IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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お待たせしました。更新です。
これぞハイスピード・バトル! ……かも。


バトル・ヴォーテックス 〜または蘇る始まりの騎士〜

 攻撃部隊の出撃後、平穏を保っていた学園付近の海上も、にわかに騒がしくなっていた。

 

「来たわね……!」

 

 紫紺の《ファング・クエイク》の最大望遠にした視覚センサーがアルストラティアからの飛翔物を捉える。

 

「全員戦闘準備!」

 

 エリナの号令に全ての防衛部隊員がアサルトライフルを構える。

 

「……本当に私が指揮担当でいいのかしら」

 

 自分の言葉に従ってくれる付き合って日の浅い同僚たちに、エリナはチクリと痛む罪悪感を感じる。

 

『アメリカ代表からのお墨付きです。自信持ってください!』

 

 同じく防衛部隊の、数学教師のエドワーズ・フランシィがオープン・チャンネルでそう言ってくれるが、

 

(それが不安の一因なのだけど……)

 

 大して効果はない。力強い激励には笑顔だけで答える。

 

(まあ、今更言ってもしょうがないわ。子どもたちが頑張ってるんだから、大人も負けていられないわよね!)

 

 軍勢はいよいよ射程に入ってきた。

 

「始めましょう! この学園はなんとしても死守するのよ!」

 

 その言葉を皮切りに、弾丸の雨が降り始めた。

 

 ◆

 

 ブレードビットの緋色の刃が虚空に軌跡を描く。それを白に近い青のシールドビットが阻む。

 閃く緋刃を操るのは《バルサミウス・ブレーディア》を駆るマドカ。

 アルストラティアの端にまで飛ばされたマドカは、ともに飛ばされた相手と交戦していた。

 

「ふふふ……」

 

 相手は自分と変わらない年代の少女。だがその顔は一度記憶を失い、そして取り戻したマドカにとっては決して忘れられない顔だった。

 

「何がおかしいの! ……エー!」

 

 その少女は、かつてマドカが過去の地獄を共にした、仲間とは言い難いが繋がりのあった名前の無い少女であった。

 その身に纏うはマドカやセシリアと同様のティアーズ型の機体。攻守兼用のビットを七機従えて、微笑みをたたえながらマドカを追い詰める。

 

「こうしてあなたに会えたんだもの。嬉しいに決まっているじゃない」

 

 距離を詰めたビットにマドカはブレードビットで応戦。さらにBTシリーズ対応追加武装の弾道型(ミサイル)ビットも発射し、小型ガトリングと共に弾幕を張る。

 高く舞い上がったエンジェルは宙返りして迫り来る弾丸を回避した。

 

「それ以前に、生きていたとはね。エーは死んだって聞かされてたけど……」

 

「ああ、そんな昔の名前で呼ばないでよ。親しみを込めてエンジェルと呼んで?」

 

「え、エンジェル?」

 

「そう。私がもらった私の名前。生まれ変わった私の名前」

 

「生まれ変わった……?」

 

「あなたの記憶の通り私は死んだ。あの冷たい路地裏で、たくさん銃弾を浴びて。でも、その時祈ったの。またあなたに会いたいって。そしたらこうしてあなたの前に立ているんだもの。ねえ、マドカも嬉しいでしょ?」

 

 そう語る間も、エンジェルの操るビットは執拗にマドカを追い、レーザーを放ってくる。

 

「だったら! どうして攻撃するの!」

 

「それはもちろん、私が望んでいるからよ」

 

 エンジェルの顔が邪悪に歪む。

 

「あなたに会いたいと願った理由━━━━、それはあなたを殺したいからよ!」

 

「……!?」

 

「私が最期に想ったのは他でもないマドカ、あなたなの」

 

 エンジェルが向けてくる暗い熱を持った眼差しに、マドカは悪寒を感じたが、奥歯を噛み締めてぐっと堪えた。

 

「私が死んだ時、まだ生きてるだろうあなたのことを考えたら、嬉しくて、楽しくて、憎らしくて、怖くて……! 殺したくなったのよ! だって不公平じゃない! あんなに一緒だったのに、私だけが死ぬなんて!」

 

「……っ!」

 

「だから今度は一緒に死にましょう? クラウン様がくださったこのIOS、《インフェルノ・ゼフィルス》がもう一度あなたと私を繋げるの!」

 

「悪いけど、私はそんなこと望んでないよ!」

 

 強襲用パッケージ『ストライク・シューター』から、無数のレーザーが発射。エンジェルに殺到するレーザーは、同タイミングで湾曲し、エンジェルの背後を取った。

 

「あら?」

 

「こんなところでもたついてられないんだ!」

 

 BTシリーズ特有の偏向射撃(フレキシブル)。マドカは実戦経験からその技を会得している。

 このパッケージはもともとセシリアが偏向射撃を会得したという報告からイギリスの企業が送ってきたものだが、本来は《サイレント・ゼフィルス》用。そして受け取ったセシリアの独断でマドカに譲られたものである。それに合わせて学園で赤く塗装を施したのだ。

 実際、練度的にもマドカの方が高く、その性能を遺憾なく発揮していた。

 

(取った━━━━!)

 

 直撃を確信するマドカ。しかし。

 

「そんな小細工通じないわよ?」

 

 エンジェルの周囲を舞うシールドビットが炸裂。中から炎が噴き出し、レーザーはエンジェルを包み込んだ炎の障壁に防がれた。

 

「っ!?」

 

「あなたの手の内は見えたから、私も教えてあげるわ。これが私のゼフィルスの《ブレイズ・フォース》。変幻自在の火焔……!」

 

 エンジェルの周囲を、まるで滞空する花火のように光が漂う。

 

「これが本来の姿。使い方は━━━━こんな感じ!!」

 

 号令の下、炎がのたうち、剣のようになった。

 

「さあ、行きなさい!」

 

 炎が飛び、マドカに襲いかかる。

 

「くっ……!」

 

 マドカはすぐに回避運動に入り、バーニアを噴かして炎剣との距離を取る。

 

「忘れないで? 私もいるよ?」

 

 背後に回りこんでいたエンジェルがマドカに鋭い蹴りを叩き込む。

 

「がっ……!」

 

「懐かしいね。みんなでこうやって訓練したっけ。いつも何人かそこで死んじゃったけど」

 

「な、何……!?」

 

 天使(エンジェル)は囁く。

 

「覚えてるでしょ? みんなが生きるのに必死でさ」

 

 笑いながら。思い出を語るように。

 

「忘れたわけじゃないでしょ? あなたも私もたくさん殺して、たくさん死んだんだよ?」

 

「あ、あれは、仕方なくて……!」

 

「仕方なく、ね。ふふ……、まさか、あなたの口からそんな言葉が出るなんて!」

 

 炎が激しさを増して、飛来する剣はさらに数を増やした。

 

「一番冷酷だったあなたが、そんなことを言うなんて!!」

 

「……っ! ブレーディア!」

 

 ブレーディアが輝き、第二形態《ツイン・ブルーム・ブレーディア》へ。そして背部に大型ブレードビットの翼を広げた。回避のための加速だ。

 

「マドカ、あなた変わったのね! まるで別人みたい! 私と同じで、生まれ変わったみたい!」

 

 さんざめく声は執拗にマドカを追いかける。

 

「私達のこと、なかったことにしようとしてるの!?」

 

