IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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第十六章 世を嗤う道化師
未知の心 〜または小さく大きな奇跡〜


「はあ………」

更識楯無。真名━━━━刀奈。

IS学園最強の証である生徒会長の座に就いている彼女は、医療棟のベッドの上で、深い深いため息を吐いていた。

楯無がこの場にいるのは、先のエミーリヤとの戦いで負った怪我に、応急処置しただけでは不安が残るという千冬の判断である。

一日だけとは言え、長く、退屈な検査と治療。しかし楯無のため息の理由はそれではない。

「私……なんてことしちゃったのかしら………。よりによって、二人いっぺんに教えちゃうなんて……!」

そう。楯無の悩みの種は、自分の本当の名を瑛斗と一夏に━━━━『二人』の男に教えてしまったことだった。

「こんなの更識家始まって以来前代未聞よ! 空前絶後よ! どんな浮気者よ私は!」

頭を抱える楯無。代々、『更識楯無』の名を継承した者は、自分が認めた()()()()の人物にのみ本名を明かすしきたりである。

それを、十七代目『更識楯無』である刀奈は破った。破ってしまった。

「ほんの出来心だったのよ! この二人ならいいかなって、そう思っちゃったの! 気づいたら言っちゃってたのぉっ!」

枕に顔を埋めて、誰にというわけでもない弁明をしながら足をパタパタする楯無。

そして、ピタと、その動きを止める。

「………教えたく、なっちゃったんだもん……」

その顔は、ほんのりと紅くなっていた。

つまるところ、楯無は好きになってしまったのだ。

 

瑛斗と、一夏を━━━━。

「そ、それに今更無かったことになんて出来るわけないし……!」

悶々としていると、部屋のドアがノックされ、返事をする前に開かれた。

「楯無さーん」

「具合はどうですか?」

瑛斗と一夏であった。

「えっ、ええ瑛斗くん!? いいい一夏くん!?」

完全に不意打ちだった。楯無は飛び起きて三秒で平静を装う。

「ど、どうしたのかしら? 二人揃って……」

「何驚いてんですか。昼に行くってメールしたでしょ」

「め、メール? あ、そ、そうね! そうだったわね!」

 

そういえば一夏からメールが来ていた気がする。

 

だが内容なんて覚えちゃいない。

 

