IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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緋色の空へ 〜または舞い降りる焔の翼〜

トレーラーから、人が現れる。数は三人。

「え……? 何? 誰あれ?」

「って言うか……いきなりこっち来たけど…」

偶然近くにいた生徒達が、その場で立ち止まり侵入者達を凝視する。

千冬はトレーラーが水に濡れているのを見て、走って来た方向からこの侵入者達は海から来たのだと直感した。

すると三人の内の一人が、手の中に何か球体の物を握り、おもむろに高く手を掲げた。

「!」

嫌な予感を察知した千冬は窓から外へ躍り出る。

「お前たち!そいつらから離れ━━━━━!」

ボンッ!!

 

煙幕が侵入者、そして生徒たちを飲み込んだ。

「くっ……!」

煙幕へ走る千冬。

「ブリュンヒルデ、下手な動きはしないでいただこう」

しかし、煙の中から聞こえた男の声に足を止めた。煙が晴れる。

リーダー格であろう男と、その後ろに立つ二人。三人とも防塵マスクとゴーグルで顔を隠している。千冬から見て右側は、一人の生徒、一年生のフィル・フューリーの首へ腕を回し、フィルのこめかみに拳銃をあてていた。

「え………?」

何が起きたかわからないといった表情のフィルだったが、すぐにその顔に恐怖が現れる。

「ひ……!?」

「ここで子ども手にかけるのは気が進まない。我々の要求にそちらが従えば、この学園にいる生徒、そしてあなたを含めた教職員にも危害は加えない」

「良く言う……! 信用出来るとでも?」

「信用するしないはそちらの自由だ。だが我々に今のところその気は無い。我々は━━━━━」

男が答えようとした時、千冬の横を何かが通り過ぎた。

それは疾風(はやて)のように素早く男の懐に飛び込む。男はそれに応じるためにホルスターから拳銃を取り出す。

「はぁっ!」

「……っ!」

男に向かったのは、箒であった。

 

箒の刀の切っ先が男の首もとに置かれ、男の拳銃の銃口が箒の額の前に据えられる。

「篠ノ之!?」

「話に聞く日本のサムライというやつか。中々いい動きをする」

自分の首に剣先があるというのに臆する様子を見せない男に、箒は内心で僅かに驚く。

(この男……手強い……)

「し……篠ノ之先輩……!」

縋り付くようなか細い声が聞こえた。箒はその声に応えるように柄を握る手に力を込める。

「そこの男に、フューリーを放すよう言え。危害を加えないと言うならば、まずは彼女を放せ!」

「ふふ……」

男は左手を軽く挙げてフューリーを解放するよう指示した。

直後、解放されたフューリーは箒に駆け寄る。

「せ、先輩……!」

「もう大丈夫だ。早くあっちに……」

「は、はいっ!」

フューリーが箒から離れ、異変に気付いて集まっていた他の生徒達のそばに向かう。

「これで理解していただけたかな?」

男は拳銃をホルスターに戻した。

「貴様ら……!」

箒も男と距離を取り、刀を構え直す。

「篠ノ之。手を出すな。ISも使うなよ」

横に立つ千冬に箒は目だけを向ける。

「わかっています。ですが私の紅椿が、なぜか起動しません」

「何……?」

「箒! 千冬姉!」

そこに一夏がセシリアとともに現れた。

「一夏!? なぜ出てきた!? ヤツらの狙いはお前かもしれないんだぞ!」

箒が叫び、一夏とは足を止める。同様にセシリアも立ち止まった。

「携帯が圏外になったと思ったら外から大きな音が聞こえたんだよ」

「携帯……? どういうことだ?」

「それについて説明しよう」

男の声に注目が集まる。

「この学園の上空に我々が用意した特殊なマシンが飛んでいる」

 

「マシンだと?」

 

「マシンが発生させる力場の中では、ISはその機能を失う。副作用で君達の使う携帯電話等の電波も撹乱させてしまうようだがな」

「あなた方は何者です!」

セシリアが鋭い声を上げると、男は淡々と答えた。

「我々はある人物から依頼されここにやって来た。依頼はこの学園に存在しているある物の奪取であり、そこにいる織斑一夏ではない」

「ある物?」

「いい。オルコット。……貴様らの事情は知ったことではない」

千冬は男に突き放すように告げる。

「この学園の生徒に手を出した時点で、お前達は敵だ」

「そのつもりでここに来ている。そして、その敵はこのようなこともさせてもらった」

男が首を一度動かし、後ろの二人に指示を出す。

二人はまったく同時に小型の投影プロジェクターを取り出し、空中に映像を出現させる。

「な…………!?」

映像を見て一夏は、いや、その場にいた男達以外の全員が驚愕する。

「マドカと……ラウラ!?」

「なぜこうも簡単に先ほどの少女を手放したと思っている。先に潜入させていた者が発見した。銀髪の娘は暴れそうになったが、隣の眠っている娘を盾に使ったら止まったそうだ。この2人の生死は今、我々の手中にある」

映し出されているラウラは、マドカの横たわるベッドの横で手を縛られ、銃口を側頭部に向けられている。

「卑劣な……!!」

「その汚名は甘んじて受けよう。だが我々にも任務がある。成功させる為にはこのような手段も取る場合もあるのだよ」

奥歯を噛み締め憤る箒を尻目に、後ろの二人に映像を消すよう指示した後に男が芯の通った声を放つ。

「さぁ、ブリュンヒルデ。これで少しは我々の話を聞いてくれるようになっていただけたかな」

千冬はすぐにでもこの三人の制圧にかかりたかったが、ラウラとマドカが盾にされていたため……

「……目的は何だ?」

そう言うことしか出来なかった。

「我々の要求はただ一つ」

「一つ……?」

そこで千冬は予測を立てる。

(このタイミング……まさか……!)

