IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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霧統べる女王 〜またはその力のあるべき姿〜

時間を少しだけ巻き戻す。

「ふむ、なかなかに盛況じゃな」

一足先に劇の公演会場である第三アリーナに設けられた席に座っていたチヨリは、ポップコーンを食べながら、開演間近になって増え始めた人の入りを観察していた。

「お隣、よろしいかしら?」

「ん? おお、お前達か」

スコールとオータムだ。

「ババァ一人じゃ、迷子に見えちまうな」

「うるさいわい。その年寄りが気を遣って、親子水入らずに一役買っとるんじゃろうが」

自分達の座る前から二列目の席から数列後ろに並んで座る鈴と翔龍を見やった。

「嬉しそうね、あの子」

「授業の時はいっつも睨みつけてきやがるのによ」

「長らく別れていた父親に会えて嬉しいんじゃろう。あやつらも、瑛斗によって人生を変えられた者達じゃからな」

チヨリはポップコーンを口の中へ放り込んで咀嚼した。

「まったく……親子二代で、引っ掻き回してくれるわい」

「言うわりに嬉しそうじゃねぇか」

そう言ったオータムに口の端を少しだけ上げた。

「……それでチヨリ様、話は変わるのだけど」

「なんじゃ?」

「例のエミーリヤ・アバルキンがこの学園に来てますわ」

「ほう? して、手は打ったのか?」

「強情っぱりの生徒会長さんが一人で相手をするそうよ」

「どういうことじゃ?」

「協力を申し出たけど、自分一人で十分だって、一蹴されちゃったわ」

「なんじゃと? あんの小娘……!」

「放っとけばいいんじゃねぇか? 相手は国家代表のなりぞこないだろ? んなやつに負けるようなタマじゃねえだろ」

狼狽えたチヨリに対し、オータムはさも他人事のように言ってのけた。

「ならいいんじゃが……」

「やっぱり私達も行きましょうか?」

「いや、やめておけ。ワシが言うのもなんじゃが、お前達に助けられるのはあの嬢ちゃんには業腹じゃろう」

「やれやれね。嫌われたものだわ。私、彼女に何かしたかしら?」

「そう言っとるうちは、嫌われたままじゃよ」

「好かれようとも思っちゃいねえがな」

チヨリ達から離れて座っていた鈴と翔龍は、劇の開演を待ちつつ、前にいるチヨリとスコールとオータムを見ていた。

「あの三人、何を話してるのかしら?」

「鈴?」

「ちょっと気になっただけよ。あの新任教師二人、いつ化けの皮が剥がれるかこっちがヒヤヒヤものなんだから」

「そうか……鈴、ところでなんだが」

「なに?」

「一夏くんとは、よく遊べたか?」

「あは……まあ……ね」

鈴は曖昧な返事をして視線を横にずらした。

「どうかしたのか?」

「アイツってば、全然変わんないのよ。二人きりにはなれなかったわ」

「はは、それは残念だったな」

「笑い事じゃないわよ。アイツ、どうせ暇してるだろうからってわざわざ離れたところにいたやつにまで声かけて」

「でも、そんな彼が好きなんだろう?」

「……うん」

「好きな人を変わらず好きでいられることは、いいことだよ」

翔龍は鈴の頭を撫でた。

「あ、鈴さん!」

「ん? ああ、蘭、梢も」

翔龍のいる席の方からメイド服の蘭と梢がやって来た。

「やぁ、蘭ちゃんか」

「えっ!? り、鈴さんのお父さん!? お久しぶりです!」

「……凰鈴音の、父親?」

蘭が翔龍の隣に座り、梢もその隣に腰を下ろした。

「アンタ達も劇見に来たわけ?」

「そ、そうですよ」

「まさかサボって来たわけじゃないわよね?」

「当たり前じゃないですか!」

「二人は相変わらずのようだね」

翔龍は二人の間に挟まれるようになった。

「そうなのよ父さん! 蘭ったら、可愛げの欠片もないんだから!」

「鈴さんに言われたくありませんよ!」

ぐぬぬ……! と、睨み合う鈴と蘭に翔龍は『懐かしいな』と言って柔和な笑顔を浮かべる。

「あ……」

鈴は横から小さな声を聞いた。

「ん? あ、簪も来たのね」

「うん……隣、いい?」

「いいわよ。座って座って」

鈴に促されて簪は鈴の隣にそっと座った。

「………………」

座った簪はそわそわと落ち着きなく周囲に目を向ける。劇の開始が待ち遠しいというより、何かを探しているみたいだと鈴は直感した。

