IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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お待たせしました更新です。


RE:turn 〜または空に浮かぶ道化師の城〜

『本当にやるのか?』

 

『仕方ないよ。もう他に手段もない』

 

  誰もいない静かな埠頭。並び立つ二人の少女が、海を見ながら話している。

 

『だが他の方法も……』

 

『探した結果がこれなんだよ。みんなで決めたことでしょ? どんなことをしてでも、知ってもらうんだって』

 

『………………そうだな。時間だ。始めよう』

 

  嘆息した少女の身体が白光に包まれ、鎧を纏う。

 

 さながら()()()()のよう。

 

『頼んだよ。ちーちゃん』

 

『任せろ。束』

 

  白い鎧を纏う少女が水平線の向こうへ飛び立った。

 

「これは………」

 

「━━━━白騎士事件。その始まりの瞬間だ」

 

  聞き慣れた声に振り返る。

 

「来たな。お前たち」

 

「待っていたよ」

 

「千冬姉……」

 

「姉さん……」

 

  世界最後(ブリュンヒルデ)。織斑千冬。

 

  天才。篠ノ之束。

 

 二人の姿が、俺たちの眼前に現れた。

 

「……くーちゃん、ありがとう。大変だったよね。ご苦労様」

 

 小さな 立体映像(ホログラム)ではない、通常サイズの実体として存在する篠ノ之博士は、くーに微笑んだ。

 

「束さまに救われたこの命、束さまのために使えるならば本望です」

 

  くーも、今までの張り詰めたような真剣な顔つきを少しだけ緩めて、笑ってみせる。

 

「姉さん、ここは暮桜の中にある世界だと聞きました。では、今見えているこの光景は……」

 

「そうだよ箒ちゃん。これは私とちーちゃんと暮桜の記憶を統合した世界。言うなれば規格外に巨大なシアターさ。この景色は私とちーちゃんを中心にしてる。だからこうすると━━━━」

 

  博士が指を鳴らすとまるでフラッシュを炊いたような一瞬の強い光に目が眩んだ。

 

  目を開けると、数多の星がちりばめられた果てのない空間が視界に飛び込んだ。

 

「………!?」

 

  宇宙が、広がっていた。

 

  首を巡らせれば、一夏やシャルたちが視界いっぱいに広がる光景に驚きを隠せないでいるのも見える。

 

  広大無辺。目に見える全てを包み存在する虚無。

 

「こうして暮桜の記憶を辿ることもできるんだよ」

 

「これが、暮桜の中の記憶……」

 

  箒のつぶやきも、俺たちの横を流れる星屑に溶けて消えていく。

 

「……………見て! 何か見えてきたわ!」

 

  鈴が前方を指差す先には、虚無の中に浮かぶ、蒼い星。

 

  少しして、前進する感覚が消えた。

 

「綺麗……」

 

  この異常な状況にもかかわらず、簪が感嘆の声を漏らした。俺は仕方ないと思った。

 

 なにせ、本当に綺麗なのだから。

 

  七割ほどを占める蒼。そして、そこに浮かんでいる緑の陸地。その星は、まるで俺がツクヨミの展望フロアから見ていた地球のようで……。

 

  ━━━━でも、異変が起きた。

 

  蒼い星の中で突然の爆発。俺たちのいる場所からじゃあ星は手のひらくらいの大きさしかないのに、爆発の規模がはっきりとわかる。

 

  そしてそれは自然に発生したものじゃない。明らかに人為的なものだ。

 

  似たような爆発が数回起こり、美しかった星は瞬く間に毒々しい赤に染まり、その輝きを失った。

 

 さっきから常識を外れたことが起こっていることは理解できる。だけど俺は不思議と冷静だった。

 

 この現象も、()()() ()()()()()()()()()()()

 

「桐野、お前はあの場にいなかったな」

 

  博士の隣に立つ織斑先生……千冬さんが俺をまっすぐな目で見つめてくる。

 

「今の光景を、お前はどう見た?」

 

「星の死……でも、あれは星の寿命なんかじゃない。あれは━━━━」

 

「そうだ。その星が持っていた文明が、星を滅ぼした」

 

「文明が……星を…………」

 

  淡々とした調子で放たれた言葉が、胸に突き立つ。星の色を変えてしまうほどの災禍なんて、想像もできなかった。

 

「今一度話そう。暮桜はそれを望んでいる」

 

  千冬さんの言葉の後、見えていた宇宙の景色が逆行し始めた。近かった星もどんどん遠くなっていく。

 

「あの星に息づく生命は、人類がその域に到達するには遥かな時間を費やさなければならないほどに発達した文明を有していた」

 

  千冬さんと篠ノ之博士。二人の語り部は交互に言葉を紡ぎ、紡がれた言葉は宇宙の彼方に消えていく。

 

「その生命達はあの蒼の星で互いに支え合い、分かち合い、助け合って共存していたんだ。でも……いつしかその関係は崩れた」

 

「初めは大規模な資源の奪い合いだったかもしれないし、他愛のない『個』と『個』のいがみ合いだったかもしれない。長い長い争い中で、二つの勢力に分かれた生命たちの中に争いの発端を知る者はいなくなった。ただ極限まで高度化した技術がいたずらに消費され、命は磨耗し……………そして、彼らは旅立った」

