IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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ヘタレ生徒会長の暴走 〜または早過ぎて遅すぎた芽生え〜

(……ここは……?)

 

  たくさんの星が瞬く宇宙空間。

 

  俺の他には誰もいない。

 

(…………………)

 

  こうして見ている星の光は、はるか昔にその星から出た光。

 

  何百年もかけて、果てしなく広い宇宙を旅して来たんだ。

 

  俺もその星の一つになって、宇宙を漂泊する。

 

(ん……?)

 

  遠くに瞬いた星の一つが、どんどん近づいてくる。

 

『………………』

 

  目の前に、女の人が現れた。

 

(誰だ……?)

 

  初めて見る顔だ。

 

  銀色の目をした、白髪の綺麗な人。

 

  だけど、その女の人のことを、俺は知っていた気がする。

 

  ずっと前から知っていたような、そんな感じがする。

 

(でも━━━━)

 

『…………………』

 

  どうして、この人は泣いているんだろう。

 

  静かに涙を流しながら俺をまっすぐに見ている。

 

「泣かないで……」

 

  その涙を拭ってあげようと手を伸ばして━━━━…………。

 

 ◆

 

「…………ん」

 

  寝起き特有の気だるさが身体を支配する。

 

  手近にあった小型のデジタル電波時計を手に取って時間を見ると、いつも起きる時間だった。

 

  そこは宇宙空間でもなんでもない、ベッドの中。

 

  どうやら、夢を見ていたみたいだ。

 

(起きるか………)

 

  もそり、と身体を起こす。

 

「おはよう。はい、モーニングコーヒーよ」

 

「ん、悪いな」

 

  手渡されたコーヒーを飲む。うん。美味い。目が醒める味だ。

 

「……………ん?」

 

  ナチュラルに受け取ったけど、今の誰だ?

 

「……よく眠れたかしら?」

 

「!?」

 

  その声に意識が完全覚醒した。

 

「スコール!?」

 

  声のした方へ顔を向ける。

 

「へぁっ!?」

 

  衝撃のあまり変な声が出てしまった。

 

「な……なな……な………なな……!!」

 

  陸に上げられた魚みたいに、口を開いたり閉じたりする俺。

 

「どうしたの? 鼻血でてるわよ?」

 

「お、おお、おま、お前なんで何も着てないんだよっ!?」

 

  目の前にいるスコールは、一糸まとわぬ全裸だった。

 

「私、寝るときは何も身につけない主義なの。それにさっきまでシャワーを浴びてたから」

 

  クスクス笑うスコール。金色の髪がカーテンの隙間から差し込む陽の光を受けてキラキラと輝いている。

 

 そのメリハリのあるボディと相まって、まるで美術作品みたいな……ってなんで俺は冷静にそんな評価をしてるんだ!

 

「な、なんでお前が俺の部屋に!?」

 

「あら? 違うわよ?」

 

「は?」

 

「あなたが、私とオータムの部屋にいるの」

 

  スコールが指差したのは、俺の後ろ。

 

「ま、まさか……!?」

 

  ギ、ギ、ギ、と、恐る恐る振り返る。

 

「…んぅ……すこーるぅ………むにゃむにゃ……」

 

  案の定、俺の後ろでは、スコールと同様に裸のオータムが、普段なら絶対に見れないような安らかな寝顔を晒していた。ギャップが激しい!

  確かに、言われてみれば、部屋の内装は俺の部屋とはまるっきり違う。

 

「こ………これは……つまりアレですか? 俺は、裸のお前ら二人に挟まれて寝てたってことですか? スコール先生?」

 

「そうね。大きめのベッドだけど、三人で寝るとちょっと窮屈だったわ」

 

「なんてこったい……!」

 

「あら、不満? 美女二人と寝られるなんて、そうそうないことよ?」

 

  俺はちゃんと寝巻きのシャツとズボンを着ていた。昨日は確かに自分の部屋で寝たはずだ。

 

  ということは、俺が寝ている間にここへ運び込んだわけか……!