そして、予測は的中した。

「この学園の地下に保管されているコールドスリープマシン……それを渡してもらおう」

「やはりそれが狙いか……!」

周囲からどよめく声が聞こえる。

「コールドスリープマシン?」

「知ってる?」

「知らない。そんなの初めて聞いた」

男はどよめきが収まってから口を動かした。

「それを渡してもらえさえすれば我々はここから撤退する。無論、あの少女2人も無傷のまま返そう」

しかし、と男は続ける。

「もし要求が飲まれない場合、こちらも不本意だがこの2人は殺す。そして━━━━」

男が赤いボタンの付けられたグリップをちらつかせた。

「この学園を焼き尽くすことになる」

「焼き尽くす……?」

一夏が意味がわからないと言わんばかりにつぶやく。

「我々は既に幾つかの軍事基地のコンピュータを抑えている。ブリュンヒルデ、聡明なあなたならこの言葉の意味がわかるはずだ」

「………………!!」

千冬は、背中に嫌な汗が出るのを感じた。

「とんでもないことをしてくれたな……!!」

その声は、怒りとも、焦りとも取れるような、震える声だった。

「千冬姉?」

「話が早くて助かる。さあ、決めてもらおうか。我々の雇い主にも都合があるらしい」

「……………………………」

千冬は沈黙する。

「ここには無い、などとつまらない嘘はやめてもらおう。裏は取れているからな」

「………………わかった」

「千冬姉!?」

一夏は千冬が折れたことに驚いた。

「賢明な判断、感謝する」

男は左手を耳元にあてる。

「出て来い。作業を始める」

男の声の後にトレーラーの後ろに連結されたコンテナが駆動音を響かせ、開いた金属壁内から巨大な影が姿を現した。

「なんだ……あれは……?」

箒が思わず、と言ったように呟いた言葉は他の生徒達の胸中にあるものだった。

男達同様、黒に統一された装備を纏う三人組。その四肢を包む灰色の金属製アーマーは、ISとは違って重厚な印象を受ける。

「……『EOS』か」

「その通り」

千冬の言葉に男は頷く。

「千冬姉、EOSって?」

「Extended Operation Seeker……略してEOS。国連が開発中の外骨格攻性機動装甲だ。まだ最終調整の段階のはずだが……」

千冬の疑問に答えることなく男は話を進めていく。

「これから私とこのEOSがコールドスリープマシンを回収に向かう。さぁ、案内してもらおうか」

「……いいだろう。だが━━━━━━」

「わかっている。この学園の生徒には手を出さない。そして人質も我々が撤退する際に解放しよう」

「………………………ついて来い」

千冬が踵を返して校舎へと歩き出す。

「ち、千冬姉……」

「お前達、下手な気は起こすなよ。コイツらは口では手を出さないなど言っているが、何をしてくるかわからん」

「わたくしたちはどうしたら……?」

「篠ノ之と一緒に、他の生徒達を見ていてやってくれ」

千冬は一夏達にそう告げ、男達と共に学園の内部、地下特別区画へと向かった。

 

