IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
━━━━火。
闇の中でゆらゆら揺れながら光る、真っ赤な火。
愛する人も思い出も、俺の大切なものを何もかも燃やしていく。
燃やして、
燃やして、
灰にする。
そのうち燃やすものが無くなって、火は消えた。闇だけが行き場を失い立ち尽くす。
その闇の中に、俺は一人。俺は独り。
「━━━━そう。あなたは一人。あなたは独り」
「………………」
消えたはずの火が灯る。
火は炎になり、冷たい青に色を変え、『ヒト』の姿を作った。
「あなたには、何もできない」
青い炎が、俺の身体を飲み込んでいく。
「あ……ああ…………!」
その炎は、熱くもなく、冷たくもない。ただ、俺の身体を灰へ変えていく。
「あ…………あ………!!」
「あなたには、何も救えない」
燃え盛る炎の奥から、優しく、慈しむような目が覗く。
「だからあなたも━━━━死んでしまいなさい」
「うわああああああああああ!!」
断末魔さえも、焼き尽くされて━━━━。
◆
「う…………」
蛍光灯の光が網膜を刺激する。
「ここは……………医療棟の、中か?」
そう理解した瞬間に、身体に痛みが走る。まるで内側から焼ごてでも押し付けられているみたいだ。
「うぐっ……! あ……が……っ!!」
痛みに震えていると、ドアが開く音がした。
「っ! 瑛斗!」
エリナさんが駆け寄ってきた。
「瑛斗、あまり動いちゃダメよ。あなたの身体のダメージは他の子たちよりも大きいの」
「他の子……? そうだ! シャルたちは……!?」
「みんな無事よ。怪我こそしてるけど、命に関わるようなものじゃないわ。それぞれ治療を受けてる」
エリナさんの言葉に胸を撫でおろす。
ふと、包帯が巻かれた腕を見た。
━━━━━━━━無い。
「G-soul……………?」
いつも左手首にあるはずの、俺の愛機の待機状態のブレスレットが無くなっている。
首に手を回す。セフィロトはある。ちゃんと、硬質なチョーカーの感触があった。
(…………………!!)
そして、気を失う前の記憶が、頭の中で弾けた。
「あ……!」
「瑛斗?」
「エリナさん……G-soulが………」
「…………………」
「俺……所長、と………!」
頭を抱える。夢を見ているような感覚だ。でも夢じゃない。あれは間違いなく、夢なんかじゃないんだ。
「G-soulのコアが砕かれた……! 所長は生きてて、でもワケのわからないことを言って、学園を……みんなを襲って………俺は所長と戦って……………!!」
「大丈夫。大丈夫よ瑛斗。落ち着いて。ゆっくり呼吸をして」
エリナさんが抱きしめてくれる。優しい匂いが、俺を包み込んだ。
「所長が生きて……でも、敵で……!」
エリナさんの服を掴んで、縋るように顔を押し付けることしかできない。
「俺は……負けて……っ!!」
「落ち着いて。大丈夫。大丈夫だから……」
「…………ったく。見ちゃいらんねえな」
エリナさんの後ろ。扉の方から、また声がした。
「………オー……タム?」
「いつものクソ生意気な態度はどうしたよ。情けねえぞガキ」
そこにいたのはオータムだった。
「あなた……! 状況がわからないの!? 瑛斗は今混乱して━━━━」
「だからこそ、動けるなら動かなくちゃならねえ」
オータムは靴音を鳴らしながら俺に近づく。
「来い。スコールが呼んでる。お前が最後だ」
「最後……?」
「お前以外のノビてたやつはみんな目を覚ましたってこった。急げ。時間はないらしい」
「……………………」
「瑛斗、無理はしないで。なんなら私が代わりに……」
「……いや、平気です。行きまっ━━━━」
ベッドの縁にかけた手が滑って、床に落ちそうになる。
(っ……!)