 

「こんなことをした理由を教えろ……!」

 

  オータムが起きたら確実に殺されるから、俺は声量を抑えてスコールを問い詰めた。

 

「理由は……そうね。あなたの反応が見たかったの」

 

「それだけかよ!」

 

「ちょっと待ってて。服を着るから」

 

「あ、待て━━━━いや、待たなくていい。早く着てこい」

 

  オータムが起きないかヒヤヒヤしながら五分ほど。

 

 赤いドレスを纏ったスコールが、目を閉じていた俺の頬を撫でた。

 

「女の着替えで目を閉じてるなんて、意気地無し」

 

「紳士的と言え」

 

「はいはい。で、あなたをここに連れてきた理由だけど……報告よ」

 

「報告?」

 

「私とオータムはこれからちょっと人に会ってくるわ。ブリュンヒルデからの指示でね」

 

  ブリュンヒルデというと、織斑先生か。

 

「人と会うって、こんな朝早くからか?」

 

「向こうの都合に合わせたらこうなったのよ。かなり急いでるみたい」

 

「誰なんだ? 俺の知ってる人か?」

 

「他はどうか知らないけれど、少なくともあなたは知らないわ」

 

  少なくとも、か。

 

  なんかひっかかる言い方だな。

 

「今日一日、私とオータムはいないから、何かあったらあなたの大好きなエリナあたりを頼りになさい」

 

「わかった。スコール、俺からも一ついいか?」

 

「なに?」

 

「……これ、俺の部屋にお前が来てくれたら済んだ話じゃねえか? つか、話すようなことかよ」

 

「何言ってるの。私達が勝手にいなくなったら、あなたうるさいじゃない。それに、私達がそっちに行ったらあなたクラスメイト達からあらぬ誤解を受けるわよ? それでいいって言うなら、今度からそうするわ」

 

「い、いや、いい。俺の部屋には来るな。でも今度からはメールにしてくれ。これは心臓に悪い」

 

「わかったわ。考えておく」

 

 実行して欲しいんだがなぁ。

 

「ん〜……?」

 

「!」

 

  もぞもぞと衣擦れの音がした。

 

「スコール……?」

 

  オータムが起きた。起きてしまった。

 

(……終わった。俺の人生)

 

「………あれ? なんでガキがここにいんだ?」

 

  まだ寝ぼけ眼のオータムが、頭に疑問符を浮かべている。

 

「あ、え、いや……」

 

  ぶわぁっ! っと汗が噴き出す。考えろ! 考えるんだ! この状況をどう誤魔化すかを!

 

  瞬時に数パターンの方法を考えてみた。

 

  が、結果はどれも同じ。

 

(確実に━━━━━━━殺られる!)

 

「いや、こ、これはっ……!」

 

  頭が真っ白になりながらも、口を開いた時だった。

 

「オータム」

 

  スコールがオータムを背後から抱きしめた。

 

「オータム……あなたはまだ夢の中にいるのよ。ほら、目を閉じて」

 

「ん………」

 

  スコールに言われ、オータムは目を閉じる。

 

「私が三つ数えたらもう一度目を開けて」

 

  スコールが俺を見ながら右手で窓を指差した。なるほど、あそこから行けってことだな!

 

「スリー……」

 

  静かに、だが迅速にベッドから出る。

 

「ツー……」

 

  窓を開けてベランダに足をかける。ISを使えばどうってことない高さだ。

 

「ワン……」

 

「っ!」

 

  窓から飛び降り、《G-soul》を展開。

 

 ふわりと地面に着地した。

 

「ふぅ……っぶねー……」

 

「何があぶねーんだ?」

 

「え?」

 

  竹箒を肩に乗せた、アメリカ代表(新人用務員)さんがいた。

 

「い、イーリスさん……!」

 

「ふーむ……」

 

  変装用のサングラス越しに俺と、俺が出てきた部屋の窓を順番に見るイーリスさん。

 

  そして、歯を見せてニヤリと笑った。

 

「やるなぁお前! あの二人と寝たのかよ!」

 

  この誤解を解くのに、俺は朝の時間のほとんどを費やしてしまった。

 

