IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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読者のみなさん、本当にありがとうございます。厳しい評価も糧にして、今後も頑張っていくので応援よろしくお願いします!

それではどうぞ!


霧の向こうへ 〜または想いと力を重ね合わせて〜

「いくぜいくぜいくぜぇっ!!」

瑛斗、エリナ、イーリスの三人が対峙した三体の機械の巨躯。

自身の正面に立つ巨躯にイーリスは突貫。それを迎え撃つように、巨躯は拳を振り上げる。

「デカいだけのハリボテがっ!!」

加速をかけたイーリスが巨躯へと飛び、スラスターで強引に方向を曲げて死角になると判断した股座を目指す。

「潜り込めばガラ空きだろっ!!」

マシンガンの安全装置を外した時━━━━

巨躯を形作るためのパーツになっていたロボットが身体を跳ね起こし、空中ブランコにぶら下がるかのようになりながらイーリスをその単眼に捉えた。そのマニピュレーターに、ライフルを握っている。

「んなっ!?」

攻撃の気配を直感したイーリスは着地の瞬間に地面を蹴って後ろに飛ぶのと、弾丸が斉射されたのは数秒の時間差だった。

「イーリスっ!」

エリナの叫ぶ。待ち構えていた別の巨躯がその右腕をイーリスに振り下ろさんとしていた。

「こなくそぉっ!!」

脚部のスラスターが連続稼動し、イーリスの身体を半ば無理矢理に反転させて豪腕から回避させた。

「チッ……! 伊達にデカい図体してるわけじゃねえってか!」

「イーリス気をつけて! ただでさえ狭いんだから!」

「つっても近づかねえことには助けられないぞ!」

「考え無しに突っ込むのは危険なの!」

「アタシが考え無しってか!?」

「二人ともそんなことしてる場合じゃないでしょ!!」

言い争いになりかけて、瑛斗が叫んで諌める。

「どうやったらエリスさんを助けられるか! それが重要でしょ!」

「そ、そうね……ごめんなさい」

「何かいい案があんのかよ?」

「あのデカブツ達を相手にしてたら埒があきません。何とかしてあいつらの注意を引けられれば……」

「ならお前とアタシがそれをやる。エリナ、お前が檻の中のお姫様を助けてやれ」

「そうですね。それがベストだ。頼みましたよ、エリナさん」

「わ、わかったわ」

「っしゃあ! やるぞ桐野瑛斗!」

「はいっ!」

第二形態のG-spritへ移行させたG-soulのビームウイングを広げ、イーリスの後から直進。

中央の巨躯が二人の動きを察知して、迎え撃つ体勢になる。

「オラオラオラオラオラァッ!」

イーリスが両手に握ったショットガンのトリガーを弾き、

「くらえっ!!」

瑛斗がビームブラスターで巨躯の身体の一部を削り落とした。

瑛斗とイーリスの動きを察知した残りの二体の巨躯が、剛腕を振りかぶる。

「「見切ったぁ!」」

瑛斗とイーリスは息を合わせて剛腕をすり抜け、二本の剛腕は中央の巨躯の身体を打ち抜いた。

「エリナさんっ!!」

「わかってる!」

三体の巨躯の注意が瑛斗とイーリスに向いた瞬間、後方に控えていたエリナはトップスピードで直進し、エリスを閉じ込めている檻の鉄格子をISブレードで切り裂いた。

「エリス!」

続いてエリスと横の柱を繋ぐ首輪の鎖を切断。

「急げエリナっ!」

「っ!? イーリ!! 危ないっ!!」

 

僅かにエリナの方を向いた瞬間、巨躯の一体がイーリスに拳を叩きつけた。

「ぐぉ…!!」

シールドで受け止めたイーリスも、 その暴力的なパワーに顔を歪ませる。

「な、め、る………なあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

咆哮一発、ファング・クエイクが最大出力でスラスターを噴出し、拳を押し返す。

しかし、他の二体もイーリスに襲いかかった。

シット(ちくしょう)……!」

「イーリスさんっ!」

瑛斗がファングの背部装甲を掴んで、思い切りイーリスの身体を安全な方向へ放り投げた。

「お前っ!?」

「瑛斗!?」

「くっ……!!」

(避けきれないか……!?)

三体の巨躯が、三つの拳が、瑛斗に迫り━━━━

 

「━━━━また釣れた! さっきのよりデカいな!」

釣り針にかかった魚をを見て、一夏は無邪気な笑顔を咲かせる。

「いやはや、ここまで釣れるとは思わなかったぜ」

釣り針を外し、魚を川の中へリリースした。

「慣れてるね……」

簪は木陰から一夏が釣りに興じるのを見ていた。

「中学の頃とか結構やってたからな。簪もやってみるか? 餌つけてやるよ」

「う……ううん。私は、見てるだけでいい」

「……そっか」

一夏は川岸から離れると、簪のいる木陰に入った。

「どう、したの?」

「休憩。あんまりやってると魚が逃げて釣れなくなるからさ」

「そう……」

沈黙が流れ、川のせせらぎだけが聞こえてくる。

「えっと……その……」

言葉を選ぶように一夏は視線を泳がせる。

「いつかも言ったけど……ごめんな。俺の《白式》が、お前の《打鉄弐式》の開発に割って入って」

「ううん……一夏のせいじゃ、ない。それに、もう、済んだことだから」

「そう言ってくれると、ありがたいよ」

「……ねえ、一夏」

「なんだ?」

「昨日、お姉ちゃんに会ったって……本当?」

「え……」

まっすぐに見つめて来る簪。一夏の脳裏に昨日の楯無の表情が浮かぶ。

「黛先輩に、聞いた。答えて」

「あ……会ったよ。瑛斗と一緒に」

「そう……やっぱり……」

簪は視線を一夏から外し、足元に落 とした。

「私は、お姉ちゃんに会えなかったのに……どうして………」

話すかどうか少し悩んだが、一夏は簪に昨日の出来事を話すことにした。

「━━━━楯無さんは、今の自分じゃ笑って簪に会う自信が無いって言ってた」

「私に会う自信………? どういうこと?」

「俺にもよくわからない。楯無さんは、簪に自分から歩み寄るべきだったのに、俺達………というか瑛斗にそれをやらせて、簪が作っていた自分への壁に甘えてたって。それが許せなくて、だからそう言ったんだと思う」

「………………」

「楯無さん、辛そうだった……。『更識楯無』になったことを後悔してるのかも知れないって」

簪は沈黙を守ったまま。

「なあ簪、楯無さんが『楯無』になった時、嬉しそうだったか?」

「わからない……」

簪は一夏の問いかけに首を左右に振る。

「お姉ちゃんが『更識楯無』になった日……あの時にはもう、私はお姉ちゃんのことをまっすぐ見ていなかった……」

「簪……」

「お姉ちゃんが『更識楯無』になる前から、私はお姉ちゃんに憧れてた。強くて、格好良くて、何だって器用にこなして……そんなお姉ちゃんに憧れてた」

一夏は簪の瞳が悲しげに揺れているのを見た。

「でも、その憧れがいつの間にか、私とお姉ちゃんの差を思い知らせるだけのように思って……」

「……距離を置いた?」

「うん……自分がどんどん惨めになっていくみたいで……私は、お姉ちゃんを見れなくなった。だから…………私が作った壁に甘えてたと言うなら、それは━━━━それを作ってしまった私のせい」