「どうしたの?」

「……ねえ鈴。蘭達も、お姉ちゃん……見なかった?」

簪の姉、つまり楯無のことである。

「楯無さん? さあ? 見てないわね」

「私も見てないですね。梢ちゃんは?」

「……見てないです」

「そう……」

首を横に振った三人に簪は力なく答える。

「楯無さんに何かあったの?」

「ううん……。でも、今日、お姉ちゃんのこと見てなくて……」

「観客も増えてきてるし、このどこかにはいるんじゃないかしら?」

「だと……思うけど……」

簪は、第三アリーナに来る途中に楯無の顔を見てないことを思い出してから、どこか嫌な胸騒ぎを感じていた。

楯無がこの劇を見ていないはずがない。どこかにいるに決まっている。簪はそう自分に言い聞かせた。

「あ、そろそろ始まりますよ!」

幕が上がり始め、立ち見の客さえ出る程に満員となった観客席から起きた拍手に、蘭の弾む声が溶け込んだ。

 

 

「ここにもいねえか……」

変装として大きなサングラスと深い緑色のコートを身につけたアメリカ合衆国国家代表、イーリス・コーリングは落胆と焦燥を混ぜた声を漏らした。

瑛斗に最低限のことを伝え、エリナ捜索を再開したイーリス。エリナはどこかに閉じ込められているのかもしれないと考え、学園の敷地内の怪しい箇所をしらみ潰しに探していたが、未だ収穫はない。

「エリナのやつ、本当にここにいるんだろうな? やっぱ偽情報掴まされたか?」

三個目の倉庫の物色を終え、出ようとした時だった。

「そこのお前、何をしている」

鋭い声がイーリスに投げられた。

(あーりゃりゃ。見つかっちまったか……)

内心で嘆息するが、すでにイーリスの思考はこの目撃者をどう沈黙させるかに回されだしていた。

「ゆっくりこっちを向け」

命令の声に、イーリスは自身の取るべき行動を決めた。

「振り返ればいいんだな? わかった。振り返る━━━━ぜっ!」

振り向き様に手刀を浴びせようとしたが、それはいとも容易に止められた。

「なに!?」

掴まれた手首は押しても引いてもびくともしない。

「ふん……血の気の多いやつだ」

無理もないことだ。イーリスが手刀を浴びせかけた相手は……

世界最強(ブリュンヒルデ)……!?」

千冬だったのだから。

「そう言うお前は、アメリカの国家代表だな」

掴まれた手首が解放されるのとサングラスを取られるのが同時だった。

「参ったなこりゃ……よりによってあんたに見つかるとは。どうする? 私を捕まえるか?」

「いや……お前の目的は知っている。話は聞いているからな」

「チッ、あのじーさん、やっぱり話してやがったか」

イーリスは脳裏に朗らかに笑う十蔵の顔を思い浮かべた。

「しかし……」

「あん?」

「これ以上学園で動き回られるのも困る。どうだ。今から劇を見に行かないか?」

「劇?」

「私の請け負ってるクラスのやつらがやる。お前も来い。熱心に人探しも結構だが、せっかくの祭りだ。催し物の一つや二つ楽しんでもバチは当たらんぞ?」

サングラスを投げ返し、踵を返した千冬にイーリスは苦笑する。

「従った方が身のためって感じだな。ったく…」

サングラスを掛け直して千冬の後を追おうとした。

「……ん?」

ふとあることに気づいた。

「おい、まさか最初から私がいること知ってたのか? 知ってて、泳がせてたのか?」

「……さてな?」

千冬が一瞬立ち止まって、また歩き出す前に聞こえたその言葉の最後は、少し笑っていたように聞こえた。

「やれやれ。敵わねえな……」

 

 

『どういうことです!? どうして私は国家代表になれないんですか!?』

『政府の決定だ。変更は認められん』

青天の霹靂とは、まさにこのことだった。

ロシア国家代表として認められるはずのその日。それは地獄の始まりだった。

『納得出来ません! 誰なんですか、その更識楯無という子どもは! 私があんな子どもに劣っていると!?』

『もう一度言う。変更は認められん。君にはこれから軍のテストパイロットとして働いてもらう。通達は以上だ』

上司の感情を殺したような事務的な通達。その目は『自分だって不服だ』と言っているように見えた。

同僚達は気を遣うような言葉をかけてくれるが、そんなものは意味を成さない。

その時から、すでに心は染まっていたのだから。

冷たく凍てついた、真っ黒な心に━━━━。

 

