IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
空母での一件から一週間が経った。
けれど、あんだけド派手に沈んだというのに、空母のことはどの新聞、どのテレビのチャンネルにも取り上げられていなかった。
しかし俺にはそんなことは最早どうでもよくなっていた。
(エリナさん達……大丈夫かな……)
イーリスさんの話を聞いてからというもの、エリナさんとエリスさんへの心配が増していた。最悪の事態になってるなんてことはないって思ってるけど、どうしても悪い考えも過ってしまう時もあるくらいだ。
探しに行きたいけど、手がかりはほぼ無い。この前だってシャル達に見つからなかったからよかったものの、また行ってもしバレたらバレたで厄介だ。きっとラウラあたりが『私も連れて行け!』ってなるから。
「はーい! それじゃあ役者の人達集合!」
聞こえた呼びかけにハッと顔を上げる。いかんいかん。今は放課後でクラスのみんなで劇の準備を進めてたんだ。
「それじゃあそれぞれの役を確認するよ」
クラスメイトで演劇部の
「えっと、主人公の勇者役が桐野くん。勇者の親友でお供の役がデュノアさん。お姫様の役が、ボーデヴィッヒさんね」
「はい、これ台本だよ」
結城さんの隣に立っていた同じく演劇部の
「おう」
「うん」
「う、うむ」
自習の時間を使って決めた配役だけど、ラウラがお姫様役をやるのは少し驚きだ。
「いいなぁラウラ、僕もお姫様やりたかったなぁ」
シャルがラウラの肩越しからラウラの台本を覗き込む。
「シャルロットだって瑛斗のお供役だろう。準主役ではないか」
「えへへ♫ そうだよ。だから、お姫様の役は、この劇を発案したラウラに任せてあげる」
「ち、違うぞ! 私は決してそういうわけでは! 瑛斗が主役で…その、それに、お前達がやれって……」
「嫌なの? じゃあお姫様の役、僕が━━━━」
「だっ、ダメだっ!」
「ぷっ、あはは、ラウラ可愛い〜!」
「む、むぅ……」
シャルがラウラの膨らんだ頬をツンツンとつつく。いつ見てもこの二人の仲の良さは微笑ましいな。
「それから、王様が織斑くんで、魔女役がマドカちゃん」
「意外だな。マドカが魔女の役やりたがるなんて」
一夏が話を振るとマドカは少し恥ずかしそうに頬を染めて、持っていた台本で顔の下半分を隠した。
「お姫様もいいかなーって思ったけど、こっちの方が出番ありそうだしね」
そう言えば、魔女役はみんな『うーん……』ってなってたけどマドカが立候補してそのままマドカに決まったんだよな。
「マドカちゃんの言う通り。魔女は序盤から登場するよう出来てるわ。後は………」
ガラ……
「はあ……はあ…………! て、手強かった……!」
箒が教室に入ってきた。なんか疲労困憊で、まるでついさっきまで激しい戦いをしてたみたいだ。
「うぅ…」
力尽きたのか、床にへたり込んでしまう箒に一夏は心配そうに声をかけた。
「ほ、箒? 大丈夫か?」
「あ、ああ……。問題ない。そ、それでな、一夏」
「な、なんだ?」
「か……勝ったぞ……! 一夏、私は……勝った! 私が女王役だ!!」
会心の笑顔で勝ち誇った箒が一夏に叫ぶ。めちゃくちゃ嬉しそう。
そう言えば箒とセシリアが女王役をやりたがってたな。でもなんかお互い譲らなくて、それで放課後すぐに二人してどこか行ってたみたいだけど……
「………なぁ、もしかしてさ」
シャルの方に顔を向けると、シャルは頷いた。
「う、うん。僕も瑛斗と同じこと考えてるよ。箒とセシリアのどっちが女王の役をやるのか揉めてたけど……」
「大方、勝った者が女王役になるというルールでISで勝負をしたのだろう」
ラウラが俺とシャルの出した予想を口にした。
「わ、わたくしも、全力で倒しにいったのですが……まだまだですわね……!」
遅れてセシリアもやって来た。箒と同じくらい疲れてるところを見るに、互角の戦いだったのか。
「そ、それじゃあ篠ノ之さんが女王様の役で決定ね。オルコットさんは魔女の弟子役ってことでいいかな?」