 

 暗黒の空を駆ける俺たちを追いかけるように、二つの光が飛来してくるのが見える。

 

「争いを続ける二つの軍勢。それぞれの中から、新たな居住圏を見つけるために故郷の星を離れて、銀河を渡り、何千何万という途方も無い時間を旅した。そしてたどり着いたんだ」

 

  語る間にも目まぐるしく流れていく無数の銀河。

 

  不意に、見慣れた()を持った星が横切るのが見えた。そして幾つかの惑星が流れていく。

 

  旅立った光が求めた場所とは……。俺は予感めいたものを感じて口を動かした。

 

「━━━━地球」

 

「……そうだ。彼らが新天地に選んだのは、母星によく似た地球という星だった」

 

  俺たちは白と紅の二色(ふたいろ)の光と共に、地球に静かに降り立った。

 

  そこで今まで見えていた光景は消えて、俺たちはまさしく無となった闇の中に投げ出された。

 

「今のが、記憶……?」

 

  ずっと俺の傍にいたエリナさんがひとりごちる。

 

  これが暮桜の、ISの記憶だというのなら、ISは━━━━

 

「ISは、外宇宙から来た意思を持った生命……千冬姉と束さんは、俺たちにそう話したんだ」

 

  一夏が俺とエリナさんに告げる言葉は俺も理解はしていたが、しかし、信じきれていないものだった。

 

「……まだわからないことがある。ISのコアの絶対数は四三六個だ。けど今降りてきたのは二つだけ。先生、博士、話はこれだけで終わるわけじゃありませんよね?」

 

「うん。ここから先はまた私と、ちーちゃん、そして暮桜の物語だ。私達の軌跡、しかと見て欲しい」

 

  博士を起点にして、闇の中に景色が戻る。

 

  スクリーンに映し出されるようにして現れたのは、夕日の差し込む、どこか見覚えのある風景。

 

  「これは……篠ノ之神社(うち)か?」

 

  箒の言う通り、篠ノ之神社だった。でも敷地の奥のようで、夏休みにお邪魔した住居は、少し離れたところに見えている。

 

『束、見せたいものとは何だ?』

 

『えっへへー♫ 内緒だよー!』

 

  後方から、揃いの制服姿の幼い博士と千冬さんがやって来る。

 

  蘭と戸宮ちゃんが反射的に道を開けて、少女二人はどんどん進む。

 

『さあ! 到着ですっ!』

 

『どこに連れてかれるかと思えば……使ってない土蔵か? 勝手に入ると柳韻先生に怒られるんじゃないか?』

 

  『へーきへーきっ!そんなことより、昨日の夜に見つけたの!まだ誰にも教えてないんだよ! ちーちゃんもきっと驚くよ!』

 

  重い扉が開き、土蔵の中が見えた。仄暗い蔵の奥に何か光るものがあった。それは俺たちにとっては見覚えのある形状をしている。

 

『ちーちゃんに一番に見てもらいたかったんだ! どうどう!? 綺麗でしょ!』

 

  踊るように土蔵の中に入って、博士が興奮気味に手に取ったそれは、

 

  ━━━━ISのコアだった。

 

『ああ。そうだな』

 

『え!? それだけ!?』

 

『確かに綺麗だ。だがそれ以上になんと言えばいいかわからん。もういいか? 一夏を迎えに行く』

 

  そっけない対応から、踵を返した千冬さん。

 

『もー、ちーちゃんのいけず! こんなに綺麗なのに━━━━』

 

  突如、閃光が迸る。

 

『!?』

 

  異変に気づいた千冬さんが振り返ると、手に持った結晶から発せられる紅色の光に包まれながら、篠ノ之博士が目を見開いていた。

 

『たっ、束!?』

 

  光が収まり、ぐったりした様子で立ち尽くす博士が残される。

 

『束? 大丈夫か? 今のは何だ?』

 

  博士に駆け寄る千冬さん。

 

『…………っ!?』

 

 しかし、何かに感づいたように後ろに飛んだ。

 

『束……なのか?』

 

『た……ばね………たばね……束。篠ノ之、束。この生命の名前ですか』

 

  その口調は博士のものとはかけ離れていた。まるで()()()()が乗り移ったみたいに。

 

『……お前は誰だ! 束じゃないな!』

 

『この星における名は、まだありません。私はこの身体を通してあなたに語りかけています』

 

『束をどうした!!』

 

『ご安心を。決して彼女の意識が消滅したわけではありません。彼女と意識を共有しながら、彼女の身体を借りているだけです』

 

『ちーちゃん。この子の言う通りだよ』

 

『束……!?』

 

  博士の話し方が、元に戻っていた。

 

『私は大丈夫。それよりちーちゃん、この子の話を聞いてあげて?』

 

『ありがとうございます、束。それでは千冬、手を……』

 

  差し伸べられた結晶に千冬さんが触れると、もう一度紅光が弾けた。

 

「この時、私は束が見たものと同じ景色を見た。今しがたお前たちが見たものでもある。そして知った。やつらが何をしにこの星に降りてきたのかを」

 

  現在の千冬さんが言い終えると、過去の千冬さんが飲まれていた光が消えた。

 

『……信じられん』

 

『ですが、これは事実なのです』

 