自分の心を揺さぶる異性からのメールに頭が真っ白になって、『了解』と返信するのがやっとだったのだから。

「ほら、楯無さんの好物で弁当作ってきました」

そう言う一夏はバスケットを手に提げていた。時刻的に、IS学園は昼休みだ。

「俺と一夏で作ったんですよ。なあ、一夏?」

「お前、事あるごとに梅干し入れようとしたろ。楯無さんが梅干し嫌いなの知ってるくせに」

「はてさて、何のことだか」

「お前なぁ……」

そんな会話をしてから、二人は楯無の方を向いた。

「そんなことより、食べましょうか」

「楯無さんも腹減ってるでしょ?」

「……ええええええっ!?」

突然の申し入れに、楯無は一拍置いてからリアクションをした。

「そ、そそそそれって、ここでっ、三人で一緒にってことよね!?」

「そうに決まってるじゃないですか」

「俺たちも腹減ってんですよ。一夏、早く食おうぜ」

「えっ、ちょっ、ふ、二人ともっ!?」

一夏と瑛斗は楯無の両サイドに腰を下ろし、弁当を広げ始めた。

「………なに、あれ」

まず呟いたのは、鈴だ。目が死んでいる。

「一夏さんが……楯無さんと……お昼を……? ああっ……」

めまいを起こし、額に手を当てるセシリア。

「瑛斗………………」

まじまじと三人を観察するシャルロット。心中は穏やかではない。

「……蘭、マズい。この状況はマズい」

「う、うん…そう、だね……」

三人から視線を外さず、蘭の肩を揺すり続ける梢、そして揺すられる蘭。

「お兄ちゃん……朝からいないと思ったら…」

マドカも目の前で繰り広げられている光景に目を疑っている。

「も、も、もう……」

そこに、ザッ! と二つの影が立ち上がる。

「「我慢ならん!!」」

箒とラウラだ。

その手には、日本刀とナイフを握り締めている。

「ストップ」

今にも押しかけんばかりの勢いの二人を手のひらで制したのは簪だった。

「ええい! 何をする!」

「姉の肩を持つ気か!」

荒ぶる二人にぷいっと背を向け、簪はいきなり窓を開けた。

「お邪魔します」

突然の侵入者に、瑛斗も一夏も楯無もぎょっとする。

なぜならここは三階で、ISでも使わなければ窓の外になどいられないからだ。

「か、簪!? おまっ、いつからいた!?」

「なっ!? えっ!? ここ三階だぞ!?」

完全に油断していた瑛斗と一夏はあたふたとしてしまう。

「か、簪ちゃん!? な、な、何してるのかしらっ?」

こっちも瑛斗達と同じで、窓の外に注意を払う余裕などなかった楯無は激しく動揺していた。

「お姉ちゃん」

簪はずいっと刀奈に詰め寄る。

「お姉ちゃんは、どっちかと、ないしは二人と、付き合ってる?」

「付き合ってるって━━━━」

「男女、交際」

「「「はいぃっ!?」」」

驚いた三人はどこぞの特命係のような口調でハモる。

そして瑛斗と一夏はブンブンと赤面して顔を横に振った。

「いや、そうじゃないそうじゃないそうじゃない! 単に楯無さんのお見舞い━━━━ぐふっ!」

「付き合ってるとかそんなわけない━━━━ぎゃん!」

二人して、刀奈から肘鉄を食らった。

「ふんだっ」

腕を組んで、思い切り頬を膨らませる刀奈は、不機嫌そのもの。

(そんなに全力で否定しなくてもいいじゃない! バカ……)

一方の簪は、瑛斗と一夏のこの様子から、この唐変木二人の唐変木っぷりは絶好調だということがわかった。

「……ほらね、やっぱり」

微笑んだ簪は、窓の外でISを脚部だけ部分展開していた七人をちょいちょいと手招き。

「三人とも、何ともないって」

それを聞いて、ずどどどどどどどっと少女たちが大挙して部屋になだれ込む。

「本当でしょうね、一夏!」

「ウソは許しませんわよ!?」

「し、知ってた! 私は知ってたよ、お兄ちゃん!」

「……今の言葉に、嘘偽りは無い?」

「梢ちゃん、目が怖いよ!? で、でも本当ですね、一夏さん!?」

「え、瑛斗、僕は信じてた……よ?」

「紛らわしいことをするな!」

ぎゃーぎゃーとまくし立てられ、対応に困る瑛斗と一夏。

「え、えっとだな」

「お、落ち着けよ、みんな」

いよいよ困り果てていると、今度はスパーンと扉が開かれた。

「あなた達! 静かになさい!」

「スコール!?」

スコールだ。学園でのトレードマークの赤いスーツを着て、腰に手を当てている。

「ここはこの学園の医療施設よ? 病院では静かにするって教わらなかったかしら?」

当たり前のことを指摘され、我にかえった少女達はシュンとなる。

「まったく、隣の部屋まで声が響いてるわよ」

「す、すみません。スコール先生」

皆を代表し、一夏が頭を下げる。そこで瑛斗ははたと気づいた。

「……ん? 隣の部屋ってお前、隣の部屋で何してたんだよ?」

「あら? 知りたい?」

「……嫌な予感がする」

瑛斗が後悔するのは遅かった。スコールはとうとうと語り出す。

「なんだか最近、オータムがいつもよりも甘えてくるようになってね。昨日の夜もあんなにしたっていうのに、今日も今朝からずっと求めてくるのよ。夜まで待てないって涙目で言うものだから、さっきから隣の部屋のベッドで━━━━」

「……………!」(ブパッ!)