「任せろ!」
「は、はい。わかりましたわ……」
箒は揚揚と、セシリアは残念そうに台本を受け取る。
「今日はまだ本格的には動けないから、各自で台詞の確認しておいてね」
そんなわけで今日のところは台本の受け取りと役の具体的な決定だけに終わった。
◆
「それにしても、アリーナで劇なんて、今からでも緊張するな」
廊下を歩く一夏が、右手を胸のあたりに当てた。
「楯無さんが去年の劇の時みたいにアリーナを使わせてくれるようにしてくれたらしい」
「去年? 去年も劇をやったの?」
俺と一夏の会話にもマドカも参加する。他のみんなは部活の方へ顔を出しに行って、マドカは俺達に着いて来たんだ。
「劇っつーかなんつーか……」
「いろいろエラい目にあったけどな…」
一夏と二人で遠い目をする。
「本当、大変だったな……」
「ああ……」
「電撃を食らったり……」
「裸に剥かれそうになったり……」
「何があったの!? っていうかそれ劇なの!?」
マドカが俺達の発言にギョッとした後、曲がり角で鈴と会った。
「あ、一夏っ!」
「おー、鈴。部活は休みか?」
「まね。アンタ達は?」
「これだよ」
一夏は持っていた台本を鈴に見せた。
「台本……? あ、そう言えば一組は学園祭で劇やるのよね」
「今さっき役を決めてきたところなんだ」
「ふぅん。で、誰が主役なの? もしかしてアンタ?」
「いや、俺が主役だ!!」
両手の親指を自分に向けて、俺は鈴にドヤ顔を決める。すると鈴は目を丸くした。
「瑛斗が主役? それじゃあ一夏は……木?」
「木って……。違う違う。俺は王様役だ」
「ふーん。それじゃあヒロインはラウラかシャルロットあたりかしら?」
「お、おう。ラウラがお姫様役だけど……」
「鈴、よくわかったな?」
俺も一夏もラウラが教えてもないのに配役を当ててきたのに驚きを隠せなかった。
「え、ええ。なんとなく勘でね」
「「相変わらず鈴は鋭いなぁ」」
あ、一夏とハモった。
「アンタ達も相変わらず揺らぎないわね……」
「「何が?」」
またハモった。
「いや、別に……。気にしなくていいわよ」
鈴は呆れたように肩を落とした。何故だ?
「り、鈴のところは何をやるの?」
マドカがそう聞くと、鈴は復活して笑顔を見せた。
「ふっふーん、内緒よ内緒! でも模擬店ってことは教えといたげるわ」
「模擬店か。またチャイナドレスか?」
「さあ? どうかしらねー、うふふ」
鈴は悪戯っぽく歯を見せてはにかむ。
「……あ」
「お、蘭。戸宮ちゃんも」
俺は向こうから蘭と戸宮ちゃんがやって来るのに気づいた。
「あ、みなさん。こんにちは」
「……どうも」
「何しに来たのよ、アンタ達」
鈴がちょっとキツめな口調で問いかける。
「アリーナで梢ちゃんと一緒に自主練をしようと思ってたんですけど……」
「……篠ノ之先輩と、オルコット先輩の激しい戦いが繰り広げられていて、とてもそんなこと出来そうにありませんでしたので」
「「「ああ……」」」
俺と一夏とマドカの三人で頷く。やっぱり思った通りだったか。
「? 箒とセシリアがどうしたの? 喧嘩?」
「いや、女王様役を決めるのに二人が揉めてな」
「なるほど。それでバトったってわけ」
鈴も得心行って首肯した。
「蘭ももう学園にすっかり慣れたよな」
「そ、そうですか? えへへ……照れちゃいます」
「一夏、調子乗らせちゃダメよ。蘭なんてまだまだなんだから」
「り、鈴さん!」
「何よ? ホントのことでしょ?」
ぐぬぬぬ……! とメンチを斬り合う鈴と蘭。
「仲良しだねぇ」
マドカがそんな二人のやり取りを見て楽しそうに言う。
「ああ。まったくだ」
マドカに同意する。蘭も戸宮ちゃんから俺の身の上を聞いたそうだが、こうして普通にしていてくれるのも蘭の思いやりなんだろう。
「………………………」
「ん? どうした?」
戸宮ちゃんの視線を感じて一夏が話しかけると戸宮ちゃんは冷静な口調で喋った。
「……織斑先輩は、蘭をもっと褒めてあげるべき」
「ほ、褒める?」
「梢ちゃん急にどうしたの?」
