IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

185 / 219
先日のUA40000超えに続き、お気に入り登録も200件超えました。ありがとうございます。これからも頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。

それではどうぞ。


邂逅、クラウン・リーパー 〜または夜霧の帰還〜

秋の雲が空に見え始める朝。

 

寮と校舎を繋ぐ、幾分柔らかくなった陽光の差し込む道を、大きな欠伸をしながら、楯無は歩いていた。

時刻は午前八時二十五分。ホームルームまで残り時間は五分を切っている。

はっきり言って、遅刻ギリギリだ。

いつもならとっくに教室にいる頃だったが、こうなったのには深い事情がある。

(あの二人のこと考えてたら……全然眠れなかった……)

本名を明かしたあの日以来、楯無の頭は瑛斗と一夏のことで頭がいっぱいだった。

瞼を閉じれば、二人の顔が鮮明に浮かび上がり、消し去ろうにも消し去れない。むしろ意識は鮮明になってしまう。

そしてろくに寝付けないまま朝を迎えてしまった。

さらに、寝癖を直したり、細かく身だしなみを整えたりしていたら、あっという間に時間が無くなり、こんな時間になってしまっているのだ。

(うう……やっぱり二人いっぺんに教えたのが間違いだったのかしら……。でももうなかったことには出来ないし……)

ぐるぐると、同じ思考が何度も何度も繰り返される。

(まったくあの二人……人の気も知らないんだから!)

能天気な二人の笑顔が脳裏にちらつき、やり場のない小さな怒りが楯無を苛む。

「……あれ? 楯無さん!」

後ろから声をかけてきたのは、楯無と同学年で、ギリシャ代表候補生のフォルテだった。

「あ、フォルテちゃん。おはよう」

「おはようっす。珍しいっすね。楯無さんも寝坊っすか?」

「ちょ、ちょっとね。あはは……」

楯無は苦く笑う。

「いやー、朝練が無いとついつい寝坊しちゃうっすよ。でも、楯無さんと一緒なんて特別な感じがするっす。今日はいいことがありそうっすねぇ……!」

遅刻の常習犯、もといプロのフォルテは感慨深げにそう言った。

「でも、気になるっすね。昨日の夜は何してたっすか?」

「え? う、うーんと……」

楯無は言葉を詰まらせた。瑛斗と一夏のことを考えていたなんてバカ正直なことは言えるわけがない。

「か、考え事よ。うん、考え事」

なので考え事という当たり障りのない言葉を選んだ。

「考え事っすかぁ……。きっと難しいこと考えてたんすねぇ」

「そうね………。難しいことね。きっと……」

楯無は、余韻の残る言い方をし、足元に視線を落とした。

(……フォルテちゃんに話してみるのはどうかしら)

眠くておかしくなったテンションが、そんな提案をしてきた。

(あれ? なんだろ? 名案な気がしてきた)