「………………」

IS学園から十キロ程離れた海上。さざ波の音に耳を傾けながら、エミーリヤはISを展開して浮遊していた。

装甲配置、武装の形状、どちらも楯無のIS、《ミステリアス・レイディ》と見た目は変わらない。違うのは機体のカラーが水色ではなく藍色ということだけだ。

試験運転からそのまま強奪したこのISも、今は自分の思うままに動くほど馴染んでいる。

と、後方から飛行物の反応を捉えた。

「……来てくれたのねぇ」

振り返ると、海面上を滑るように飛び、真っ直ぐこちらに向かってくる楯無の姿が見えた。

あちらも同様にこちらの姿が見えたのか、楯無は動きを止め、その場に滞空した。

「時間ピッタリ。さすがはIS学園の生徒会長ってところ?」

「無駄話をするつもりは無いわ。さっさと始めましょう」

得物のランス、《蒼流旋》を構え、楯無はエミーリヤを見据える。

「本当に一人で来るなんて、よほど自信があるようねぇ?」

「聞こえなかったかしら? 私はあなたと無駄話をするつもりはないの」

「せっかちねぇ……。いいわ。お望み通りにしてあげる」

エミーリヤもランスを手に取り、その先端を楯無へ向けた。

「積年の恨み……晴らさせてもらうわぁ……!」

二本の槍が激しくぶつかり合った。

 

 

「うわぁっ!」

どたーん!

「おーほっほっほっほ! その程度の力でこの私に勝とうなんて、片腹痛いわ!」

吹っ飛んだ俺に対して、高らかに笑うマドカ。

「勇者! 大丈夫!?」

シャルが俺に駆け寄り、身体を起こしてくれた。

「勇者様!」

鳥籠のような檻に閉じ込められたラウラが叫ぶ。

第三アリーナで行われていた俺達の劇は中盤を迎えていた。今の場面は魔女に攫われたお姫様を助けに行って一度撃退されてしまうシーンだ。

「今の俺では、あの魔女には勝てないのか……!」

地面に拳を打ち付けて呻く。観客席から『がんばれー!』と応援してくれる声が聞こえた。

「どうする? まだ向かってくるというなら、命の保証は出来ないわよ?」

「くっ……!」

「……勇者様! 逃げてください!」

「姫様!?」

「魔女の儀式にはまだ時間がかかります。その時まで私を殺すような真似はしないでしょう……」

「しかし! 姫様を置いて逃げるわけには!」

「勇者、ここはお姫様に従おう」

シャルが俺の肩に手を置いた。

「お前までそんなことを!」

「このままじゃ本当に死んじゃうよ! 今勝てないなら、今よりも強くなればいいんだ! だから……!」

「ここは退いて、あの魔女を倒せるほど強くなれ、と……? くっ!」

跳ねるように起き上がる。

「姫様! 必ず……必ずお救いしてみせます! もうしばらくのご辛抱を!」

俺とシャルは逃げるように舞台袖へとはける。

次はセシリアがマドカに弟子入りするシーンだ。

「……ふぅ。シャル、どうだった?」

「ばっちりだったよ! 僕はどうだったかな?」

「お前もばっちりだ。どの練習の時よりも上手くやれてたんじゃないか?」

「えへへ、ありがとう」

「二人ともお疲れ」

「いい演技だったぞ」

一夏と箒も俺達の演技を褒めてくれた。

「おう、箒もセリフ詰まらずに言えてたな」

「う、うむ。練習の賜物だ」

「俺といっぱい練習したもんな?」

「あ、あまり言うことでは、ないぞ……」

箒は恥ずかしそうに頬を染める。

「セリフと言えばラウラもすごいよね。ちゃんと感情籠もってたし」

「ああ。マドカも大したもんだ。やっぱ部屋でも自主練したりしたのか?」

「まあな。マドカも箒に負けず劣らず熱心でさ。みんなに迷惑かけないようにって」

「楽しんでくれてるみたいで、何よりだな」

マドカを見やると、弟子入りを志願するセシリアされていた。

「次のシーンまではちょっと時間があるね」

「時間の都合で修行シーンはカットだけどメイクやらが━━━━」

━━━━解放して━━━━

「ん? シャル、何か言ったか?」

「え……ううん。僕何も言ってないよ?」

「マジで?」

でも、今確かに聞こえた気がする。頭の中に響いてくるような声が……

━━━━私を、解放して━━━━

「………っ!」

 

キン、と頭に響く声。その声は、俺を……!

