IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
瑛斗がEOSの洗浄を終えてスコール達からエグナルドの死を聞かされていた頃、千冬は真耶と共に地下特別区画へと下りていた。
キーボードを操作する真耶の後ろで、次々と情報がスクロールしていく画面に視線を向ける千冬は思考を巡らせている。
(スコール・ミューゼル……あの女が言っていた自分達のここに来た理由からして、亡国機業の攻撃は続く……。桐野が自分のことを知った今、鍵を握るのは………)
「ふう……」
真耶が操作を止め、こちらを向いた。
「織斑先生、先日の襲撃の際に出現したEOSと今日稼働テストを行ったEOSとのデータ照合が終わりました」
「どうだった?」
「やっぱり一致しています。違いが見られるのはカラーリングだけです」
「やはりか……」
「ですが……亡国機業はどうしてEOSを所持していたのでしょうか? まだ正式なロールアウトは先のはずでは?」
「………考えられる可能性は二つだ」
「二つ……ですか?」
千冬は憂いを含んだ目で真耶を見た。
「盗んだか、連中が国連と繋がりを持っているか、だ」
◆
シャワーと着替えを済ませた俺は三年生の学生寮にやって来た。
「よし、行くか……」
早速中に入ると、ロビーにいた三年生の先輩達が一斉に視線を向けてきた。
「あっ! 桐野くんだ!」
「え? あ、ホントだわ」
「どうしたのかな?」
軽く会釈してから、声をかけた。
「すいません、フォルテ先輩の部屋って何階ですか?」
「サファイアさん? あーっと、三階だったかな?」
フォルテ先輩の部屋がある階を聞いて、三階に上がる。
「さて、どこにあるかな」
廊下を歩き出そうとした時だった。
「えーいーとーくんっ♡」
ガバッ
「わっ!」
激しく聞き覚えのある声の後、突然背中に抱きつかれた。
「おねーさんたちの秘密の花園に何の用かしら? 夜這いにはちょーっと早くない?」
「夜這いって……変なこと言わないでくださいよ楯無さん」
「だって瑛斗くん、シャワー浴びてきたみたいじゃない」
楯無さんが悪戯っぽく笑って俺の耳元で囁く。
「私は夜這いでも全然構わないのよ? 私の部屋━━━━来る?」
「………!」
蠱惑的な言い方。
背中越しに感じる二つの柔らかい感触。
い、いかんいかん……! 目的を忘れてしまいそうになったぞ。
「た、楯無さん離れてください。俺はフォルテ先輩に用があるんです!」
「フォルテちゃんに?」
楯無さんはフォルテ先輩の名前を聞くと眉を下げた。
「瑛斗くん、おねーさんに会いに来てくれたんじゃないのね……」
「え?」
そして俺から離れて、手で顔を覆って背中を向けた。
「ひどいわひどいわ! 散々私のこと弄んでおいて他の子に乗り換えるなんて! えーん!」
「はい!?」
な、泣き出したんだけど!? しかも若干嘘泣きくさい!
「弄ぶ!?」
「他の子!?」
「乗り換え!?」
楯無さんの声が聞こえたのか、部屋のドアから先輩達が顔を出してどよめく。わかる。よくわからんが怪しい誤解が広まってるのはよくわかる!!
「たっ、楯無さんっ! こっち! こっち来てください!」
楯無さんの手を引きながら、急いでこの場を離れる。
「ま、まったく……! 変なこと言わないでって言ってるじゃないですか!」
「ごめんごめん。うふふ。瑛斗くんは面白いなぁ」
楯無さんが広げた扇子には『愉快』
と達筆な字で書かれていた。くっ!
