IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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初秋の街 〜またはそこにある確かな愛〜

楯無は生徒会室の会長用の椅子に座って、一人で窓の外の景色に視線を投げながら物思いにふけっていた。

(それにしても……十蔵さんもやるわね)

昨日の夜に決定事項として通達を受けた、スコールとオータムの学園への進入。

認めざるを得なかったが、楯無はあまり納得していなかった。

(瑛斗くんのことを信じてあげたいけれど……。いざとなったら、私が……)

背もたれに深く座り直して、小さな決意を固める。

「一人で考え事中かしら?」

背後から扉の開く音と、聞き覚えのある声が聞こえた。

「……生徒会に何かご用ですか? ミューゼル先生?」

椅子を回して振り返ると、スコールが開いた扉に寄りかかっていた。

「生徒会長に改めてご挨拶しておこうと思ってね」

「織斑先生に連れていかれたと聞きましたけど?」

「ここの教師への挨拶はもう済ませたわ。なかなか優秀そうな人たちよね。あの眼鏡で胸の大きい子が特に可愛らしくていいわ」

山田先生のことかしら……と楯無は胸中で考える。

「瑛斗がいないようだけど、チヨリ様のところへ行ったみたいね?」

「そのようですね。ラウラちゃんとシャルロットちゃんと簪ちゃん、一夏くんとセシリアちゃんも一緒らしいですよ」

「ラウラ……ああ、あのドイツの子ウサギちゃんたち。私とオータムのことかなり警戒してたわね」

「そうですか。挨拶に来たんですよね? では私も……」

楯無はそう前置きしてからスコールに告げた。

「改めてIS学園にようこそ。生徒会長として、あなたたちを歓迎します」

「生徒会長として、ね……個人的にはそうではないといった感じに聞こえるけど?」

スコールの不敵な笑みに楯無は負けじと答える。

「そうか否か教える必要があるのかしら?」

「いいえ。別にいいわ。ちょっと気になっただけよ。それじゃあね、生徒会長さん?」

スコールはそのまま、何をするというわけでもなく生徒会室から去っていった。

「………………」

(本当に挨拶だけだったみたいね……)

楯無は再度椅子を回し、外の景色に視線を投げる。

(少なくとも敵意は感じなかった……本当に瑛斗くんの為に来た、ということなのかしらね)

「いや、もうここまで来たら後戻りは出来ないわよね。後は彼がどうするか……か」

椅子から立ち上がる。

(()()()()()()()()()()()()()が私っていうのも、何の因果かしら……)

そう思うと、苦笑が零れてしまった。

「本当に━━━━何の因果なのかしら」

つぶやいて、楯無は椅子から立ち上がり、生徒会室から退室した。

「はあぁ〜……」

駅に近くて二十四時間営業のファミレスのテーブルに突っ伏してため息をつく。

「まさか、いないとは……!」

俺はチヨリちゃんに事の子細を問いただしに行ったんだが、チヨリちゃんは拠点にしてる『バー・クレッシェンド』にはいなかった。それどころかバーの扉には鍵がかけられていて、中に入ることさえ叶わなかった。ノックしても返事は無いし、完全に無駄足だったぜ。

「悪いなみんな。ただでさえ暑い中無駄に連れ回しちまって」

「ううん、瑛斗は気にしないでいいんだよ?」

「同行すると言ったのは私達の方だ。お前が謝ることはない」

「大丈夫。平気だよ……」

シャル、ラウラ、簪がフォローしてくれる。優しい言葉が余計申し訳ない。

「セシリアも、本当にごめんな」

「い、いえ、気にしないでくださいな」

とは言って微笑んでくれるが、セシリアが落胆しているのはひしひしと伝わってくる。

セシリアはチヨリちゃんから送られてきたメッセージの真意を聞くため、俺たちについてきた。

「あのバーは夕方からの開店だったな。出直すか?」

セシリアと一緒についてきた一夏が腕を組んで提案する。

「そうするか。でもかなり時間があるんだよなぁ」

時間は昼前で、バーの開店時間の午後六時まではまではまだまだかかる。

「でもさ、お店が開いたらお客さんが来ちゃうんじゃないかな?」

「あ」

シャルの一言に思わず声が出た。そうだよ。開店ってことはつまりお客さん来るってことじゃん。

「ならば開店の少し前に行けばいい。それなら店員もいるだろうし、何らかの話が聞けるはずだ」

「おお、なるほど」

ラウラの一言にポン、と手を打つ。確かにそれならマスターさんもいるはずだ。

「じゃあそれまでどうする?。ずっとここにいるのも迷惑だし……」

「で、でしたらっ、時間を決めてそれまでは別行動というのはどうでしょうか? 人探しも出来ますし一石二鳥ではありませんこと?」

「確かに、もしかしたらチヨリちゃんとばったりなんてこともなくはないか」

名案かもしれない。さすがセシリアだ。頭が切れる。

「いいねセシリア! ナイスアイデアだよ!」

シャルもセシリアに大いに賛同して俺に身体を寄せた。

「じゃ、じゃあ瑛斗、僕達もそうしようよ。ね?」

「え? まあ別に━━━━」

ダンッ!!