『ならば、もう一つの……お前とともに地球に落ちてきたものはどこにいる?』

 

『ここにいます』

 

  束さんの中の何かが、土蔵の奥から無色透明の二つ目のコアを持ってきた。

 

『度重なる跳躍で疲弊し、この星の生命で言うところの眠りについています。いつ目覚めるかはわかりません』

 

『だが……お前は私たちに何を望む? 私と束に出来ることなど……』

 

『あります。あなた方ならこの星と、私たちの星を救うことができます』

 

『…………やろうよ、ちーちゃん』

 

『束?』

 

『これも、きっと運命だ。私はちーちゃんと一緒ならなんだって出来る。二人でこの……いっくんや箒ちゃんのいるこの世界を救ってみようよ』

 

『…………………わかった。付き合おう』

 

『ありがとうちーちゃん! ……それじゃあ、あなたの名前を決めないとね』

 

『名前? 私のですか?』

 

『うんっ! これから一緒にやってくのに、名前も無いのはかわいそうだよ。そうだね………夕暮の桜……暮桜! あなたは暮桜! いいよねちーちゃん!』

 

『好きにしろ。だがこのことは一夏たちには秘密だ。どんな危険があるかわからんからな』

 

  俺たちが見ていた景色が萎んで、また夜のような闇が訪れた。

 

「私と束は、暮桜と名付けた異星の生命と共に秘密裏に行動することになった」

 

「だけど、これと言って何があるってこともなかった。私は暮桜にこの星のことを教えて、私は暮桜から与えられた知識と情報を元に、人間に使えそうな技術を使ってツールを作って、ちーちゃんはそれを試してくれた。そんな日々が続いて、私はついに暮桜たちの住む星で使われていた兵器と呼べるものに近いものを作り上げた」

 

 言葉の後に光が戻り、世界が色づく。場所はついさっきまでと変わらず土蔵の前だ。だけど時間が経過しているようで、土蔵の中はよく見れば近代的な、それこそ研究所(ラボ)みたいになっていた。

 

『出来たよちーちゃん! 暮桜の言ってたパワードスーツ!』

 

  いくらか現在の博士と容姿が近づいてきた過去の博士が、得意げに腰に手を当てる。その隣にはまさしくISと呼べる純白の鎧が佇んでいた。

 

『本当に飛べるんだろうな? こんな大きなもの、廃品回収もしてもらえないぞ』

 

『使う前から捨てる時の話するのはやめようねっ!』

 

『驚きました。いくら私の助力があるとはいえ、束がまさかここまでの能力を発揮するとは』

 

『暮桜、お前も突然束と入れ替わるな。驚くだろうが』

 

『すみません。しかし束のアイデアには脱帽です。眠ったままの()を流用して私たちの武器の類似品を作るとは』

 

『眠ったまま……? 束、まさかお前』

 

『そのとーりっ! 暮桜の近くにあったもう一つの結晶をコアに使いましたっ!』

 

『……………リスクは、ないのか?』

 

『彼は眠ったままです。私は束という依り代がいるのでこうして活動をしていられますが、それのない彼には……』

 

『まあいい。で、これはどれくらいまで飛べるんだ?』

 

『そりゃもちろんどこまでも飛べるよ! 多分!』

 

『多分なのか』

 

『千冬、束の言うことは的確です。この人間用に修正したパワードスーツは、人体に影響なく成層圏まで飛行することが可能ですよ。改善の余地もありますし、活動限界の成層圏を無限に広げることもできるでしょう』

 

『無限の成層圏……! かっこいい! インフィニット・ストラトス! よし! 決めた! これの名前はインフィニット・ストラトスだ!』

 

無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)……。お前のセンスはいいんだか悪いんだかわからないな』

 

『いやあ、それほどでも!』

 

『褒めてないが……まあいい』

 

  さらっとISの名前が決定していた。

 

『じゃあ早速成層圏まで行ってみる?』

 

『行くかバカ』

 

「この時は、純粋に楽しかった。でも、それはある日終わりを告げたんだ」

 

  博士の言葉の意味を考える前に、答えとなる映像が流れる。

 

『束!』

 

  土蔵の中に入った千冬さんの視界に驚くべき光景が飛び込む。

 

『ちーちゃん……大変なことになったよ』

 

  地面にへたり込んだ束さんの前には、()()()I()S()()()が転がっていた。

 

『これは、暮桜と同じ……』

 

『その通りです、千冬』

 

  博士が持っていたコア状態の暮桜が博士を通して千冬さんに告げる。

 

『私たちの星から来た……来てしまったのです……』

 

『どういうことだ! お前は言ったはずだ! 自分が呼ばなければお前たちの仲間は来ないと!』

 

『確かにそのはずです。そして私は合図をまだ出していない』

 

『ではなぜ!』

 

()だよ、ちーちゃん』

 

『束?』

 

『いるじゃないか。暮桜ができるなら、彼にだって出来たって不思議じゃない』

 

  博士が視線を向けたのは、あのパワードスーツだった。

 

『そうか……! 彼はすでに覚醒している!』

 

『っ!』

 

  千冬さんがISに掴みかかる。

 

『お前がやったのか……! 答えろ!』

 

  だけど鎧は無言を貫き通したまま。

 

