IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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開幕! IS学園大運動会! 〜または祭典の裏で加速する世界〜

 パン! パパン!

 

  小気味好い空砲の音が空へ二、三度響き渡る。

 

  九月二十七日。天気は快晴。

 

  ついにIS学園大運動会の日がやってきた。

 

  グラウンドには一年生から三年生までの学園の全生徒が学園指定のブルマを着用して並んでいて、眩しいほどの脚線美とヒップラインが嫌でも見えてしまう。

 

「い、いよいよだな、瑛斗」

 

「あ、ああ。いよいよだ」

 

  俺と一夏は開会式で選手宣誓とルール説明をする役になっているからこうしてみんなのいる列とは違うポジションにいる。おかげで目のやり場に困るぜ。

 

「あ、瑛斗、楯無さんだ」

 

  一夏が指差したところには、水色の鉢巻を巻いてブルマ姿の楯無さんがいた。

 

  楯無さんの出した突然のルール変更。問いただしても『もう決定してしまったことだから』と楯無さんには軽くあしらわれてしまった。

 

  ルール変更の理由は定かではないけど、そんな楯無さんも今は生徒達の列に並んでいる。

 

  若干━━━━いや、かなりの不満は残ったけど、他の女子達はもう手がつけられないくらいにヒートアップしてたから受け入れるしかなかったのが事実。

 

  ……あ、楯無さんと目があった。手を振ろ━━━━

 

「………!」

 

  プイッと顔を逸らされてしまった。なぜだ?

 

『あー、あー、テステス。本日は晴天なり。本日は晴天なり』

 

  マイクチェックが入った。どうやら始まるみたいだ。

 

『IS学園! チキチキ! 大運動かぁぁぁぁいっ!!』

 

『イエェェェェェェイ!』

 

  学園全体が震えたんじゃないかってくらいの歓声が弾けた。

 

『さあ! 始まりましたIS学園大運動会! 実況は私! 三年三組、放送部部長! 美加村マリエでございます! どうぞよろしく!』

 

  元気のいい実況の挨拶に拍手が起こる。

 

『ポッと出、とか、どうせ今回限りのモブだろ? とかの言葉は聞こえません! 私には聞こえませんよー!』

 

「や、やけにハイテンションだな」

 

「そうか? スポーツ実況はこれくらい盛り上がってなくちゃ」

 

  つぶやく俺にそう返した一夏は楽しそうだった。どうやら余計なことは考えず、状況を楽しむことにしたらしい。それも一つの賢い選択かもしれない。

 

『さあ! 今回の運動会の解説には特別ゲストをお迎えしております!』

 

  美加村先輩の隣の二席に、俺のよーく知った顔が並んでいた。

 

『学園に彗星の如く現れ、破竹の勢いで『抱かれてもいい先生ランキング』No. 1に輝いたスコール・ミューゼル先生!』

 

  いつの間にそんなランキングを集計したんだ……。

 

『うふふ、よろしくね?』

 

  赤いスーツ姿のスコールが上品に手を振ると歓声が上がる。人気なのは確かだな。

 

『そしてもう一人! 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花! IS学園にやってきたジャパニーズビューティー! 同じく新人教師の、巻紙礼子先生!』

 

  拍手して歓声を上げるみんな、普段のアイツ見たらそんなイメージすっ飛ぶぞ。

 

『ご紹介にあずかりました。巻紙礼子です。どうぞよろしくお願いします』

 

  しかしアイツは猫かぶりのプロだな、マジで。

 

『さあ! それでは運動会の開会式と参りましょう! まずは、選手宣誓!』

 

  お、出番の様だ。

 

「よし、行こうぜ瑛斗」

 

「よっしゃ!」

 

  壇上へと駆け上がると、大きかった歓声は一層大きなものになった。

 

「桐野瑛斗です!」

 

「織斑一夏です!」

 

「「せーの、宣誓! 我々は、正々堂々力の限り競い合うことを誓いますっ!」」

 

  練習通り、見事にハモって宣誓すると、歓声は更に更に大きくなる。

 

  しかし先頭に立つ各組代表、もとい団長は全員静かな様子だった。

 

 紅組団長、箒。

 

「私は誰にも負けない。絶対に勝って、い、一夏とまた……ふふっ」

 

  青組団長、セシリア。

 

「エレガントかつパーフェクトに、決めてさしあげますわ。一夏さん」

 

  桃組団長、鈴。

 

「勝つわよ! ぜぇぇぇぇぇったい! 勝つから! 待ってなさいよ、一夏ぁ!」

 

  赤組団長、マドカ。

 

「箒のとこの鉢巻とちょっと色被ってるけど……安心してお兄ちゃん! 私達の生活は誰にも奪わせないから!」

 

  紫組団長、蘭。

 

「わ、私だって負けません! 見ていてください一夏さん!」

 

「……勝つ」

 

  どうやら蘭と戸宮ちゃんは同じ組のようだ。あ、だから紫か。機体色の赤と青混ぜて。

 

  それにしてもみんなすごいやる気だ。こっちまで伝わってくる。一夏に向けられる視線が幻視できるぜ。

 

(一夏、箒達がめっちゃお前見てるぞ)

 

(お前もだぞ、瑛斗)

 

(え? あらホント)

 

  俺にも視線の矢印が向けられてる!