もしかしたら、という謎の期待を胸に、楯無はフォルテへ顔を向けた。

「ねえ、フォルテちゃん。フォルテちゃんは誰かと誰かを同時に好きになったことある?」

「へ?」

「二人のどっちかなんて選べないくらいどっちも好きになる……そんな風になったことある?」

「え……えっと……うーん」

突然のことでわけがわからなかったが、フォルテは腕を組んで難しい顔になって思考を始める。

「………………」

「………………」

「………それ、どういうナゾナゾっすか? ちんぷんかんぷんっす」

楯無の恋の悩みは、フォルテにはナゾナゾだと認識された。

「ごめんなさい。これはフォルテちゃんには難しかったかも」

楯無はつとめてガッカリした感じを出すまいとしたが、上手くいったか自信が無かった。

「む〜! 楯無さん意地悪っす! 私が難しいの苦手なの知ってるっすよね!?」

頬を膨らませたフォルテが曲がり角に楯無より先に差し掛かる。

その時。

「うわっ!?」

「あいたっ!?」

曲がり角から出てきた何者かとフォルテが激突。二人分の短い悲鳴が上がった。

「ったたた……。ど、どこ見て歩いてるっすか!」

「そりゃこっちのセリフ……って、フォルテ先輩?」

「桐野?」

フォルテがぶつかったのは瑛斗だった。何かを運んでいたのか、周囲に書類が散乱している。

「えっ、瑛斗くん!?」

楯無は目の前に現れた瑛斗に驚き、先ほどまでの眠気など吹き飛んでしまった。

「き、桐野さん!? 大丈夫っすか!?」

瑛斗の隣には、エリスがいた。

「え、ええ。何とか。あ、楯無さん、おはようございます」

「お、おは、よう……。あ、あのっ、えと━━━━」

何か話さねばと言葉を選んでいると、フォルテが会話を切り出した。

「桐野も寝坊っすか?」

「違いますよ。エリスさんが大量にプリント運んでたんで、手伝ってたんです。織斑先生にも途中で会ったんで、ホームルーム遅れても問題無しですよ」

「わ、わざわざごめんなさいっす。桐野さん」

「エリス? ……あ、この間の全校集会の時の! エレクリットから来た人っすよね」

「よ、よろしくお願いしますっす!」

「いえいえ、こちらこそっすよ。………ん? その口調……」

「?」

フォルテは顎に手を当ててエリスをじぃ〜っと見つめた。

「━━━━間違いないっすね」

「な、何がっすか?」

「あんた……私とキャラが被ってるっすよ!」

フォルテはエリスを指差して言い放った。

「へ?」

「その語尾だと私とキャラが被ってるって言ってるっすよ!」

思いの外、身も蓋もないことだった。

 

「そ、そんなこと言われても困るっす」

 

エリスは当人からすればどうしようもできないことを指摘され、困惑してしまう。

「桐野もそう思うっすよね!?」

「え? 俺はエリスさんとの付き合いの方が長いから、どっちかって言うとフォルテ先輩が被ってると思ってましたよ?」

「ガーンっす!?」

フォルテは大仰に体を仰け反らせた。遅刻寸前でもこれほどのアクションが出来るのは、フォルテゆえである。

「つ、付き合いが長いなんてそんな……! えへへ……照れちゃうっすよぉ♫」

一方でエリスは赤くなった頬を両手で持って隠しながら身体をくねらせる。

「ぬぬぬ……! た、楯無さんはどうっすか!?」

「えっ?」

「あっちが被せてきてるっすよね!?」

「え、あ、そ、そう、ねぇ」

話を振られた楯無は、瑛斗を強く意識していたので、フォルテの話など全く聞いていなかったから曖昧な返事をしてしまった。

「な、なんすかそのテキトーな感じは!」

「い、いや、だって……」

「だってなんすか! これは私の今後に関わる一大事っすよ!?」

「語尾が被ってるくらいで大げさだなぁ」

苦笑する瑛斗。

その瑛斗と目が合った瞬間、楯無はすぐには反らせず、瑛斗の顔をまじまじと見てしまった。

「……ん? 楯無さん?」

「な、何かしらっ!?」

「顔が赤いですよ?」

 

「ひぇっ!?」

 

楯無の気持ちなど知る由もない瑛斗が、心配そうに訊いてくる。

 

「風邪ですか?」

「なっ……なななな、なんっ、何でもないわよおおおっ!」

脱兎の如し。楯無は全速力で校舎へ逃げるように駆け込んで行った。

「行っちゃった……」

 

「足、速いっすね……」

「フォルテ先輩、楯無さんはどうしちゃったんです?」

「いや、私にもさっぱり……」

三人が様子のおかしい楯無に首を傾げる。

時を同じくして、一秒のズレもなく制御された学園の時計が、八時三十分の時刻を示した。

キーン、コーン、カーン、コーン。

タイムリミットを告げるチャイムがIS学園に鳴り響く。

「…………はっ!?」

━━━━フォルテの遅刻が、決まった。

 

 

「えええええっ!? マドカが欲しいものが何かまだ聞き出せてないのか!?」

「しーっ! 声が大きいって!」

声をあげた瑛斗に一夏が慌てる。

昼休みの生徒会室にいたのは、マドカの誕生日について話し合うために集まった一夏を始めとする二年生の専用機持ちだった。

 

