IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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片隅の激戦 〜または奪われた鉄拳〜

「そらそらそらぁっ!!」

両手にナイフを握ったイーリスさんが肉薄してくる。

「くっ! このっ!」

攻撃を避けつつ隙を伺う。けど、さすがはアメリカ国家代表と言ったところか。イーリスさんはそう簡単に隙を見せてはくれない。

「どうしたどうした! そんな動きじゃアタシに攻撃を当てられねぇぞ!」

「ナメるなっ!」

ヘッドギアのバルカンから弾丸を連射する。

「遅ぇっ!」

イーリスさんはそれを簡単に躱して瞬時に攻撃に転じてきた。

「何っ!?」

「はぁっ!!」

 

ゴッッッッ!!!!

「ぐはっ……!!」

瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使ったタックルを受け、俺は調理室の壁を突き抜けて通路に押し出されてしまった。

「いててて……!」

「まだまだぁっ!!」

「っ!?」

もう一度、瞬時加速でのタックルを受けて、俺はイーリスさんと一緒にさらにもう一枚の壁を突き破り、向かいの船室に突入する。

「このまま壁にぶつけまくってやる!」

「……そう簡単にやられるかよ!!」

俺の右手とイーリスさんの左手、俺の左手とイーリスさんの右手が組み合い、単純な力押しになった。

「いいねえ! 楽しいよ! ━━━━だがな!!」

イーリスさんがファング・クエイクの脚部スラスターをフル稼働して、連続した瞬時加速━━━━連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)によって勢いを増したファング・クエイクごと逆立ちを

してみせた。

俺の真上で。

「なんだとっ!?」

「くらえええええっ!!」

バシュン! バシュンッ! バシュンッ!!

連続した激しい音が轟き、さらに連装瞬時加速が続く。このまま俺を押し潰すつもりか!!

「おらおらおらぁぁっ!!」

「ぐっ……! くぅ!」

連続した重たい衝撃に俺は顔を歪めて膝をつく。

会心の笑みを浮かべたイーリスさんは━━━━

 

ぐいっんっ!!

 

「どぅわっ!?」

 

吹っ飛んでいった。いきなり、壁に。

どぐわっしゃああああああんべきごがきんごきん!

「………………………」

ヤバそうな破壊音に俺はしばたたかせる。

 

(えっと………今のは……)

「おらぁっ!!」

壁に開けた大穴の隣にこれまた大穴を開けて、イーリスさんが飛び出した。

「げぇっ!?」

「でりゃあああああっ!!」

ドッッ!!

「げふっ……!!」

勢いに任せた蹴りが直撃して、俺はイーリスさんと同じように船室と船室とを繋げてしまった。

「うっ……ぐぁ………!」

詰まってしまった息を整ようと、浅い呼吸を繰り返す。

「ヘイッ! もう終わりか?」

ナイフをクルクルと回しながらイーリスさんが呼びかけてきた。

G-soulのエネルギーはイーリスさんの怒涛の攻撃でかなり減っている。正直限界だ。

「……っ! まだだ!」

チョーカーが黒い輝きを放って、G-soulと入れ替わるように黒い装甲が俺の身体を包み込む。

「へぇ? 面白いもの持ってるじゃねぇか?」

フルフェイスマスクの向こうで、イーリスさんは《セフィロト》を見て愉しそうに笑った。

「ガアァァァァァァァァァァァッ!!!!」

咆哮の衝撃に船体が振動する。装甲がスライドして、装甲内部のサイコフレームが青い光を迸らせた。

「噂は本当だったみたいだな。専用機を二つ持ってるたぁよ!」

「こうなると、もう加減は出来ない………ぶちのめす!!」

「いいぜ……! 第二ラウンドだ!!」

両腕のクローアームで斬りかかる。

「ガアァァァッ!!」

「あらよっと!」

攻撃を横に流して大型ナイフで攻撃してきた。

「フッ!!」

背中のクローアームで大型ナイフを掴み、握り潰す。

「ははっ! 怖い怖い!」

イーリスさんは口ではそう言うけど楽しそうな顔をしている。

「はぁっ!!」

クローアームの連撃がひょいひょいと避けられる。

「よっ! はっ!」

背中も合わせて四本のクローアームでイーリスさんを捕まえようとしても、イーリスさんは飛んだり跳ねたり回ったり、まるでダンスを踊るかのように軽やかに躱していく。

(ほんの一瞬だけ瞬時加速で加速して、また別方向に瞬時加速をかけて方向転換してやがる……経験の差ってやつか!)