「違う! そんなことない!」

 

 首を横に振りながらマドカはブレードビットを飛ばす。左右に展開したブレードビットの中央の砲身からレーザーが発射された。

 

「私はあなたのことをなかったことになんて━━━━!」

 

「一緒に死んでほしかった……ただそれだけだったのに!」

 

 しかしそれは炎の壁に防がれて、ブレードビットも蹴散らされた。エンジェルがマドカに肉薄する。

 

「ふっ!」

 

 紅蓮を纏うエンジェルの拳を受けて、マドカは地面に叩き落された。

 

「うあっ!」

 

「許せないの! 私を忘れて、のうのうと生きてるあなたが! だからあなたも……!」

 

 顔を上げたマドカは、炎剣に囲まれていた。

 

「しまっ……!」

 

「━━━━死んじゃえ」

 

 炎が矢となってマドカに降り注ぐ。

 爆発が幾度となく起こり、マドカの姿が一瞬にして飲み込まれた。

 ISはシールドエネルギーが消えれば消滅する。残されたマドカも炎に焼かれて骨も残さず消し飛ぶだろう。

 

「うふふ……あはははは! あっけないなあ。でもこれで私の願いも……」

 

 だが、エンジェルはそこで言葉を飲み込んだ。

 気配がある。

 硝煙の奥に、何かがあった。

 

 シールドビット。

エネルギーフィールドを発生させている。

 なんということはない。ブレーディアのパッケージに搭載されていたものが作動しただけだ。

 しかしそれは、《バルサミウス・ブレーディア》の前身、亡国機業に(ファントム・タスク)によって強奪された、《サイレント・ゼフィルス》の武装。

 それを扱うに相応しい者が、存在する。

 

「━━━━!」

 

 エンジェルの目の中で、興奮と狂喜が混ざりあう。

 ボロボロになったシールドビットが消え去り、刺すような視線を感じた。

 

「………………」

 

 絶対零度の瞳を持つその少女の名は、『エム』。

 

「あ、ああ……!」

 

 エンジェルは待ちわびた瞬間の到来に打ち震えた。

 

「やっと……やっと会えたね! エム! 私のマドカ!」

 

「………………」

 

「早く続きを始めましょう! さあ、早く、早く、早く、早く!!」

 

「━━━━黙れ」

 

 冷たく、突き放すような声が聞こえた。

 

「勘違いするな。あまりに懐かしく耳障りな声が騒いでいるから目を覚ましただけだ。すぐに引っ込む。お前を倒すのは『私』ではなく━━━━本当の私だ」

 

「何を言ってるの? 私にとってはあなたが本物よ! あなたを殺して初めて、私の死んだ意味が成り立つのよ!」

 

 夢を語る純真無垢な少女のように、エンジェルは高らかに謳う。

 だが、『マドカ』は一笑に付した。

 

「愚か者め。『あの時』の私達が死ぬことに意味などなかったことを忘れたか」

 

「な……!?」

 

「見てくれは変わっても中身は変わらんと思っていたが、なるほど、やはりあの時死んでいたのだな。エーは」

 

『マドカ』の言に、エンジェルは理解出来ないと眉をひそめる。

 

「お前は()()()()()()()()()だけだ。私たちの過去を歪めて声高に叫ぶあたりなど、単なる偽物にも劣るだろうよ」

 

 私に言えたことではないがな、と『マドカ』は続ける。

 

「過去を利用した精神攻撃とは考えたようだが、生憎、今の私は過去など見ていない。呆れるほどに未来しか見ていないんだよ」

 

「そんなことが、なんだっていうの!?」

 

「わからんか。ならばこれから身をもって教えてやる。……覚悟しろ、偽りの過去の亡霊め。お前の負けは、この戦いが始まる前から決していたぞ」

 

 ふっ……とマドカが俯き、一拍の静が訪れる。だが、次の瞬間には新たな言葉を紡いでいた。

 

「そうだ……。決めたんだ」

 

 そのか細く、しかし熱い言葉と共に、呼び出された短剣がその切っ先を天に向ける。

 

「惑わされることなんてない……!」

 

 ブレードビットが短剣に集結し、バスターソードを形成した。

 

「━━━━ッ、《ブレイズ・フォース》!!」

 

 マドカの行動を察知したエンジェルは焔の壁を前面に張った。攻撃を弾き、その攻撃した者に襲いかかる攻防一体の障壁。突破するには、相打ちか、それ以上の結果(はいぼく)を覚悟しなくてはならない。

 

「はああああっ!」

 

 だが、マドカは構わず最大出力で前進した。

 激突の直前、生き残っていた最後のシールドビットが炎の壁に突貫。接触の瞬間に爆発し、エンジェルの防御に隙が生じた。

 

「決めたんだっ! みんなと『未来』を生きるって!!」

 

 緋色の大剣が、決意と共に振り抜かれた。

 数瞬の静寂。

 それは━━━━。

 

「………………!」

 

 それは、大剣が砕け散る音で破られた。

 

「……ふふ、あはは……」

 

 エンジェルは乾いた笑い声で喉を震わせる。

 上半身に走った一筋の斬跡からは、輝く粒子が噴き出していた。

 

「そっか……」

 

 IOS《インフェルノ・ゼフィルス》が、静かに、空気に溶けていく。

 

「あなたは、もう、私の知ってるあなたじゃ、ないのね……」

 

「……でも、私はあなたのことを忘れたわけじゃない。忘れないよ。絶対に」

 

「あなたは生きて、私は死んだ……か。いいわ。先に行って、待ってるわ」

 

「うん。待っていて。私もいつか、そっちに行くから」

 

 マドカの答えに、エンジェルは消滅していく身体を気にもせず、満ち足りた笑みさえ浮かべ、そして風の中に消えた。

 

「…………………っはぁ」

 

 緊張の解けたマドカはブレーディアの展開を解除して膝から崩れ落ちた。

 

(今、敵の増援が来たら確実にやられちゃうな……)

 

 機体の損傷度。何より身体にのしかかる疲労感。連戦は不可能だ。

 

「どうしよ、眠くなってきた……」

 

 意識を手放しかけた途端、地面が揺れた。

 エンジェルの消滅により、マドカのいる区域が崩落を始めたのだ。

 

「わわわ……!」

 

 慌ててブレーディアを再展開して空へ飛び、消滅の一部始終を見届ける。

 

「私……やったんだ……」

 

 海に飲み込まれていく残骸を見ながら、今の戦いを振り返った。

 

(あれは……何だったんだろう……)

 

 エンジェルの攻撃に倒れそうになった時、身体を支えて、励ましてくれた気がした。消えたはずの、大切な彼女に━━━━。

 

「……そ、そうだ。こうしちゃいられない! みんなを探さないと!」

 

 すぐに今の自分のなすべきことを思い出し、反応を探す。

 

「一番近いのは……あれ?」

 

 変だった。

 センサーを作動させようとしたが、ブレーディアが答えない。

 

「うそ、こ、壊れちゃった?」

 

 しかし、故障の線はすぐになくなった。

 

「これは……詳細不明のプログラム? シャルロットが門を開けた時の……?」

 

 この城に入る時のことを思い出す。確か、シャルロットもそんなことを言っていた。ブレーディアが表示したのは、アルストラティアの地図。一つのポイントが点滅している。

 そこは……。

 

「あのタワーに行けってこと?」

 

