飛び出す。

 

「……っ! シェプフ!」

 

 ツァーシャがシェプフを突き飛ばした。

 

「ツァーシャ!?」

 

 とてつもないスピードで迫った触手は《イヴィル・パペッター》の人形を操っていた大腕に触れると膜のように広がり、あっという間にイヴィル・パペッターを飲み込んでいった。

 

「せ、制御が効かない……! う、動けない!?」

 

「あ、ああ……? ツァーシャ! ツァーシャ!」

 

「来てはダメ! シェプフ、気をつけて……! こいつは━━━━!」

 

 言い切る前に、完全に飲み込まれた。IS一機を丸呑みした左腕は一瞬で元の形状に戻った。

 

「か、返せ! ツァーシャを返せですっ!!」

 

 豪腕の指先からエネルギー弾が飛ぶ。

 直撃を受けた黒の塊に、いくつもの風穴が開く。だが、その中から鮮血が溢れ出すことはない。

 

「そんな!?」

 

 確かにそこにあるはずの操縦者(ラウラ)の姿も、これまで取り込んだ操り人形も、愛する双子の妹の姿も、どこにも存在しなかった。

 

「どういうことです……!?」

 

 開いた風穴もみるみる塞がって元通りになり、黒衣の戦姫は哀れな傀儡使いの片割れに狙いを定めた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒは、どこに行ったですか!?」

 

 一歩で距離を詰め、シェプフの懐から《雪片》によく似た剣を振り上げんとした黒のISが眼前を覆う。

 

「速っ……!?」

 

 断界の瞳(アポステル・オージェ)を持ってしても捉えることが出来ない。そのスピードは常軌を逸していた。

 

「………………」

 

「きゃあっ!」

 

 斬撃は左の巨腕を切り落とし、シェプフはその剣圧で吹き飛ばされる。

 だがそれだけでは止まらない。吹き飛ばされるシェプフに一度の跳躍で追いつき、その身体を捕縛した。

 その腕は既に形を変えてシェプフを取り込もうとしている。

 

「は、離せっ! 離すです!!」

 

 シェプフの必死の抵抗は何の効果も持たない。黒泥は柔らかく、それでいて硬い。

 

「………………」

 

 黒のISの身体が開き、内部をシェプフに晒す。

 

「ひっ……!?」

 

 直後、シェプフの顔が純粋な恐怖に塗り固められた。

 その中は、『無』であった。

 光など存在しない、完全な虚無。

 先に飲み込まれたツァーシャを探すことも、この闇は許さない。

 飲まれる。喰われる。

 闇と一体になり、自分もその一部になっていく━━━━!

 

「う、あ……いやああああああっ!?」

 

 飲み込まれた少女の悲鳴が長く尾を引いて木霊して、戦場は静かになった。

 

「………………」

 

 佇むのは、物言わぬ黒いISのみ。

 しかし、すぐに変化は起きた。

 黒のISの身体に亀裂が走り、内側から白い光が溢れ出す。

 弾けた閃光の中から、ラウラが吐き出された。続けて黒ウサギ隊、そしてシェプフ、ツァーシャも投げ出された。

 

「う……?」

 

 意識を取り戻したラウラは自分を見下ろす者の存在に気づいた。

 

「レーゲン……お前……」

 

抜け殻のはずの黒の鎧に、意志めいたものを感じる。

 

「聞いてはいたが、お前のその姿を見るのは……初めてだな」

 

 その姿は、慕い続ける()()()に、背に生える黒翼は、愛する()()()が戦う時に見せる光の翼に、良く似ている。

 

「ふふ……」

 

 思わず笑いがこみ上げた。

 

「まるで、私の憧れを形にしたようだ……」

 

 我ながら子どもじみた発想。知らず知らずに大きくなっていた憧れは、不恰好で、不相応で、それでいて━━━━美しかった。

 

「ありがとう……。もう、いいぞ」

 

 その言葉を聞いてかどうかはわからなかったが、シュヴァルツェア・レーゲンはレッグバンドに戻り、主人の元へと還った。

 

「くっ……!」

 

 貧血を起こしたような感覚に陥り、ラウラは膝を折った。

 じきにこの区域の崩落が始まるはず。それまでに他の倒れた者たちを助けなくてはならない。

 

