IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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その手だけが、掴めるもの 〜または、我が居場所はここに在りて〜

男が足早に回廊を進む。

エグナルド・ガート。

エレクリット・カンパニー社長にして、亡国機業幹部会のトップ。瑛斗の両親を裏切り、亡国機業を乗っ取った張本人である。

その男が今、ひどく狼狽しながら扉を乱暴に開く。

「どういうことだ! 何が起こった!?」

開けるや否や声を荒げる。

「ああ、遅かったじゃないですか。もう終わってしまいましたよ」

暗い室内。普段自分が座る椅子に、腰掛けている者がいた。

「クラウン……! クラウン・リーパー!」

その名を呼ぶと、腰掛けていた男が椅子を回転させてこちらを向いた。

亡国機業幹部会で最も若く、そして新参の男は、不敵に笑っている。

「あなたが一番最後ですよ? 今までどこで何してたんです」

「そんなことはどうでもいいっ!」

叫び、クラウンに近づく。

「なぜミサイルが発射された!? 予定よりも早いぞ!」

「いやぁそれが、IS学園側がコールドスリープマシンの受け渡しを拒否しまして、向かった隊が激しい抵抗を受けたらしく。止むを得ずに……」

「貴様が勝手にやったことではないのか!?」

「他の幹部会のみなさんと決めようとしたんですが、みなさんが、このように……」

クラウンが指を鳴らすと、照明が点灯して室内を照らした。

「なっ……!?」

エグナルドの目に映ったのは、自分とこの場にいるクラウン以外の亡国機業幹部会のメンバー。

 