 クラウンがいるとされる、中央にそびえるタワー。

 罠である可能性も高い。だが、無視することも出来ない。

 

「……行ってみよう」

 

 マドカはそう決意して、残ったブレードビットの数を確認しながらタワーへ飛んだ。

 

 ◆

 

 浮遊城の中で、戦いは続く。

 

「オラオラオラオラオラオラァッ!!」

 

 男勝りもここに極まるといったような掛け声に乗せて、銃弾の雨あられが降り注ぐ。

 

「■■■■■■ッ!!」

 

 銃弾を受け、獣のような叫びをあげる赤銅色のIOSを纏う男。だがその様子は異様だ。戦闘開始からずっと、狂ったように叫びながら戦っている。イーリスの銃撃を気にする素振りもなく突き進み、巨大な黒剣を彼女の顔面めがけて振るう。

 

「っと……!」

 

 身体をそらして躱すイーリス。その前髪がほんの少し切り飛ばされた。

 

「はあっ!」

 

 反撃にイーリスはIOSの胴体に蹴りを入れる。速く重たいキックを受けたIOSは地面を滑り、剣を突き刺して止まった。

 

「さすがは国家代表……!」

 

 アメリカ代表の本気の戦闘。

 共にこの水晶洞に飛ばされてきていた教師部隊員たちは息を飲んだ。

 

「未知の相手にあれだけ渡り合えるなんて……」

 

 援護しようにも入り込む余地がない。下手に動けばこちらが攻撃に巻き込まれてしまう。

 

「………………」

 

 イーリスは飛んでくる剣を捌きながら、傍観者に成り果ててしまっている教師部隊を一瞥した。

 そして次の瞬間、

 

「よっ!」

 

 大きく跳躍して、一箇所に固まっていた教員達の後ろに着地した。

 

『!?』

 

 IOSとイーリスに挟まれる形になった教員達に動揺が走る。

 

「こ、国家代表!?」

 

「何を!?」

 

「ボヤボヤしてんなよ! アンタらだって戦うためにここに来てるんだろ! だったら役目を果たしな!」

 

「し、しかし……!」

 

「敵さんは、待っちゃくれないぜ?」

 

「■■■■■■■■■ーッ!!」

 

 剛咆と共に接近してくる黒の鎧。その標的はイーリスから教員達に移っていた。

 

「こいつ……! 手当たり次第なの!?」

 

 教員部隊の一人、物理講師のリッカ・ナシュタルは近接戦闘用パッケージ《ダブル・スライサー》を装着した《ラファール・リヴァイヴ》でIOSの剣を受け止めた。

 

「せいっ!」

 

 そして左肩に懸架されていたもう一振りのISブレードを横に薙ぐ。

 

「■■■ッ!」

 

 直撃を受けたIOSは地面を転がった。

 

「やった……!」

 

「そうだ! やりゃあ出来んだ。自信持っていけよ。そら追撃だ!!」

 

 イーリスの声に続いて《ラファール・リヴァイヴ》と《打鉄》の部隊がIOSに立ち向かう。

 

「そうよ! 私たちにも意地があるわ!」

 

「こんなことで怯えてはいられない!」

 

 士気を上げた教員達は武器を取り、IOSと戦い始めた。

 

「まったく、教師が用務員に諭されてちゃ世話ねぇや」

 

 苦笑半分にその様子を見ながら、イーリスは自分も再度戦いの渦中に身を投じようと脚に力を入れた。

 

「……あん?」

 

 ふと、動きを止めた。地鳴りが聞こえる。遠く、しかしだんだん近づいてくる。

 

「新手か……?」

 

 音がするのはイーリスの右にある壁の向こうから。

 イーリスはファング・クエイクの右腕に装着したインパクト・エッジの刃を起こし、会敵に備えた。

 

 自分の姿を写す水晶壁に亀裂が走っていき━━━━

 

「だあああああっ!!」

 

 怒号と共に、《アルバ・アラクネ》のグラインド・パニッシャーを発動させたオータムが飛び出してきた。

 

 ……巨大な、とても巨大な銀色の塊と一緒に。

 

「嘘だろっ!? どわああっ!?」

 

 慌ててその場から離れようとしたが、雪崩のように押し寄せた水晶の礫と、凄まじい衝撃に煽られてしまう。

 

「……あら?」

 

 続けて大穴から出てきたのはスコールだった。

 

「ごめんなさい。まさか隣でやってるなんて思わなくて」

 

 軽やかに降り立ったスコールはあまり悪びれる様子もなくさらりと言ってのけた。

 

「お、おう」

 

 顔面から地面に叩きつけられて尻をスコールに見せつける形になっていたイーリスは力無く応じた。

 

「なんだありゃ、あれもIOSか?」

 

「そうみたい。最初は良い体つきの男だったんだけど、始まった途端あんな感じになったのよ」

 

「待って待って! 待ってください!」

 

 隣の区画からさらにもう一人。

 

「お、置いてかないで〜!」

 

 《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》。シャルロットだ。

 

「なんだ、お前もいたのか?」

 

「は、はい。一応……」

 

 珍しい組み合わせだと言わんばかりに、イーリスから少し驚いたような目を向けられ、シャルロットはただただぎこちない笑いをするしかない。

 

(うう、クラウンはなんで僕だけこの人たちと一緒にしたんだよぅ……!)

 

 どんな相手でも負けない! と意気込んでいたシャルロットだったが、なぜか一緒に飛ばされていた亡国機業二人の強いこと強いこと。全く出る幕がなかったわけで。

 

「聞いてちょうだいイーリス。シャルロットちゃんたら、私達と一緒だってわかった瞬間この世の終わりみたいな顔したのよ」

 

 緊張感もなくシャルロットの肩に手を置いて話し出したスコール。

 

「え!? い、いやそんなこと……!」

 

「それにあの大きいのとの戦いが始まっても、すっかり私達に気圧されて全然前に出ないんですもの」

 

「嘘!? 見られてた!? 完全に戦闘に集中してるって思ってたのに!」

 

「はは、そいつぁ災難だったな、シャルロット・デュノア」

 

 立ち上がったイーリスはシャルロットを笑い飛ばして立ち上がった。

 

「おいスコール! 国家代表! おしゃべりしてねえで手ぇ貸してくれ!」

 

 ウェポン・アームを振るいながら、西洋と東洋の鎧を足して二で割ったような姿をした銀色の巨大IOSとバトルを繰り広げていたオータムが叫んでいる。

 

「こいつ、無駄に頑丈なんだよ! パニッシャーでもダメージがあんまり入らねえ!」

 

「任せな! デカブツ相手は慣れてる!!」

 

 高く飛んだ《ファング・クエイク》。イーリスは腰をひねり、空中で『溜め』の姿勢をとった。

 

「やるぞ、ファング!!」

 

 ファング・クエイクのスラスターがイーリスの右腕に装備される。

 《ブラスティング・ナックル》。

 通常、この技を使う際には使用するスラスターは一つでいい。

 しかしイーリスは四つのスラスターユニットを右腕の装甲に装着した。

 

「出血大サービスだ! ぶっ飛びなぁっ!!」

 

 ゴッッッッ!!!!