 

「呼んでる……」

「え、瑛斗っ?」

「ごめん! すぐ戻る!」

「おい瑛斗!?」

舞台袖から直接外へ出られる通路を駆け抜けて、外へ出る。

(誰が呼んでるのかはわからない。でも、すぐそばに……!)

「《G-soul》!」

俺の声に応えるようにG-soulが俺の手足を包んで、一気に《G-spirit》へと移行した。

(俺を呼ぶ何かがいる!)

地面を蹴ってビームウイングをはばたかせて空へと舞い上がる。

「どこだ! どこにいる! 俺を呼ぶ何かは!」

海上を進む中、センサーに反応があった。

「識別反応? これは……《ヴァイオレット・スパーク》!?」

顔をディスプレイから正面に上げたところに、しばらく見てなかったエリナさんの姿が確認出来た。

「エリナさん!」

「…………………」

紫色の装甲を持つヴァイオレット・スパークを纏い、浮遊しているエリナさんの前で減速して止まる。顔色は悪いけど、見たところ怪我をしてない。

「よかった……! 無事だったんですね!! 今までどこに━━━━」

違和感を感じた。どこか変だ。様子がおかしい。

「……エリナ、さん?」

「ごめんなさい。あなたを……行かせるわけにはいかないの」

「な、何言って……」

「……っ!」

ヴァイオレット・スパークの右の拳が目の前に飛んで来た。

「うおっ!?」

振り下ろされた拳をギリギリで展開したシールドアーマーで受け止める。

「エリナさん!? 何するんですか!」

「ごめんなさい……! でも、こうしないとエリスが……!」

「エリスさん……!? エリスさんが、どうしたんです!? 教えてくださいエリナさん!」

シールドアーマーで押し切って、エリナさんと距離を取る。

「うぅっ!」

エリナさんの右手にアサルトライフルがコールされて、銃口が俺に向けられた。

「今の私は、操り人形なのよ!」

「操り人形……!?」

「エリスを人質に取られているの!」

その言葉の直後に連続して発射された弾丸がシールドアーマーにぶつかって火花を散らす。

「人質!? エリナさんが!?」

「お願い瑛斗! 彼女を、エミーリヤ・アバルキンを止めて! 楯無ちゃんを殺そうとしてるわ!」

アサルトライフルをしまい、実体ブレードを握り締めたエリナさんが俺に肉薄。

「どういうことですか!?」

俺はビームブレードで応戦する。

「エミーリヤはもともとロシアの国家代表になるはずだった女よ。自分に取って代わって楯無ちゃんが許せないのよ!」

「なら俺を行かせてくださいよ! そのエミーリヤってのを倒せば解決するんだろ!?」

「出来ないのよ! このヴァイオレットは私にはもう止められないの!」

「どうして!?」

エリナさんの左手にもブレードがコールされて、左からの斬撃に俺は身体をぐらつかせる。

「うぐっ……!」

「瑛斗! 防いで!」

「ぐあっ!」

鋭い蹴りを食らって、俺は後ろに吹き飛ぶ。

「だめ! ヴァイオレット! もうやめてぇっ!!」

エリナさんが悲痛な表情を浮かべながら俺に追撃を食らわせようとしてくる。

「こっのぉ!!」

ビームブラスターを構えて、高出力のビームがヴァイオレット・スパークの装甲を叩いた。

「ああっ!?」

「エリナさん!」

ブラスターのビームの直撃に、エリナさんは姿勢を崩すが、やけに機械的な動きですぐに体勢を戻した。

「……ヴァイオレットにはプログラムが植え付けられたの。展開権限さえ奪われて……展開したら最後、戦闘行動に最良の手段を取り続けるプログラムが搭載されてるわ」

「そんな……。じゃあ……ヴァイオレットは……!」

「もう私のものじゃないの……。私にはどうすることもできない……!」

エリナさん……いや、ヴァイオレット・スパークはスラスターを噴いて、突進してくる。

「……っ! だったらこれで!!」

G-spiritの装甲が変化し、右腕のボルケーノブレイカーの安全装置が外れて右腕から金色の光が全身に回る。

「エネルギーを奪って!!」

金色に輝く右手をヴァイオレットにぶつけるために前進する。

「エリナさん! 熱いけど我慢してください!」

「ボルケーノ……!? はっ!? 避けて瑛斗!」

ボルケーノブレイカーにヴァイオレットが射出した右腕部の装甲が激突した。

 

「そんなものでえっ!!」

 

飛んできた鋼の拳を、炎が受け止める。完全に勢いを殺せた。そう思った瞬間。

「━━━━何っ!?」

拳は高速で回転し始めた!