そこには蘭と梢もいる。

しかしこれは極秘案件なので、当然この場にマドカはいない。

「お前が聞いて来てくれなくちゃこの緊急会議の意味がないぜ。なんのアプローチもしなかったのか?」

「いや、話そうと思ったんだけど、なんかマドカ、ここんとこいつもと様子がおかしくてさ」

「仕方ないんじゃない? スコール先生にいきなり言われたんでしょ? 驚いてるのよきっと」

「でも、せっかくならマドカが喜ぶようなものをプレゼントしてやりたいだろ」

瑛斗の言葉に、一同はうーん、と唸る。

「マドカが喜ぶものと言うと、何だろうか?」

「見当もつきませんわね……」

箒とセシリアは早々に思考の暗礁に乗り上げた。

「ドイツ軍の使うサバイバルキットなどはどうだ。マドカなら必ず使いこなせるだろう」

自信たっぷりな口調で提案したのはラウラだ。

「ら、ラウラ……。もうちょっと実用的なのがいいんじゃないかな?」

「これ以上無いほど実用的だと思うが?」

「それはそうだけど、もっとこう……あると思うよ?」

「むう、難解だ。シャルロット、そう言うお前はどうだ?」

「う……や、やっぱり可愛い服とかカバンとか、なのかな? マドカちゃんの好みとか全然わかんないけど……。簪はどう思う?」

「私も、わからない……かな。……鈴は?」

「アタシ? え、えーと、いくつか案はあるけど……ら、蘭! アンタ何かアイディア無いの? 言い出しっぺじゃない」

鈴が端の席に座っていた蘭に話を振ると、蘭は困り果てた様子で肩を竦めた。

「い、いやぁ……そうなんですけど、私、マドカさんのディープなことって、あんまり知らなくて」

「……同じく。亡国機業だったこと以外、特記できることは」

議論から熱が無くなってしてしまったところで、生徒会室の扉が開かれた。

「お前達、何をしている?」

扉を開けて声をかけてきたのは千冬と真耶であった。

「あ、先生方」

千冬はしげしげとこの場にいる生徒達を見渡した。

「ふむ……メンツからして、生徒会の会議、というわけでもなさそうだな」

「マドカの誕生日プレゼントが何がいいかってみんなで話してたんだよ」

「マドカの誕生日?」

「スコールのやつが蘭に言ったそうです。俺や一夏と同じ日だって」

「……ほう。それは面白そうだ。せっかくだからこいつも仲間に入れてやったらどうだ?」

言うや否や、千冬は逃げないように腕を掴んでいた楯無を瑛斗達の前に引っ立てた。

「お姉ちゃん……?」

「楯無さん。来ていたのですか?」

「ちっ、違うのよ。たまたま、通りがかっただけで……」

しどろもどろな楯無に、千冬がぷっと吹き出す。

「扉の前を行ったり来たりしてたやつが何を言ってるんだ」

「お、織斑先生……!」

「ちょうどよかった。なら楯無さんも一緒に考えましょうよ。マドカのプレゼント」

「せっかくだしな。楯無さん、何かいいアイディアありませんかね?」

「い、いや私は……! その……ほっ、本当に通りかかっただけだから! し、失礼しまーす!」

またしても脱兎の如し。楯無はそそくさと行ってしまった。

「さ、更識さーん!? 廊下は走っちゃいけませんよー!?」

「なんだ、つまらんな」

「千冬姉? 何がつまらないんだ?」

「お前も相変わらずか……まあ、お前達がそうやって悩まなくとも、マドカはそのうち自分から欲しいものを言ってくるさ」

「そうなのか?」

「ああ。だからお前達が心配するようなことは無いぞ」

「てことはアレですか? 先生は知ってるんですか? マドカが欲しいもの」

「さてな。それはそうと桐野、今日の放課後が例の約束の時間だ。わかっているな?」

「はい。そりゃもちろん」

「ならいい。お前達、午後の授業に遅れるんじゃないぞ」

千冬は生徒会室から離れ、真耶もその後を追った。

「瑛斗さん、約束って?」

「あ、蘭と戸宮ちゃんは知らなかったな」

「瑛斗はね、今日の放課後にエレクリットのクラウン・リーパーって人と会うんだよ」

「クラウン? その人って確か……」

「……ニュースで見た、エレクリットの臨時代表。そんな人が、どうして?」

「さあ? そればっかりは俺にもわからないよ。ま、会えばわかるさ」

「……意外と、能天気」

「はあ……はあ……びっくりした………」

生徒会室からランナウェイした楯無は、荒くなった息を整えていた。

(ま、まさか生徒会室に二人がいるなんて……!)

この午前中、一夏と瑛斗の顔がちらついてしょうがなかった楯無は、おそらく無人のはずの生徒会室で気を落ち着かせようと計画していた。

(何よ! なんでいるのよ! 確かに二人にそれぞれ生徒会室の鍵を渡したのは私だけど!)

「ちょ、ちょっと落ち着こう……」

荒ぶる心を抑え込もうと、楯無は深呼吸を試みた。

すー、はー、すー、はー。

少しずつだが、冷静になってきた。

(どうしようかしら……生徒会室に戻る? いやでも━━━━)

「おい更識」

「ぴゃあっ!?」

突然肩に手を置かれた楯無は、我ながら情けない声を出してしまった。

「お、驚かさないでください! 織斑先生!」

治まりかけていた動悸がまた激しくなる。

「今朝から様子が変だとは思っていたが……」

しかしそんなことはお構いなしに、千冬は下から上へ楯無を観察した。

「………なるほど、そういうことか」

「な、なんのことでしょう?」

「とぼけても無駄だ。お前、惚れてるな?」

ギクゥ!