簪の声はどこか憮然としている。

「お姉ちゃんが悪いことなんて、一つも無い。なのに……お姉ちゃん……」

「なるほどなるほど。そりゃまた大層な悩みをお抱えだ」

唐突に、背後から声が。

「「え?」」

「うりゃ!」

むんず。

「「うひゃあ!?」」

一夏と簪は同時に尻を掴まれた。

「はっはっは! やっと触れたよ。若い子の尻はやっぱりいいねぇ!」

指をわきわきと動かして、満面の笑みのヒカルノ。

「ひ、ヒカルノさん!? データ採集をしてたんじゃ!?」

「白式も打鉄弐式も思いの外早く終わってね。釣りの首尾はどうかなと思ってきてみたんだが……」

ヒカルノは簪に猫のような鋭い目を向けた。

「まったく、うちに来る少年少女はみんなそんなふうなんだから。うちは教会じゃないんだよ?」

「ご、ごめん……なさい」

「謝ることじゃないけどさ。さて、二人とも、そろそろ戻ってきてもらおうか。更識ちゃん、君にゃ見せたいものもあるんだ」

「え?」

「とにかく来なよ。来ればわかるさ、ありがとー!」

ヒカルノの言葉に色々な意味で首を傾げつつ、一夏と簪はヒカルノの後を追って、研究所の内側、試験場にやって来た。

広大な試験場の中央では、鉄色の物体の周りを白衣姿の研究所職員達が囲んで作業をしていた。年齢はバラバラだが、全員日本人である。そして職員達の横には、無人展開された白式と打鉄弐式が揃って並べられていた。

「あ、所長! よかった。ちゃんと戻って来たんですね!」

いち早くヒカルノの気配を察知した男性職員が小走りで近づいてくる。

「君ね、その言い方はあんまりじゃないかい?」

「そう言われるようになる原因を胸に手を当てて考えてください」

「おーおー、いっちょ前にセクハラか? 目の前で揉みしだいてやろうかこんにゃろー」

バチバチと視線をぶつけて火花を散らすヒカルノと男性職員に、簪は仲裁に入るように訊いた。

「あ、あの……私に見せたいものって……?」

「ん? あぁそうだったそうだった。こんなボンクラの相手してる場合じゃなかったよ。来たまえ」

ヒカルノは挨拶をしてくる職員達に適当に返事しつつ、簪と一夏を鉄色の物体の前に導いた。

「これ何ですか? ISのパッケージみたいですけど」

金属塊は、コネクターが付いてる部分から二股に分かれ、両の先端にそれぞれ二基、計四基のスラスターが取り付けられていた。

「おっ、鋭いね織斑一夏くん。そうだよ。こいつは強化パッケージ。でも白式用じゃない。打鉄弐式専用のオートクチュールだ」

「私の……弐式の?」

天風(あまつかぜ)。機動性と火力の向上を両立させたパッケージだよ」

簡単な説明をしたヒカルノは、切れ長の目を簪へ向けた。

「君にこれをあげよう」

「え……?」

「お詫びの品だと思って受け取ってくれたまえよ。君と、君のISへのね」

「よかったじゃんか! 簪!」

「う、うん……ありがとう……ございます」

「うい、大事に使ってやっとくれ」

「ヒカルノ、ヒカルノー!」

と、研究所の建物の中から、カグヤがガラガラゴトゴトと台車を押しながら出て来た。

「一体どうしたんだいカグヤ? 騒々しい」

「怪しげな荷物が届いたよー」

「荷物? 通販なんかした覚えは無いよ? っていうか、怪しいなら何で持ってくんの」

カグヤが押す台車には、一メートル四方のコンテナが一つだけ載っている。

「こいつはロシアからのもんだね」

「そうなの?」

「字がロシア語だ。どれ、中身は……へぇ?」

中身を確認したヒカルノは、長い長い犬歯を見せて、したり顔になった。

「時に更識ちゃん。君のお姉さん、更識楯無はロシアの国家代表だったよね?」

「え……そ、そうです、けど?」

「この荷物、どうやら君のお姉さんのISのオートクチュールのようだ」

「お姉ちゃんの……? でも、どうして?」

「さあ? それは私にもわからない。けれども発送ミスとも思えない。これには、誰かしらの意図を感じるね」

「意図……」

「それって、誰かがわざとここに送らせたってことですか?」

「そのとーり。さて、河原での話といい、これといい、君のお姉さんはどうやらワケ有りのようだね?」

「………………」

「聞いた話以上は詮索しないよ。でも、これがロシアから送られてきたってことは、必要になるような状況なんだろう?」

「……そうなんです」

簪に先んじて、一夏が答えた。

「一夏……」

「今、楯無さんは、楯無さんを恨んでるやつと戦ってるんです。でも、きっと本調子じゃない。不安になってるんです」

「その不安を拭えるのは妹ちゃんだけってわけだ? よし! わかった!」

ヒカルノはパンパンと手を叩いた。

「みんな! 打鉄弐式にすぐに天風を取り付けるよ!」

ヒカルノの号令に、すぐさま職員達は打鉄弐式に天風を取り付ける作業に入った。

「カグヤ、君も手伝っておやり」

「了解しましたー!」

カグヤがビシッと敬礼してから作業に加わるのを横目に見つつ、簪は控えめにヒカルノの名前を呼んだ。

「ひ、ヒカルノ……さん?」

「何をするのか、って顔だね? お答えしよう。君がこれをお姉さんに届けるんだ」

「えっ……」

「ここにこれを送った人間は、君がここにいることを知っている。そう考えるのが妥当だし自然だ。このオートクチュールはなかなかの業物のようだし、お姉さんを助けることが出来るよ」

ヒカルノは簪の肩にそっと手を置いた。

「渡してあげなさい。君の言葉と一緒にね」

「私の言葉と……一緒に……」

「でも、間に合うんですか? 楯無さんは今、神掌島ってところにいるんです。えらい遠いところって瑛斗が言ってましたよ」

「神掌島? 聞き覚えのない島だね。まあいいさ。どこにあろう━━━━いや、()()()()()()()問題はない」

 

「どういうことです?」

 