『無駄です千冬。彼は外部との接触を完全に遮断しています。おそらく、この状態になってから目を覚ましたのでしょう。そして自身を(しるべ)とし呼び寄せているのです。私たちの星の住民を』

 

『あと、どれくらいの、数が来る……』

 

『そこまでは把握しきれません。ですが、彼らは疲弊しています。目を覚ます前に以前束の作った制御プログラムを使い、仮死状態にしましょう』

 

『制御プログラム……束、お前いつの間にそんなものを…………』

 

『最悪の事態を考えてね。……もう、私たちだけの秘密にはしておけないみたいだ』

 

『どうする気だ?』

 

『公表するんだ。━━━━この事実を』

 

「私は全てを話した。過去に遠い星で何があって、何が来たのかを説明するために。でも…………」

 

『飛び入りでやって来て、臆することなく高らかに説明する君の発想力は興味深い。だが……その、地球の危機とやらはいつ来るのかね?』

 

『それは……』

 

『これ以上は時間の無駄だ。帰りなさい。少女の夢物語に付き合う暇はない』

 

『…………………』

 

「結果は散々だった。ISに興味は示しても、誰も私たちの主張は聞いてはくれなかったよ。でも私の()()は政府に目をつけられた。暮桜のもたらした技術が悪用されることを恐れた私は逃げた。箒ちゃんに何も言わず、何も言えずに。そして私は後に白騎士事件と呼ばれる事件を起こした。作らないと決めたはずのIS用の武器を作って、名前も無かったパワードスーツに《白騎士》の名前をつけて、ちーちゃんにミサイルを落としてもらった」

 

  アルバムの中の写真を見るように、静止した白騎士事件の風景が現れては消えていく。

 

  全身装甲(フル・スキン)の純白のISがプラズマブレードを振りながら、寄せ来るミサイルを切り裂き、空を舞う。

 

『だけど、これは重大な過ちだった』

 

「ISの存在を知らしめ、世界に発信する…………確かにISは世界に広く認知された。━━━━()()として」

 

  千冬さんの言い回しから、結果は博士の望むものではなかったとわかった。

 

「その後もコアは地球に、白騎士の元にやって来た。私は暮桜と白騎士を連れて世界中を飛び回った。逃げる意味と、企業にISコアを提供するためにね」

 

  流れていく静止画の中の博士が、より今の姿に近づいていく。どこかの企業と取引をしているようだ。

 

「白騎士事件の結果を受けて、私は考えたんだ。気づかないなら、気付くまで待とうってね。白騎士のデータを開示して、それと一緒に未覚醒のISコアを提供。そこで私はもう一つのセーフティを掛けた。『ISは女性にしか使えない』。生物学上、野心家の少ない女性ならたとえ強大な力を持っても濫用する可能性は低いからね」

 

「瞬く間に世界はISに染まった。モンド・グロッソなどというISの祭典まで開かれるようになるほどにな。知っての通り、私も参加した。束にどうしても出ろと言われてな」

 

  千冬さんが視線を投げた先に、映像が浮かぶ。どこかのスタジアムのピットだ。

 

『お待たせちーちゃん! ちーちゃんのために作った新作ISだよ! その名も《暮桜》っ!』

 

『く、暮桜です。よろしくお願いします』

 

  無人展開のISがぺこりと頭を下げるような動きをする。

 

『…………………』

 

  それを見る千冬さんの表情は凍りついていた。

 

『……どういうつもりだ?』

 

『ちーちゃんにどこの誰が作ったかもわからないISを使ってほしくなくてさ。暮桜とは私と同じくらいちーちゃんも長い付き合いだし、この際ちーちゃんに預けてみようかなって━━━━』

 

『そうじゃない。暮桜を私に預けるということは、お前は、一人に……』

 

『問題ないない! 束さんは一人でもやれる強い子なのですっ!』

 

『しかし……』

 

『……大丈夫大丈夫! それより最適化(フィッティング)始めよ!』

 

  回り込んだ博士にぐいぐい背中を押されたISスーツの千冬さんの肢体が、《打鉄》を思わせるシルエットを持つIS……《暮桜》に包まれていく。

 

『んっ! これでよし! ちーちゃん、暮桜、具合はどう?』

 

『……………不思議な感覚です。千冬をこんなに近くに感じるのは初めてだ』

 

『同感だ。お前は、白騎士と違って温かい』

 

『オーケー! 暮桜の声はマイクロスピーカーから出てるから、試合中はオフにしておいてね。それじゃあ私はドロンするよ。でもちゃんと見て、応援してるよ!』

 

『お、おい束』

 

『じゃねっ!』

 

  博士は千冬さんに何も言わせずにピットから出て行ってしまった。

 

『……千冬、束は無理をしている』

 

『わかっている。それを私に悟られないようにしているのもな』

 

『どうするのですか?』

 

『どうすることもできない。今は━━━━』

 

  割れんばかりの歓声が耳をつんざく。試合開始が近づいていた。

 

『……今は、目の前の勝負に勝つことだ』

 

  スタジアムへの入場口。その光の先へ千冬さんが消えていく。

 

「私はこの第一回モンド・グロッソで優勝し、ブリュンヒルデの称号を手にした。だがそんなものは私には意味は無かった。私が戦っている間も、異星からの移住者はやって来ていたからな。当時、すでにISコアは世界に三〇〇を超える数が存在していた。そして解決策も見つけられないまま、次のモンド・グロッソが行われることになった。そう━━━━第二回モンド・グロッソだ」