「それで、さっきフォルテちゃんがどうとか言ってたけど、どうしたの?」
「あっ! そうだ! そうですよ! 楯無さん、フォルテ先輩の部屋ってどこか知りませんか?」
「それならここよ」
「へ?」
楯無さんが右を見たから俺も見る。そこにはフォルテ先輩と、タリサ・ネイキンというルームメイトらしき人の名前が書かれた表札が。まさか意図せず目的地に来れるとは。
「おお! こいつはラッキー!」
ドアをノックする。
「はーい……あれっ? 桐野? 更識さんも?」
出てきたのはラフな部屋着姿のフォルテ先輩。
「どうも、先輩」
「どうしたっすか? わざわざ寮に来るなんて」
「いや、ちょっと先輩に用がありまして」
「私は瑛斗くんの付き添いよ」
「用? まあ入るっす。今タリサがいないっすから暇してたっすよ」
楯無さんと一緒にフォルテ先輩の部屋に入る。
「……ん?」
目に入ったのは、机の上に積まれた冊子類。
「…………………」
これは、アレだよな。うん。きっとそうだ。
「フォルテ先輩、もしかしてこれ……」
「え? ああ、終わらなかった夏休みの宿題っすけど?」
「やっぱり……」
なんか、安定だな。失礼だけどイメージ通りだよ。
「やっぱりとはなんすか! これでも進歩してるんすよ! 去年の今頃はまだ真っ白の課題だってあったんすから!」
変なところに怒りを燃やしてくるフォルテ先輩。
「フォルテちゃん、そう言えば前からそうだっわね」
楯無さんも苦笑する。
「暇してるって、全然暇潰せるじゃないですか」
「い、今からやろうと思ってたっす!」
急に見栄を張ってきた。今更手遅れなのに。
「そ、それで? 用って何ってなんか?」
フォルテ先輩から催促が来た。なら早速話すとしよう。
「フォルテ先輩、エリナさんのこと覚えてます?」
「エリナ? 誰っすか?」
「ほら、林間学校の時の無人機事件で、ダリル先輩の上司のナターシャさんと友達の!」
「先輩の上司の友達………ああ! あの時の人っすか! 覚えてるっすよ」
「おお!」
よし! 光が見えたぞ!
「瑛斗くん、エリナさんがどうかしたの?」
「実はここしばらく音信不通になってるんです。それでアメリカ軍なら何か知ってるかなと思って」
「私、アメリカ軍じゃないっすよ?」
「いや、いるじゃないですか。アメリカ軍の知り合いが」
「……? あっ、ダリル先輩っすね」
「そうです。ダリル先輩の上司のナターシャさんならエリナさんと連絡が出来るかも! なんです」
「でも、上手くいくっすかね?」
「お願いします。フォルテ先輩が頼りなんです!」
そう言うとフォルテ先輩はハッとなった。
「わ、私が? 桐野の?」
「はい! 普段は先輩のこと若干アレかな? なんて思ってますけど、今あなたが頼りなんです!」
「瑛斗くんそれじゃあんまり━━━━」
「わかったっす!」
「即答? いいの? フォルテちゃん、あなたそれでいいの?」
「桐野が私を頼るなんてなかなかないっす! これは借しを作るチャンスっす! 宿題手伝わさせるっす!」
「い、言っちゃうのね……」
「もう宿題でもレポートでもなんでも手伝ってやりますよ! だからお願いします!」
「約束っすよ!」
フォルテ先輩は嬉々として《コールド・ブラッド》のオープン・チャンネルを開いてくれた。
数秒のコールの後、ダリル先輩の顔が投影ディスプレイに映った。
『フォルテか? どうしたんだ? 急にオープン・チャンネルなんて』
よしよし。ここまでは順調だ!
『って、桐野と更識もいるじゃねぇか。どういうことだ?』
「ダリル先輩ご無沙汰してます。急にこんなことしてすいません」
『いや、別に近くに誰もいなかったからいいけどよ……フォルテ、お前なんかやらかしたのか?』
「違うっす。桐野が先輩に用があるっすよ」
『桐野が?』
ダリル先輩の目が俺に向けられた。
「ダリル先輩、ナターシャさんも近くにいたりしますか?」
『ナターシャ……あ、ファイルス先輩か? 悪いけどファイルス先輩はいないぜ。ここ数日、任務でな』
「なっ…!」
ナターシャさんがいない? 雲行きが怪しくなってきた……
「じゃあせめてナターシャさんの居場所だけでも教えてください!」
『ダメだ』
「えっ!?」
『えって……あのなぁ、軍の任務なんだぞ? そんなの教えなくて当然だろ?』
「そんな……」
クソッ! せっかくエリナさんへの足がかりが見つかりそうだったのに……!