「い……いったい何すか、アイツらは?」

二年一組の教室からは、外の様子はよく見える。

侵入者の突入直後から見ていたシャルロット、簪、梢、フォルテの四人は千冬が校舎内へ侵入者達を連れて入るのを教室を出ずに窓から見下ろしていた。

「学園の中に入って来たよ……」

「……携帯電話の電波が途絶えたのは彼らが原因と考えていいはず。問題は、織斑先生がなぜヤツらを学園内部へと入れたのか」

「何か、映像を見せられていたみたいだった……」

「映像?」

「うん……角度が悪くて、どんなのかはわからなかったけど、プロジェクターを使ってたから……」

簪は眼鏡をかけているが、決して目が悪いわけではない。それどころか、むしろ良い。そして厳密に言うとこれは眼鏡ではなく携帯用ディスプレイなのだ。

「一夏達は見てたはずだよ。聞いてみよう」

シャルロットが窓から身を乗り出そうとした時、教室の扉が開く音が聞こえた。

「簪ちゃんっ!」

「お姉ちゃん?」

扉の前には楯無がいた。楯無は簪の姿を確認して、長く息を吐く。

「よかった……無事だったのね!」

「お姉ちゃん、いったい何が起きてるの……?」

「携帯がいきなり壊れたと思ったら、変なヤツらが来たっすよ!」

「みんな、落ち着いて聞いて。彼らの狙いはコールドスリープマシンよ」

楯無の言葉にシャルロット達に緊張が走る。

「瑛斗の……コールドスリープマシンを?」

「……何のために? あれは動くかどうかもわからないはずでは?」

「わからないわ。でも、もう一つ問題があるの」

「問題?」

「これを見て。彼らが侵入してくる直前に医療棟の監視カメラが収めた画像よ」

楯無は携帯電話を操作し、四人に画面を見せる。

「え……………!?」

シャルロットは目を見開いた。

部屋の天井の隅とわかる位置から撮られた画像では、ラウラが手を縛られ、銃を向けられていたのだ。

四人はこの時まだ知らないが、これは男達が千冬達に見せた映像と同じ状況であった。

「ラウラちゃんとマドカちゃんが人質に取られてるの」

「そんな! どうしてラウラが!?」

「織斑先生が何も出来ないのはこれがおそらくこれが原因だわ」

「……学園生徒を人質にした、脅迫……」

「あなた達はこのままここにいて。教室から出ちゃダメよ。ISが使えなくなってるみたいなの」

「お姉ちゃんは……どうするの?」

「医療棟へ向かうわ。ラウラちゃんとマドカちゃんを助けにね」

「まさか一人で行くつもりですか!?」

「まさかも何も……あなた達を危険に晒すことなんて出来ないわ。それに………」

「それに?」

「ラウラちゃんがあんなことになったのは……私のせいだから」

「お姉ちゃんのせい……?」

「……浮き足立ってたわ」

楯無は歯噛みした。

「本当は私もあなたたちに……瑛斗くんに真実を話すのは怖かった………。あの時だって、すごく緊張してたの。だから、冷静じゃなかったのかもしれない。失態だわ……『楯無』の名前を持つ者として、一生の不覚よ」

「お姉ちゃん……」

「だから、その埋め合わせは自分でやるわ。ラウラちゃんとマドカちゃんを助けられれば織斑先生も自由に動けるはずよ」

シャルロットは一度窓の外を見た後、覚悟を決めた。

「僕も行きます」

「シャルロットちゃん……ダメよ。あなたにもしものことがあったら、私は今度こそ瑛斗くんに合わせる顔が無いわ」

「でも━━━━━!」

言いかけたシャルロットに楯無は詰め寄る。

「お願い……瑛斗くんが悲しむ顔を、あなたも見たくないでしょ?」

「…………っ」

楯無の言葉はシャルロットの胸を強く締めつけた。

「わかり……ました………」

「ありがとう。じゃあ、行ってくるわ」

「楯な━━━━━━」

「お姉ちゃんっ!」

教室から出て行こうとする楯無を簪が引き止める。

「なにかしら?」

「その………気をつけて。絶対、ラウラと、マドカを……助けて」

「……任せなさい。私はIS学園最強の、生徒会長で、簪ちゃんのお姉ちゃんよ?」

楯無は微笑んでから、教室から出た。

(学園最強、か……)

廊下を進む楯無は、今言った自分の言葉に内心苦笑していた。

(まだまだだなぁ……私。本当、まだまだ)

「…………………………」

ギリ……と両の拳に力を込める。

(こんな私も許せないけど……今はそんなことを言ってる場合じゃないわよね)

楯無の動かす足の速さは次第に上がり、すぐに走ると言っていい速度になった。

 

 

ボロボロの大部屋の中に一つだけ置かれた、ボロボロのベッド。

私は覚えてる。

ここは、私が、亡国機業としての『私』が、生きていた場所。

 

スコール・ミューゼルの前に連れて行かれるまで過ごしていた、地獄。

毎日、子どもがたくさん死んだ。血もたくさん見た。

でも、自分の名前すらもわからなくなっていた私は、それに何の感情も抱かなくなっていた。

(殺した……織斑千冬を……殺した……)

きっとこれは夢の中なんだろう。でも、いつかみたいに起きたいとは思わない。それどころか二度と覚めないで欲しいくらい。

(もう……どうでもいいかな……何もかも………)

「ここにいたのか」

「……………………………」

『私』が現れた。

「遂にやったな」

満足気に、勝ち誇ったように、笑みを浮かべている。

「………そうだね。やったんだね。織斑千冬を、殺ったんだね」

私は『私』に目を向けず、答えた。

「……言うわりには、嬉しそうではないな」

『私』は少し不服そうだ。

「念願が成就したんだぞ? 少しは喜んだらどうだ」

「……私には、無理だよ」

「…………………………」

確かに『私』の言う通り、織斑千冬を殺すことは最大の目的だった。

それに成功したのに、私は喜べない。

 

