IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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というわけで運動会後編です。前編は今朝に投稿済みですのでよかったらそちらも見てください。
それではどうぞ。


消えない思い出 〜または突き立つ牙は突然に〜

「ぬあ〜……疲れた〜……」

 

 

 

午前中最後の競技、騎馬戦を終えた俺は、疲労困憊になりながらトボトボと歩いていた。

 

 

「みんな騎馬戦に武器を持ち込んで……楯無さんまで武器を持ってくるんだもんなあ。ショーテルなんてどこで手に入れたんだよ」

 

 

今はランチタイム。学園の広場では芝生の上にシートを広げている子もいれば、ベンチに座っている子もいる。同じなのは、みんなきゃいきゃいと楽しそうに話しながら昼飯を食べていることだ。

 

 

「腹は減ってるけど、どうしよっかな」

 

 

まあ、いつものメンバーで食おうかね。

 

 

「あ、いたいた! 瑛斗!」

 

 

「エリナさん?」

 

 

振り返ると紫色のウインドブレーカーを着たエリナさんがいた。

 

 

「お昼まだでしょ? お弁当作ったから、よかったら食べない?」

 

 

「いいんですか?」

 

 

「ええ。それにこの子達はもうそのつもりみたいだし」

 

 

エリナさんの後ろからシャルとラウラと簪、それとエリスさんがひょっこり出て来た。

 

 

 

 

「うわあ〜! すっげー!」

 

 

シートの上に広げられた弁当箱の中には様々なおかずが盛り付けられている。

 

 

「これ、全部エリナさんが?」

 

 

「いえ、エリスと一緒にね」

 

 

「エリスさんも?」

 

 

「は、はいっす。僭越ながら……」

 

 

「こんなこと言ってるけど、エリスが言い出したのよ? あなたにお弁当作りたいって」

 

 

「そうなんですか?」

 

 

「め……迷惑だったっすか?」

 

 

「とんでもない。ありがとうございます。でも、なんだかすみません。エリナさんもエリスさんも特別講師で忙しいはずなのに」

 

 

「いいのよ。それに私は瑛斗の保護者だもの。これくらいさせてちょうだい」

 

 

「じっ、自分もっ! 自分も、その………っすから……」

 

 

エリスさんは、なんかモニョモニョ言っててはっきりしなかった。

 

 

「瑛斗、弁当を作ったのはエリナ殿達だけではないぞ」

 

 

「え?」

 

 

「僕達も作ってきたんだ」

 

 

「三人で……一緒に……」

 

 

シャルロットが取り出した弁当箱には、エリナさん達のものにも負けず劣らず美味しそうな弁当が敷き詰められていた。

 

 

「おお〜! こっちも美味そうだ!」

 

 

「見ろ、このタコさんウインナーは私が作ったのだ」

 

 

「私はおにぎり……」

 

 

「おかずは三人で分担して作ったんだ。二人に僕が教えながらね」

 

 

「ほわぁ〜……! こ、これだけすごいの出されちゃうとこっちのが霞んじゃうっす……」

 

 

「よかったらエリスさん達もどうぞ。ちょっと張り切って作り過ぎちゃって」

 

 

「いいんすか!?」

 

 

「もちろんですよ。瑛斗もいいよね?」

 

 

「当たり前だろ! 早く食べようぜ!」

 

 

「………………」

 

 

みんなが食べ始めようとした時、エリナさんがキョロキョロと左右を確認した。

 

 

「エリナさん? どうかしました?」

 

 

「いや、イーリがいないなって思ってね」

 

 

「イーリスさんですか?」

 

 

「彼女のことだから、嬉々として飛び入り参加するんじゃないかとヒヤヒヤしてたのよ」

 

 

「考え過ぎですよ。イーリスさんも大人なんだし、それくらい出来ますって」

 

 

「そうならいいんだけど……」

 

 

「ほらほら先輩! 食べないとなくなっちゃうっすよ!」

 

 

「こ、こらエリス! そんなにがっつかないの!」

 

 

エリナさんがエリスさんからプラスチック製のフォークを受け取って、俺たちもランチタイムの空気の中に溶け込んだ。

 

 

 

 

「………………」

 

 

瑛斗達のいる場所からそう遠くないベンチ。

 

 

そこから楯無は瑛斗達を横目でさりげなく、しかしジーッと見ていた。

 

 

(完全に出るタイミングを逸しちゃった……!)

 

 

楯無の膝の上には自作した手作りの弁当。

 

 

瑛斗や一夏とランチタイムを過ごそうと考えていた楯無だったが、瑛斗がエリナ達に声をかけられていたところに偶然鉢合わせしてしまい、チキってこの有様である。

 

 

(い、一夏くんの方に! ……ってダメよね。きっと箒ちゃん達がいるわ)

 

 

「……………本音のところにでも行こうかしら」

 

 

「あら? 諦めちゃうの?」

 

 

「?」

 

 

聞こえた声に顔を上げると、隣にスコールが座っていた。

 

 

「行っちゃえばいいのに。こんなことで尻込みしてたら先が思いやられるわよ?」

 

 

楯無の心を見透かしたような言動に思わず鼻白む。

 

 

「か、簡単に言わないでください」

 

 

「恋は敵が多ければ多いほど燃えるものよ? あなたもこのバカみたいなバカ騒ぎに飛び込んだんだから、勇気を持ちなさい」

 

 

「ご高説をどうも。かく言うスコール先生は恋に燃えたことあるんですか?」

 

 

意地悪っぽく尋ねたが、スコールは意に介さないように笑った。

 

 

「私くらいになると私が燃えるより先に相手が燃えることの方が多いのよ」

 

 

「そ……そうですか……」

 

 

「ま、頑張りなさい。勝負はこれからよ」

 

 

スコールはそれだけ言って、どこかへ行ってしまった。

 

 

そこに、反対方向から複数の足音が聞こえた。

 

 

「あ、楯無さん」

 

 

「一夏くん!?」

 

 

一夏が箒、セシリア、鈴、マドカ、蘭と梢と一緒にやって来た。

 

 

「どど、どうしたの?」

 

 

「昼飯にしようと思ったんですけど、この人数じゃなかなか良い場所がなくて」

 

 

一夏が言うと、セシリアが腰に手を当てて頬を膨らませた。

 

 

「まったく、鈴さんがいきなり来るからですわ!」

 

 

「な、何よ! 一夏に声かけたのほぼ同時だったでしょ!」

 

 

「私はお前達が来るより先にいたのだが……」

 

 

「そんな箒よりも先に私はお兄ちゃんといたんだよ?」

 

 

「で、出遅れちゃった……」

 

 

「……蘭、大丈夫。まだチャンスはある」

 

 

「まあ、こんな具合で」

 

 

「そ、そう。大変そうね」

 

 

一夏にぎこちない笑顔を見せると、芝生の方から声がした。

 

 

「おーい! お前らも来いよー! こっち来てみんなで食べようぜー!」

 

 

「おー瑛斗! 結構人数いるけどいいかー!?」

 

 

「全然いけるー!」

 

 

「わかったー! 行こうぜみんな。楯無さんも」

 

 

「へっ?」

 

 

「楯無さんもお昼まだなんでしょう? みんなで食べたらきっと美味いですよ」

 

 

誘ってないが、誘われた。これは願っても無いチャンス! 楯無の心は躍った。

 

 

「し、しし、仕方ないわねー! そこまで言われちゃうと無下にはできないわ!」

 

 

楯無はパッと立ち上がって一夏達と共に瑛斗達のもとへと向うのだった。

 

 

 

 

 

「…………………」

 

 

静寂に包まれた真っ暗な通路を一人の女が進んでいた。

 

 

IS学園地下特別区画に侵入したのは、米軍特殊部隊『アンネイムド』の隊長だった。

 

 

その身体には、IS《ファング・クエイク》ステルス仕様の能力試験型を纏っている。

 

 

イーリスの強襲仕様高速格闘モデルとはそのデザインの細部が異なっていた。

 

 

一番の違いはそのカラーリング。イーリスのファングのような派手なタイガーストライプではなく、シールズ御用達のネイビーブルーで全身を染めている。そこには飾りっ気は皆無であり、ペイントも部隊章もない。

 

 

彼女が所属する『アンネイムド』は、その部隊構成員全てが国籍、民族、宗教、果ては名前を持たない。

 

 

まさに『アンネイムド』。

 

 

隊長であるこの女もまた、厳しい訓練の中で名前を忘れ去り、今は誰でもない名も無き部隊の名も無き隊長として存在している。

 

 

「………………」

 

 

『隊長』は進む。ともに潜入した三人の別働隊も別のルートで目標の在り処を探している。

 

 

目標は、世界最強の織斑千冬が引退直前まで使用していたIS《暮桜》。

 

 

それがここにあるという情報がどこから来たのか、本当だとして何のために手に入れるのか。

 

 

そんなことはどうでもよかった。興味がなかった。『隊長』は、ただ任務こなすだけ。

 

 

(……やけに手薄だ。ここまで罠らしい罠は何も仕掛けられていなかった……)

 

 

先日の事件もあって、学園は警備を強化していると隊長は踏んでいたが、ここまでは全てが予定通り、何の問題も起こらずに侵入できた。

 

 

それが、『隊長』に僅かだが嫌な予感を感じさせていた。

 

 

「……?」

 

 

ファング・クエイクの浮遊による前進を停止する。真っ暗な通路の先に、センサーが人の姿をキャッチしていた。

 

 

「どんなネズミかと思ったら……」

 

 

「━━━━!?」

 

 

弾丸が━━━━否、大型ナイフが飛んできた。

 

 

ギインッ! と派手な音と火花を立てて、『隊長』のファングの装甲がそれを弾いた。

 

 

飛来したナイフが壁に突き刺さると、次の瞬間通路全体の灯りがついた。

 

 

「イーリス・コーリング……!?」

 

 

『隊長』はバイザーの奥の目を見開いた。

 

 

灯りのついた廊下で、上を着崩した繋ぎを着て不敵に笑う女。

 

 

アメリカ合衆国国家代表、イーリス・コーリングが目の前にいた。

 

 

「随分とデカいネズミが入り込んで来てんじゃねぇか。なあ、『アンネイムド』?」

 

 

「……!」

 

 

「おっと! お互いに妙な詮索は無しにしようぜ。お前もワケありなんだろ?」

 

 

「………………」

 

 

 

イーリスの目は爛々と輝いている。臨戦態勢だ。

 

 

(後退するか……。いや、無駄だろう。ならば━━━━!)