『……なんだか知らないけど、困ってるみたいだな』
「はい。実は……エレクリット・カンパニーの社長が死んだんです。死因は事故死」
「し、死んだっすか? その人って━━━━」
言いかけたフォルテ先輩を楯無さんが止めてくれた。
『フォルテ?』
「い、いや、なんでもないっす。その人ってエレクリットの社長さんっすよね? って」
『今それを桐野が言ったんだろ。それで? そのエレクリットの社長が死んだのとファイルス先輩が何の関係があるんだ?』
「林間学校の時に、ナターシャさんと一緒にいたエリナさん、覚えてますよね?」
『ああ。ファイルス先輩の友人らしいな』
「その人が、今行方不明なんです」
『行方不明?』
「エリナさんと連絡が取れなくなったのはエレクリットの社長が死ぬ前。何か……何か嫌な予感がするんです」
俺はディスプレイの向こうのダリル先輩に頭を下げた。
「お願いします。ナターシャさんがどこに行ったのか教えてください。後は自分でなんとかしますから! エリナさんは俺の大切な人なんです!」
『うーん………』
ダリル先輩は難しい顔をして唸る。
『心配なのはわかるけど、悪いがこっちもそんなにペラペラと機密事項を話すことは出来ないんだ』
「そう……ですか。そうですよね……」
アメリカ軍もダメか……次の策を考え━━━━
『……だから、今、ファイルス先輩が任務でどこかの空母に乗ってるなんて口が裂けても言えないな』
「え……?」
今、なんて言った? 空母?
『そろそろ切るぞ。こっちも忙しいんだ』
「あっ、ちょ、先輩!」
『じゃあな。役に立てなくて悪い』
そして通信が向こうから切られた。
「空母……ね」
「ダリル先輩……機密事項を俺たちに……」
「先輩……………おっちょこちょいっすね」
「いや、違うと思います」
「フォルテちゃん、ダリル先輩はわざと話してくれたのよ。今のやり方ならうっかりで済むわ」
「おお! なるほどっす!」
フォルテ先輩はポンと手を打った。本当におっちょこちょいだと思ってたのか。やっぱり若干アレだな……
「それにしても、彼が……エグナルド・ガートが死ぬなんて」
楯無さんがエグナルドの死亡に驚く。
「俺もさっきスコールたちから聞きました。それと気になる奴がもう一人いるんです」
「気になる奴?」
「クラウン・リーパーっていう男なんですが、エレクリットの臨時の最高責任者になってるんです。なんだかこいつも怪しい気がして……」
「確かに動きが速いわね。エレクリットは大企業。少しはもめてもいいはずよ」
「チヨリちゃんが調べてくれてるみたいですけど、時間がかかるかもって」
「私も探ってみるわ。瑛斗くんはこれからどうするの?」
「今のダリル先輩の話をスコール達に話してきます。軍艦って情報でどれだけ絞れるかはわかりませんけど」
「彼女たちのこと、信じてるのね?」
「信じてるのはチヨリちゃんの言葉で、アイツらをまるっきり信じてるわけじゃありませんよ。それじゃ、フォルテ先輩助かりました」
俺はフォルテ先輩の部屋から出た。
直後に『あっ!? 宿題ー!』って聞こえた気がするけど気のせいだろう。
◆
「ぐぬぬ……! まんまと逃げられたっす……!」
心底悔しそうに歯噛みするフォルテの横で、楯無は少し考え込む顔をしていた。
「……ねえ、フォルテちゃん」
「なんすか?」
「フォルテちゃんはどう思う? 瑛斗くんが本当の自分のことを知ったのにああして振る舞えてること」
「え?」
フォルテは目をぱちくりしてから、楯無の問いがどういう内容かを理解した。
「あ……うーん………私は、難しいことはわからないっす。だからアイツがいつも通りやってるなら、私もいつも通りやるだけっすよ」
「いつも通り、ね……。うん、フォルテちゃんらしいわ」
楯無は微笑んで、パンッと扇子を開いた。そこには『納得』の二文字が。
「はいっす。私らしくっす」
フォルテもそれを見て笑顔を咲かせる。
「じゃあ、フォルテちゃんも頑張ってね」
「はいっす」
フォルテの部屋を出た楯無は、瑛斗から聞いた男の名前を口から漏らした。
「クラウン・リーパー……」
聞いたことのない名前に、言い知れぬ胸騒ぎがする。
(念入りに調査した方が良さそうね……)
そう決意し、楯無は歩き出した。
直後に『ああっ!? 宿題ぃ〜!!』と悲鳴に似た声が聞こえた気がしたが、楯無は気のせいということにした。
(………もしかして、私にも手伝わせるつもりだったのかしら?)