 ◆

 

「う………ん?」

 

「………………」

 

  目を開けると、マドカが俺の顔を覗き込んでいた。

 

「………マドカ?」

 

「え、あ、えっと……」

 

  名前を呼んでみると、マドカはニコッと笑った。

 

「お、おはようお兄ちゃん」

 

「あ、ああ。おはよう」

 

  どうってことのないただの挨拶。でも、俺は違和感を感じていた。

 

「マドカ、お前なんでもう制服に着替えてるんだ?」

 

  そう。なぜか目の前にいるマドカは制服姿だった。

 

「まだそんなに慌てるような時間じゃないだろ?」

 

  手に取った時計は、俺がいつも起きている時間と同じ時刻を指していた。

 

「ちょ、ちょっと、早くに目が覚めちゃってね。あは……」

 

  そう言って笑うマドカ。だけどどこか元気がないように見える。

 

「どうしたんだ? 悩み事でもあるのか?」

 

  マドカのことは何かとデリケートだ。ここは兄の俺がしっかりしなくては!

 

「そ、そんなに大したことじゃあ………いや、大したことなのかもしれないけど」

 

「話してみろよ。妹の悩みを聞いてやるのも兄の務めだからな」

 

  優しく言ってみるとマドカは少し考えるようにしてから、小さく言葉を紡いだ。

 

「お兄ちゃん……」

 

「うん?」

 

  続く言葉を待ったけど、マドカは何も言わずにもじもじと落ち着かないでいるだけ。

 

「や…………やっぱり、なんでもない。先に行くねっ」

 

「あっ、お、おいマドカ?」

 

  そしてマドカは俺が止める間も無く、カバンを掴んで駆け足で部屋から出て行ってしまった。

 

「マドカ……どうしたんだ……?」

 

  部屋に取り残された俺は、わけもわからずそう言うしかなかった。

 

 ◆

 

「………………はあぁ〜」

 

  私こと、更識楯無━━━━刀奈は、生徒会室の自分の机に突っ伏して、長い長い息を吐いていた。

 

  恥ずかしい限りで、今日も今日とて瑛斗くんと一夏くんから逃げるように午前中の授業をやり過ごしている私。

 

  今日こそは誰もいなかった生徒会室で、私はとりあえずこの疲労困憊な身体を休ませることにした。誰も入ってこないよう鍵もちゃんとかけてある。

 

  あの二人と鉢合わせしたら、自分を保っていられる自信がない。

 

  変なことを言って、余計にこじれるのが嫌だった。

 

(どうしよう……本格的にどうしよう……)

 

  でも、いつまでもこんな風に逃げてばかりじゃ仕方ない。それはわかってる。

 

  何か打開策を考えないと……そうは思うけど、寝不足のこの状態じゃ、いい案は出てくる気配すら無い。

 

 プルルルル、プルルルル♫

 

  軽快なメロディが鳴った。電話だわ。

 

(誰だろ……)

 

  うつ伏せのまま、携帯を取り出して通話ボタンを押す。

 

「………はい」

 

『おう、ワシじゃよ。亡国機業のアイドル、チヨリちゃんじゃ』

 

「チヨリ様っ?」

 

  突然のことに突っ伏していた身体を起こす。電話の相手はなんとチヨリ様だった。

 

「ど、どうなさったんですか?」

 

  こんなタイミングで電話だなんて、何か緊急のことかしら?

 

『この時間は暇でのー。話し相手を探しておったんじゃ』

 

「は、はあ」

 

  肩透かし。

 

  チヨリ様、隠居というか潜伏中なのに、結構楽しんでるのね。

 

「あの、私も暇じゃないんですけど……」

 

『そう言うでない言うでない。しかしのぉ、そうかそうか。フッフッフ…』

 

「な、なんですか?」

 

『お前さん、どえらい初恋をしとるようじゃなぁ? ええ? 瑛斗と織斑一夏のどちらも好いておるとはの』

 

「っ!? なんでそれを!?」

 

『スコールから話は聞いたぞ』

 

「え?」

 

  話した覚えはない。だってこんなことをあんな女に話したら何をされるかわかったもんじゃないもの。

 

『いや、正しく言うならば、ブリュンヒルデから話を聞いたスコールからじゃな』

 

「織斑先生えええええっ!?」

 

  生徒会室にシャウトが木霊する。刺客は身近にいた!