「まずいな……。身体が、言うことを聞かん……」

 

 しかし立ち上がることもできず、歯噛みする。

 

「レーゲンも……無理か。展開するエネルギーがない……」

 

 今しがた解除したレーゲンのエネルギーも、予想より激しく消耗していた。

 

「このままでは海に真っ逆さまか……!」

 

 そうなってしまえば最早助かる術はない。

 

「瑛斗……黒ウサギ隊……。すまない……」

 

 弱気な言葉がこぼれた瞬間、地面が輝きだした。

 

「これは……?」

 

 その光には既視感があった。

 

「これは……転移の時の……」

 

 散り散りになる前に浴びた、転移の光。

 

「………………」

 

 しかしそれ以上のことを考える前に、ラウラの意識は再度暗黒に沈んだ。

 そして、光が全てを包み込む……。

 

 ◆

 

「し、シュヴァルツェア・レーゲンの反応途絶! 突入部隊のISの反応は、残っているのはG-soulだけです!」

 

 悲鳴に近い報告が、IS学園地下特別区画の緊急司令部に響いた。

 

「突入部隊━━━━桐野くんとはまだ連絡つかないの!?」

 

「ダメです! ジャミングされて通信できません!」

 

「………………」

 

「桐野くん以外、全滅したっていうの……!」

 

 司令部に重たい空気が横たわる。

 

「千冬さん……」

 

 真耶は振り向き、背後に立つ千冬を見た。

 

「………………」

 

 その目は諦めてなどいなかった。

 

《━━━━全滅なんかしてないよ》

 

 室内の全てのディスプレイに、束の姿が浮かび上がった。

 

「し、篠ノ之博士?」

 

《私の方では、ちゃんと反応は感知してる。全滅どころか、全員健在だよ》

 

「なら、どうして次々と反応が消えて……?」

 

 誰ともなくつぶやいた。

 

「どうやら、あの城に何か細工があるようですねぇ」

 

 十蔵が顎を撫でながら鋭い目でアルストラティアを睨みつける。

 千冬はすぐ近くにあった画面に映る束に、つとめて抑えた声をかけた。

 

「束、お前が出てきたということは……」

 

《うん。()()が出来たよ》

 

「………………」

 

 千冬は己の内側から湧き上がる熱い感情をぐっとこらえた。

 ついに、この時が来たのだ。

 

「……外します。後の指揮をお任せしてもよろしいですか」

 

 十蔵は穏やかに笑って頷いた。

 

「お任せください。といっても、出来ることは少ないかもしれませんが」

 

「ありがとうございます。━━━━真耶」

 

「は、はい! みなさん、後はお願いします!」

 

 千冬に呼ばれた真耶も席を立ち、ともに司令部を出る。

 二人分の足音が反響する通路を進みながら、千冬と真耶は二人とも昨夜の出来事を思い出していた。

 

 ◆

 

「どうなさったんですか? 校舎の屋上に来てほしいだなんて」

 

「なに、お前と少し話がしたくてな」

 

 消灯時間前。千冬は真耶を連れ出し、学園校舎の屋上に足を運んでいた。

 なぜ呼ばれたのか理由の分からない真耶は自分の行動から手がかりを探し出そうと試みた。

 

「……はっ!? もも、もしかしてどこか報告書に重大なミスがありましたか!?」

 

「違う、そうじゃない。これは学園の教師としてではなく、私とお前個人の話し合いだ。真耶、そう構えないでほしい」

 

 真耶に向けられた声も眼差しも、優しく暖かい。それがますます真耶を分からなくさせた。

 

「わかりました。千冬さん、それじゃあその、お話って……?」

 

 恐る恐る聞いてみる。すると、真耶に向き合っていた千冬は突然その頭を下げた。

 

「━━━━すまなかった」

 

「え……?」

 

「姉の方の更識から事の子細は聞いている。アオイ・アールマインの襲撃でお前が危険に晒されたこともだ。そのことを、まだ謝れていないと思ってな」

 

 頭を上げた千冬は自嘲気味に笑う。

 

「言い訳は無しだ。私は学園の危機に何もできなかった。学園の一つくらい守ってやるとのたまった女がこのザマだ。笑ってくれ」

 