 

  橙組団長、シャル。

 

「僕にも強引になる権利はあるよね、瑛斗」

 

  黒組団長、ラウラ。

 

「瑛斗と同室……そうなれば毎日……ふ、ふふ、ふははは………!」

 

  鉄組団長、簪。

 

「鉄って、色かな……。まあいいや。必ず、勝つ。待ってて瑛斗」

 

  緑組団長、フォルテ先輩。

 

「ふっふっふ、これで優勝したら、桐野に卒業までずっと提出課題押し付けられるっす!」

 

  こっからじゃ聞こえないけど、フォルテ先輩から不純なやる気を感じる。

 

  そして水組団長、楯無さん。

 

「こ………ここまでやっちゃったら、もう後には引けないわ……!」

 

  さっきからオドオドしてるけど、楯無さんもやる気は十分のようだ。

 

『さあ! このままルール説明もお願いします!』

 

  実況席から進行をするよう指示が飛んできた。

 

「はい! 今回の運動会はポイント制となっています! 一番得点が多い組が優勝です!」

 

「なお、運動会の各種目には……!」

 

  体操着のポケットに入れていた白い鉢巻を頭に巻きつける。

 

「「せーの、俺達も参加しますっ!」」

 

  その言葉におおー! と黄色い声が。

 

「俺達はそれぞれ別枠で競技に参加します」

 

「つまり、一人だけのワンマンアーミー! でもそれじゃあ獲得ポイントは圧倒的に足りない! ので、協議の結果、俺達のポイントは十倍になります! それでもかなりギリギリですがね!」

 

「賞品が欲しいなら、賞品である俺達を倒してください!」

 

  一夏がそう言うと、またしても歓声と拍手が沸き起こった。

 

「そして今回の目玉! 各組の専用機持ちは、自分のISを頭部、腕部、背部、脚部の四つに分けて、その内の一部位だけを各競技中に使うことが出来ます! なお、そこ以外の部位を展開するとペナルティで獲得点数が減少しますので注意してください!」

 

「誰がどの部位を使えるのかは、これから行われるルーレットでランダムに決定! このルーレットの結果が結果を大きく影響してきます!」

 

  背後の大型ディスプレイに各組代表の顔写真とISのパーツを模したシルエットが表示される。

 

  そこには当然俺と一夏の写真もあった。

 

「これよりルーレット回転です! ご唱和ください!」

 

  目で合図を送る。一夏は息を大きく吸った。

 

「せーのぉっ!」

 

『どーんっ!!』

 

  ルーレットが回り出す。

 

  全校生徒の元気な声で、運動会はスタートした。

 

 ◆

 

  『最初の競技は五十メートル走! 各組の選手はスタートラインに来てください!』

 

  マイク越しのマリエの声を聞き流しながら、鈴は入念に準備運動をしていた。

 

(さぁて、こういうのは最初が肝心! 1位をバシッと取って、勢いに乗るのよ!)

 

  ちなみに鈴が使えるのは腕部装甲。肩まではギリギリセーフという裁定で、十八番の衝撃砲は使用することが出来る。

 

  しかし、鈴はまだ使う必要は無いと判断していた。

 

(アタシと走るメンバーに専用機持ちはいない……それにアタシは小学校の頃から走り回ってたのよ! ISなんて無くても一位になれるわ!)

 

  確固たる自信を胸に、クラスも学年もバラバラの女子達がいるスタートラインに立つ。

 

『あ、スタートの合図をするのは先日エレクリット・カンパニーから特別講師としてやって来ていただいたエリナ・スワン先生です』

 

  起こった拍手にエリナは頭を下げてからピストルを空へと向けた。

 

「位置について、よーい……」

 

  パァンッ! 景気のいい音を立てて、ピストルから煙が出る。

 

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃ〜っ!」

 

  見事なスタートダッシュで飛び出した鈴。長いツインテールは下を向くことがない。

 

『あーっと! 凰選手速い! ラクロス部のエース、流石の身のこなしだぁ!』

 

  実況の声が終わるのと同時に、鈴はゴールテープを切った。

 

『一着の十ポイントは桃組に入ります! いやー、いかがですかスコール先生、凰選手の走りは』

 

『ええ。無駄の無い美しいフォームで、見事な走りだったわ』

 

(ふっふーん! 当然よ! でもアタシを褒めるなんて見る目あんじゃない)

 

  褒められて気を良くした鈴はうんうんと頷く。

 

『でも揺れは最下位だったわね』

 

 どぐしゃあっ!

 

『凰選手が崩れ落ちたぁーっ!? 何かが盛大に折れる音も聞こえたぞぉーっ!』

 

  スコールの一撃を受け、前のめりに倒れてうずくまる鈴。その姿はさながら、サイバ◯マンの自爆を食らったヤ◯チャのよう。

 

「何よ……好きでこんな風になってるわけじゃないわよ……! みんなバカみたいゆっさゆっさ揺らしてさ……! 垂れちゃえ……。アタシより胸があるヤツみんな垂れちゃえ! うぅぅ………!」

 

  口の端から呪詛を溢す鈴。標的にされないように、他の女子達は胸を腕で隠しながらササーッと身を引いた。

 

「鈴! だ、大丈夫か?」

 

「え……?」

 

  一夏だ。心配そうにこちらを見ている。

 

「いきなり倒れて、どこか怪我でもしたのか?」

 

「ぜっ、全然全然! 全然なんともないわよっ!」

 

  パッと起き上がる鈴。

 

「そ、そうか? ならいいけど」

 

「う、うん。でさ、一夏、見てくれた? その、あ、アタシの走ってるとこ……」

 

「ああ。見てたぞ。やっぱり鈴は元気に走ってる姿がよく似合ってるよ」

 

「へっ?」

 

  一夏の率直なその言葉にボッと顔が赤くなる。

 

「?」

 

(わ、ヤバ、アタシ絶対顔真っ赤になってる……!)

 

  自分でも恥ずかしくなるくらいの顔の熱さを誤魔化すように、一夏から顔を逸らした。

 

『続いて、第二走者のみなさんがスタートラインに立ちます!』

 

「おっと、俺も行かないと。鈴、怪我すんなよ? しないとは思うけど」

 

「あ、一夏まっ━━━━」

 

  しかし一夏は人ごみの中に紛れていってしまった。

 

「…………そうなんだー。アタシのこと見ててくれたんだー。……ふふっ♫」

 

  はにかんだ笑顔を浮かべる鈴。スコールに弄られた怒りと悲しみはどこかへ消え去っていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

  そんな鈴をじぃ〜っと見つめるのは、箒、セシリア、マドカだった。

 

「鈴め、羨ま………ゴホン! ゆ、緩んだ顔をしおって……!」

 

「優勝はわたくしのものでしてよ!」

 

「私のことだって見ててくれるよね? お兄ちゃん」

 

  ゴゴゴ……と物々しいオーラを出す三人を見て、横にいたシャルロットも燃えていた。

 

「三人ともすごいやる気だなぁ。僕も頑張らなくっちゃ!」

 