 

「裏切り! 裏切りだわこれ! 言わないって言ってたのに! 獅子身中の虫ってこのことよ!」

 

  携帯に向かってまくし立てると、チヨリ様が電話越しに私を宥めてきた。

 

『えーい落ち着け。バレたものは仕方なかろう? 開き直って堂々とせい』

 

「そんな簡単に出来たら苦労しませんよ……」

 

『フッフ……。して、どうじゃ? 初めての恋の味は』

 

「どうもこうもないですよ! ずっと二人のことばっかり考えちゃうし、その度にキュッて胸が苦しくなるし、夢にも二人が出てきて朝起きて一人で悶絶するし、気が休まりません!」

 

『お…おうおう。手本のような恋する乙女じゃな』

 

「はあ……もうまともに二人と顔を合わせられないです。チヨリ様、何か年長者としてアドバイスしてください」

 

『これはお前さんの問題じゃ。ワシにはどうすることも出来んよ』

 

「そう言わずに━━━━!」

 

『命短し恋せよ乙女じゃ。何にしても、悔いの無いようにの』

 

  あ、あれ? もしかして切られそうな雰囲気?

 

「ちょ、チヨリ様!?」

 

『ではの〜。ホッホッホ』

 

 チヨリ様はのんきな声で電話を切った。

 

「向こうから電話してきたのに…」

 

  さては面白がって電話してきたのね……!

 

(まったく、みんなして私の事を弄んで!)

 

「あんっ、もう!」

 

  椅子の背もたれに勢いよく身体を預ける。すると……

 

「え? わ、わあああああ!?」

 

 バッターン!!

 

  勢いをつけ過ぎた椅子の足のローラーが滑って、椅子が後ろに倒れてしまった。

 

「いったたた………」

 

  バックドロップを受けたような恥ずかしい体勢になりながら、鈍い痛みに堪える。だ、誰もいなくてよかったわ。

 

「ん……」

 

  ふと窓の向こうの空に目が行った。

 

 冗談みたいに青くて高い空。こんな日にISで飛んだら気持ちいんだろうな。

 

 ……今の衝撃で冷静になったわ。チヨリ様の言葉、悔いの無いようにっていうのは、確かにその通りかも。

 

  そう思い、チヨリ様の言葉を糧に決意を固めた私は、立ち上がって椅子を元の位置に戻して、そして鍵を開けて生徒会室から出た。

 

「とにかく織斑先生にひとこと言ってやらないと━━━━」

 

「千冬姉が、どうかしました?」

 

「ふえっ!?」

 

  目の前に、一夏くんがいた。その隣には箒ちゃんもいる。またこのパターン!?

 

「いっ、いいいち、いちっ、一夏くんっ!? 箒ちゃん!? な、なんでここにいるのかしらっ!?」

 

「マドカを探してまして。あいつ、今朝から様子が変なんです」

 

「楯無さんこそ、生徒会室でお一人で何をなさっていらしたのですか?」

 

  二人ともキョトンとしていて、私だけがしどろもどろ。こんなの私のキャラじゃないのに!

 

「い、いやあ、お、おね、おねーさんはほら、アレよ。そう! チェック! 今度の運動会の細かいチェックをね!」

 

「それ、この前みんなでやりませんでした?」

 

「はうっ!?」

 

 そう言えばそうだった!

 

「……楯無さん、どこか様子がおかしくありませんか?」

 

  箒ちゃんが顎に手を当てて私を不思議そうに見つめてくる。なんなの、この追い詰められてる気分!