「へへへっ! そんなもんか?」

「ちょろちょろちょろちょろちょろちょろと! これなら………どうだぁっ!!」

サイコフレームから青い光が弾け飛んで前方に向けて熱線が放たれる。

「荒い攻撃だなぁ? 隙だらけだぜ?」

「………!!」

上に振り仰ぐ。滞空するイーリスさんがいた。

「そぅらよっ!!」

ドゴンッ!!

「うがあっ!?」

顔面への蹴りを背中のクローアームを交差させて防ぐけど、威力が強過ぎて吹っ飛んでしまった。

「うっぐ……! がはっ……」

俺はどこかの船室に転がり込んで、仰向けになって止まった。

「よぉ、どうした? どうやらこれまでみたいだな」

イーリスさんが腰に手を当てて俺に近づく。

「軍にいる私のお気に入りが、お前のことすごいヤツだって言ってたけど……ま、アタシが強過ぎたってことか!」

はっはっは! と豪快に大笑いするイーリスさん。

(━━━━━━━━勝った!)

「……………一発……」

「はっは……あん?」

「一発入れれば………俺の勝ちなんだよなぁ!?」

セフィロトの背部クローアームが床を突き破り、イーリスさんの足元から飛び出す。

「なっ!? てめえわざと━━━━!」

「遅いっ!!」

放たれた十本のクローはファング・クエイクを、イーリスさんを、『捉えた』。

ズガガガガッ!!

「ぐあっ!!」

クロー攻撃を喰らい、イーリスさんは身体は宙に飛んだ。

「はあ……はあ………! どう、です? 一発……いや、十発当てましたよ?」

地面に転がったイーリスさんは起き上がると、参ったと言った風に笑っていた。

「にゃろー……。まさか本当に当ててくるたぁな。いいぜ。今回はお前に勝ちを譲ってやる」

「じゃあ━━━━」

ドオオオオオオオオンッッッッ!!!!

爆音がして、艦が大きく揺れるのを感じた。

「なっ……!? なんだ!?」

「チッ……! やっぱりかよ」

イーリスさんは舌打ちをして床に拳を打ち付けた。

「や、やっぱりってなんです!?」

「そろそろヤベーな。この艦、沈むぞ……!」

イーリスさんの言葉には、焦りが滲み出ていた。

 

 

瑛斗を海へ流したスコールとオータムは、遠方に浮かぶ空母をクルーザーから監視していた。

「スコール、大丈夫なのか? あのガキ」

双眼鏡から目を離したオータムが言うと、デッキチェアに腰掛けていたスコールは首を傾げた。

「あら、珍しいわね? あなたが誰かを心配するなんて」

「だ、誰があんなバカガキのことなんて心配するかよっ」

早口で否定してきたオータムにスコールは可笑しそうに笑う。

「うふふ、ごめんなさい。そうよね。オータムは私の事を第一に考えてくれているものね」

「ああ。そうだよ」

オータムが笑顔を咲かせたのを見て、スコールも微笑んでから空母へと視線を投げた。

(あの子を行かせてからしばらく経つけれど、当たりだったのかしら?)

スコールがそう思案した時だった。

ドォォォォォォォォォン……!!