「ほらよ」
俺の腕を掴んでくれたのはなんとオータムだった。
「オータム……」
「立てるな?」
その問いかけに無言で頷いて、どうにかこうにか立ち上がる。
「よし、付いて来い。エリナ、ガキを頼むぞ」
「え、ええ」
先を歩くオータム。俺はエリナさんに支えられながらその後を追った。
◆
「瑛斗!」
医療棟の奥。『KEEP OUT』と書かれた札の貼られた分厚い扉から通路を進んで学園の地下に存在する地下特別区画に入ると、真っ先に気づいたシャルが俺の名前を呼んだ。
「シャル……みんな………」
一年生から三年生までの専用機持ちが全員集められていた。奥の方ではイーリスさんもムスッとした顔で頬杖をついて座っている。みんな包帯や絆創膏を身体に付けて、見ていて痛ましい。
「……みんな、怪我は大したことなさそうだな」
「絶対防御があったからね。でも、そんなのはいいの。おねーさんたちはみんな瑛斗くんのことを心配してたんだから」
「そうですか……」
「それで、その………」
「?」
楯無さんが視線を投げた先を俺も見る。
「一応、回収はしてもらえたのだけど……」
金属製のテーブルの上に置かれた、割れたガラスのように透明な砂粒たち。
「あ……」
肺の中に、冷たい空気が流れ込む。
直感し、理解してしまった。
《G-soul》だ。
この砂粒たちはツクヨミが作り上げたISの、成れの果て。
「G-soul……!」
エリナさんの支えを離れ、金属製の台に近づいて手に掬ってみると、すぐにサラサラと指の間からこぼれていく。
死んでいる━━━━。
頭に浮かんだのは、この言葉だった。そう言い表すことしかできなかった。
「瑛斗くん、君のISはもう……」
「……………っ!」
怒りとも、悲嘆ともつかない、重たく熱い何かが胃の奥で蠢くのを感じて、腕を組んで沈黙していたスコールを睨みつける。
「スコール……あれはなんだ……! どうして所長が生きてるんだっ!!」
叫ぶ俺に対してスコールは冷静な声で言い聞かせるように言った。
「あれはおそらく偽物よ。アオイは死んだの。あなただってわかってるでしょ?」
「そんなのわかってる! わかってるんだよ! 所長は死んだ! 俺はそれを見た! だけど! だけど……!!」
あの人は所長、アオイ・アールマインだった。あの笑顔は、あの声は、間違いなく、所長のものだった。
「現に所長が、目の前にいたんだ……!」
「……………きっと、私と同じなんだよ」
肩口から包帯を巻いているマドカが、複雑な顔をして瞳を揺らした。
「所長さんのことは、瑛斗が来る前にスコールから聞いたよ。……死んだ人は生き返らない。だから、
「作った……?」
「整形したってことか。お前がブリュンヒルデと同じ顔にされたように、誰かが、アオイ・アールマインと同じ顔に」
「…………………」
「巻紙先生、アンタは……!」
「おっと。私に怒るのは筋違いだぜ、織斑一夏」
「いいよ、お兄ちゃん。ありがとう」
マドカがぎこちなくとも笑ってみせると、一夏はぐっと言葉を飲み込んだ。
「あれは、誰かが所長の顔になって………」
「……ということは、亡国機業?」
戸宮ちゃんがつぶやくと一夏は視線を落としたまま首を横に振り、否定した。
「いや、あの人はクラウンの仲間だ」
「クラウン……」
俺はあの狂気に満ちた笑みを思い出した。
思い出すだけでも背筋が凍るようだ。暗く、冷たく、深い、底無しの闇のような瞳。あの男が持っていたのはそんな瞳だった。
「瑛斗、クラウン・リーパーと何を話してきたのだ?」
ラウラの問いかけに、俺は短く、まるで独り言のように答えた。
「……………手紙のこと」
「手紙?」
「クレッシェンドのマスターさんにもらった、俺の父親と母親が俺に宛てた手紙だ。それを読んだか、って聞かれた」
「なんて、答えたの……?」
「読んでないって、正直に。そしたらあいつは急に笑い出して………これで世界を滅ぼすことができるとか、言ってた」
「せ、世界を滅ぼす?!」