「!?」

ラウラと簪が持っていたドリンクバーのグラスを音を立ててテーブルに置いた。な、なんだ?

「ど、どうした二人とも?」

「シャルロットよ、まさかお前、瑛斗と二人だけで行動しようなどとは考えてはいまいな?」

「……!!」

ラウラと簪はなぜかゴゴゴオーラを出してる。

「そ、そそそ、そんなことないよ? あ、あはは、はは……」

シャルは笑って二人に答える。若干青ざめてるような……?

ともかく、どうやらシャルはラウラと簪も一緒に俺といたいようだ。

「じゃあ俺達は四人で動くか。一夏、セシリアのこと任せるぞ」

「ああ。セシリアはそれでいいか?」

「は、はい! もちろんですわ!」

セシリアは嬉しそうに頷いた。

「もう、瑛斗も少しは反論してもいいのに……」

「ん? シャル?」

「なんでもないっ」

え、何故か急に不機嫌になってるんだけど?

「では、五時に駅前に集合ということにしましょう。それまでは、別行動ですわ」

セシリアが仕切って、俺達はファミレスを出た。

 

ファミレスを出た俺たちは街に繰り出していた。同年代の少年少女たちも見かけたけど、みんな同じような思考なんだな。

「まったく、チヨリちゃんにも困ったもんだ。まともな連絡も取れないんだから」

姿の無い自称六十四歳の女の子についつい文句を垂れてしまう。

「しかし、そんな娘が本当にいるのか? いや、お前のことを疑ってるわけではないのだが……」

 

ラウラの言うことはわからないわけじゃない。そもそもチヨリちゃんがまだこの街に残ってるかどうかっていうのも怪しいところだ。

「島に戻ってるってのが最悪のパターンなんだよな。せめてチヨリちゃんが携帯とか持っていてくれたら」

チヨリちゃんは携帯を持ってないしISで通信しようにもいつもあっちからの特別な通信だから連絡手段はほとんど無い。

「焦ってもしょうがないか。夕方まで遊んで待とうぜ。夏休み延長戦だ!」

つーわけでゲームセンターに来た。

「ここのゲームセンターも久しぶりに来たな」

「位置が変わってるよ……ほら」

簪が指差す方向には箱型のブースが三個ほど連続して置かれていた。

「プリクラか。俺やったことないんだよな」

ゲームセンターは何度か来てるけど、この手のものはやったことがなかったな。

「じゃあ瑛斗、僕と一緒に撮ろうよ!」

「待てシャルロット。瑛斗は私の嫁だぞ。私と一緒に撮るのが道理だろう」

「それなら最初にこのプリクラを発見したのは私。だから、私が最初に瑛斗と撮る権利があると思う」

「「「むむむ……」」」

な、何やら険悪な空気が……。

 

「じゅ……順番に撮ろうぜ。な?」

「なら僕と最初に撮ろうよ!」

「シャルロット。同じことを言わせるな」

「同じく……」

「「「むむむ……!」」」

「こ、こらこら。ケンカするなって。じゃんけんなりで決めたらいいだろ?」

言った直後、三人の空気が変わった。

「……………」

シャルの背には白ネコ。

「……………」

ラウラの背には黒ウサギ。

「……………」

簪の背にはヒーローが幻視することができた。って待て待て。簪が一番強そうじゃないか。

「「「じゃんけんぽん!!」」」

小動物二匹とヒーローの勝負の結果は!