「くっ……! うあっ!」

ボルケーノブレイカーが弾かれて、大きく身体を仰け反らせる。

「瑛斗っ!!」

悲鳴に近い声とともに、エリナさんの左手に構えられたロケットランチャーから火の玉が吐き出された。

「ぐああああっ!」

もろに直撃を食らい、海面へと落下する俺。G-spiritボルケーノモードも解けて、ノーマルモードにもどってしまった。

「お願いよヴァイオレット! こんなことはやめて!」

エリナさんの声は届かず、ヴァイオレットは手を伸ばして、俺を海面に押し込もうと力を強めていく。

 

「ぐっ……! うう……!」

 

まさかこのまま沈めるつもりか!

(どうする……! このまま戦い続けてもエリナさんも俺も苦しくなるだけだ……! 一体どうすれば……!!)

━━━━来てくれた━━━━

「えっ?」

 

G-spiritの装甲が輝きだした。だけど、ボルケーノを使った時の金色じゃない。

「これは……!?」

この輝きには見覚えがある。学園を守りたいと願った時に出た、あの輝き……!

「《G-entrusted》!? でも、何を……? 何をする気だっ! G-soul!?」

G-spiritの光はあの時とは一つだけ相違点があった。ビームウイングから光が散らばらない。ヴァイオレット・スパークに集中していく!

「この光……攻撃じゃない? でもエネルギーが……瑛斗! 何をしたの!?」

「G-soulのワンオフ・アビリティーです! ISのエネルギーを吸収して、自分のエネルギーへ変換するんです!」

「そんなことが……!?」

「でも、前とは違う……! これは何だ!?」

ヴァイオレット・スパークからのエネルギー吸収によってG-soulのエネルギーは上昇を続け、巨大化したビームウイングは海面に蒸気を噴き上げさせた。

「瑛斗! こっちのエネルギーが……ゼロになったわ!」

「わかりました!」

エリナさんの声に俺はG-entrastedを終わらせようと意識を集中させた。

だけど光は収まらない。それどころか、輝きは増していく。

「瑛斗!?」

「だ、ダメだっ! 止まらない!」

ヴァイオレット・スパークの装甲が粒子になって、ビームウイングに吸い込まれていく。

「ヴァイオレット・スパークが……消えていく……?」

エリナさんの驚愕の顔が、光に覆われていく。

━━━━ありがとう━━━━

(今の、声は━━━━!?)

「うっ……うわあああああああああ!!」

光に全てが塗り潰されて、一瞬何も見えなくなった。

そして光は消え………ヴァイオレット・スパークも、『消えた』。

「きゃあ!」

「おわっと!」

ISスーツ姿のエリナさんを受け止めて、海面スレスレに浮遊する。

「何が起きたんだ……今……」

ビームウイングもいつの間にか閉じていた。

「瑛斗……」

 

「!」

 

「あなたが、止めてくれたのね……」

「エリナさん……」

エリナさんの顔はよく見ると以前よりも少し痩せていて、衰弱していた。

「こんな……ひどい……」

エミーリヤってのは、エリナさんに何をしたんだ……!