「君の出番だ。織斑一夏くん」

「え? 俺?」

「以前君が送ってくれた記録とレポートの中に、興味深いものがあったんだ」

「興味深いもの……?」

「瞬間移動ってやつだよ」

「え……あ、あれですか?」

「あれですか、って……。君が自分でそう書いて寄越したんじゃないか」

ヒカルノの言っている瞬間移動とは、瑛斗が林間学校の戦闘で一夏と箒が光の中から突然現れたことを、そうとしか表現出来ないのでそう呼称した現象のことである。

なぜか一夏はその事を全くと言って良いほど覚えてなかったので、レポートにはそのまま『瞬間移動(?)』と書いていたのだ。

「あ、あの時のレポートは瑛斗に手伝ってもらったんです。それにその時のことはよく覚えてなくて……だから━━━━」

「出来るかどうかわからない、と?」

「は……はい。事実、試してみても出来た試しが無いんです」

「なるほどなるほど。じゃあ、今やってみようか。それで更識ちゃんを連れて行くんだ」

「話聞いてました!? む、無理ですよ! コツも何もわからないんですから!」

「いいや出来る。君なら、()()I()S()なら、出来るはずだ」

ヒカルノのその言い方は、どこかいわくありげだった。

「白式なら? それってどういう……」

「私もこの目で見たいんだ。君のISの力をね」

「白式の……力?」

「そう、白い騎士の力だ。……さあ白式に乗って!」

一夏はヒカルノを不審に思いつつも、白式に乗り込んだ。

主を迎え入れたことで、白式は起動し、一夏の出で立ちもIS学園の制服からISスーツへ変更される。

一夏の横には、打鉄弐式を展開した簪が、天風の最終チェックを行っていた。

「それで、どうするんですか? ヒカルノさん」

「こいつを使うのさ」

ヒカルノは自らが着るISスーツの胸元に手を突っ込み、小さなビー玉のようなものを取り出した。

「それは?」

「んー? 篠ノ之博士が白式の開発が終わって行方をくらます直前に、うちに置いてったものだよ」

「束さんが!? 本当にそれ何なんです!?」

「私にもわからんよ。横には置かれてた置き手紙にゃ『白式の一回こっきりの気つけ薬! 必要になったら白式にぶつけてね!』ってだけだったし」

「気つけ薬? ぶつけてね、って……ま、まさか……!?」

一夏が言った時には、ヒカルノは振りかぶっていた。

「そのまさかだぁ……よっと!!」

ヒカルノが一夏に、白式に投げつけた水晶玉は、装甲に当たって弾かれ━━━━なかった。

「……え?」

水晶の玉は、白式の装甲に埋まった。そして、溶け込むように、完全に白式の装甲の中へ消える。

ドクン━━━━、と心臓が脈打った。

体の芯が、熱くなっていく。

「っ!!」

一夏の身体が大きくぐらつく。

「来た……! そういうことか……!!」

ヒカルノの目に、喜悦の色が差した。

「う……おおおおおおおおおっ!!」

雄叫びと共に白い光が爆発し、白式は第二形態の《雪羅》へと変化する。

「はああああっ!!」

一夏がワンオフ・アビリティーである《零落白夜》を発動した雪片弐型で空を縦に一閃すると、まるで布を断ち切ったかのように空間が裂け、光のトンネルが口を開けたではないか。

「な、何あれ!?」

カグヤをはじめ、周囲の研究員がどよめく中━━━━

「すごい……ここまでとはね……!」

だが、ヒカルノだけは笑っている。

「これ……一夏がやった……?」

簪も目の前の光景を信じられず、一夏を見る。一夏は自身の行動に動揺する様子もなく、光の彼方を見据えていた。

しかし、簪には同時に違和感があった。

「一夏……なの……?」

目の前にいるこの少年は、()()()()()()()()()()()

なぜか、そう感じた。

「さあ、行きな! その光の向こうに、君を待ってる人がいるよ!!」

「……っ!」

(そうだ……! お姉ちゃんが、待ってる!!)

ヒカルノの声に簪は今は邪魔でしかない思考を切り上げ、スラスターに火を入れた。

「……行きます!」

発声の直後、簪は一夏に追従して光の道へと飛び込んだ。

 

 

「む……?」

IS学園。午後のIS操縦実習に臨んでいた箒は、異変を感じた。

「ほ、箒? どうかしたの?」

模擬戦の相手をしていたマドカが、斬撃を途中で止めた箒に声をかけた。

「い、いや、何でも……」

━━━━ドクン。

ふいに、身体の奥から、熱を感じた。

「な、何だ……?」

「箒!? あ、紅椿が光ってるよ!?」

マドカの言の通り、《紅椿》の装甲が淡い赤色の光を発している。

「な、なんだっ? 《絢爛舞踏》か? ……うわっ!?」

カッ!!!!

その光は一度激しく閃くと、何事も無かったかのように消えた。

「ど、どうなってるの……?」

愛機である《バルサミウス・ブレーディア》を展開したまま、目を丸くするマドカ。

「うっ………!」

紅椿を展開している箒が、まるで貧血を起こしたかのように姿勢をぐらつかせる。

 

「箒っ!?」

異常な事態であると判断したマドカは箒の身体を支えた。

「だ、大丈夫!?」

マドカに支えられながら地上に降りた箒は紅椿の展開を解除し、そのまま、がくりと膝をついた。

「しっ、篠ノ之さん!? どどっ、どうしたんですか!?」

真耶が慌てて駆け寄り、膝をついた箒の顔を覗き込む。

「す、すみません……。一瞬、意識が遠のいてしまって……」

「どうされましたの?」

「何かあったのか?」

「箒、大丈夫?」

セシリアとラウラとシャルロットも展開していたISを降りて、他の女子達と共に箒のもとへ。

「何だったのだ、今のは……」

「そ、それこっちのセリフだよ! いきなりあんな……」

「篠ノ之、身体に異常は無いか?」

人だかりの間から、千冬が出て来た。

「は、はい。織斑先生」

「意識ははっきりしているようだな。何があったか、説明出来るか?」

「いえ……私自身も、何が何だか……。ただ……」

箒は頭を押さえながら、絞り出すように言葉を紡いだ。

「あいつの……一夏の声が聞こえたような……」

「お兄ちゃんの声……?」

マドカが首を傾げる。

「……山田先生、念の為篠ノ之を保健室に運んでください」

「わ、わかりました。篠ノ之さん、立てますか?」

「は、はい。何とか……」

千冬に言われて立ち上がった箒は、真耶に連れられながら保健室へと歩き出す。

(一夏……お前は今、何をしているんだ?)

千冬が他の女子達を実習へ戻るよう指示をする声を遠くに聞きながら、箒は一夏の顔を思い浮かべた。

 

静寂。

どこまでも深く、底が見えない、 無色透明の闇。

 

(ここは……?)

 

その中を、簪は漂っていた。

(一夏がいない……。私……一夏の後から、光の中に入って……)

それからのことが思い出せない。

(何だろう……。なんだか、懐かしい……)

暖かく、水の中を漂うような感覚。だが、息苦しさは感じない。

最早、上下の感覚さえ、無くなりかけている。

簪は身体をこの心地良さに委ね、瞼を閉じかけた。

(あ……)

だがその前に、簪は見えない何かに引き上げられ、水面を出たと思った時には、しっかりとした地面に足をついてきた。

「う、嘘……!」

簪の目の前に広がっていたのは、長らく帰っていない実家、『更識』の本家の屋敷であった。

だがこの部屋を簪は知らない。

広い、だが中央に武者の鎧兜以外何も置かれていないこの部屋を、簪は知らなかった。

「ここは……どこ?」

『これより、お前は十七代目更識当主。十七代目更識楯無として、生きてもらう』

「!」

部屋全体に響くような何者かの声。そして、鎧兜に向けて頭を垂れる、姉の姿。

(これって……お姉ちゃんが、『楯無』になったあの日!?)