 

「……っ!」

 

  一夏が身じろぎする気配を感じた。

 

  景色が移ろい、静かな空間にまた歓声が響き渡る。

 

「決勝戦。開始直前になって、何者かから一夏を誘拐したとメッセージが来た。私は決勝を棄権し、すぐさま一夏を助けに向かった。場所はスタジアム近くの埠頭。奇しくもそこは白騎士事件の私の出発地点だった」

 

  さざ波が聞こえる埠頭。その一角にある倉庫の中に、暮桜を纏った千冬さんが突貫する。

 

『一夏っ!』

 

  まだ中学生の一夏が縄で縛られて眠っていた。特に怪我はしていない。

 

『よかった……』

 

『千冬! 後ろだ!』

 

  暮桜が叫び、弾かれるように千冬さんは振り返る。目前の海面が、不自然に盛り上がった。

 

『…………………』

 

『白騎士……!?』

 

  海を割って現れたのはすでにその形を失ったはずの《白騎士》だった。

 

『なぜこんなところに白騎士が!?』

 

  おどろく千冬さんを意に介さず、肉薄した白騎士がプラズマブレードを振り上げ斬りかかる。なんとか反応した千冬さんは《雪片弐型》によく似たブレードで受け止めた。

 

『暮桜! 誰が動かしてる!?』

 

『わかりません! 人間の反応が装甲内部に検知できない!』

 

『なんだと!?』

 

『ちーちゃん! 暮桜!』

 

  眼下の埠頭から博士の声が聞こえる。

 

『束か! どうなっている! こちらから白騎士に植え付けたデータはすべて消去して初期化しただろう!』

 

『私にもわからない! 白騎士が急に活動を始めて飛び出したんだ!』

 

『千冬、彼をここで止めなくては大変なことになります! 何としても倒しましょう!』

 

『元よりそのつもりだ!』

 

  斬り合い、削り合い、ぶつかり合い、白と紅が激闘を繰り広げる。

 

  千冬さんの猛攻を白騎士は全く無駄のない動きでいなしていく。操縦者はかなりの手練れのはずだ。

 

『正体を……見せろっ!!』

 

  それでも必死に食らいつく千冬さんの、下から上へ打ち出すような斬撃が白騎士の顔のフルフェイスマスクを一閃。剥がれ落ちた仮面の下の顔が露わになる。

 

『そんな……バカな………!?』

 

  白騎士の操縦者は、()()()()だった。

 

  どういうことなのか、という意味を込めた視線を現在の千冬さんに向ける。

 

「なぜ白騎士が私と同じ姿をしていたのかはまだはっきりとはわかっていない。私はそれを考えるよりも、奴を野放しにしてはならないという感情に突き動かされ剣を振るった」

 

  語る間も続いていた剣戟が、埠頭に立つISの腕部装甲を装着した博士の放った荷電粒子砲の一撃で数瞬途切れた。

 

『ちーちゃん! 今だよ!』

 

『はあああああっ!!』

 

  白騎士がエネルギー刃を発現した雪片に貫かれる。

 

『………………』

 

  表情を全く動かさない白騎士は、対峙する相手にギロリとその目を向けた。

 

『い……い、だろう………。敗北を、認めよう。 ……だが!!』

 

  切れ切れの言葉とともに白騎士が伸ばした左手。そこから一筋の光軸が飛び━━━━

 

『!』

 

  篠ノ之博士を刺した。

 

『束っ!?』

 

『彼女に、因子を埋め込んだ。これで━━━━』

 

『貴様ああああああっ!!』

 

  力を込められた止めの斬撃が白騎士を両断し、白の装甲は粒子になって風に消える。

 

『千冬! 逃しては!』

 

『わかっている!!』

 

  同じく両断された白騎士の本体━━━━コアへ千冬さんは手を伸ばす。

 

  でもその手は破片の片方しか掴むことはできず、もう一つの破片は空の彼方へ消えていった。

 

『くっ……! 束!』

 

  逃げた白騎士を追うよりも、倒れ伏した篠ノ之博士を優先した千冬さんが博士を抱き起こす。

 

『束! しっかりしろ! おい束!!』

 

『心拍は続いています。死んではいません』

 

『やつは『因子』と言っていた……! 答えろ暮桜! やつは束に何をした!?』

 

『……マーカーを付けたんです』

 

『マーカー?』

 

『この地球に、母星にいる私たちの仲間を呼び寄よせるための目印です。束はその目印そのものに……』

 

『束はどうなる!? 私はどうすればいい!?』

 

『千冬……あなたに出来ることは、残念ですがもう……………』

 

『なんだと……!?』

 

『ですが、私なら』

 

  展開していた《暮桜》が千冬さんと分離した。

 

『お前、何を……』

 

『私が束と完全同化し、埋め込まれた因子を無力化します』

 

『そんなことをしたらお前は……!』

 

『こうしている間にも、何も知らない白騎士や私の仲間たちが星から続々と跳躍して来ています。最悪の事態だけは防がなければなりません』

 

『………………』

 

『私は束の中で眠りにつく。しばしの別れです、千冬。いつか……また会いましょう』

 