  しかし、このやる気は空回りすることになる。

 

「位置について、よーい……スタート!」

 

  一気に飛び出した箒、セシリア、マドカの三人に必死に追いつこうと必死に脚を動かしたシャルロットは、脚をもつれさせて盛大に転んでしまった。

 

「う、うそぉ……」

 

  あっという間にゴールしている他の走者達を見て、自らの失態にじわ、と涙で視界がにじむ。

 

「シャル! 平気か?」

 

  どこからともなく瑛斗が現れた。

 

「ぐすっ……瑛斗……?」

 

「あちゃあ、膝すりむいて。救護テントまで運んでやるからな!」

 

  瑛斗はシャルロットに背中を向けてしゃがんだ。

 

「ほら、おぶってやる。動けるか?」

 

「えっ、い、いいの?」

 

「いいもなにも。それとも自分で歩くか?」

 

「う、ううんっ! お願い!」

 

  ピトッと瑛斗の、男の背中におぶさる。

 

「よし、じゃあ行くぞ」

 

  瑛斗はシャルロットの足に手を回して立ち上がり、救護テントへ歩き出す。

 

『負傷したデュノア選手を桐野くんが運びます。いやー、こういったイベントでアクシデントは付き物ですね。巻紙先生』

 

『はい。それに迅速に対応した桐野瑛斗は高評価ですね』

 

「ケッ、心にもないこと言ってやんの」

 

  オータムの声に半眼を作る瑛斗。

 

「シャル、普段のあいつな、かなりヤバいんだぜ? ……シャル?」

 

「へっ? え、ああ、う、うん。そう、なんだ」

 

(瑛斗の背中……おっきいな)

 

  久しぶりに瑛斗をこれほど近くに感じていたので、シャルロットはついつい瑛斗の声が耳に入っていなかった。

 

  そして救護テントで保健室の先生に手当てを受けた。

 

「ありがとう、瑛斗。瑛斗は五十メートル走には出ないの?」

 

「ああ。俺が出るのは次の障害物競走だ」

 

「そうなんだ。頑張ってね」

 

「ああ。もうすぐ始まるし、そろそろ行くよ」

 

「うん、またね」

 

  和やかな雰囲気で別れた後、シャルロットは触られていた太ももを撫でながら、にへっ、と顔をほころばせた。

 

「…………ふむ」

 

「…………なるほど」

 

  シャルロットがおんぶされて運ばれる一部始終を見ていたラウラと簪は、なにやら思案めいた顔をしてスタートラインに立った。

 

「スタートッ!」

 

  ピストルの破裂音と同時に飛び出す女子一同。

 

  しかしラウラと簪だけはあからさまにわざとらしく転んでみせた。

 

「衛生兵! 衛生兵はどこだ!」

 

「いたたたぁ……」

 

((こうすれば瑛斗が来てくれる……!))

 

  そんな下心と期待をMAXにして待っていると━━━━

 

「あの〜、お二人とも。ちゃんとやった方がいいっすよ?」

 

  なぜか生徒同様ブルマ姿のエリスがやんわりと注意してきた。

 

  ………それだけだった。

 

「なっ、なぜエリス殿が来るのです!?」

 

「え、瑛斗、は……!?」

 

「き、桐野さんならもう次の障害物競走の方に行っちゃったっすよ?」

 

「「そ……そんなぁ〜!」」

 

  こうして五十メートル走は終わる。

 

  トータルの獲得点数が最多だったのは、鈴の率いる桃組だった。

 

 ◆

 

『第二種目は、障害物競走ー!』

 

  五十メートル走が終わり、次の種目に移る。

 

『ルールは単純! 一〇〇メートルの間に置かれた障害物を乗り越えて1位を目指す! 先生方、この競技のポイントはなんでしょうか』

 

『いかに障害物をクリアしていくかに尽きるわ。専用機持ちならISを使って突破、なんて方法も有りね』

 

『巻紙先生は?』

 

『スコール先生と同意見ですね』

 

『おや? おっと! 五十メートル走では織斑くんが参加しておりましたが、この競技には桐野くんが参戦するようだぁぁぁーっ!』

 

  マリエの実況に、おおー! と熱い声が湧く。

 

  瑛斗はそれに応えるように手を挙げて一礼。

 

「一夏は一位になってたらしいからな。俺も続くぜ!」

 

「そうはさせないっす!」

 

  ザッ! と瑛斗の前に現れたのは緑色の鉢巻を巻いたフォルテだ。

 

  ボクシングで鍛えているフォルテは、ブルマからスラリと伸びる健康的な脚の小麦色を見せつけてくる。

 

「あ、フォルテ先輩も出るんですね」

 

「桐野、お前には負けないっすよ! ここらで先輩のインゲンを見せてやるっす!」

 

「それを言うなら威厳でしょ」

 

「え、う、うるさいっす! 桐野は使えるのはG-soulのヘッドギアだけっすよね!」

 

「ギク……」

 

  そう。瑛斗が部分展開して使用できるのはG-soulのヘッドギア。

 

  主に使い道は、ハイパーセンサーによる視覚や聴覚の強化。そして近接戦闘時に使うバルカンのみである。

 

  推進力を得ることは難しく、瑛斗にとっては正直言って、ハズレであった。

 

「その点、私はブラッドの脚が使えるっす。これは勝ったも同然っすね!」

 

「そ、そんなのやってみなきゃわかりませんよ?」

 

「覚悟するっす! 優勝して、お前に宿題やらしてやるっす!」

 

『おお!? サファイア選手、桐野選手とメンチを切りあっている! これは熱い戦いが期待できそうだー!』

 

  実況もあって、瑛斗達だけでなくその周りもヒートアップしていく。

 

「レディ……ゴー!」

 

  そして始まる障害物競争。

 

  序盤から中盤にかけては瑛斗とフォルテの二人による白熱したレースになった。

 

『桐野選手とサファイア選手速い! 鮮やかに! 踊るように! 障害物を越えていくーっ! あっと! 桐野選手が網ゾーンでもたついた!』

 

「くそっ……!」

 

  瑛斗が網に足を取られて苦戦している隙に、フォルテが一気に突き放す。

 

「この勝負もらったっすよ!」

 

『サファイア選手! 障害物をすごいスピードで次々と乗り越えている! トップだ! そのまま最後の障害物へ挑む!』

 

「さあ、どんな障害物でもかかって来るっすよ!」

 

  レーン上に置かれた小屋に入り、右手に左手の拳を打ちつけ、気合十分のフォルテ。

 

  目の前にはデフォルメされた文字を表示する小型ディスプレイが埋め込まれた出口。

 

「えー、なになに? クイズゾーン……く、クイズっすか!?」

 

  驚いた矢先、画面が切り替わり音声が流れ始めた。

 

『問題。次の言葉に続くものを答えよ。五月雨を集めて早し〇〇〇〇〇』

 

「あ、これ確か有名な川の名前だったっす。えっと……ナイル川っ!」

 

 ブブーッ!