 

轟音が遠く響いた。

「なんだっ!?」

「爆発音……? オータム、それを貸して」

オータムから双眼鏡を受け取り、スコールは空母を見た。こちらからは反対側で見えないが、空母の裏から煙が上がっている。

「穏やかじゃないわね……! 行くわよオータム」

「あ、スコール!」

《ゴールデン・ドーン》を展開してクルーザーから飛んだスコールを追いかけて、オータムも《アルバ・アラクネ》を展開する。

二人が離れると、無人になったクルーザーは自動操縦で2人のあとを追ってきた。

黒煙を吐き出す空母に着くと、ゴールデン・ドーンとアルバ・アラクネはISの反応をキャッチした。

身体をを覆うローブを爆炎に揺らめかせながら、両肩にバズーカを構えた女の姿が確認出来た。顔はバイザーで隠され、表情は見えない。

「ヤツか!」

オータムは背中の六本のウェポンアームを射撃(ブラスト)モードに切り替え、その銃口からエネルギー弾を連射した。

エネルギー弾は目標とするISの反応へと着弾する。

「………あ?」

しかし女は反応しない。エネルギー弾の直撃を受けてもまったく動じていなかった。

「ノーダメージだと?」

「………………」

女は両肩のバズーカのうち、左肩に乗せていた方をオータムに向けて、引き金を引いた。

「チッ!」

「させないわよ?」

スコールがオータムの前に立ち、右手を横に振る。するとゴールデン・ドーンの周りに薄い熱線のバリアが張られた。発射されたロケット弾は完全に防御される。

「《プロミネンス・コート》……悪くないわね」

「スコール、ありがとう。助かったよ」

「いいのよ。それよりも……」

煙が晴れ、スコールは対峙する女に視線を投げた。

()()()()()()()じゃないみたいだな……」

「そのようね。彼女が、チヨリさまの言っていた瑛斗を狙う刺客かしら?」

「………………」

女の手からバズーカが離れると、バズーカは光の粒子になって消え、空いた両手にはサブマシンガンが握られた。

「やる気みたいだぜ、私たちと」

「ちょうどいいわ。このIS、まだまだ試してみたいことがあるのよね」

二人は左右に展開して女に挟撃をかける。

「………………」

女は両手に握るサブマシンガンをそれぞれ二人に向けてトリガーを引き絞る。

「遅いんだよぉっ!!」

オータムがウェポンアームを通常時の打突(ブレイク)モードに変更した。

「喰らえっ!」

六本のウェポンアームが女を捉える直前、女は右手のサブマシンガンを収納しウェポンアームの一本を握り、それを軸に体を捻らせて攻撃を躱した。

「やるわね。でも、私もいるのよ?」

しかしスコールがゴールデン・ドーンの長い尾のような武装で女を海面に叩き落とす。

海面に激突する寸前で女は踏みとどまり、再びスコールとオータムと対峙する。

「あらあら、見かけによらずタフだこと」

「面白え。どこまでもつか見ものだぜ」

ドッガァァァァァンッ!!

空母からまた爆発が起きる。

「あの空母、沈むのも時間の問題ね」

「チッ……! あのバカガキ! さっさと出てこいってんだ!」

オータムが焦れたように言うと、空母に空いた黒煙を吐き出す穴の中から青い光が見えた。

「スコールッ! オータムッ!」

セフィロトを展開する瑛斗が空母から出て来たのだ。

「ガキッ! 今まで何してたん………あぁ!?」

オータムは瑛斗が両腕で抱えているものを見て目を丸くした。無理もない。

瑛斗はアメリカ国家代表IS操縦者のイーリスをお姫様抱っこしていたのだから。

「わ、悪いな、桐野瑛斗。ファング・クエイクがバテちまってよ……」

「あんだけバカみたいに瞬時加速してたらそうもなりますよ!」

「バカとはなんだバカとは!」

「うわっちょっ!? 暴れないでください! あんた状況わかってますか!?」

「な、何やってんだ?」

ギャーギャーと騒いでいる瑛斗とイーリスに、オータムはげんなりする。

「………!!」

その一瞬の隙をつき、女はオータムの身体を蹴って距離を取った。

「なっ!? ヤロォッ!」

少し上昇した女は右腕を瑛斗へ突き出す。

「お、おい! 桐野瑛斗! なんかヤバそうだぞ!」

「わかってます!」

今いる場所から瑛斗は離れようとしたが、空母への攻撃による影響からか、後方からの爆発が起こりバランスを一瞬崩してしまった。

「ぐっ……!?」

隙を作ってしまった瑛斗とイーリスに━━━━

ゴオォッ!!