「……正気の沙汰じゃない」
蘭と戸宮ちゃんが顔を見合わせ、俺が初めてクラウンのその言葉を聞いた時と似た反応をする。
「あの男が何をするつもりなのか、その鍵を握ってるのは彼女ね」
「彼女?」
「ちょうど、準備も終わったみたい」
俺が入ってきた扉とは別の気圧ロック式の扉が開いて、見覚えのある女の子が出てきた。
「お前は…………くー!? どうしてここに?」
「………………」
俺が『くー』と呼ぶロングスカートのワンピースを着たその子が、黒色の白目と金色の黒目を露わにして立っていた。
「お前が瑛斗の言っていた……だが、あなたは、もしや………?」
ラウラがくーの纏う異様な雰囲気に戸惑うように身じろぎする。くーはラウラを数秒間見ると、今度は俺……というか俺たち全員に顔を向けた。
「私の名前は、クロエ・クロニクル」
「クロエ……それがお前の?」
「束さまのご命令により、みなさまの手助けをするために、《黒鍵》とともに参上しました」
「黒鍵?」
「この子すごいわよ。生体同期型のISを持っているの」
「せーたいどーき!? ………って、なんすか?」
フォルテ先輩がスコールの言葉をおうむ返ししながら首をかしげる。
「自分の身体とISを同化させて、まさしく自分の身体と一体化させる……ようするにいつでもどこでもISを全展開し続けることができるの。エネルギー切れ知らずというわけ。チヨリ様も驚いてたわ」
「よ、よくわからないっすけど……すごいってのはわかったっす!」
「んなこたぁどうでもいいんだよ」
「イーリ……」
イーリスさんが少し、いや、かなり不機嫌そうな声音を発した。
「手助けとかなんとか言ってたがよ、そいつは何しに来たんだ? 見たところ、戦闘に役立ちそうな感じはしねえな」
「確かに私の戦闘能力は高い方ではありません。ですが、武力だけが戦う力ではありません」
「どういうことだ?」
「……束さまの思考データがインプットされたデバイスから、情報は得ていることと存じます」
くーの言葉に一夏たちは顔に暗い影を落とした。
「そうか……。みんなは俺がいない間に聞いてたんだよな」
「…………瑛斗さまは聞いていないようですね。わかりました」
くーが出てきた扉がまた開いた。これまで見てきた特別区画の部屋とは違う、異様な雰囲気を醸し出す空間が眼前に現れる。
視界に飛び込んできたのは、少女の形をした石像。けど、ただの石像じゃない。
何本ものケーブルが繋がれ、わずかだが光を放っている。
「なんだこれ……」
「……IS《暮桜》です」
「暮桜って、ブリュンヒルデが現役を引退するまで使っていたISじゃない!」
エリナさんの驚いた声がすぐ近くに聞こえた。
(これが、IS……?)
確かに不思議な空気を帯びてはいるけど、とてもISには見えない。
「…………あれ? お姉ちゃんと篠ノ之博士は? 確か二人でここに残ってたはずだよね?」
マドカが言って、みんなキョロキョロと博士たちの姿を探す。すると、くーはそっと石像の肩に触れた。
「束さまと千冬さまは、この中にいます」
「この中ってまさか……この石像の中にいるのか?」
一夏が尋ねるとくーは首を縦に振り、俺とエリナさんはますますわけがわからなくなる。
「肉体をデータに変換させ、暮桜の中に存在する世界にダイブしています」
俺は頭の中に浮かんだ思考をそのまま口にした。
「ま、待ってくれよ。ISの中に世界って……ISはマシンだろ? そんなことが━━━━」
「あなた方にも、経験があるはずです」
言葉を被せてきたくーは、なぜか俺や一夏に視線を向けた。くーの目に見据えられて、俺は言葉を詰まらせる。
「………あ」
「一夏?」
「臨海学校の時に見た夢……!」
少し懐かしくも感じたフレーズに、続けて鈴が口を開く。
「臨海学校って……
嫌なことを思い出してしまったようで、箒が口をきゅっと一文字に結ぶ。
「あの時見たどこまでも続く砂浜……もしかしてそれが?」
顔を上げた一夏に、クロエは頷く。
