IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
暗黒。
何も見えない真っ暗な闇。
ここはどこなのか。この闇は、どこまで続くのか。
叫びだしたくなるような恐怖が全身を突き刺す。
ぐっと力を込めた右手が何かと触れているのを感じた。
ああ、あの子だ。
見えないけれど、確かにそこに、一緒にこの闇に飛び込んだあの子がいる。
遥か先に光を見た。
光は瞬く間に広がっていく。
視界を覆っていた闇は、星々の混在する大宇宙に姿を変えた。
「……瑛斗さま、大丈夫ですね?」
クロエ・クロニクル。くーの姿がはっきり見える。
「ああ。なんとか」
頷いてみせると、くーは安堵の表情を見せてくれた。
「ここが、G-soulの意識の中……」
暮桜の時とは違った雰囲気だ。無数にある星の中、まるで自分もその一つになっているみたいに……。
「あ……!」
「どうなさいましたか?」
「俺はこの光景を知ってる。いつか見た、夢の中……!」
ここがあの夢と同じ場所なら、ここには━━━━!
「………………」
振り返ると、その人はそこにいた。まるで、俺が振り向くことを待っていたかのように。知っていたかのように。
「━━━━あなたを、待っていました」
銀色の瞳。白い髪。夢の中で会った女の人。
その人の声は、とても懐かしく感じられた。
「お前は……」
「私は、あなたが『魂』と呼ぶもの。そして、彼女が『心』と呼んだもの」
「魂……。心……」
穏やかな眼差しに直感した。
この人が、《G-soul》だ。
「この時を、ずっと待っていました。あなたと言葉を交える、この瞬間を」
微笑みは、どこか哀しそうに見える。
「俺に、何を伝えたいんだ?」
ここに来る前にも口にした言葉を、今度こそ投げかける。そうすると女の人……G-soulは、まっすぐに俺を見て答えを紡いだ。
「戦いを終わらせてください。あなたの力で」
「戦い……?」
受け取った言葉の意味を理解しきれず復唱する。G-soulはさらに続けた。
「『私たち』は、遠い銀河の片隅で長く虚しい、滅びへ向かう戦いの歴史を歩んでいました。その結末を、あなたも知っているはずです」
G-soulも《暮桜》や《白騎士》と同じIS。つまり……。
「暮桜の見せた、星の終わり……」
G-soulがゆっくりと首を縦に揺らす。
「あなたの見た星……私たちの故郷である星。それを滅ぼしたのは、私です」
「!?」
滅ぼした。確かにそう聞こえた声が肌が粟立たせる。
「私の迷いが、故郷に滅びをもたらした。戦いを終わらせる『力』は持っていたはずなのに、その力を行使することを躊躇ってしまった」
G-soulの顔が苦渋に染まる。発した言葉が刃に変わって自分自身を切りつけているかのように、吐き出す言葉は重たく鋭い。
「挙げ句の果てに私は私の力を恐れる者たちに追放され、遠く離れたこの星から、守るべきだったものが滅びていく様を、ただ見ていることしかできなかった……」
「……? 最初に地球に来たのは、暮桜と白騎士じゃないのか? 」
「私は確かに彼らよりも先にこの星にやって来ました。ですが彼らとは違い、すぐにはこの星の生命と意思疎通ができなかったのです。無論、彼らとも。偶然か必然か、私と同じ星に落ちた彼らを見て、私は悟りました。戦いは終わってなどいない、と」
「自分たちの星を滅ぼしたっていうのに、まだ戦い足りないのか!?」
「そう。星は滅んだ。戦う意味は消えた。けれど、戦火はまだ消えない。この星の生命を巻き込んで、さらに大きくなろうとしています」
「まさか地球で、あの星と同じことを……!?」
蒼く美しかった星が、毒々しい赤に染まる光景を幻視する。悪夢としか言い表すことのできない破滅の瞬間。
それを繰り返させてはいけない。
「あなたが《暮桜》と呼ぶ私の同胞は、この星の生命とともに破滅の未来を阻止しようと働いてくれました。ですがそれだけでは足りない。滅びはすぐそこまで迫っています。滅びをもたらさんとする者たちは、すでに彼の元に集まっているのですから」
「彼……クラウンのことか!?」
クラウンは世界を滅ぼすと言っていた。G-soulの言う『滅び』と同じものだとしたら、篠ノ之博士の言葉とも一致する。