女の展開しているISの()()()()()()()()()()

「!?」

瑛斗は咄嗟に背中のクローアームで受け止めるが、錐揉みしながら飛来した拳の凄まじい勢いにジリジリと身体は後退していく。

「こっ…………のぉっ!!」

気合いを込めて弾き返すと、女のISの腕部装甲は主の元へと戻っていった。

「お、おう、やるじゃねぇか桐野瑛斗。褒めてやる」

「そりゃどうも!」

イーリスの言葉に瑛斗は肩を上下させながら答える。瑛斗の体力はイーリスとの戦闘でかなり消耗していた。

「これは……キツいな…!」

今にも沈みそうな空母にイーリスを残してスコールたちに加勢するのは下策であると判断した瑛斗は、近くに自分たちが乗ってきたクルーザーが無人で浮かんでいるのを見つけた。

「ありがたい!」

瑛斗は足場を蹴るとクルーザーまで飛んでイーリスを下ろした。

「イーリスさん、ここで待っていてください。俺はアイツらを━━━━」

『ガキッ! 来るんじゃねぇ!』

女との戦闘を再開したオータムからの通信が瑛斗の動きを止めた。

「オータム? どうしてだよ!?」

『お前フラフラだろうが! 来られても邪魔なだけなんだよっ!』

「そんなこと━━━━!」

『瑛斗、オータムに従いなさい。あなたは戦える状態じゃないわ』

「スコールまで……!」

反論しようとしたが、サイコフレームが漆黒の装甲の中へと消えてしまう。

 

どうやら、本当に限界のようだった。

「……………悪い。任せたぞ」

瑛斗は静かにそう言うと、オータムは笑った。

『ヘッ、そこで休んでろ!』

そしてオープン・チャンネルは切れた。

「クソッ……」

「仕方ねえさ。アタシはお前を倒すつもりだったんだぜ」

「…………………」

イーリスがフォローするが、それはあまり効果がなかったようであった。

オータムと女の戦闘を見ていたスコールは女に対して引っかかりを感じていた。

(それにしてもあの攻撃……どこかで…………)

一人で思案するスコールは、後方からの殺気に気がついた。

「もう、人が考え事してる時に…」

プロミネンス・コートが攻撃を防ぐと、熱線に触れた攻撃は蒸気へと変わった。

()……ねぇ?」

スコールが右手を広げると火の粉が集まり、それは火球へと姿を変える。

「隠れても無駄よ?」

スコールの手から放たれた火球、《ソリッド・フレア》は予測した敵の位置に飛んだが、それはそのまま海に飲み込まれた。

(予測を外す? 私が?)

だとすれば、考えられることはただ一つ。

「遠隔操作……ここにはいないということかしら」

その結論に至った時、今火球が激突した海面に不自然なうねりが生じた。そのうねりは水流となって空中へ飛んだ。

「海面から!?」

しかし水流はスコールの真横を横切り、オータムと女に飛んでいく。

「オータム! そっちに行ったわ!」

「しゃらくせぇっ!!」

ウェポンアームが水流を迎撃しようと蠢く。

バシンッ!!

「っ……!」

 

「…………あ?」

だが水流はウェポンアームをすり抜け、オータムなど気にする素振りもなく、鞭のような動きで女の顔を殴った。

バイザーに小さなヒビが走り、女はふらつく。

「どういうこった? この(アマ)を攻撃したぞ?」

困惑するオータムに、女は背を向ける。

「野郎っ! 逃げる気かっ!!」

射撃モードのウェポンアームを向けて女を追うが、それは海面から突如立ち上がった水の壁に阻まれる

「チッ! どういう手品か知らねぇが!」

オータムがウェポン・アームからエネルギー弾を乱れ撃つがどの弾も壁を抜けることはなった。

「オータム、もういいわ」

スコールがオータムを手で制して銃撃をやめさせる。

「でもスコール!」

「それに、私たちの目的は達成されたみたいよ?」

スコールが向ける視線の先には、止まっているクルーザーがあった。

 