「瑛斗は? 何か見たの?」
シャルに問いかけられて、俺はあの時のことを思い出してみる。
「俺はあの時……………」
海に落ちた一夏とそれを抱く箒を守るために捨て身の一撃を
「……ツクヨミ! そうだ、俺はツクヨミを見た!」
その記憶は、確信できるものだった。
胸の中の熱を感じたまま、俺は目の前の女の子に問いかける。
「くー、お前は知ってるのか? ISが一体何なのかを」
「……それをお話しするためにも、これから暮桜の中に入っていただきます」
くーは異形の目を俺たちに向けながら淡々と説明した。
「今の暮桜は幾重にもかけられたプロテクトを一つだけ残し、他の全てを解除した状態です。私が《黒鍵》の能力を使って最後の鍵を開け、みなさまのISのコア・ネットワークを経由して共有意識空間を解放。束さまたちの元へ導きます」
「後は中にいる姉さんたちに聞け、ということか」
「俺たちはもう聞いてるけど、これは千冬姉たち自身の口から聞いた方がいいな。瑛斗、行ってこい」
「確かに、ISであるならばダイブに問題はありません。瑛斗さまが持っている『もう一つ』で事足ります」
ですが、とくーは続ける。
「できることなら、束さまから話を聞いた全ての方に暮桜の中に入っていただきたいのです」
「え?」
「わたくしたちもですの?」
「みなさまの知った事実と、私が持つ情報と合わさることで、ISの真実は完全なものになります。しかし強制ではありません。あくまで任意ですが……いかがでしょう?」
「なら私とオータムは残るわ。また敵が来ないとも限らないし」
「ああ。後からざっくりした話が聞ければいいさ。ここにババアがいたら食いついただろうけどな」
「………悪いが、アタシもパスだ」
イーリスさんは突然そう言うと踵を返して歩き出した。
「ちょっとイーリ、いいの?」
「ブリュンヒルデからは大体のことは聞いてる。けどアタシには直接の関係は無えし、別にこれ以上のことを知りたいとも思わねえ。……ちょっと外に出てくる。何かあったら呼んでくれ」
そして止める間も無く足早に行ってしまった。
「彼女、アオイに負けたのが相当堪えてるみたいね」
「ええ……。負けず嫌いなのは昔からだけど、今回はやけに気が立ってるわ」
「よろしいでしょうか? それでは、ダイブする方は安定性の確保のためにISをソフトウェア優先処理モードに変更しください」
みんなが動き出すのを見て、俺もセフィロトのモードを切り替える。
回復したエネルギーがあの悪夢のような戦いから時間が経っていることを物語っていた。
「では……………参ります」
くーは少女の石像と対峙するとその頭にあたる部分に右手をかざした。
キン……と小さく甲高い音が響いて、石像の発光が少し強くなる。
「コード。ワールド・パージ……」
くーの言葉をトリガーに《暮桜》が輝いて、俺はその光の中へ吸い込まれるような、落ちるような感覚を覚えた。
◆
「いやはや……。いやはやいやはや……!」
本来のIS学園理事長である十蔵は、額に汗を浮かべながら車を走らせていた。
「大変なことになりました……!」
会議を終えてすぐに耳に入ってきたIS学園への襲撃の一報は、まさしく寝耳に水であった。
車のラジオから聞こえてくる放送の内容から、まだこの事件が取り沙汰されている様子はない。だがそれも時間の問題だろう。
(頃合いからすれば、おそらく織斑先生は既に………)
心奥に燻る熱に歯噛みしても、気持ちがだけがはやるばかり。
「急いで学園に戻りませんと……!!」
十蔵はアクセルを踏み込み、車のスピードを上げる。
高くなった秋の空は、地上で起こる異変を何も知らないと言うように晴れ渡っていた。
◆
IS学園から離脱したアオイは
「………………」
学園での戦闘で剥がれ落ちた襤褸はそのままに、『アオイ・アールマイン』の顔を晒して無人の通路を進む。
そして通路の深奥にある扉の前に立ち、二回ノックして部屋の中へ。薄暗い部屋には月のそれのようにぼんやりとした白が光り、一人の男の姿を照らしている。