 

 

「押し切らせてもらう……!」

 

 

「いいねえ! そうこなくっちゃ!」

 

 

イーリスも《ファング・クエイク》を展開。タイガーストライプの装甲に身を包んだ。

 

 

「あいつらの熱気にあてられて、アタシも暴れたくてウズウズしてたんだ。楽しませてくれよ?」

 

 

「仕掛ける……!!」

 

 

二つの『牙』がぶつかりあった。

 

 

 

 

 

『それではこれより午後の部を開始いたします!』

 

 

実況のマリエの声に応えるように、まだまだ元気な拍手が鳴り響く。

 

 

『午後の競技からはどのチームも逆転可能な高得点競技が続きます! めまぐるしく変わるスコアに注目です!』

 

 

マイクを握るマリエの手にも力がこもる。

 

 

『では! 午後の部最初の競技は、コスプレ生着替え走!』

 

 

マリエはそのままの勢いで競技説明に移った。

 

 

『まず、各チームの代表が用意した服装を各々が抽選で引き当てて、着替えゾーンで生着替え! この時チームメイト一名に着替えを手伝ってもらいます。なお、着替えゾーンでの露出は肩から上ですが、中からのライトアップでボディラインはカーテンに浮き上がっちゃいます!』

 

 

力の入ったルール説明を行うマリエ。

 

 

それに呼応して声援が飛ぶ。

 

 

しかし、声援に混じって各チームの代表は……

 

 

「な、なに!? 聞いていないぞ!」

 

 

「このようなレディのプライドに関わる競技、わたくしは出ませんわ!」

 

 

「ずぇぇぇぇぇぇっ……たい! 出ないからね!」

 

 

「ぼ、僕もちょっと恥ずかしいかな……」

 

 

「私、イヤ」

 

 

「わ、私もパスかな、あはは……」

 

 

「これはさすがに……無理ですよ」

 

 

「い、イヤっす!」

 

 

と、それぞれに欠場を表明する。

 

 

そんな中、シュシュッと手が挙がった。

 

 

「私は出るぞ」

 

 

「……もちろん参加」

 

 

ラウラ、梢の二人だ。

 

 

「こ、梢ちゃん? 話聞いてた?」

 

 

全員が唖然とする中、スコールの声が響く。

 

 

『この競技、一位のチームには六〇〇ポイントの得点が入るそうよ』

 

 

それは、どのチームも無視できない点数だった。

 

 

「くっ、出るしかないのか!」

 

 

「ま、負けられませんわ!」

 

 

「こうなりゃヤケよ!」

 

 

「で、出るからには、勝つよ?」

 

 

「私、勝つ」

 

 

「で、出ないとダメだね」

 

 

「し、仕方ないね。がんばろ、梢ちゃん」

 

 

「しょうがないっす……」

 

 

渋々ながら闘志を燃やす面々。

 

 

『この競技に限ってISを使うことは出来ませんので、あしからず』

 

 

ややああって、競技の準備が整った。

 

 

『それでは、各代表は着替え補佐のチームメイトの紹介をお願いします!』

 

 

「私のパートナーは四十院神楽だ。同じ剣道部で、実家は旧華族と聞いている」

 

 

「古いだけの家柄です。どうか、よろしく」

 

 

箒の紹介でぺこり、と頭を下げる神楽。その佇まいはまさに大和撫子。

 

 

「わたくしの補佐はスピードに長けた陸上部所属の鏡ナギさんですわ。ご両親の経営なさっているお寿司屋のお茶碗蒸しはそれはそれは美味で……」

 

 

「セシリア、くどいってばもう! うー、恥ずかしいなぁ………」

 

 

頬を赤らめるナギは、照れ隠しにアスリート特有の健康的な自分の脚を撫でた。

 

 

「はいはいはーい、んじゃあアタシの番ね! ルームメイトのティナ・ハミルトンに手伝ってもらうわ。ね、ティナ?」

 

 

鈴の隣では、イーリスにも引けを取らないアメリカサイズのバストを窮屈そうに体操服に押し込めた、金髪女子がストレッチをしていた。

 

 

「あのさぁ、鈴。手伝ってって言ったけど説明適当過ぎじゃない? てか、何も私の情報発信してないじゃない。あと織斑くんに紹介してくれるって話はー?」

 

 

「まあまあ、それは今度でいいじゃない」

 

 

「そのはぐらかし方、何回目だと思ってんのよ」

 

 

小言を言いつつも、準備運動に抜かりはない。この二人はなんだかんだで仲の良い間柄なのだ。

 

 

「えっと、僕は谷本さんに手伝ってもらうんだけど……って、あれ!?」

 

 

シャルロットは隣にいたはずの癒子の姿を探して首を左右に振る。

 

 

「ん? 足元に紙が……えっと、『ごめんなさい、シャルロット。私には無理です。捜さないでください。代わりはあの子にお願いしておきました。谷本癒子』………って、ええっ!? あ、あの子って誰!?」

 

 

シャルロットが驚いていると、その背中にどしーんと乗っかった女子がいた、

 

 

「おはろーはろー! みんなのウザキャラ、岸原理子ちゃんどぅえっす! リコリンって呼んでね? きゃはっ☆」

 

 

うわ、ウザッ!

 

 

……と会場一同が思ったところで、おもむろにシャルロットの体操服に背中から顔を突っ込む理子。

 

 

「くんかくんか、シャルロットは汗もいいにおーい」

 

 

「きゃああああっ!? ちょ、ちょっとやめっ━━━━ひゃああっ!?」

 

 

その後、理子は箒と鈴によって取り押さえられた。

 

 

「では次は私だな。私の相棒は性格も体型も慎ましやかな夜竹さゆかだ」

 

 

「い、今しがたラウラさんにひどい紹介をされた夜竹です。特徴がないのが特徴です。……別に右脇腹が爆発とかはしませんので。ええ」

 

 

自分でこんなことを言うあたりが、彼女の一番の特徴だ。

 

 

「にゃはー。かんちゃんのパートナーの布仏本音、十七歳でーす。サイズは上から九十一、五十九、はちじゅ……」

 

 

「本音、それ以上はいけない」

 

 

 

自身の体型を気にして、簪は本音の脇腹をギリッとつねった。

 

 

「ぎにゃー!」

 

 

大声をあげて飛び跳ねる本音。それと同時に普段は隠れている豊満な胸がたゆんたゆんと揺れる。

 

 

「え、えっと、私のお手伝いをしてくれるのはクラスメイトでお友達の日立マユさんだよ。自分から名乗り出てくれたんだ」

 

 

「はあ、はあ、頑張ろうね、マドカちゃん」

 

 

「うん! でもマユちゃん、なんでそんな息遣いが荒いの?」

 

 

「気にしないでいいよ。うふふふ……!」

 

 

マユの視線にマドカはどこか不安を感じていた。

 

 

「わ、私のサポートはもちろん梢ちゃんです」

 

 

「……まかせて。ここで、勝利を磐石にする」

 

 

「ねえ梢ちゃん、やるって言ったの梢ちゃんだし、やっぱりこっちも梢ちゃんのほうが━━━━」

 

 

「……………」

 

 

「怖い!? 梢ちゃん! なんなのその無言の圧力!?」

 

 

「……私は、サポート。蘭が、やる。いいね?」

 

 

「う、うん……」

 

 

「私のサポートはボクシング部の後輩の柳ミヒロっす。柳、頼むっすよ」

 

 

「は、はい! 頑張ります!」

 

 

意気込むミヒロ。彼女の強さはボクシング部でも上位で、その腕前はダリルが学園を去って以来、フォルテの練習相手になっている程である。

 

 

「え、えーっと、おねーさんのお手伝いをしてくれるのは、み、みんなご存知の黛薫子よ」

 

 

「うい、よろしく」

 

 

「……ねえ薫子ちゃん、なんでそんなバッシャバッシャ写真撮ってるの? 私の。それも至近距離で」

 

 

「んー? そりゃあもちろん、きっと二度と来ない一瞬一瞬を保存するためだよ」

 

 

「それっぽい感じで言わないで。絶対後でよからぬことに使うつもりでしょう」

 

 

「あ、バレてた?」

 

 

「はあ……頼むわよ? 私についてこれるのあなたくらいだってチームのみんなに言われてるんだから」

 

 

「まかせてちょうだいよー。あ、ついでにこっちに表情もちょうだい」

 

 

「本当に大丈夫なのかしら……」

 

 

『さてさて、今回の競技、なんと男子二人の参加はありません。というわけで、解説席に桐野くんと織斑くんの二人が来てくれました!』

 

 

『はいどうも』

 

 

『よ、よろしくお願いします』

 

 

『いやはや、競技に参加しないとなると、いささか不利になるのではありませんか?』

 

 

『まあ、その感は否めませんけど』

 

 

『生徒会の話し合いで、俺たちの優勝は難しくするっていう方向で決められちゃったんで』

 

 

『あらあら、私は見てみたかったわ。あなた達の生着替え』

 

 

『はっはっは、ふざけん……ゲフン、お戯れを』

 

 

『い、今桐野くんの黒いところが見えた気がしましたが、まもなくレーススタートです!』

 

 

マリエの声の後、パーンッ! とピストルの音が響き、少女達は一斉に飛び出した。

 

 

『さあ! 最初に飛び出したのは篠ノ之&神楽ペア!』

 

 

一番に抽選箱からカードを引いたのは箒のペア。

 

 

「鈴の服だ! 内容は……チャイナドレス(ミニ)━━━━っておい! なんだこのミニというのは!」

 

 

「ミニスカのことだけど?」

 

 

「なぜそんな当然のことのように言う! こ、こ、こんなの、見えるではないか!」

 

 

顔を真っ赤にして抗議する箒を、まあまあと適当になだめながら、鈴もカードを引く。

 

 

「セシリアの服ね。内容は……は? ドレスぅ?」

 

 

鈴の衣装は、セシリアが着たらさぞ似合うことであろうブルーのパーティドレスだった。

 

 

「あら、わたくしの衣装を引くだなんて幸運ですわね」

 

 

「どこがよ!? 走りにくいことこの上ないわよ! だいたいサイズが……」

 

 

「ええ、まあ、鈴さんではバストが━━━━あいたっ!?」

 

 

「言わせないわよ!? 今日何回イジられればいいわけ!?」

 

 

鈴にチョップされた頭を抑えつつ、セシリアはカードを引く。

 

 

「これは箒さんの……まあ! 巫女服ですのね!」

 

 

「あ、ああ」

 

 

「お正月にもこれを着させていただきましたが、とても良い体験でしたわ」

 

 

「そ、そうか。雪子おばさんもまたよろしくと言っていたぞ」

 

 

「ええ! 是非!」

 

 

笑顔を咲かせるセシリアに、箒も微笑む。

 

 

(くっ……! まさかセシリアに当たるとは! これではハンデになりにくいか!)