◆
「空母……確かにそう言ったのね?」
三年生の寮から出た俺は外で待っていたスコールとオータムにダリル先輩が教えてくれた情報を伝えた。
「ああ。これで少しは場所が絞れたと思うぞ」
「なにドヤ顔してやがる。そんな手がかり一つじゃまだまだ絞りきれねーよ」
「う……」
た、確かにそもそも空母とは聞いたけどどこにあるかまでは聞けなかったな…!
「ど、どうしよ……」
「ったく、お前のそういうところがガキだって言うんだよ」
「なんだとぉ? じゃあお前何かアイデアあんのかよ?」
「そっ、それは…………スコール、どうする?」
「お前もじゃんかっ!」
「う、うるせえ!」
「………じゃあ、手近なところから片付けましょうか」
「手近なところ?」
俺が首を傾げると、スコールはニコリと笑った。
「ええ。それはもう手近なところよ。早速行きましょ」
「え、今から?」
「善は急げって、この国のことわざであるわよね?」
「ま、まあ、そうだけどさ」
「うだうだ言ってんじゃねぇよ。スコールが行くっつってんだ」
「わ、わかったよ……」
スコールとオータムに付いて学園の近くの臨海公園にやって来た。
沈みかけてる夕日の暖かさとと吹き抜ける風の気持ちよさをいっぺんに感じながらスコールに問いかける。
「こんなところに来てどうするんだ?」
「せっかちねぇ。もう少し先に行くわよ」
スコールの後をついてクルーザーが何艘が停泊しているマリーナに到着する。
「お、おいおい……! まさかここのクルーザー盗んで海に出るなんてことしないよな?」
「それもいいけど、ちゃんと私達用のがあるわ」
〇が何個つくのか想像がつかない船たちをスルーして、スコールは奥の方に係留してあった小型のクルーザーに乗り込んだ。
「おら、お前も乗れ」
「お、おう」
オータムに小突かれて俺も乗り込む。
「チヨリ様が用意してくれたの。早速役に立ったわね」
「チヨリちゃんが? ってかこれ誰が操縦すんだ?」
「チヨリ様が組み込んだコンピュータの自動操縦よ? すごいでしょう?」
スコールがまるで自分でやったみたいに言ってから、クルーザーのエンジンが音を立て始めてスムーズな動きでマリーナから出ると、すぐにスピードが上がって潮風が身体を撫でつけるようになった。
「で、これどこまで行くんだ?」
「この数十キロ先に、アメリカの空母が停泊してるのよ。その近くの海域まで行くわ」
「アメリカの空母が?」
「チヨリ様がエレクリットのことを話した時に教えてくれたのだけど、ここ数日同じ場所に留まって移動していないようなのよ。怪しいとは思わない?」
「どうしてチヨリちゃんはそんなことを知ってたんだ?」
「お前の周りにゃ重点的にババァが独自の監視網を敷いてるそうだ。それがこんな広範囲とは、過保護なこったがな」
「チヨリ様がそれだけ瑛斗のことを気にかけてるってことよ」
チヨリちゃんが俺のために……か。
「……………………」
「どうしたガキ?」
「……なあ、お前らチヨリちゃんから聞いたのか?」
「あ? 何をだ?」
「何をって、昨日俺たちがチヨリちゃんに会いに行ってお前らをどうするか決めたって話だよ」
「ああ、アレか」
「もちろん聞いたわよ。私達のこと、一応は認めてくれるんでしょ?」
「ああ。お前達には、俺を守ってもらう。それには、礼を言うよ」
「ハン、そいつはどーいたしましてってか」
「でも……俺としては、俺よりも、もっと守ってもらいたいものがあるんだ。IS学園のみんなだ」
本当はチヨリちゃんにもこれは言いたかったんだけど、きっとラウラあたりの機嫌を損ねそうだから言えずにいた。言うならこのタイミングだろう。
「俺を守るために来てくれたみたいだけどよ、みんなのことも守ってやってくれ」
「………優しいのね」
「そんなんじゃ━━━━」
「あなたはそのまま、優しいままでいなさい。それはとても大切なことよ」
スコールの、潮風に揺らめく金髪に夕日が反射するその姿は、息を飲むほど綺麗で、俺は言葉を失った。
「……………………」
「どうかした?」
「なっ、なんでもない」
「……おいガキ」
スコールから顔をそらしたらオータムが肩を組んできた。
「な、なんだよ」
「スコールを変な目で見るんじゃねえよ」
オータムはドスを効かせて俺に耳打ちをしてくる。
「スコールは私のだ。お前なんかに渡さねぇからな」
「え……は?」
な、何を言ってるんだこいつは?