 

 IS一機の最大推力を乗せた拳が巨大IOSに叩きつけられた。

 盛大に殴り飛ばされたIOSは、通常サイズのIOSと教師達の戦場に突っ込み、反対側の壁に激突する。

 

「ちょっ……国家代表! 危ないじゃないですか!」

 

「私達のこと忘れてませんか!?」

 

 殺到する抗議の声に『すまんすまん』と申し訳程度に申し訳なさそうにするイーリスだったが、すぐ異変を察知した。

 

「おいっ! 小せえ方のIOSはどうした!?」

 

「え……? あっ!」

 

「■■■■■■ッ!!」

 

 仰向けに倒れた巨大IOSの胴体に乗った赤銅色のIOSが叫ぶ。

 するとその背中から無数のケーブルが飛び出し、鋭く尖った先端を巨大IOSに突き刺した。

 巨大IOSの銀色のボディが赤銅色に染まっていき、そして、巨体が跳ね起きた。

 

「合体ってか! 面白え!!」

 

 両手に大型ナイフを握り、嬉々として突撃するイーリス。

 

「私も忘れんなよ!」

 

 続いてオータムもウェポン・アームを蠢かしてIOSに立ち向かう。

 

「■■■■ッ!!」

 

「私達も国家代表の援護をするわよ!」

 

 教師部隊もブレードやライフルを手にイーリスとともに戦うが、先ほどよりもはるかに俊敏に動く巨体に、一同は徐々に劣勢を強いられていく。

 

「す、スコール先生、本当に行かないんですか?」

 

 シャルロットは待機の指示を出してきたスコールにおずおず尋ねる。

 

「チャンスは必ず来るものよ。あなたにも、私にも」

 

 スコールが何を待っているのかよくわからなかったが、シャルロットはスコールの目に、決して彼女に考えがないというわけではないことを察した。

 

「■■■■■■■ッ!!」

 

 腕を振るって暴れるIOS。

 

「国家代表! 危ない!」

 

「ぐはっ……!」

 

 掠めるだけでも大ダメージの攻撃をもろに受け、イーリスは激痛に顔を歪めながら吹き飛ぶ。

 

「がっ!?」

 

 巻き込まれたオータムは縦に反回転しながらイーリスもろとも壁に激突。イーリスを下敷きに、オータムは壁にぶち当たった。

 

「お、おい蜘蛛女! さっさとどきやがれ!」

 

「蜘蛛女って言うなっ! くそっ、アームが食い込んで……!」

 

 壁に深く突き刺さったウェポンアームを引き抜こうとオータムは四苦八苦。

 

「■■■■■■■!!」

 

 そんなことをしていたら、巨大IOSがもう一度叫び、イーリスとオータムに向けて突進してきた。二人を押しつぶさんとしているのだ。

 

「「いぃっ!?」」

 

 地面を抉りながらIOSが猛進してくる!

 

「さ、さすがにマズいんじゃ!?」

 

「んー、そうね。頃合いだわ」

 

 そう言ってスコールはシャルロットの腕を掴んで飛んだ。

 

「わああっ!?」

 

「《プロミネンス・バインド》!」

 

 IOSとオータム達の間に割って入ったスコールが、熱線で編まれた網を使ってIOSの進行を阻む。

 

「スコール!」

 

 安堵のあまりに名前を呼んだオータムに微笑んでから、スコールは一緒に着地したシャルロットに顔を向けた。

 

「時にシャルロットちゃん」

 

「な、なんですか?」

 

「あなたは、あなたという『女』から見て、瑛斗のこと愛してる?」

 

「へっ!?」

 

 唐突な問いかけに面を食らう。

 

「どうなのよ? 言ってごらんなさい」

 

「い、今そんな場合じゃ━━━━!」

 

「こんな時だからよ。ここで負けたら貴女、もう瑛斗を抱くことなんて出来ないわよ?」

 

「だ、抱く!?」

 

「そう。瑛斗と手を繋ぐことも、瑛斗の髪を撫でることも、瑛斗の唇に触れることも出来ないわ」

 

「………………」

 

 戦闘中だというのに、しかも相手がほぼ必殺に近い一撃を放ってきているというのに。

 

「ぼ、僕は! 瑛斗のことを、好き……あっ、愛してます!!」

 

 他人に向けて好きな人への愛の告白。なんだこれ。シャルロットは顔が熱くなるのを感じた。

 

「はい、よろしい」

 

 スコールは炎熱の網を解き、一歩引いた。

 

「え?」

 

「美味しいところ、貴女にあげるわ。思いっきりやっちゃいなさい」

 

「……っ! はい!!」

 

「■■■■■■■■ッッ!!」

 

 解放された異星の狂戦士が突進を再開する。

 

「……お願い、ラファール!」

 

 ラファールの左腕シールドが解離(パージ)され、中からパイルバンカー、《灰色の鱗殻(グレー・スケール)》が現れる。

 さらに背部のウイングユニットが変形して鉄杭の射出ユニットに接続、そして鉄杭を包むようにひと回り大きな鉄杭が装着され、パイルバンカーはより巨大になった。

 《灰色の大鱗殻(グレー・スケール・グラン)》。

 それは、デュノア社がシャルロットのラファール()()に開発した、新たな切り札。

 

「……僕は!」

 

 シャルロットが腕を振りかぶる。パイルバンカーとIOSが激突した。

 

「瑛斗に!」

 

 ウイングユニットだった部分がホールドアームとなり、IOSを掴む。

 

「伝えたいことがっ!!」

 

 左腕を、高く掲げ━━━━!

 

「いっぱいあるんだからああああああっ!!」

 

 打ち出された鉄杭がIOSを貫通。

 断末魔もあげられずに、巨大なIOSは消滅した。

 

「お見事よ、シャルロットちゃん」

 

 横に立ったスコールがシャルロットの頭を撫でる。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「ええ、八十点ってところかしらね」

 

「え?」

 

 我ながら百点満点の出来、と思っていたシャルロットは少々間の抜けた声を出してしまった。

 

「ごらんなさい」

 

「■■■■■■■ッッ!!!!」

 

 赤銅のIOSは、まだ健在していた。

 

「そんなっ!?」

 

「ギリギリで脱出したようね。後は任せなさい」

 

 前に出たスコールは、赤銅色のIOSと対峙した。

 

「あんまり手を貸すようなことをするつもりはなかったんだけれどね……」

 

 スコールの右手に、火の粉が収束していく。

 

「《ゴールデン・ドーン》……。その名前、伊達ではなくてよ?」

 

 瞬間、小さかった火球は膨れ上がり、熱波が巻き起こった。

 

「■■■■■!」

 

 IOSは目の前の標的を倒すために飛び上が……れなかった。

 

「!?」

 

 その足が熱線に絡め取られている。

 

「無駄よ。あなたに逃げ場はない」

 

 その炎は、夜の空を金色に染め上げる、黎明の輝き━━━━。

 

「《The Sunburst》。この一撃、耐えられるかしら?」

 

 極小の太陽が、赤銅のIOSを包み込んだ。

 

「■■■ッ! ■■■■■ーッ!!」

 

 燃え盛る炎の中でもがくIOS。

 その姿はだんだんと見えなくなっていった。

 

「……はい、おしまい」

 

 スコールが指を鳴らして炎が消えると、地面に焼け焦げた跡が少し残って細い煙が立つだけでそこには何も存在していなかった。

 IOSはものの見事に、跡形もなく焼き尽くされたのだ。

 

「す……すごい」

 

「当たり前だ! スコールはすごいんだよ!」

 