「……ニュースでは、桐野先輩だけが取り上げられてるようですが、蘭も奮闘したのはあなたも知ってるはず」
「た、確かに……マドカと瑛斗を引き止められたのも蘭のおかげだな」
一夏がマドカと俺を交互に見やってきた。
「そうだね。私がこうしてるのも、蘭ちゃんがお兄ちゃん達のISを使えるようにしてくれたからだし」
「一理あるな」
今となっちゃ、もしあの時あのままここを去ってたらって思うとちょっと怖いくらいだ。
マドカと俺も一夏に同意すると、戸宮ちゃんはうんうんと頷いた。
「……だから、褒める」
「え、ええっと……」
「……褒める」
ズイズイと一夏に迫る戸宮ちゃん。なんだかえらく迫力があるな。
「こ、梢ちゃん……。一夏さんを困らせたらダメ━━━━」
「ありがとな。蘭。よく頑張ったぞ」
蘭は戸宮ちゃんを止めようとしたところで一夏に言われて、顔を真っ赤にした。
「えっ!? いいいいえそんな! とっとと、とんでもないですっ!」
「そうだ。今はもうアリーナも使えるだろうし、練習付き合ってやるよ。なぁ瑛斗?」
「俺は構わないぜ。今日は生徒会の仕事も無いし」
「私も私も!」
「ちょ、ちょっと! 何勝手に話し進めてるのよ! アタシが一夏と話してたんだから!」
鈴が蘭に食ってかかる。
「………………」
すると、戸宮ちゃんが蘭と鈴の間に立って鈴を阻んだ。
「な、何よ?」
「……今、織斑先輩と話しているのは蘭。邪魔をしないでほしい」
「あ、アンタには関係ないでしょ!」
「…………………」
「ちょっと蘭! アンタも何か言ってやんなさいよ!!」
「え、で、でも……」
どうしたらいいのかわからなくなってる蘭。
「……………………」
戸宮ちゃんは一度深く息を吸ってから鈴に言い放った。
「……貧乳先輩は、黙っていてください」
「っ……!? あ、アンタだって私といい勝負じゃないっ!」
鈴は大声で戸宮ちゃんに反論する。
「……………………ぐふっ」
「……………………がはっ」
二人して膝から崩れ落ちて、床に倒れ伏した。
「鈴っ!?」
「梢ちゃん!?」
「み、認めてしまった自分に……ダメージが…!」
「……ひ……引き分け……」
ピクピクと死にかけた虫みたいになってる…
「こ、梢ちゃん大丈夫?」
蘭がしゃがんで戸宮ちゃんに話しかける。
「……私のことは気にしないで、織斑先輩と……………」
そこで戸宮ちゃんは言葉を止めて蘭の方を向いた。というか、蘭の胸を見た。
「えっ、な、なに?」
「……蘭は、胸が大きくなったよね」
「へっ!? こ、こここ梢ちゃん!? 一夏さんの前で何言って━━━━」
「……私の代わりに、蘭の胸が大きくなる。そういうところに幸せを感じてる。大丈夫。蘭の魅力は、彼女よりは優っていると、私は思ってる」
震える右手の親指を立てて、そう告げる戸宮ちゃん。
「そ、それは、ありが……とう?」
蘭は首を傾げつつお礼を言った。
「で、鈴、お前も大丈夫か? 鈴?」
一夏が膝に手をついて鈴に呼びかける。
「……………………」
無言でゆっくりと起き上がった鈴。でも、なんか、なんかコォォォ……ってなってる……
「らぁぁぁぁん………!」
「ひ!? こ、梢ちゃん! 逃げよう! 胸が大きくなったトークを聞いた後の鈴さんは熊をも倒すよ!!」
蘭は戸宮ちゃんの手を引いて立ち上がらせて駆け出した。
「じゃ、じゃあ一夏さん! また!」
「待ちなさーい!! アタシの許可無く大きくしてんじゃないわよー!!」
若干理不尽なことを言いながら、鈴も蘭達を追いかけていってしまった。
「い、行っちゃったね……」
「ああ……」
「あちらさんも相変わらず、仲のいいこった。さ、俺達も追いかけようぜ。付き合うんだろ? 蘭と戸宮ちゃんの練しゅ━━━━」
ガシッ
歩き出そうとしたら、誰かに首根っこを掴まれた。
「きぃぃぃりぃぃぃぃのぉぉぉぉぉ……!」
「んっ? えっ?」
「やっと捕まえたっす……!」
この語尾……
「フォルテ先ぱ━━━━うぇっ!?」
一目見てビックリした。フォルテ先輩、めっさ怒ってらっしゃる……!!