 

「あれ? アマゾン川っすか?」

 

 ブブーッ!

 

「え〜? じ、じゃあミシシッピー川!」

 

 ブブーッ!

 

「うぅぅ〜! こ、こうなったらこの小屋ぶっ壊して━━━━!」

 

  コールド・ブラッドの脚部を展開したところで、画面がパッと切り替わった。

 

「ん? 『この小屋を破壊した場合、ペナルティとしてこれまでの獲得ポイントからマイナス一〇〇〇ポイント』……」

 

 ………。

 

 ………………。

 

 ………………………。

 

『あーっと! どうしたことだぁ!? サファイア選手、真っ先に最終障害物のクイズゾーンに入ったがまだ出てこない! 他の選手はすでにゴール間近だ!』

 

『マリエちゃん、あのクイズゾーン、そんなに難しい問題を出すの?』

 

『いえ、一般的な中学校レベルと聞いています』

 

『……………あら、そう』

 

  結局、フォルテがレースの終了を知ったのは、フォルテを抜いて一着した瑛斗がそれを教えに来た時だった。

 

「まったく……モガミ川なんて知らないっすよ。ガンジス川くらいにしとけっす!」

 

「まあまあ、先輩。科目が国語だったのが運の尽きでしたね」

 

「フォローになってないっす! というか、なんで運動会で頭使わせるっすか!」

 

  小屋を出てから終始ご機嫌斜めなフォルテを宥めながらレーンを離れる。

 

『さて第二レース! 次の水組走者には水組代表の代表の更識生徒会長が出るようです!』

 

「あ、フォルテ先輩! 楯無さんが走るみたいですよ! 楯無さーん!」

 

  楯無の姿を目ざとく見つけた瑛斗がブンブンと振る。

 

「え、瑛斗くん?」

 

  楯無も控えめに手を振り返す。

 

「頑張ってくださーい!」

 

「頑張るっすよー!」

 

(瑛斗くんが、私のこと応援してる……!)

 

  そう考えると気恥ずかしい反面嬉しくもあった。

 

  優勝賞品の追加は、もとはと言えば薫子の言葉で暴走した自分のせい。

 

(二人にはちゃんと謝らないと……)

 

  しかし、楯無にも生徒会長として、そして一人の恋する乙女としての意地がある。

 

  やるからには、狙うのは優勝。そして、瑛斗と一夏との共同生活。

 

(で、でも、二人にちゃんと謝ったら、部屋を一緒にして、それで、それから……!)

 

  ほわわん、と頭の中に甘い妄想が広がる。

 

  だがその妄想はすぐに強制終了させられた。

 

「楯無さん!? スタートです! スタート!」

 

「そうそう。新しい生活がスタートして……………え?」

 

  気がつけばもうスタートラインには楯無以外誰もいなかった。

 

『更識生徒会長! 他の走者がスタートしても走り出さなーい! これは学園最強の余裕の表れかーっ!?』

 

  実況のマリエの声を聞き、ピストルを持った教師のキョトン顏を見て、ようやく状況を把握した。

 

  もう、レースが始まっている。

 

「や、ヤバッ!?」

 

  泡を食って走り出した楯無。

 

『あの慌てっぷりを見ると、余裕とかじゃなさそうね』

 

『では、生徒会長はどうしたのでしょうか?』

 

『大方、取らぬ狸の皮算用でもしてたんでしょう。うふふ』

 

  スコールの皮肉めいた解説は、楯無の耳には聞こえてこない。

 

「レイディ!」

 

  楯無は自分の専用機のミステリアス・レイディの脚部を部分展開した。

 

『更識生徒会長、ISを使った! この運動会で初めての使用者だ!』

 

『あらあら、勝ちに行ってるわねぇ』

 

  ナノマシン・アクアで障害物を払いのけ、PICによる驚異的なスピードで他の走者を追い上げ、楯無はスタートこそ遅れはしたが見事1位をもぎ取った。

 

「はあ……はあ……。危なかった……」

 

  レース後、体を折って肩で息をする楯無。体操着に包まれた大きな胸も苦しそうに上下している。

 

「楯無さん!」

 

  そこに瑛斗がやって来た。

 

「すごいじゃないですか楯無さん! あの状況をひっくり返すなんて!」

 

  そう言う瑛斗の目はキラキラと輝いていて、楯無は目を合わせられなかった。

 

「お、おねーさんにかかれば、ざっとこんなものよ……!」

 

「いやぁ、楯無さんは強敵っすねぇ」

 

  横にいたフォルテも脱帽した様子だ。

 

「楯無さんも桐野に宿題やらせるつもりっすか?」

 

「し、宿題?」

 

「先輩ずっとこんな感じなんですよー。参っちゃうでしょ?」

 

「楯無さんは優勝したらどっちと相部屋するっすか?」

 

「えっ、そ、それは、その……」

 

「そう言えば楯無さんって一夏と一緒に生活してたこともありましたよね。もしかして今度は俺ですか?」

 

  眉を下げつつも、瑛斗はまんざらでもない。

 

「一夏のやつ、なんだかんだで楽しかったって言ってましたよ」

 

「そ、そう……」

 

「で、どっちっすか?」

 

「え、う、あぅ……」

 

  一夏と瑛斗の前では、妹の簪以上に奥手になってしまうようになった楯無。どっちも、なんて言うことができなかった。

 

「「?」」

 

「なっ……内緒よ。内緒! じゃあ私次の競技も出るから!」

 

  そしてピューッと二人の前から逃げた。

 

(ううう〜っ! 私の意気地無しっ!)