「なっ、ななななな何を、いい言ってるんですか!? 何に惚れるんです!?」

「その言い方、ますます怪しいぞ」

「あ、なるほど。だから更識さんは急にあんな風に」

真耶も納得がいったのかポンと手を打つ。その動作に豊満な胸がプルンと揺れた。

「べべべっ、別に怪しいことなんて、何もないですよっ」

平静を装おうとした楯無がパンッと開いた扇子の文字は━━━━

「ふむ、恋慕か」

「え? あっ!?」

あろうことか、取り出す扇子を間違えてしまった。

「ちっ、違うんです! 今の無し! ノーカン! ノーカンです!」

慌てふためいて別の扇子を取り出そうとしたところで、千冬は長く息を吐いた。

「更識、いい加減、哀れに見えてくるぞ」

「……………すみません」

トドメの一言で、楯無は撃沈した。

「別に悪いことじゃないだろうが。好きになったんだろ?」

「……はい。不覚にも」

「で、どっちだ? 桐野か? それとも一夏か?」

意地の悪い微笑をたたえながら、グイグイ聞いてくる千冬。

「えっと、その、あの………」

楯無は金魚のようにパクパクと口を動かして、言葉にならない声を出す。

「そらどうした、言ってみろ。私は言いふらすような趣味はないぞ」

もはや逃げ場はなかった。

「…………両方、です」

「なに?」

「瑛斗くんも、一夏くんも、どっちも……好きになっちゃいました……」

「…………………」

楯無消え入るような返答に、驚いたように数瞬沈黙した千冬だったが、すぐに声を上げて笑った。

「はははっ! そうかそうか。両方か。それはまた大きく出たな。ライバルは多いぞ」

呆気にとられる楯無の肩を二回軽く叩くと、千冬は歩き出した。

「他の小娘共に負けんように、頑張ることだな」

「は……はい」

離れていく千冬と真耶。

(え……? 何? 今、励まされた?)

叩かれた肩をさすり、楯無はその背中を呆然と見送った。

楯無のもとを離れた千冬は真耶とともに廊下を歩いていた。

「更識さんにも恋の季節が来たんですね〜」

「そうだな。しばらくは退屈しなそうだ」

楽しそうに話す真耶に相槌を打つと、真耶は少し千冬に擦り寄り、上目遣いで続けた。

「でも、織斑先生はマドカさんのお誕生日の方が気になってますよね?」

「フン、どうだかな?」

「偶然なんでしょうか? 桐野くんや織斑くんと一緒の日なんて」

「あの女が言っていたというところが若干疑わしくはあるが、水を差すほど野暮じゃない。嘘だとしても、騙されてやるさ。それよりも問題は今日のクラウン・リーパーと桐野のコンタクトだ。あの男がなぜこのタイミングで、しかも桐野一人だけと話がしたいのか……」

クラウンの要求は、瑛斗と一対一で話がしたいというシンプルなものだった。

しかし、そのシンプルさが千冬に僅かな猜疑心を植え付けている。

「確かに、スワンさんやセリーネさんのことは何も触れられていませんでしたね。どうしてでしょう?」

「何か意図があるのかもしれん。桐野には注意するよう言ってはいるが、護衛をつけさせよう」

「学園の教員ですか?」

「いや、もっと適任がいる。贔屓というわけではないがな」

 

 