「えへへ、僕がいっちば〜ん♫」

じゃんけんに勝ったシャルは上機嫌に歌を口ずさんだ。

「くっ、二番手になってしまったか……」

ラウラが悔しげに拳を固める。

「うう……」

簪はガックリと打ちひしがれている。最初のじゃんけんで簪はシャルとラウラの二人に負けちまったんだ。

「ヒーロー、出したのに……!」

ヒーロー出してる自覚あったのか……

「瑛斗っ、はやくはやくっ!」

「お、おう」

シャルに手を引かれて箱型のブースに入る。

「あ、撮影代撮影代……」

「いいよいいよ、これくらい俺が出すって」

「いいの? ありがとう!」

コインを入れて機械を起動する。

「……で、これからどうするんだ?」

「そ、そこからなんだね」

「すまん……」

「大丈夫だよ。まずはフレームを選ぶんだ。瑛斗はどんなのがいい?」

「いろいろあるから迷うな。シャルが選んでくれよ」

「そ、そう? それじゃあ……」

シャルは一度ハートマークがいっぱいのフレームで止めてから、その横の星が散りばめられたフレームを選択した。

「そ、それから次は好きな言葉を書くんだ」

「好きな言葉? 好きな言葉……」

「ね、ねえ、これも僕に任せてくれないかな?」

「え? いいけど?」

「本当!? じゃあ……」

シャルはキュキュッとタッチペンで何か文字をスラスラと書く。流れ過ぎてて何て書いてあるかわからないな。

「え……えて……えてる……何て?」

読めないでいると、シャルが俺にピッタリと身体を密着させた。

「ほ、ほらほら! 撮影始まるよ!」

「お、おいおい」

「ふふ♫ 瑛斗、笑って笑って」

「わかってる。写真は笑ってないとな」

カシャッと音がした後、数秒して二十枚綴りのシールが出て来た。

「知ってるぞ。これは十枚ずつ半分こだよな」

「うん! えへへ、瑛斗とツーショットだぁ……!」

シャルは心底嬉しそうに半分こしたプリクラを見る。

「……終わったようだな?」

ラウラがジト目で外との仕切りのカーテンから顔を覗かせる。

「嫁っ! 次は私の番だっ!」

「わ、わかってるって」

「シャルロットも、順番は守ってもらうぞ」

「わっ、ちょ、ちょっとラウラ……」

ぐいぐいとシャルを引っ張り出したラウラは揚々とブースの中に入って来た。

「さあ、撮るぞ瑛斗」

「お……おお」

さっきと同じようにコインを入れて、プリクラを起動する。

「さっきので操作は大体わかったぜ。えーと、フレームを選んで……おっ、ラウラ、黒ウサギのフレームがあるぞ!」

「ほう、いいではないか。それにしよう」

「フレームは決めたっと、次は好きな言葉だ。ラウラどうする? お前が書くか?」

「えっ、い、いいのか?」

「俺じゃ決めるのに時間かかるしな」

「で、では……」

ラウラは俺からタッチペンを受け取ると、画面に触れる前に手を止めた。

「時に瑛斗」

「ん?」

「お、お前、ドイツ語はわかるか?」

「お前なぁ、俺をバカにすんなよ? シュヴァルツェア・レーゲンが黒い雨だろ?」

「それは私が使っているISの名前でよく耳にするからだろう? 本当のところはどうなのだ」

「……見栄張りました」

「そうか。ふ、ならば……」

ラウラはおかしそうに笑うとスラスラとシャルのように文字を書いていく。

「これは……本格的に何て書いてあるのかわからんな」

「気にすることはない」

そして撮影が始まる。

『フレームから出ています。近づいてください』

「ラウラ、もうちょい寄らないと撮れないぞ。ほら」

「なっ!?」

肩を寄せて、ラウラと近づく。

「お、おい瑛斗!」

『撮影します。三、ニ、一』

「あっ━━━━」

カシャッ!

「お、出て来た出て来た」

出て来たプリクラに写るラウラは目を丸くして驚いたような顔をこっちに向けていた。

「はは、ラウラびっくりした顔してら。可愛いじゃねぇか」

「う、うう! 馬鹿者! 急に抱き寄せるやつがあるか!」

ラウラは顔を真っ赤にしてポカポカと叩いてくる。

「いて、いててて……悪い悪い。でもよく撮れてるぜ」

十枚を渡してラウラにも見せる。

「な?」

「う、うむ……まあ……なんだ。悪くはない……かもな」

「だろだろ?」

「……終わったみたい」

今度は簪がジト目でカーテンから顔を出した。

「今度は、私の番。順番は守る」

「お、おいこら、簪。押すな……」

簪が背中を押してラウラをブースから出す。

「瑛斗……お待たせ」

「あ、ああ。こっちも待たせたな」

もう一度コインを入れて三回目の起動を行う。

「フレームフレーム……っと、簪、どんなのがいい?」

「じゃあ……これ」

簪が選んだのは紅葉が使われた季節限定のフレーム。和な感じだな。

「言葉はどうする? シャルとラウラは自分で書いてたし、お前も書いてみるか?」

「え、と……じゃあ……」

簪はタッチペンで画面に簪の名前と俺の名前をひらがなで書いた。

「これで、いいよ……」

「次は撮影だな。簪、もっと身体寄せないと」

ラウラの時よりも簪が離れてたから俺は簪の手を握って引き寄せる。

「ひゃっ!? え……瑛斗……そんな、いきなり……!」

「ほらほら簪、そんな俯いてたら顔が写らないぞ?」

「う……うん……!」

簪はほんのり赤く染めた顔を上げて震える手でピースサインを作った。

カシャッ!

二十枚綴りのプリクラが出て来た。

「うん、いいんじゃないか? どうだ簪? ほら」

「あ、ありがとう……」

簪がプリクラを受け取って、じっと見つめる。

「いいだろ?」

「うん……いいね……」

簪は笑って頷いた。

「大切に……する」

そしてブースを出るとシャルとラウラが待っていた。

「おう、終わったぜ……って、ん? シャル? ラウラ?」

「瑛斗とのツーショット……ふふ♫」

「嫁との写真……これは隊の者達に報告せねばならんな……」

二人とも今撮ったプリクラを持って笑顔を浮かべていた。

「おーい、シャル、ラウラ」

「あっ、う、うん? 何かな?」

「ど、どうした瑛斗?」

「簪とも撮り終わったからさ。次は何してあそ━━━━」

rrrrr! rrrrr!

「ん?」

俺の携帯電話が鳴った。もしかしてエリナさんからか?