「い、急いで……! 楯無ちゃんが、危ないわ……。楯無ちゃんには……エミーリヤに……勝ち目が……!!」

エリナさんが俺の肩の装甲に触れる。

「でも、エリナさんを放っておくことなんて出来ませんよ! 学園に戻ります!」

エリナさんを抱え、戻ろうと反転した時だった。

「瑛斗!」

「一夏か! それに……イーリスさん!?」

一夏とイーリスさんが連れ立って飛んで来た。

「イーリ……?」

「……! エリナッ!」

ファング・クエイクの速度を上げたイーリスさんが一夏よりも早く俺とエリナさんのもとへ着く。

「バカ野郎! 今までどこほっつき歩いてた! こちとらあちこちお前を探してたんだぞ!」

「ごめん……なさい……」

イーリスさんの怒鳴り声に掠れた声でそう言って、エリナさんは俺の腕の中で動かなくなった。

「エリナさん!?」

「……心配すんな。気を失っただけだ」

イーリスさんはエリナさんの首に手を伸ばして、俺に教えてくれた。

「瑛斗、どうしたんだよ。急に抜け出すなんて」

追いついた一夏は俺に叱責にも似た口調で問いかけてきた。

「悪い。でも、呼ばれたんだ……」

「呼ばれたって、誰に?」

「それはよく、わからないけど」

一夏とイーリスさんに揃って不思議そうな顔をされた。

「そ、それよりも、一夏はともかく、どうしてイーリスさんまで?」

「こいつの姉貴にゃアタシのことはお見通しだったらしくてな。近くにISの反応があるって言うから来てみたんだが、どうやらビンゴだったようだな」

イーリスさんが一夏を見る。なるほど、織斑先生か。確かに先生ならイーリスさんを見抜けなくもないな。

「……そうだ! 楯無さんが危ない!」

「楯無? 更識楯無か?」

「イーリスさん、エリナさんをお願いします。あんたならエリナさんを俺より速く確実に運べる。俺は行かないと!」

エリナさんをイーリスさんに預けて、もう一度ビームウイングを広げる。

「お、おい瑛斗待てよ! 次の出番まであと十五分だぞ!?」

「それだけあればいい! イーリスさん! とにかくエリナさんを学園に! きっと織斑先生が何とかしてくれる!」

「けっ、天下の国家代表様に好き勝手言いやがる……。 しゃーねーな。しくじんなよ」

エリナさんを抱えたイーリスさんが元来た方向へ引き返して行った。

「一夏行くぞ。ミステリアス・レイディの反応はここからそう遠くない!」

「え、うぅ……あーもう! 後でちゃんと説明しろよなっ!」

一夏は白式の第二形態の雪羅を発動。俺と共に海上を駆けた。

 

 

━━━━ガンッ!!

幾度となくぶつかり合う槍と槍。

楯無とエミーリヤの戦いは一進一退であった。

現ロシア国家代表として。IS学園生徒会長として。そして、()()()()()()()()として。楯無は槍を振るう。

しかしエミーリヤには、その楯無へ向けた黒い心があった。

その心はエミーリヤの背後にいる男によって、彼女が気づかぬうちに黒さを増していた。それが楯無を蝕まんと、エミーリヤの中で蠢いている。

「どうしたの? その程度じゃ、私を殺すことなんてできないわよ?」

「わかってるわ。でも、これが私の本気だと思わないでもらいたいわねぇ?」

槍を横に薙ぎ、エミーリヤはクルリと一回転。踊るようにして楯無と間合いを広げ、加速と共に楯無へ槍をぶつける。

「そんな攻撃に!」

 

楯無は重たい衝撃を受け止める。

「よくこれまで逃げ延びれていたものね! いったい誰が後ろ盾をしてくれたのかしら?」

そしてランス越しにそう投げかける。エミーリヤも薄ら笑いを浮かべて答えた。

「教えられるわけないわぁ。まさか、私を生きたまま捕まえようって魂胆なのぉ?」

「その通りよ。よくわかってるじゃない!」

「気に入らないわねぇ……!」

「目的は何? 私を殺しても、国家代表になんてなれるわけないのよ?」

「国家代表になるとかならないとか、そんなのはもうどうでもいいのよぉ。私はあなたを殺せればそれでいいの」

エミーリヤは今が頃合いと判断し、楯無へさらなる一手を仕掛けた。

「色々と知ってるのよぉ? 更識のこと」

「何をっ!」

「あなたの言う私の後ろ盾から聞いたわ。哀れなものねぇ。生まれた時から役目を決められていて、その為だけに生きていくなんて」

「だから……何だって言うの!?」

「あなたくらいの歳の子が、それに何の疑問も抱かないなんて変よねぇ? 洗脳でもされたのかしら? それとも他の生き方を諦めてるとかぁ?」

「勝手なことを言わないで! そんなのはあなたの妄想じゃない! 国家代表になれなかったことを妬む━━━━あなたの!」

槍撃に言葉も加わり、激突の衝撃は増していく。

「ええ。そうよ。私はあなたを憎んでる。でも、私はあなたのことを知って、その上で話してるのよぉ?」

「世迷言をっ!」

「こうして戦ってるのも、今の地位にあるのも、ぜぇんぶ誰かの指示でしょぉ? 命令にだけ従って、自分で何かをすることがある? 自己というものが存在しないのかしらぁ?」

「うるさいっ!!」

楯無は後ろに飛び、放出したアクア・ナノマシンで作り上げた無数の水の矢をエミーリヤへと撃ち放った。

「はぁい、残! 念!」

エミーリヤのISからもアクア・ナノマシンがヴェール状に放出され、楯無のナノマシン・アクアと激突する。

「……?」

楯無は瞬時に異変に気づく。アクア・ナノマシンは例え同じ水の中でも自在に操ることが出来る。無論別のアクア・ナノマシンの中だとしても同じだ。

 