「……で、俺の護衛でラウラが来たわけか」

「うむ。その通りだ」

放課後。俺は、クラウンと会うために、俺の護衛のラウラと学園の外へ出ていた。

「大船に乗ったつもりでいろ。嫁を守るのも亭主の務めだ」

ラウラはふんすっ、と鼻息を荒くして張り切っている。

「教官には感謝せねば……ふふふ」

「ん? なんか言った?」

「な、なんでもない。お前は何も心配することはないぞ」

「そうか。じゃあ、よろしく守ってもらおうかな」

「ああ。任せておけ!」

満面の笑みを浮かべるラウラ。まあ変に肩肘張られるよりはこっちも緊張しなくていいか。

「よし、じゃあまずはパン屋に行くぞ」

「む? なぜだ?」

「クラウンに会うついでに、今度の運動会の備品を調達するんだ。クラウンが指定してきた時間までは結構あるし、ちょうどいいと思ってな」

「なるほど。それで、パン屋で何を買うのだ?」

「あんぱん五十個。買うっつーより配送の注文だな」

「そんな大量のあんぱん、何に使う?」

「パン食い競争だよ。吊るしたあんぱんを手を使わないでジャンプして食べるやつ。見たことないか?」

訊くと、ラウラは首を横に振った。

「その行為に意味があるようには思えんぞ?」

「でも楽しそうじゃないか? 俺運動会なんて初めてだ。宇宙にいた時ゃトレーニングルームはあったんだけど、そんなイベントはなかったからさ」

そんな会話をしつつ、俺たちは目的地のショッピングモール内のパン屋に到着し、注文をちゃっちゃと済ませ、また別の用具を買いにモールの中を進む。

「じゃあ次は軍手と鉢巻だな」

「それも注文か?」

「学園の生徒全員分だからな」

「ずっと気になっていたのだが、その運動会というのはどんなことをするのだ? IS学園大運動会だったか?」

「あー……楯無さんに言われてるからあんまり詳しくは話せないけど、一言で言うなら『IS学園ならではの運動会』だな」

「楯無さんにか……なあ、瑛斗」

「んー?」

「お前は、年上の女が好みなのか?」

「……え? な、何だよ? 急に」

唐突な話題に思わず足を止める。

「夏休みが明けてから、お前があの亡国機業の二人や、サファイア先輩らといるのをよく見かける。最近はエリナ殿達ともだ。お前は、私やシャルロット達といるよりも、そっちの方が楽しいのか……?」

ラウラは真剣な表情で訊いてくるもんだから、俺は答えに窮してしまう。藪から棒もいいとこだ。

「いや、その、楽しいかって言われても……」

「………………」

うーむ、困ったなあ。

 

言われてみれば、ここんとこエリナさんとかフォルテ先輩とばっかり話してて、ラウラ達といる時間が少ない気がしないでもない。寂しい思いをさせていたかもしれないな。

「……………俺は、お前やシャルロット達といる方が楽しいさ」

「本当か!?」

「あ、ああ。ほら、スコールとかオータムは目を離すと何すっかわかんねえから見張んなきゃだし、フォルテ先輩はやれ宿題だの提出課題だのを手伝えって無理言ってくるし。結構大変なんだぜ? だからお前らといる時間は安心できる。俺にとっての『癒やし』だよ」

「癒やし……」

ラウラは紅い瞳で俺をじーっと力強く見つめると……

「…………!」

ぱあぁぁぁっと嬉しそうに顔をほころばせた。

「そ、そうか! そうかそうか! ならば存分に癒されるがいい!」

ラウラが満面の笑みを浮かべるのを見て、俺も胸が温かくなるのを感じた。

「じゃあ、備品の調達を早いとこ終わらせて、少し遊んでからクラウンのとこに行こうか」

「うむ!」

こうして、ラウラとモールを見て回っていると、クラウンとの約束の時間はすぐにやってきた。

……

 

…………

 

………………

 

……………………

 

…………………………

 

クラウンが指定してきたのは、モールからそう遠くない森林公園だった。

街の有名スポットの一つで、ニュースでも見たことがある。朝にはランニングをしている人達が多く見られるらしい。

「いないようだな」

「ああ。一応時間の十分前に着いてはみたけど……」

クラウンの顔は資料を見て覚えてる。でも、中に入って探してみてもそれらしい姿は見当たらない。人通りもまばらで、いればすぐに見つかりそうだけど……。

「俺らのほうが早かったかな?」

「呼び出しておいて遅れてくるとは、失礼な奴だ」

「仕方ないさ。向こうは臨時とは言っても社長やってるわけだし」

クラウンを探しながら公園の敷地の半分くらいまで進んだ時だった。

「君、桐野瑛斗くんだね?」

「え?」

名前を呼ばれて振り返る。

━━━━拳銃の銃口を俺のこめかみに向けている、スーツ姿の若い男がいた。

「!?」

「初めまして。そしてさようなら」

「っ! 瑛斗!」

即座に反応したラウラが俺を突き飛ばした時瞬間、男が銃の引き金を引いていた。

パンッ!