しかし出て来た名前を見てその可能性は消えた。

「一夏から? ……もしもし? どうした?」

『瑛斗か? 実はさ………』

一夏からの電話に何度か相槌をしてから、驚くべきことを聞かされた。

「ええっ!? わ、わかった。すぐ行くから待っててくれ」

一夏との通話を終わらせて、きょとん顏の三人を見た。

「瑛斗、どうしたの?」

「何かあったのか?」

「一夏とセシリアが……チヨリちゃんを見つけたらしい」

 

時間を少しだけ巻き戻す。

瑛斗たちと別行動をとることになった一夏とセシリアは、駅前のショッピングモールを歩いていた。

「外は暑いけどモールの中は涼しいな」

「そうですわね」

一夏の隣を歩くセシリアはただの返事にも声を弾ませる。

(うふふ……思わぬ幸運ですわ!)

成り行きとはいえ、こうして一夏とデート出来ることがセシリアは純粋に嬉しかった。

(珍しく鈴さんや箒さんの邪魔ありませんし、最近はマドカさんもいて、なかなか二人きりになれませんでしたけど、今はそれもありませんわ!)

「セシリア」

「はい? なんですか?」

「その……残念だったな。チヨリって人に会えなくて。ご両親のこと聞きたかったんだろ?」

「一夏さん……」

セシリアは思い出した。そう。今こうして外出しているのは、チヨリに会うためなのだ。

「会ったらどうするんだ? やっぱり怒ったりするのか?」

「実は、そこのところはまだわかりませんの。実際に会って話を聞いて、それから決めようと思っていましたから」

ですが、とセシリアは続けた。

「きっと話を聞いても、怒りを露わにするようなことはないと、そう思いますわ」

「……そうか。それじゃあ、時間まで一緒に見て回るか。セシリアは何か欲しいものあるか?」

欲しいものあるか? その言葉にセシリアは小さな声で答えた。

「で、でしたら、その……一夏さんが━━━━」

どんっ

「いてっ」

「おっと」

一夏の腰に何かがぶつかった。

「す、すいません」

振り返ると、背の低い少女が地図を広げて立っていた。

「いやいや、こっちの前方不注意じゃった。地図を見ておったのでな」

地図が下ろされて見えたのは可愛らしい少女の苦笑する顔だった。

「あまり詳しくないところを歩いていたら道に迷ってしもうたわ」

「迷子か?」

「悔しいが、そういうことじゃな」

たはは、と笑いながら頭を掻く少女。

(困ってるみたいだな……)

一夏は腰を落として少女と目線を合わせた。

「どこに行きたいんだ? ここら辺に何があるかは大体わかるぞ」

「本当か? それはありがたい。では……」

地図をたたんで少女は行き先を言った。

「……『バー・クレッシェンド』という店に行きたいんじゃが、わかるか?」

「えっ……」

一夏は息を飲んだ。

(待てよ? 確か瑛斗が言ってたチヨリって人は……)

瑛斗から聞いた話からチヨリの特徴を思い出す。

「古臭い喋り方で、バーにいる女の子……!?」

「ん?」

「もしかして君が、チヨリ……?」

問いかけると、少女、チヨリはフッと悪戯っぽく笑った。

「━━━━ようやく気がついたか」

「やっぱり……!」

驚く一夏をよそに、チヨリは俺の隣のセシリアを見た。

「こうして顔を合わせるのはあの時以来じゃな。オルコットのお嬢ちゃんや」

「ええ。イギリスで会って以来ですわ……」

セシリアの表情は硬くなっていた。

「セシリア……」

「話は途中から聞いていたが、ワシに用があるようじゃな?」

「……そうですわ。わたくしは、あなたに会うために、瑛斗さんに無理を言ってついてきました」

「そうは言うが……瑛斗のやつがおらんぞ?」

「あなたがお店にいなかったので、開店時間前まで別行動をしていますの」

「そうかそうか。では瑛斗も呼ぶがよい。そこの喫茶店で話をしようではないか?」

 

チヨリはそばにあった喫茶店に一夏達を連れて入る。なるべく奥の席に通してもらい、人目を避ける。

「店員さんや、あとから連れが来るからの」

チヨリの言葉遣いに水とメニューを持ってきた女性店員は不思議そうに頷く。

「は、はあ、何名様ですか?」

「あー……あいつ一人か?」

「い、いや、瑛斗の他に三人」

「四人か。よし、後から四人来るぞ」

「か、かしこまりました」

「ああそうじゃ、びー……あいや、アイスティーを一つ頼む。おぬしらはどうする?」

一夏とセシリアは首を横に振った。

「じゃあ注文はそれ一つだけじゃ」

「あ、アイスティーをお一つですね? かしこまりました」

店員は営業スマイルをしてからテーブルを離れた。

「……さて、ワシに話とはなんじゃ?」

「えっと……一ついいですか? チヨリ……さん?」

一夏が疑問系で敬称をつけると、チヨリはハッハと笑った。

「そうかしこまる必要はない。チヨリちゃんで構わんよ。瑛斗もそう呼んでおる」

「……チヨリちゃん、君は確かバーにいるんじゃなかったのか? 瑛斗から聞いた話じゃいろんな人に狙われて島に隠れてたこともあるって」

「ああ、確かに基本あの店に厄介になっとるが、四六時中あそこでじっとしとるのも退屈での。店の鍵を店のマスターから受け取っておるから、時たま外を出歩いとるんじゃ。今日は少し遠出しての。迷子になったのは誤算じゃったが……」