「驚いたぞ。まさか私を押し込んで、お前の人格を前に出し続けるとはな。……愛していたのか? あの姉弟を」

「……そうだね。愛してた。大好きだった」

「だがな……」

「わかってるよ。全部嘘だって。わかってるけど……幸せだったよ」

「ふん……私のくせに、平和ボケしたか」

『私』は少しバカにするように笑った。

「……ねえ、お願いがあるんだけど」

「何だ?」

「私を━━━━殺してくれないかな」

「…………………………」

「私を殺して。そしてあなたが目を覚まして。そしたら、あなたが織斑マドカだよ」

「……いいのか?」

「…………うん」

「…………………では」

ベッドに上がった『私』が私に近づいて、後ろから私の首に腕を回す。

これで何もかも終わると思うと、身体から力が抜ける。

(自分に殺される……これが本当の自殺なのかな)

「………………………」

「………………………」

でも、いつまで経っても私は何もされなかった。

「どうしたの?」

「……やはりダメだ」

「ダメって……?」

「考えてみたら、私はあの世界にもう生きている意味がない」

「だから、何なの?」

「お前が生きろ。代わりに私が消える」

「えっ……!?」

「ああ、それがいい。そうしよう」

「ま、待って!」

私は『私』の手を握った。

「消えるって……消えちゃうんだよ!? 本当にいいの?」

「勝利を噛み締めながら消えるのだ……。これ以上の有終の美は無い」

「でも……!」

「あの世界に未練は無い。私の人生は……終わった。これからは、お前が正真正銘、織斑マドカだ」

『私』が、私から離れてベッドから降りる。

「記憶を失う前の私は、もしかしたらお前のような心の持ち主だったのかもしれないな」

「待って! 待ってよ! 教えて! 私はどうしたら━━━━━━━━!」

地響きが聞こえ始める。壁や床に亀裂が入り出した。

「さらばだ。もう一人の………本当の私」

そして、目に映る景色全体が爆発するみたいに吹き飛んで、真っ白な光が、全てを飲み込んだ。

 

IS学園医療棟内のマドカが眠る部屋にいたラウラは、突然現れた二人の侵入者に拘束された。

ISが何らかの理由で展開出来なかったこともあったが、マドカがいることもラウラが動けなかった理由だった。

「貴様ら……どこの国の回し者だ!」

「………………………」

「………………………」

侵入者はラウラの言葉には反応しなかった。ラウラは拘束された手に力を込める。

(情けない……!何をやっているのだ私は! このような事態にも対処出来ないとは………!)

横を見れば、瞼を固く閉ざしたマドカが横たわっている。

(どうする………? どうすればこの状況を打開出来る?)

ISを使えなければ、これほどまでに自分は弱いのかとラウラは自分自身に憤る。

(私に……私にもっと、守る力があれば………!)

ふと、後ろから光を感じた。

カッッッッ!!!!

振り返った瞬間、閃光が弾け、一瞬何も見えなくなる。

「な、何が……!?」

ラウラは止むを得ず左目の眼帯を外し、『越界の瞳』を露わにする。

「なっ…!?」

金色の瞳に映る光景に、驚愕する。

バルサミウス・ブレーディアを展開したマドカが、そこにはいた。

「………………………」

「………………………」

二人の侵入者は、マドカに銃を向ける。

「マドカッ! そいつらは━━━━」

ザンッ!!

ブレードビットの刃が、侵入者二人を文字通り切り刻んだ。

「…………………」

「…………………」

侵入者は血を流さなかった。その代わりに、バチバチと断面から火花を散らしている。

「き……機械?」

ズタズタにされた肌色の皮の下は、銀色の機械が露出していた。

「…………………………」

ブレーディアの右腕部装甲から小型のブレードビットが飛び、ラウラの手の拘束を切断する。

「マドカ……なのか?」

「……………………………」

ラウラの問いに応えることなく、マドカはブレードビットで窓枠を細切れにして、外へ出ようとする。

「待てマドカ! 話を━━━━!!」

しかしマドカはラウラを無視して外へと飛び出した。

「いったい何が起きている……」

あまりに急な出来事にラウラはそう呟くしかなかった。

「ラウラちゃんっ!」

楯無が扉を開けて部屋に飛び込んで来た。

「今、何が起きたの!? て言うか、あなたは無事!?」

「え、ええ……何が起きたのかは……私には………。それよりも、私も聞きたいです。何が起こっているのですか?」

「……順を追って話すわ。まずは、ここから出ましょう。歩けるわね?」

ラウラは楯無に連れられ、部屋を出た。

 

IS学園地下特別区画の通路を、千冬と学園への侵入者である男達が進む。

「聞いた通りだな。この学園には地下に巨大施設があると」

広い通路に三体のEOSの稼働音が響く中、男の言葉が千冬に聞こえた。

「貴様ら……誰の差し金で来た?」

「聞いてどうする」

「そうは言うがな、貴様らが亡国機業と関係があることは明白だ。コールドスリープマシンの存在を知っているのだからな」

「……………………」

「コールドスリープマシンをどうするつもりだ? あれはもう動かない。ただのガラクタだぞ」

「我々は何も聞かされていない。ただ奪えと依頼されただけだ。今までで最高額の報酬を提示されたがな」

「怪しいとは、思わなかったのか?」

「……それなりにはな」

それきり男は話さなくなった。

(さて……どうしたものか…………)

千冬は静寂の中で思案していた。

(ここまでは……予測とおおよそ()()している………)

千冬が手に入れた亡国機業の情報が入っていたUSBにはコールドスリープマシンが奪われる、まさにこのような事態への対処法が記されていたのである。

(『万が一コールドスリープマシンを奪われそうになった時は守ろうとはするな。くれてやれ』とは言われたが……本当にそれでいいのか?)