乾いた音が木々に吸い込まれた。

「……………………ん?」

銃口から、赤い造花の花束が飛び出している。

「なーんちゃってね! ビックリした?」

男はケラケラ笑いながらおもちゃの銃を左右に振った。

「お……おもちゃ?」

「その顔が見たかったよ! しかし警戒心の欠片も無いなぁ。これが本物の銃だったらどうするんだい?」

新聞やテレビで見たのと同じ顔。間違いない。

この男が、クラウン・リーパーだ。

「えっと……は、初めまして。クラウンさん」

立ち上がって、挨拶をする。

「クラウンでいい。それより、驚かせちゃったかな? 君の緊張を解そうと思ったんだけど」

「い、いえ、大丈夫です」

「その子は?」

クラウンはラウラを見た。

「俺の護衛です。学園側の指示で俺に付いて来ました」

「なるほど、護衛か。こんな可愛い子が護衛だなんて、羨ましいね」

「すみません。俺一人で、と言われていたのに……」

「私はいないものと思っていただいて結構だ」

「いやいや、気にすることはない。立ち話もなんだ。座ろうじゃないか。そこのレディもね」

ベンチにクラウンが座ってから、俺達も隣に座った。

「こんなところに呼び出してすまないね。僕もこの後予定が立て込んでいるんだ。まったく、忙しいったらないよ」

「それは、ご苦労様です」

全然そんな風には見えないけどな。

「タバコ、いいかい?」

「え? ど、どうぞ」

クラウンは咥えたタバコにライターで火をつけて煙を吸う。

「………ゲホッ!?」

「へ?」

クラウンがむせた。

「ゲホゲホゴホッ!! ちょ……! 何これ……?! ゴホッゴホッ! ウェッホゴホゴホガハッ!!」

ベンチから転げ落ちてのたうち回るクラウン。

「ゲーホゲホホッ!! ウゲガヘッ!!」

「ちょ、ちょっとちょっと! 大丈夫ですか!? どこか身体の具合が悪いとか!?」

「い、いや……ゲホッ! そうじゃなくて………!」

クラウンは嗚咽しながら否定してきた。

「は、初めてだったんだ。タバコ……!」

「ええっ!?」

あんな手慣れた感じで火を着けておいて!?

「悪いんだけど……エホッ! せ………背中さすって……!!」

「は、はあ……」

ラウラと一緒に中腰になって、クラウンの背中をさする。

(何だこれ……)

むせながら四つん這いになってる大の大人の背中をさするって、何なんだよこの構図は。

「…………ふぅ、何とか落ち着いたよ。助かった」

数分後、クラウンはようやく立ち直った。

「ど、どういたしまして」

「これには、慣れが必要なようだ」

クラウンは涼しい顔でポケットにタバコとライターをしまった。

「あの、俺に話って?」

俺は本題を切り出した。このままだと向こうのペースに飲まれそうだぜ。

「ん、そうだね。忘れないように先に言っておこうか。君にお礼を言いたかったんだ。うちの社員を救ってくれたことでね」

「それって、エリナさんとエリスさん?」

「ああ。彼女達の無事には本当に安心したよ。これも君のおかげだ。礼を言うよ」

「……エレクリットは、これからどうなるんです?」

「それについては心配しなくていい。僕も無能じゃない。ここ最近連続して災難が降りかかって来てはいるけど、まともな運営が出来るようになるにはそう時間はかからないさ」

「そっか……ならよかった」

「それともう一つ。純粋に、君と直接会って話がしてみたかったんだ」

「どうして?」

「先代の社長から、君のことはよく聞いていたからね。興味があったんだ」

その名前を聞いて、少しだけ心が波立つ。

「先代……エグナルド……死んだんですよね………」

「ああ。交通事故でね。かなりのスピードを出していたらしい」

クラウンは、エグナルドの死んだ状況を語り出した。

「山間を縫うような連続カーブでハンドル操作を誤って、車ごと崖下に落下。車は当然大破して、運転してた彼も、遺体はほぼ人の形を離れてグチャグチャに………ああ! ご、ごめん! 嫌な想像をさせたかな!?」

「平気です。それで……あの人は、俺のことをどう言ってましたか?」

聞いてどうするというわけでもない。でも、聞かずにはいられなかった。

「君を強い少年と言っていたよ。ツクヨミの事件から立ち直って、よく頑張っているってね」

「……………………」

「それと、酷く酒に酔った時に、君の名を呼んでから、何度も『すまなかった。許してくれ』って言ってたのを聞いたことがあるよ」

「えっ……?」

「後から、何のことだったのか聞いたんだけど、結局教えてくれなかったよ。まさしく墓まで持っていったってやつだ」

言葉を失った。

エグナルドが俺に謝っていた?

それって━━━━

(後悔…………してたのか……?)