  暮桜が光になり、千冬さんの腕に抱かれる博士に降り注ぐ。

 

「……程なく目を覚ました束は、自分の身に起きたことも理解していた。暮桜の言葉通り、コアが地球に来ることはなくなった。そして束はまた行方をくらました」

 

「私は白騎士のコアの半分をベースに新たなコアを作り出した。四六七個目のコア。最後のコア。白式のコア………だけど、白騎士が私に埋め込んだ因子は、ただマーカーの役目を果たすだけじゃなかったんだ。白騎士は因子の中に自分の意思の断片を混ぜてたんだよ」

 

「意思の断片?」

 

「真珠を作るために生きた貝に真珠の欠片を埋めるように、私の中の小さかった白騎士の意思は大きくなっていった。私を助けるために私と融合した暮桜を押し出してしまうほどに」

 

「それじゃあ、あの石像はその時に……」

 

「そうだよ。それから私は、白騎士に意識を乗っ取られそうになるのを必死に堪えながら生きてきた」

 

「白騎士の残り半分を見つけられればどうにかなるやもと、現役操縦者を引退した私も一夏を見つける際に情報提供をしてきたドイツで教官をする傍らで白騎士の欠片を探したが、赴任中は見つけることは叶わなかった」

 

「過去形ってことは、見つけられたんですか?」

 

「ああ。最悪の形でな」

 

  ふいに映像が消えて、今度は一面に白の世界が広がる。

 

  しかし妙だ。見える景色に、まるで接触の悪いテレビのようなノイズが発生している。

 

「うくっ……!」

 

  くーが呻き声を上げて座り込んだ。

 

「お、おい、くー?」

 

  声をかけると、くーの目から血の涙が流れていた。

 

「お前……!?」

 

「束さま、申し訳ありません……!」

 

「限界か……。くーちゃんが万全じゃない以上無理もないね。話したいことはほとんど話したし、見せたいものも見せられた。最後は、現実世界で話した方がいいよね。くーちゃん、ありがとう。もういいよ」

 

「はい……。ワールド・パージ、解除します………!」

 

  くーを中心に目がくらむ程の閃光が炸裂した。

 

 ◆

 

  光が収まるのを感じて、目を開ける。地下特別区画。俺たちは戻ってきていた。目の前には暮桜の石像がある。

 

「……あ? なんだ? もう終わったのか?」

 

  オータムが少し驚いた風に声をかけてきた。

 

「もうって、結構な時間経ったはずだけど?」

 

「瑛斗たちが光に包まれてから、まだ三分も経ってないわよ?」

 

  《こっちとあっちは時間の流れが違うからね。ちょっぴり得したとでも思ってよ》

 

  千冬さんが拾い上げたデバイスに、小さな博士が投影される。

 

「いまいち把握しかねるけど、その様子だと用事は済んだみたいね。ちょうど、こっちにも動きがあったようなの」

 

  スコールが横に一歩動くと、そこにはしおらしくなって立っている山田先生がいた。

 

「真耶ちゃん、要件を言ってごらんなさい?」

 

「は、はい。……襲撃者の残していったISの装甲の解析が終わりました」

 

「装甲?」

 

「アオイがここから離脱するときに解離(パージ)させた彼女の使ったISの右腕よ」

 

「それって……《G-soul》の右腕か!」

 

「瑛斗っ!?」

 

  跳ぶようにして部屋から出た俺は、G-soulのコアの残骸の元へ駆ける。透明な破片の山の横には見覚えのあるISの右腕が置かれていた。

 

  やっぱり《G-soul》だ。間違いない。

 

  「お姉ちゃん、実はね、お姉ちゃんたちから話を聞いたすぐ後に、アオイ・アールマインって人が学園に襲撃してきて、瑛斗のISが………」

 

「そうか……だが問題は━━━━」

 

  千冬さんの声が聞こえる前に人の倒れる音がして、部屋からどよめきが聞こえた。

 

「く、クロエちゃん!?」

 

 《かなり疲労してるはずなんだ。悪いけど、休ませてあげてくれないかな?》

 

「だそうだ。更識、頼めるか」

 

「はい。では医療棟に運びます」

 

「教官、私も行ってもよろしいですか」

 

「……いいだろう」

 

「ありがとうございます。楯無さん、行きましょう」

 

  くーを抱えた楯無さんとラウラが出てきた。

 

「くー、大丈夫そうですか?」

 

「わからない……。とりあえず上の医療棟に連れて行くわ」

 

「瑛斗、その………だな」

 

  ラウラがまごついている。何か言いたいことがあるみたいだ。

 

「私もこのクロエ・クロニクルに気になる節がある。だから私も楯無さんと一緒に行く。だ、だがっ、私にできることがあったら言ってくれ。力になる」

 

  俺とG-soulを交互に見ながら、ラウラは優しくそう言ってくれる。

 

「……………ありがとう、ラウラ」

 

  上手くできたか自信はないけど努めて笑ってみせて、ラウラと楯無さんを見送った。

 

「聞いたぞ。コアを破砕されたようだな」

 

  俺の横に千冬さんが立つ。

 

「本当にアオイ・アールマインだったのか?」

 

「はい。あれは………あの顔は、所長でした。自分の使うISを《G-HEART》と呼んでいて」

 