 しかし、そこまで言って千冬は真耶がうつむいているのに気づいた。

 

「……なん、ですか。それ……」

 

 聞こえた声は、震えている。

 

「真耶?」

 

「どうして千冬さんが謝るんですか……!」

 

 顔を上げた真耶の目には、今にも溢れそうなほど涙が溜まっていた。

 

「わたし……っ! 私こそ、何もできませんでした……!」

 

「………………」

 

「訳のわからないことが起こって、頭が真っ白になって、あの目に睨まれて身体が動かなくなったんです! その後イーリスさんに助けられて、一夏くんに守られて……!」

 

 子どものようにまくし立てる。襤褸の中から覗くあの眼光を思い出すだけで、身体の芯から凍りつくような恐ろしい記憶が蘇る。

 

「私、やっぱり千冬さんみたいな人にはなれません……。なりたくても、なれない……!」

 

「……真耶!!」

 

「ひっ!?」

 

 両肩を掴まれ、強く名前を呼ばれ、真耶は我に返る。

 

「千冬、さん……」

 

 真耶の憧れた人の目が、真耶だけを映していた。

 

「前にも言った。お前は私のようにはならなくていい。私のようなやつは、私だけで十分だ」

 

「でも……」

 

「私にはできないことが、お前にはできる。私にはないものを、お前はたくさん持っている。お前はお前だ。誰かになんてなろうとする必要はない。お前には、私のようになってほしくないんだよ……」

 

 そこまで言って、千冬はハッとした。

 

「す、すまん。謝っていたはずなのに、長々と……」

 

「いえ、いいんです」

 

 わずかな沈黙が漂う。それを壊したのは真耶の噴き出した笑い声だった。

 

「……また、励まされちゃいました。やっぱり敵わないな、千冬さんには」

 

 でも、これではっきりしました。と真耶は目に残っていた涙を拭った。

 

「私は私。千冬さんは千冬さん。ですね。私は私のまま、前に進みます」

 

「……ああ。お前はそれでいい」

 

 微笑んだ千冬に真耶も笑う。

 

「さあ、戻りましょうか。明日の作戦も朝早いですしね」

 

「そのことなんだが……」

 

「はい?」

 

「明日の作戦では、お前には別の役割をしてもらいたい」

 

「別の役割?」

 

「そうだ。私の背中を預けられるのは、お前くらいだからな」

 

 ◆

 

(……ここまで来るのに、随分と時間がかかってしまった)

 

 地下特別区画の秘匿ガレージ前の更衣室。ISスーツに着替えながら、千冬は思う。

 

(だが、ついにここまで来たということでもある。私たちの過ちの清算をする、この時が)

 

 着替えを終え、隣のフロアへの扉を開く。

 気密式ロックの扉の独特な排気音と共に開かれた扉の奥には、先に入っていた同じくISスーツ姿の真耶と、異形の目を露わにしたクロエと、仮初めの身体を持った人工知能の束がいた。

 そして……。

 

《お待たせちーちゃん。《暮桜》は━━━━目を覚ましたよ》

 

 紅いISが、初めて見たその時と変わらぬ姿で佇んでいた。

 

『……お久しぶりです。千冬』

 

 懐かしい声が、耳に心地良い。

 

『少し、背が伸びましたね』

 

「そう言うお前は、変わらんな……」

 

(千冬さん……?)

 

 真耶はほんの少し、ほんの少しだけ千冬の声が震えているような気がした。

 

『事情は把握しています。急がなくてはなりません。白騎士はもう覚醒しています』

 

「ああ。わかっている。行こう」

 

 手を伸ばし、無人展開の紅桜と手を重ねる。

 暖かく、そして眩い紅の閃光が千冬を包み込んだ。

 

「……懐かしい、感覚だ」

 

『はい。千冬を近くに感じるこの感覚、私は好きです』

 

《ちーちゃん、暮桜。イチャついてる暇はないんだってば》

 

「バカ。イチャついてなどいない」

 

『そうですよ束。千冬の脈拍は正常です』

 

「何を言ってるんだお前も」

 

 三人分の笑い声。真耶はその奇妙な光景の中で、真耶が知らない千冬の一面を見たことへの嬉しさと、それに対する小さな疎外感を感じた。

 