 

 

その考えが、悟られぬように。

 

 

追いついたシャルロットもカードを取り出す。

 

 

「ぐ、軍服? しかもこれって……」

 

 

「そうだ。我が 黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)

 

 

 

の服だ。どうだ、嬉しいだろう?」

 

 

目を丸くするシャルロットに、ラウラは自信満々に答える。

 

 

「胸、入るかなぁ……」

 

 

ピキッ、と何かに亀裂が入る音がした。

 

 

「シャルロット……」

 

 

「え!? な、なに!? なんでそんな真っ黒なオーラ出してるの!?」

 

 

「シャルロット、お前はよき友だった。……だが死ね」

 

 

「ええっ!?」

 

 

「許さない。絶対にだ」

 

 

ぷいっとそっぽを向いたラウラは自分のカードを見る。

 

 

「姫騎士……? なんだそれは? 矛盾しているぞ。姫と騎士は別物だろう」

 

 

ビキニアーマーを取り出し、頭に疑問符を浮かべたラウラに簪は目を光らせた。

 

 

「姫騎士、それは戦女神と同じ存在。現代ならば、織斑先生のような女性を指す」

 

 

「なにっ!?」

 

 

「凛々しく、たおやか、可憐で無敵」

 

 

「そ、そうか! それは私にふさわしいな! よし、着るとしよう!」

 

 

「……フフッ」

 

 

「かんちゃん黒〜い。お腹真っ黒〜」

 

 

ラウラをちょろまかしてほくそ笑む簪に、本音がのんびり言い放つ。

 

 

簪はそれから衣装袋を開いた。

 

 

「これ、シャルロットの?」

 

 

「うん! ねこさん着ぐるみパジャマだよ!」

 

 

「わは〜、でゅっち〜いい趣味してるぅ〜!」

 

 

「…………………」

 

 

目を輝かせる本音とは対照的に、簪は無表情。

 

 

「簪? どうかした?」

 

 

「いや、ちょっと、あざといなって……」

 

 

「???」

 

 

ブツブツと文句を言う簪の横を通り、蘭&梢ペアもカードを引いた。

 

 

「えっと……フォルテ先輩のですね」

 

 

「……着ぐるみ?」

 

 

確かに、他の衣装とは別に、パンダの着ぐるみが丸ごと置かれていた。

 

 

「そうっす! 学園祭で私が客寄せしてる時に使った着ぐるみっすよ! 嫌っすか?」

 

 

「い、いえ! あんまり恥ずかしい服だったらどうしようかと」

 

 

心底ホッとする蘭。だが、その隣の梢は不満げだった。

 

 

「……面白味がない」

 

 

「梢ちゃん? 何か言った?」

 

 

「……別に何も」

 

 

「さてと、私のはっと……お、五反田、お前のっす」

 

 

ようようと衣装袋を開け、中身を取り出す。

 

 

白いフリルやリボンをあしらったメイド服だった。

 

 

「こ、これは……!?」

 

 

「私のも学園祭で使ったメイド服ですよ。……フォルテ先輩?」

 

 

サーッとフォルテの顔から血の気が失せていくのを見て、蘭は首をかしげる。

 

 

「わ、私、こういうフリフリしたの……苦手っす!」

 

 

「え? 何でですか?」

 

 

「こ、この手の服は着たことないし、それに、私服でもこのタイプの持ってないっすもん……。恥ずかしいっす……!」

 

 

あわわ、と狼狽するフォルテ。補習も遅刻も恐れない彼女の弱点が、思わぬところで露呈した。

 

 

「じゃあ、次は私ね」

 

 

楯無はカードを引き、マドカの名が書かれているのを見た。

 

 

「マドカちゃんの衣装ね。えっと、魔女の衣装……え?」

 

 

嫌な予感MAXで衣装を広げると、それはマドカが学園祭の劇で着用していた黒い革のボンテージだった。

 

 

「ま、マドカちゃん!? よ、よりによってなんでこれなの!?」

 

 

愕然とする楯無の隣で、ペアの薫子は「イエスッ!」とガッツポーズ。

 

 

「また使う機会があるかなーって思って。その機会が意外と早く来ました」

 

 

「そ、そうね。でも、おねーさんに着れるかしら……」

 

 

「ちょっと難しいかもです。私のサイズですし」

 

 

サイズの話で憎しみを生まないのは、マドカの寛大さ故であった。

 

 

『マドカのやつ、アレ保存してたのか』

 

 

『ああ。なんだかんだで気に入ってるらしい』

 

 

そんなマドカも抽選箱から衣装袋を取り出す。

 

 

「私のは……あれ? 名前が書いてないや。誰の?」

 

 

マドカが抽選箱から引いた衣装袋のカードは白紙だった。

 

 

『あら、それは私が用意したスペシャルコスチュームね』

 

 

解説席からのスコールの声にマドカは目を剥く。

 

 

「えっ!?」

 

 

『いつの間に!?』

 

 

スコールの隣の瑛斗も驚いていた。

 

 

『事前に入れておいたのよ。運がいいわね』

 

 

「………………」

 

 

袋を持ったまま、マドカはそこから動かない。マユはそんなマドカに声をかけた。

 

 

「マドカちゃん?」

 

 

「あ、開けるのが怖い……! とてつもないプレッシャーを感じるよ……!」

 

 

「マドカちゃん! 早くしないとみんなに差をつけられちゃうよ!」

 

 

しかし、マユの言う通りである。

 

 

「う、うう〜! こうなったら……えいっ!」

 

 

観念したマドカが気合の掛け声とともに衣装を取り出した。

 

 

袋の中身は、艶やかに黒光りするレオタード。そして、ウサ耳カチューシャ。

 

 

「……なにこれ?」

 

 

『バニースーツよ』

 

 

「いや、それはわかってるけど……」

 

 

『マイクロビキニにするか悩んだんだけど、そっちの方が彼女のお兄さんの好みかと思ったのよ』

 

 

解説席の瑛斗をはじめ、参加する箒達と観戦する女子達全員が『え……そうなの?』という視線を一夏に集中させた。

 

 

『ちょ!? な、何言ってるんですか!』

 

 

『あら違う? やっぱりマイクロビキニのほうがよかったかしら?』

 

 

『そういうわけじゃないです!』

 

 

『じゃあ一夏お前、やっぱバニー好きなん━━━━』

 

 

『そういうわけでもない!』

 

 

不毛なやり取りが行われている解説席を尻目に、一同は禁断の生着替えを始める。

 

 

(ふふ、一夏さんに再度わたくしの巫女姿を見せつけるチャンスですわ!)

 

 

セシリアはカーテン・サークルの中にするりとはいり、巫女装束を取り出し、そしてブルマに手をかけた。

 

 

「ちょっとセシリアってば、先に行かないでよ。ペア競技なんだから」

 

 

「!?」

 

 

見れば、パートナーのナギが、カーテンを持ち上げて入ってきていた。

 

 

「きゃああああっ!? なななナギさんっ!? おバカさんですの? あなたっ、おバカさんですのっ!? 早く閉めてくださいな!」

 

 

「え? ああ、ごめんごめん」

 

 

慌てふためくセシリアと違い、サバサバした性格のナギにはさして気にした様子ない。

 

 

「まあいいや。そぉら脱げ脱げー!」

 

 

「いやああああ!」

 

 

「セシリアは何やってんの……」

 

 

セシリアペアの入ったカーテン・サークルの隣では、既に下着姿で準備万端の鈴がため息をついていた。

 

 

「鈴、周り気にしてる場合じゃないよ。こっちもチャッチャとやんなきゃ」

 

 

「そうね。ティナ、ドレスの着方わかる?」

 

 

「鈴、ドレスの着方わかる?」

 

 

「え?」

 

 

「え?」

 

 

凍りつく二人。

 

 

「いやいやいや」

 

 

鈴は首を横に振った。

 

 

「冗談よしなさいよティナ。そういうの今いいのよ」

 

 

「え、ドレスって誰かに着せてもらうものじゃないの?」

 

 

「…………………」

 

 

「…………………」

 

 

「はああああ!? なによ! ティナ、全然ダメじゃない!」

 

 

「鈴こそ一人でドレスも着れないわけ!?」

 

 

ぎゃーぎゃーと騒ぐそのまた隣では、箒がチャイナドレスと格闘していた。

 

 

「む、胸が、は……入らん……!」

 

 

ティナの言い争っている最中の鈴が睨んできたが、そこはあえて取り合わない。

 

 

「サイズがサイズだから、このままでは篠ノ之さんの下着は丸見え。おまけに胸のボタンも閉まりませんね」

 

 

「れ、冷静に言ってる場合か! これでは半裸で走るようなものだぞ!」

 

 

「それはいけません。では、一か八か……」

 

 

不穏な言葉を口にしてから、神楽はグイグイとチャイナドレスを引き上げる。

 

 

「い、痛いっ!? 苦しい!」

 

 

「これっ、でっ……!」

 

 

ぐっと力を込めたその時。

 

 

━━━━ビィイッ!

 

 

「……………」

 

 

「神楽? なぜ何も言わない? 神楽!?」

 

 

「篠ノ之さん、もう、このまま走りましょう」

 

 

「な、なに!? お、おい! かぐら━━━━あぁっ!?」

 

 

動揺する箒。だが無常にも外に追い出されてしまう。

 

 

「く、屈辱だ……!」

 

 

ヒューヒューと黄色い声援にできるだけ身体を縮こませる箒の横を、白と黒の物体が走り抜けた。

 

 

「あれは、蘭か」

 

 

「……はい」

 

 

カーテン・サークルから出てきた梢が箒に答える。

 

 

「……本当に着て、被るだけだったので、楽でした」

 

 

「ぐぬぬ、当たりだったようだな……!」

 

 

「……ですが」

 

 

「?」

 

 

「……やはり、面白味がありません」

 

 

苦々しくつぶやいた梢の横のカーテン・サークルからも、騒がしい声が聞こえてくる。

 

 

「い、嫌っす! これで外に出るなんて絶対無理っす!」

 

 

「そんなことないですよ! 似合ってます!」

 

 

「ウソつくなっす! 自分のことは自分が一番わかってるっす!」

 

 

「大丈夫ですって! 早く行きましょう!」

 

 

「わ、ちょ、わああっ!?」

 

 

出てきたのは、メイド服を着込んだフォルテだ。

 

 

「お、お前ら!?」

 

 

直後に箒と梢に見られて自棄になったフォルテは涙目になりながら腰に手を当てた。メイド服に包まれた小さな身体に、二人はは思わず息を飲んだ。

 

 

「ううう……! わ、笑いたければ笑えっす!」

 

 

「い、いえ、そんなことは。よくお似合いです」

 

 

「……可愛いですよ」

 

 

箒も梢も心の底からそう言ったのだが、フォルテは信じない。

 

 

「や、やめるっす! 悲しくなるだけっす! う……うわああああん!」

 

 

恥ずかしさに耐えられなくなったフォルテはそのまま《コールド・ブラッド》を全展開してどこかへ行ってしまった。

 

 

『あーっと! サファイア選手、コースアウト! 失格です!』

 

 

実況を聞き流しつつ、箒と梢はフォルテの飛んで行った方を見やる。

 

 

「特に変なところは見られなかったのだが……」

 

 

「……返してもらえるかな。ところで、先輩は、よろしいのですか?」

 

 

「む? あ、わ、私も行かなくては!」

 

 

梢に指摘され、箒もレースへ復帰した。

 