彼らは各々の席で赤く染まっていた。

「このような状態では指示を仰ぐことも出来ず、僭越ながら私が自己判断で決行致しました」

「貴様……よくも……!!」

怒りに震えるエグナルドを見て、クラウンは口角を僅かに上げて椅子から立ち上がる。

「私は全て知ってますよ。あなたが如何にしてここまでのし上がったのかを」

「どういうことだ!?」

「……桐野第一研究所」

「……っ!? 何故それを!?」

「全てはそこから始まった。あなたの嫉妬心から……」

「クラウン……どうして今になって……!?」

「私から言えるのは、ただ一つ……」

クラウンは息を深く吐いて、エグナルドを睨みつけた。

「いつまでも昔の女を引きずってんじゃねえよ。反吐が出る」

「貴様━━━━━!」

それから先の、エグナルドの言葉が続くことは無かった。

「か……はっ……!?」

エグナルドの心臓が、ビームソードに貫かれていたからだ。

「な…に……もの……だ……!?」

エグナルドの背後に、女がいた。

「………………」

「I……S……!」

しかしエグナルドはそこで力尽き、ビームソードが消えると前のめりに倒れた。

「あの世で桐野博士に土下座でもするんだな。お前が大きくした組織、代わりに俺が有効に使わせてもらうよ」

クラウンは足元に転がった骸を一瞥し、もう視線を合わせることはなかった。

「終わった?」

再び扉が開き、紅が広がる室内に澄んだ声が響く。

「ええ、終わりましたよ」

穏やかな表情を浮かべ、頭にウサ耳を乗せた、不思議の国のアリスのような服装に身を包む、女の姿があった。

篠ノ之束である。

「ゴーレムの提供、感謝しますよ博士。おかげで水を差されずに済みました。それとハッキングの件も」

「別にいいよ。それにしても、あんなデチューンした機体でよかったのかい?」

「あれくらいが丁度いいんですよ」

「ふぅん? まあいいや。それにしても君はキツネだねぇ。いきなり組織を乗っ取るだなんて」

「私はこの亡国機業の幹部会の一員です。以前からそれなりの数は動かすことができます。末端の者は、何が起こったのかさえわからないでしょう」

「聞いてないし。そんなの別にどうでもいいよ」

「それと私がキツネですと……ウサギを狩ってしまうかもしれませんよ?」

「……へえ、言うねぇ」

束とクラウンは少し笑い合う。

「━━━━ところでさ」

しかし束はすぐに笑みを消し、その瞳に鋭い光を宿した。

「私の()が襲われて大怪我したんだけど、心当たりは無いかな?」

「と、言いますと?」

束はクラウンの返答に眉をピクリと動かし、右手に力を込めた。

「とぼけないほうがいいよ。そこのゴミと同じような姿を晒したいの?」

束の後ろでカチャリと小さな音がする。

「………………」

女がビームソードを発振させていた。

「いい。やめろ。博士、申し訳ないが心当たりが無いですね。あなたに娘がいたというのも初耳です」

「そっか。なら……」

束は振り返り、顔を隠す長布の間から覗く二つの目を見つめた。

「君が勝手にやったっていうわけだね?」

「………………」

女は答えない。

「そうなのか?」

しかしクラウンに聞かれると、ポツリと答えた。

「確かに独断でした。しかし、顔を見られたので……」

「ああ……確かに顔を極力見られるなとは言ったっけ。ならその、博士のご息女だってことは?」

「存じませんでした」

「ふぅん……」

束は右手に込めていた力を抜いた。

「まあ、今回は見逃してあげるよ。こっちとしても悪くないタイミングではあったしね」

クラウンが咳払いをする。

「君はコールドスリープマシンの回収に行ってくれ。そろそろ時間だ」

女は頷いて踵を返すと、扉の前で一度立ち止まった。

「回収後の隊員達の処理は?」

「彼らはよくやってくれた。彼らのおかげでコールドスリープマシンが手に入るんだからね。━━━━苦しまないよう消してこい」

「わかりました」

部屋から出た女は扉の向こうに消えた。

「……篠ノ之博士、彼女の粗相は代わって詫びますよ。して、ご息女はやはり?」

「生きてるし元気だよ。それよりも、娘の戦闘記録を見て気になることがあったんだけどさ……『アイツ』はいったい誰だい?」

「私の優秀かつ従順な部下ですが?」

「そういう話をしてないことくらい、わからないかな?」

「そう怒らないでください。ちょっとした遊び心ですよ。あの機体の操縦者は、本来あぁあるべきなのですから」

「死んだ人間の存在を弄んで、遊び心か。まあ私も道徳心を語れた義理じゃないけど」

束は扉の方へ歩みを返す。

「どちらへ?」

「帰るんだよ。もう用事は済んだし」

「それは残念。ご一緒に食事でもと思っていたのですが」

「あの子が作ってくれるから間に合ってるよ」

「そうですか。では、今後ともよろしくお願いしますよ」

「一応こちらこそ〜」

束も部屋から消え、部屋の中はクラウンと死体達だけになる。

気がつくと、血の匂いが広がっていた。

しかしクラウンはその匂いさえも今は心地良く感じていた。

「邪魔者も排除して……舞台は整ったか」

椅子から立ち上がり、クラウンはつぶやく。

「見せてくれよ。今まで誰も見たことのない、最高の喜劇をさ」

その言葉の真意を知るものは、この場にはクラウン本人しかいなかった。

 

静かになった。

もうミサイルの反応はどこにも無い。俺は、学園を守り切ったんだ。

「………………」

いつの間にか装甲の輝きは消えて、ビームウイングも元のサイズに戻っていた。

日は沈んで、夜の空が広がっている。

オープン・チャンネルが繋がった。スコールからだ。

『こっちは片付いたわ。そっちはどう?』

「ああ……こっちも終わったよ。すぐに合流するから待っててくれ」

俺は身体の向きを反転して、スコールとオータムとマドカがいるエリアまで飛んだ。

「お疲れ様。何とかなったわね」

「そうだな」

G-spiritをG-soulに戻して、スコールに答える。

戦闘義構(アサルト・マリオネット)共も、数こそはあったが強いわけじゃなかったな」

オータムが余裕綽々に言うと、接近する複数のISの反応があった。

「あ……」

「お仲間が来たみたいね?」

まだ視認できない距離にいるけど、確かに一夏達だった。でもフォルニアスとフォルヴァニスの反応が無い。どうやら蘭と戸宮ちゃん以外の専用機持ちが全員こっちに向かってるみたいだ。