しかしアクア・ナノマシンで作った矢は、エミーリヤの張った水のカーテンを突き破らない。

それどころか、吸収されている。

「……っ!?」

「気づいたかしらぁ? そうよ。私のIS……冷酷な霧の女王(ジェストコスチ・トゥマン・プリンツェサ)のアクア・ナノマシンはねぇ、ちょっとした改良が加えてあるのよ。あなたのISのアクア・ナノマシンを乗っ取ることが出来る!」

ミステリアス・レイディのアクア・ナノマシンを吸収し勢いを強めた水流が楯無に襲いかかる。

「いけないっ!」

すぐにアクア・ナノマシンの放出を止めて、楯無は水流を躱す。

「うふふ……さぁ、女王の前にひれ伏しなさい!!」

攻勢に転じたエミーリヤの槍と、楯無の槍がぶつかり合い、火花を散らす。

(マズいわね……。二号機にこんな力があるなんて……!)

楯無は内心で歯噛みしていた。対峙するエミーリヤにアクア・ナノマシンが通用しない。それどころかこちらが使えば使うほどあちらの力が増していく。

(そして何よりも厄介なのは…向こうは何の遠慮も無く、アクア・ナノマシンを使えることか……! でも、変だわ。こんな能力、今までの報告には━━━━)

「驚いてるわねぇ。国家代表?」

「黙りなさい! 私を惑わそうったって、そうはいかないわよ!?」

楯無の一喝にも、エミーリヤは怯まない。

「今あなたが思ったこと当ててあげるわ…………『アクア・ナノマシンを奪えるなんて、報告では聞いてない』」

「っ!?」

「あっはは! 図星のようねぇ?」

楯無の反応にエミーリヤは笑う。

「どうしてそんなことになったか教えてあげるわぁ。隠してたのよぉ? ロシア政府側がねぇ」

「隠してた……!?」

エミーリヤは浮かべた笑みを更に濃くして、声高に言った。

「私だけがあなたを憎んでると思ったぁ!? どれくらいいるのかしらねぇ! 自分の国の代表が、自分の国の国民じゃないことに納得できない人が! はっきり言うわ! このプリンツェサはねぇ! あなたを倒す為に作られたのよぉ!!」

 

「私を……倒す……!?」

 

「私の攻撃は、あなたを憎むロシアそのもの攻撃と知りなさぁい!」

「……………!」

 

楯無のランスを握る手が、震えていた。

(……っ! 気持ちで負けちゃダメ! 彼女の思う壺よ!)

楯無は心の内に気圧される自分を感じ、それを振り切るように手に力を込める。

「味方以上に敵がいるのよ! 貴女はああああっ!!」

エミーリヤの背後でアクア・ナノマシンが迸り、水の槍が楯無へ殺到する。

「しまった……!」

一拍回避が遅れて、瀑布がミステリアス・レイディのシールドエネルギーを削り取っていく。

「きゃあぁぁぁぁぁ!!!!」

絶対防御の衝撃に悲鳴を上げる楯無。エミーリヤは顔を喜悦に歪ませて、さらなる追撃をしかける。

「IS学園最強の生徒会長が聞いて呆れるわねぇ。一人で勝てるなんて驕るからそうなるのよぉ!!」

「そんなっ……! こと……!!」

「そんなことだから、大事な大事な妹とすれ違うことになったのよねぇ?」

「……っ!だっ……黙りなさい!!」

左手にコールした蛇腹剣《ラスティー・ネイル》を振り下ろし、水流を切り裂く。

「へぇ?」

「アクア・ナノマシンが使えなくたって、あなたを倒すことはできる!」

「出来もしないこと、簡単に言わない方がいいわよぉ?」

海面から水流が飛び出し、剣を弾き飛ばす。

「くっ……!?」

「これで……終わりよぉ?」

「!」

剣に意識が逸れた一瞬。その一瞬で水流が楯無の眼前で一点に集中し━━━━!

ドッガアァァァァァァン!!!!!