 

「ま、マユちゃん!? 下着くらい自分で脱げるって!」

 

 

「い、いいじゃない。お手伝いだよ。はあ、はあ、はあ」

 

 

「さっきより息が荒くなってるよ!」

 

 

マドカとマユのペアは、カーテンの中でなぜか取っ組み合いになっていた。

 

 

「ば、バニーなんだから、ブラが見えてたら変でしょ? だから私が取ってあげる。マドカちゃんは楽にしてて」

 

 

「それはわかるけど、自分でできるって言ってるの!」

 

 

「そう言わないで! 素直になろう!」

 

 

なおも引き下がらないマユ。

 

 

「そ、そんなこと言うマユちゃんは、き……嫌い!」

 

 

「がーーーーんっ!?」

 

 

マドカのその言葉はマユの心に大きなショックを与えた。

 

 

がっくりと崩れ落ち、動かなくなるマユ。

 

 

「言いすぎたかな……でも!」

 

 

ここが好機と、マドカはバニースーツを身につけ始める。

 

 

「や、やっぱりキツい……! 食い込んじゃうぅ……!!」

 

 

楯無は、マドカのサイズで作られているボンテージに悪戦苦闘。

 

 

「いいねいいね! 危ない衣装に身を包む生徒会長! これは売れる!」

 

 

薫子は楯無の手伝いそっちのけでシャッターを切り続けていた。

 

 

「薫子! 手伝いなさいよ!」

 

 

「えー? しょうがないなぁ。……よっと!」

 

 

薫子は楯無の後ろに回ると、楯無があえて緩く締めていたベルトをぐいいっと思い切り引っ張った。

 

 

「ひあああっ!?」

 

 

「そんなユルユルじゃあ解けちゃうよ?」

 

 

「だ、だ、だからっていきなりやらなくてもいいでしょ!?」

 

 

「ほら、着替え終わったんなら走る走る!」

 

 

そのまま外に放り出された楯無。

 

 

「か、薫子!? もおっ!」

 

 

インナーを着てるとは言え、モデルのように美しい肢体を革のベルトで縛り上げているこの姿は楯無的にとても恥ずかしかった。

 

 

「き、気をつけて動かないと、何かに目覚めちゃいそうだわ……!」

 

 

ソロリソロリと歩き出す楯無。その横にヨロヨロフラフラと定まらない動きのマドカが並ぶ。

 

 

「んしょ、とと……このヒール、歩きにくい、な」

 

 

マドカもマドカでバニースーツのハイヒールに手間取っているようだった。

 

 

『おっと! ボンテージとバニーが並びました! これはセクシー!』

 

 

『ぱっと見じゃ何のイベントかわかりませんね』

 

 

『どっちも可愛いじゃない。特にバニースーツがよく似合ってるわ』

 

 

ニヤつく解説席の三人。しかし二名の男子は顔を赤くして視線を外していた。

 

 

『ほら、あなた達も何か言ってあげなさい』

 

 

『え、ま、まあ、うん。いいんじゃない、ですか?』

 

 

『そ、そうですね。みんな、頑張れ』

 

 

瑛斗と一夏は目のやり場に困っていた。

 

 

『さあ! 最初の関門は跳び箱です!』

 

 

実況がここぞとばかりに入り込んでくる。

 

 

障害物は少女達の胸やら尻やら下着やら、とにかく恥ずかしい部分を露出する仕掛けがてんこ盛りだった。

 

 

「もう! 誰よこんな企画考えたの! そうよ私よ! ごめんなさいっ!」

 

 

火が出そうなほど顔を真っ赤にした楯無が叫ぶ。しかし流石の身のこなし。出遅れた分はすぐに巻き返していく。

 

 

マドカもすぐにヒールに慣れ、二人はどうにかこうにか先頭集団に合流した。

 

 

「次は平均台ね! っと、あら?」

 

 

と、前方でへたり込んでいる着ぐるみのパンダがいた。

 

 

「蘭ちゃん? 大丈夫!?」

 

 

楯無は生徒会長。生徒の安全を守るのはいかなる時でも忘れてはならない職務である。

 

 

動かなくなっている蘭に駆け寄り、声をかけた。

 

 

「あ……たて……なしさん……!」

 

 

「ど、どこか具合が悪いの?」

 

 

「い、いえ…あ! そうじゃなくて………!」

 

 

「なら……?」

 

 

「着ぐるみって……こんなに、辛かったんですね………!」

 

 

中から息も絶え絶えな蘭のくぐもった声が聞こえる。

 

 

フォルテの用意した着ぐるみは、他の衣装とは違い、疲労が激しいという難点があったのだ。

 

 

「ちょっと、動けない、かも……!」

 

 

ここまでトップで走っていた蘭だが、ここで痛恨のスタミナ切れ。

 

 

「わっせ、わっせ……」

 

 

足の遅い簪もトテトテと懸命に走り、トップ集団に混じり込む。

 

 

『さあ! レースも大詰め! 走者が並んだぁ!』

 

 

『面白くなってきたわね。誰が優勝するかしら?』

 

 

『……ん? おい、あれ、ラウラじゃないか?』

 

 

瑛斗が気づいた時には、ピンクのビキニアーマーを身につけて《シュヴァルツェア・レーゲン》を展開したラウラが、障害物を次々と粉砕していた。

 

 

「ハハハハハッ! あ、ISを使えば、ここっ、この程度の障害物など!」

 

 

ピピーッ。

 

 

「ら、ラウラさん! 失格っす!」

 

 

エリスがホイッスルを吹いてレッドカードを出す。適切な判断だった。

 

 

しかし、ラウラは止まらない。

 

 

「ふ、ふざけるなあああっ! こ、こんなっ、こんな恥ずかしい格好までして、失格だと!? 貴様ら全員吹き飛ばしてくれるっ!」

 

 

ガシャンッ! と重たい音を響かせ、大口径のリボルバーキャノンが狙いを定める。

 

 

『ら、ラウラのやつ、恥ずかしさで壊れたか!?』

 

 

解説席から身を乗り出しかけた瑛斗。

 

 

『大丈夫よ。彼女が止めるわ』

 

 

「消えろおおおおっ!」

 

 

ドンッ!!

 

 

砲撃より一瞬早く、超高速の右腕部装甲が、リボルバーキャノンを貫いた。

 

 

「なっ!?」

 

 

「ラウラちゃん、ルールは守りましょうね?」

 

 

空中でISを展開したエリナが生身の拳をラウラに向けていた。

 

 

地面に突き刺さるは、エリナ仕様に改造された《ファング・クエイク》のロケットパンチ。正確な攻撃は流石の一言に尽きる。

 

 

「ば、バカなああああっ!」

 

 

ラウラは悪役然としたセリフを残し、しめやかに爆発。

 

 

コスプレ生着替え走、優勝者、なし。

 

 

 

 

場所は移って、学園の地下特別区画。

 

 

ここでも、激しい戦いが繰り広げられていた。

 

 

「おらおらおらおらぁっ!」

 

 

「ふっ!」

 

 

ギィンッ!

 

 

何度目かわからない刃と刃の激突音が響きわたる。

 

 

猛攻。

 

 

そう表現することしかできないイーリスの怒涛の斬撃に、アンネイムドの『隊長』は冷静に反応、応戦する。

 

 

双方のファングは装甲にいくつもの傷を走らせ、戦いの場となっている通路はところどころで大きく抉り取られていた。

 

 

「いいファイトだ! 気に入ったぜ、お前!」

 

 

「……解せないな。なぜお前がIS学園にいる」

 

 

「こっちの方が面白いことがたくさんあるからな」

 

 

「安い芝居はやめてもらおう」

 

 

痺れを切らした『隊長』の声が苛立ちに揺れる。

 

 

「あん?」

 

 

「どこで情報を手に入れた? 我々がここに来ること知っていたから、お前はこうしているのだろう?」

 

 

「んなもん知るか。アタシはブリュンヒルデにネズミ退治を頼まれただけだ」

 

 

アサルトナイフがまたしても激突し、火花が散る。

 

 

「ぶっちゃけた話、アタシもお前らの目的にゃ興味はねえよ。この奥にある『アレ』を持って行きたいんだろ?」

 

 

「ならば、なぜ邪魔をする」

 

 

「ブリュンヒルデが、ここで待ってたらアタシ好みのバトルが出来るって言ってくれたもんでな!」

 

 

「アマゾネスが……!」

 

 

「なら獲物はお前だぜ?」

 

 

瞬間、目の前にいたはずのイーリスが消えた。

 

 

「どこ見てんだよっ!」

 

 

「!?」

 

 

後方からの衝撃に『隊長』は歯をくいしばる。

 

 

「捕まえたぜ……。連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)!!」

 

 

ゴオォッ! と大きな爆発音の後、イーリスと『隊長』は特別区画の奥へ奥へと爆進していく。

 

 

「な、にを………ッ!?」

 

 

「お前にゃとっておきを見せてやるよっ!」

 

 

イーリスは『隊長』とともに特別区画の開けた場所に出た。

 

 

「ここは………」

 

 

「お前たちネズミが目指していた場所だ」

 

 

「!」

 

 

『隊長』の目に、世界最強の存在が映った。

 

 

「ブリュンヒルデ……!」

 

 

腕を組んで立つ千冬は、『隊長』の姿を一瞥し、冷ややかに笑った。

 

 

「お前はラッキーなやつだ。気を失わずにここまで来れたんだからな」

 

 

千冬がわずかに身体を横に動かす。

 

 

数十のケーブルに繋がれた少女の形をした石像。

 

 

━━━━IS、《暮桜》。

 

 

作戦目標が、目の前に現れた。

 

 

「やってみせろよ、一兵士。目標はすぐそこだ」

 

 

「もっとも、アタシを倒してからだけどな」

 

 

千冬と『隊長』の間にイーリスが降り立つ。

 

 

「い、イーリスさん! この人達以外の他の侵入者は!?」

 

 

真耶のそばには、『隊長』と共に学園に侵入した二人のアンネイムドの女性隊員が横たわっていた。

 

 

(やはりすでに……!)

 

 

「おお! こいつでラストだ! ちょっと待ってろ!やるぜファング!」

 

 

イーリスの声に呼応するように、ファングのスラスターの一基がイーリスの右腕を包み込んだ。

 

 

そしてそのスラスターに火がつき、イーリスはふわりと宙に浮いた。

 

 

(このままでは、やられる!)

 

 

『隊長』は回避行動を━━━━

 

 

ゴッッッッッッ!!