「星に生きる生命が、星の未来を絶ってしまうことなど、決してあってはならないこと。それを止めることが出来るのは……」
言葉はそこで止まる。その続きは、銀色の視線が運んできた。
「俺……か」
「私が願うことはたった一つ。どうか、この愚かとしか言えない戦いの歴史に終止符を。それが、彼女があなたに託した最後の願いでもあるのです」
「最後の願い……」
俺は、銀色の瞳を見つめた。決して逸らされないその瞳は、どこまでも澄んでいる。
多くを語らない目の前の女の人の過去に、何があったのか。どうして俺を選んだのか。
聞きたいことは山ほどある。けれど俺がなすべきことは、過去を尋ねるだけじゃない。
未来を考え、答えることなんだ。
「……俺だから、出来るんだな?」
G-soulが首肯する。
「私の力を取り戻し、私に新たな姿をくれたあなただから……」
それ以上、言葉は必要なかった。
「……わかった。お前の願い、確かに引き受けた」
「ありがとう……」
目の前で咲いた笑顔に、俺も笑ってみせる。
すると、隣に立っていた少女が異変を訴えた。
「……っ!? こ、これは……!?」
「どうした?」
「私の中の《黒鍵》が、正体不明のプログラムに侵食されている……! ワールド・パージが、強制終了されます!」
「なんだって!?」
見上げた宇宙が崩壊を始める。視線を正面に戻すとG-soulが決意を固めた表情で、俺たちに手を伸ばしていた。
「私も迷うことはやめました。今一度、あなたとともに戦います。同じ悲劇を、繰り返させないために」
「げ、限界ですっ! 黒鍵がっ、私でない
落ちるような、吹き飛ばされるような、上下の感覚のない完全な『無』に飲み込まれる。
「私の願いは、あなたと共に」
それでもその声ははっきり聞こえて━━━━
閃光が、無を塗り潰した。
◆
「うわあっ!」
「うっ……!」
強い力に飛ばされて、俺とくーは硬質素材の床に投げ出された。
《くーちゃん! えっくん!》
特殊金属骨格の博士と千冬さんが駆け寄ってきて、俺たちを抱き起こす。
「大丈夫か?」
「は、はい。とりあえず……」
《くーちゃんは!? どこか痛いところとかない!?》
「問題ありません。今のはく、黒鍵の誤作動による強制解除です……」
《問題だよそれは! 黒鍵はくーちゃんにしか扱えないはずなのに……》
「桐野、何があった? あの光の中で、一体何を見た?」
「G-soulと話をして……あいつの、願いを……」
「願い?」
立ち上がった俺は、台の上に置かれた亡骸だったはずのものに歩み寄る。
「G-soul……」
そして鼓動するように光を明滅させるコアの残骸の横の右腕の装甲と手を重ねた。
G-soulの白の右腕装甲が俺の右腕に装着される。触れ合う瞬間感じた熱は、強い意志を帯びていた。
「お前が一緒に戦ってくれるなら、どんな相手にだって、きっと……!」
閃光が爆ぜて、虹色に輝く粒子が舞い上がった。
漂う粒子は無風にもかかわらず、うねり、廻り、俺を中心にして光の輪を形成する。
「━━━━来いっ! 《G-soul》!!」
高く掲げた右腕を起点にして、純白の装甲が身体を包み込んだ。
ほんの数日離れていただけなのに、何年も、何十年も離れていたみたいに感じる。
失っていた身体の一部を取り戻したみたいな充足感が、俺の心を満たしていた。
《すごい……! 完全に再生するなんて……!》
博士の驚く声が聞こえる。さすがの博士もここまでは想像できていなかったみたいだな。
「……織斑先生。G-soulは復活しました。いけます」
呆気にとられていた織斑先生がふっと笑った。
「今出せるこちらのカードは全て揃ったというわけか」
「はい!」
返事をして、いつもと同じ感覚で展開を解除する。左手首にはブレスレットが巻かれている。
白と青と赤と黄色の玉が一つずつ等間隔に間をとって紐で繋がれているそれは待機状態のG-soul。
━━━━私の願いは、あなたと共に。
頭の奥に響いた声は、俺の心に深く、深く沁みていった。
「……ああ。そうだな」
拳を握り、俺たちは地上に出た。
◆
「では、改めて今回の作戦の内容を確認する」
織斑先生の号令の直後にブゥン……と低音が響き、特別会議室に集められた専用機持ちと教師陣の中心にIS学園、そしてアルストラティアの3DCGが出現する。