「戸宮ちゃんが鼻から血を吹いて倒れたー!?」

「梢ちゃんっ!? だ、大丈夫!?」

「……昼の、誰もいない、ベッドで……!」

蘭の腕の中でピクピクと痙攣する梢。

「あらあら、想像力が豊かねぇ。うふふふ」

紅に沈む梢を見ながらスコールは愉快そうに微笑む。

「いや、お前もオータムも真っ昼間から何やってんだ!? 仕事しろ、仕事!」

「冗談よ。ブリュンヒルデに生徒会長さんの様子を見てくるように言われたの」

「千冬姉が?」

「そうよ、あなたのお姉さんにね。だからこれはれっきとしたお仕事よ」

スコールは楯無に近づくと、顔をじーっと見つめた。

「な、何ですか?」

「怪我はもう平気みたいだけど……………なるほどね」

スコールの目は、何でもお見通しだと言わんばかりに笑っていた。

「ブリュンヒルデには経過は良好と伝えておくわ。あなた達も用がないなら早く出なさいよ? 午後の授業もあるんだから」

スコールは踵を返し、開いたままの扉の向こうへ。

「……あ、でもオータムが甘えてくるのは本当よ?」

「知らねえよっ!!」

医療棟でのドタバタは、瑛斗のシャウトで締めくくられた。

 

 

「じゃあ、細かく決めることはこれで終わりね」

「はーい。ばっちりです〜」

のほほんさんこと布仏本音が、ダルダルの袖を振りながら、のんびりした返事をする。

放課後の生徒会室では、近く行われるIS学園大運動会についての会議が開かれていた。

「学園に使える備品があって助かったな」

「買いに行くもんは今度の休みに調達しに行けばよさそうだ」

「それにしても……なあ?」

「ああ」

瑛斗が一夏を見て、一夏が合いの手を打つ。

「どうしたの? 何か見落としがあったかしら?」

瑛斗と一夏に見られた楯無は、またリストに目を通し出す。

「いや、そうじゃなくて」

「楯無さんですよ」

「わ、私?」

「何も問題無かったからって、検査終わったその日の放課後に生徒会の仕事に出なくてもよかったんですよ?」

「瑛斗の言う通りだ。無理しちゃいけませんよ」

楯無は、目をぱちくりしてから、ハッとなった。

「も、もしかして、心配してくれてる?」

「もしかしなくても、心配です」

「また傷が開いたりしたら大変でしょうが」

「…………………」

二人が楯無の身を案じていた。それは会議中もずっとそうだったことだろう。

「そっか……。心配してくれるんだ……………うふふっ♫」

そう考えてしまうと、楯無の頬は自然に緩んでしまうのだった。

「「?」」

首を傾げる二人に気づき、楯無は咳払いを一つ。

「しっ、心配しなくていいわよ? ほとんど治りかけだったんだし! って言うか、もう治ったし!」

「そ、そうなんですか?」

「そうよ! その証拠に━━━━」

制服に手をかけた楯無。

「はいストップ〜」

その手を、本音がガシッと止めた。

「ほ、本音?」

「会長〜、ここ〜生徒会室ですよ〜?」

「え………? あっ!?」

楯無は服を掴んでいた手を離して、顔を赤らめて三人に背を向ける。

(わ、私っ、今、自分から脱ごうとしてなかった!?)

本音が止めなければ、あのまま瑛斗と一夏に自分の肌を見せつけるところであった。触らせていたかもしれない。

(私………本格的にどうかしちゃってる!?)