「ふ、フォルテ先輩っ!? なんでそんな怒ってるんですか!?」
「いいから来るっす! 約束は守ってもらうっすよ!」
そのままズルズルと引きずられる。すげえ力だ……!
「ちょ、先輩っ! 苦しい! い、一夏! マドカ! わっ、悪いけど俺行けそうにない!」
「わ、わかった」
「なんだかよくわかんないけど……頑張って」
二人のキョトン顔を見ながら、俺はフォルテ先輩に連行された。
◆
フォルテ先輩に引きずられながらやって来たのは、図書室だった。
「……で、なんなんですか?」
場所が場所なだけあって、声のトーンを落としながら向かいに座っているフォルテ先輩に問う。
「忘れたとは言わせないっすよ」
フォルテ先輩も小さな声で答えてくるけど、憮然としてるのがわかる。
「お前、私の宿題手伝うって約束したっすよ」
「え……あ、ああー、はいはいはい」
そう言えばそんなこと約束したなぁ。
「残ってる夏休みの宿題、今日中に提出しなきゃヤバいっす。だから手伝ってもらうっすよ」
テーブルの上にドサリと積まれた冊子類。
「……お?」
「なんすか?」
「この前先輩の部屋で見た時より量減ってるじゃないですか。ちゃんとやってるんですね。偉いです」
「ば、バカにするなっす!」
大声を出したフォルテ先輩が、いろんな方向からジロ、と睨まれる。
「うぅ…………!」
身体を縮こませたフォルテ先輩は俺を睨んできた。
「わ、わかりました。お手伝いしますよ」
「とっ、当然っす。早くやるっすよ」
フォルテ先輩が残していたのはISの論理学や運用法、条約に関してのレポートなど、どれも俺でも出来そうなのばかりだった。
「ほら先輩、ここ。特記事項はどれも覚えておかないと大変ですよ」
「ふむふむ」
「先輩先輩、この操縦技術とかコールド・ブラッドで使うと効果大だと思いますよ。今度試してみてください」
「ふむふむ……」
始めた頃は順調だったんだけど、小一時間程経つと……
「先輩先輩先輩、このエネルギー・バイパスは━━━━」
「すぴー………すぴー………」
「……………………」
(ね……寝てる………!)
フォルテ先輩は頬杖をついて眠ってしまっていた。口から垂れたよだれが、がっつり参考書に直撃している。
「先輩。フォルテ先輩。起きてください」
肩を揺すってフォルテ先輩を起こす。
「ん……はっ! ね、寝てないっす。全然寝てないっすよ」
この期に及んで白を切るつもりか?