部屋の片隅に立っている簪は、まだ幼い顔立ちの姉の姿を見つけた。

『其の役目は、守ることにある。お前に、その身を賭して守るものはあるか?』

「はい」

迷いのない返事。

「家族、国、私に関わる全ての人を、私は守ります」

この瞬間、簪の姉は『楯無』を受け継いだのだと、簪は理解した。

「ううっ……!?」

突如、簪の頭に刺すような痛みが走り、視界がぐにゃりと湾曲する。

一度の瞬きの後には、簪は部屋から出ていた。

「どういうこと……?」

長い長い回廊。その向こうから、足音が聞こえた。

「お姉ちゃん……」

楯無だった。

「簪ちゃん……どこ? どこにいるの……? 私、久しぶりにお休みなの。一緒に遊びましょう?」

先ほどよりも幾ばくか成長し、しかし自分よりも幼い楯無が、フラフラと、定まらない足取りでこちらに歩いてくる。

「お姉ちゃん!」

簪はわけはわからないままだったが、今にも倒れそうな楯無に駆け寄った。

「お姉ちゃ━━━━」

触れ合いそうになった瞬間、楯無が簪の身体をすり抜けた。

「え……!?」

驚き振り返る簪。しかし楯無は止まることなくフラフラと歩き続ける。

「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」

簪もその後を追う。

「簪ちゃん……どこにいるの?」

「ここだよ! お姉ちゃん! 私はここにいるよ!」

必死に叫ぶが、楯無は決して振り返らない。

キン、と頭痛がした。

「うくっ……! また……!?」

簪の視界が急速に狭まって、暗転。気がつけば簪はまた別の場所へ跳ばされていた。

「今度は……?」

見覚えのある景色が広がる。IS学園だ。が、どこか色褪せて見える。

簪の顔の横をヒラ……と桜の花びらが舞った。

「そこのあなた達、ちょっといい?」

「えっ?」

背後から声をかけられて、簪は振り返る。

「お姉ちゃん……」

楯無。そしてその隣には虚がいた。

「この子を見かけなかった? あなた達と同じで、この春入学してきた子なんだけど」

簪は確信した。これは一年前の光景。簪が入学したばかりの、春の出来事だ。

「あー……ごめんなさい。見てませんね」

「!」

この楯無と虚には簪の姿が見えていない。楯無が話しかけていたのは、簪の背後にいる別の生徒だった。

「……あれ? この人、四組の更識さんじゃない?」

「知ってるの!?」

「え? い、いえ……そんなに詳しくは。話したこともないし、顔と名前くらいしか……」

「そう……急にごめんなさい。もう行っていいわ」

楯無は生徒達を見送ると、ため息をついた。

「簪ちゃん……。ただ、一目会いたいだけなのに……」

「部屋の番号はわかっているのですし、直接会いに行かれては?」

「それは……出来ないわ」

「なぜです?」

「……きっと、簪ちゃんは、それを望んでないから……」

「会長自身はどうなのです?」

「私は会いたいわ。会いたいに決まってるじゃない」

「でしたら、先ほどの言葉と矛盾しています。会う手段などいくらでもあるはずですよ? なぜ、躊躇うのです?」

「………………」

「申し訳ありません。出過ぎたことを言ってしまいました。ともかく、少しは休んでください。ここ数日、ロシア国家代表と生徒会としての仕事の掛け持ち、その上、簪様のことで、まともに休んでいらっしゃらないのでは?」

「虚……! 簪ちゃんがこの学園にいるのよ……!」

「ご自身のお身体のことも考えてください」

虚の言葉は、譲らないものを含んでいた。

「……わかった。ちょっとだけ、休む……」

楯無は重たい足取りで歩き去っていく。

「お姉ちゃん、私を探して……」

この頃の簪は、楯無が自分のことを気にかけているなど、全く考えていなかった。

 

自分のことなど忘れてしまっているのだと、そう思い込んで、遥か彼方のその背中に少しでも近づくために、必死にISを組み上げることだけを考えていた。

(私……お姉ちゃんのこと、何も知らなかった……)

「……うっ!? ま、またなの……!?」

刺すような頭痛と視界の歪曲の後、簪はみたび飛ばされた。

先ほどから打って変わり、黒に塗りつぶされた空間。

「何も無い……」

完全な虚無の空間。簪は言いようのない恐怖を感じた。

「………………」

「お姉ちゃん!?」

いつの間にか目の前に、膝を抱えてうずくまる楯無が目の前にいた。

「お姉ちゃん、しっかりして!」

楯無の肩に触れようとするも、やはりまたすり抜けてしまう。

「どうして……!」

苛立つ簪の耳に、楯無の声が聞こえた。

「簪ちゃん……。簪ちゃんの声が聞きたい。会いたいよ……!」

悲痛な姿に見ていられなくなった簪は、楯無に語りかけた。

「お姉ちゃん……私、ここにいるよ? お姉ちゃんのそばに━━━━」

『ロシアの国家代表になる為、国籍をロシアへと変えた売国奴。周りにいるのは敵ばかり』

「え……?」

女の声が聞こえた。聞いたことのない、女の声。

『けれど、自分一人では、何も出来ない、弱い存在』

「誰……? エミーリヤ……アバルキン!?」

簪はその名を口にした。

 

顔を合わせたことも、声を聞いたこともないはずなのに、その名前が口を突いて出ていた。

『真実から目を逸らして、いつの間にか自分は悪くないと言い聞かせ続けるようになった、最低な女。それが貴女の姉の正体』

「やめてっ! お姉ちゃんを……お姉ちゃんを悪く言うなっ!!」

考えるより早く、簪は叫んでいた。

「彼女の言う通り……。これが、私」

真後ろから声が聞こえて振り返る。

「お姉ちゃん……!?」

そこには、もう一人の楯無がいた。

「お姉ちゃんが二人……!?」

「『更識楯無』になって、得たものよりも、失ったものの方が多かった」

楯無の声に覇気はなく、独り言のようだ。

「たった一人の妹さえ、私の手の届かない場所に行った……。それでも私は進むことしか出来なかった……。だから、彼らに頼った」

昏い空間に、去年のタッグマッチ後の映像が浮かび上がる。

夕方の医療棟の一室で、涙を流す簪が楯無に頭を撫でられている。

「結果は成功。嬉しかった。あなたがまた、私のところに戻って来てくれたと、そう思った。でも……それは()()()()()じゃない」

楯無は首を横に振る。

「問題は私にあったの。私が自分で解決しなくちゃいけないことを、他人に押し付けた。私は……弱い人間」

「……違う」

「……?」

「違う! そんなことない!」

簪の目に、熱い火が灯る。

「お姉ちゃんはずっと一人で戦ってた! ずっと一人で守り続けてきた! お姉ちゃんの前から逃げ出した私のことだって、守ってくれていた! お姉ちゃんは……ヒーローだよ!」

「私が……簪ちゃんの?」

「だからそんなこと言わないで! お姉ちゃんは一人じゃない! 私だって、もうあの時の私じゃない! お姉ちゃんを守ってみせる!」

暗黒が弾け飛び━━━━

「もうすぐ……! もうすぐ行くから! 待ってて!! お姉ちゃんっ!!」

光の渦が、簪を呑み込んだ。

 

チヨリの研究所の隠し通路。そこで繰り広げられるているのは、この場所の主であるチヨリと、何者かによって権限を奪われたチヨリ作製の戦闘義構(アサルト・マリオネット)との戦いであった。

「まったく……! 次から次へと!」

すれ違いざまの一瞬で、二機の戦闘義構を解体。パーツがチヨリの後方にぶちまけられる。

しかしチヨリが前に踏み込めば、さらに新手の戦闘義構が現れる。

「くっ……! お前もしっかり働け!」

チヨリの声に応じて、現状で唯一の味方の青い戦闘義構が左手の指に内蔵されたバルカンを放つ。

チヨリを飛び越えた弾丸は行く手を阻む鉄の兵団を牽制。わずかに生じた隙をついてチヨリが分解。

「ええい! いい加減にせんか! お前達の創造主じゃぞ! ワシは!!」

かなりの怒気が孕んだ声は、書き換えられたプログラムの前ではノイズでしかない。チヨリもそれはわかっていたが、叫ばずにはいられなかった。

「おっ?」

前進を止めないチヨリは、鉄兵達の群れの向こうに光を見た。

「そこか!」

チヨリは青い戦闘義構を先行させた。

 