「そうなのか……」

「話はそれだけか?」

「あ、いや、俺はそうなんだけど……」

一夏はセシリアを横目で見てから、少し考えるようにして立ち上がった。

「一夏さん?」

「お、俺、瑛斗たちに電話して来るよ」

「い、一夏さんっ!」

セシリアが呼び止めようとしても、一夏は店の外に出てしまった。

「……なかなか出来たやつじゃな。わざとワシとお嬢ちゃんを二人きりにしおった」

「あなたは……!」

「まあ、そう気を立てるな。お前さんも、あいつの前では話しづらいじゃろう?」

チヨリが言い終えると、さっきの店員がアイスティーの注がれたグラスを運んできた。アイスティーを一口飲んでから、チヨリはセシリアの目をまっすぐ見つめた。

「話すがよい」

「では……」

セシリアは持っていた鞄からメモリースティックを取り出す。それはチヨリからのメッセージが入っていたものだった。

「これに見覚えがないとは言わせませんわよ?」

「ああ、それはワシがお前さんの従者の服に忍ばせておいたものじゃな」

「これの中身について、聞きたいことがあります」

セシリアはメモリースティックをテーブルに置いた。

「この中のメッセージは、わざと中断されたのですか?」

「なんじゃとっ?」

チヨリの反応は意外なものだった。

「え……知らなかったのですか? メッセージは途中で瑛斗さんの名前を言ったところで途切れてしまいましたのよ? 両親の話を聞いて冷静さを失ったわたくしはそれで勘違いをして、瑛斗さんを……」

「なんということじゃ……」

チヨリは驚きを隠せないといったようなリアクションをとる。

「失礼するぞ」

チヨリはメモリースティックを手に取り、じっくりと見る。

「確かに最後まで録音したはずじゃが……ああくそっ! あの時か!」

そして悔しげにテーブルに拳を打ち付けた。衝撃でアイスティーの水面が揺れ、氷が音を立てた。

「ど、どういうことですの? 説明してくださる?」

「お嬢ちゃん……ワシのことは瑛斗から聞いておるな?」

「……? 大体のことは把握していますわ」

「ワシは逃亡中にこのメッセージを録音したんじゃ。追っ手がすぐそこまで来ておったんじゃがな。逃げるのには慣れたもんじゃったんじゃが、向こうはマシンガンを使うてきおっての。弾丸が雨のように飛んで来て、さすがのワシも何発か掠ってしまったんじゃ」

「つまり、弾丸が掠めてメモリースティックが破損した……と?」

「そうなる。しかし……まさかそんなことになるとは……すまなかった」

チヨリは深々と頭を下げた。

「お嬢ちゃんの両親だけでなく、お嬢ちゃんにも迷惑をかけてしまった」

「………………」

セシリアはチヨリが嘘をついているようには見えなかった。

「では、あのメッセージの続きは? そもそも、どうしてわたくしにメッセージを送ったのですか?」

「賭けじゃよ」

「賭け?」

「あのメッセージには瑛斗の全てを入れておいた。それをお嬢ちゃんが、あわよくば他の瑛斗の仲間が聞けば助けになってくれると信じての。失敗に終わったみたいじゃったがな……」

「そう……ですか……」

セシリアは今まで心の中に小さくくすぶっていたものが、完全に消えたのを理解した。

「お嬢ちゃんや、おぬしを利用しようとしたことも謝らねばならんな」

「い、いえ。わたくしはただ、知りたかっただけですわ」

「そうか……」

「チヨリさん……最後に一つだけ、よろしいですか?」

「なんじゃ?」

「わたくしのお父様とお母様は……お互いに、愛し合っていたのですね?」

「ああ。それだけは、揺るがぬ事実じゃよ……」

チヨリの首肯に、セシリアは少し晴れやかな思いがした。

「そうですか……!」

「お、そうじゃ!」

チヨリが指を鳴らして机から乗り出してきた。

「気が向いたらいつでも店に来るといい。お嬢ちゃんの両親から、ワシが辟易するほど聞かされたノロケ話を聞かせてやるぞ!」

「お母様とお父様の?」

「ああそうじゃ。聞くのも話すのも恥ずかしくなるような話がたくさんあるんじゃよ」

「ふふ……それは、是非聞いてみたいですわ」

セシリアはおかしそうに笑った。

「あの、チヨリさん。その、わたくしのことはお嬢ちゃんではなく、セシリアと呼んでくださいませんか?」

「いいのか?」

「はい。お母様とお父様のことをそんなに楽しそうに話す人が、娘のわたくしにそんな他人行儀なのはおかしいですわ」

「……では、今後はそうさせてもらうぞ。セシリア」

「はいっ、チヨリさん」

二人は笑い合う。すると、チヨリは窓の向こうへ注意を向けた。

「さて……どうやら来たみたいじゃな」

振り返ったセシリアも、窓の外に瑛斗達の姿を確認した。

 