「先輩」
「な、なんすか」
「よだれ」
「えっ、あっ!」
口元から垂れてるよだれをグシグシ拭って誤魔化そうとしてくる。
だが無意味だ。
「こっちにもかかってますよ」
「あぅ……」
参考書のよだれがついた部分の近くをとんとんと指で叩くと、フォルテ先輩は恥ずかしそうに顔を歪めた。
「ほら、もうちょっとですから。頑張りましょう」
「わ、わかってるっす」
それからまた小一時間。なんとか全ての宿題を終わらせることが出来た。
「よし……まあ、こんだけやれば先生にもダメとは言われないでしょ」
「危なかったっす〜。早速提出に行くっすよ」
図書室を出て、職員室へと向かう。西日が差して少し眩しい廊下をフォルテ先輩と進む。
「それで、この前のダリル先輩からの話はどうなったんすか?」
「ナターシャさんには会えませんでしたけど、イーリスさんからいろいろ教えてもらいました」
「イーリス? イーリスって……まさかイーリス・コーリングっすか!? アメリカ国家代表の!?」
「そうですよ。ISでの勝負を申し込まれて、いやぁ強かった強かった。でもなんとか勝ってエリナさんが追われてるって聞くことができました」
「そ、それで!? 貰ったんすか!?」
「貰うって……何を?」
「サインっすよ! サイン! 国家代表なんて滅多に会えないんすよ!?」
「そんな余裕ありませんでしたよ」
「なーんだ。がっかりっす」
フォルテ先輩は残念そうに肩を落とす。
「まあいいじゃないですか。目的は果たせましたし、それにあの人とはまた会えそうな気がします」
「マジっすかっ? それじゃあその時はサイン貰っておけっす!」
「はいはい。わかりました」
フォルテ先輩が目を輝かせてるのを微笑ましく感じていると、すぐに職員室に着いた。
「じゃあ行ってくるっす」
「はい。ここで待ってますから」
職員室の扉の前でフォルテ先輩を待つことにした。万が一先生に何か言われた時に俺がいないとフォルテ先輩も困るだろう。
(そろそろ、一夏達も自主練終わらせた頃かな……)
マドカのブレーディアの第二形態、この前の実習で見たけどなかなか素晴らしい仕上がりだった。
(流石は、俺が造ったIS……!)
「桐野ー、お待たせっすー……って、何ドヤ顔してるんすか?」
「あ、先輩、思ったより早かったですね」
「出したらOK貰えたっす」
フォルテ先輩はうーん、と伸びをして、安堵の息を吐いた。
「これで一安心っすね」
「本当はちゃんと夏休み中に終わらせるものなんですよ?」
「わかってるっすわかってるっす。でももう夏休みの宿題は来ないから大丈夫っす〜♫」
「は、はは……はぁ」
ダメだこりゃ。
「……ん?」
視界の端にキラッと光るものが見えた。
「あれは……」
赤いスーツに流れる金髪。スコールだった。廊下を一人で進んで行くのが見えたぞ。
「どうしたっすか?」
「いや、今スコールの姿が見えて……」
こんな時間に、一人で何してんだ?
「……怪しいな。追ってみましょう」
「えっ、き、桐野?」
スコールの後を追うことにした。フォルテ先輩も俺の後ろをついて来る。
「なんでこんなコソコソするっすか?」
「スコールが変なことしてたら問い詰められますからね。あいつとオータムは目を離すと何するかわかったもんじゃないですし」
「さっきまで目は離してたっすよ?」
「そ、そういう揚げ足取りは今は………っと」
前を歩くスコールが立ち止まった。
「止まったっすよ……」
(あれ? あの部屋は確か……)
スコールは躊躇無く部屋の中に消える。
足音を殺して、スコールの入った部屋の前まで来る。
「漫研の部室……すか?」
「みたいですね」
『ふふ……お待たせ』
スコールの声が扉の向こうから聞こえた。
フォルテ先輩に目配せして、耳を扉にピッタリつける。
『そんなになっちゃって……次に自分が何をされるか、期待してたの?』
『や……あぁ……言わないでぇ……』
誰か他にもいるぞ? オータムの声じゃない。誰と話してるんだ?
『んふふ、可愛い。 もっとイジメたくなっちゃうわぁ』
『ひあぁぁぁっ!?』
「………………」
「………………」
俺とフォルテ先輩は扉からそっと耳を離して、互いの顔を見合った。
そんで二人揃って小刻みに震えだす。
「な……なななな何が起きてるっすか!?」
声を潜めてフォルテ先輩が狼狽する。フォルテ先輩の顔は真っ赤だ。
「ほほほほほほら、あああアレですよ。ま、ままままマッサージしてるんですよきっと」
俺も震え声になりながらフォルテ先輩にそう説明した。
「そそそそうなんすか?」
「まま前にも、ここここんなことがありましたし。き、きっとそうです。そうに決まって━━━━」
『ふあぁぁぁぁぁっ!』
「ひいっ!?」
声に驚いたフォルテ先輩が俺にしがみついてきた。
「……ま、マッサージで、こんな声、出るっすか?」
「決まって……たら、いいなぁ」
俺も汗がダラダラと全身から流れるのを感じた。
「こ、こうしてても仕方ない。確かめましょう!」
「本気っすか!?」
「やるしかないでしょ!」
扉に手をかけ、力を込める。
「……邪魔するぜ!!」
勢い良く開けた扉の向こうでは!