「………………」

ここにいたらすぐに追いつかれるだろう。

「……スコール、行こうぜ。ここを離れよう」

「え?」

スコールがきょとんとする。

「俺はIS学園には戻らない。お前達と一緒に行く」

「お、おい待てよガキ」

オータムが俺に近づいてきた。

「お前……自分が何言ってんのか、わかってんのか?」

「俺が学園にいる限り、いろんな人にいつまでも迷惑をかけちまう。そんなことはもうしたくない」

元はと言えば、これは二十年かけて引っ張り続けた俺の問題だ。今を生きてるみんなには関係の無い話なんだ。これ以上巻き込みたくなんてない。

「本気なのね? 本当に、二度と戻っては来れないわよ?」

確認を取るかのようなことを言うスコールを、俺はまっすぐ見て答えた。

「覚悟の上だ」

「………………」

スコールは目を伏せて、何か考えている。

「ねえ……瑛斗」

俺の隣のマドカが声をかけてきた。ブレーディアは元に戻っている。

「なんだ?」

「私も、一緒に行って……いい?」

マドカは、少し遠慮がちに、しかし確かにそう言った。

「マドカ……千冬さんは……生きてるんだぞ」

「……そう」

「だから━━━━」

「でも、もう関係無いよ。どうであれ、私はあの人と、織斑一夏のそばにいることは、もうできないよ」

「………………」

「それにほら、私、元々亡国機業だったから。元いた場所に戻るだけだよ」

マドカはそんな明るい声を出して、笑った。

本当はどうしたいかなんて、言われなくてもわかる。でもマドカはこうして笑っている。

だから俺は、そんなマドカを無下にすることは出来なかった。

「……わかった。スコール、オータム、いいよな?」

二人に顔を向ける。

「しょーじきコイツは好かねえが……私はスコールに従うだけだ。スコール、どうする?」

「……はあ、やれやれね」

オータムが声をかけると、スコールはため息をしてから苦笑した。

「私も全然構わないんだけど、彼は許してくれないみたいよ?」

そう言って俺とマドカの後ろを指差す。

「彼?」

俺とマドカは同時に振り返る。

「マドカァァァァァァァァッ!!」

「うわぁっ!?」

白式を展開した一夏がマドカに文字通り飛びついた。

「お、お兄……ちゃん……?」

数メートル進んでなんとか踏ん張ったマドカは一夏の名前を呼んだ。

一夏は連続の瞬時加速で単身ここまで飛んで来たようだ。無茶をするもんだ。

「は、放してよ。苦し━━━━」

「放さないっ!!」

「えっ……」

「放さないぞ……! 絶対に放すもんか!! お前は俺と、千冬姉の妹だ! だからずっと俺たち……兄ちゃんたちのそばにいろっ!!」

「……!」

マドカは目を見開いて、震える手を一夏の肩に置いた。

「だって……わたし……私は……」

「お前はマドカだ。誰が何と言おうと俺と、千冬姉の家族だ! これからも! ずっと!!」

「………………うんっ!」

一夏は俺たちに気づいてないんじゃないかと思えるくらいマドカしか見ていない。

「変わった子ね。一度は殺されかけてるのに、ああまで言えるなんて」

「ハン、あの小娘の何がいいんだ?」

スコールとオータムが、一夏を見ながらそう言った。

「そういうやつなんだよ。一夏は」

俺が苦笑混じりに言った直後、周囲を囲まれた。ラウラ達だ。

「動くなっ! 亡国機業!」

ラウラがカノン砲を向けてきた。

「一夏っ! アンタ早くマドカ連れてこっちに来なさい!」

「あ、ああ!」

一夏がマドカを連れて俺達から離れて箒とセシリアと鈴のところまで飛ぶ。

「瑛斗を返してもらおう!」

ラウラが叫び、カノン砲のセーフティを解除する。

「あん? やる気か?」

オータムがウェポンアームを動かして臨戦態勢をとる。

「待ってくれみんな! こいつらは敵じゃない!」

俺はオータムの前に出てみんなに呼びかけた。

「瑛斗! 戻って来て!」

シャルが俺に叫ぶ。

「行かないで……!」

簪の目は涙が溢れかけていた。

「シャル……簪……。俺は……」

戻れない。そっちには行けない。

そう伝えようとした。でも……。

「はいはい。わかったわ。降参よ降参。オータム、帰りましょ」

「えっ?」

スコールが突然こんなこと言い出して、オータムよりも先に俺がリアクションしてしまった。

「お、おいスコール、何言ってんだよ?」

「何って、多勢に無勢で勝てるわけないでしょ? だから降参して引き上げるの。ねぇ、オータム?」

「……そうだな。仕方ねえ」

オータムもアルバ・アラクネのウェポンアームを下ろした。

「オータムまで……一体どうしたんだよ?」

問いかけてもスコールは俺を無視する。

「こうして潔く立ち去るんだから、後ろから撃つようなことはしないでもらいたいわね?」

「……怪しい動きをしなければな」

ラウラが静かに、だが鋭い口調で告げる。

「じゃあ行くわよ、オータム」

「わかってるよ」

「あっ! オータム? スコール!?」

呼び止める間も無く行ってしまった。何をするわけでもなく、本当に行ってしまった!