明るいうちに偵察に飛んだ先生たちが得た映像データは、アルストラティアの構造をより詳細なものにしていた。
「作戦自体は単純だ。アルストラティアに突入し、内部から破壊する」
アルストラティアがアップされて、正面の『門』が大写しになる。ここが鉄壁の要塞への唯一の入り口だ。
「だが学園から目標までの距離の約二十キロ、その間に
教師たちの顔写真が投影され、半分ずつが学園とアルストラティアのホログラムの周囲に振り分けられた。
「第一部隊は専用機たちとともにアルストラティアに突入。第二部隊は学園周囲の防衛にあたってもらう」
「織斑先生、よろしいかしら?」
教師陣の中から手が挙がる。発言したのは第二部隊として学園防衛をすることになっているエリナさんだった。
「なんでしょう?」
「教師部隊のメンバーに、その……彼女たちも入っているんですか?」
彼女たちというのに織斑先生は合点がいったようで眉をひそめた。
「
そう、スコールとオータムがこの場にいない。そう言えば昨日の水族館で別れてからこっち、あいつらと連絡取れてないや。
「ふむ……。桐野、あの二人はどうだ」
全員の目が俺に向く。俺、別にあいつらの監督じゃないんだけど……。
「ど、どうでしょう? 協力してくれるとは思うんですが……なあマドカ?」
「わ、私に振るのっ? え、ええっと……。そうだね、スコール達は来てくれるよ。多分」
多分なのか……。そう誰もが思った瞬間、扉が開いて眩しい金色が現れた。
「あら、もう始まっていたのね」
噂をすればなんとやら。スコールだ。やっと来たか。
「遅いぞお前ら。てっきりもう来ないかと」
「ごめんなさい。本当はもっと早く来るつもりだったんだけど、チヨリ様に引き止められちゃって」
「チヨリちゃんに? じゃあお前らもISに改修を?」
「そんなところね。ここに来るまでにあなたたちのISが改修を受けていたことは聞いてるわ」
「ったくあのババア、心配性過ぎんだよ」
「……遅れてきたことはこの際構わん。教師部隊の編成の中にお前たちを入れようと思うが、異存はないな?」
「ご自由にどうぞ? 一応私たちはあなたたちの味方って立ち位置ですし。ねえオータム?」
「だな。でも中に入ったら私たちの好きにさせてもらうぜ」
「……どういうことだ?」
「内側からぶっ壊すんだろ? 破壊工作なら十八番なんでな。別に構わねえだろ?」
「……ああ。こちらからお前たちの行動を制限するつもりはない」
「感謝するわブリュンヒルデ。……それはそれとして、瑛斗、あなたの方はどうなの?」
「何が?」
「ISよ。IS」
そっか、スコールとオータムには話してないから知らないのか。だったら見せてあげるとしよう。
「そのことなら問題ないぞ」
左腕をあげて、ブレスレットを見せつけた。
「見ろ! G-soulは元通りだ!」
「ま、マジかよ? いったいどーなってんだ?」
オータムは予想通りの反応をしてくれる。けど……。
「そ、なら安心だわ」
スコールはそんなに驚いていなかった。
「え、なにその薄い反応」
思わず口に出てしまった。もうちょっと驚いてくれてもいいと思うんだけどな。
「それくらいできてくれないとね。ボロボロのセフィロトで出てこられても困るわ」
そう言いながら仕方のないようなものを見る目で俺を見てくる。まったく……。なんでこいつはこういう言い方しかできないのかね。
「ふ、ふん! いいよ別に。お前の驚く顔なんて見たくなかったし!」
シャルが「見たかったんだ……」と苦笑しているのが見えたけど、この際気にしないことにする。
「……続けるぞ。アルストラティアに突入した後は内部からの破壊を行うが、それに並行してやってもらうことがある」
織斑先生はそこで言葉を区切って、一度深く息を吸った。
「━━━━束の発見、救出だ」
「……!」
薄暗い室内でも、箒の目が僅かに揺らいだのが見えた。
「『本物』の束は、クロエ・クロニクルから提供された情報からアルストラティア内にいることがわかっている。突入したメンバーは束を見つけ出し、可能であれば救出も行ってもらう」
ここに『デバイス』の篠ノ之博士はいない。俺とG-soulの意識に飛び込んだくーの、正確にはくーの中の《黒鍵》のメンテナンスをしている。もう終わった頃かな?