 

  そんなこんなありつつ、総合得点トップを水組にして障害物競走は終わった。

 

 ◆

 

『第三種目は、借り物競争ー!』

 

  少女達は疲れを知らず、わあー! と歓声をあげる。

 

『三十メートルを走った後にくじを引いて、そのくじに書かれたお題をくじ引きゾーンから二十メートル離れた台の上から取り、さらに三十メートル先のゴールに走る! くじ引きには台の上には無いお題も用意されています! ミューゼル先生、この競技の見所は?』

 

『これは運も絡んでくるけれど、簡単なお題ならすぐにクリア出来るわ。お題の難易度がそのまま競技の難易度になるわね』

 

『巻紙先生はどうお考えですか?』

 

『スコール先生と同じ意見ですね』

 

『で……出来たらそれ以外━━━━』

 

『スコール先生と同じ意見ですね』

 

『は、はい……』

 

  マリエの熱の入ったルール説明と、スコールの解説を聞きながら、一夏はスタートラインに立っていた。

 

(こういう変わり種の競技だと、弾が強かったなー……)

 

  中学生時代のことを思い出して、思わず笑みがこぼれる。

 

「位置について、よーい、スタート!」

 

  空砲が鳴り響き、走者が一斉に走り出した。

 

『さあ! 各選手ほぼ同時にスタート! おっと! 身体一つ抜けたのは、やはり織斑一夏選手だ!』

 

  一番にくじ引きゾーンに入ったのは一夏。

 

「よし! このままトップ独走だ!」

 

  一夏が手にしたカードに書かれていたのは!

 

 《女性用下着》

 

「詰んだぁぁぁぁぁーっ!!!?」

 

  叫びとともに頭を抱える一夏。

 

『おや? 織斑選手、カードを見て悶絶! いったい何が書かれていた!?』

 

『手元に借り物競争のカード一覧があるわ。えっと……ふふっ、わかったわ。彼のお題は女性用下着よ。あんな風になるお題はそれしかないもの』

 

『女性用下着! 織斑選手のお題は女性用下着です! 思春期真っ只中の健康男子に対し、これは幸か! はたまた不幸かぁー!』

 

「ど、どうする……! どうすればいい!?」

 

  オロオロと慌てる一夏。

 

「生徒会の会議で楯無さんとのほほんさんがノリで追加してたけど、まさか引くとは……!」

 

  台の上には女性用下着は置かれていない。つまり━━━━

 

 ()()()()()調()()()()()()()()()()()

 

「だ、誰かに頼むか? い、いやでも、いきなり下着貸してくれなんて言えないだろ!」

 

「……お困りの様子」

 

  一夏の横に、にゅっ、と梢が生えた。

 

「と、戸宮ちゃん? 出てたのか」

 

「……状況は把握しています。先輩は速やかに誰かの下着を取りに行くべきです」

 

「でもよ……」

 

  なおも躊躇う一夏。

 

  だが、そこに爆弾が投下される。

 

『織斑選手揺れております! やはりハードルが高いか!』

 

『んー……このままでも面白くないわね。そうだわ。こうしましょ。お題をクリア出来なかったり、棄権したらそのチームのポイントは全部没収。それと、彼に下着を貸した子のチームにはボーナスで五〇〇ポイントよ』

 

  スコールの発言に、学園が一瞬静寂に包まれた。

 

『な………なぁんとっ! 織斑選手に下着を貸した生徒の所属する組に破格のっ! 五〇〇ポイントのボーナスだぁぁぁっ!!』

 

『うおおおおおっ!!!! 』

 

  そして再びIS学園は熱狂の渦に飲み込まれる。

 

「す、スコール先生……!」

 

「……最後の退路も絶たれましたね。となれば」

 

「え?」

 

  梢はおもむろに体操着を脱ぎ捨て、ブルマにスポーツブラというほぼ裸に近い姿になった。

 

  起伏こそ少ないものの、きめの細かい美しい肌が外気に晒される。

 

  競技に参加していたの女子達も、梢の突然の行動に完全フリーズしていた。

 

「えぇぇぇっ!? ちょ、ちょっと戸宮ちゃん!?」

 

  一夏の驚きは、まだ終わらなかった。

 

「……んっ」

 

  梢は、一夏の目の前でスポーツブラを脱いでみせたのだ。

 

「うわぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

  狼狽える一夏とは対照的に、梢は冷静そのもの。

 

「……これで私達はボーナスポイント。先輩はこのままゴールへ直行すればポイントを没収されずに一位。お互いの利益は一致しました。さあ、どうぞ」

 

  梢は胸を右手で隠しながら左手に持ったスポーツブラを、数秒前まで身につけていたスポーツブラを、一夏に差し出した。

 

「ど、どうぞったって……!」

 

  しかし一夏は手を伸ばさない。いくら借り物競争で借りる物でも、後輩の脱ぎたての下着を持っていくのは気が引ける。

 

  だが、それよりも恐ろしいのは……

 

「い、いい、一夏っ! アンタそのブラ受け取ったらどうなるかわかってんでしょーねっ!? 折るわよ! 指の骨バッキバキに折るわよ!」

 

「そんなことではぬるい! 受け取った瞬間に腕を叩き斬ってくれる!!」

 

「一夏さん! わたくしの下着を持って行ってくださいまし! 肌触りが違いましてよ!」

 

「だ、ダメ! お兄ちゃん! 私の! 私の貸してあげるからぁっ!」

 

  後方で蘭を中心とした紫組のメンバーに全力で押さえ込まれている箒達だった。

 

「これ、ポイント没収されて棄権した方がいい気がするな……」

 

「……私にここまでさせておいて、それはあんまりかと」

 

「いや、それ戸宮ちゃんが自分でやりだしたことだぞ?」

 

「……とにかく、棄権はダメです。私が尊敬する織斑一夏は、勝負から逃げ出すような男ではありません」

 

「戸宮ちゃん……」

 