 

 

「が…………ッ!?」

 

 

絶対防御が発動しているはずなのに、バラバラになりそうなほどの激痛と衝撃が『隊長』の体を駆け抜ける。

 

 

避けようとした『隊長』の動きを直感で予測し、イーリスは先手を打っていたのだ。

 

 

「ブラスティング……ナックル!!」

 

 

そのまま拳が振り抜かれ、『隊長』は壁に激突。

 

 

「………………!」

 

 

ろくに声も出せないまま、『隊長』の意識は闇へ沈んだ。

 

 

「ヒュウッ! 決まったぜ!」

 

 

「イーリスさん!? や、やり過ぎですよ!」

 

 

「心配すんな。死んじゃいねぇよ。多分」

 

 

「多分!?」

 

 

「コーリング、ご苦労だった」

 

 

「いや、こっちこそ面白い戦いの場所を用意してくれて、あんがとよ」

 

 

「ふん、血の気が多いやつだ」

 

 

「そんで、そっちの方は上手くいったのかい?」

 

 

「まあな。あとは仕上げにごろうじろというところだ」

 

 

「そうか。……お?」

 

 

そこでイーリスは異変に気付いた。

 

 

「どうかしたか?」

 

 

「いや……ファングが━━━━うおっ!?」

 

 

バスンッ! と一度大きな音がファングから発せられ、スラスターに突然火がつく。

 

 

「やっべえ! と、止まらないっ!?」

 

 

ファングのスラスターは不規則な噴出を続ける。

 

 

「い、イーリスさん?」

 

 

「おい、さっさと展開をかいじょ━━━━」

 

 

「おわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

ドカーン!

 

 

イーリスはそのまま天井を突き破って飛んで行ってしまった。

 

 

「………………」

 

 

「………………」

 

 

残されたのは、真耶と千冬と、気絶して動かないアンネイムドの三人。

 

 

千冬は、パラパラと頭に降りかかった小さな破片を払い落としながら、隣に立つ真耶に淡々と言った。

 

 

「真耶」

 

 

「はい」

 

 

「修理代をいつもより多めに出しておくように言っておいてくれ」

 

 

「……………はい」

 

 

 

 

 

 

IS学園大運動会も、終盤を迎えていた。

 

 

『さあ、みなさん! ついに! いよいよ! 最後の競技となりましたぁぁぁっ!!』

 

 

『わああああっ!!』

 

 

マリエのシャウトに学園全体が揺れるような歓声が轟く。

 

 

『午後の部に入って、予告した通り逆転に次ぐ逆転! 点差は各チームほぼ互角! 優勝は誰が掴むのでしょうか!』

 

 

『この楽しい催しも終わってしまうのね。少し残念だわ』

 

 

『ここまでのみなさんファイトを讃えたいですね』

 

 

『そして! その最後の競技に参加するために、学園のシンボルである中央タワー頂上には、ISを全展開した各チームの代表者が並び立っております!』

 

 

中央タワーの頂上。その周辺には、それぞれのISを展開して真剣な表情の瑛斗達の姿が。

 

 

なお、紫組は、梢のフォルヴァニスから武装を借りたフォルニアスで蘭が参加している。

 

 

『最後の競技は、超絶! ターゲットシューター!』

 

 

競技名のコールの後に、ボルテージは最高潮に達した。

 

 

『ルールは単純! これより発射されるたった一つの訓練用ターゲットを制限時間以内に撃墜した人が勝利! 獲得ポイントはなんとぉ〜!』

 

 

マリエはそこで大きく息を吸った。

 

 

『一〇〇〇〇〇〇〇〇ポイントだぁぁぁぁぁぁっ!!!!』

 

 

一億ポイント。

 

 

それは、これまでのどんな大量得点をも度外視したものであった。

 

 

「「「「「今までの競技はなんだったの!?」」」」」

 

 

『はーい、お約束なツッコミ、ありがとございます。しかし! ただのターゲットではございません! なんと! これより使用されるターゲットを製作したのは、桐野くんなのです!』

 

 

『えっ!?』

 

 

事情を知らなかった生徒会メンバー以外の専用機持ち達が一斉に瑛斗を見る。

 

 

「いやー、我ながらちょっとやり過ぎたかなぁ。かなり魔改造しちゃった」

 

 

当の本人は照れたように後頭部に手を添える。

 

 

「照れてる場合か!」

 

 

「しちゃった、って、アンタねぇ……」

 

 

「瑛斗が手がけたってことは……」

 

 

「かなり強い……」

 

 

「心してかからねばならぬか」

 

 

「この際どんなものが来ても、どんと来いだよ!」

 

 

「わ、私だって頑張りますから!」

 

 

「というか、桐野が作ったって、それって桐野に有利ってことじゃないんすか?」

 

 

フォルテが率直な疑問を口にすると、瑛斗はいやいやと首を振った。

 

 

「俺も男です。そんなこすっからい真似はしませんよ。それに、正直俺でも落とせるかどうか」

 

 

「一体どこまでのことしたんですの……!?」

 

 

『さて、準備が出来たようです!』

 

 

タワー頂上に設置された簡易射出機に、白い楕円球のターゲットがセットされる。

 

 

『果たして!栄光は誰が掴むのか! それでは! レディー、ゴーッ!!』

 

 

ターゲットが空を切った。

 

 

それに殺到する少女達。

 

 

「どんなのが出てくるかと思ったら、ほとんどただのターゲットじゃない!」

 

 

まず仕掛けたのは鈴。《双天牙月》を分離させ、思い切り振り上げる。

 

 

「いっただきぃ!」

 

 

ガキィンッ!

 

 

頑強な金属のぶつかり合う音がした。

 

 

「し、シールド……!?」

 

 

ターゲットのボディの半分が、アームに支えられてシールドになった。

 

 

「それなら! 衝撃砲!」

 

 

衝撃砲が発射しそうになった時、もう半分のボディが小型化ビームガンに変わり、放たれたビームが鈴の《甲龍》の装甲を叩く。

 

 

「な、何よ! このビームの威力!?」

 

 

「鈴さん! ターゲットごときに何をしていますの!」

 

 

鈴を押しのけるようにして躍り出たセシリアが《スターライトMk-Ⅱ》の銃口をターゲットへ向ける。

 

 

「食らいなさいっ!」

 

 

しかしターゲットがシールドを前面に構えると、直撃寸前にセシリアのビームによる狙撃は雲散した。

 

 

「BRF!? あんなものまで!?」

 

 

「後ろがガラ空きっす!」

 

 

フォルテはターゲットの後ろから接近し、氷の弾を撃ち放つ。

 

 

しかし、ビームガンの銃口から細いがビームソードが生成され、氷を両断した。

 

 

「マジっすか!?」

 

 

「BRF付きのシールド、ビームガン、そしてビームソード……まさかっ!」

 

 

二人の攻撃を捌いたターゲットを観察していたラウラは、上にいた瑛斗を振り仰いだ。

 

 

「その通りっ! あのターゲットには、G-soulの基本武装を搭載してある!」

 

 

瑛斗は完全に勝負を無視して説明に入った。

 

 

「ジェネレーターもこのためにわざわざ改良して、短時間だけど大出力を実現させた! しかもっ! ターゲットには俺も含めて、全員分の戦闘データを積んである!」

 

 

ぐっと拳を握った瑛斗は声高に叫んだ。

 

 

「もはやあれはターゲットじゃない! 言うなれば、小型の《G-soul》なんだっ!」

 

 

「え、瑛斗! アンタなんてモノ造ってんのよ!」

 

 

ターゲットに翻弄されながら、鈴は瑛斗に吠える。

 

 

「はははは! もっと褒めてもいいんだぞ?」

 

 

「褒めてないわよっ!」

 

 

「し、しかし負けられないのはこちらとて同じだ!」

 

 

箒はターゲットに接近し、二振りの刀を振り下ろした。

 

 

だが、斬撃の間を潜り抜けるようにターゲットは攻撃を避ける。

 

 

「くっ! 間合いが読めん!」

 

 

「だったら……!」

 

 

簪はターゲットをロックし、ミサイルを発射。感知したターゲットは楕円球に戻り、ミサイルから逃れるために飛翔する。

 

 

「外さんっ!」

 

 

「当たって!」

 

 

ラウラは破壊されたものから交換した大口径リボルバーキャノンを、蘭はレールガンを発射しながらターゲットを追う。

 

 

その攻撃の全てをいなし、ターゲットは未だに健在。

 

 

ミサイルが砲撃と接触して爆発し、その爆煙をバックに浮遊するターゲットはもはや一つの強大な兵器(実際兵器だが)のように見える。

 

 

「はっはぁーっ! どんなもんですかー!」

 

 

瑛斗は自らが造ったターゲットの活躍に大興奮。

 

 

「え、瑛斗? 競技のこと忘れてない?」

 

 

シャルロットがオープン・チャンネルで瑛斗に話しかけた。

 

 

「ん? いいんだよいいんだよ! あれを倒してくれるようなやつとなら、相部屋にでもなんでもなってやるよ!」

 

 

「ほ、ホント!?」

 

 

「おうさ!」

 

 

「〜〜〜っ! ぼ、僕、頑張るからねっ!」

 

 

飛び立ったシャルロット。

 

 

シールドをパージし、内蔵されたパイルバンカー《灰色の堅殻》を構える。

 

 

「やああああっ!」

 

 

大きく振りかぶったパイルバンカーの一撃。だが、小回りの効く小型のボディに当てるのは至難の技だった。

 

 

「まだだよっ!」

 

 

シャルロットはすかさず左手にマシンガンを呼び出し、トリガーを引いた。吐き出された弾丸はターゲットを捉えたが、当たりどころが悪く、少しバランスを崩させたに過ぎなかった。

 

 

「ダメか……!」

 

 

「その隙は逃さないわっ!」

 

 

シャルロットをアシストに使ったと言わんばかりに、楯無が前に躍り出てナノマシン・アクアをターゲットへ繰り出す。

 

 

(これで……!)

 

 

勝った━━━━!

