IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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明けましておめでとうございます。
元旦更新です。見たいテレビの合間などにどうぞ。


最終章 終焉と始まりの宇宙へ
想う心、信じる心 〜または魂の呼び声〜


「早く早く! もう届いてるってさ!」

 

「今度はどこから!?」

 

「クラウスとハウアー! どっちも武装と装甲!」

 

 怒鳴り合いながら走る女子生徒二人が機材や備品を乗せたカートを押す別の女子たちとすれ違う。学園中の生徒たちが、自分に出来ることに全力で取り組んでいる。IS学園はこれまでにないほどの喧騒に包まれていた。

 

「すごい活気だね。なんだか学園祭の準備を思い出しちゃう」

 

「ああ、皆が一丸となって取り組むという雰囲気は嫌いではない」

 

「方向性は学園祭の時とは違うけど、わかる」

 

 シャルロット、ラウラ、簪の三人はそんな女子たちの間を縫うようにして通路を進む。

 

「しかしこれだけの資材がよく半日足らずで集まってくるものだ」

 

「パーツ、武器……。いろんな企業から、いろんなものが送られてきてる」

 

「義兄さんとお父さんがラファールの補給パーツを送って来てくれたおかげだよ」

 

 シャルロットの言う通り、学園に起きている大量の資材搬入ラッシュの、その先駆けとなったのはデュノア社であった。

 

「クラウンの放送からすぐに輸送の手配をして、そこから全世界に呼びかけてくれたんだって」

 

「学園に恩を売ろうとしているわけか……」

 

 面白くなさそうにラウラがこぼすが、シャルロットは首を横に振った。

 

「義兄さんもお父さんも、そうは考えてないみたい。ラファールに届いたメッセージでも、僕を心配してくれてた」

 

「そうなのか? 意外だな、あの男が」

 

「ラウラ……あんまり、言わない方が……」

 

「私はあの男を許すつもりはない。あの男がシャルロットにやったことはなかったことにはできんのだ」

 

「ありがとうラウラ。けど僕たちはもう大丈夫だからそう怒らないで。ね?」

 

 頭を撫でられ、ラウラはお前がそう言うなら……とそれ以上のことを言うことをやめた。

 

「まあ、他の企業がどう考えてるかはわからないけどね。アルストラティアに近いIS学園が何もしないなんてありえないし、このチャンスは逃すわけないよ」

 

 僕でもそうしてるもん。と付け加えたシャルロットの横を、また別のカートが通る。今度のは箱いっぱいのISスーツを運んでいた。

 

「助かってるのは事実……この話は、私たちがしても、始まらない」

 

 簪の言葉がちょうど終わった時、三人は校舎前の第一グラウンド━━━━学園に渦巻く喧騒の中心地点に足を踏み入れた。

 

「レーザーカッター持ってきて! 大至急!」

 

「こっちにはレンチ! 一番おっきいの!」

 

「さっきそこに置いた工具箱! 急いで急いで!」

 

 至る所から鳴り渡るけたたましい機械の駆動音、それに飲みこまれないよう張り上げられる人の声、それがさらに大きな声を呼び……。

 まるで戦場のようだ、とラウラは胸中ながらに思う。

 束の呼び寄せたラボを中央に、ラウラ達のISが懸架されたハンガー。そして整備室から引っ張り出してきた機材を手に全力で作業をする少女たち。

 そしてその戦場に、一人の少年の姿があった。

 

「この補助AIはこのままビットの制御系に繋げちゃっていいんだよね!?」

 

「ああ! 二つ積むからその分も忘れずにな!」

 

「《甲龍》の装甲の三番から七番までの換装終わったぞー? 次どーすんだっけ?」

 

「装甲に衝撃砲を装備してください! それと増設したスラスターの出力チェックも!」

 

 瑛斗だ。

 次々と指示を飛ばし、自身も工具を握って無人展開状態のISを他の女子たちとともに囲んで作業を進めている。共に作業をする女子たちがISスーツ姿の中、瑛斗だけは自分と強い関わりのあったエレクリットのロゴの入った作業着を着ている。気合いの表れだろうか。

 

「……ん? あ、おーい!」

 