 ようやくアームの取れたオータムはスコールに駆け寄って熱く抱擁する。

 

「はーあ、見せ場取られちまったな」

 

 横に降りたイーリスがシャルロットの肩に手を置く。

 

「イーリスさん……」

 

「良かったぜ。お前の愛の告白」

 

「っ!?」

 

「いやぁ〜、あの状況であんだけ言えるなんて大したもんだ。こりゃ本番が楽しみだねぇ」

 

 によによと意地の悪い笑みを浮かべるイーリスに肘で小突かれて、シャルロットは目をぐるぐるさせる。

 

「いっ、いいいいや! さささっきのはその……!」

 

「わかってるわかってる。……ちゃんと伝えんだぞ、それ」

 

「え……あ、は、はい!」

 

 シャルロットの返事の後、一同は一点に集まった。

 

「さて、一通りの敵は倒したけれど、この後はどうなるのかしら?」

 

「確か、崩落がどうとか……」

 

 教師の一人が言った途端、ゴゴゴ……とさっきとは違った地鳴りが響き始めた。

 

「始まったみてえだな」

 

 天井から細やかな瓦礫が落ちてくるのを見ながら、イーリスがつぶやく。

 

「……あ」

 

 直後、シャルロットは嫌なことに気づいた。

 

「これ、僕達はどうやって脱出すれば……?」

 

『………………』

 

 沈黙が五秒間漂った。

 

「ああっ! そうだ! アタシたちはどうすりゃいい!?」

 

「ここまで来て生き埋め!?」

 

「おいおいそりゃねえだろ! スコール! どうしよう!?」

 

「落ち着きなさい。どうやら問題ないみたいよ?」

 

「え?」

 

 一同の足元、水晶の床が光を放ち出した。

 

「これは……」

 

「転送の時と同じ……?」

 

「まさか、またどこかに飛ばされるの!?」

 

 どよめく中、スコールだけは冷静だった。

 

「………………」

 

「スコール?」

 

「……なるほどね。分かってきたわ。このゲームの本当の目的が」

 

 その言葉の意味をオータムが知る前に、一同はまた、光に飲まれた。

 

 ◆

 

「………………」

 

 沈黙とともに、豪炎が襲いかかる。

 

「ううっ!」

 

 フォルテは氷の壁を発生させて防ぐが、すぐに氷は溶けて防御力は失われてしまう。

 

「……っ! やめてくださいっす! 先輩!」

 

 フォルテが叫んだのは、対峙する虚界炸劃。ダリル・ケイシー。

 

「先輩! ダリル先輩! 聞こえないっすか!? わからないっすか!? 私っす! フォルテっすよ!!」

 

「………………」

 

 悲鳴にも近い声で訴えかけるも、ダリルは攻撃の手を緩めない。

 フォルテの纏う《コールド・ブラッド》には損傷が目立ち始めている。

 フォルテの相手がダリルと判明した瞬間から、ダリルの攻勢は続いていた。

 

「反応は、先輩のハウンドなのに……!」

 

 《コールド・ブラッド》が提示してくる敵のデータには、ダリルの愛機《ヘル・ハウンドver.2.8》の名はなかった。代わりに、IOSの反応があることを教えてくる。

 前方にいるそのIOSの名は、《ケルベロス》。

 面影は残されているが、ダリルの纏う装甲は見たことのない形状になっている。

 鋭利なクローを携えた四肢と鞭のようにしなるテール・ユニット。

 そして両肩のユニットと胸部の装甲からなる、三つ首の犬の意匠。

 まさしく、地獄の番犬の名を冠するに相応しい姿だった。

 

「………………」

 

 両肩の火炎発射口が開き、炎が吐き出される。

 

「このっ……!」

 

 バレル・ロールで躱したフォルテだったが、先読みして上を取っていたダリルの痛烈なキックがフォルテを捉えた。

 

「がふっ……!」

 

 地面に叩きつけられ、吐き出しかけていた肺の中の空気が詰まる。

 仰向けになったフォルテの眼前に火球が迫っていた。

 

「うわああっ!!」

 

 至近距離の爆発にブラッドのエネルギーが減少する。

 

「先輩……私のこと、本当にわからないんすね……!」

 

 なんとか体勢を立て直したフォルテは、何も映していないダリルの瞳に怒りとも悲しみともつかない感情を抱いた。

 

「戦うしかないんすか……!」

 

 歯を食いしばって、目の前の現実に向き合う。

 相手はかけがえのない大切な人。それでも、戦わなくてはならない。

 

(イーリスさんの言った通りになっちゃったっす……)

 

 フォルテは、脳裏で昨日のイーリスとのトレーニングを思い出した。

 

 ◆

 

『む、無茶っすよ! 生身でISに挑むなんて!』

 

『んだよ。早速文句か? いいじゃねえか。生身なのはアタシで、お前は訓練機の《ラファール・リヴァイヴ》なんだから』

 

『そういう問題じゃないっす! いくらこっちが非武装でも、ISブレードだけで全展開のISの相手するなんて、下手すれば死んじゃうっすよ!?』

 

『そうだ。下手すりゃアタシは死ぬ』

 

『だから……!』

 

『だが、お前は明日似たような状況を強いられるかもしれねえ』

 

『似たような状況?』

 

『ダリルが、お前の敵として出てきた時だ』

 

『!?』

 

『見つけた途端に、洗脳なり改造なりを施されたダリルが襲いかかってくる可能性がないわけじゃねえんだ。これはその時の対処のための訓練だ』

 

『……どうすれば、いいんすか?』

 

『簡単な話だ。アタシから一本取ってみろ。お前の全力の拳でな』

 

『全力の拳……』

 

『考えるより感じろってな。さ、始めようぜ』

 

『も、もうっすか!?』

 

『行くぜえっ!』

 

『わっ、ちょっ━━━━!』

 

 ◆

 

(……結局、イーリスさんにフルボッコにされただけだったっす……)

 

 しかもイーリスが伝えたかったことが何なのかも分からずじまいだった。

 しかしイーリスの予想通りの展開になっているのも事実。

 

「やるしか……ない!」

 

 意を決したフォルテは自分の周囲に無数の氷の砲弾を生成した。

 

「いけえっ!」

 

 発射命令。氷弾たちがダリルめがけて殺到する。

 ダリルは眉一つ動かさずに後ろに飛び、追ってくる全ての氷弾を放射した火炎で溶かしていく。

 

「はあっ!」

 

 氷で作った剣が大上段から振り下ろされる。背後からの奇襲は完璧なタイミングのはずだった。

 

「………………」

 

「んな……!?」

 

 止められた。振り向かず、ダリルがこちらに伸ばした左腕から発現した炎剣に。

 

「………………!」

 

 そのまま身体を捻り繰り出された回し蹴りが顔面に迫る。

 

「させないっ!」

 

 瞬時に発生させた氷の盾で蹴りを止めた。しかしすぐに続けて乱射された火球がその盾を破砕する。

 

「………………!」

 

 そしてその砕いた氷の盾の向こうには、こちらを向いたダリルと、特大の火の玉が控えていた。

 

「ああっ!」

 

 凄まじい熱と衝撃にブラッドのエネルギーが大幅に削られる。

 

「……っ! まだまだぁっ!!」

 

 氷塊を撃ち放つとまた炎に迎撃されたが、大きさからか、溶かしきれずにダリルに直撃した。

 

(よし……!)