「教官、クラウン・リーパーの対処はどのように?」
ラウラの発したクラウンの名前が、緩んでいた俺の緊張の糸をもう一度張り詰めた。そうだ。今回の一件はクラウンとの決着でもあるはず。しっかり聞いておかないと。
「やつは拘束対象だ。無力化して捕獲できればいいが抵抗が予想される。接触した場合は用心しろ」
「用心するなら彼だけじゃなく彼と一緒にいる彼女たちにもしないとね」
織斑先生に続くようにしてスコールが口を開いた。
「あなたはわかるんじゃない? 更識楯無」
目だけを動かして見た楯無さんは、硬い表情をしていた。
「エミーリヤ・アバルキン……」
「そういうこと。それと、アオイもね。彼女にはここの専用機持ちが纏めて蹂躙されたんだから。戦うことになっても絶対に一人で戦っちゃダメよ」
あの時の光景を思い出して、室内の空気が少し重くなる。無理もない。みんな、あの所長の強さを味わっているんだ。
でも……。
「次は負けない」
「瑛斗……」
「あれは所長じゃない。所長は死んだんだ。驚きはしたけど、もう惑わされない。それにみんなのISだって強化したんだ」
「こいつの言う通りだぜ」
俺の言葉に賛同したのはイーリスさんだった。
「
「そうね! やられっぱなしはごめんだわ!」
「この前の借りを返させてもらう」
イーリスさんの威勢のいい声に、沈みかけていた空気が一気に熱を帯びていく。
「士気は高いようだな。最後に、明日の作戦決行時間は〇九:〇〇だ。各員、明日に備えて十分休んでおくように。……では、解散!」
始まりの時よりもいくらか力強い号令が、会議室の空気を震わせた。
◆
「はー、沁みるわぁ〜」
大浴場の広い湯船に浸かった鈴の、間延びした声が響く。
「一仕事終わらしてからのお風呂は最高ね〜」
その後ろからセシリアと蘭と梢がやって来る。
「何言ってるんですの。結局書類の処理を私たちにも手伝わせてましたくせに」
「そうですよ。それに鈴さん本当にほとんど手をつけてなかったですよね」
「……それでいいのか、中国代表候補生」
「終わったんだから、気にしない気にしない♬」
鈴はすいすいと泳ぐようにして湯船の奥に行くと、一足先に入っていたシャルロットや箒、他の専用機持ちたちに遭遇した。
「あ、鈴。もう書類は終わったの?」
「まあね。楽勝よあんなの」
「セシリアたちに手伝わせたのだろうが。蘭や梢にまで手伝わせて、情けない」
「い、いいじゃない。ちゃんと感謝は伝えるわよ。後でコーヒー牛乳で」
「意外と、安い……」
「そう言えばフォルテ先輩は? アンタたちと一緒にいたわよね?」
「フォルテ先輩なら、ほら、あっち」
マドカが指差す方向を見ると、
「………………」
まるで魂が抜けているかのようにぽけーっとした顔のフォルテがいた。
「何あれ、死んでない?」
「イーリスさんとの特訓がかなりハードだったらしいんだ。お湯に浸かるまでは気力で動いてたんだって」
「国家代表直々の指南と聞くと魅力的だが、正直、受けなくてよかったと思っている」
あのラウラまでもが戦々恐々としているのを見ては、鈴はただ苦笑いするしかない。
するとそこに、聞き慣れた声と、聞き慣れない声が聞こえてきた。
「や、やっぱり結構です!」
「今更何を言ってるのよ。ほらほら、観念なさい」
振り返ると、楯無が抵抗する少女を引っ張って来ているのが見えた。
しかし、その少女というのは……
「貸していただいた部屋のシャワーで十分ですので……!」
目を閉ざしたクロエだった。右腕を引かれながらも、身体を折って懸命に隠そうとしている。
「あなたは……」
真っ先に声を出したのはラウラだ。
「えっ?」
その声に気づいたクロエも反応して顔を上げる。だがそれがいけなかった。
「ふふん、隙ありっ!」
「あっ!」
その隙を見逃す生徒会長ではなく、クロエはあっけなく大湯船に引き込まれた。
「うう……」
観念したクロエはなるべく小さくなるように膝を折って肩まで浸かった。
「ふう、ここまで長かったわ。クロエちゃんったら、猫みたいに嫌がっちゃって」
達成感に満ちた顔で楯無も湯に浸かる。セシリアたちも「なんだか騒がしいですわね」とこちらにやって来た。
「お姉ちゃん、無理矢理、よくない」
簪のジト目の抗議に楯無は「ちがうのよ簪ちゃん」と反論する。