 シャルロットたちの姿を捉えた瑛斗が腕を振って駆け寄ってくる。

 

「どう? 僕たちのISの改修、進んでる?」

 

「順調順調! 整備科のみんなにエリナさんとエリスさん、それに一年生に三年の先輩たちも手伝ってくれて作業が想像以上に捗ってるぞ!」

 

 瑛斗は子どものようにキラキラした目で興奮気味に答えてくる。よく見れば作業をしている生徒たちの学年はバラバラである。

 

「シャルのラファールはさすがにもともと量産機なだけあってスムーズだったよ。アデルとディエルが送ってきてくれたパーツもかなり助かった!」

 

「よかった。義兄さんたちにお礼言っておくよ」

 

「ああ。そうしてくれ」

 

 そこで、シャルロットは瑛斗の首にチョーカーが巻かれていることに気づく。

 

「瑛斗、そのセフィロトはいいの?」

 

 二秒ほど止まった瑛斗だが、ああこれな、とすぐに答えた。

 

「セフィロトは部品に互換性が無くてさ。だからみんなのISの方を優先してやってる。一通り終わったら、まあ、やるだけやってみるつもりだ」

 

 瑛斗が光沢のある黒いチョーカーを撫でる。ラウラがシャルロットの前に出た。

 

「瑛斗、私のレーゲンの方はどうだ?」

 

「そっちも今やってるところ。聞いて驚け! なんとレーゲンの新しい装甲には展開装甲を使ってるんだぜ!」

 

 その言葉に眉をピクリと反応させざるを得ない。

 

「展開装甲? あの、箒の《紅椿》のような……?」

 

《そのとーりっ!》

 

 ガションガションといかにもロボ然とした足音を鳴らして、天才(たばね)の頭脳がインプットされた特殊金属骨格が現れる。マニピュレーターにはドライバーやスパナがまるでどこかの六爪流の使い手の様に握られていた。

 

《君のISには《紅椿》の予備パーツを使わせてもらったよ》

 

「それはありがたいのですが、なぜ私のレーゲンにだけ?」

 

《君のISが展開装甲と相性が良かったんだ》

 

「相性? そんなものが?」

 

《あるともあるとも。他の機体も調べはしたけど、手持ちの展開装甲と最もマッチしたのは君のISだけだった。あとはちょちょいっと弄ればあら不思議! ボロボロの第三世代型ISがあっという間に最先端技術を搭載した特別仕様に!》

 

  なんということでしょう! そう言いながらくるくる回る束をスルーして、ラウラは瑛斗の背後に佇む黒い機体に目をやる。確かに《シュヴァルツェア・レーゲン》だが、その脚部装甲と非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)はこれまでより鋭利なものに変わっていた。外見だけでも劇的なビフォーアフターである。

 

「パッケージも載せるし、全身まるっとすげ替えるってわけにはいかないけどな。でもパワーもスピードも格段にアップしてるぜ」

 

「そうか……! 完成が待ち遠しいな」

 

「任せとけ! ……そう言えば博士、《白式》と《紅椿》の方はどうですか? 確かそっちは博士のラボで作業してるんですよね」

 

《もうほとんど終わってる。後はエネルギーの回復を待つだけだね。手伝ってくれた子達もよくやってくれたよ。緊張気味だったけど》

 

「はは、いい経験になったと思いますよ」

 

「瑛斗、瑛斗……」

 

 瑛斗の名を簪が控えめに呼ぶ。その声はどこか不安そうだった。

 

「簪? どうした?」

 

「《打鉄弐式》……どこも変わって、ない」

 

 簪はラウラが瑛斗、束と話し込んでいるうちに自身のISを発見し、変化した点を探していたのだがそれは叶わなかった。改修どころか、損傷した装甲を外しただけで終わっているのだ。

 

  「どう、したの? 見せてもらった瑛斗のプラン、文句ないよ?」

 

「ん? あ、あー……それなんだけどな」

 

「?」

 

「学園にあるパーツの予備が思ったよりも少なくて作業が後回しになってたんだ。でも今のほほんさんが届いたパーツを……」

 

「きりり〜ん! かんちゃ〜ん!」

 