「た、楯無さん?」

「大丈夫ですか?」

「え、ええ。とにかく、本当に大丈夫だから」

「……へえ〜?」

本音がにまーっと笑う。その目は、先刻のスコールと同じだった。

「な、何よ本音。ジロジロ見て……」

「いえ〜、な〜んでもっ、ありませ〜ん。お菓子食べよ〜っと」

本音は笑顔のまま、お菓子をぱくぱくと食べ始める。

「失礼しますー」

生徒会室の扉が開かれ、真耶が現れた。

「山田先生? 何かご用ですか?」

「はい! 更識さん、大至急桐野くんをお借りしてもいいですか?」

「え、俺?」

指名された瑛斗に、一同の視線が注がれる。

「か、構いませんよ? ちょうど会議も終わったところですし」

パンッと楯無が開いた扇子には『承認』と達筆に書かれていた。

「よかったです〜! 桐野くん、付いて来てくださいっ!」

「わ、わかりました……?」

瑛斗が連れてこられたのは、学園の学園長室の前だった。

「山田先生、どうしたんです?」

「すぐにわかりますよ」

真耶はそうとだけ言って、学園長室のドアをノックした。

「山田です。桐野くんを連れて来ました」

「おお、入ってください」

ドアの向こうから声がして、瑛斗は真耶に続いて室内に入る。

「すまないね、瑛斗くん。突然呼び出してしまって」

迎え入れたのはIS学園の本当の学園長の轡木十蔵だった。その隣には千冬もいる。

「大丈夫ですけど……何かあったんですか?」

状況を理解しきれていない瑛斗は、怪訝な顔をする。

「おう! 桐野瑛斗! こっちだこっち!」

と、ソファの方から瑛斗を呼ぶ大きな声が。

「イーリスさん!? エリナさんにエリスさんも!?」

「こ、こんにちは、瑛斗」

「どうもっす」

イーリスの隣にはエリナとエリスもいる。

「もしかして、俺を呼んだのって……」

十蔵は無言で頷き、瑛斗にイーリス達の向かいに座るよう示した。

「どうしたんですか? アメリカに帰るはずじゃあ?」

「そうしたかったんだけどね……帰れなくなっちゃったの」

「何で?」

「昨日の夜、私はエレクリットに連絡を取ったの。そしたら、例のクラウンと話すことができたのよ」

「クラウンと?」

「彼、私とエリスが無事をとても喜んでくれたわ」

「半泣きだったっすよ」

「……でも、問題はここからよ。私とエリスが行方不明になったことが原因で、エレクリットの技術開発局が今は無期限の休業になっているの。クラウンは諸々の処理が終わるまで、私達には日本にいて欲しいって」

「そりゃまた、大変だ」

「それで彼、私達にIS学園に行くよう言ってきたのよ」

「学園に?」

「IS学園はどの国にも属さず、あらゆる法が適用されない。そういった点で、ある意味安全です。彼はそこに目をつけたのでしょう」

十蔵は椅子に座り、茶を啜りながら自らの見解を述べた。

「先ほど、エレクリットから学園に、スワンさんとセリーネさんの二人を学園側で保護してもらいたいという申し出が入りました。しばらくの間、企業からの特別講師として学園に置いて欲しいとのことです」

「特別講師? じゃあエリナさんとエリスさんが先生やるんですか? スコール達みたいに?」

「学園の責任者として、承諾しました。そこのアメリカ代表様にもきょうは……ゲフン、お願いされてしまっては無下にもできないので」

「イーリスさん……」

じとついた目でイーリスを睨む瑛斗。しかし当のイーリスは全く意に介さず大欠伸をする。

「私もエリスも整備科の方で教えるの。瑛斗達には直接教えることは出来ないけど………あなたのそばにいれるわ」

「エリナさん……」

「嬉しいか? 桐野瑛斗」

「ええ。俺も、エリナさんとエリスさんには、近くにいてもらいたい」

瑛斗の言葉に、エリナとエリスは顔を見合わせて笑う。

「イーリスくん、君はどうするね?」

十蔵が尋ねると、イーリスは肩をすくめながら答えた。

「アタシも残るぜ。どうせアメリカに帰っても怒られるだけだし、ここで用務員やってた方がまだマシだ」

「では、決まりのようですね。早速手配いたしましょう」

会話が一段落つき、学園長室は静かになる。

「……ん? 結局俺が呼ばれた理由って何だ? もしかして、これだけ? いや、これだけって言い方もあれだけど」

「安心しろ。お前を呼んだメインの理由は次だ」

千冬が瑛斗の誰にともない問いかけに答えた。

「次? まだ何かあるんですか?」

「桐野、クラウン・リーパーから送られてきたメッセージに、お前に宛てた部分があった」

 