 

「そ、そそ、そそそそんなことないわよ箒ちゃん。やーねぇ」

 

  言いながら、私の胸の中の決意はどんどん萎んで、足はいつでもこの場から離脱できる準備が出来ていた。

 

「じ、じゃあおねーさんはこの後も用事があるから! じゃあね!」

 

「あっ」

 

「楯無さんっ?」

 

  二人が引き止めることができない程のスピードで、私は生徒会室前から昨日と同じように逃げ出した。

 

(バカバカバカ! 私のバカー!)

 

  心の中で半泣きになりながら、一夏くん達の視界から消えるところまで走る。

 

「わ!」

 

「きゃ!」

 

  と、誰かとぶつかりそうになった。

 

「ご、ごめんなさい。ぼんやりしてて……」

 

「こ、こっちこそ、よく前を見ないで………あら?」

 

  そこにいたのは、マドカちゃんだった。

 

「あ、楯無さん……」

 

「マドカちゃん。一夏くんが探してたわよ?」

 

「あ……はい………そうですか」

 

  いつもなら一夏くんの名を聞くだけで嬉しそうな顔をするはずなのに、なんだか暗いわね。

 

「どうかしたの?」

 

  訊くと、マドカちゃんは数秒考えるようにしてから、意を決したように私を見た。

 

「……………あの! 楯無さん!」

 

「な、何かしら?」

 

「楯無さんは、生徒会長さんなんですよね?」

 

「そ、そうよ?」

 

「よく、生徒からの相談とかも受けてますよね?」

 

「それは、まあね」

 

「私、楯無さんに相談したいことがあるんです。聞いてくれますか?」

 

「もちろんよ。生徒会長として、生徒の悩みを聞くのも大切な仕事だわ」

 

  その言葉は本心から来ていたけれど、心の隅では好都合に思ってしまっていた。

 

「ここだとちょっと話しづらいので、場所を変えさせてください」

 

  マドカちゃんに言われるがまま、私はマドカちゃんと屋上へ向かった。

 

 ◆

 

「……そう。誕生日のことで悩んでるのね」

 

  マドカちゃんの相談の内容を要約すると、こういうことだった。

 

  マドカちゃんは伏し目がちにコクン、と頷く。

 

「お兄ちゃん達にも話がついてるのは、雰囲気で察せました。でも逆にそれで話せなくて……」

 

「あら、マドカちゃんの誕生日のことなら私も知ってるわよ?」

 

「楯無さんは別です。楯無さんはお兄ちゃん達みたいに私の前でソワソワしてませんし」

 

  それは他のことで頭がいっぱいだったからよ。とは絶対に言えないわね。

 

「うーんと……マドカちゃんは一夏くん達にお祝いされるのが嫌なの?」

 

「ちっ、違います! そんなことはこれっぽっちも思ってないんです! ただ……」

 

「ただ?」

 

「いいのかなって。こんな私が、からっぽの私が、お祝いされるなんて……だって自分で覚えてもないんですよ?」

 

  屋上のテラス。膝の上に両手を置いて小さく座っていたマドカちゃんはポツリポツリと呟く。

 

「家族も、記憶も、顔も……全てを失った私が、こんな風にみんなと生きている。これだけでも奇跡なんです。なのに、これ以上いいことがあっていいのかなって思って……」

 

  マドカちゃんが身につけていたロケットを開いた。

 

  ━━━━その中は、からっぽだった。

 

「………いいと思うわ。ううん。いいに決まってるわよ」

 

「そうなんですか?」

 

「そうよ。マドカちゃんの言いたいこともわかるし、今までのことを忘れろとも言わないわ。でもね、これからのこと、未来のことも考えていいのよ。マドカちゃんには、今までの分まで、幸せなことがたくさん起こるんだから」

 

「………本当、ですか?」

 

「ええ。おねーさんが保証するわ。だから、年に一度のあなたの誕生日を、思いっきり楽しみなさい」

 

「楯無さん……」

 

「実はね、私も少し前まで、からっぽだったの」

 

「え…?」

 

「『楯無』という()を受け止めるだけのからっぽの器。それだけだった」

 

  なぜだか、私は自分のことをマドカちゃんに話し始めていた。

 