青い戦闘義構はアイ・センサーを一度光らせ、右手に持った実体剣で数体の同胞を袈裟斬りにする。

「でやああああっ!!」

気合い一発、チヨリは青い戦闘義構を踏み台に跳躍。

小さい身体の身軽さを最大限に利用して、目的地である地下研究所の管制室へ転がり込んだ。

青い戦闘義構も追従し、入り口で反転して追ってくる戦闘義構たちを食い止める為にバルカンを撃ち放つ。

『頑張るじゃないか。まさかここまで持つとは』

チヨリが部屋に入ると、先刻の若い男の声が響いた。

「フン……! どうじゃ? 少しは、ワシの力を思い知ったか?」

わずかに乱れた息を整えながらチヨリは姿の無い声に言い放つ。

(どこじゃ……?どこから見ておる)

『ああ。驚いたよ。ご褒美に面白いもの見せてあげるよ』

管制室の操作装置に取り付けられているモニターがブゥン、と音を立てて作動した。

「……! 瑛斗!?」

音声は入っていないが、瑛斗、エリナ、そしてイーリスが巨大なジャンクの集合体と戦いを繰り広げているのがわかる。

『今彼らは囚われのお友達を助けるために必死に戦ってるよ。あ、もちろんここのロボットを拝借させてもらったよ』

「人のもので好き勝手に……!」

『ふふ……さて、余興もこれくらいにしようか』

入り口で戦闘義構たちを食い止めていた青い戦闘義構が、数に押されて後退。戦闘義構たちの侵入を許してしまった。

『追い詰めたよ?』

迫る継ぎ接ぎの鉄の群れ。確かにチヨリは追い詰められた。

「それはどうかのぉ? ワシがここに来た理由が、お前にわかるのか?」

『ああわかるとも。ここにあるロボット達の命とも言える行動パターンが保存されたデータベースを破壊しようとしてるんだろう?』

「……!?」

『最初はこのロボット達を味方につけようとしてたけども、今の状況を受けて予定を変更。データベースを破壊して一網打尽にしてしまおうってところだろう? でも残念! そのデータはもうここには無いよ。この場にいるロボットのどれか一体に移植してある』

「どうやら……ただの若造ではないようじゃな」

『そう言ってもらえると光栄だよ。それじゃあ最後にゲームをしよう』

「ゲーム?」

『さっきも言ったけど、おばあさんの目当てのデータはここにいるロボット達のどれか一体が持っている。一分あげるよ。好きなロボット一体を解体してごらん。見事に当てたら全てのロボット達は機能停止。おばあさんの勝ちだ。ハズレだったら……』

ロボット達が、一斉にチヨリに銃口を向けた。

『……わかるよね?』

青いロボットが主を守ろうとチヨリの前に出る。

「………………」

『はいそれじゃあシンキングタイムスタート! ちゃっちゃっちゃー♫』

間の抜けた声をスルーして、チヨリは冷静に思考を巡らせる。

(どうする。やつの言葉を間に受けるべきか? いや、迷っとる場合ではない。この中のどれか一体を━━━━)

チヨリの思考は、一つの答えを弾き出した。

「……なるほど。そういうことか」

『はい時間切れー! おばあさん、答えを聞こうか?』

「おう、答えてやるわい。答えは━━━━、これじゃっ!!」

 

チヨリはプラスドライバーを自分を守る青い鋼鉄の兵士の脳天に深々と突き刺した。

青い戦闘義構は糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちる。

それを皮切りに、一体、また一体と他のロボット達も倒れていった。

『……へぇ?』

「おかしいと思っとったんじゃ。他の機体は全てパーツが継ぎ接ぎじゃのに、こいつだけは特に変化が無い。危うく候補から外すところじゃったが……」

モニターの向こう側でも、瑛斗達が足元に散らばったロボット達を不思議そうに見ている。

「どうやら当たったようじゃ」

『フ……ハハ……ハハハッ! いやぁさすがさすが! さすがだよ。こんなに呆気なく看破されるなんてね。ハズレのロボットを壊して絶望する姿が見たかったのに』

「どこまでもふざけたやつじゃ。お前とは年季が違うんじゃよ」

『そういうことにしとこうか。ま、君達がここに来た時点で潮時だ。僕はそろそろおいとまさせてもらうよ。ある程度の目的は達成出来たし』

「待て! お前の狙いは何じゃ!」

『……じゃあね。彼によろしく』

声はそれきり聞こえなくなった。

「何だったんじゃあやつは……。いかんいかん、瑛斗達のもとへ行かねば!」

駆け出そうとしたチヨリは、戦闘義構たちの骸に一度足を止めた。

「……供養はしてやる。じゃが、今は許せ」

そう言い残し、チヨリは瑛斗達がいる上層部へと走り出した。

 

 

まるで、手に盛った砂が指の隙間からこぼれ落ちていくみたいに、目の前のジャンクの集合体が崩壊していく。

「な……なんだ?」

「どういうこと? 瑛斗、何かしたの?」

「いえ、俺は何も……。それより、エリスさんは!?」

「目立った怪我はしてないみたいなんだけど、目を覚まさないの!」

エリナさんが抱きかかえるエリスさんの身体をわずかに揺らす。でもエリスさんが起きる気配は無い。

「お、おい、まさか死んでるとかじゃねえだろうな?」

「馬鹿なこと言わないでイーリ! エリス! エリス目を覚まして!」

エリナさんの声が一層必死になっていく。

「嫌よ……! エリス……死んじゃ嫌……!」

「ハァ……ハァ……! 瑛斗! 無事か!?」

「チヨリちゃん!」

チヨリちゃんが息を切らしてやって来た。

「どうやら首尾よくやってのけたようじゃな。その者が件のエリス嬢か」

「ええ……でもエリスが目を覚まさないの!」

「どれ……ふむぅ、脈はあるようじゃが……む? 何じゃこれは?」

チヨリちゃんが目をつけたのは、エリスさんの右腕に巻きついている小さな機械。

「ははぁ……問題はこれじゃな」

「わかるのか?」

「無理には外れんようになっとる。少し時間がかかるが、外せんことはない」

チヨリちゃんがカチャカチャと装置を慎重に解体し始める。

「おっと……」

イーリスさんが尻餅をついて座り込んだ。

「イーリスさん?」

「へ、へへ……マズった。ファングがさっきもらったパンチでダウンしてやがる」

「だ、大丈夫なんですか!? 身体もISも!」

「身体の方は何ともないが……ファングがすぐにゃ動けねえ……スラスターも何個かイッてるな」

チヨリちゃんが作業しやすいようにエリスさんを床に横たえたエリナさんがまっすぐ俺を見てきた。

「瑛斗、ここはいいわ。楯無ちゃんのところへ行ってあげなさい」

「エリナさん……」

「……そうだな。情けねえが、動けるのはお前だけだ」

イーリスさんもエリナさんに同調する。

「チヨリちゃん、エリスさんを頼めるか?」

「任せておけ。お前は早く行ってやるんじゃ。幸い、向こうに大穴が空けられとるからの」

チヨリちゃんは目だけをこっちに向けて不敵に笑った。

「……わかった。頼んだぞ!!」

ビームウイングを羽ばたかせて、俺は研究室を飛び出した。

 