 《G-HEARTか……。懐かしい名前だね》

 

「知ってるんですか?」

 

 《もちろんだよ。だって、そのISはちーちゃんと戦うはずだったんだもの》

 

「え……?」

 

「第二回モンド・グロッソ決勝戦の私の相手は、他でもないアオイ・アールマインだった」

 

「所長と千冬さんが……?」

 

「今でも覚えている。準決勝でイタリア代表を圧倒した彼女の強さ。……正直なところ、私もまともに戦っていたとしても勝てたかどうか自信がない」

 

「所長は、そんなことこれっぽっちも………………」

 

  ふと、俺は疑問を感じた。

 

「……え? 所長が第二回モンド・グロッソに? おかしいじゃないですか。所長は俺とツクヨミにいて………」

 

「ああ。確かにお前は宇宙にいた。だがアオイ・アールマインが地上にいたのも事実だ。強力な暗示をかけられていたお前の記憶が操作されているという可能性も捨てきれない」

 

「そんな……そんなのって………!」

 

「ブリュンヒルデ、もうそれくらいにしてくれるかしら?」

 

  スコールが俺と千冬さんの間に割って入る。

 

「私の仕事用の携帯に上で大変なことになってるからあなたを連れてきてって連絡が来てるの。あなたはそっちに行ってくれる?」

 

「しかし……」

 

「この子たちの検査だってまだしてないのよ? みんながみんな、あなたのように丈夫じゃないことはあなたが一番わかってるはずよ」

 

「…………わかった。後のことは任せる。━━━━桐野」

 

  篠ノ之博士のデバイスを差し出された。

 

「引き続き、これはお前が持っていろ。何かの役には立つはずだ」

 

  受け取ると、千冬さんはラウラたちとは別方向の通路へ進み、地上に向かって歩いていった。

 

「…………………」

 

「瑛斗、思うところはあるだろうけど、今は身体のことを考えなさい」

 

「…………ああ」

 

  俺たちは医療棟へ繋がる通路を進んで、地下特別区画を後にするのだった。

 

 ◆

 

「う………」

 

  目を覚ましたクロエは、自分がベッドに横たわっているのを感じた。

 

「気がついたか」

 

  目は閉じているから声しか聞こえないが、人の気配がすぐ近くにある。

 

「ここはIS学園の医療棟の一部屋だ。お前は倒れたのだ」

 

「ええ……。わかっています、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「…………………」

 

  警戒するような沈黙に、微笑みを向ける。

 

「こうして会うのも話すのも、初めてですね。何か用事があるのではないですか?」

 

「…………あなたは、私と同じ遺伝子強化素体(アドヴァンスド)なのですか?」

 

「確かに私はあの研究所の装置の中で生まれました。C-〇〇三六。それが私の番号」

 

「私よりも番号が若い。私の姉、ということになるのですね」

 

「そうかもしれませんが、それは過去の私です。今の私にはクロエ・クロニクルという束さまからいただいた名前があります。番号ではなく、名前が。……あなたもそうでしょう?」

 

「ああ。違いない」

 

  二人の間に、小さく短いが、確かに笑い声が響いた。

 

「ところで、瑛斗さまたちは?」

 

「検査を終えたころだろう。私も先ほどまで受けていたところだ。死んだはずのアオイ・アールマインが生きていた……。あなたは何か知っているか?」

 

「あのアオイ・アールマインは、クラウン・リーパーの手先になっています」

 

「一夏も言っていたが、それは確かなのか?」

 

「私と束さまは、クラウン・リーパーと行動を共にしていました」

 

「っ!?」

 

「束さまはあの男の持つただならぬ雰囲気を感じ取ったのです。そして接触を図り、同盟関係を結ぶという形で監視することにしました。束さまは彼を実際に一目見たことで確信したそうです。━━━━彼が白騎士を所持していると」

 

「……博士の睨んだ通りになったということか。危険とは思わなかったのか?」

 

「例えそうだとしても、私はあの方にどこまでも付いていくと決めました。あの方は私に、『生きる』ということを教えてくださった……。ならば、その恩に報いるのが道理と言うものです。例えこの身が、どれほどの業を背負うことになっても」

 

「やつは何をするつもりだ。一体どうやって世界を滅ぼそうと?」

 

「今の彼には、それができる力があります」

 

「力?」

 

「もはや猶予はありません。このままでは本当にこの世界は、この星は破滅します」

 

  クロエの嘘偽りの一切ない言葉に固唾を呑むのと、ラウラの携帯に電話が入るのは当時だった。

 

「シャルロットか。どうした?」

 

『ラウラ! 校舎の食堂まで来てっ!』

 

「な、何があった?」

 

『クラウンがまた電波ジャックしたんだ!』

 

「なんだと!?」

 

  ラウラに目だけを向けられたクロエは全て理解して頷く。

 

「…………わかった。すぐに行く」

 

  ラウラは通話を終えて、クロエに一礼してから部屋を飛び出した。

 

 ◆

 

  検査を終えて、これからどうしていこうかとみんなで考えようと無事だった校舎中央棟のの食堂に入った直後、大画面テレビに三日前と同じ状況が映し出された。

 

  大写しになる、薄ら笑い。

 