 

 

楯無がそう確信した瞬間、ターゲットの周りをクリアーレッドの刃が取り囲んだ。

 

 

「マドカちゃん!?」

 

 

ブレードビットはターゲットを楯無の攻撃から守るのと同時に、ターゲットの動きを完全に封じた。

 

 

「………ブレーディア!」

 

 

マドカの叫びと同時に、装甲が内側から溢れ出た光に包まれる。

 

 

「お兄ちゃんは……!」

 

 

《バルサミウス・ブレーディア》は、第二形態の《ツイン・ブルーム・ブレーディア》へとその姿を変えた。

 

 

「お兄ちゃんは……!!」

 

 

全てのブレードビットが変形して、レーザー砲を露わにする。

 

 

「お兄ちゃんは……私のお兄ちゃんなんだからぁぁぁっ!!」

 

 

ブレードレーザービットの一斉射に流石のターゲットも防ぎきれずに被弾。

 

 

そのボディが焼かれ、地面へと落下する。

 

 

この時点で、一億ポイントはマドカが獲得。すなわち優勝はマドカに決定していた。

 

 

だが、場は水を打ったように静かだった。

 

 

皆が、ターゲットが地面に落ちた瞬間を歓声の爆発させるタイミングと無意識のうちに決めていたのだ。

 

 

(……不思議だわ。なんだか、とっても安心してる)

 

 

落ちていくターゲットを見送りながら、楯無はそんな考えを心に抱いていた。

 

 

(最初はどうなるかと思ったけど……。これで現状維持。今まで通り。やっぱりイベントで強制なんかじゃなくて、自分の力で手に入れないといけないわよね。ありがとうマドカちゃん、おねーさんは学んだわ)

 

 

その顔は、どこかスッキリと清々しいものだった。

 

 

「あちゃ。マドカのやつ、ちょっと狙いが悪かったか」

 

 

いつの間にか隣にいた瑛斗が、ボソッとつぶやいた。そして、楯無を見る。

 

 

「実はですね、楯無さん」

 

 

「う、うん?」

 

 

「あのターゲット、楯無さんにも内緒で、ちょっとした仕掛けをしたんです」

 

 

「仕掛け?」

 

 

「壊されると爆発します。ド派手に」

 

 

「え? でも……」

 

 

「はい。起爆出来なかったみたいです。あのままだと地面で……」

 

 

全員の視線が落下するターゲットへ向けられる。

 

 

ゆえに誰も気づかない。落下地点の地面が盛り上がっていたことに。

 

 

「あああああああああああああああああっ!!」

 

 

盛り上がっていた地面を突き破って、イーリスが飛び出してきた。

 

 

『!?』

 

 

突然のことに、ほとんどの生徒が反応出来ず、ただ『何かが地面からものすごい勢いで出てきた』程度の認識になっていた。

 

 

しかし、それだけでは終わらない。

 

 

ターゲットはイーリスのファングに激突したショックで再び空へ舞い上がる。

 

 

そして、放物線を描きながら、あまり出番がなかった一夏の浮遊する方へ。

 

 

ターゲットが一夏の眼前に来た時、一夏の眼前の世界がまばゆい光に包まれた。

 

 

「………ゑ?」

 

 

ドッカーンッ!!

 

 

その一秒後に起こった爆発が、大運動会の締め括りとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

「………こんなところに呼び出して、一体何の用かしら?」

 

 

運動会が終わり、グラウンドの片付けも修理した、夕方のIS学園。

 

 

「…………………」

 

 

学園の制服に着替え終えたマドカは、海に面した高台の上で、一人茜色の空を見ていた。

 

 

その背後には、金色の髪を海風になびかせて夕陽に輝かせる美女が立っていた。その横には、不機嫌そうなその恋人もいる。

 

 

「……私が呼んだのは、スコールだけなんだけど?」

 

 

「ハッ、お前をスコールと二人きりにさせるか」

 

 

「問題ないって言ったのに、オータムが聞かなくてね」

 

 

そこにいるのは新任教師などではなく、裏社会で暗躍してきた、亡国機業(ファントム・タスク)としての二人だった。

 

 

「でも、驚いたよ。本当に来てくれるなんて」

 

 

「あんなに真剣なお誘いなら、断らないわよ」

 

 

ニコリと笑って、スコールはマドカの隣に立ち、オータムは木に寄りかかる。

 

 

「それで? こうして呼んだってことは、生徒と教師の間の話ではないと認識するけれど?」

 

 

「そうだよ。これは私が……ううん、もしかしたら『彼女』も気になってることだよ」

 

 

「彼女……エムのことかしら」

 

 

「ねぇスコール。私の誕生日なんて嘘なんでしょ?」

 

 

スコールはほんの少し驚きの色を差した目をマドカに向けた。

 

 

「あら、わかってたの? 今のあなたならそれっぽく言えば信じてくれると思ってたのに」

 

 

「じゃあ……」

 

 

「その通りよ。ただの補充戦力で送られてきたあなたの誕生日を私が知るわけないじゃない。ほんの気まぐれよ」

 

 

「……そんなことだろうと思ったよ」

 

 

落胆の色を見せるマドカに、後ろに控えていたオータムが冷笑する。

 

 

「おいおい、んなこと聞くためにわざわざ呼び出したのかよ?」

 

 

「いや、こんなのはいいの。ずっと気になってたことが、他にあるんだ」

 

 

マドカは固く拳を握る。

 

 

まるでこれから生死を賭けた戦いを挑むかのような覚悟が、マドカから感じられた。

 

 

「どうして、私は生きてるの?」

 

 

「……どういうことかしら?」

 

 

「私が最初にお姉ちゃんと戦ったあの時、スコールは私の頭の中のナノマシンで私の記憶を消した。どうしてあんなことを? 記憶を消すなんて回りくどいことなんかしないで━━━━」

 

 

すぐに私を殺せばよかった。そうしなかったのはなぜ?

 

 

そう続けようとしたマドカより先に、スコールが言葉を被せた。

 

 

「それが、あなたとエムが知りたいこと?」

 

 

スコールは穏やかな表情を崩さないが、言葉尻に冷たいものが感じられる。

 

 

「それを聞いて何になるのかしら?」

 

 

「……………!」

 

 

マドカの背筋をゾクリと寒気が走るが、マドカは懸命に堪えてスコールを見つめ続けた。

 

 

「……………いいわ。なら教えてあげる。簡単なことよ。あの時のエムには、手にかける価値も無かった。それだけよ」

 

 

「それだけ……?」

 

 

「エムは命令に従わずに勝手にブリュンヒルデと戦った。当然、組織に生かされている分際で組織に逆らうような真似をし続けたあの子をあの場で殺す事も出来たわよ」

 

 

「でも、そうはしなかった……」

 

 

「私は脳を壊されて死ぬ死体の顔が嫌いなの。美しくないわ。だから事前に細工しておいたナノマシンで記憶を消して、そのまま野垂れ死にでもしてもらおうと思ってたのよ」

 

 

「じゃあ、やっぱり殺すつもりで……!」

 

 

「だから正直驚いたわ。あの無人機事件であなたが瑛斗と一緒にいたのを見たときはね」

 

 

あの時、あの無人機による一件だろうとマドカは理解する。

 

 

つまりねとスコールは続けた。

 

 

「あなたは運が良かっただけ。記憶を無くしたあなたのすぐそばに、たまたま二人揃ってお人好しな姉弟がいたから……それに拾われたから、あなたは生きている。それが結論よ」

 

 

「全部……偶然ってこと……?」

 

 

「偶然と思うか、運命と思うかはあなたの自由よ。人間っていうのはそういう思い込みで生きてるんだから」

 

 

マドカは足下に視線を落として黙り込む。

 

 

波の音だけが聞こえる静寂の中に「私はスコールと会えたこと運命だと思ってるよ!」とオータムの空気を読まない発言が吸い込まれた。

 

 

「ありがとうオータム。で、どう? これで満足?」

 

 

マドカを見るスコール。高圧的な雰囲気はなく、その口調は優しかった。

 

 

「………最後に、一つだけ」

 

 

「言ってごらんなさい」

 

 

「私はまだ、殺される価値は無いの?」

 

 

マドカの問いを一笑に付して、踵を返すスコール。金色の髪が海風に舞った。

 

 

「愚問ね。私から人畜無害そのものの女の子を殺すような真似はしないわ」

 

 

「でも……」

 

 

「あなたは織斑マドカ。()()()()()()()()()とは違う。そうでしょ?」

 

 

「………………」

 

 

「さ、この話はこれでおしまい。行くわよオータム」

 

 

「うん」

 

 

オータムとともにスコールは歩き出す。

 

 

「スコール!」

 

 

マドカが声を張り上げた。

 

 

「?」

 

 

「━━━━ありがとう」

 

 

感謝の言葉、確かにそう聞こえた。

 

 

しかし、マドカは真剣な顔を笑顔に変えた。

 

 

「……なーんて、絶対言わないから」

 

 

「ふふっ。言われる筋合いもないわよ。早く行ってあげなさい。あなたの愛しのお兄さんとお姉さんが待ってるわよ」

 

 

スコールの視線の先に、マドカを迎えに来た一夏が走ってくる姿があった。

 

 

 

 

 

 

「…………うぅっ……」

 

 

イーリスに敗北を喫した『アンネイムド』の『隊長』は、身体の奥に残る鈍痛に耐えながら、意識を取り戻した。

 

 

(ここは………)

 

 

なぜかベッドに寝かされていた。

 

 

そこであることに気づき、朦朧としていた意識が覚醒する。

 

 

(拘束されていない!?)

 

 

自分の身体は手錠の一つもつけられていなかった。それどころか頭には包帯を巻かれ、手当てを受けた跡がある。

 

 

「よう、お目覚めかい?」

 

 

窓際から自分に投げ彼られた声にハッと振り向く。

 

 

「イーリス・コーリング……」

 

 

苦々しく奥歯を噛む『隊長』に、イーリスは能天気な笑みを見せた。

 

 

「思ったより早く起きたな。さすがは『アンネイムド』の隊長だ。エリナにしこたま怒られて、上のパーティに出られないから暇だったんだよ」

 

 

「私を、どうするつもり?」

 

 

わずかだが怯えの伺える『隊長』の声。心が、身体が、イーリスへの畏怖で強張っていた。

 

 

「どうもしねえよ。このままアメリカに帰ってもらう」

 

 

「…………………」

 

 

あまりにも拍子抜けな展開に、『隊長』はキョトンとする。

 

 

ブリュンヒルデの指示だとイーリスは言った。

 

 

「お前とお前の仲間を拘束し続けりゃ、いくらこの学園でも国際問題になる。だから帰れとさ。お仲間は部屋の外にいるよ。おとなしいもんだぜ」

 

 

「しかし━━━━」

 

 

「ふむ」

 

 

イーリスか何か言いかけた『隊長』の顎に手を添えて、『隊長』の顔を見つめた。

 

 

「な、なんだ? 何をしている」

 

 

「お前の顔を見てんだよ」

 

 

「顔……? まさか私の身体に何かを━━━━!?」

 

 

「ちげーよ。お前のあのファングじゃバイザーで顔がよく見えないんだよ。ファイトの相手の顔も知らないなんて、寂しい話じゃんか」

 

 

そう言ってイーリスはじっと『隊長』の顔を見つめながら動かない。

 

 

試されているかのように感じた『隊長』も負けじとイーリスを睨み返す。

 

 

そして十数秒後。

 

 

「よし、お前の顔は覚えたぞ」

 

 

満足げに笑って、イーリスは『隊長』から顔を離した。

 

 

「変人とは聞いていたが、ここまでとはな」

 

 

「アッハハ! 昔からよく言われるよ」

 

 

屈託のないイーリスの笑顔が、眩しかった。

 

 

「……なぜ、笑っていられる?」

 

 

「ん?」

 

 

「知っているはずだ。イーリス・コーリング……あなたは軍から()()()()()()

 

 

「………………」

 

 

イーリスの顔から、笑顔が消えた。

 

 

「身に覚えがあるだろう。これまでにも、刺客は送られている」

 

 

「……確かにな。エリナのヤツを探し始めたくらいから、アタシを襲ってくる連中をたまに相手したよ」

 

 

「ならば!」

 

 

「けど、それがどうしたってんだ」

 