「ふふ……二人とも、そろそろよ?」
スコールが言うと、クルーザーが動きを止めた。
「着いたのか?」
「そうよ。ほら、これで見てみなさい」
スコールに渡された双眼鏡で遠方を見る。
「あ……」
確かに空母が見えた。
「よし……じゃあ行くか」
G-soulを展開しようとしたらスコールに肩を掴まれた。
「待ちなさい。あなた、まさかISで正面切ってあの空母に乗り込むつもり? 何のためにこうして船使ったと思ってるのよ。ISは最後の手段でしょ」
「じゃあどうすんだよ?」
「私たちに任せなさい………………うふふ♫」
スコールは自信に満ちた笑顔を浮かべた。なんだろ? そこはかとなく嫌な予感が……。
……
…………
………………
……………………
…………………………
「待て待て待て! 何!? 何これ!?」
俺は手足を縄で縛られてクルーザーに備え付けられていた小さなボートに乗せられていた。
「あなたをこれからあの空母に送ってあげるのよ。これはその準備」
「なんでこんなギッチギチに縛られてんだよっ!?」
手を縛られたところで何かおかしいとは思ったけどさ!
「万一見つかっても海に流されたってことにすりゃいいだろ? 偶然を装うにはバッチリだ」
「一〇〇%の確率でなんでそんなことになったか問い詰められるだろ!」
「ったく……! 四の五の言ってねぇで、とっとと行けっ!」
オータムがボートを蹴ると、ゆっくりとボートは空母のいる方へ動き出した。
「ま、マジで行くのか!? てか俺だけ!?」
「私たちはここで待ってるわ。危険だと思ったら逃げてきなさい」
「そんな!? ……ん? えっ!? ちょっ!?」
背中に冷たい感触があった。
「そっ、底から海水が入ってきたぞ!?」
「ああそうそう。そのボート、少しずつ海水が入ってわざと沈むようにしてあるから、空母に取り付く時は頑張って泳いでちょうだい?」
「証拠隠滅ってわけだ。安心しろ。縄もある程度水を吸ったら解ける仕組みだからよ」
スコールとオータムがそう言う姿がどんどん遠くなっていく。
「くそおおおっ! お前ら覚えてろよおおおおおっ!!」
もはや抵抗しても意味ないと諦めた俺は恨みたっぷりに叫んでから、海に投げ出されるのを待った。
……
…………
………………
……………………
…………………………
「はあ……はあ……! つ、着いた……!」
ようやっと空母に乗り込むことに成功した。息も絶え絶え、全身びしょ濡れだ。
「あのロープ、マジでギリギリまで解けないとは……!」
俺の身体が一回完全に水没するまで解けなかったロープは俺がさっきまで乗っていたボートとともに完全に海の藻屑になってしまった。
な、何はともあれ、空母に乗り込めたぞ。後はナターシャさんを探すだけだ。
「しかし、ここって空母のどこらへんだ?」
計器やらパイプやらがびっしり張り巡らされた通路を慎重に進む。
「……………お、扉だ」
しばらく進むと、いかにもこういう軍艦の中にありそうな扉を見つけた。試しにドアノブを捻ると簡単に動いた。
入ってみると、レンジやら調理器具やらが置かれたキッチンのようなものが視界に入った。
「調理室か……」
キョロキョロと中の様子を伺ってみるけど、人の影は見当たらないな。
「一応、奥のほうまで……」
調理室の中に入って、数歩進むと、何か物音が聞こえた。
(誰かいる……)
音のしたほうへ歩くと、冷蔵庫の前であぐらをかいて、冷蔵庫の中身を物色している人がいた。
「もぐもぐ……もぐもぐ……」
見たところ、体格からして女の人だ。それにISスーツを着てる。
「もぐもぐ……もぐもぐ……」
こっちに気づいてないみたいだな。声をかけよう。
「す、すいませーん……?」
「んぐぁ?」
振り返ったその人は、口の中を食べ物でいっぱいにしたハムスターみたいに頬を膨らませていた。
……ん? この人……どっかで見たことがあるぞ?