 間延びした元気な声と、パタパタと走る足音と、ガタガタとカートのローラーが回転する音。

 

「パーツ、届いたよー!」

 

 カートを押す本音が走ってくる。その光景は瑛斗が待ちわびていたものだった。

 

「お、グットタイミング!」

 

「えへへ〜、おまた━━━━はぶッ!?」

 

 工具箱につまずき、ビタンッ!と倒れる本音。手から離れたカートは瑛斗の前まで来て止まった。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「うう……いったーい!」

 

 倒れたまま叫ぶ本音。

 

「まったくもう、何やってるの」

 

 そんな本音を抱え起こしたのは、一同が久しぶりに見た顔だった。

 

「あ! お姉ちゃん!」

 

 本音の姉にして学園の卒業生、布仏虚である。

 

「わあい、お姉ちゃんだ〜!」

 

 再会を喜び、ぎゅ〜っと抱きついてくる本音に柔和に笑ってから、虚は瑛斗を見た。

 

「お嬢様に呼ばれて参上しました。瑛斗くん、お手伝いしますよ」

 

「ありがとうございます! 心強いです!」

 

 分解の虚。組立の本音。整備科のエース姉妹が揃い踏みだ。

 

「そだそだー。きりりん、お手紙届いてるよ〜」

 

「手紙?」

 

 本音から受け取った封筒の裏を見て、瑛斗は差出人の見当がついた。

 

「倉持技研第二研究所! ヒカルノさんからだ! なになに……『やあ、うら若き少年少女たち。何やら大変なことになってるね。ささやかながら私らも手助けするよ。送ったものは好きに使ってくれたまえ』……か。ありがたい!」

 

「すごいんだよー? たくさん送ってきてくれたんだー。この後もじゃんじゃんくるよー。はいこれ内訳」

 

 本音が見せてきたタブレットの画面を覗き込むと、そこには打鉄弐式の改修に使用しても余りあるほどの量の武器、装甲、その他資材が記されていた。

 

「よし……! これで弐式の作業ができる! おーい! 弐式の方も始めまーす!」

 

 瑛斗の一声に待ってましたと集まってくる女子生徒たち。

 

「手順はさっき確認した通りに! 分担してお願いします!」

 

 少年の顔は消え失せ、本人の言う研究者でなく、技術者然とした顔が現れる。

 

「ちょうどいい! 簪も手伝ってくれ! 火器管制システムの調整はお前にしかできない!」

 

「は、はい……!」

 

 簪も呼ばれて瑛斗と一緒に弐式の元へ。

 

「私もいくいく〜」

 

「本音、あんまりはしゃがないの。また転ぶわよ」

 

 それに布仏姉妹もついていき、取り残されまいとシャルロットとラウラも瑛斗に歩み寄る。

 

「瑛斗、僕に出来ることはある? なんでも手伝うよ!」

 

「私もある程度の知識は有している。使ってくれ」

 

「助かる! じゃあ二人は一夏たちも呼んで各自のISの調子を見てくれ。各数値はお前たちの最新のデータ使ってるから異常はないと思うけど、何か気になることがあったら言ってくれよな」

 

 瑛斗の言葉に従い、二人は他の専用機持ちたちを呼び寄せるべく行動に移った。

 

 ◆

 

「はあ。まさかこんな時にこんな面倒なデスクワークがあるとは……」

 

「ボヤいてないで、手を動かしてくださいまし」

 

 悩ましくため息をつく鈴と、それを視線を合わせずに諌めるセシリア。

 二人がいるのは校舎内にいくつか存在する多目的教室の一室。校舎が破壊されたことは確かだが、被害は小規模に留まっている。破損区画とその付近を閉鎖しても、使える部屋は有り余る。

 そして二人の向かう机の上には、書類が山積みなっていた。

 そのほとんどが企業からの物資受取確認の書類だ。

 

「大体なんなのよ、頼んでもないのに勝手にいろいろ送りつけてきて、その上きっちりお金を取ろうなんて! 世界がどうなるかってのに意地汚いにも程があるわよ!」

 

「商魂たくましいと言ってくださいな。それに鈴さんが直接お支払いなされるわけではないのですし、いいじゃないですの」

 