「なるほど。散歩してたら道に迷ったってわけか」

チヨリちゃんからの話をまとめて、確認をとる。

「そういうわけじゃ。すまなかったの」

「いや、こうして会えてるからいいさ。島に帰られてたら詰んでたぜ」

「島に戻るのも億劫での。しばらくはこの街におるつもりじゃ」

チヨリちゃんは困ったように眉を下げる。相変わらず仕草や声からは六十過ぎだなんてまったく想像できないな。

「セシリアはもう話は終わったのか? 一夏から電話で、チヨリちゃんとセシリアを二人にして話をさせてるって聞いたけど」

 

「はい。もう大丈夫ですわ」

「チヨリちゃん、変なこと言ってないよな?」

「バカなことを言うでないわ」

チヨリちゃんはぷくっと頬を膨らませる。

「瑛斗、本当にこの女の子がチヨリさんなの?」

シャルが俺に耳打ちしてくる。

「まあ信じられないのもわかるけど、これがチヨリちゃんだ」

「これと言うな、これと。ところでおぬし……」

チヨリちゃんはいきなりシャルをしげしげと見た。

「ぼ、僕? 何かな?」

「ほう、そうかそうか。おぬしがそのISの主か」

「IS? ラファールのこと?」

シャルが首から下げている待機状態のラファールを手に取る。

「ふぅむ、瑛斗が助けたくなるのもわからないでもないの。じゃがまあ……」

言葉を途中で切ったチヨリちゃんは腰に手を当てて平らな胸を張った。

「ワシのほうが愛らしさでは優っておるの!」

「は、はあ………」

チヨリちゃん、変なこと言うなよ。シャルが困ってるじゃないか。

「それからおぬしも」

「えっ……」

チヨリちゃんはビシッと簪を指差した。

「おぬし、今の更識楯無の妹じゃろう?」

「は、はい。……あの、どこかで、会ったこと……?」

「先代の楯無……お前さんたちの母親はワシの友人での。お前さんたち姉妹が小さい頃の写真を見せてもらったことがあるんじゃ。大きくなっとるが、面影はあるのぉ」

「そうなんですか……」

「どうじゃ、お姉さんとは仲良くやっとるか?」

「……はい」

「そうかそうか。ふっふっふ……」

 

あ、こういうところはおばあちゃんっぽいのな。

「瑛斗、今『おばあちゃんっぽいな』とか思ったじゃろ」

「え、い、いやぁ……はは」

やばい。ばれてた。

「フン、まあいいわ。して、瑛斗はワシに何の話があるんじゃ?」

「とかなんとか言って、本当はわかってるんじゃないか?」

「まあの。今日はあいつらの『初出勤』じゃったしなぁ」

「それだよ。スコールとオータムがIS学園に来たぞ。しかも先生になって。どういうことなんだ?」

「なんじゃ、スコールたちから聞いとらんのか?」

「オータムが、俺を狙うやつらがいる、とか言ってたけどさ」

そう言うとチヨリちゃんは頷いた。

「その通りじゃ。亡国機業はワシらだけではないんじゃぞ? お前を狙う輩がわんさか出てきてもおかしくはない」

「わんさか……」

マジかよ。と驚きたかったけど、実はそういうのも少し覚悟はしていた。

「お前を死なせるわけにはいかん。じゃからあいつらを送り込んだ。安心せい。腕は確かじゃ」

「やつらにも言ったが」

ラウラがチヨリちゃんに鋭い眼光を向けた。

「瑛斗は私たちが守る。お前たちの力など必要ない」

「ラウラ……そんなはっきり……」

「お前たちがなんと言おうと、敵対関係だった者達をそう簡単に信じられるほど私は甘くはないぞ」

「……確かにお前さんの言うことも最もじゃ。じゃがな、瑛斗とワシらには二十年前からの(えにし)がある」

「縁だと……?」

「これだけははっきり言っておく」

チヨリちゃんはグラスの中に少しだけ残っていたアイスティーを飲み干した。

「瑛斗、ワシ達はお前の味方じゃ。ワシにはお前だけが全てなんじゃ」

「チヨリちゃん……」

「無論、お前の仲間の味方でもある。お前だけでなく、IS学園も守ることを約束しよう」

チヨリちゃんはさらに俺達に訴えかけてくる。

「何かがあってからでは遅い。ワシの予測が正しければ、亡国機業はいよいよお前を狙ってくるはずじゃ。それも苛烈にの。対抗する手段はこれが最良なのじゃよ」

「………………」

「それでもワシらを信じられないのなら撃つがよい。覚悟はある」

チヨリちゃんの言葉にみんな黙り込む。きっと、まだ答えが出せないんだ。

みんなの気持ちもわかる。

だけど、俺は━━━━━

「みんな、チヨリちゃんの言ってること、信じてみないか?」

気がついたら俺はチヨリちゃん側に立っていた。

「俺はチヨリちゃんたちと付き合いがある。これだけ必死に言ってるチヨリちゃんを、俺は無下にはできないよ」

「瑛斗……そう言ってくれるか」

「別に俺もスコールとオータムをまるっきり信じられるわけじゃない。あいつらのことは当然警戒する。でもさ、二十年も戦ってくれていたチヨリちゃんを、信じてあげたいんだ」