「……あなたはこれまで様々な困難を乗り越えてきました。これくらいのことが、何だというのですか。あなたなら出来ます」

 

「…………………」

 

  力強い梢の言葉に、一夏の心は……

 

「って危ない危ない! 流されるところだった!」

 

 動かなかった。

 

「……チッ」

 

「舌打ち!?」

 

「……早くしてください。私は最下位でも問題ありませんが、あなたはゴールしないと得点出来ません」

 

「そ、そうは言うけど……」

 

  逡巡し続ける一夏。ちら、と後ろを見れば、今にも紫組の仲間達の壁は崩壊しそうになっていた。

 

(……やむを得ない)

 

 梢は最終手段に出ることにした。

 

「……先輩、これだけ言っても嫌だと言うのなら」

 

「い、言うのなら?」

 

「…………織斑一夏は後輩のブラだけでなくパンツまで持っていこうとするド変態だー、と、週刊誌にタレコミます」

 

  梢がブルマに手をかけた瞬間、一夏は疾風のごとく駆け出した。

 

  その手に、わずかに温もりの残るスポーツブラを握り締めて。

 

  その目に、この世との別れを忍んだ涙を溜めて━━━━。

 

『織斑選手一着でゴール! 一〇〇ポイント獲得! しかし! 下着を貸した戸宮選手の所属する紫組が五〇〇ポイントのボーナスで一気にトップだぁぁぁぁっ!』

 

「や、やったよ梢ちゃん!」

 

  体操着を再び着た梢は、蘭に思いっきり抱き締められた。

 

「……私は、自分に出来ることをしただけ」

 

「でもトップだよ! ダントツでトップ! 梢ちゃんのおかげだよ!」

 

「梢ちゃんえらい!」

 

「MVPだよ!」

 

「胴上げ! 梢ちゃんを胴上げするわよ!」

 

 わーっしょい、わーっしょい! と梢を胴上げする紫組。

 

「……みんな、気が早い」

 

  そう言う梢だったが、顔には笑みを浮かべていた。

 

「さて、このバカどうしましょうか」

 

「刀の準備は出来てるぞ」

 

「うふふ……うふふふ……!」

 

「お兄ちゃん、覚悟はいい? 私は出来てるよ?」

 

「ま、待てみんな! だって週刊誌はヤバいじゃん! 戸宮ちゃんならやりかねないじゃん! だいたい戸宮ちゃんを全裸にさせちゃ━━━━!」

 

「「「「問答無用!!」」」」

 

「ぎゃあああああああああっ!」

 

  後ろで繰り広げられている惨劇は、努めて見ないようにした。

 

 ◆

 

『続いての競技は、玉打ち落としー!』

 

『玉打ち落とし? どんな競技なのかしら?』

 

『はい! 記録によりますと、過去にIS学園で催された運動会でも行われた伝統ある競技だそうです! 各チームは空から降ってくる玉をISでひたすら撃墜! 玉は小さいほど高ポイント! なお、今回は男子二名のポイント十倍ハンデは無効です! ご覧ください! 学園の専用機持ち達が一堂に会してISを全展開しております!』

 

『ISを展開するのに、ISスーツではなくブルマのままですね』

 

『それも慣習だそうです』

 

『なるほど。しかし壮観ですね。私も参加してみたいです』

 

『ええ。それに面白そうだわ。私もやってみたいくらい』

 

『いやいや、お二方はISをお持ちではないでしょう?』

 

『あら、そうだったわね。うふふふ』

 

『これは失礼いたしました』

 

「あいつら、真面目にやる気あんのか……」

 

  《G-soul》を展開した瑛斗は、あははうふふとごまかすような笑いが聞こえる実況席を厳しい目で睨む。

 

「まあまあ、今日くらい大目に見てやりなよ」

 

  その横で《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》を展開するシャルロットは瑛斗をなだめた。

 

「シャル、怪我は大丈夫か?」

 

「うんっ。もう平気だよ。さっきは本当にありがとう」

 

「いいってことさ」

 

  和気藹々と会話を弾ませる二人。

 

「シャルロットめ……!」

 

「ミサイルの流れ弾に注意するべし……」

 

  それを見ながらズモモモ……と嫉妬のオーラを全身から吹き出すラウラと簪。

 

「で、一夏。お前は始まる前から何でそんなにズタボロになってんだよ?」

 

  《白式》を展開する一夏はすごく疲れた目で遠くを見ていた。

 

「…………聞かないでくれ」

 

  視線の先には、ツーンと知らんぷりをする女子四人。

 

「さっきの障害物競走での汚名を挽回するっすよ!」

 

「フォルテちゃん、汚名は返上するものよ?」

 

 三年生のフォルテと楯無も、準備万端だ。

 

(この競技は攻撃の正確さが重要……。エミーリヤ、あなたのナノマシン・アクアの使い方、真似させてもらうわね)

 

  胸中で少し複雑な感情を抱く楯無。ふと泳いだ視線の先に、瑛斗と一夏を見た。

 

(な……なるべく見ないようにしなきゃ……!)

 

『おや?』

 

『巻紙先生? どうしました?』

 

『紫組からは二人とも参加するのですか?』

 

  オータムは揃って立つ蘭と梢に注意を向けていた。

 

『おっと、一チームからは一人しか参加は認められていません。紫組の五反田選手と戸宮選手、どうにか出来ませんか?』

 

「え、えっと……こ、梢ちゃんが出てよ。私よりISの操縦上手だし」

 

  蘭は自分が身を引いて少しでも勝つ確率をあげようと考えた。

 

「…………………」

 

  しかし、梢は黙したまま動かない。

 

「こ、梢ちゃん?」

 

  もう一度蘭が話しかけると、返事の代わりに梢の纏うIS、フォルヴァニスの装甲が静かにパージされ、蘭のフォルニアスに接続された。

 

「これって……」

 

「……私が下がる。フォルヴァニスの武装を少し貸すだけ。それなら問題無いはず」

 

「梢ちゃん、でも━━━━!」

 

  言い切る前に梢が蘭を手で制する。

 

「……今度は、蘭が頑張る番」

 

  短い言葉。

 

  それだけで、蘭は梢の想いをしっかりと受け取ることができた。

 