「それはそうだけどさ……」

 

「いち経営者として言わせてもらえば、これは当然ですわ。慈善事業ではありませんのよ?」

 

 例外な方々もいるようですが、と続けてからセシリアはペンを置いて外を見た。ここからでも外の様子は確認できる。

 自分の専用機である《ブルー・ティアーズ》らしき機体が見えたが、送られてきた資材が惜しげも無く使われているらしくシルエットはかなり大きくなっていた。

 

「……まあ、今更こちらが何を言っても遅いですわ。諦めて早く終わらせてしまいましょう」

 

「そ、そうね。幸いゴールも見えてきたところだし。さっさと━━━━」

 

 ガラ、と扉が開く。

 

「鈴さん、セシリアさん、先生に頼まれて追加の書類持ってきました」

 

「……おまちどう」

 

 蘭と梢。一年生専用機持ちコンビのダメ押しだ。

 

「………………」

 

 出来上がったもう一つの書類の山に、鈴はいよいよ凍りついてしまう。

 

「あ、あら、お二人とも。ご苦労さまですわ。お、おほほほ……」

 

 さすがのセシリアも笑う顔を引きつらせていた。

 

「こういうお仕事ってまさに代表候補生って感じですよね! すごいです!」

 

 対して蘭は他意などこれっぽっちもなく純粋に憧憬の念を向ける。だが今の二人にはあまり効果はない。

 

「瑛斗さんたちも外ですごく張り切って作業してますよ」

 

「そ、そうですか。つかぬことをお聞きしますが、そちら……オランダからの物資は?」

 

「来てることには来てますが、マーシャル社からは何も。代わりのものが政府経由で届いてます」

 

「つ、つまりわたくしたちのような確認の書類にサインすることもないと?」

 

「二、三枚はありましたけど、私が知った時にはもう梢ちゃんがやっておいてくれたみたいで」

 

「……? 凰鈴音?」

 

 蘭とセシリアの会話を見ていた梢は凍りついていた鈴が小刻みに震えているのに気づいた。

 

「う……うわあああああ!」

 

 咆哮一発。小さな猛獣は書類を床にぶちまける。

 

「り、鈴さん!?」

 

「もう限界! もう無理! いつよ! いつになったら終わるのよこの地獄は!」

 

「鈴さん、落ち着いてくださいまし!?」

 

「……どうどう、どうどう」

 

「馬かアタシは! ズルいわよ! アンタたちだけ不公平だわ!」

 

「わ、私と梢ちゃんも手伝いますから頑張りましょうよ、ね?」

 

 荒ぶる鈴をなだめているとまたしても扉が開いた。しかし今度は盛大に、勢いよく。

 

「蘭!!」

 

『!?』

 

  ふいに聞こえた聞き慣れぬ()の声に全員が顔を扉の方に向けた。

 そこにいたのは━━━━。

 

「お、お兄!?」

 

 五反田弾。一夏や鈴の中学からの親友で、蘭の兄。そして虚の彼氏である。

 

「……っ! らあああああん!!」

 

「ひゃっ!?」

 

「よがっだああああ! 無事だっだああああ!」

 

 周りに目もくれず妹を抱きしめ、号泣する弾。その場の誰もがポカンとしてしまう。

 

「おーい、弾! あんまり急ぐと……って、遅かったか」

 

 少し遅れて一夏も現れる。

 

「い、一夏さん、これは……?」

 

 蘭が尋ねると一夏は困ったような笑みのまま答えた。

 

「瑛斗の手伝いに来た虚さんについて来たみたいでさ。蘭が心配でいてもたってもいられなかったんだって」

 

「ついて来たって、そんな簡単に……」

 

「出来るわよ? 私が許可したんだもの」

 

「楯無さん?」

 

 いつの間にか入室していた楯無がパンッと広げた扇子には『絶対権限』と書かれている。

 

「私に仕えてるメイドの虚とその彼氏で私との面識もある弾くん。その二人くらいなら、いくら学園が非常時でも私の権限で入れることなんて朝飯前ね」

 

「あ、ありがとうございます、楯無さん。というかお兄! いつまでもくっついてないでよ!」

 