 

「クソがっ! 倒しても倒してもまた湧いてきやがる!」

オータムは《アルバ・アラクネ》のウェポン・アームを四方八方に巡らせて、ゾンビ映画のように際限なしに襲いかかってくるエミーリヤの分身達に業を煮やしていた。

「古典的だけど、本物を叩くしかなさそうね」

「でもどうするんだ? これだけの数が増え続けながら」

「……一つだけ考えがあるわ」

「本当か!?」

「でも、問題は……」

スコールは引き裂いたエミーリヤの分身の向こう側で戦う楯無の姿を見た。

楯無は、苦戦していた。

「あっははははははは!! なぁに? 少しはマシになってるかと思ったのにその程度ぉ!?」

エミーリヤの嘲りの声が楯無の心をざわつかせる。

「くっ……!」

《ラスティー・ネイル》と《蒼流槍》を両手に握った楯無は心のざわつきを必死に堪え、目前のエミーリヤの虚像を切り刻む。

「ざぁんねん! ハズレよぉ?」

「うあっ!?」

後ろからのランスによる攻撃で仰け反ったところに、アクア・ナノマシンの弾丸がミステリアス・レイディの装甲を削る。

「うふふふ! ほらほらぁ? どうしたの国家代表様ぁ? 私を倒すんじゃなかったのぉ?」

「こ、このっ……!!」

ラスティー・ネイルの蛇腹の剣が複数体の分身を切るが、手応えはなく、斬られたところからまた再生していく。

「あははは! あいつの言った通りねぇ! 獲物が弱っていくのは見てて愉しいわぁ! このままなぶり殺しにしてあげる!」

「あいつ……!? あなたにはやっぱり協力者が……!!」

「そんなこと気にしてる余裕あるぅ!?」

分身が自ら流体に戻り、分散、変形し、水の針となって楯無に殺到する。

「レイディ!」

楯無の声に反応して《ミステリアス・レイディ》のアクア・ナノマシンが防御体制になる。

「無駄よぉ?」

「!?」

アクア・ヴェールを貫通して、プリンツェサのアクア・ナノマシンが楯無に襲いかかった。

「きゃあああああっ!!」

絶対防御に守られるも、楯無の身体に赤い線が走っていく。

「そぉれっ!!」

ローリング・ソバットに蹴飛ばされ、楯無は地面を転がる。

「うっ……くぅ……!」

『あらあらあらあらぁ? やっぱりこうなるのねぇ?』

立ち上がろうとする楯無の耳に、エミーリヤの重なった声が届く。

『国家代表になんかならなければこんなことにならなかったのにねぇ?』

「そんな……っ、こと……っ!!」

『ないって言えるぅ? 事実あなたはそうやって敵を作って、作って、作り続けて来たじゃない。ご覧なさぁい』

「ひ……!?」

立ち上がって顔を上げた楯無の周囲を、無数のエミーリヤの分身が取り囲んでいた。

『きっとまだまだ増えていくわよぉ? あなたの敵は。あなたを憎む人間は。あなたを殺したいと思う人間はぁ!!』

「うあ……あぁ……あっ……!」

脚の力が萎え、へたり込んだ身体が恐怖に震え、カチカチと奥歯がぶつかり合う。

こちらにいる分身達と戦いながら、オータムは楯無の状況に肝を冷やしていた。

「や、ヤバいんじゃねえか? スコール」

楯無の窮地にオータムがスコールに声をかける。

「まだよ。もう少し……」

しかしスコールは楯無を助けに動こうとはしなかった。

『これで終わりにしてあげるわぁ!!』

エミーリヤ達は一斉にランスを構えた。

「っ……!」

 

さようなら(ダ・スヴィダーニァ)。更識楯無!!」

無数のランスが、楯無に向けて投擲される。

「……!! 今よっ! オータム撃って!!」

「えっ!? あ、ああ!」

スコールは瞬間的に作ったいくつもの小火球を撃ち出し、続いてオータムもアルバ・アラクネのウェポンアームからエネルギー弾を連射した。

ランスを形どって構成されたアクア・ナノマシンが火球やエネルギー弾とぶつかり、爆ぜ、煙幕が辺りを包みこむ。

「な、何……? 何なの!?」

視界がゼロになった楯無は半ばパニックになりながら首を左右に振る。

刹那、煙の中から槍の先端が楯無に向かって━━━━

「だああああああ!!」

 

咆哮と共に飛び込んできた光の剣が、槍を斬り払った。

「……え?」

「楯無さん! 大丈夫ですか!?」

「瑛斗……くん……?」

瑛斗がランスを煙幕ごとビームブレードで斬り払い、自分を守ってくれたと思い至るのに、時間を要してしまった。

「また邪魔をして……!!」

「久しぶりだなエミーリヤ。諸々の借りは返させてもらうぜ?」

エミーリヤと対峙する瑛斗。その目には怒りが宿っている。

「瑛斗! そいつが本物のエミーリヤよ!」

「スコール?」

「他のやつよりもランスの投擲タイミングが少し早かったわ!」

「外野がうるさいわねぇ!!」

エミーリヤが一度地面を踏みしめると、アクア・ナノマシンで構成された分身達が形を失い、スコールとオータムの前で再度二体のエミーリヤの姿を作り上げた。

「今更こんなものでっ!」

スコールは《ゴールデン・ドーン》のテールユニットをしならせて分身に叩きつける。

「っ!?」

分身はランスでそれを受け止める。スコールは金属的な手応えを感じて僅かに驚いた。

「アクア・ナノマシンの密度を限界まで高めて作った分身よぉ? しばらくそれで遊んでなさい!」

「こいつ……っ! 反応速度まで上がってやがるか!」

アラクネのウェポン・アームの連続攻撃を踊るようにして捌いていくエミーリヤの分身に、オータムも立ち止まらざるを得ない。

「さて……桐野瑛斗。そこをどいてくれないかしらぁ? 私は更識楯無を殺したいだけなのよぉ」

「それでどくと思ってんのか! お前がやったことは許せない! 覚悟しろっ!」

「そう……その小娘を守るのね。ふふ……あはははははっ!!」

エミーリヤは口角を歪ませ、魔的に大笑する。

「何がおかしい!」

「知らないのかしらぁ? そこにいる小娘は最低よぉ? 今の地位を得るために、国も捨てて、大切な妹にさえ見限られて……敵だらけのそんな女を守る意味あるのかしらぁ? あなたまで敵を作ることになるわよぉ?」

「………!」

瑛斗の後ろで楯無は唇を噛んで俯く。

「これはねぇ、彼女のためでもあるのよぉ? 彼女がここで死ねば、これ以上敵を作ることもなく、これ以上苦しむこともないわぁ。生きていても彼女は敵を作り続けるだけなのよぉ?」

「それが何だよ」

「……はぁ?」

「聞こえなかったか? それが何だってんだって言ったんだよ! この人には、俺達がいる!!」

瑛斗はまっすぐにエミーリヤを見据えて言い放った。

「確かに、生きてる限り敵は増えていくかもしれない。誰だってそうだ。それでも、必ず助けてくれる人がいる! この人の場合は、俺達がそうだ!」

「………………」

楯無は、瑛斗の言葉に聞き入っていた。

「この人は俺や一夏を……学園の生徒を! たった一人の妹を!! ずっとずっと守り続けてきた! そんな人に、敵しかいないと思うのか!?」

「気が知れないわねぇ! そんな空っぽな小娘、なんで守りたいなんて思うのかしらぁ!?」

「空っぽなもんか! 俺は知ってる! 『更識楯無』じゃない、本当のこの人を! 俺は知ってる!!」

「うざいわねぇ……! じゃあなぁに? その味方のあなたが、代わりに私を倒そうっていうのぉ?」

「……いや、そうじゃない」

「ぷっ……! あははっ!! あなた面白いわねぇ! じゃあ誰が私の相手をするのかしらぁ!?」

「お前を倒すのは、『俺』じゃない……」

ピシッ……!