「梢ちゃん……! わかった! 私、頑張る!」

 

  蘭の言葉に満足気に頷いて、梢は後ろへ下がった。

 

「なるほど、片方にだけ装甲を追加するか。仕様的に出来なくはない。いいアイディアだ。さすがは俺の発案したシステム!」

 

「瑛斗のドヤ顔、久しぶりに見たよ」

 

『紫組は五反田選手が参加するようです!』

 

  マリエの実況に続いて、主に紫組から歓声が飛び、それに負けないように他のチームからも声援が送られる。

 

「五反田さーん! 頑張れー!」

 

「箒っち〜、やっちゃえー!」

 

「セシリア、負けないでよ〜!」

 

「りーん! それ、り〜ん!」

 

「マドカちゃんファイト〜!」

 

「デュノアさん、頑張って〜!」

 

「絶対勝ってよ、ラウラさん!」

 

「おわ〜、かんちゃん大丈夫かなぁ〜。大丈夫だよねぇ〜。えいえいおー」

 

「たっちゃーん! 写真撮ってるから、いいとこ見せてよねー!」

 

「フォルテさん、根性だよ! 根性!」

 

  それぞれのエールを背に、装置の周囲を囲む。

 

「一夏、俺らへの声援が聞こえてこないぞ」

 

「まあ、俺達を応援するより、自分のチーム応援した方がいいだろ」

 

 優勝賞品の二人は、互いに苦笑しあった。

 

『それでは参ります! 玉打ち落とし………スタートッ!!』

 

  開始の合図とともに、色とりどり、大小様々な玉が空へ飛び上がる。

 

「いくぜぇっ!」

 

  ビームガンを連射モードにした瑛斗が光弾を次々と玉へ命中させていく。

 

「負けないよ! 《レイン・オブ・サタディ!》」

 

  シャルロットも両手にサブマシンガンを呼び出し、次々とターゲットを打ち落としていく。

 

「やるな。……だが!」

 

  瑛斗とシャルロットの間を、紅い影が飛翔した。

 

「でやあああっ!!」

 

  箒は紅椿の二振りの刀、《空裂》と《雨月》を駆使して、標的を切り裂きながら旋回上昇。

 

「させませんわ!」

 

「私だって!」

 

  その箒の周囲を、赤と蒼の閃光が舞い踊る。

 

  セシリアの《ブルー・ティアーズ》のBT&バレット・ビット。そしてマドカの《バルサミウス・ブレーディア》のブレードビットだ。

 

「最高得点のゴールデンボールもらいましたわ!」

 

「させないっ!」

 

  セシリアとマドカがほぼ同時に狙撃をしようとしたところで、目標は真っ二つになった。

 

「へっへーん! いっただきぃっ!」

 

  鈴の《双天牙月》による断裁。

 

「さあ、一網打尽に━━━━いぃっ!?」

 

  衝撃砲のエネルギーを充填したところで、目の前の玉が次々と爆散していった。

 

「命中確認。次弾装填。マルチロック……」

 

「ミサイルってことは……簪ねっ!」

 

「━━━━発射」

 

  鈴の判断と、簪のミサイル発射指令は同時だった。

 

「ISの扱い方が上手くなったわね、簪ちゃん。……でも!」

 

  ミサイルの隙間を縫うように、一本の水の龍が跳ね回る。

 

「私も負けられないの!」

 

  楯無は《ミステリアス・レイディ》のナノマシン・アクアを操作しながら、手に持ったランスに内蔵された四連ガトリングから弾丸を打ち出す。

 

「お姉ちゃん……さすが……!」

 

  ナノマシン・アクアが玉を貫こうとした。が、玉は砕けない。それどころか、空中で停滞していた。

 

「AIC!? ……ラウラちゃんね!」

 

「フン……ちまちまと的を絞る必要は無かろう?」

 

  鈴よりも高い位置。太陽を背にしたラウラが《シュヴァルツェア・レーゲン》の大型レールカノンのセーフティを解除した。

 

「まとめて消し去ってくれるっ!!」

 

 ドゴォッッ!!

 

 レールカノンが唸りを上げ、停止していた玉を粉砕する。

 

  地面に激突した衝撃で土煙が上がった。

 

『ボーデヴィッヒ選手、ターゲットを大量に撃墜ぃぃーっ!』

 

「どうだ。これが私の力……む?」

 

  ラウラはもうもうと上がる土煙の中で稲光を見た。

 

「プラズマ…………ソォォォォドッ!!」

 

  蘭の気合の叫びに合わせ、《フォルニアス》の電撃剣が土煙を吹き飛ばしながらその剣身を伸ばす。

 

  長大な電撃剣は周囲のターゲットを連鎖的に破壊した。

 

「後輩どももなかなかやるっすね! でも、私とは年季が違うっすよ!」

 

  そう豪語したフォルテが《コールド・ブラッド》が精製した氷弾を撃ち放ち、尽きることのない面銃撃をおこなう

 

「みんなすごいな! 俺達も負けてらんないぞ、白式!」

 

  一夏も唯一の得物の雪片弐型を握り締め、地道に、しかし着実に、得点を重ねていった。

 

『どの参加者も互いに一歩も譲らないっ! 得点はほぼ横並びだぁぁぁっ!!』

 

  熱くなっていく空気に比例して、実況もヒートアップしていく。

 

「ちょっと蘭! アタシの狙ってたやつ横取りしないでよっ!」

 

「鈴さんこそ!」

 

「マドカさん、それはわたくしの獲物でしてよ!」

 

「セシリアの名前なんて書いてないでしょ!」

 

「うわわっ!? マドカいきなり前に出ないで!」

 

「シャルロット、邪魔……」

 

「あ! ボーデヴィッヒ! それ私が狙ってたやつっすよ!」

 

「ふははは! 先輩だろうと容赦はしない!」

 

  専用機持ち達のボルテージも上がっていき、接触が目立つようになる。

 

(くっ……! 何とかして皆よりも得点を多くせねば!)