 弾は楯無が話している間ずっと泣いていたが、蘭が引き剥がしたことで一旦落ち着きを取り戻した。

 

「す、すまん、つい……」

 

「もう、家に連絡したじゃん。私は大丈夫だよって」

 

「電話なんかで安心出来るか! この目で確かめないと意味がない!」

 

 一度は引いた涙をまた溜めて、弾は蘭の肩に手を置いた。

 

「よかった……! 本当に元気そうで……!」

 

「……お兄……」

 

 涙ぐましい兄妹愛にうんうんと頷く一同。

 

「ホント仲がいいわねこの兄妹」

 

「あら鈴さん、羨ましいんですの?」

 

「べ、別に羨ましくなんてないし! ……ああもう! せっかくならこの書類の山を片付けてくれる人が来てくれればよかった!」

 

「まったく、素直じゃないんですから……」

 

 セシリアが苦笑するのと、一夏の携帯に着信が入るのはほぼ同時だった。

 

「シャルロットから? もしもし。ああ、今校舎の中にいる。うん。うん。……わかった。すぐに行くって言っておいてくれ」

 

 すぐに通話は終わった。一夏の言からして、相手はシャルロットだ。

 

「シャルロットさんはなんと?」

 

「専用機持ちを全員が連れて来てくれって。瑛斗が呼んでるらしい」

 

「やたっ! じゃあこの書類地獄も切り上げね!」

 

 まっさきに反応した鈴はスタコラと部屋から出て行ってしまった。

 

「鈴さん、結局やることになるというのに……仕方のない人ですわ」

 

 ◆

 

 外に行くことになり、鈴の後を追って廊下を進む蘭たちだったが、その中に一夏と楯無の姿はなかった。弾を別室へ案内するため一旦別れたのである。

 

「びっくりしたなあ。まさかお兄が来るなんて」

 

「……それだけ、蘭のことを心配していた」

 

 ボソッと聞こえた蘭のつぶやきを梢が拾うと、蘭はポッと顔を赤らめた。

 

「そ、そうかな。そうだよね。えへへ……」

 

「……きっとあのお爺さんも、来ようとしてたはず」

 

「た、確かに。お兄だけで来てくれて逆によかったのかな?」

 

 うむむ、と首を捻る蘭に、梢は微笑む。

 

「……いい、お兄さんだね」

 

「え?」

 

「……知ってはいたけど、こんな風に学園にまで来て蘭の安否を気遣うなんて、本当に好きじゃなくちゃ、できないと思う」

 

「い、いやあ、そんな……あ!」

 

 はたと気づいたように、蘭は手を叩いた。

 

「梢ちゃん! お兄、梢ちゃんのこと全然気に留めてなかった!」

 

「……私?」

 

「そうだよ! お兄だって梢ちゃんのこと知らないわけじゃないんだから、梢ちゃんの心配もしてくれないと!」

 

「……私は、別に━━━━」

 

「うん! 後でガツンと言っておかなくちゃ!」

 

 止めようとしたが蘭はすでに意気込んでいた。

 

(……止める理由は、ないか)

 

 そう判断した梢はまた違う言葉を紡いだ。

 

「……蘭、またお店のお手伝い、してもいい?」

 

「え?」

 

 それ以上梢が続ける言葉はなかったが、ほんのり赤くなっているその頬を見て、蘭は笑顔を咲かせた。

 

「もちろん! 梢ちゃんなら大歓迎だよ!」

 

「……そう。なら、よかった」

 

「じゃあ次の長いお休みに! 絶対だよ! 約束だよ!」

 

「……うん。約束」

 

 やったー! また梢ちゃんと一緒に働ける! と喜ぶ蘭。梢には蘭の心が弾んでいるのがよくわかった。

 しかしながら、なぜ自分がこのタイミングでこんな話を切り出したのか、それだけはわからないでいる。

 先ほどの弾と蘭の二人の見せた光景が、あの夏の思い出を恋しくさせたのだろうか。

 

(……それでも、やめる理由は、ないか)

 

「行こ、梢ちゃん!」

 

 梢は蘭に手を引かれ、共に秋の日差しの差す外へと出た。

 

 ◆

 