千冬が男たちに従っていたのはラウラとマドカを人質に取られていたこともあるが、このことも要因であった。

(二十年近く守り続けたものを、そうやすやすと手放すことが出来るものか?)

理由があるとすれば、コールドスリープマシンに何か仕掛けを施してあることなどだが、千冬が知る限りではそれらしいものは無いはずだった。

「どれ程で到着するかな」

男の問いかけで千冬は一度思考を中断する。

「我々ものん気に見学しに来ているわけではないのだが……」

「わかっている。ここだ」

千冬は立ち止まった。そこは確かにコールドスリープマシンが保管されている部屋であった。

千冬がコンソールを操作し、扉が内部への道を開ける。

灰色の塊は、音も無く、そこに鎮座していた。

「これが例のコールドスリープマシンか。確かに稼働してるようには見えないな」

「言っただろう。ガラクタだと」

「だがこれが依頼主の目的だ。行け」

男の命令で三体のEOSがコールドスリープマシンへ近づく。六本の強化アームが灰色の塊を慎重に持ち上げた。

「このマシンを一体どうやってここに運んだ? まさか学園を建てる前から埋めていたというわけではないだろう?」

「そう急くな。すぐにわかる」

ズズン……と重たい音が響く。

床が上昇を始めた。天井もそれに合わせて少しずつ左右に開いていく。

「これは………」

「この部屋はこういう仕組みになっている。運搬に便利だとかでつけられたそうだ」

「ここまですんなり事が進むと、少し気味が悪いな……」

それはこちらも同じだ。と言葉に出そうになったが千冬はそれを堪え、代わりの問いを男に投げかけた。

「仮に私達が抵抗したとしたら、お前達はこの学園にミサイル攻撃をしようとしていたのか? あの時のように……」

『あの時』。

 

それは白騎士事件のことであった。世界の変わる大事件にして、千冬にとっての全ての始まり。

「お前達……いや、お前達の依頼主は本気だったのか?」

「……かもしれないな。上空に仕掛けたISに干渉する力場を発生させるマシンには、バリアフィールドを生成する装置も取り付けられている」

「バリアフィールドだと?」

「外部からの進入には何の反応も起こさないが、フィールドの内側から出ることは不可能。この学園を巨大な檻にすることも出来たのだが…無駄に終わりそうだな」

「…………………………」

「要求を飲んでもらって本当に感謝している。我々も世紀の悪人にはなりたくはなかった」

「…饒舌なことだ」

そして、千冬達は夏の日差しに熱せられた外へと出た。

「我々はこのままこのマシンを収容、この学園から離脱する」

「そうしてくれ。これ以上生徒達を怯えさせるような真似はしないでもらいたい」

「千冬姉!」

向こうから一夏の声が聞こえた。

ここを離れる前と様子が変わらないのを見て、千冬は緊張を少し緩める。

「よく、訓練されている部下だな」

「そちらの生徒達もな」

「千冬姉! 大丈夫か? 何かされたとかは?」

「問題無い。何も無かった」

「あれが、コールドスリープマシン……織斑先生、コールドスリープマシンを敵に渡すのですか?」

箒が千冬に問いかけた。

「やつらはあれを渡せば退散する。あのガラクタをどうするかは知らないがな」

「…………………………」

千冬や一夏、その他の生徒達が見守る中、コールドスリープマシンがトレーラーのコンテナへと収められ、EOSを装着していた三人もコンテナの中に消える。

「我々の役目は終わった。撤退する」

トレーラーのエンジンがかかる。

「待て! 人質を解放してもらおう」

「そうだったな、すまない」

男がEOS隊を呼んだように耳元に手を当てた。

「任務終了だ。人質を解放して戻ってこ━━━━」

『コールドスリープマシンを無事に手に入れたみたいですね!』

 