「俺に、ですか?」

 

「ああ。お前に、会いたいそうだ」

 

「誕生日? お兄ちゃんの?」

「はいっ!」

放課後。蘭と梢に連れられて、マドカは学園の敷地内で経営されているオープンカフェにやって来ていた。

蘭から切り出された話題は、今マドカが口にした通りのことである。

「……九月二十七日が、彼と桐野瑛斗の誕生日」

「へえ〜、お兄ちゃんと瑛斗って誕生日同じなんだ!」

「そこでですね! マドカさんに一夏さんが何が欲しいかを聞き出してもらいたいんです!」

「別にいいけど……お兄ちゃんに直接聞くのはダメなの?」

「……こういうのはサプライズと、相場が決まっています」

「な、なるほど」

「お願いしますっ! 鈴さん達もきっと去年より凄いプレゼントを用意してるはず! それに負けないためには、一夏さんが欲しいものをプレゼントするのがベストだとおもうんです!」

熱意の篭る蘭の言葉に、マドカはたじろぐ。

「わ、わかったよ。今度さりげなく聞いてみるね?」

「……! ありがとうございますっ!」

深々と頭を下げてくる蘭。

「何かな、お兄ちゃんが欲しいものって……」

カップに注がれた紅茶を飲もうとした時、マドカは琥珀色の水面に映る自分の顔、千冬と同じ顔を見た。

「………………誕生日、か」

(私にも、そんな日があったんだろうな……)

「……どうかしましたか?」

手を止めたマドカに、梢が声をかける。

「えっ? う、ううん。何でもないよ」

「…………………」

誤魔化してみるが、勘のいい梢はマドカの心情を察していた。

「……あなた、自分の誕生日、覚えていますか?」

ピクリ、とマドカは眉を一度動かす。

「梢ちゃん?」

「……蘭も織斑先生から聞いて、知ってるはず」

「え…………あっ!?」

合点がいった蘭はアワアワと慌てながらまた頭を下げた。

「すっ、すみませんっ! 私、なんてこと━━━━!」

「き、気にしないでよ、蘭ちゃん。私、全然平気だから」

「ですけど……」

「………梢ちゃんの言う通り。私は自分の誕生日を覚えてない。いくら亡国機業の時の記憶が戻ったからって言っても、この顔になる前の『私』のことは、何も思い出せないままなの」

「マドカさん……」

マドカはくす、と笑う。

「でも私的には、だからどうだってことは無いの。今の私は今の私だもん。誕生日を知らなくたって、この学園で不便は無いし。お兄ちゃんの誕生日だって、お祝いしてあげられる。それに今更そんなことがわかったところで、どうしていいかわからないよ」

「……………すみません……」

話し終えてから、マドカはしまったと思った。

フォローするつもりが、かえって蘭の罪悪感を強める結果になってしまったようだ。

「え、えっと、ほら、だからね、気にしないで? って言うかホント気にしないでお願いだから!」

「随分と寂しい話してるじゃない?」

「へ?」

蘭のものでも、梢のものでもない声がマドカの耳元で囁かれた。

「す、スコール!? いつの間に!?」

スコールがマドカの横に立って腕を組んでいた。

「ここでは先生って呼んでおきなさい」

それより、と言ってスコールは空いていた椅子に座る。

「今の話、聞いてたわ。あなた、自分の誕生日がわからないのね」

「……聞いてたなら放っといてよ。別にどうってことないんだから」

「知りたいとは思わないの?」

「どういうこと?」

「私、知ってるわよ。あなたの誕生日」

「………………」

「あなたが組織のメンバーにいた時、ほんの気まぐれであなたの身辺情報を一通り調べたの。あんまりに気まぐれだったから、それほど覚えてはないけど、そこは覚えてるわ。教えてあげられるわよ? 今すぐに」