 海に面したIS学園の防波堤。ここからは空と海の狭間に浮かぶアルストラティアがよく見える。

 斜陽を受けて輝く浮遊城は、荘厳でありながら、どこか空虚な印象を抱かせる。

 

「………………」

 

 防波堤の先端部に、千冬はいた。

 

(あそこに、(あいつ)がいる……)

 

 目を閉じれば、忌まわしい過去の光景が蘇る。

 世界を変えてしまった選択。

 守るべき友を失った選択。

 だが、後悔などはとうの昔にやりきった。今は残されたこの道を歩いていくことのみを考える。

 二つの道が、再び交わると信じて━━━━。

 

「よう、奇遇だな」

 

 波音の間に聞こえたフランクな声に、目だけを動かした。

 

「コーリングか。何の用だ?」

 

 現れたイーリスは、いつも変装用につけていたサングラスをつけていない。学園中に存在がバレているのだ。今更必要もないのだろう。

 

「へへ、用ってほどのもんじゃねえさ」

 

 千冬の隣であぐらをかいて座ったイーリスは手を日避けにして千冬と同じ方向に目を凝らした。

 

「おーおー、こっからだとさらによく見えるな。今から楽しみだぜ、あそこに乗り込むなんてよ」

 

「血の気が多いことだ。どうだ、お前がシゴいたうちの生徒は」

 

「フォルテか? 叩き込めるだけのことは叩き込んでやった。あとはあいつ次第だ。アンタはここで何してたんだ? サボりか?」

 

「お前なら耐えきれんだろう仕事をこなしていたよ」

 

「ハッ、言ってくれるぜ」

 

 小さく笑い合った二人。ふいに学園の方から大きな大きな歓声が聞こえた。

 

「どうやら、あいつらのISも改修が終わったようだな」

 

「へえ、一日ちょっとで終わらせるたあ、大したやつらだ」

 

「……ではな。お前も十分に休んでおけ。今度の作戦はお前も経験したことのないほどハードだからな」

 

「待てよ。もう少しくらいいいだろ?」

 

「なんだ。用はないんじゃないのか?」

 

「悪い、やっぱあった」

 

 意地悪く笑ったイーリスに千冬は短いため息をついて体を向けた。

 

「……簡潔にな」

 

「安心しろ。すぐに終わる。一言言いたいだけだ」

 

 びゅう、と風が吹いて二人の髪が揺れる。

 

「━━━━下手なこと、考えんじゃねえぞ」

 

 イーリスがそう言った意味が、千冬には理解できなかった。

 

「……どういうことだ?」

 

「その目、自分は犠牲になってもいいと思ってるやつの目だ」

 

「………………」

 

「あんたが何を背負いこんでるかなんて知ったこっちゃねえが、その目をしてるやつはろくな事考えやしねえ」

 

「まるで、経験があるかのような言い方だな?」

 

「あるからだよ。……のぼせ上がんなよ世界最強(ブリュンヒルデ)。あんたにゃ、背中任せられるやつがたくさんいるだろうが。あの巨乳メガネの嬢ちゃんとかな」

 

「真耶のことか?」

 

 そこだけ言われて想起出来てしまえたことが、ほんの少し申し訳なかった。

 

「ああ。あれはなかなか見所あるぜ。技術も知識も。生徒からの信頼だってある」

 

「同感だ。あいつは、きっともっと大きくなる」

 

「胸がか?」

 

「殴るぞ」

 

「冗談だよ。しかしあいつは将来有望だが、もうちょっと自分に自信を持つべきだな」

 

「……そのあたりも、同感だ」

 

「とにかくだ。アタシがこんだけ言ってやったんだ。つまんねえことやろうとしてんのがわかったら、ぶん殴ってやるから覚悟しろよ」

 

「妹からの殺人予告よりは気が楽だ。もういいか? 私も暇じゃないんでな」

 

「おう、行け行け」

 

 シッシと追い払われ、千冬は防波堤を後にした。

 

(よもや、あいつに指摘されるとはな)

 

 イーリスの言葉はおそらく出まかせで言ったものではなく、ずっと言おうと思っていたことなのだろう。

 そう考えると、少々複雑な気分だ。

 