  あの男━━━━クラウンが、また電波ジャックをしている。

 

「瑛斗! 放送はどうなっている!?」

 

  ラウラが走ってきた。さっきシャルが電話をしてたっけ。

 

「始まったところ。くーの方は?」

 

「問題ない。目を覚ました」

 

「二人とも静かにっ。彼が話し出すわ」

 

『全世界のみなさん、こんにちは。もしくはこんばんは。虚界炸劃(エンプティ・スフィリアム)総帥のクラウン・リーパーです』

 

  丁寧な口調で始まる導入まで、三日前と同じだ。

 

『さて、私がIOSを発表し、世界の男たちに決起を促した放送からはや三日。どんな反応があるかと楽しみにしていましたが、世界は我々の言葉をあまり現実的に考えてはいないようだ。ああ嘆かわしい。実に嘆かわしい。甚だ遺憾でございます』

 

  大げさな身振り手振りとおどけた口調。どこまでもふざけている。

 

『あまりにも嘆かわしいので━━━━』

 

  ピタリと動きを止め、クラウンは手を下ろした。

 

『世界を滅ぼすことにしました』

 

  映像が切り替わり、風景が画面に映る。

 

「これって……!?」

 

  蘭が息を飲んだ。崩れた校舎や抉れた地面。

 

「……リアルタイムの、学園の状況

 ……!」

 

  俺たち以外に生徒がいなくてよかった。きっと混乱していただろうから。

 

『いかがでしょう。これは我々が本気だという意思表示です。手始めにIS学園を襲わせていただきました』

 

  映像はそのまま、クラウンの声が聞こえてくる。

 

『この映像は決してCGなどではありません。この際だから知ってもらいましょう。IS学園はアラスカ条約に基づき運営されていますが、その実態は汚い大人たちの陰謀が渦巻いたある種の魔境なのです。事実、この映像も某国家の政府が設置した隠しカメラをハッキングしたもので撮影しています』

 

「隠しカメラって……! じ、じゃあ学園は四六時中盗撮されてるってわけ!?」

 

  鈴の言葉の後、このことをおそらく一番知ってる可能性があった楯無さんに視線が集中する。

 

  楯無さんは何も言わず、目を伏せて頷いた。

 

  映像が最初に戻り、クラウンの姿が見えるようになる。

 

『……………さて、それでは本題に入りましょう。みなさんにゲームのお知らせです』

 

「ゲーム……?」

 

『現在、虚界炸劃の拠点は秘匿されているのですが、これよりその秘匿を解除します。みなさんにお見せしましょう。我々の……虚界炸劃(エンプティ・スフィリアム)の城を!』

 

  クラウンが言うや否や、視界の端━━━━窓の外からの発光を感じた。

 

「な、なんだ!?」

 

  一夏たちも感じていたようで、窓の方へみんなで走る。

 

「な、なんだ……あれは……!」

 

  最初に言葉を発したのは箒だった。

 

  ここからでもはっきり見える。

 

  学園からそう遠くない海の上。

 

  巨大な構造物━━━━どこかの都市をそっくりそのままくり抜いてきたかのような巨大が、まるで飛行船のように浮遊していた。

 

「あの大きさ……! この学園の総面積とほぼ同じですわ!?」

 

  《ブルー・ティアーズ》のセンサーで構造物をスキャンしたセシリアが悲鳴にも似た声を上げた。

 

「いったいどこにあんなものを隠してたってのよ!?」

 

『驚いていただけましたか? これが我らの城、アルストラティア!!』

 

「アルストラティア……」

 

  クラウンが言い放ったあの浮遊城の名前をシャルかつぶやくと、クラウンは口角をぐにゃりと吊り上げた。

 

『さあ、ゲームのルールを説明しよう! 簡単なことだ! 今からきっかり一週間以内に、この城を破壊すること! ただそれだけ! 実に単純明快! だが、この城を破壊することができなければ世界は終わりを迎える! 地は割れ、天は燃え、海は枯れるのさ!』

 

  その言葉に、俺は暮桜の世界で見たあの星の終わりを幻視した。

 

『時代錯誤な戦略兵器なんてナンセンスなものは意味を持たない! 世界を救う! この偉業を成すことができるのはIS、そしてIOSのみ!さあ、見せてくれ! 君の足掻きを! 君の抗いを!』

 

  突き出された指と視線が、まるで俺に向けられているかのように感じられた。

 

『無力な人間たちよ! 残り僅かな命を、存分に怯えながら生きるといい!』

 

  高笑いが数秒映されて、映像は終了した。

 

「瑛斗……」

 

「わかってる。クラウンが本腰を入れてきたんだ」

 

  初めて会った時の印象なんて、とうの昔に吹き飛んだ。あれこそ、あいつの本性。

 

  止めなくちゃいけない。今の俺に何がやれるのかわからなくても、その意志だけは変わっていない。

 

「クラウン・リーパー……お前の思い通りにはさせない! 絶対に!!」

 

  空に浮かぶ巨大な城に、俺は決意の言葉を投げた。




お待たせしました更新です!
オリジナル要素がガンガンに高まってまいりました。自分でも書いてて混乱してきてしまう次第です。
さて、次回はクラウンの行動に揺れる瑛斗、そしてIS学園にさらなる試練が。
次回もお楽しみにっ!

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