「やあ、おかえり」
クラウン・リーパーが、そこにいた。
クラウンの横の長い一本脚のテーブルの上に真新しいタバコの箱と、少量しか飲まれていないブランデーのボトルが置かれている。
「……………?」
「ああ、これかい? 退屈しのぎだよ」
「あなたも退屈を味わうことがあるとは驚きました」
「シェプフとツァーシャは再調整にもう少し時間がかかるし、エミーリヤもあの子たちが連れ帰ってきた
「そうですか。……一応聞きますが、結果のほどは?」
「ダメだ。やっぱり酒もタバコも俺の身体にはどうも合わない。どっちも苦いし苦しいだけだ」
眉を下げ、肩をすくめるクラウン。
「その方が、健康にはいいかもしれませんね」
言いながらアオイはブランデーのボトルを手に取り、空のグラスに並々と注いだ。
「いただいても構いませんね?」
「別にいいけど……大丈夫? ビールとかじゃないんだよ?」
「ご心配なく」と答えたアオイは琥珀色の水を注いだグラスを仰ぎ、呆気にとられる主に向けて涼しい顔をしてみせた。
「……………や、やるねえ。多分そういう飲み方じゃないけど」
クラウンは顔を引きつらせて笑うが、すぐに真顔に戻した。
「それで、どうだった? 瑛斗はどんな顔してた? 君のその顔を見て」
「驚き、怯え、畏れていました」
「くはは……! そりゃいいや。《G-soul》は?」
「コアを砕きました。修復は不可能でしょう」
「そうかい。存外あっけないものだね。忌々しい
「………いかがでしたか? 彼との対談は」
「思った通りさ。瑛斗は手紙を読んでなかった。彼は、俺のことを知らないんだ……」
ふっと、一瞬だけ笑ったクラウンの瞳に、わずかだが哀感めいたものが見えたのをアオイは見逃さなかった。
「……………それは、あなたが望んだことのはず。むしろそうでなくては困るのはあなたの方では?」
「はは、厳しいね。けど君の言うとおりだ。そうでなくちゃ張り合いがない。共に見届けようじゃないか。彼らの無様に足掻く様を。……でも、その前に━━━━」
クラウンはアオイと距離を詰め、アオイの顎に指を添えて顔を少し上げた。
「君の顔を、よく見せてくれよ」
「………………」
「君は美しい。瑛斗にも顔を見せたことだし、もう隠す必要もない。これからはその顔を表に出すといい」
「あなたが言うなら、そのように」
「従順な君は、より美しいよ……」
そして、ゆっくりと顔を近づけて、自分とアオイの唇を触れ合わせようと………
「━━━━そこまでです」
したところでアオイが手でクラウンを遮った。
「な、なんだよ。なんで拒むのさ」
「私の仕事にあなたの慰みものになることは入っていませんので」
「慰みものって……ロマンスの欠片もないじゃないか。じゃあ仕事の命令として俺とキスしろって言ったらどうするんだい?」
「行為に至る前に、あなたの唇を煮沸消毒です」
「嫌なら嫌ってはっきり言ってくれないか!?」
半泣きで憤慨するクラウンを尻目にアオイは部屋へ入った扉へ向かって歩き始める。
「お、おいおい、どこ行くんだい?」
「シャワーを浴びて少し寝ます。いささか疲れました」
「そ、そう? ごゆっくり!」
「言っておきますが、鏡の中の隠しカメラはとっくに撤去しておりますので、あしからず」
ドスの効いた声で言い放ち、うやうやしく一礼したアオイは扉の向こうに消えた。
一人になったクラウンは、不満そうに唇を尖らせてから、正面に顔を戻した。
「……君は、今の光景を見てどう思う? 怒るかい? それとも呆れるかな」
その口角が、鉄板を無理やり折り曲げたかのように、いびつに歪んでいく。
「どちらも出来ないか。君の意思は、
道化師は嗤う。
「そうだろう、篠ノ之束?」
煌めく巨大な水晶の中に囚われ眠る、束の姿を瞳に写して━━━━。
少し短めですが更新です。
初めての挿絵が載りました。めでたい!
次回はいよいよ千冬と束からISの真実が語られます。
次回もお楽しみにっ!