爆発した。

煙が風に流され、エミーリヤは数秒見えなくなった楯無の姿をもう一度捉えた。

「……………………」

ISスーツはボロボロに破れ、裂けた身体から血を流し、満身創痍となった楯無。

「逃がさないわよぉ?」

海に落ちそうになったところをエミーリヤが首を掴んで引き上げる。

「う……あ……」

もがく力も失った楯無は、苦しげな喘ぎを漏らすのみ。

「惨めねぇ……。惨めねぇ、更識楯無? どうかしらぁ? 自分が蹴落とした相手にこうも蹂躙される気分は?」

アクア・ナノマシンがエミーリヤの身体を蛇のように這って伸び、楯無の口元で止まる。

「私ねぇ、あなたを殺す方法を何度も何度も考えたんだけど、これが一番だと思うのがあるのよぉ。あなたの身体の中にアクア・ナノマシンを思いっきりブチ込んで、穴という穴から噴き出させる! 素敵でしょぉ? ああ……あなたは真っ赤な花を身体中で咲かせるのよぉ……!」

エミーリヤはうっとりと恍惚とした表情を浮かべる。

「その瞬間、あなたがどんな顔をするのかとっても楽しみだわぁ……!」

(ここまで、なのね……)

狂悦に浸るエミーリヤは、楯無には見えていなかった。楯無の意識は混濁していた。

(ごめんね……簪ちゃん……お姉ちゃん、また簪ちゃんを悲しませちゃうわ……)

心にあるのは、最愛の妹への謝罪の気持ち。

(一夏くん……瑛斗くんも……ごめん。あなた達の力には、もうなれないわ……)

そして、一夏と瑛斗への懺悔の思い。

(ほんとうに……ごめん……)

楯無は、己の最期を覚悟した。

「さあ………死になさい!!」

鎌首をもたげた水の蛇が、楯無に襲いかかり━━━━

「その人から離れろおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

エミーリヤの視界から楯無が消えた。

「っ!? なによっ!?」

即座に左に目を向けて、楯無を攫った者の姿を捉える。

「楯無さん! しっかりしてください! 楯無さんっ!!」

一夏であった。瞬時加速(イグニッション・ブースト)で飛び込んで、楯無をエミーリヤから引き剥がしたのだ。

「邪魔をして……!」

エミーリヤはすぐさま一夏に狙いを定めてアクア・ナノマシンに攻撃指令を出す。

「やらせるかぁっ!!」

しかしそれは上空から放たれた高威力のビームによって阻まれる。

「まだいる!?」

降りてきたのは、G-spiritを纏う瑛斗だった。

「桐野瑛斗……!? エリナはしくじったのねぇ……!」

「エリナさんから話は聞いてる。お前がエミーリヤだな」

瑛斗の後ろで、一夏が目を閉じたままの楯無に呼びかけ続ける。

「楯無さん! 目を開けて! …………楯無!!」

「ぁ……」

力強く名前を呼ばれて、僅かに目を開ける。

「い…………いち、か………くん……?」

そしてまだ明瞭としない視界に、一夏を映した。

「瑛斗……くんも……?」

楯無は靄のかかる意識を、エミーリヤと対峙している瑛斗にも向けた。

「楯無さん、事情はエリナさんから聞いてます。後は俺達に任せて休んでいてください」

「……………………」

エミーリヤから目を離さず、そう言う瑛斗の背中はとても頼もしく見えた。

「楯無さん、瑛斗の言う通りです。ゆっくり休んでいてください」

「……………………」

そう言う一夏の姿に、ひどく安堵する。

「……………うん……。そう……す……………る………」

堕ちかけていた楯無の意識は、とうとう堕ちた。

「楯無さん……こんなにボロボロに………」

岩場の平らな場所へ楯無を寝かせた一夏は痛々しいとしか言いようが無い楯無の姿に、胸の中で熱いものが沸き起こるのを感じた。

「女の戦いに割って入るなんて、男としてのレベルが低いわねぇ……!」

そこにエミーリヤの憮然とした声が聞こえた。

「黙れよ。お前は楯無さんを傷つけて、殺そうとした。俺はそれが許せない……!」

振り返り、雪片弍型を構えた一夏はその切っ先をエミーリヤに向ける。

「楯無さんのこともだが、お前がエリスさんを人質にして、エリナさんを利用してたのも許せないな」

瑛斗の目に怒りが燃え、顕現した光の剣が唸りをあげる。

「二対一とか、そんなこと関係無い……!」

「俺達が……!」

「「お前を倒すっ!!」」

「やれるものなら……やってみなさぁい!!」

新たな獲物を認めたアクア・ナノマシンが、怒涛となって瑛斗と一夏へ押し寄せた。




というわけでバトル回でした。
相手となるエミーリヤですが、彼女の行動原理は完全に楯無への憎悪です。怖い。
そして瑛斗もエリナ相手にサラリとすごいことをやってのけましたね。

それでは次回もお楽しみにっ!

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