「篠ノ之博士に頼まれたの。この子を学園のおっきいお風呂に連れてってくれって」
「姉さんが? ……そうなのか?」
真偽のほどを確かめるべく箒がクロエに尋ねると、か細い声で肯定した。
「はい……。私はいいと言ったのですが、更識楯無さまと束さまに無理矢理……」
「やっぱり、無理矢理」
「あ、あはは。簪ちゃん怖いー」
「それで、その姉さんは?」
「束さまは別の用事があると言って、どこかに行ってしまわれました」
「そうか……」
「何か聞きたいことがおありでしたら、後で私が━━━━」
「いや、いい。どちらかというと、お前から話を聞きたい」
「私、ですか? 答えられることは限られるかと思いますが、それでもよろしいのでしたら……」
「構わない。姉さんは、その、どうなんだ? お前から見て」
「と、申しますと?」
「どうしたのよ箒。はっきり言いなさいよ」
「い、いや、その、お前は姉さんと一緒にいたのだろう? だから、な」
ゴニョゴニョと口ごもる箒。クロエはわずかに口角を上げた。
「……そうですね、束さまは何かと私の写真を撮っていました」
「写真?」
「はい。束さまの身のお世話をしている私を撮っては楽しそうに笑っていらっしゃいました」
「姉さんにそんな趣味が……」
「たまに、すごく恥ずかしい写真も……。コスプレとか」
「それはすまない。本当にすまない」
「ですが……」
「?」
「束さまは、箒さまのお話もよく聞かせてくださいました」
「私の話を?」
「はい。私の写真を撮るよりも楽しそうに、でも、少し寂しそうに」
「………………」
「こんなことを、私が言うのは不相応であることは重々承知しています。ですが言わせてください」
クロエはそう断ってから、言葉を紡いだ。
「束さまは決して、初めから箒さまを裏切ろうと思っていたのではないのです。結果としてこうなってしまっただけで、あの方はずっと……!」
「いい。わかっているよ」
箒はクロエの言葉を遮り、湯の中にあったクロエの両手を握った。
「お前が、私の代わりに姉さんを支えてくれていたんだな。ありがとう、クロエ」
「……! はい!」
華やぐクロエの表情。一緒に顔をほころばせた箒のほんのりと赤い顔は、決して風呂の温度によるものだけではない。
「やはり、少しばかり気恥ずかしいな。面と向かって感謝を伝えるのは……」
「それでいいのよ箒ちゃん。伝えるって、大事なことよ」
「そうですね……」
「それにしても、人って変わるものよねー。あの箒がこんなに丸くなるなんて」
「ど、どういう意味だ! 第一、鈴とはこの学園に入ってからの付き合いだろう!」
「そんなアタシが分かるくらい顕著ってことよ」
「その通りですわ。お姉様関係のことになるといつも険しいお顔をなさっていたのに」
「お前だけには言われたくないぞ、セシリア!」
「ど、どうしてですのっ!?」
そうしてまた始まったいつもの賑やかな会話を聞きながら、シャルロットは思い巡らせていた。
(伝える……か)
「……む? どうしたシャルロット? のぼせたか?」
「ううん。瑛斗のこと考えてた」
「瑛斗の?」
「……僕、瑛斗のことが好き。でも、多分その気持ちは瑛斗にはあんまり伝わってないと思う。瑛斗、唐変木だし」
「そうだね。とっても、鈍い」
「年上好き騒ぎまで出る始末だからな」
シャルロットにラウラと簪は同意してコクコク頷く。
「だからね、僕も瑛斗にちゃんと伝えたい。面と向かって言えば瑛斗だってわかってくれるよね」
数秒キョトンとして顔を見合わせたラウラと簪。だがすぐに微笑んでシャルロットに答えた。
「そうかもしれんな。だが瑛斗は私の嫁だ。いくらお前といえど簡単には渡さんぞ」
「私も、負けない……」
三人の間から言葉が消える。しかしその視線は頼もしくも手強い
「……作戦、頑張ろうね」
「ふっ、言うまでもない」
「本当の戦いは、その後から」
誓い合う少女たちの目には、未来が映っている。
望む未来の前に立ちはだかる壁がどれほどのものであったとしても、愛する者を想う少女の心は、何にも負けることはないのだ。
◆
「……うん、やっぱりG-soulは完全に復元されてる」
会議室を出てから、俺は寮の自室に戻ってG-soulをチェックしていた。