 

 その光景を目にした瞬間、フォルテは内心で快哉をあげた。

 

「今っす!」

 

 フォルテが開いた右手を握ると、ダリルの動きが急停止し、地面に落下した。

 

「………………?」

 

 動こうにも手足がびくともしない。

 その黒鎧に、氷が張り付いていた。

 しかも氷は少しずつ凍結範囲を広げていく。

 

「あんだけ氷を溶かしてれば、当然水が出るっすよね……。それを、もう一度凍らせて!!」

 

 ケルベロスの装甲から降りた氷が地面にまで達した。

 

「あと少し……!」

 

 いよいよ氷づけになりかけた、その時だった。

 

「………………!」

 

 炸裂音と共に、ダリルを中心にして、火柱が上がった。

 

「せっ、先輩!?」

 

 あまりのことに驚くフォルテ。しかしすぐにそれよりも驚くべき事態を目の当たりにすることになった。

 

「………………」

 

 揺らめく炎の中から、ダリルが出てくる。

 その身に纏うケルベロスの装甲が、変わっていた。

 装甲は極限まで解離(パージ)させ、両手にはナックルガード。

 

「あれは、ハウンドと同じ━━━━!?」

 

 言うより速く、ダリルの右の拳がフォルテの腹を捉えた。

 

「かっ……!?」

 

 捻じ込まれた一撃は、フォルテを内側から振動させた。

 

「………………!」

 

 わずかに浮き上がったフォルテにさらに右と左の拳が打ち込まれ、視界が明滅する。口の中を切り、じわりと鉄の味が広がっていく。

 三撃目にはテール・ユニットで地面に叩きつけられた。

 

「うっ……ぐ……!」

 

 ぐらぐらと世界が揺れて、フォルテは立つことすらままならない。

 

「………………」

 

 うずくまるフォルテ。その頭をダリルは右手で掴んで持ち上げた。

 

「あ……!」

 

 なんとか抵抗しようと、フォルテは足をばたつかせる。

 

「……!」

 

「がっ……! あああっ!!」

 

 フォルテの頭を掴む腕に力が入り、フォルテはミシ……! と自分の頭蓋骨の軋む音を聞いた。

 

「せ、んぱ……い……!」

 

 フォルテの口から掠れるような声が漏れる。フォルテが見たのは、フォルテ自身を写すダリルの虚ろな瞳。

 

(もう……ダメっす……)

 

 霞がかかり始めた意識の中で、フォルテはダリルを見た。

 

(でも、先輩になら……いいかな……)

 

「………………」

 

 無表情の顔のはずなのに、どこか哀しそうに見えるのはなぜだろう。

 

(そんな……そんな顔しないでくださいよ……。勝ったのは……せんぱ………………)

 

 目を閉じかけた。

 

 

『しっかりしろフォルテ!!』

 

 

(……え……?)

 

 頭の中に、声が響いた。

 

『お前はこの程度で終わるようなやつじゃない。それは私が一番よく知ってる』

 

  優しく、そして力強い激励。

 

(ダリル先輩……!)

 

『信じてる。お前なら、きっと……』

 

 幻視していたダリルの姿が消え、人形とかしたダリルが今度ははっきりと見えた。

 

(先輩……私……やります!)

 

「………?」

 

 死にかけの対象が纏う装甲が内側から輝きだしたことで、ダリルは反射的に距離をとった。

 

「………………私は」

 

 先ほどまで立つことすらままならないほど満身創痍だったはずの少女が、自らの足で立ち上がる。

 

「私は……難しいこと考えるのが苦手で、先輩を助ける方法も全然わからない。…………だから!!」

 

 コールド・ブラッドの装甲が弾け飛び、深い朱色の手甲のようなものがフォルテの腕を包み込んだ。

 

 

 《操縦者の戦闘経験値が一定値を超えました。超近接戦闘特化武装《スカーレット・ナックル》、展開します》

 

 

「イーリスさんが言ってた、全力の拳……! 私はそれに私の全部を乗せる!!」

 

「………………!」

 

 ダリルは、今度こそ向かってくる少女を叩きのめすためにもう一度両の拳を構えた。

 

「それで! あなたの目を覚まさせる!!」

 

  フォルテは地面を蹴って、一気にダリルと間合いを詰めた。

 

「はああぁぁぁぁっ!!」

 

「……………!」

 

  互いの全力の拳が激突する。その衝撃の余波で周囲に転がる瓦礫が吹き飛んだ。

 

  力は拮抗。二人は互いの拳に弾かれる。

 

「だあああああっ!」

 

「………………!!」

 

 そこからラッシュのぶつかり合いに転じる。

 相手は二つの拳とテール・ユニットをぶつけてくるのに対し、フォルテは両の拳だけでそれを捌き、攻撃を仕掛ける。ラッシュの速さではフォルテが優っていた。

 

「うっ!? ぐあっ!!」

 

 しかしその数秒後にフォルテの朱の手甲に亀裂が生じ始める。

 

「………………」

 

 そのわずかな隙も見逃さず、ダリルはフォルテへ拳を叩きつけた。

 掠める拳は肌を裂き、フォルテの腕や顔に朱色の線が走る。

 

「………………!」

 

 姿勢が揺らいだフォルテの胸にダリルの右ストレートが入って、盛大に吹き飛ぶ。

 

「ぐうっ……!!」

 

 フォルテは背の低い建造物に激突し、瓦礫の山をまた一つ増やした。

 

「がはっ……!」

 

  気管に入りかけた血を吐き出したフォルテは追撃が来るかと目を見張ったが、ダリルは動いていなかった。

 

「………………」

 

  まるで、自分のことを待ってくれているかのように━━━━!

 

(まだ………まだやれる!!)

 

 膝を手で叩き、その勢いで瓦礫の中から立ち上がったフォルテは抜けかけた力をもう一度拳に込めた。

 

「根性見せろ! ブラッドォォォォォォォォッ!!」

 

  フォルテの咆哮に応えるように、コールド・ブラッドは朱色の氷をフォルテの構えた右腕に纏わせた

 

「これで、決める!!」

 

「………………!!」

 

  両者が、次の一撃で決める体勢になった。

 

  数秒の静寂。そして━━━━、

 

「おおおおおりゃああああああっ!!」

 

「………………っ!」

 

 トップスピードで突進する両者の拳。

 どちらも右ストレート━━━━否! フォルテは身体を前かがみにしてダリルのボディを狙った!

 

「……っ!?」

 

「いっ……けええええええええっ!!!!」

 

  フォルテの全身全霊の拳が、ダリルのボディを捉えた。

 

「フル……ドライブ………ッ!!」

 

  フォルテはもう一度地面を蹴って、ダリルに拳をぶつけたまま空へ飛んだ。

 

(先輩を操ってるのが、この黒いIOSなら……!!)

 

「おおおおおおおおおおおっ!!」

 

  二人の飛んで行く先には、大型建造物郡。

 大質量が激突したことで建造物の壁は大きく陥没。それだけでは威力を殺しきれず、二つ、三つと白亜の建造物がぶち抜かれていく。

 その度、ダリルを包み込んでいた《ケルベロス》に亀裂が走っていった。

 

「………………!」

 

 地に転がっていた二つの犬頭の目に光が灯り、高速でフォルテを追いかけてくる。

 しかし射程圏内に入ってからも、犬頭から火炎は放たれなかった。

 

「同じ手は、食わないっすよ!!」

 

 その地獄の番犬の口は、巻きつくように張り付いた朱い氷に塞がれていた。

 

「『血』だって、凍らせられるんすよ!!」

 

 そのまま犬頭は氷に覆われて、落下していく。

 もう、フォルテの邪魔をするものはない!