俺はエグナルドの正体を知っている。俺の両親を裏切って、チヨリちゃんやクレッシェンドのマスターさんを苦しめてきた、許せないはずの男。

その上でこの話を聞いても、やっぱ り怒りも悲しみも湧いてこない。

それが、なんだか哀しかった。

「瑛斗くん? どうかしたかい?」

「………確かに立ち直ったけど、忘れたわけじゃない。宇宙が恋しい時だってあります」

「宇宙に、帰りたいと?」

「よく、わかりません。宇宙は恋しいですよ。でも……仮に帰っても、所長達はもういない。それに、俺の新しい居場所がこの地球にはある」

ラウラの顔を見ながらそう言うと、クラウンは微笑んだ。

「聞いた通りだ。君は強いね」

その言葉に、嫌味な感じはしなかった。

「お父様!」

と、色違いだが作りは全く同じ可愛らしい服を着た、これまた可愛らしい女の子が二人。こっちに向かって歩いてくる。

綺麗なエメラルド色の瞳で、顔立ちも見れば見るほどよく似てる。瓜二つだ。髪型も、二人で左右対称の気合の入れっぷり。

「お前達、来てたのか」

クラウンは腰を上げて、女の子二人に親しげに声をかけた。

「はい! お父様が四つん這いになって背中をさすってもらっているところから、遠巻きに見てました!」

「ほとんど頭から見てるじゃないか」

「すみません。お父様の面白おかしく、その上無様な姿を撮影するのに夢中になっていましたので」

「撮影!?」

「あ! ツァーシャ、それ後で見せて見せて!」

「わかりました。それと我ながら良く撮れたので、DVDにも焼いておきましょう」

「やめてくれないか!?」

漫才みたいな掛け合いを見せられて、俺達二人揃ってはどうしていいかわからずフリーズしてしまう。

「え、えーっと? お父様って……?」

「ん? あっと! 紹介が遅れたね。娘のシェプフとツァーシャだ」

クラウンは女の子二人を俺の前に立たせた。

「シェプフ・リーパーです!」

「ツァーシャ・リーパーと申します」

なるほど、向かって右の元気よく挨拶した子がシェプフちゃんで、向かって左の落ち着いた雰囲気の子がツァーシャちゃんか。

「シェプフちゃんとツァーシャちゃんか。よろしく」

「見たまんまで、姉妹揃ってなかなかのおてんばさんなんだ」

「みたいですね」

「ハハ、言ってくれるよ」

クラウンは嬉しそうに笑って二人の頭を撫でた。

「お父様お父様! シェプフ、さっきゲームセンターのクレーンゲームでぬいぐるみ取りました!」

「ツァーシャもです。二人でお揃いです」

シェプフちゃんとツァーシャちゃんは、クラウンに小さなウサギのぬいぐるみ見せた。

「そうかそうか。何だったら、そのゲームセンターごと買ってあげたのに」

「もー、それじゃあ意味ありません!」

「シェプフの言う通りです。お父様もやってみればわかります」

「わかってるわかってる。冗談だよ。冗談」

仲が良さそうな会話をする三人。

(………………?)

でも、どこか違和感を感じた。

「…不思議そうだね? 親子なのに似てないって言いたいんだろう?」

図星だった俺は息を飲む。

「えっ、い、いや……」

「隠さなくていい。そうとも。この子らは僕と血の繋がった娘じゃない。僕が養子にしたんだ」

「養子?」

「僕は仕事でいろんなところを回っていてね。とある国でこの双子に出会った。その時からずっと僕の後ろを離れなくってさ。気づいたらこうして家族に迎えていたわけさ」

「そんな理由で?」

「いけないかい? それとも君は、僕がこの二人を奴隷商人から買った、とかの方が納得するかな?」

「そ、そういうわけじゃあ……」

「シェプフ、お父様には感謝してますっ!」

「ツァーシャもです。お父様が拾ってくださったご恩、感謝してもしきれません」

どうやらこの双子ちゃんはクラウンを心の底から慕っているようだ。

親がいるって、やっぱり幸せなんだろうな。

「……すみませんでした。変なこと言っちゃって」

「いや。僕も少し意地悪が過ぎたよ。しかし、つくづくこの世ってのは平等じゃあないね」

クラウンは唐突にそんなことを言った。

「こうして救われる子供達もいるのに、今もどこかで死にかけてる子供達もいる。有史以来、人が平等だったことなんてないとは言うけど、哀しいね」

でもね、瑛斗くん。と言いながら、クラウンは俺を見た。

「僕は、いつかこんな世界が終わって、新しい世界が来ると信じてるよ。その努力はしていくつもりさ」

「新しい、世界……」

時代とは言わず━━━━世界。

その言葉の意味が、俺にはわからなかった。

でも、クラウンが言う新しい世界とは、きっと優しい世界だ。俺はそう信じた。

「さて、こちらから君と話したいと言っておいたんだけど、悪いね。もう行かないと。これから取引先と重要な会議があるんだ」

クラウンは腕時計で時間を確認してから、俺に顔を向けた。

「瑛斗くん、君に会えてよかったよ」

「俺もです。あなたがいるなら、エレクリットも大丈夫そうだ」

「はは、君の期待に応えられるよう、頑張ってみるよ。シェプフ、ツァーシャ、行こう」

森林公園の出口に向かって歩き出すクラウン。その後ろを、手を繋ぎあったシェプフちゃんとツァーシャちゃんが歩く。

「……あの人が、クラウン・リーパーか」

「………………」

「びっくりしたな。おもちゃとは言え、いきなり銃向けてくるんだから」

「………………」

「ラウラ?」

なんでさっきから黙り込んでんだ?