「ふあ? きりのくん……?」
漫研部員でクラスメイトの市倉さんが椅子に座って顔を上気させて、制服をはだけさせ、それこそ下着も見えてるくらい乱れたあられもない姿を晒していた。
「な……ななな……なな……!?」
「き、桐野っ! 見ちゃダメっす!」
空いた口が塞がらない。フォルテ先輩は自分の顔を手で覆った。
「あら、見つかっちゃった?」
市倉さんの腰に腕を回していたスコールが残念そうに言うけど、顔はどこか嬉しそうだ。
「ここしばらく静かだと思ったら……! 何やってん……ですか!!」
「この子達が私達でマンガを描いてるのを見つけてね。協力してあげてたのよ」
はだけていた市倉さんの制服の着衣整えながら、スコールは何でもないように答える。
「ま、マンガ?」
「私とスコールの後ろにコソコソ隠れてたから、何かと思ったけどな」
オータムが膝の上に座らせていた一年生の漫研の子の太ももを指先で撫でる。
「あっ……んっ……」
「そういうことってわかったから、私とスコールのテクのほんの一部をこいつらに教えてたんだよ」
「く、口調が変わってますよ巻紙先生」
「おっと、これは失礼しましたっと」
「私達をマンガにしてくれるなんて、なかなか面白いことをしてくれる子達よねぇ」
指先で顎を上げられて、スコールと見つめ合う市倉さん。
「す、スコール……お姉様………」
「お姉様!?」
な、なんつーことを口走っちゃってんだ!?
「柑奈……貴女、とても可愛かったわよ」
「あ、ありがとうございますぅ……」
も、もうこれはダメかもしれない!
「き、桐野っ! 終わったっすか!? 終わったっすか!?」
「まだ見てなかったんですか!? もう終わってますよ」
言うと、フォルテ先輩は手を下ろした。
「ああっ! あきる!?」
漫研部長の西村あきるさんがペンを握ったまま机に突っ伏していた。
「あきる、大丈夫っすか!?」
フォルテ先輩は駆け寄って安否を確認する。
「あ…………」
すると、絞り出すような細い声が聞こえた。
「あ?」
「あ……あれが大人の……テクニック……!」
「は………はぁ?」
息も浅くて、汗も滲んでるけど、恍惚とした表情でペンを握る手に力を込める西村先輩。
「こんな……こんなリアルな体験……しばらくネタに困らないわ! これは捗る………!」
「…………………」
に、西村先輩……
「ね? 言ったでしょ? 協力してあげてるって」
スコールは得意気だ。ふふん、と鼻を鳴らしてきやがる。
「威張るなよ!」
「でも……足りないっ!」
西村先輩がガバリと身体を起こした。
「まだ、まだ足りない要素があるわ。それは……男体! 男のボディ!」
何言ってんだこの人はぁーーー!?
「そう! 男体よ! それがあればもう完璧よ!!」
「もう……ついていけねえ……」
俺は脱力して天を仰いでしまった。
「……そうね。瑛斗、脱ぎなさい」
「はあ!? はあああ!? はああああああ!?」
今のリアクション、多分テレビだったら1カメ、2カメ、3カメって順番に抜かれただろうな。って、そうじゃない! こいつまで何言ってんだよ!!
「聞いたわよ。生徒会に入ってから、織斑一夏くんと色んなクラブ活動の手伝いをしてるんでしょ?」
「そうだけど! してるけど! でもこれはちょっと違う!」
しかしスコールは聞く耳持たずで、フォルテ先輩にまで目を向けた。
「そこのあなたも」
「わっ、私もっすか!?」
「あなた、ボクシング部なんですってね。トレーニングで引き締まった身体、見てみたいわぁ。きっと絵になるもの」
「は、はは……じょ、冗談キツいっす……」
ジリジリとスコールと西村先輩が俺達との距離を詰めてくる。しまった。後ろが壁だ……!