咆哮の直後、エミーリヤの前方の空間に、音を立てて亀裂が入った。

「なに……?」

その亀裂は次第に広がり━━━━

「そうだろう! 一夏! 簪っ!!」

亀裂の内側から、一夏と簪が姿を現した。

「なっ……!?」

エミーリヤだけでなくスコールやオータム、楯無も驚き、眼を見張る。

「お姉ちゃん!」

減速、着地した簪は、エミーリヤと瑛斗越しに姉を呼んだ。

「……!」

一夏は減速せずにスコール達の元へ飛び、スコールとオータムの眼前にいたエミーリヤの分身を一度に両断した。

「こいつは……!」

「どういうことかしら……?」

予想不可の事態に、さしもの亡国機業の二人も呆気にとられている。

「……簪……ちゃん……? 簪ちゃん!?」

愛する妹と顔を見て、楯無の目に光が戻る。

 

「小癪なああああ!!」

 

エミーリヤが咆哮し、無数の分身が現れる。

 

「……っ! 打鉄弐式!」

 

簪に応えるように、《打鉄弐式》がありったけのミサイルラックを開放する。

 

「いけぇっ!!」

 

瞬時にそのすべての分身がロックされ、ミサイルの嵐が吹き荒ぶ。

 

散り散りになるナノマシン・アクアは、連鎖的な爆発の中で再生せずにその機能を停止させた。

 

「簪ちゃん………」

「お姉ちゃん! 私、わかったよ! お姉ちゃんが『楯無』になった時の願いも、お姉ちゃんが私のことをいつも想っていてくれたことも、守ってくれていたことも!」

 

揺るがぬ意志の宿った、力強い言葉。

 

「だから、今度は私もお姉ちゃんを守るよ! お姉ちゃんがそうしてくれていたみたいに!」

楯無の知らない簪の姿が、そこにはあった。

「受け取って! お姉ちゃん!」

簪が空中投影のキーボードを叩く。複雑な記号の羅列が楯無の元へ光の粒子になって降り注ぐ。

「これは……ミステリアス・レイディのオートクチュール……!?」

「……立ってください。楯無さん」

「!」

瑛斗は光に包まれる楯無に穏やかな口調で語りかけた。

 

「瑛斗くん……」

「大丈夫。楯無さんには俺達がついてます。敵しかいないなんて、そんなわけないじゃないですか。忘れないで。どんな時でも俺達は、楯無さんの味方です」

瑛斗の言葉に、なぜか目が熱くなってくる。楯無はまだその時ではないと、必死に堪えた。

「……瑛斗くん、一夏くん、簪ちゃん……。ありがとう。もう、大丈夫」

そして、今度こそ、しっかりと大地を踏みしめて、立ち上がった。

「……行ってくるね」

「頼みましたよ。学園最強の生徒会長!」

ミステリアス・レイディのオートクチュール。

 

━━━━その名を『麗しきクリースナヤ』。

その名の通り、(クリースナヤ)の翼を広げたユニットは、楯無の背中に接続され、青いアクア・ヴェールを燃えるような赤色に染め上げた。

それは、通常エネルギーから、最高出力モードに切り替わった証である。

「受け取ったよ。想いも……重責も……力も!!」

赤い翼が更に大きく広がる。

「おねーさんの本気……見せてあげるっ!!」

楯無の自信に満ち溢れた笑顔が、蘇っていた。

「チィィッ!! どういうこと!? あの二人はどこに潜んでいたっていうのよ!?」

エミーリヤは本能的に危険を察知し、空中に飛んで間合いを取る。

「………………?」

つま先が、何かに触れた。

(何? センサーに何の反応も……!?)

エミーリヤの額に、嫌な汗が流れる。

「……どうかしら? 私のワンオフ・アビリティー、《セックヴァベック》は!」

ミステリアス・レイディの資料で、見たことがある。

北欧神話に出てくる、オーディンの二番目の妻であるサーガのみが住まうことを許された館の名。それがセックヴァベック。

いや、そんなことはどうでもいい。

(このワンオフ・アビリティーの能力は━━━━!)

「超広範囲指定型空間拘束結界……! 私と、プリンツェサが空間に沈んでいく!?」

その拘束力は、ラウラのAICを遥かに凌駕する。

これは、指定した空間全てを飲み込む、脱出も回避も不可能の、まさしく結界なのだ。

「ふ、ふざけないでっ! こんなもの、すぐに抜け出して━━━━」

「そう。それって、どのくらいかかるのかしらぁ?」

意趣返し。とでも言わんばかりに、楯無はエミーリヤの口調を真似て言った。

これまでに見たこともない大きさの、《ミストルテインの槍》を発動させながら。

「………!?」

「さぁ、これで終わりよ!!」

チャージが完了したミストルテインの槍が、動き出す。

「負ける……!? 私が!? ……ああぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

割れんばかりのエミーリヤの叫び。それに呼応して、プリンツェサはアクア・ナノマシンの大瀑布を顕現させた。

「私は負けないっ!! プリンツェサのアクア・ナノマシンは、あなたのアクア・ナノマシンを乗っ取れるのよおおおお!!」

大瀑布は巨大な一対の(かいな)となって、ミストルテインの槍を受け止める姿勢を取る。

「っ!」

二つの激流が、ぶつかり合う。

(勝ったわぁ……!)

エミーリヤはミストルテインの槍が分解される様を想像した。

が、そうはならなかった。

「はああああああああっ!!」

ミストルテインの槍は、プリンツェサのアクア・ナノマシンに飲まれることなく貫通した。

「そんなっ!? バカなっ!?」

直撃を覚悟したエミーリヤは硬く目を閉じる。

「━━━━私の目的は、あなたを殺すことじゃないわ」

「え……?」

耳元で楯無の囁き声が聞こえ、身体が自由になった感覚と、腹部に何かが押し当てられる感覚を覚えた。

「返して……もらうわよ!」

剥離剤(リムーバー)が━━━━、作動した。

「うぎゃああああああ!?」

電撃とともに、プリンツェサのシステムが次々と『error』の文字を浮かべていく。

数秒後、プリンツェサは消え、楯無の手にそのISコアが握られた。

飛行能力を失ったエミーリヤは、地面に叩きつけられる。

「がはっ……! うっ、ぐぅぅ……!」

即死するような高さではなかったが、エミーリヤは苦悶の声と共にのたうち回っていた。

「こ、こんなに威力があるものだったのね……」

楯無は右手の剥離剤を見ながら引き攣った表情になる。

「お姉ちゃん!」

「簪ちゃ━━━━わぶっ!?」

打鉄弐式の展開を解除した簪が楯無に飛びついた。

「お姉ちゃん……! お姉ちゃん……!!」

「……ありがとう、簪ちゃん。簪ちゃんと一夏くんが来てくれなかったら、危なかったわ」

「うん……!」

「楯無さん! 簪! やつがまだ動いてる!」

いち早くエミーリヤの動きを察知した瑛斗が二人の前に出る。

「ぐっ……! くふっ……! きり、の……瑛斗ぉ……! エリナも……来てるんでしょぉ?」

「……ああ。エリスさんも助けた」

「檻から出して? 首輪を外して? ふ……ふふ……はははは……!」

エミーリヤは乾いた声で笑った。

「な、何だよ……」

「エリスの腕に巻きついてた装置……あれ、睡眠薬投与だけをするものじゃないの。あれはこの島の半分を軽く吹き飛ばせる爆弾でもあるの……!」

「ば、爆弾!?」

「エミーリヤ! 下手なハッタリはやめなさい!」

「嘘じゃないわぁ。あいつが言ってたんだものぉ。ふふふ……! 使いたくはなかったけど、もう更識楯無以外は殺さないなんて言ってられないわぁ! みんな纏めて殺して━━━━!」