 

「これでえええええっ!!」

 

 拳が振り抜かれ、ケルベロスは背後の建造物に激突。

 

「………………!!」

 

 黒い装甲は、粉々に砕け散った。

 

「はあ……はあ……っ!」

 

 フォルテの前から、敵の反応が消える。IOSは消滅したのだ。

 

「やった……!」

 

 しかし勝利を噛みしめたのもつかの間、壁にめり込んでいたダリルの身体がぐらりと揺らぎ、重力に従って地面に落下していく。

 

「あっ! 先輩っ!」

 

 間一髪、ダリルをキャッチしたフォルテは地面に降り立った。

 

「先輩! 先輩っ! 起きてください! 先輩っ!!」

 

 腕の中のダリルに必死に呼びかけるが、ダリルは固く目を閉ざして動かない。

 

「先輩…………」

 

 確かにIOSは破壊した。しかしそれでダリルが目を覚ますという保証はどこにもなかったことを、フォルテは思い出した。

 

「やだ……やだよ……! 起きてよ……!」

 

 フォルテの目から涙が溢れ、ダリルの頬に零れ落ちる。

 

「…………………ぅ………」

 

「!?」

 

「フォ………ル……テ…………」

 

「ダリル先輩っ!!」

 

 ダリルが、薄く、だが確かに目を開けた。

 

「お前……なんで……」

 

「先輩……! ダリルせんぱい……っ!!」

 

「これ……夢、かな……」

 

「夢じゃ、な……す……! たすっ、助けにっ、来たっすよ……!!」

 

 ダリルの声を聞いた瞬間、フォルテは嗚咽が止められず、涙腺も決壊した。

 

「はは……なんて顔してんだよ。ぐしゃぐしゃだぞ……? それに傷だらけで……」

 

「だ、だいっ……、大丈夫っすよ! 待っててください! 安全な場所に━━━━」

 

 そこがコールド・ブラッドの限界だった。飛び立とうとした瞬間に粒子になって待機状態に戻ってしまった。

 

「こんな時に……!」

 

 膝を折って歯噛みするフォルテの頬に、ダリルは手を伸ばした。

 

「いいよ……。フォルテ……少し休もう……」

 

「先輩……」

 

「前みたいに、一緒にさ……」

 

「一緒に……」

 

 フォルテはダリルの言葉の意味を理解して、微笑んだ。

 

「そうっすね……。わかったっす」

 

 瓦礫の上にダリルを横たわらせてから、自分も隣に寝転んだ。

 

「懐かしいな……。何時間も練習して……お前と一緒にリングにぶっ倒れるんだ……」

 

「その後……先生にすっごく怒られたっす……」

 

「お前はしょっちゅう怒られてただろ……」

 

「そうっすね……。あはは……」

 

「ったく、お前は……」

 

 力の無い二人分の小さな笑い声が空へ吸い込まれる。

 

「先輩……なんだか、眠く……なってき、ちゃった……す……」

 

 フォルテは身体がとても重くなっていく感覚を覚えた。硬い瓦礫の上のはずなのに、水の中に沈んでいくような、そんな感覚。

 

「ああ……私も……かなり、眠い……」

 

「このまま……ちょっと……寝ちゃいましょ……うか………………」

 

「そう……だな。この……ま……ま……………」

 

 眠るように気を失ったフォルテとダリル。

 その周囲に光が滲み出す。その光はどんどん強くなって、辺り一帯を飲み込んだ。

 光に飲まれる瞬間、その瞬間も、二人の手はそっと繋がりあっていた。

 

 ◆

 

 長く広い水晶洞の道を、白と紅の軌跡が駆け抜けていく。

 

「おおおっ!」

 

「はあっ!」

 

 同じ場所に転送された一夏と箒は、自分達の前に現れた敵と剣戟を演じていた。

 

「一夏! 開けた場所に出るぞ!」

 

「ああ!」

 

 弾丸のような速さで戦っていた一夏達は、開けた空間に出た瞬間に距離をとった。

 

「━━━━━━━━」

 

 一夏と箒が対峙する敵。

 黒のボディカラーに、頭頂で束ねた紅く光るエネルギーケーブル。

 正しい位置の両腕と別に、背中から伸びた一対の腕。

 

「《ゴーレムEx》……!」

 

 それは、無人機事件の折に箒を剣を交えた異形の無人ISだった。

 

「まさか、あいつがここにいるなんて……!」

 

「ゴーレムは姉さんが造ったもの。やはり、姉さんはここのどこかにいるのか」

 

「……箒、もしあいつと戦うのが━━━━」

 

「みなまで言うな、一夏。お前の言いたいことはわかっている。だがそれは無用の心配だ。私は、戦える」

 

 一夏は自分の失言を恥じた。そうだ、箒には迷いはない。例え過去に殺されかけた相手でも、決して臆することはしないのだ。

 姉を、束を救い出すために。

 

「そうだな……。よし、やるぞ箒!」

 

「応っ!」

 

 雪羅を発現した一夏が瞬時加速(イグニッション・ブースト)でゴーレムExへ肉薄する。

 

「うおおおっ!!」

 

 右腕の荷電粒子砲《雪羅》を撃ち、ゴーレムExを牽制。続けざまに《雪片弐型》で打ち据える。

 

「━━━━!」

 

「まだだっ!」

 

 反撃の隙を与えずに二撃目。しかし背中から伸びた両腕の刀に止められ、弾き飛ばされた。

 

「いやああっ!!」

 

 一夏に続いて箒がゴーレムExに突進。

 

「━━━━!」

 

 左右から襲いかかる斬撃に、ゴーレムExは最大稼働で応戦する。

 四つの刀が振り下ろされ、対する箒は《空裂》と《雨月》を交差させて受け止めた。

 

「くっ……!」

 

「━━━━」

 

 ゴーレムExのアイ・センサーが光る。以前戦った時と全く同じ姿。しかし言葉を発することはない。完全に人形と化していた。

 

「お前とは縁があるな……。だが!!」

 

 黒刀を斬り払い、ゴーレムExの姿勢を崩す。

 

「もうお前に、負けはしない!」

 

 ゴーレムExの両腕が斬り飛ばされる。だが、背中の両腕はまだ残っていた。

 

「━━━━!!」

 

 残る二振りの刀が、箒に向かって突き進む。

 

「一夏ぁっ!!」

 

「だああっ!!」

 

 瞬間加速による強引な方向転換で戻ってきた一夏の雪片弐型の一閃が、ゴーレムExを両断した。

 

「━━━━………………」

 

 アイ・センサーを明滅させ、ゴーレムExは爆発の中に消えた。

 

「やった!」

 

「ああ、私達の勝利だ」

 

 少々物足りないがな、と続けた箒の顔にも、少しの安堵が見える。

 

「他のみんな……瑛斗は大丈夫だろうか」

 

「わからない。ここに来た時にはもうみんなのISの反応は見れなくなってたし。俺たちは俺たちにできることをしよう。束さんを探すんだ」

 