言い終えてから、みんなの顔を見る。

「……………ダメ、か?」

「……いいだろう」

ラウラが首肯してくれた。

「瑛斗に免じて、お前達のことを味方と認めよう。だが、瑛斗や他の生徒に何か妙な真似をした時は、私が全身全霊を以ってお前達を潰す」

「わたくしも、瑛斗さんに賛成ですわ。チヨリさんを信じます」

「うん、そうだね。僕も信じるよ」

「私も、瑛斗を信じる……」

「俺も」

「……恩に着る。スコールとオータムには、ワシからしっかり言っておこう」

そして安心したように温和な笑顔を俺達に見せてから、チヨリちゃんはおもむろに席を立った。

「あっ、ち、チヨリちゃん?」

「ワシはこれで失礼するぞ。話すべきことは全て話し終わったからの」

「あ、おいチヨリちゃん、君、道に迷ってたんじゃないのか?」

「フフ……ではの、皆の衆」

一夏をスルーして、チヨリちゃんはそのまま有無を言わさず店から出て行ってしまった。

「ラウラ、ありがとな。正直、一番反対するかと思ってたぜ」

「気にするな。やつがお前との縁と言ったところで、私はお前に任せようと判断したまでだ」

「それでも嬉しいよ。さあ、俺達も行こうか。目的は果たしたし」

「あ、あの〜」

店を出る直前、女の店員さんが遠慮がちに俺に声をかけてきた。

「はい?」

「先ほどお連れ様から、アイスティーの代金はお客様がお支払いになると……」

「………………」

そういえば、チヨリちゃんがレジで何か話してたな。

金は払ってなかったけど。

「………………」

「お、お客様?」

「………………やられたっ!!」

六十四歳……! ちゃっかりしてるなぁもう!!

「ふぅん? とりあえずはあの新任教師たちを信じてみるってことになったのね」

「ああ」

 

夜。寮の食堂で夕飯を食べながら、俺は今日の出来事を箒と鈴にも伝えた。

「すまない。私も本当はついて行きたかったのだが、部活があって……」

「いや、いいさ。人数がありすぎても動きづらかっただろうしな。それで、二人は俺達の出した結論に何かあるか?」

「私は無い。あの二人と一番付き合いのあるお前が決めたことだ」

「アタシも無いわ。口出ししていい立場じゃないと思うし」

「そうか。ありがとう」

「ん。じゃあ、この話は片付いたってことで、次の話にいきましょうか」

「ああそうだな。次の話だ」

「次の話?」

なんだ? 普段は何かとぶつかり合ってる箒と鈴が珍しく同調してるぞ?

「「一夏っ!!」」

二人をカッと目を開いて、一夏を睨みつけた。

「は、はいっ!?」

「セシリアとでっ、でででデートしたとはどういうことだっ!?」

箒が一夏の左隣に座ったセシリアを指差しながら憤慨する。

「そ、そうよ! さっきセシリアに自慢されたんだけどどういうことよっ!?」

鈴も顔を真っ赤にしながら箒と同じように一夏に吠えている。

「えっ、いや、セシリアがまだ帰りたくないって言うから、一人じゃ心配で一緒に街を歩いてただけなんだけど……」

「「それがデートだっ!(なのよっ!)」」

「ええ……」

「まったく、騒がしいですわよお二人とも」

と、セシリアが箒と鈴を諌める。

「一夏さんはわたくしの身を案じてくださっただけですわ。それをあなた方は、まったく」

「そ、そうだぞ二人とも。セシリアはチヨリちゃんにご両親のことを聞くために瑛斗たちについて来たんだからな?」

「うっ……」

「そ、それは……」

「わたくしのわがままに一夏さんが付き合ってくださって、それが偶然、結果的に、奇跡的にデートのような形になっただけですわ。 ええ、それはもう偶然に」

偶然、と言うわりには、セシリアはなぜかドヤ顔だ。

「そ……」

「そ……」

「そ?」

「「それが偶然の顔かあああっ!!」」

ギャイギャイと騒いでいる四人を尻目に、一夏の右隣に座るマドカが俺に話しかけてきた。

「ねえ瑛斗、明日は学園祭の出し物を決めるんだよね?」

「そうだな。みんなで決めるんだ。クラスだけじゃなくて部活動の出し物もあったりするぞ。そういえばマドカは部活入らないのか?」

「入ってみたいけど、どれも楽しそうだからね。迷っちゃって迷っちゃって」

「茶道部なんかはどうだ? 織斑先生いるぞ」

「お姉ちゃんが顧問の先生なんだっけ。ラウラ、茶道部ってどう? 所属してるよね?」

「む? ああ、茶の道は実に奥が深いぞ。着物も着ることができるし、それに茶菓子も絶品だ」

「へ〜!」

「だが入るのにはそれ相応の覚悟が必要になってくるぞ」

「覚悟?」

「入部希望者はまずニ時間正座をすることになる。茶道は基本正座だからな」

「た、大変そうだね……!」

「まあすぐに決めることはないだろう。学園祭の時にいろいろ見て回ってみればどうだ?」

「んー……あ、確か瑛斗とお兄ちゃんも今年は部活動に入るんだよね?」

「あ、ああ。まあな」

「学園祭の時に決められなかったら、お兄ちゃんと同じ部活に入ろうかな?」

ガタタタタタッ!