「自分でやりたいことなんて見つからなかったし、見つけられなかった。与えられた任務がなくちゃ、私は何も出来なかったの」

 

  ほんのちょっと前まで話すことが苦しかったことも、今ではこんなにすらすら話せる。

 

「……今は、違うんですか?」

 

  私はゆっくり頷く。

 

「大切な……大好きな人達が、本当の私を教えてくれた。その人達がいるから、私はからっぽじゃなくなった。その人達はきっと、マドカちゃんのことも満たしてくれるわ」

 

「その人達って………」

 

  私が照れ笑いをしながらもう一度静かに頷くと、マドカちゃんは優しく笑った。

 

「ふふっ……。楯無さんに相談して良かったです。ありがとうございました」

 

「どういたしまして。私も力になれて嬉しいわ」

 

  マドカちゃんは椅子から元気に立ち上がった。

 

「私、お兄ちゃんに会ってきます!」

 

  その瞳には明るい光が戻ってる。

 

「そうしてあげて? あ、そう言えばプレゼントはどうするの? せっかくだから、マドカちゃんが一番欲しいものをおねだりしてみたら?」

 

「実はもう決めてるんです!」

 

「あら、何かしら?」

 

「えへへ♫ 内緒ですっ」

 

  楽しそうな笑顔を見せてくれたところで、この子のお兄ちゃんがやって来た。

 

「お、いたいた。マドカー」

 

「お兄ちゃん!」

 

  マドカは一夏くんへ駆け寄り、一言二言何か言葉を交えると、一夏くんの腕に抱きついた。

 

「ま、マドカ! 一夏にくっつき過ぎだ!」

 

「まあまあ、いいじゃんか……ん? あ、楯無さーん」

 

  い、一夏くんがこっちに手を振ってる……。

 

  小さく手を振り返す。それが私の精一杯だった。

 

 そして、三人は校舎の方に戻っていった。

 

「……はあ」

 

  手をテーブルに乗せて、息を吐く。

 

  無事に生徒の悩みを解決したから、してしまったから、今度は自分の悩みと向き合う番だ。

 

  この間の朝の瑛斗くんといい、今の一夏くんといい、どちらの対応にもテンパってしまう私。

 

  ヘタレだわ。我ながらヘタレ過ぎる。

 

  いつも通りなはずなのに、あの二人の前に立つと頭が真っ白になってしまう。

 

  きっと、慣れていないんだわ。この心の中に芽生えた感情に。

 

(こんな風になるなら、もっと早くこうなりたかったな……)

 

  そう。それこそ、去年あたりから━━━━

 

「たーっちゃん!」

 

「きゃあ!?」

 

  不意に両肩に手を置かれる。

 

「か、薫子ちゃん! ビックリさせないでよ……」

 

「ごめんごめん。たっちゃん全然気づかないんだもん。ちょっと驚かせたくなっちゃった」

 

  小さく舌を出して笑うのは、黛薫子ちゃん。私のクラスメイトで、いろんな意味でお友達。

 

「いやー、隙だらけでしたなぁ。今なら私でも生徒会長の座を狙えるんじゃないかしら!」

 

「……本当にそう思ってる?」

 

「じょ、冗談ですよぅ。堪忍してつかーさい」

 

「ん、よろしい」

 

  さっきまでマドカちゃんが座っていた椅子に、今度は薫子ちゃんが座った。

 

「どう? 新聞部の不動のエースさん。何かいいネタは仕入れられた?」

 

「もっちろん! タレコミなんだけど、すんごいの掴んじゃった!」

 

「へえ? どんなのどんなの?」

 

「ズバリ! 『恋に揺れる生徒会長の乙女心!』」

 

「えぇっ!?」

 

  突然の爆弾発言に驚いて、座っていた椅子をガタガタッ! っと音立てしまう。

 

「『桐野くんも、織斑くんもどっちも大大だーい好き! ああ、どっちかなんて選べない!』と、生徒会長は甘美な背徳感に体を震わせて━━━━」

 

「ストップ! ストーップ!」

 

  記事のプロットを読み上げ出す薫子ちゃんを必死に制止。

 

「だっ、誰から聞いたの!?」

 

「いやいや、タレコミの相手を言っちゃうようじゃ記者失格よ。まあ強いて言うなら、学園で一番スーツの似合う女性教師かしら」

 

 お、織斑先生……! あなたって人はああああああっ!!