「その爆弾とは、これのことかの?」

空から、カシャン、と黒い腕輪が落ちてきた。

『!?』

そのすぐ後に《ファング・クエイク》を展開したエリナとイーリスが、それぞれエリスとチヨリを抱えながら降りてきた。

「ババァ!?」

「チヨリちゃん、エリスさんは!?」

「おお、腕輪はちゃんと外したわ。途中で爆弾に気づかなければ危うかったがの」

「エミーリヤ……!」

エリナが抱えるエリスには、もう腕輪は取り付けられてはいない。

「さすがチヨリ様ね」

「おう。伊達に歳食っとらんわ」

「……そういうわけだ。エミーリヤ、俺達の勝ちだぜ」

「ちく……しょぅ……!」

力尽きたエミーリヤが、地面に伏す。

「さて、こいつどーすんだ?」

チヨリを下ろして腕を組んだイーリスが、エミーリヤを見ながら全員に尋ねる。

「とりあえず裸に剥いてふん縛っておくか? 何されるかわかったもんじゃねえ」

「おっ、いいこと言うじゃねえか。アメリカ代表さんよ」

イーリスと、イーリスに乗っかったオータムがエミーリヤに歩いていく。

「ちょ、ちょっとイーリ。待ちな━━━━」

「止まりなさいオータム!!」

「え?」

足を止めたオータム達とエミーリヤの間を、大出力ビームが穿いた。

「な……なんだ!?」

衝撃から身を庇うイーリスが、たまらず叫ぶ。

ビームは巨大な穴を地面に空けてから消え、全員が空を見上げた。

「IS……なのか?」

こちらにゆっくりと降りてくる者は、瑛斗の言う通りISを展開しているらしいが、その装甲をローブで覆い隠している。

展開する女性も、長い襤褸を巻いて顔を隠し、目だけをこちらに向けていた。

「っ!? あのヤローはっ!!」

オータムは姿を確認するやいなや、地面を蹴って肉薄する。

「オータム! ダメよ!!」

「うらあああああっ!!」

《グラインド・パニッシャー》を作動させたオータム。

「…………………」

女はウェポン・アームを装甲に包んだ手で掴み、

「ぐぁっ!?」

オータムを地面に向かって投げた。

縦に数回転したオータムは、地面に足をつけて踏ん張る。

「スコール、あいつは誰だ? 知ってるのか?」

「ええ……」

スコールは瑛斗の問いに頷く。

「あなたは、あの時もそうして私に挑んできましたね」

地面に降り立った女が、オータムに確かにそう言った。

「そして、私はあの時もこうして貴女を投げた。少しは学んではどうですか?」

「黙れっ!! てめえ、何しに来やがった!?」

「あの時……? まさか!?」

瑛斗がスコールを見る。

「ええ。篠ノ之博士が無人機を世界中にばら撒いた事件の後、私達を襲ったのが……」

「ヤツじゃ」

「じゃああれが、お前たちを圧倒したっていう……!?」

瑛斗は戦慄の眼差しを女に向けた。

「質問に答えやがれっ! 何しに来たって聞いてんだろ!!」

オータムが乱暴に問いかける。

「……そうですね。私は主に言われて、彼女を迎えに参りました」

女はエミーリヤをチラ、と一度だけ見やった。

「主……? まさか、エミーリヤの協力者!?」

そう結論づいた楯無に、女は視線を向ける。

「左様でございます。しかし、私は彼女を迎えに行けと言われたのみであり、あなた方と戦うようには言われてはいません」

「ヘイ、そんなもんが通用すると思ってんのか?」

イーリスが臨戦態勢でアサルトライフルを構える。

「………………」

「どうした? なんとか言えよ?」

「そのような手負いの状態で、勝てるとでもお思いですか? アメリカ代表。そちらのロシア代表を見てください」

「お姉ちゃん!?」

簪の声が弾ける。見れば、楯無が今にも倒れそうになっていた。

「ご、ごめんなさい簪ちゃん。足元がふらついちゃったわ……」

「あなたたちは手負い。私は万全の状態。勝負は火を見るよりも明らかです。しかし、こちらは彼女の身柄を預かりたいだけで、戦う気はありません。利害は一致していると思いますが?」

「……くっ!」

瑛斗が呻き、全員が押し黙る。それが全てを物語っていた、

「賢明な判断に、感謝します」

女は視線を瑛斗達から外さずに数歩後ろに下がり、エミーリヤを抱き上げた。

「………………」

「え……?」

瑛斗は、女の目がこちらを見て笑ったように見えた。

「それでは、失礼します」

女は天高く飛び、すぐにハイパーセンサーでも視認できない彼方に消えた。

一同は展開を解除。緊張の糸を解す。

「何だ、あのミイラ女は。要するに『負ける気がしません』ってことだろうが…!」

武器を収納したイーリスが悔しそうに呻く。

「仕方無かろうて。こちらはヤツの言う通り手負い。まともに相手をしてもらわず、むしろ幸運だったと言うべきじゃな」

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「ちょっと……意識が……遠のいてる……か……も……」

楯無は言葉尻を消えいりさせながら、カクリ、と気を失った。

「お姉ちゃん!?」

「騒ぐでない。相当無茶をしたようじゃな。ここでは無理じゃ。トレーラーに向かおう。瑛斗、運んでやれ」

「ああ。一夏、エリスさん頼めるか? 一夏?」

瑛斗が呼んだ一夏は、未だに白式を展開していた。

「一夏、何やってんだ?」

瑛斗がもう一度呼びかけると、白式の展開は解除された。

「……え? あれ? ここ、どこだ?」

一夏はキョロキョロと周囲を見る。

「わ、瑛斗! え? な、なんだ? どういうことだ?」

「な、何言ってんだお前? さっさとしてくれよ。みんな待ってる」

「え? ええ? わ、わかっ……た?」

なぜか釈然としていない一夏は首を捻りつつ、エリナからエリスを受け取って、前を行くスコール達を追った。

静寂を取り戻した島に、風が吹き抜ける。

 

波の音が、いつまでも響いていた。




というわけで決着です。
結構原作寄りになって参りました。
エミーリヤを下しましたが、新たな敵が瑛斗たちの前に現れました。そしてエミーリヤもこれで終わりというわけではなさそうです。
次回はこの章のラスト! 戦いを終えた瑛斗と一夏にある試練が起きる?
それでは次回もお楽しみにっ!

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