視線が一斉に俺に向けられる。俺は完全に取り残されていた。

「えっとぉ……」

どうしよう。俺も二人を追いかけて行くべきか?

と、思ったのも束の間。

「ふっ!!」

ラウラがワイヤーブレードを射出して俺の腕に巻きつけた。

「うわっ!?」

俺を巻きつけたまま巻き戻されたワイヤーが、俺とラウラの距離を一気に詰めさせた。

「………………」

ラウラは無言のまま、何もしてこない。

「ら、ラウラ……?」

名前を呼んだ。

「……っ!!!」

次の瞬間、さっきまでほぼ無表情だったラウラの目から、いきなり大粒の涙が溢れた。

「う……っ……うわぁぁぁぁぁ!」

おまけに声まであげて泣き出してしまい、俺は狼狽する。

「ラウラ……」

「ばっ……ばっ……馬鹿者っ! 馬鹿者馬鹿者馬鹿者!! 心配したんだぞ……! いなくなって……! シャルロットも簪も心配して……!」

しゃっくりが混じるその言葉が、装甲から離脱させた小さな拳に乗って俺の胸を叩く。何度も、何度も。

「……ごめん。でも、俺が学園にいたらきっと……」

「そんなことは関係無いっ!!」

「え……」

「お前が私たちを守るなら、私たちがお前を守る! だからお前が私たちの前からいなくなる必要は無い!!」

「そうだよっ!」

シャルもラウラに賛同した。

「瑛斗はあの時言ってくれた! 勝手に決めつけるなって! 僕もその言葉を使うよ! 瑛斗が、瑛斗だけが背負う必要はないんだ! だから……一緒に帰ろう!!」

「瑛斗……! 私もっ、もっと、一緒にいたい! 瑛斗のそばにいたい!!」

簪も涙を流して叫んでいた。

 

「………………」

なぜか胸が熱くなる。

 

どうして、どうしてこいつらは、俺をここまで……。

「……いいんだな……? 俺がいて……」

「許さない理由が……どこにあるというのだ?」

周りを見る。ラウラだけじゃない。シャルも、簪も、一夏も、箒も、セシリアも、鈴も、楯無さんも、フォルテ先輩も、みんな、みんな頷いてくれた。

「……そうか。じゃあ……帰ろうぜ。IS学園に」

「……! ああ! 帰ろう!」

ラウラが俺に抱きついた。

「瑛斗っ!」

「瑛斗……!!」

シャルと簪も俺に飛び込んできた。

「お、おいっ、ちょっ、バランスが! バランスがとれない! 海に落ちるぞ!?」

何とか踏ん張って海への落下は防いだ。

「お前らなぁ……」

『瑛斗くん、戻って来てくれて嬉しいわ』

オープン・チャンネルで楯無さんから通信が入った。

「楯無さん……色々と、すみませんでした」

『いいのよ、私があなたでもそうしたわ。ううん、もっと酷かったかも』

「そんなこと……」

『それでね、戻って来てくれるのは全然いいのだけど』

「はい?」

「帰ったら……いろいろ大変なことになるかもだから━━━━ね?」

「え?」

今の『ね?』に、とてつもなく嫌な予感がした。

 

 

「はああ〜……」

IS学園の二年生寮。自分の部屋に戻ってきた俺は椅子に深く座って、深く息を吐いた。

学園に帰って来た俺を待っていたのは、長い長い取り調べだった。

学園にミサイル攻撃が行われている最中に、学園から離れていた先生方が戻って来ていたらしくて、取り調べはすぐに始まった。

取り調べに向かう前、楯無さんに、あなたが話したいことだけを話せばいいと言われた。

だから俺は亡国機業のことは伏せて、あくまで偶然外を出歩いてたら街頭の大型テレビの臨時ニュースでミサイル攻撃のことを知ったと説明した……のは最初の取り調べ。

最初の取り調べが終わった後、俺はまた別の取り調べ室へ連れて行かれた。そこにいたのは山田先生と千冬さんに楯無さん。それとあと一人、轡木十蔵と名乗る人だった。

どっかで見たことあるな……と思ったら、たまに見かける用務員のおっさんだった。しかもその人、IS学園の実質的な運営者らしい。俺が知ってる学園長は、この人の奥さんだそうな。