突如、千冬達の周囲から声が響いた。

「な、なんだこの声は!?」

「どこからですの!?」

見渡しても人影は見えない。

『思ったより早かった! とても満足ですよ!』

「このくぐもった声……。どこかから放送を?」

千冬がそう勘ぐった時、トレーラーの運転席の屋根から映像が飛び出した。

『IS学園のみなさん、こんにちは!』

「……依頼主だ」

男が千冬に耳打ちする。

「奴が………」

『このような登場で失礼しますよ、ブリュンヒルデ?』

顔が黒く塗りつぶされているが、声は若い男の声だった。

『ふむふむ……その様子では特に人死にがあったようなことはありませんね。こちらとしても喜ばしい。ですが………』

声は悲しいことを言う前かのように言葉を一度切った。

『IS学園へのミサイル攻撃が、今さっき決定しました』

「……………っ!? ど━━━」

「どういうことだ!? 話が違うぞ!!」

千冬より先に男が激昂する。

「最悪の場合の手段だったはずだ!!」

『幹部会の決定です。一番下の私じゃ止められないんだなこれが』

しかし声はおどけたように受け流した。

「幹部会……? 貴様が亡国機業の幹部か!?」

『ご明察! さすがブリュンヒルデ! じゃ、頑張って死なないようにしてくださいね〜……あ! 例のバリア、あと四十秒後には発動しちゃいますんで、よろしく!』

「待て! まだ話は━━━━!!」

しかし、一方的に通信は切られた。

「くっ……!! ふざけたことを……!」

憤る千冬は奥歯を噛みしめる。

「………ブリュンヒルデ、生徒達を避難させろ。今すぐに」

男が千冬の肩に手を乗せた。

「ISを封じられてる今、出来るのはそれだけだ!」

男は千冬にそう言いながらトレーラーに飛び乗った。

「お前の部下はどうする! まだ戻って来てはいまい!」

「あれは人間を装わせたロボットだ! 破壊されても問題は無い! とにかく急げ! あの地下施設は、そういう役目もあるんだろう!?」

言い切った直後、男は完全にトレーラーに乗り込み、トレーラーは轟音とともに走り出し、みるみる小さくなっていった。

「ち……千冬姉……何がどうなってるんだ? 今のは━━━━」

「一夏、今から私の言うことをよく聞け」

「あ……ああ」

「学園内にいる生徒達を地下特別区画へ誘導する。お前も手伝え」

「え━━━━」

「急げっ!! 話をしている暇は無い! 学園へのミサイル攻撃が始まる前に全て終わらせるぞ!」

千冬の声は、これまで一夏が聞いてきた声で一番狼狽していた。

 

とある軍事基地。そのオペレータールーム。

この基地の司令官は、いつも通り仕事を終えようとしていた。

「司令、頼まれていた会議の資料です」

「ああ。ご苦労」

女性職員が数枚の書類をデスクに運んできた。

「司令はこの夏に休暇は取らないんですか?」

「少しは取ろうと思っているが?」

「これ春に生まれた息子さんの写真ですよね?」

「そうだ」

司令官のデスクの端には写真立てに飾られた赤ん坊の写真があった。

「可愛らしいですねぇ。ちょっと司令に似てるかも」

少し背中が痒くなるような気がした司令官は話を終わらせるように咳払い。

「……まだ仕事は終わってないぞ」

「失礼しました。では」

少し笑うと女性職員は自分の持ち場に戻った。

「…………ん? えっ、な、なんだこれ!?」

突然、オペレータールーム奥から声が上がった。

「どうした?」

「め、メインコンピュータに異常発生! 各システムが次々とアクセスを遮断していきます!!」

周囲がざわつき始める。

メインモニターのシステム状況の表示に『error』の文字が溢れ出した。

「まさか……ハッキング!?」

「落ち着け! 対抗プログラムを使用しろ! 同時にハッキング元を探れ」

「は、はいっ!」

職員の一人がキーボードを忙しく叩き始める。

「だ……ダメです! プログラムの発動権も乗っ取られています!プログラムが作動しません!!」

司令官はデスクを叩きながら立ち上がった。

「バカな!? プロテクトは最新式だぞ!?」

「システムの87パーセントがアクセスを拒絶! も、もう止められませんっ!!」

職員の悲鳴に近い声の後、システムが瞬く間に完全掌握された。

「全てのシステム……掌握………されました……」

「一瞬でこの基地の全てのシステムを……」

(いったいどこから……何の目的で……?)

司令官は顎に手をあてて思考に耽った。

(まさかあの時のように…………いや……そんな……)

「し……司令!!」

「今度はなんだっ!?」

「基地内全てのミサイル発射口が……開いていきます!!」

その報告を聞いた瞬間、司令官は全身が総毛立つのを感じた。

(やはりか……!!)

「止めろっ! ミサイルの発射を今すぐ止めるんだ!!」

「ダメです! アクセスできません!」

「ミサイル、各発射口から発射されます!!」

ミサイルが次々と発射され始めた。こうなってしまえばこちら側からの阻止はもう不可能である。

「まさか……また起こるのか……!」

司令官は脚から力が抜け、椅子に深く座り込んだ。

「司令?」

司令官の携帯電話に着信が入った。別の基地の責任者だった。

「………私だ」

『大変なことになった! 我々の基地のメインコンピュータが━━━━!』

「何者かに突如ハッキングされ、ミサイル発射口が開き、ミサイルが次々と発射され始めた……そうだろう?」

『え……そ、そうだが…………まさかそちらの基地も!?』

「そのまさかだ。おそらく我々だけではない。この状況……あの時と同じだ」

『………っ! やはりそう考えるべきか……!』

電話の向こうの声から、渋面が容易に想像出来た。

「そんな……っ!?」

別の方向からまた悲鳴が聞こえた。

「少し待ってくれ。どうした!?」

呼びかけると、振り返った職員の表情は青ざめていた。

「い、今……ミサイルの予測到達地点の表示が出たのですが………」

「どこだ! 発射されたミサイルはどこに向かう!?」

「このままでは………日本のIS学園と、その周辺地域に到達しますっ!!」

「なんだとぉっ!?」

 