 

「い、怒りのあまりに頭の中の種が割れそう……!」

 

  わなわなと拳を震わせる。けど、怒りを通り越して後悔の念が湧き上がってきたわ。

 

「ああ……やっぱり話すんじゃなかった」

 

「さっきまでマドカちゃんのお悩みを真摯に聞いてた生徒会長さんも同じ人とは思えない変貌っぷりね」

 

  がっくりうなだれる私を見て、薫子ちゃんはニヤニヤ笑う。

 

「ガセかと思ったけど、本当だったんだー。たっちゃん、男の子ズの両方に恋しちゃってんだー」

 

「うう〜っ……!」

 

「ちょ、な、涙目で睨まないでよ。安心して。記事になんかしないから」

 

「………本当?」

 

「本当本当」

 

「じゃあ、指切り」

 

  私が小指を出すと、薫子ちゃんも苦笑いしながらも小指を出してくれた。

 

「ゆーびきーりげんまん嘘ついたら新聞部つーぶす。指切った」

 

「おおう、こんなに可愛らしくも恐ろしい脅迫初めて受けたわ。平気だってば。信じてよ」

 

「……うん、信じる」

 

「あはは……しかしなぁ、更識のご当主様にも恋の季節かぁ」

 

  なぜか嬉しそうな薫子ちゃん。

 

「おまけに二人同時にってのがすごいよねぇ」

 

「だって………だってだってだって〜……!」

 

  いたたまれなくなってテーブルにゴツン、と額を打ち付ける。

 

「だって、好きになっちゃったんだもん……」

 

「それは仕方ないかもだけどさー」

 

「薫子ちゃん、私どうしたらいいの? 向こうは気づいてないけど、私は一人で浮気してるような気持ちになっちゃってるのよ!」

 

  藁にもすがる思いで訊くと、薫子ちゃんはカメラのレンズを丁寧に磨きながら、んー、と数秒唸った。

 

「そんなに悩むならさぁ、どっちもとっちゃえば?」

 

「へ?」

 

「今度の運動会の優勝賞品を男の子くんズの部活所属じゃなくて、二人そのものにして、優勝した組の代表の好きなようにさせる。それでたっちゃんが優勝すれば、織斑くんも桐野くんもどっちもゲットってわけよ」

 

「…………………」

 

「なーんてね。そんなことになったら、あの後輩ちゃん達が黙ってないだろうけど…………たっちゃん?」

 

「そ…………」

 

「そ?」

 

「それだわっ!!」

 

「………………え?」

 

 ◆

 

 翌日、IS学園の共用掲示板に、デカデカと張り紙が貼られていた。

 

 ◆

 

『大運動会に関する重要なお知らせ

 

 九月二十七日開催予定のIS学園大運動会の優勝賞品は『優勝した組の代表の所属する部活動への桐野瑛斗または織斑一夏の強制入部』を予定しておりましたが、この度『桐野瑛斗または織斑一夏、及びその両方と同部屋になる権利』を追加させていただきます。

 

 その他のルールにおきましては、変更はありません。

 

 優勝組のメンバー全員への副賞『一度だけ桐野瑛斗、織斑一夏どちらかのご奉仕』にも変更はありません。

 

 生徒会長 更識楯無』

 

 ◆

 

「な……」

 

「な……!」

 

「「なんじゃこりゃあああああああああ!!!!」」

 

  瑛斗と一夏の悲鳴は、沸き起こった女子達の割れんばかりの歓声に飲み込まれ、かき消された。




タイトル通りでした。恋に頑張る生徒会長の頑張りがおかしな方向に突き進んでいきます。
というわけで次回は運動会が始まります。優勝賞品が優勝賞品なだけに、熾烈は必至ですね。
次回も楽しみにっ!

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