 

「え………」

 

 

「アタシはイーリス・コーリング。どんなヤツが相手でも向かってくるならぶっ飛ばすだけだ。アタシは誰にも止められない」

 

 

堂々とした言い方に、『隊長』はどこかで失くしたはずのハートを撃ち抜かれた。

 

 

「……あ、あの」

 

 

「?」

 

 

「秘匿回線、xxx0892-DA」

 

 

なぜか、イーリスの顔を直視することが出来ない『隊長』は、ぼそっとつぶやくように、だが、確かに告げた。

 

 

「これで、私と連絡が取れる……」

 

 

「そうかい。覚えとくよ。今度一緒に一杯やろうや」

 

 

そう言って、くしゃくしゃとイーリスは『隊長』の頭を撫でる。

 

 

顔を赤らめた隊長は、ベッドを跳ね起きて、逃げ出すように部屋から出て行った。

 

 

「…………ったく、挨拶くらい言えっての」

 

 

部屋に一人になったイーリスは肩を竦めてから、伸ばし始めた髪の先を撫でた。

 

 

「そう、私は自由だ。それはお前も同じだぜ、エリナ……」

 

 

 

 

 

 

瑛斗、一夏、マドカの三人の誕生日パーティーを兼ねた大運動会の打ち上げは学園校舎の大食堂で和やかに進んでいた。

 

 

形は違えどイベントに参加していたエリナやエリス、果てはスコールとオータムまでこの宴の場にいる。

 

 

「織斑先生、もうちょっと左にお願いします」

 

 

「む……」

 

 

今は、マドカの願いを叶える為の準備が行われていた。

 

 

「ほら千冬姉、そんなに離れてたら見切れるぞ」

 

 

「わ、わかっている」

 

 

「じゃあ織斑くんがもう少し右に………そう、その位置!」

 

 

新聞部部長の薫子が、並んで立つ三人にカメラを向ける。

 

 

「一夏くんと織斑先生とのスリーショットの家族写真なんて、マドカちゃんも素敵なこと考えるわね」

 

 

薫子の後ろからマドカ達の様子を見ていた楯無は、以前マドカが決めていると言っていたプレゼントの全容を知ってにこやかに笑った。

 

 

「マドカさんがいつも身につけてるロケットに入れるそうですよ」

 

 

「……彼女、嬉しそう」

 

 

蘭と梢も眼前の光景を微笑ましく見守っていた。

 

 

「瑛斗は、いいの……? 」

 

 

瑛斗達も当然見ている。簪は隣に立つ瑛斗に怪訝そうにして問いかけた。

 

 

「瑛斗も、誕生日なのに」

 

 

だが当の瑛斗はいや、いいんだと首を横に振った。

 

 

「あそこは織斑家だけの世界だからな。割って入るような野暮はしないよ」

 

 

「そうなんだ……ううん、そうだね。……あ!」

 

 

いいこと考えた! とシャルロットが手を打つ。

 

 

「瑛斗、僕たちも後で黛先輩に撮ってもらおうよ!」

 

 

「お、そりゃいい。マドカ達が終わったら頼んでみるか。ラウラもどうだ?」

 

 

「いいだろう。嫁との思い出は多いほうがいい」

 

 

瑛斗達に見られながら、一夏、マドカ、千冬はシャッターが切られるのを待っていた。

 

 

「なあマドカ、本当にいいのか? 遠慮することないんだぞ?」

 

 

「ううん。私はこれがいいの。お兄ちゃんと姉ちゃんとこうやって三人で写真を撮りたいんだ」

 

 

「マドカ……」

 

 

「お姉ちゃんが言ってたこと、今ならわかるよ。私の未来は……みんなと作っていくから」

 

 

「………ああ。そうだな」

 

 

「それじゃあいきまーす。カメラの方を見てくださーい」

 

 

薫子の最後の合図の直後、シャッターが切られる。

 

 

「……オッケー! お三方、いいのが撮れたよ」

 

 

「黛先輩! ありがとうございます!」

 

 

「いやいや、マドカちゃんのご指名とあらば聞かないわけにはいかないよ。他には撮ってほしいものとかある?」

 

 

「えっと……それじゃあ、お兄ちゃん。さっき話したやつ!」

 

 

「よし、瑛斗! お前も来いよ」

 

 

「え? 俺?」

 

 

突然の指名に目を見開く瑛斗。

 

 

「瑛斗も今日誕生日なんでしょ? おいでよ!」

 

 

「い、いや、俺がお前らの中に入っても変だろ」

 

 

「問題ない。私が抜ければいいだけだ」

 

 

フレームの外へ出ようとした千冬をマドカが引き止める。

 

 

「それじゃあダメなの! みんなで撮りたいの!」

 

 

「わかったわかった。やれやれ……」

 

 

「みんな……か。よし! シャル! ラウラ! 簪! みんなで撮るぞ!」

 

 

「う、うんっ!」

 

 

「もとよりそのつもりだったぞ」

 

 

「みんなで、写真……」

 

 

瑛斗達がマドカの横に立ち、瑛斗にならった一夏は箒達を呼んだ。

 

 

「せっかくだ。箒達も来いよ」

 

 

一夏に呼ばれて、急に身体が強張る女子数名。

 

 

「うむ。し、仕方ないな。そこまで言うなら撮ってやらんこともないぞ。うむ」

 

 

「で、では、お言葉に甘えましょうかしら」

 

 

「しし、しょうがないわね! 撮ってあげるわ!」

 

 

「……蘭、行ってくるといい」

 

 

梢が一歩引いて蘭の方を押すと蘭はくるりと回って梢の手を取った。

 

 

「なら、梢ちゃんも一緒に行こう!」

 

 

「……私も? でも……」

 

 

「遠慮することないよ。一緒に撮ろう? ね?」

 

 

「……………わかった」

 

 

「お、専用機持ちで撮るっすか? 楯無さん! 私達も混ざるっすよ!」

 

 

「え!? い、いや、私は……!」

 

 

フォルテに背中を押されるが足を動かそうとしない楯無を、一夏と瑛斗が呼ぶ。

 

 

「楯無さんも入ってくださいよ」

 

 

「みんなで撮るんです。楯無さんも入ってくれなくちゃ!」

 

 

二人に言われたら逆らえない楯無だった。

 

 

「じ、じゃあ……入っちゃおう、かしら?」

 

 

楯無はススッと端の方に立った。フォルテもその内側に入る。

 

 

「……あ! エリナさんとエリスさんもこっち来てください!」

 

 

「私たちも?」

 

 

「いいんすかっ?」

 

 

まさか呼ばれるとは思ってもみなかったエリナとエリスは目を丸くする。

 

 

「俺、エリナさん達とも一緒に撮りたいんです。嫌ですか?」

 

 

「って瑛斗が聞いてるわよ? どうするエリス?」

 

 

「い、いえっ! よよ、喜んで!」

 

 

(……はっ!? か、完全に油断して作業着着て来ちゃったっす! )

 

 

「エリスさん?」

 

 

「ななっ、なんでもありませんっすよ!」

 

 

ガチガチに緊張して手と足を同時に出しながら歩くエリスと、それを見てクスクス笑うエリナも瑛斗の横に立つ。

 

 

「ねえねえ! せっかくだからスコール先生と巻紙先生にも入ってもらおうよ!」

 

 

コスプレ生着替え走でシャルロットのサポートをやった理子ががそんなことを言うと、端の方で成り行きを見ていただけだったスコールとオータムに視線が集まった。

 

 

(岸原さん、それ結構地雷だよぉ……!)

 

 

シャルロットはおっかなびっくり瑛斗の顔を見た。不満そうかと思ったが、瑛斗の表情は笑顔のままだった。

 

 

「……そうだな。スコール先生と巻紙先生も来てください。こっち来て写真撮りましょう」

 

 

なんと瑛斗も理子に賛同してスコールとオータムに声をかけたではないか。

 

 

「は? あ……いえ、私達は遠慮しておきま━━━━」

 

 

「いいわね。巻紙先生、行きましょ」

 

 

「えっ、お、おいスコール……!」

 

 

手を引っ張り、引っ張られながら、スコールとオータムもフレームの中に収まる。

 

 

(こらガキ……! 何のつもりだ? てめえらガキ共とお仲間ごっこするつもりはねえぞ)

 

 

口を尖らせて地を出すオータムはドスの利いた小さな声を瑛斗にぶつける。

 

 

(ごっこじゃない。お前ら二人はもう俺達の仲間だ)

 

 

しかし瑛斗はオータムとスコールを見ずに言ってのける。

 

 

(昔のことは昔のことで許せないこともある。けど今こうしてるお前らは信じられるさ。……これからも世話になるぜ)

 

 

 

(ですって。オータム、よかったわね)

 

 

(……ケッ。嬉しくともなんともねえよ)

 

 

「おお! いいねいいね! 最高の集合写真だよ! じゃあ撮りまーす!」

 

 

豪華な被写体達に対して写真家魂を燃やしている薫子の合図に、全員がカメラの方を見る。

 

 

「はい撮りまーす! みんな笑って笑って!」

 

 

薫子がカメラを構えて、レンズ越しに瑛斗達を覗く。

 

 

「はい、チーズ!」

 

 

カシャッと軽い音と同時にシャッターが切られ、その一瞬は永遠のものとなった。

 

 

「んー! いいのが撮れたっ! この写真は永久保存版だね! 早速現像して来なきゃ!」

 

 

上機嫌な薫子は挨拶もそこそこ、軽やかな足取りで食堂から出て行った。

 

 

「いい思い出になるな」

 

 

「ああ。マドカもそう思うだろ?」

 

 

「うんっ!」

 

 

このまま、打ち上げは平穏に終わると思えた。

 

 

「お、織斑先生ぇ〜っ!」

 

 

しかし、薫子と行き違いで走ってきた真耶と、

 

 

「……あら? チヨリ様から緊急通信?」

 

 

スコールの持つ小型通信機に入った通信が、その雰囲気を崩し始めるた。

 

 

「真耶? どうした?」

 

 

「た、たたっ、大変です! て、て、テレビを!」

 

 

「チヨリ様?」

 

 

『スコール、テレビを見るんじゃ! 早く!』

 

 

「な、何をそんなに慌てて……?」

 

 

 

訳もわからないまま、千冬とスコールは大食堂にあるテレビを点けた。

 

 

『テストテスト。届いてるね? よし。始めようか……』

 

 

 

「あいつは!?」

 

 

その声と、その顔に、瑛斗は目を見開く。

 

 

「クラウン・リーパー……!?」

 

 

 

 

 

『みなさんこんにちは。もしくはこんばんは。みなさんの大切なお時間を奪うような真似をして申し訳ありません』

 

 

この放送を聞く全ての人の視線を釘付けにした男の声が、はっきりと聞こえる。

 

 

『ですが、私は、これから私が行う発表を出来るだけ多くの……それこそ世界中の人々に聞いていただきたいのです』

 