「ったく……! 叩き起こされたと思ったら……ミサイルが降ってくるって何がどうなってんのよ一夏!」

隣を走る鈴が俺に叫ぶ。

「俺だってわからない! 千冬姉だってまともに説明してくれてないんだ!」

学園内にいる生徒は、殆どが誘導に従って地下特別区画に移動した。

俺たち専用機持ちは逃げ遅れている生徒がいないかを手分けして探し、最後に地下に降りることになっていた。

「クソッ! 一気にことが起こり過ぎなんだよ!」

「まだ何かあったの!?」

「……マドカが、目を覚ましたんだ」

「えっ…」

歯噛みする俺は楯無さんが連れて来たラウラが話してくれたことも気になっていた。

「ラウラから聞いたんだ。マドカがブレーディアを展開して何処かへ飛んでいったって」

「そうなの……。でも、おかしくない? ISは使えないはずでしょ?」

「この際そんなこと話してもしょうがない。事実俺たちのISはまだ使えないんだからな」

「一夏くん! 鈴ちゃん!」

楯無さんが俺達の名前を叫ぶ声が聞こえた。隣には箒とラウラがいる。

「楯無さん! 他の生徒は!?」

「織斑先生が誘導して全員収容したわ! あとはあなた達が━━━━!」

ウゥゥゥ………ウゥゥゥ………!

遠くからサイレンが聞こえた。

「何!?」

「サイレン? ……まさか、もうミサイルが!?」

「もうすぐリフトが戻って来る! お前たちが最後だ!」

「待て箒っ! まだシャルロットが戻って来ていない!」

「なんだって!?」

「みんな見て! シャルロットが来たわ!」

鈴が指差す方向からは、確かにシャルロットがこっちに向かって走っていた。

 

「………………………」

街で会った蘭に無理矢理連行された俺は五反田家に来ていた。

だけど、ただお邪魔したわけじゃない。

「おう、小僧。この皿洗っとけ」

「瑛斗さん、申し訳ないんですけど、こっちもお願いします!」

「瑛斗くん、これもお願いね」

「………………………」

また俺の両サイドに積まれる皿のタワー。

そう、俺は五反田食堂でなぜか皿洗いをしていた。

「なんで俺はこんなことを……」

「口動かしてないで手ぇ動かせっ!」

「す、すいませんっ!」

ちょっとぼやいたら厳のじいさんに一喝された。なんつー地獄耳。

「悪いな。こんなことになっちまって。まさかこんなに客が入るとは思ってなかったんだ」

鍋をかき回す弾が俺に声をかけてきた。

「近くで規模がデカめのスポーツ大会があったらしくてな。こんな時間なのに観客だけじゃなくて選手もドカドカ来てよ。正直蘭と一緒にお前が来てくれて助かってる」

「そ……そうか。役に立てて何よりだ」

「じいちゃんに目をつけられたのが運の尽きだったな」

「違いない」

「弾っ!! お前もちゃんとやれっ!」

「やってるよじいちゃん!!」

「はは………」

それから俺は皿洗いを長いことやって、落ち着いたのは西日が強くなり始めた時だった。

「ごめんなさい。いきなりお店の方手伝ってもらっちゃって。助かりました」

本来の目的を思い出したらしい蘭は店の近くの公園に俺を連れてきた。

「あ、ああ。どういたしまして」

俺の手の中にはさっき働いた分の駄賃が握られている。

「俺の方こそ、いいのか? ちょっとばかし皿洗いしただけだぜ?」

「いいんですよ。瑛斗さんにはお世話になってますし」

蘭は気前良くそう言って笑った。

「それで、本当はもっと早く話すはずだったんですけど……」

蘭の少し声色が変わる。いきなり来るのか。

「何があったんですか?」

「………………………」

正直言って、あまり話したくはなかった。

 