「………何が望みなの?」

「そう警戒しないでちょうだい。私だって鬼や悪魔じゃないんだから。ただ教えようとしてるだけじゃない」

スコールに対して、マドカは全力で警戒心を抱いている。

何せ、マドカの脳を焼き、記憶を奪ったのは他ならぬスコールなのだから。

「どうなの? 知りたいの? 知りたくないの?」

「悪いけど━━━━」

興味ないから。そう言おうとした時だった。

「教えてくださいっ!」

蘭が椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。

「蘭ちゃん?」

「私、知りたいです! スコール先生、教えてください!」

なぜかマドカよりも蘭の方が食いついている。

「誕生日、お祝いしましょう! マドカさん!」

「で、でも……」

「……私も、知りたいです」

「こ、梢ちゃんまで……」

「二対一ね。じゃ、教えてあげるわ」

「多数決だったの!?」

「あなたの誕生日はね……」

スコールは少し勿体つけるように溜めた。

「……………九月二十七日よ」

告げられた日付に、三人は驚き、目を丸くした。

「「「……え?」」」

フリーズした三人に、スコールは不思議そうな顔をする。

「どうかした? 固まっちゃって」

「こ、梢ちゃん…今、九月二十七日って言ったよね?」

「……言った」

「スコール……先生。今の、本当?」

「間違い無いわ。嘘を言うほど暇じゃないもの」

「私、お兄ちゃんや瑛斗と同じ誕生日なんだ……」

「あらそう。すごい偶然ね」

「偶然……いえ、奇跡ですよ!」

興奮した蘭はマドカの手を握る。

「あ、あはは、そんな大げさな……。この世界、同じ誕生日の人なんて何人も━━━━」

「大げさなもんですか! こうしちゃいられません! 私、一夏さん達に教えて来ます!」

「ら、蘭ちゃん!? 待って!」

蘭はマドカが制止するよりも早く、駆け出していた。

「あらあら、相変わらず元気な女の子ね」

「……ああなったら、蘭は止まりません」

スコールと梢は、遠くなっていく蘭の背を微笑みながら見送る。

「じゃあ、私は行くわ。通りすがっただけだから」

スコールも立ち上がり、蘭とは別の方向に去っていった。

テーブルは、マドカと梢だけになった。

「ど、どうしよう……」

突然の事態に困惑するマドカ。

「……余計なお世話、でしたか?」

「ぜっ、全然そんなことないよ!? ただ、びっくりしちゃって……」

「……私も、そうでした。蘭や、この学園の人達には、驚かされてばかり」

梢は自分のカップを口元に運び、カップに残っていた紅茶を飲んだ。

「……私も、あなたも、暗いところに身を置いていた過去は変えられません。でも、ああいう人達がいるから、『これから』を変えることは出来るんだと思います」

梢の声には、揺らぎない確信が込められていた。

「これから……」

「……では、私も失礼します。蘭を追いかけなくてはいけないので」

梢も席を立ち、いよいよマドカはテーブルに一人だけになった。

「私の誕生日……」

肌身離さずいつも首から提げているロケットを見る。

(……いいのかな。私が、誰かに祝福されるなんて………)

ロケットを開く。中は空だ。

千冬が桐野第一研究所でのマドカとの戦いの後、中の写真を抜き取っていたのだ。

━━━━この中に、お前の未来を入れろ━━━━

夏休みの終わり。ロケットを返す際に、千冬はこう言った。

未来。少し前の自分では考えられなかったことだ。

(私の、未来……)

「どうしよう……かな………」

全てを失い、新たな人生を歩みださんとする少女の吐息は、秋の近づく風に乗って空へと消えた。




というわけで新章スタートです。
恋に困惑する楯無、誕生日に戸惑うマドカ、そしてクラウンと瑛斗の邂逅が根幹になります。
近々運動会もやりますよ。
次回もお楽しみにっ!

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