「じゃあ、イーリスさんは偶然あの空母にいたんですね」

「ああ。補給で寄ったんだよ。歩き回っても誰もいねえみたいだったから食いもんだけでもと思ったんだが、まさかあんなことになるとは思わなかった」

スコールたちが戻って来てから、俺はイーリスさんからどうして空母にいたのを聞いた。

「それにしても、ババァも間抜けだぜ。危うくこのガキ死んじまうとこだったぞ」

「どっちかって言うとお前らの送り出しのほうが死にかけたぞ」

「んだと? 実際上手くいったじゃねえか!」

「やめなさい二人とも。瑛斗、あなた彼女に何か聞かなくていいの?」

いがみ合う俺とオータムはスコールに止められた。

「っと、そうだな。イーリスさん、教えてください。エリナさんに何があったんですか」

「んー……勝負ふっかけて負けたの私だしなあ。……いいぜ。教えてやる」

あぐらをかいて座っていたイーリスさんは自分から言った約束を果たす為に話し出した。

「エリナが行方不明になったのはつい最近、それこそ、IS学園へのミサイル攻撃があった日くらいだ。聞いた話じゃ、エレクリットのエリナのデスクには、もう何も残ってなかったらしい。パソコンの中のデータもなんもかんもな。データはエリナが持ち出したって専らの噂だよ」

「エリナさんはどうしてそんなことを?」

「それがわかれば苦労しないさ。アタシはエリナを早く見つけなきゃならねぇ。エリナはな……追われてんだ」

「追われてる? 誰にです?」

「うちの国の政府だよ」

イーリスさんは吐き捨てるように言った。

「アメリカが……?」

「大企業の技術開発局局長が何の音沙汰も無く行方をくらましたんだ。下手に他の国に渡られて、技術のリークなんてされちゃたまったもんじゃないってのが、お偉いさん達の考えさ」

イーリスさんは立ち上がり、遠い目を海へ向けた。

「エリナは何も言わずにいなくなるようなやつじゃねぇ。きっと何かあるはずだ」

「イーリスさんは、エリナさんと知り合いなんですか?」

「昔馴染みだよ。最近じゃ顔も見れてないけどな……それにエリナだけじゃない。エリナが一緒に住んでるエリス・セリーネって名前のやつも今は行方知れずだ」

「エリスさんも……!?」

「このままだと下手すりゃ二人揃って指名手配になるかもしれねえ。そんなことになる前に何としてでも見つけ出す」

そう決意を露わにするイーリスさんが、立ち上がって再び《ファング・クエイク》を展開した。

「イーリスさん?」

「アタシが教えられるのはこれくらいだ。アタシはアタシのやり方でエリナを探す」

クルーザーの縁に足をかけて、飛び立つ直前。

「ああ、そうだ。そこのお前と、お前」

振り返ったイーリスさんがスコールとオータムを指差した。

「どっかで見たことある気がする顔だが、気のせいってことにしといてやるよ」

「ふふ……それはどうも」

「そいつぁ助かる」

「ヘッ……じゃあな、桐野瑛斗。次は負けねえぞ!」

そしてタイガーストライプの機体は夜の帳に消えていった。

「エリナさん……エリスさん……」

「心配?」

「当たり前だろ……」

俺は拳を握りしめてスコールに答えた。

「……私たちも、帰りましょうか」

クルーザーが動き出して、俺達はIS学園への帰路についた。

 

 

誰もいない生徒会室。

 

楯無は日が沈んでからもクラウンについて探っていた。

「クラウン・リーパー……過去の経歴は一切不明……。いったい何者なの?」

しかしこれといった情報は手に入らず、調査は行き詰まりを見せている。

(エグナルドの死後に突然現れたこの男は、確実に何かあるわ。もっと深く探りを入れて………虚にも協力して━━━━)

扉が音を立てて開けられた。

「………何かご用ですか? スコール先生」

 