《……さて、それじゃあ私はここでお別れだよ。篠ノ之束は、この世界に二人もいらない。『私』というデータ体はもうすぐ消去される》

 

「そうか」

 

《む、なんだいちーちゃん。もっとリアクションないの? ええ!? とか、箒ちゃんには何も話してないのに!? とか》

 

「ない。どうせすぐに会うことになるんだからな」

 

《うん、ちーちゃんらしいや! でも、そういうところが大好きだぜい!》

 

「お前もふざけてる暇があったら、自分の娘に何か言ってやれ」

 

 何の前触れもなく話題に上がり、クロエはピクリと肩を揺らした。

 

《……そうだね。そうだった》

 

 束は傍に控えていたクロエに向き合った。

 

《くーちゃん》

 

「はい、束さま」

 

《くーちゃんにも、苦労をかけさせたね》

 

「いえ。束さまのお役に立てることが私の喜びでございますので、苦労なんて……」

 

《……ありがとう。お母さん、もうすぐ帰るからね。そしたら、ぎゅーって、思いっきりハグしてあげるからね》

 

 クロエの知る束の、普段と何も変わらない言動。

 だからクロエもいつも通りの調子で返した。

 

「はい。お待ちしております。━━━━お母さま」

 

 もう一つだけ、言葉を添えて。

 

《これは役得だね。……もう思い残すことはないよ。ちーちゃん、私のことを頼んだよ》

 

「ああ。任せろ。必ず助け出す」

 

 デバイスの画面は、最後に束の笑顔を映して暗転した。

 人工知能、『篠ノ之束』は、消滅したのだ。

 

「真耶、用意はいいか?」

 

「え? あ、は、はい!」

 

「お前のことは頼りにしている。私と一緒に戦ってくれ」

 

 真耶は自分の肩に乗る手の力強さに、これまで感じたことのない高揚感を覚えた。

 

「……! はいっ!!」

 

「山田真耶さま。あなた様の機体も用意は出来ています」

 

 こちらへ、とクロエは真耶を暮桜の奥に配置された仮設ISハンガーに案内した。

 

「これは……ラファール・リヴァイヴ……ですよね?」

 

「はい。暮桜の覚醒作業の合間に、予備の機体とパーツで束さまが組み上げました」

 

 巨大なシールドを四枚、ウイング状に繋げ、背中のサブアームにはガトリングを二挺。

 

「暮桜を守護するための盾であり矛……《四天金剛(してんこんごう)》です」

 

「これで、私が千冬さんを……」

 

 傷ひとつないその装甲に触れ、一度深呼吸。

 千冬は、自分を頼りにしている。こんな自分に、背中を預けると言ってくれた。

 この身に余る栄誉に、全力を以って望まないわけにはいかない。

 

「千冬さん」

 

「どうした?」

 

「千冬さんは、前だけを見ていてください。何があろうと、私が守ります」

 

 初めて会った時からいつもビクビクしていた同僚は、今まで見たことないような、真っ直ぐな眼差しをしていた。

 

『良い仲間を持ったようですね』

 

 異星の友が素直な言葉を千冬に聞かせる。

 

(……こちらの方は、心配ないようだ)

 

 真耶へ微笑んでみせてから、すぐに千冬は真剣な顔つきになった。

 

「よし、では行こうか」

 

 緊急出撃用に設けられたガレージ前方のハッチが開き、外の光が差し込む。

 緑色のガイドライトが次々と点灯した。

 並び立つ二人の背中に、クロエは外から流れてきた空気を思い切り吸って叫んだ。

 

「御武運を!」

 

 全ての決着をつけるため。

 

「……待っていろ、束」

 

 そして、親友を救うため。

 

「━━━━今、迎えに行く」

 

 世界最強(ブリュンヒルデ)が、飛翔する。




というわけで、今回もスピーディーに話が進みました。
またしても安否不明な子たちがいますが、多分大丈夫です。
エミーリヤがクラウンの謀略により退場。お気に入りのキャラだったのですが……
そしてついに千冬出撃! 目醒めた暮桜とともに親友の救出へ向かいます。物語のゴールが近づいて来ましたね……!
さて次回はいよいよ瑛斗とアオイの戦いです! 瑛斗は勝利することができるのでしょうか!
それでは次回もお楽しみにっ!!

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