そこで俺は二回目の取り調べを受けた。

『君はこれからどうするつもりだい?』

それが最初の質問だった。轡木さんはそう言ったけど、俺はすぐには答えられなかった。これからのことなんて、まだこれっぽっちも考えていなかったからだ。

俺はこう答えた。

『これから考えることにします。でも、みんながここにいていいと言ってくれたから、学園から離れる気はもうありません』

その返答に、轡木さんは納得してくれた。

それからは、千冬さんが何者かから得た情報と、俺が知ってる限りの亡国機業の情報との照らし合わせだった。

そしてようやく解放されて、こうして腰を落ち着けているわけだ。

「それにしても……」

俺は左手首の待機状態のG-soulに目を落とした。

「G-entrusted……か」

あの時発現したG-soulのワンオフ・アビリティー。あの時の表示から考えてこれは、半径五キロ圏内にあるISからエネルギーを吸収して自らのエネルギーにする能力。対ISの戦闘なら、なかなか強力な力だ。

でも弱点がある。周りにISが無ければ意味がない。

戦闘義構なんかの、ISじゃない兵器の相手をする時は、結構厳しい。もし仮にそういう場面に出くわしたら俺のセフィロトしか対象が無くなってしまう。上手く使わなくちゃダメだ。

「お前には、本当に助けられるよ」

G-soulを労ってから、椅子から立ち上がって窓から外の景色を見た。

(少し前まで、あそこで戦ってたんだよな……)

そう考えると、我ながら大それたことをやったもんだ。

あの数の相手は、きっと俺一人じゃ無理だった。

(オータムとスコールにも礼を言っておきたかったな。ちょっと癪だけど)

なんて考えてたら、窓の外の景色の下から、何かが上がって来た。

「おわぁっ!?」

驚いて後ろに飛び退く。

「そんなに驚かなくてもいいじゃない。失礼しちゃうわ」

「お前………スコール!?」

「こんばんは。デートのお誘いよ?」

ISを脚部だけ展開したスコールが、そこにいた。

「か、帰ったんじゃないのか?」

「帰ったわよ。でも戻って来たの。あなたに会いにね」

「会いにったって……今から外に出るのは……」

「大丈夫よ。少し話があるだけ。この建物の屋上に行きましょ? それならいいかしら? というか、ここにいると気づかれるかもしれないから早くしてくれない?」

確かに、ここにいられると誰かが部屋に入って来たらいろいろまずいか。

「……まあ、それなら」

俺は窓から出て、G-soulを展開した。屋上は閉鎖されていて、誰もいない。

「あなたとこんな夜に二人きりなんて、オータムが知ったら嫉妬するわね」

「オータムは来てないのか?」

「ええ。私だけよ。エム……マドカだったかしら? 彼女今どうしてるの?」

「一夏と一緒だ。もしかしたら千冬さんもいるかもな」

学園に戻った時、千冬さんとマドカはすぐに鉢合わせした。

少し複雑そうな表情を浮かべたマドカの頭を千冬さんが何も言わずに撫でたところを見て、ようやく俺は安心出来たんだ。

「ブリュンヒルデも彼女を受け入れたわけね。よかったじゃない」

「そう言えば、あの時お前のセフィロトがかなり変わってたんだけど、どうしたんだ?」

「損傷してたセフィロトをチヨリ様が用意してくださったパーツで改修したの。名前も、ゴールデン・ドーンに変わったわ」

黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)か。さすがチヨリちゃんだな。……でよ、スコール」

「なに?」

「話ってなんだ?」

「あら、もう少しお喋りしたかったけんだけど……」

「………………」

無言のプレッシャーをかけると、スコールは肩を竦めて、真剣な表情を作った。

「単刀直入に言うわ。本当に、私たちと来たいと思ってる?」

「思ってない」

「………………」

「俺はお前達とは行かない。学園に残るよ」

「……決めたのね? あなた自身が、あなた自身の意思で」

俺が頷くと、スコールは微笑んだ。

「わかったわ。私も、チヨリ様からあなたの意思を尊重するよう言われてるの」

「悪いな。言うことがコロコロ変わって。でも━━━━」

そこまで言って、スコールが俺の口に人差し指を当てた。

「……!?」

「わかってるわ」

すぐに指を離して、スコールは可笑しそうに笑う。

「うふふ、いいわ。私たちはあなたを近くで見守らせてもらうわね」

「え……そ、それって━━━━」

金色の光が弾けた。

「っ……!?」

目を開くと、スコールが金色のIS、《黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)》を全展開していた。しかも浮遊していて、今にも飛び立たんばかりだ。