「気づけなかった……」

「は?」

「この私が……この私が真後ろに、あれほど至近距離に近づかれていたというのに、あの男の気配をまるで察知出来なかった……!」

ラウラは拳を固めて奥歯を噛み締めている。

「すまない瑛斗……。あれが本物の銃だったら、お前は……!」

「い、いいって。本物じゃなかったんだからよ。それにお前はちゃんと助けてくれた」

「しかし、これでは私が一緒にいた意味が……」

「そんなことないさ。ラウラと一緒に久しぶりに外を回れて、俺は楽しかったぞ」

「瑛斗……」

ラウラの頭を撫でてやってから俺はだいぶ遠くなったクラウン達の姿を見る。

(クラウン・リーパー、か……)

俺はその姿を見送りながら、もう一度、今度は胸中でクラウンの名をつぶやいた。

「………………」

瑛斗と別れたクラウンは、銀色の双子とともに、公園の前に止めておいた高級車に乗って、空港へ向かう高速道路を走っていた。

「上機嫌ですね。お父様」

ツァーシャとお互い寄り添うように後部座席に座っていたシェプフは、クラウンに話しかけた。

「そう見えるかい?」

「はい! 桐野瑛斗と別れてからずっと、悪趣味な薄ら笑いがいつにも増して悪趣味です!」

「そりゃどーも。君らはどうだった? ラウラ・ボーデヴィッヒを()()感想は」

「特にはありません。ロットナンバーがツァーシャ達よりも前にある、というだけです」

「そうです! シェプフ達の方が強いです!」

「それは頼もしいね。まあ、実際その通りだけど」

くつくつと喉を鳴らすクラウンに、ツァーシャが尋ねる。

「……お父様、ツァーシャには今回の桐野瑛斗とのコンタクトはあまり意味が無かったと思います。つまらない三文芝居までして……。何か収穫があったのですか? 他愛もない与太話だったという印象でしたが」

「いや、なかなか有意義だったよ。やっぱり会って正解だった」

「ツァーシャにはわかりかねます。今回の行動の意図とは?」

「簡単さ。景気づけだよ」

クラウンは、シェプフが悪趣味と言った笑みを浮かべ、ハンドルを握る手の力を強めた。

「これで、心置きなくやれるってもんさ」

向かう道の先には、黒く暗い雲がかかり始めている。

まるで、世界を飲み込まんとする魔獣の軍勢のように━━━━。

 

夜になってから降り出した雨が、石畳を濡らす。

箒の実家である篠ノ之神社も、秋の雨に降られていた。

「あらあら、掃除と倉庫の整理ですっかり暗くなっちゃったわ」

箒のおばの雪子は、窓の外を見てふぅ、と息を吐いた。

「さてと……帰りましょうか」

雪子は玄関へと歩き出す。

「念の為に傘を持ってきておいて良かったわ〜」

この神社の管理を任されている雪子の住む家も、ここからそう遠くはない場所にある。

ここに泊まることもままあるが、こうして自宅で休む事の方が多い。

「あら?」

ふと、下駄箱の写真立てに視線が行った。

「…………………」

写真立てに入った写真の中の小さな二人の姉妹は、手を繋いで笑顔を見せている。

幼い日の、箒と束だ。

「こんなに小さかったのよね……」

ついつい懐かしくて、写真立てを手に取り、遠くなった日のことを思い出す。

ガラガラ……

引き戸がゆっくりと開いた。

「え…?」

この家に、ましてやこんな時間に宅配便は来ることはまずありえない。

立っていたのは、番傘を差した和装の大柄の男。

雪子には、その姿に見覚えがあった。

「……お義兄、さん?」

そう呼ばれた男は、肯定するように年相応に落ち着き、凛とした眼差しを雪子に向ける。

━━━━篠ノ之柳韻。

篠ノ之神社の神主にして、剣道場の当主。そして、束と箒の父親。

「……久しぶりだな。長い間、留守を預けてすまなかった」

政府の要人保護プログラムによって行方不明のはずのその人が今、目の前にいた。




クラウンと初コンタクトです。果てしなく不穏です。
さらっと箒と束の父親が登場しました。
何しに来たのでしょう。その目的は後々明らかになります。
次回も楽しみにっ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。