マドカの爆弾発言の直後、周囲にいた女子生徒たちが一斉に立ち上がって円陣を組んだ。多分部活ごとだな。

「みんな聞いたわね? 今度の学園祭で一位を取れば、男子だけじゃなくマドカちゃんも部に加入してくれるわよっ!」

「これは勝つしかないよ! いや勝たなきゃ! 使命感!」

「い、一位を取れば、ご、合法的にマドカちゃんを撫でれる! 頬ずり出来るっ! 舐めまわせるぅぅっ!」

マドカの一言に、食堂の空気が高揚する。

「マドカ、なんかものの数十秒ですごいことになったぞ」

「う、うん……何人かの人たちの怖い視線を感じるよ」

そもそもまだ決定事項でもないのに、取らぬ狸のなんとやらってか。

(学園祭か……エリナさん、今年は来てくれるかな)

そんなことを考えながら、俺は今日の日替わり定食の豆腐の味噌汁を啜った。

 

 

消灯時間が差し迫るIS学園二年生寮。

 

白猫着ぐるみパジャマを着て自分の使うベッドの上に座っていたシャルロットは、今日の昼にゲームセンターで撮った瑛斗とのツーショットのプリクラを見ていた。

 

小さなシールの中には、ハートの中で大好きな人と寄り添う自分が確かにいる。

 

「……………えへへ♫」

 

にへっと頬が緩む。このプリクラを見るたびこんなことになっていた。

 

「ふむ、よく撮れているではないか」

 

にゅっ、と黒猫着ぐるみパジャマ姿のラウラが背中越しにシャルロットのプリクラを覗き込んでくる。

 

「そ、そう? ラウラもそう思ってくれる?」

 

「ああ。だが、見ろ」

 

ラウラはシャルロットと向かい合い、自分が瑛斗と撮ったプリクラをシャルロットの前に置いた。

 

「嫁は私の肩に手を回している。これはお前や簪のものと大きな違いだ」

 

「いや、それって瑛斗が離れすぎてたラウラをフレームの中に入るようにしたんじゃ……」

 

「そ、そうとも言うが……」

 

「瑛斗について行ってよかったね。みんなでプリクラ撮れたし」

 

「それには同意しよう」

 

「……よかったね。本当に。瑛斗がここに残ってくれて」

 

「………………」

 

「もし瑛斗が僕たちを助けてくれたあとにあの場所からいなくなってたら……って思うと、ゾッとする。瑛斗がいなくなるなんて、考えたことなかったから」

 

「シャルロット、瑛斗は私たちと共にいることを選んでくれた。だから━━━━」

 

「わかってる。だからさ、瑛斗が失った十年分を、これから瑛斗に楽しんでもらおうよ」

 

「楽しんで……?」

 

「瑛斗に楽しい思い出……幸せな思い出を、刻み込んであげるんだ。僕と、ラウラと、簪と、みんなで」

 

「それは名案だ。きっとあいつも喜ぶ」

 

「でしょ? 失くしたなら、一緒にこれから作っていけばいいんだよ」

 

「うむ。しかし」

 

「?」

 

「……ファミレスでお前が抜け駆けしようとしていたことを忘れたわけではないぞ」

 

「う……や、やだなあ。そんなことないって」

 

「いいや、シャルロット。お前はここ最近私の嫁に積極的にアプローチしているだろ。気づかぬ私ではない」

 

ビシッとパジャマの肉球付きの手でラウラは指さしてくる。

 

「あ、あの屋上でのき、キス以来だ! あの時はさすがの私も驚いたぞ」

 

「あ、あれは……!」

 

林間学校前、フランスから帰ってきた夜に、寮の屋上で瑛斗にした口付け。

 

今思い起こすと顔から火が出そうになる。

 

「その、あの時はその場の勢いっていうか、テンション上がっちゃったていうか、舞い上がっちゃったっていうか……」

 

しどろもどろになるシャルロット。しかしラウラは穏やかに笑った。

 

「ふっ……構わんさ。お前の本気も、伝わったからな」

 

「ラウラ……」

 

「クラリッサが言っていた。日本では『ライバル』と書いて『とも』と読むそうだ。シャルロット……そして簪は、私のライバル(とも)だ。勝負は相手が手強いほど面白い」

 

「……僕、負けないよ?」

 

「望むところだ。この学園において、お前や簪以上の強敵はおるまい」

 

静かな闘志を燃やす瞳が見つめあう。

 

「ふふっ」

 

「ははっ」

 

そして、優しく笑いあった。

 

「ところで、ラウラのプリクラにはなんて書いてあるの?」

 

「ん? ああ、これか」

 

シャルロットはラウラのプリクラの流れるような文字を示した。

 

「ドイツ語、だよね? どんな意味があるのかな」

 

「知りたいか? これはな……」

 

ラウラは鮮やかに色付いた人生の、その一瞬の中に存在する二人の姿を愛おしげに見つめながら答えた。

 

「『エーヴィゲ リーベ』━━━━永久の愛を、だ」




追加パート書いてたらちょっと時間ロス……!
今回の章は楯無メインのはずなのに、全然そんな気配が感じられないのはなぜなのか。
それはさておき、次回は瑛斗たちが『あのマシン』を使います。
お楽しみに!

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