 

  ターゲットを切り裂きつつ、箒は思案していた。

 

(制限時間まで残り少ない。何か、どーん! と点を取れる妙案はないものか……)

 

  玉を射出し続ける装置が視界の端に映った瞬間、天啓を得た。

 

(そうだっ! 玉の出る瞬間に《穿千》を打ち込めばいいではないか! 冴えてるぞ私!)

 

  思い立ったら即行動。空中に注目が集まっている隙に着地して、高出力エネルギーカノン《穿千》を使うため肩部ユニットを展開。腰を落としてエネルギーを充填する。

 

  同じ時、それなりの高度まで来ていた瑛斗もタイムリミットを気にしていた。

 

「そろそろだな。シメはこいつだ! G-spirit!!」

 

  第二形態の《G-spirit》を発動。同時にビームブレードとビームブラスターを連結させ、ビームメガブラスターのチャージを開始する。

 

「いくわよ。出力を絞って……ミストルテインッ!」

 

  箒と同様、大量得点を狙っていた楯無も、ナノマシン・アクアを迸らせて巨大な水の槍を作り上げていた。

 

「これで決めてやる! 白式っ!!」

 

  一夏は白式を第二形態《雪羅》へ移行。荷電粒子砲をセットした。

 

「「「「いっけえええええっ!!」」」」

 

  二つの大出力ビームカノン、荷電粒子砲、ミストルテインの槍が同じ一点を目指して放たれる。

 

  ドッカァァァァァァァンッ!! と、巨大な爆発が、タイムアップの号令となった。

 

『そこまでぇーっ! 得点は桐野、織斑両名と、赤組、水組が僅かに抜きん出てタイムアップだぁーっ!』

 

『わあぁぁぁぁぁっ!』

 

  歓声を浴びながら、全員が地面に降りる。

 

『いやあ、手に汗握りましたねぇ! いかがですか先生!』

 

『みんなそれぞれのISの特性を生かした戦法で、とても見応えがあったわ』

 

『巻紙先生はどう思いましたか?』

 

『ラストの大技のぶつかり合いはまさに圧巻の一言に尽きますね。見事でした』

 

『ありがとうございます。みなさん! 迫力あるファイトを見せてくれた専用機持ち達に、拍手をーっ!!』

 

  割れんばかりの拍手に、瑛斗達は手を振り返したり、お辞儀をしたりして思い思いに応えるのだった。

 

 ◆

 

「みなさん楽しそうですね〜」

 

  IS学園地下特別区画。

 

  その一つのフロアで、外の様子が見える投影モニターを横目に真耶はキーボードを操作していた。

 

  その横には千冬もいる。

 

「……本当にいいんですか? 一夏くん達の様子を見に行かなくて」

 

「問題無い。夜の打ち上げには顔を出せと言われたがな」

 

  千冬の目は、真耶が解析を行っているデバイスに向いて動かない。

 

「どうだ。いけそうか?」

 

「やっぱりこのデバイス、かなり複雑なロックですよ。これだけ日時がかかっても解除出来ないなんて」

 

  キーボードを操作する真耶の顔には疲労の色が伺える。

 

  現在行っているのはデバイスに内蔵されたシステムの起動。しかしシステムにはロックが何重にも掛かっていた。

 

  ロックの解除を始めて一週間近く経過している。エリナとエリスが上で真耶達の代わりに運動会で働いていなければ、もっと時間がかかっていただろう。

 

「さすがは、篠ノ之博士の『手作り』ですね」

 

「………………」

 

  千冬は無言だった。その表情は少し苦々しい。

 

  うっかり地雷を踏んでしまったのでは━━━━と思った真耶は慌てて取り繕う。

 

「あっ、い、いえ、今のは……!」

 

「いい。お前の言う通りだ。あいつはこういう回りくどいことしかしない」

 

  昔からそうだ。と心の中で付け加えた。

 

  先日、スコールとオータムが赴いたのは篠ノ之神社。

 

  待っていたのは、箒と束の父親。そして千冬や一夏の剣の師でもある篠ノ之柳韻。

 

  そしてスコール達が柳韻から受け取ったのが、このデバイスだった。

 

  スコールが柳韻から直接聞いた話では、束は『第二次白騎士事件』の起きた次の日に柳韻の目の前に現れ、今日という日に、これを千冬に渡すように言ったらしい。

 

(柳韻先生は、知っているのか……?)

 

  柳韻の真意を確かめようにも、柳韻はデバイスを渡すとまた何処かへ行ってしまい、もう行方はわからない。

 

(全てはこのデバイスを起動してから、というわけか………)

 

「お、織斑先生!」

 

  唐突に真耶が声を張った。

 

「どうした?」

 

「今解除したのが、最後のロックだったみたいです!」

 

  気を引き締めた千冬がデバイスに注目する。

 

  先ほどまで沈黙していたデバイスの画面の中で、懐中時計の周りを白ウサギがグルグルと走っている。

 

「これは……なんだ?」

 

「なんでしょう? 時計の時間が減っているので、タイマーでしょうけど……」

 

  真耶はハッと目を見開いた。

 

「もっ、もしかして、じじ、時限爆弾!?」

 

「落ち着け。どうやらこのデバイスは時間になれば起動するようだ」

 

「そ、そうなんですか!? びっくりしました〜……!」

 

「もっとも、爆弾でないという確証はないがな」

 

「ぴっ……!?」

 

「残り十時間か……。真耶、何にしてもご苦労だった。休んでいていいぞ」

 

「はい。そうさせてもら……」

 

  肩から力を抜きかけた真耶だが、あることを思い出した。

 

「あ、でも確かこの後……!」

 

「案ずるな。そのための準備は出来ている」

 

「準備、ですか?」

 

  千冬は意味深に笑う。

 

「新人用務員に、ネズミ退治をさせてやろうじゃないか」

 

  その笑みは、どこか悪役じみていた。




ついに始まった大運動会。今回と次回の前後編でお送りいたします。
楽しげなイベントの裏で物語が進みました。柳韻が重要なパーソンのようです。
運動会はいつかはやろうと思っていたイベントでしたが、時系列とか展開とかの諸々の都合で1年後に繰り越しになってしまいました(笑)。
次回は運動会後編と、その運動会の後、瑛斗、一夏、マドカの誕生のお話です。
次回もお楽しみにっ!

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