「必要なら、力になるわ」

「あっ、おい! スコール!」

「また会いましょう! ……瑛斗!」

そしてスコールは遠い空へと飛んでいった。

「なんなんだあいつ……見守るって……いったいどういう意味だったんだ?」

それだけじゃない。聞きたいことがまだあったのに、聞くことが出来なかった。

「……戻るか」

部屋の中に戻る。

外からの風を背中に感じた。

「あ、そうだ……」

ポケットからバーでマスターさんから受け取った手紙を取り出した。この手紙のことは、誰にも話していない。

マスターさんが命がけで守っていてくれた、二十年前に俺の父親が書いた俺にあてた手紙。

(どんなことが書いてあるんだろう……)

開封しようとした。

(でも……)

手が止まる。

「……なんか、怖いな」

まだ、心の準備が出来ていない。

もしこれを読んで、今の気持ちが揺らいでしまったらどうしよう。

そう考えると不安だ。

「これはまた、いつか読むとするか」

机の引き出しを開けて、封筒をしまう。出来るだけ、奥に。

引き出しを閉めたところで部屋のドアがノックされた。

「「「瑛斗っ!」」」

そして返事を待たずにドアが開かれる。

 

「ラウラ? シャルと簪も」

なぜか三人とも肩を上下させて息を乱している。

「なんだ? 走ってきたのか?」

「お、お姉ちゃん、から、取り調べが終わって……瑛斗に会えるって聞いたから……!」

「僕たち、いても立っても居られなくて!」

「どこも大事ないな!? 瑛斗!」

「あ、ああ」

答えると三人ともいきなりしおらしくなった。

「瑛斗……その、改めて、すまなかった」

「あ、謝らないでくれ。謝らなきゃいけないのは俺の方なんだから」

「でも……僕たち、瑛斗の……」

「いいんだ。結果がどうあれ、お前達が俺のことを思ってしてくれたことに変わりはないんだろ? それなのに俺ときたら……。━━━━ごめん」

「瑛斗……」

「だからさ、こんなことを俺が言うのもアレだけど……おあいこってことにしないか?」

ダメか? と笑って言ってみる。三人とも顔を見合わせてから、小さく笑ってくれた。

「うん……おあいこ……」

「そうだね。おあいこだね」

「ああ、おあいこだ」

そして四人で笑いあった。よかった。三人とも納得してくれた。

「……あれ?」

「どうした簪?」

「本音が……」

「本音? のほほんさん?」

「む〜……」

のほほんさんがドアの向こうから顔を半分だけ出してこっちを見てる。

「ど、どうした?」

「……きりりんに無視された」

「え?」

 

「きりりんに冷たくあしらわれた」

 

「……あ!」

そ、そう言われてみたらそんなことがあったかもしれない………

「あの時私の心は深く、ふかぁ〜くっ! 傷ついたのです……」

「そ、それは……」

あれは、確かに、ちょっと悪いことをしたかもしれない……

「……よ、よし! 今度お菓子を買ってあげるから! それで機嫌直してくれよ。な?」

「ほんと!? わぁ〜いお菓子〜!」

のほほんさんは、急速に上機嫌になって、ドアの陰から出て俺に飛びついてきた。

「おわっと……ははは」

「ほ、本音っ! ずるい!」

「えへへ〜きりりん大好き〜!」

「……! わ、私もっ!」

簪が俺に抱きつく。

「え!? あ、ぼぼ僕だって!」

「なっ!? お、お前達何をしている! 瑛斗は私の嫁だぞ!」

続いてシャルとラウラも俺に飛び込んだ。

「わっ! お、おいこらお前ら!」

これからの事なんてまだわからない。でも……

「た、倒れる!冗談抜きで倒れるぞ! 俺が下敷きでっ!! うわあぁぁぁぁっ!?」

今はこの、かけがえのない大切なこの居場所で、みんなと一緒にいるとしよう。

 

 

織斑家。

 

一夏、マドカ、そして千冬は、帰ってきていた。

 

一夏とマドカはともかく、千冬は本当なら事件の事後処理に追われてこんなことはできないはずだ。

 