「あの━━━━」
ヒュンッ!
「うおぉっ!?」
いきなりナイフを投げられた!?
「な、何すんだ!!」
俺が泡を食って避けたナイフは壁に突き刺さった。
「ふぉふぉふぇふぁふぃふぃふぇんふぁ」
「な、なんてっ? 食べ物を口に入れたまま喋るなよ!」
そう叫ぶとゴックン、と飲み込む音が聞こえた。
「ここで何してんだって言ったんだよ」
ちゃんと声を聞いて、ハッとした。
「あなたは……イーリス・コーリング!? あ、アメリカ代表!?」
「正解だよ。桐野瑛斗!!」
「いっ!?」
二丁の拳銃が向けられて、俺は慌てて逃げ出した。
「おいおい逃げんな!」
「そんなもん向けられたら逃げるでしょうが!!」
や、やっべぇ……! ナターシャさんを探しに来たらトンデモな人と会っちゃったよ!
「しっかし、どういうことだ? 通常空母ならまだしも、ここはイレイズドの秘匿艦だぞ。 ……ははん、さては、誰か仲間がいるな? 織斑千冬ってこたぁねぇだろうし、更識楯無か?」
「ち、違います! 俺は一人で! 一人で来ました!」
「一人だぁ?」
ダンダンッ!!
「うわあぁっ!?」
弾丸を身を低くして避ける。本当に撃ってきおった!!
「お前よぉ、つくならもっとマシな嘘つけや」
この人、口の悪さはオータムと同じくらいだな……って、そうじゃないそうじゃない。この攻撃を止めさせないと!
「敵意は無いんです! 人を探しに来ました!」
銃撃を躱しながら必死に伝える。
「人探し? 嘘が下手だなお前はっ!」
投げられたナイフを躱しながら柱の陰に飛び込んで荒れた息を整える。
「ああもう! こうなりゃダメもとだ! イーリスさん! エリナ・スワンさんって知りませんかっ!?」
「エリナだとっ?」
悲鳴に近い声で叫ぶと、イーリスさんは驚いたような声をあげた。
「お前今、エリナ・スワンって言ったか?」
「は、はい。知りませんか?」
「……出てこい。本当に敵意が無いってんならな」
すぐさま顔を出す。
「……………………」
「……………………」
イーリスさんは俺の目をじっと見てくる。目を見て判断するってやつだな。信じてくれるだろうか……
「おい」
「な、なんでしょう」
「私と勝負しろ」
「勝負…?」
突拍子もない言葉に俺は唖然とする。
「お前もIS乗りだろ? なら、話は単純にいこうじゃねぇか。一発でもアタシに攻撃を当てたらお前の勝ちだ。エリナのことを話してやるよ」
「……っ! 知ってるんですか!? エリナさんに何が起こったのかを!」
「それは力づくで聞き出してみなっ!」
イーリスさんの身体が一瞬閃光に包まれて、ISを展開した姿が現れた。
《ファング・クエイク》━━━━。
ISカタログで見たことがある。鈴の甲龍のように安定性と稼働効率に特化した第三世代型ISだ。機体のタイガーストライプのオリジナルカラーがイーリスさんの持つ雰囲気と重なって一層力強い印象が持てる。
「楽しみだな……IS学園を救った英雄と対決なんてよ! 腕が鳴るぜ!」
イーリスさんの目は獲物を前にした獣のようにギラギラ輝いていた。
「やるしかないか……《G-soul》!」
俺もG-soulを展開して臨戦態勢になる。
「アー・ユー・レディ?」
不敵な笑みと問いかけに、拳を固めて身構えた。
「………ゴォッ!!」
そして、アメリカ代表との全く予期していなかった一騎打ちが始まった。
タイトルから大体察しがついてたと思いますが、イーリス登場です。
そして唐突に始まるバトル。瑛斗はエリナの情報を得ることができるのか。
次回もお楽しみにっ!