「…………………」

生徒会室を訪れたのは、スコールだった。その表情は、以前来た時よりも幾ばくか険しい。

「生徒たちから、瑛斗くんがあなたと巻紙先生に連れられてどこかに行く姿を見たって情報がありましたけど、どこに行っていたんですか?」

「………瑛斗が襲われたわ」

「……っ!?」

スコールの言葉に楯無は身体を硬直させる。

「エリナとかいう女の手がかりを探してアメリカの空母に乗り込んだら、あの子危うくアメリカ代表と心中するところだったのよ」

「アメリカ代表……? それで、瑛斗くんは?」

「いたって元気よ。怪我をしたわけでもないし。そう言えば、海に落とされたからまたシャワー浴びないと、とかぼやいてたわね」

「海? 落とされた?」

何を言ってるのかよくわかっていないような顔を浮かべる楯無に、スコールは僅かに苛立った表情を作った。

「……………いつまでそんな下手な芝居を打つつもり? あなたもあの場にいたんでしょ。随分と無粋なことをしてくれたじゃない?」

「……何のことです?」

「あら? 白を切るつもり?」

スコールは冷たい視線と、冷たい声を楯無にぶつけた。

「私たちを敵の襲撃に乗じて襲ったのは、わかっているのよ?」

「………………根拠は?」

楯無の目に、鋭いものが宿る。

「アクア・ナノマシンを使える人間なんてほんの僅か。心当たりはあなたくらいなのよ」

それにあなたは私たちを一番警戒しているしね、ともスコールは付け加えた。

「違う、と言ったら信じていただけますか?」

「その理由を聞かせてもらいたいわね。それで私が納得出来なければ………………わかるでしょ?」

スコールの目には、殺気が込められている。

「言っておくけど私……怒ってるのよ?」

「………!」

楯無はいつでも《ミステリアス・レイディ》を展開できるようにして、スコールの出方を伺った。

「そこまでだ」

スコールの背後に、千冬がいた。

「織斑先生………」

「あら? 誰かと思ったら、ブリュンヒルデじゃないですか」

「スコール・ミューゼル、更識は私と込み入った話をしていた。貴様の言いがかりだ」

「込み入った話?」

千冬と楯無を交互に見てから、スコールは肩をすくめた。

「ロシア国家代表とブリュンヒルデが二人きりで話すなんて、ガールズトークってわけじゃなさそうね。……いいわ」

スコールは金髪に手櫛を入れた。

「更識楯無、あなたが違うと言うなら、そういうことにしておいてあげる。私もあなたを叩きのめすのは容易いけど本望ではないし、あの子もそれを望んではいないもの」

「……………………」

「それじゃあね。これからチヨリ様に今日のことを報告しに行かないと」

スコールは金色の髪を揺らしながら楯無と千冬の視界から去った。

「……………………ふう」

楯無は張り詰めていた緊張から解放されて、肩の力を抜いた。

「更識、なぜもっと早く私の名を出さなかった? 自分の力で解決しようとするのは見上げた気概だが、時と場合にもよるぞ」

「肝に命じておきます」

千冬の声に頷き、楯無は思案した。

(それより、彼女の言っていたこと……)

アクア・ナノマシンによる襲撃を受けたというスコールの言葉を、楯無は頭の中でリピートする。

(スコール・ミューゼルが私と勘違いするほどアクア・ナノマシンを扱える人間……ロシア政府は何か知っているのかしら?)

「更識」

「はい?」

「……例の件、頼んだぞ」

千冬の険しい表情に、楯無は笑ってみせる。

「任せてください。私は、更識楯無ですよ?」

「………そうだな」

千冬は頷いて、生徒会室から離れていった。

「…………………」

また自分以外いなくなった生徒会室で、楯無はミステリアス・レイディの秘匿回線通話を接続した。

数秒の間の後、声が聞こえた。

『ハイ、モシモシー?』

「私よ。更識楯無」

『オー! 国家代表サマ! 珍シイデスネ。ソッチカラ、アプローチデスカ?』

片言の女性の声は楽しそうである。楯無が回線を繋げたのはロシアだった。

「……アリサ・アラノフ」

楯無は通話の相手、アリサ・アラノフの名前を呼んだ。

『ナンデスカー?』

「『遊びは終わりよ』」

『………了解。御用件をどうぞ』

アリサの片言だった日本語は、楯無からの合言葉の後に流暢なものへと変化した。

 

モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)……ミステリアス・レイディの二号機は、今どこに保管されているの?」

ミステリアス・レイディの開発元であるロシアには、楯無が送ったデータを元に新たに開発したISが存在している。

それが、ミステリアス・レイディ二号機である。

『ちょうど良い機会です。その件に関して報告があります』

「報告? 何かあったの?」

『二日前、ミステリアス・レイディ二号機はテストパイロットと共に失踪しました。現在捜索中です』

寝耳に水の報告に楯無は声を荒げる。

「なんですって!? それじゃあ━━━━!」

『盗まれた。と同義と捉えていただいて構いません』

アリサは淡々と言ってのけた。

『事態に伴い、国家代表である更識楯無様に緊急任務を与えます』

「……………………」

『ミステリアス・レイディ二号機を使い失踪したテストパイロットの確保及び身柄の拘束。対象の生死は問いません。二号機の奪取を最優先に考えてください。以上です』

任務の内容は楯無が予想したものとまったく同じであった。

「……わかったわ。それで、そのテストパイロットの名前は?」

『━━━━━━━━です』

アリサからの返答に、楯無は得心がいった。

『……他にお聞きしたい事はありますか?』

「いえ、いいわ……。ありがとう。『また遊びましょう』」

『………ワカリマーシタ! デハ、失礼シマース!!』

流暢だった日本語がまた合言葉で片言へ戻り、通話は終わった。

「やっぱり彼女が……これなら、説明がつくわね。……………いいわ、かかって来なさい」

楯無は立ち上がり、己の受け継いだ名の意味を思い返した。

「私は更識楯無……この名前を受け継いだ時から、全ての覚悟は出来ているのよ」

 

某所。薄暗い建物の内部。

スコールたちとの戦闘から離脱したローブの女が、建物の一室の扉を開けて部屋の中に入る。

「おかえりなさい。時間ピッタリね」

すると、広い部屋の中で待っていた長い白髪の女が迎え入れた。

「…………………」

「せっかくお出迎えしたのに、無言って酷くないかしら?」

白髪の女は苦笑気味に言うと、女の背後に回って後ろから手を回して女の右の胸を左手で掴んだ。

「んっ……!」

「うふふ、抵抗しちゃダメよ? もし逆らったら……」

二人の前方の閉ざされていたカーテンが開き、隠されていたものが露わになる。隠されていたのは、牢屋。

牢屋の中で、猿轡と首輪で拘束されて硬く瞼を閉ざして眠っている『エリスの姿』。

「彼女がどうなるかわかってるわね………エリナ・スワン?」

「……………………」

ローブを剥ぎ取ると、ISスーツを着たエリナが現れた。

「可哀想に……あなたの大事な大事な後輩をあんな風に監禁されて、身柄の安全と引き換えにあなたは私達の操り人形……」

エリナの切れた口元を右手の親指で触れて、一度撫でる。

「……っ」

短く走った痛みにエリナは顔をしかめる。

「痛かった? でもね、勝手に()()()()()をしたあなたが悪いのよ? これはそのおしおき」

「…………………」

こちらに目を合わせようともしないエリナの耳元で女は囁く。

「はっきり言って、桐野瑛斗になんて私は興味無いの。そっちはあなたに任せるわ。私の目的は……彼女よ」

女は写真を取り出してエリナに見せた。

「あなたも知ってるでしょ? 日本人のくせにロシアの国家代表になって、私の人生をメチャクチャにしてくれた小娘……!」

ギリ……! とエリナの胸を掴む手の力が強くなる。

「ブチ殺してあげるわ。この私、エミーリヤ・アバルキンがねぇ……!!」

エミーリヤとエリス、二人の瞳に映るのは、楯無の写真だった。




というわけで新キャラ登場です。自分で書いててもかなりパンチのあるキャラクターだと思ってます。
エリスを人質にエリナを利用しているようです。

次回は学園祭に向けて劇の練習をする瑛斗たちと、鈴の話です。

次回もお楽しみっ!

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