「……そうだな」

 

「箒? どうかしたのか?」

 

「いや……姉さんは、無事だろうかと、な。あのデバイスの姉さんの言うことが正しいなら、本物の姉さんは生死の境にあるはず。それが気がかりなんだ」

 

「箒……」

 

「私は、姉さんに伝えたいことがたくさんあるんだ。……お前と同じくらい」

 

「え? 俺?」

 

「あっ、な、なんでもない。今のは忘れろ。それよりもここから━━━━」

 

 言いかけた瞬間、前方の水晶壁が光を放った。

 

「な、なんだ!?」

 

 紙を燃やすように光に蝕まれて消えていく壁の向こうに、もう一つの空間が広がっていた。

 

『!』

 

 一夏と箒は目を見張った。消えた壁の奥の空間は、()()()だったからだ。

 

「━━━━やあ、いらっしゃい」

 

 玉座に腰掛け、悪趣味に笑う男がいる。

 

「クラウン・リーパー……!」

 

 この事件の元凶。

 学園に最強の刺客を放ち、世界の破滅を宣言した張本人。

 そして、束を救うための手がかりが、そこにいた。

 

「君たちが一番乗りだ。早かったね。ま、俺がそう仕組んだんだけど」

 

 立ち上がったクラウンはコツコツと靴音を鳴らして一夏達と同じ場所に降りた。

 

「ここはタワーの中だったのか。……箒!」

 

「わかっている!」

 

 地面を蹴った二人はクラウンのいる空間に飛び込んだ。

 

「こうして直接対面するのは初めてだね。篠ノ之箒さん、織斑一夏くん」

 

「答えろ! 姉さんはどこだ!」

 

 《雨月》の先端にエネルギーを収束させ、クラウンに向け、箒は叫んだ。

 

「おいおい、いきなり物騒だね。それが人にものを聞く態度かい?」

 

「御託はいい! 早く姉さんの居場所を吐け!!」

 

「……チッ、姉妹揃ってとんだじゃじゃ馬だ」

 

 柔らかい物腰だったスーツの男は豹変した。

 

「いいよ。そんなに会いたいなら会わせてやる」

 

 クラウンが指を鳴らす。

 地鳴りと共に、二メートル大の水晶塊がクラウンと箒達の間からせり上がってきた。

 

「ほら、君のお姉さんだ」

 

「ふざけるな! こんなものが姉さんなわけ━━━━」

 

 それ以上、箒は言葉を発せなかった。

 見てしまったからだ。

 見えてしまったからだ。

 

「姉……さん……!?」

 

 結晶の中に囚われた、束の姿を。

 

「な、なんだよ、これ? まさか、これがデバイスの束さんが言ってた……!」

 

「へえ、何も知らずに来たってわけじゃないようだね。感謝してよ? 篠ノ之博士を繋ぎ止めるのに苦労したんだから」

 

 クラウンが束の入った結晶をポンポンと軽く叩く。それが箒には、たまらなく不快だった。

 

「姉さんに何をした!」

 

「僕は何もしてないさ。これは篠ノ之博士の自業自得だよ」

 

「自業自得……?」

 

「全ては彼女の誤った選択の積み重ね。誰のせいでもなく、彼女自身の責任だ」

 

「どうすれば助け出せる!?」

 

「さあ? この結晶を壊してみれば? そしたら出てくるかもよ? 粉々になるかもしれないけどね」

 

「貴様……!!」

 

「いいねえ、その顔。もう少し見てたいけど、こっちにも都合ってものがあるんだよね」

 

「なんだと!?」

 

「どうして俺が君達をここに招き入れたと思う? 君達が必要だったからだよ。いや、正しくは君達のISか」

 

「白式と紅椿……?」

 

 道化師の笑みが、深く、深く刻まられる。

 

「君達にも教えてあげるよ。その意味を━━━━!」

 

 クラウンが伸ばした右手。そこから白色の光線が箒に向かって飛んだ。

 

「箒っ!!」

 

「一夏……!?」

 

 箒を突き飛ばした一夏に、光線が激突する。

 

 

 ドクン━━━━。

 

 

「ぐっ……!?」

 

 一夏の中で、『何か』が胎動した。

 

「ヒハハッ! 流石だ少年! 女の子を庇うなんて、期待通りで予想通りだよ!」

 

「貴様、まさか最初から一夏を狙って!?」

 

「あっ……! あ、が……あああ……!!」

 

「一夏っ!」

 

 悶え苦しむ一夏に駆け寄った箒は、クラウンに吠えた。

 

「クラウン! 一夏に何をした!?」

 

 しかし箒の恫喝に臆することなく、道化師(クラウン)は涼しい顔をしたままだ。

 

「何もしていないさ。()()()()()んに()()()

 

「ではこれは……!?」

 

「ほう……き……っ!」

 

「一夏!?」

 

「に……げろ……!」

 

 逃げろ。確かにそう聞こえた。

 

「ああああああああっ!!」

 

 直後、一夏は悲鳴を上げて、事切れたように倒れ伏した。

 

「い、いち、か……?」

 

 箒は不安の眼差しを一夏へ向ける。その前で、ゆらりと一夏は立ち上がった。

 いや、『立ち上がる』というよりも、何か見えない力に『押し上げられている』というべきか。

 

「………………」

 

 ゆっくりと、首をもたげ、箒を見た一夏の瞳。その双眸は、金色に輝いていた。

 

「……一夏、なのか?」

 

 思わず口をついて出た言葉に、クラウンが短笑を零す。

 

「鋭いじゃないか。その通り。もう彼は、君の知る織斑一夏じゃあないよ」

 

「………………」

 

「さあ拍手を! この世界のフィナーレを飾る特別ゲストの登場だ!!」

 

 みしり、と。

 白式の装甲が、下から別の装甲に押し上げられていく。

 まるで脱皮するかのようにアーマーを脱ぎ捨てる白式。

 

「な……!?」

 

 箒は目を見開いた。

 一夏だったものは、白式だったモノは━━━━

 

「《白騎士》……!?」

 

 全ての始まりの、姿をしていた。

 

「なぜ……? 何が、どうなっている!?」

 

「ふふふ……ハハハハハハッ!! 成功だ! これで……これでこの世界は終わる!」

 

「答えろクラウン! 一夏に、いや……()()に何をした!?」

 

「大したことじゃない。俺は元に戻しただけさ。これが、白式の本来の姿なんだよ!」

 

「本来の……姿……?」

 

「………………」

 

 白騎士は、握った一振りの刀《雪片壱型》の切っ先を、箒に向けた。

 

「……戦場(いくさば)に立つ者よ」

 

 箒は全身にぶつけられる敵意に肌を粟立たせ、両手の刀を握りしめた。

 

「私に、挑め……」

 

 最悪の戦いが、始まる━━━━。




ハイスピード・バトルという名の、トントン拍子。
久しぶりにがっつり長文書きました。頭の中のイメージを書き起こすのが大変ですが楽しいですね。
バトルパートに続くバトルパートで疲れてしまった読者さんもいらっしゃることでしょう。ごめんなさい。
さて本編、安否不明の子たちもいますが多分大丈夫です。
そしてやっと白騎士が出せました。どうやって出すかは決めてたんですがここまで来るのが長かった……!
次回は残りのメンツのバトル、そして学園の動向を。
それでは次回もお楽しみに!

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