(私も、いつまでもこのままというわけにはいかないか。だが……)

 

 だが今は、やることがある。イーリスの言葉に従うのは、その後でも遅くはない。

 千冬の足は、ワイワイと賑やかな声のする校舎前グラウンドに向かっていた。

 

 ◆

 

「あの、先生。俺に見せたいものって?」

 

 作業を終えた俺は、突然現れた千冬さんに連れられて地下特別区画にやって来ていた。

 改修を終えたみんなのISの最終調整は整備科の人たち任せている。本当は俺も最後まで携わりたかったけど、急を要するみたいだったからそうもいかない。

 

「そろそろ教えてくれてもいいじゃないですか。もう結構奥まで来ましたよ」

 

 だけど付いて来いと言われたきり、千冬さんは何も言ってくれない。なんだか不安だ。

 

「案ずるな。もう着いた」

 

 パネルを操作して、ロックを解除する。入るよう促された部屋にあったものを見て、俺は足を止めた。

 

「……っ」

 

 粉々になったISコア。《G-soul》だ。その隣には、その右腕も置かれている。

 

「……何の、つもりですか?」

 

「これがお前に見せたいものだ」

 

 部屋の明かりが落ちる。

 

「お前には、これがどう見える」

 

 暗くなった室内に、光が生まれた。暖かい。生命の息吹を感じさせる、柔らかな光だ。

 

「これは……? まさか……!?」

 

 光の源はG-soulの右腕。そして砕かれたコアも、同じ光を放っていた。

 

「そうだ。そのISは、まだ生きている」

 

 生きている。こんな変わり果てた姿になっても、G-soulはその輝きを失っていなかった。

 

「どうして……。コアは、破壊されたはずなのに」

 

「お前も見ただろう? 私が白騎士のコアを両断した時も、やつはまだ死んではいなかった。コアの破壊、イコール、死というわけではないようだ。だが大きな要因は━━━━」

 

《ワンオフ・アビリティーだよ》

 

  背後から杖が床を擦る音と機械の駆動音が聞こえた。

 

「博士、くー……」

 

 博士のマニピュレーターに手を乗せて歩くクロエの目は閉じている。

 

「ワンオフ・アビリティーって……G-entrastedのことですよね?」

 

《そう。G-soulのワンオフ・アビリティーは他のISのエネルギーの吸収。それを自分自身の中でループさせてるんだ》

 

「でも、どうして今になって? 俺が最後に見たときは何も……」

 

 G-soulに近づいて手をかざすと、光は俺に反応するように一層強くなる。

 手のひらはまるで熱した鉄に近づけたように熱を感じていた。

 

「お前は、俺に何をさせたいんだ……?」

 

 答えはとても遠くに、でも手に入れることができそうな気がする。

 

 《……それを知るために、えっくんにはもう一度行ってもらわなくちゃいけない》

 

「行くって、どこに?」

 

《意識共有空間だよ。今度は、G-soulのね》

 

「G-soulの、意識の中に……」

 

《くーちゃんの《黒鍵》の力で、えっくんとG-soulのコアの意識を共有させるんだ》

 

 暮桜にやったみたいにね。と続く。

 

《くーちゃん、また頼むよ》

 

「はい。休養もとりましたし、昨日のようなことにはもうなりません」

 

 くーは、一歩前に出て金色の瞳を露わにする。

 

「瑛斗さま、今回ダイブする意識空間はおそらくとても不安定です。私も同行いたしますが、気をつけてください」

 

「……わかった。行こう」

 

「では、お手を」

 

 差し出された小さな手を取る。

 

「コード。ワールド・パージ……」

 

 さらに激しさを増した光が世界を塗りつぶし、俺はまた、別世界に引き込まれた。




というわけで元旦に最終章開始です。
完結まであと少しですが、今年もどうぞよろしくお願いします。
さて、本編は出撃への準備回でした。しかし確実に物語は動いています。
イーリスはシリアスもコミカルも出来る良キャラなので助かります。
次回は出撃前夜。瑛斗がG-soulとの対話を試みる裏で、少女たちはある決意のもとに行動を起こします。
それでは次回もお楽しみにっ!

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