携帯端末に表示されるどのデータも、全部俺が最後に見た時と同じ。全くの元どおり。
一つ違うのは、G-soulの右腕装甲がBRF搭載型、つまりボルケーノブレイカーではなく最初から付けられていたものに戻っているということ。
「攻撃力は落ちたけど、防御力が上がったって考えるべきか……」
でもシールドがあるし、あぶれてる感が否めないよな……。いやいや、G-soulが戻ってきただけでも儲け物なんだ。贅沢は言えない。
「………………」
そう。G-soulは戻ってきた。自分たちと同じ道を、俺たちに歩ませないように。そのG-soulの願いを、俺は聞きいれた。
「……わかってる。全部終わらせるよ。それが、俺とお前にできることなんだから」
手で包んだブレスレットから。暖かみを感じた。
「……クラウン、か」
ふいに、クラウンのことを思い出した。
俺はあいつのことを何も知らない。けれどあいつは俺のことを知っていた。
俺と、俺の周りの少数の人しか知らないことまで━━━━。
「………………」
思い立った俺は机の引き出しを開けて、奥底にしまい込んでいた『ある物』を手に取った。
その『ある物』とは、封筒だ。
この夏、バー・クレッシェンドのマスターさんに貰った、俺の父親が俺に宛てて書いた手紙。それがこの封筒の中に入ってる。
第二次白騎士事件の直後には読むことができず、それからもずっと考えないようにしていた。
でも、クラウンがこの手紙を知っているのなら。これを読むことで、あいつのことが何かわかるかもしれない。
(……よし)
手放したくなるのを、ぐっと堪えて、封筒を開けた。
中には、二つ折りにされた便箋が一枚。ここに、二十年前の俺の父親のメッセージが書かれている。
意を決して、便箋を広げた。
……。
…………?
………………!
………………………!?
「嘘……だろ……!?」
読み終えた瞬間、手から力が抜ける。
手紙がカサ、と乾いた音を立てて床に落ちた。
◆
夜が明け、朝が来る。
それは当然のことだ。しかしこの日の朝は特別だった。
昨日の喧騒が嘘のように静まり返ったIS学園。
まるで無人なのではないかと思えるほどの静けさだ。
だがそれは、迫る嵐の前の静けさなのである。
「全一般生徒の退避、完了しました」
今回の作戦の司令部となった地下特別区画の中央ブロックで、パネルを操作する真耶が報告する。
「よし……」
隣に立つ千冬は、学園に登録している全てのIS操縦者に繋がっている通信機に声を吹き込んだ。
「全員、聞こえているな」
◆
浮遊城に向けて出撃する第一部隊のメンバーは海に面した堤防の上にいた。
メンバーには学園所属の専用機持ち全員、教員たちの中には、スコールとオータム、そしてイーリスの姿もある。
『知っての通り、本作戦は極めて難易度の高いものになっている。だが君たちなら必ずやり遂げてくれると、私は信じている』
「あらあら、まるで戦争映画の演説みたいね」
海風に金の髪をなびかせるスコールが、投影ディスプレイに映る千冬の真剣な表情を可笑しそうに笑う。
『教師の方々、生徒たちの防衛をよろしくお願いします』
「約束はできねえが、まあやるだけやってやるさ」
「へへ、やっぱアンタとは気が合うな、アメリカ代表」
緊張を見せない大人たちは流石といったところであろうが、少年少女たちの顔つきはやや厳しい。
「ついに始まりますのね……!」
「なんだか、ゾクゾクして来たわ……」
「姉さんは必ず助け出す! 用意はいいな、一夏」
「おう、いつでもいけるぞ」
「頑張ろうね、お兄ちゃん」
「世界の運命を背負う、か。悪くない気分だ」
「簪ちゃん、危なくなったらすぐに言ってね。私が絶対助けるから」
「うん。お姉ちゃんも、気をつけて」
「……蘭、怖くない?」
「大丈夫! 梢ちゃんが一緒なら怖くないよ!」
「……なら、よかった」
「先輩、待っててくださいっすよ……」
「瑛斗、いよいよだね」
「……ああ。行こう!」
『間も無く時間だ。全員準備はいいな?』
作戦開始の時間が差し迫る。
誰ともなく生唾を飲むのが聞こえた。
『作戦━━━━開始!』
ついに聞こえた合図。
極彩の機体たちが、流星になって蒼穹に飛んだ。
というわけで更新です。
次回からはいよいよクラウン率いる虚界炸劃との対決です。
次回もお楽しみにっ!