しかし学園に戻ってきた教師たち、主に真耶が、一夏やマドカと一緒にいられるように、千冬の仕事を請け負ったのだ。粋な計らいである。

 

「お姉ちゃんに髪梳かしてもらえるなんて、なんだか久しぶりだなぁ」

 

「ああ。私も久しぶりだ」

 

就寝前、千冬に髪を梳かしてもらい嬉しそうなマドカに、千冬も穏やかに言う。

 

「お兄ちゃんがやると、ちょっとだけ力が強いんだよね」

 

「なんだ? 一夏お前、マドカの髪を梳かしたことがあるのか?」

 

ソファに座っていた一夏は話を振られて照れ臭そうに頬を掻いた。

 

「ま、まあ。この夏休みに、何回か」

 

「夏休みだけじゃないよ。学園の寮でも、たまにやってもらったの」

 

「そうか。それくらいならまあ、許してやろう。……よし、もういいぞ」

 

マドカは千冬の梳いてくれた髪を指で撫で、顔をほころばせた。

 

「うん! ありがとう!」

 

「おう。子どもはそろそろ寝る時間だ。二人とも疲れただろう。早く寝ろ」

 

「そうだな。マドカ、そろそろ寝よう」

 

「うん。あ、あのね、お兄ちゃん。お願いがあるの」

 

「?」

 

「今日こそ……一緒に寝てほしいんだ」

 

「え……!?」

 

思わず顔を引きつらせる一夏。千冬は面白そうに目を細める。

 

「今日こそ、ということは、未遂に終わったことがあるようだな」

 

「昨日の夜はいろいろあったから。だから今夜は、今夜こそはお兄ちゃんと一緒に寝たいの」

 

「マドカ……」

 

「それに……よかったら、お姉ちゃんとも」

 

完全に油断していた千冬は、目を丸くした。

 

「私か? いや、私は……」

 

「安心してよ。寝首をかこうなんて思ってない。ただ、お姉ちゃんと寄り添って眠りたいの」

 

「それはわかっているが……」

 

なかなか首を縦に振らない千冬を見て、一夏は口を開いた。

 

「……そうだな。今日は三人で一緒に寝るか」

 

「一夏?」

 

一夏は微笑んだ。

 

「かわいい妹の頼みなんだ。これくらい叶えてやってもバチは当たらないよ、千冬姉」

 

「…………………」

 

沈黙し、千冬は肩を竦めた。

 

「しかたない。なら、私の部屋でいいな? 二人とも枕を持って部屋にこい」

 

一夏とマドカは顔を見合わせてから、嬉しそうに頷いた。

 

……

 

…………

 

………………

 

……………………

 

「まさかこの歳になって川の字で寝る体験をすることになるとは……」

 

マドカの左に寝そべる一夏は何とは無しにつぶやいた。

 

「妹のわがままくらい許してやれ。兄貴だろう?」

 

同じくマドカの右に横たわり、弟への意趣返しとばかりに言う千冬は、満更でもない顔をしている。

 

「ありがとう、二人とも。私、とっても嬉しい。いい夢が見れそうだよ」

 

「それはよかったな。明かりを消すぞ」

 

千冬はリモコンを操作し、部屋の照明を落とした。

 

「……お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 

少しして、一夏と千冬はマドカの声が聞いた。

 

「もう一つ、ありがとう。私のこと、受け入れてくれて……。嬉しかった」

 

マドカは、二人の手を、布団の中で優しく握った。

 

「もう、離れないよ。ずっと、二人と一緒にいるからね」

 

「ふ……望むところだ」

 

「俺も千冬姉も、ずっとお前の家族だ」

 

「うん……!」

 

暗闇の中でもわかる。マドカは笑っている。きっと一夏も。きっと千冬も。笑っている。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん……おやすみなさい」

 

「ああ。おやすみ」

 

「おやすみ。マドカ、千冬姉」

 

三人は、目を閉じた。

 

月明かりが優しく世界を照らす夜。

 

少女の抱えていた偽りは、今、真実になった━━━━。




はい、というわけでまた章が一つ完結でございます。

今回で、夏休み編は終了です。

結構長いこと話を書きましたが、実はこの章、五日間ほどの出来事なんです。かなりハードかつ過密なスケジュールですね。

次回からは、二回目の夏休みのあと! 二回目の学園祭編がスタートします。

あの人物が学園にやってきます。薄々感づいている人もいらっしゃるかもしれませんね。

それでは次回からもお楽しみにっ!


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