 

「チヨリ様、この放送はどこから?」

 

 

『わからん。ありとあらゆる通信電波を使ってるようじゃ』

 

 

スコールがチヨリの声を聞いている間にも、クラウンの放送は続く。

 

 

『IS《インフィニット・ストラトス》……女性にのみ扱うことが出来るパワードスーツ。白騎士事件を皮切りに、これが世に出て久しい。圧倒的な力に世界のパワーバランスは崩壊し、女性が台頭して久しい……』

 

 

しかし、と画面の中のクラウンは続ける。

 

 

『そこでみなさんに問いたい。太古の昔より、歴史を変えてきたのは誰か? 世界を支えてきたのは誰か? 答えは『男』です。男が、これまでの世界を作り上げてきたのです。それがこの世界のあるべき姿なのです』

 

 

あの時瑛斗に向けていたのと同じ笑顔のはずなのに、その笑顔からはとてつもなく邪悪でどす黒い何かが滲み出ていた。

 

 

「瑛斗……」

 

 

瑛斗を見やるラウラ。瑛斗は視線を動かさず、映像を食い入るように見つめていた。

 

 

『それが、エレクリット・カンパニーの前社長、エグナルド・ガートの思想。死の直前まで考えていた、彼の最期のプロジェクトの根源にあるものです』

 

 

「せ、先輩! 社長の名前を出してきたっすよ!?」

 

 

「社長からそんな話は一度も聞いたことがないわ……!」

 

 

『私はこの思想に賛同しています。ISの数は少ない。当然ISを操縦する女性も数は限られています。しかし、世界中の女性がまるで自分が世界で最も偉大であるかのように振る舞い、男を見下している。それは過ちだ。そしてその過ちの理由は、ISという大き過ぎる力を女だけが手に入れたことです。故に、大き過ぎた力を正すにはそれに匹敵する力が必要なのです』

 

 

「力だと……?」

 

 

『エグナルドのプロジェクト……男性が動かすことの出来るISに匹敵するマシンの開発。私はそれに成功。さらに量産体制も確立しました』

 

 

「ISに匹敵するですって!?」

 

 

食堂に響くざわめきは、今現在の世界の縮図であった。

 

 

『それがこちらです』

 

 

クラウンは一歩後ろに下がり、自身の奥に鎮座する灰色の金属の塊を画面に晒した。

 

 

「IS………?」

 

 

瑛斗のつぶやきは、この場にいる全ての者が感じたことだった。それは通常よりも装甲を増加させたISのような姿をしていた。

 

 

無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)超え、人類が新たなステージの扉を切り開くための剣。それがこのInfinite Orbit Saber。IOS(アイオス)です』

 

 

「アイオス……」

 

 

『確かに姿はISに酷似しています。ですがこのマシンに性別による制限はありません。これは男性にも扱えるISと言える代物になっているのです』

 

 

ざわめきは大きくなる。

 

 

『百聞は一見に如かず。プロモーションとして、みなさんにもその性能をお見せしましょう』

 

 

映像が切り替わり、戦場と化している軍事基地を映し出した。

 

 

『これはアメリカのとある軍事基地の現在の様子です。ちょうどIOSを使った作戦が行われています』

 

 

状況は一方的だった。コンクリートの地面は抉れ、基地の建物も半壊している。

 

 

そこかしこにISスーツを着た女性軍人達が倒れ伏し、IOSを駆る男達が基地を制圧しつつあった。

 

 

『いかがです? ISを多く配備している大型基地が、IOSを使用する少数部隊を前に陥落しようとしています。抵抗を続ける者もいるようですがね』

 

 

クラウンが言うやいなや、恐らく最後の一機であろうISが硝煙の中から現れた。

 

 

「だ、ダリル先輩っ!?」

 

 

間違いない。

 

 

現れたのは、フォルテが敬愛するIS学園の卒業生のダリル・ケイシーだった。

 

 

『他の操縦者達が次々と倒れる中、彼女は懸命に戦っています』

 

 

専用機である《ヘル・ハウンドver2.5》をボロボロにしながらも戦うダリルを、IOSを操る屈強な男達が包囲する。PICによる浮遊と軽やかな動きは、まさにISのそれであった。

 

 

『しかし……それもこれまで』

 

 

男達が構えたバズーカの砲口から一斉に火の玉が飛び出し、ダリルを飲み込んだ。

 

 

「先輩っ!!」

 

 

映像を見ていた女子達の悲鳴と、フォルテの悲痛な叫びが虚しく響き、映像は再びクラウンを映す。

 

 

『ご覧いただけたでしょうか? これがIOSの力です。そして、私はここでもう一つ発表をさせていただきます』

 

 

衝撃的な映像の余韻が残る中、クラウンはさらに続けた。

 

 

『私………いや俺は、現時刻をもってエレクリット・カンパニーの臨時代表取締役を辞任する。そして、エグナルドの思想に賛同する同志達、虚界炸劃(エンプティ・スフィリアム)とともに、この世界をあるべき形に戻すため、この放送を世界への宣戦布告とする!』

 

 

「虚界炸劃……? せ、宣戦布告って!?」

 

 

「……彼は、戦争を起こすつもり……?」

 

 

蘭と梢だけでなく、世界中に新たな動揺が広がった。

 

 

『では最後に高らかに言わせてもらおうかな……』

 

 

クラウンは締めくくりとばかりに両手を大きく広げる。

 

 

『全世界の男達よ! 立ち上がれ! 今こそ反撃の時だ! 全世界の女どもよ! お前達の天下は終わった! お前達の傲慢に、まもなく鉄槌が下る!!』

 

 

中継映像が終わり、痛々しいほどに場違いなバラエティー番組が数秒映った後、臨時ニュースが始まった。

 

 

 

 

 

 

クラウンの宣戦布告の後、瑛斗たち専用機持ちは急遽IS学園地下特別区画のブリーフィングルームへと集められた。

 

 

「よし、全員いるな。突然のことで驚いていることだろう。私も驚いている」

 

 

千冬は瑛斗達に今後の動きについて話し合うためのブリーフィングの開始の言葉を発した。その隣には真耶がいる。

 

 

「織斑先生、スコール先生と巻紙先生がいらっしゃいませんが……」

 

 

「二人ならチヨリちゃんのところに行かせました」

 

 

「き、桐野くんっ? いつの間に?」

 

 

「向こうがそうするって言ってきただけですよ。俺も止める理由ありませんし、あいつらもあいつらなりに調べてみるそうです」

 

 

「他の教員達も事態の調査に動いている。お前達は一般生徒達の不安を煽らないよう普段通りでいろ」

 

 

「普段通りって言っても、千冬姉……」

 

 

一同の視線が、瑛斗の横に座るフォルテに注がれた。

 

 

「………………」

 

 

爆炎に飲み込まれるダリルの姿を見せつけられたフォルテに、気休めにもならないだろうとは理解しつつも瑛斗は声をかけた。

 

 

「フォルテ先輩………その、ダリル先輩なら、きっと大丈夫ですよ。ISの絶対防御もあるんですから」

 

 

「……わかってるっす。そうっすよね………」

 

 

フォルテの返事には、いつものハツラツとした覇気はなかった。

 

 

「しかし、あのIOSというマシン……きな臭いな」

 

 

ラウラは深刻な面持ちで述べると、楯無も同調した。

 

 

「あのマシンには謎が多いわ。動力は何なのか。活動限界はあるのか。それと━━━━」

 

 

「「本当にISと並ぶほどの性能なのか」」

 

 

ラウラと楯無の声が重なる。瑛斗も同意見だったようで、二回首を上下に揺らす。

 

 

「実物が欲しい。本気で解体して調べ尽くしたいところだぜ」

 

 

「り、鈴さん、どういうことですか?」

 

 

楯無達の言葉の意味がわからなかった蘭が頭の上に疑問符を浮かべながら鈴へ尋ねる。

 

 

「簡単な話よ。さっきの基地への攻撃を、全部が全部あのIOSとかいうのがやったんじゃないってこと」

 

 

「つ、つまり……?」

 

 

「だからぁ、中継が始まる前にIOSじゃなくて別の、例えば半端なく強いISであらかた制圧してからIOSを投入したとも考えられるってことよ」

 

 

「そういう考え方も出来るんですか……」

 

 

「……でも、そうなるとあの規模の基地を制圧するなら、単独ではないはず」

 

 

「宣戦布告と言っていた以上、クラウン・リーパーにどれほどの戦力があるのかも気になるところですわね」

 

 

虚界炸劃(エンプティ・スフィリアム)……だね。でも一番の問題はクラウンの行動だよ。あの人が何をしようとしてるのか、全く予想が出来ないよ」

 

 

シャルロットの言葉を聞いた後、簪は瑛斗へ顔を向けた。

 

 

「瑛斗……クラウンと会ったんだよね?」

 

 

「ああ。だけどあの時はあの放送の時みたいな雰囲気は感じられなかった。エレクリットのために頑張ってくれる……………そういう人だと思ってたよ」

 

 

「だが、実際は違ったか」

 

 

箒の言葉の後、重苦しい空気がブリーフィングルームに充満する。それほどクラウンの発表は衝撃的なものであった。

 

 

「クラウン・リーパー……一体何者なんだ」

 

 

《それがわかったところで、事態は変わらないよ》

 

 

「ですよね……………ん?」

 

 

会話の相手に違和感を感じて、一夏は顔を上げる。

 

 

「お兄ちゃん? 今、誰と話したの?」

 

 

全員が、自分は違うという意思を示し、ますます一夏は首をひねる。

 

 

「今のは……」

 

 

千冬が奥のテーブルの上にあるデバイスへ視線を投げ、瑛斗達もその後に続いた。

 

 

「千冬姉、あれは?」

 

 

「柳韻先生から託された、束の造ったデバイスだ」

 

 

「……っ!?」

 

 

箒が、父と姉の名を聞いて息を飲んだ。

 

 

《そのとーりっ!》

 

 

瞬間、デバイスの画面が眩い輝きを放った。

 

 

「な、なんですの!?」

 

 

発光する画面から、十五センチほどの小さな人の姿がせり上がってくる。

 

 

《ふっふっふ……! なんだかんだと聞かれちゃったら、答えてあげようほととぎす!》

 

 

「え……!」

 

 

「あなたは……!?」

 

 

その姿を、この場にいる誰しもが知っていた。

 

 

不思議の国のアリスのような青と白のワンピースに、うさ耳型のカチューシャ。

 

 

長い髪と、口元には不敵な笑み。

 

 

それは、ISを生み出し、この世界の全てを変えた、稀代の天才━━━━!

 

 

《やっほーっ! 束さんだよー! きゃぴっ☆》

 

 

篠ノ之束。そのホログラムであった。




超展開でした。
久しぶりにかなり早い展開でした。
運動会、誕生日、そしてら新たな組織の出現。さらには束(ホログラム)まで。
我ながら盛り過ぎたかな……
次回も楽しみにっ!


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