「す、スコール? ややや止めろよ? お、おおおお俺なんか脱がせても誰もっ、得しないぞっ?」
「大丈夫。怖くないわよ?」
「い……いやっすよ? ホント、ダメっすよ………あきる!?」
「心配しないで。天井のシミ数えてれば終わるから!」
西村先輩、ある意味目がマジだ! 正気じゃない!
「お、オータム! スコールを止めろ!」
「オータム? 何を言ってるんです? 私は巻紙礼子ですよ? ガキくん?」
こ、この女ぁ……!!
「「さあ、観念しなさい!」」
「「い、いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
夕方の校舎に、俺とフォルテ先輩の悲鳴が木霊した。
◆
『ミステリアス・レイディの二号機か。そしてそれが盗まれた……』
生徒会室で楯無は、チヨリと連絡を取っていた。《ミステリアス・レイディ》に登録されているロシアと繋がる秘匿通信ではなく、また別の通信回路でバー・クレッシェンドにいるチヨリと繋がっている。
当然瑛斗達はそれを知らない。
「犯人の正体は割れてるんです。エミーリヤ・アバルキンと……」
『エミーリヤ・アバルキン…お前さんとロシアの国家代表の座を争った女か』
アリサの報告から、ミステリアス・レイディ二号機を盗んだ女がエミーリヤであることを楯無は知っていた。しかし気になっていたのはそこではない。
「エグナルドが死んだ今、亡国機業の現状がどうなっているかはわかりませんが、亡国機業が関わってる可能性も無くはないと思うんです」
『確かに……蜂は頭を失ってもしばらくは動くからのぉ。もしかしたら、既に別の何者かがエグナルドの代わりをはたしているのかもしれん』
「それでなんですけど、チヨリおばあ様、クラウン・リーパーという男について何か知りませんか?」
虚の協力も得ながらクラウンについて調べ続けていた楯無だったが、調査は一向に進んでいなかった。
『クラウン……あの会見の男か。確かにワシも怪しいと思っておるのじゃが、あの男、どうにも尻尾が掴めんのじゃ』
「そちらもこっちと同じというわけですか……」
『そのようじゃな。ところでじゃが……』
「なんですか?」
『お前さんの妹、確か自分の名前を瑛斗に呼ばせているそうじゃな』
「簪ちゃんのことですか? ええ。まあ……」
『お前さんはどうなんじゃ?』
「私ですか?」
『お前さんの本当の名前、まだ瑛斗や織斑一夏には教えておらんのか?』
「……冗談で言ってます? それ」
『おうおう、そう怖い声を出すでない。更識のしきたりはワシも知っておる。じゃがな、お前さんもまだまだ若い。恋の味くらい知っておかんと損じゃぞ?』
「六十四歳に言われると、説得力が違いますね」
『はっはっ。ではもう切るぞ。ワシもそろそろ迎えに行かねばならんのでな』
「迎え? 誰のです?」
『懐かしい友人じゃ。はるばる中国から来てくれたんじゃよ』
「中国から、ですか……」
『ではの。また何かあったら連絡するがよい』
「はい。失礼します」
通話を終えて、携帯をポケットにしまう。
「恋の味って……」
そんなものを味わう機会は当分来ないだろう、と胸中でつぶやくのと、廊下を走る足音が聞こえたのはほぼ同時だった。
(何かしら?)
生徒会室から顔を覗かせると、瑛斗とフォルテが泡を食って走っているところを目撃した。
「どうしたのあなた達?」
「たっ、たたた楯無さん!」
「助けてっす! 追われてるっす!」
「追われてる? 何があったの?」
「待ってええ! モデルううう!!」
遠くから聞こえた別の声に瑛斗とフォルテが震え上がる。
「きっ、来たっす!?」
「に、逃げますよフォルテ先輩! 楯無さん! また!」
「あっ、ちょっと!」
止める間もなく二人は行ってしまった。
「何だったのかしら?」
首を傾げると、楯無の目の前を何がが高速で横切った。
「? あれって……あきるちゃん?」
漫研の部長で楯無と同学年のあきるの姿が見えた。
「よくわからないけど……ふふっ」
可笑しくて思わず笑顔を浮かべる。
「楽しそう。なんだか、おねーさんも元気貰っちゃった気がするわ」
変わらないと決めた二人の姿が楯無には眩しく見えた。