皿洗いをしている時に考えてみたけど、専用機を持った代表候補生とはいえ、蘭はあくまで一般人だ。

俺とは、俺を取り巻く因縁とは、関係が無い。

「ほら、言ってみてください。一人で悩むより、誰かに話した方がいいですよ」

まっすぐ俺を見る目は心の底から俺の為を思ってくれている証拠だろう。

だから、余計に話しづらかった。

「そんなに、簡単な問題じゃないんだ……」

「え?」

「誰にも相談なんて出来ない。こんなこと話したところで、誰も理解してくれないんだ」

会話が無くなって、ヒグラシの鳴き声だけ聞こえる。

「……そ、そんなこと言われたら、余計心配になるじゃないですか」

「何度も言わせないでくれ。話すことは無いんだ」

「いいえ、絶対にあるはずです」

……若干しつこいな。

「無いったら無い」

「あります! 梢ちゃんが言ってました。とても思い詰めてるって。シャルロットさんも、簪さんも、ラウラさんだって……きっと瑛斗さんを心配して━━━━━」

「………! 黙れっ!!」

三人の名前を聞いた瞬間、俺は遮るようにそう言っていた。

「勝手なこと言うなっ! 心配してる? お前に俺の何がわかる!?」

口をついて出た言葉が我ながらお決まり過ぎて、呆れてしまう。

「そんなに聞きたいなら教えてやるよ! 俺は今、自分が誰なのかわからないっ!!」

「えっ………」

ああ、まただ。

また止まらない。

また溢れ出してくる。

「誰も俺に本当のことを言ってくれなかった!! 俺の周りは嘘だらけだ! 俺は本当に桐野瑛斗なのか? 本当は別の名前があって、自分を桐野瑛斗だと思い込まされてるだけじゃないのか? そう思うだけで……怖くてたまらない!! 自分自身が嘘だなんて……! けど事実そうなんだよ! でも俺はその事実を認めたくなくて、目を背けて逃げてるだけなんだ!」

「嘘だらけ……? 本当のこと?」

「お前の目の前にいる俺は誰だ? 本当に桐野瑛斗か? いったいどうやってそれを証明する!? 俺が俺である証拠がどこにあるってんだよ!?」

「それは………」

「答えられないんだよ! 誰も! だから俺は証明が欲しい! 俺が 『桐野瑛斗』だっていう証明が!! それが無いなら俺は……俺は死んでるようなもんなんだよ!!」

勢いのまままくし立てて、少し切れた息で、自分が何をしていたのか思い出した。

「………っ! 悪い……怒鳴り散らして……何言ってるか……わかんないよな……」

蘭の前から消えようと歩き出す。

「今の、忘れてくれ……じゃあな。じいさんによろしく言って━━━━━」

「…………ですか」

「ん………?」

「何ですか!! さっきから何言ってるのかさっぱりわかりませんよ!」

「……………………」

何を言っていいのかわからなくなって数秒フリーズした。

「や、だから、忘れてくれって……」

「無理ですっ!!」

「ええ……」

「何があったかはこの際聞きません! でも、今の言葉は聞き捨てならないですよ!」

蘭は今にも飛びかかって来そうなくらいの勢いだ。

「自分の存在の証明なんて、自分で作るものなんです! 誰かに作ってもらうものじゃないんですよ!!」

「……! それが出来たら━━━━━!」

「無いなら作ればいいじゃない!!」

「!?」

 

被さってきた言葉に、俺は体を強張らせた。

「…………作る……?」

 

「瑛斗さん、言いましたよね。周りは嘘だらけだって。なら瑛斗さん自身はどうなんですか? 瑛斗さんは、自分に嘘をついてきました?」

 

「………………」

 

俺は首を横に振った。少なくとも俺は、()()()に嘘をついてはいないはずだ。

 

「だったら、もう答えは出てるはずです。こうだから自分なんだって、そう自分で思えばいいんですよ。 それがあなたの欲しがってる、自分自身の証明になるんですから」

 

「俺の………」

 

「私には何があったのかわかりませんけど……瑛斗さんは今、混乱してるだけです。落ち着いてください。瑛斗さんならきっと、見つけられるはずです。今までの瑛斗さんも、そうして生きてきたんじゃないですか」

「………………………」

蘭の言葉が、頭の中でリピートされる。

(俺は……何をもって、俺なんだろ

う……)

考えてみる。俺には、何があるのかな。

(俺が、今まで生きてきて、心に決めていたこと……)

直後、俺は目線を落とした《G-soul》に、叫ばれたような気がした。

(俺の……存在は━━━━━!)

「………フッ」

口の端から笑いが漏れた。

「え?」

「………そうだな。お前の言う通りだ」

何を考えてたんだ俺は。こんな簡単なことにも気づかないで。

「そうだ……こんな簡単なことだったのに………俺は何をしてたんだ」

「……見つけられましたか?」

蘭が俺の顔を覗き込んでくる。

「ああ。ありがとな。おかげで、目が覚めた」

「い、いえ。お礼なんていいです。こういう性格なんですよね、私」

そう言うと、蘭は少し照れたように顔を赤くした。

「おーい! らーん! 瑛斗ー!」

「え? お兄?」

「弾?」

弾が俺達に慌てた様子で走って近づいてきた。

「どうした?」

「何があったの? またおじいちゃんが何か?」

「い、いや……そうじゃなくて……」

乱れた呼吸を整えることもしないで弾は言った。

「なんか……すっげー綺麗な女の人が来て、瑛斗はいないかって」

「綺麗な女の人?」

「急ぎの用事だってさ。店の前で待ってる。つーか、お前あんな人とも知り合いなのか? IS学園やっぱり半端ないな……」

弾の言ってることが今一わからなかったが、俺は少し予感めいたものを感じていた。

「……わかった。行こう」

俺は少し急ぎ足で五反田食堂に戻る。

「どっか行きやがったと思ったら、こんなとこで皿洗いか? 気持ちの整理が聞いて呆れるぞ」

黙っていれば確かに綺麗な女が出会い頭に文句を垂れてくる。

「……オータム、たまにはまともな挨拶したらどうだ?」

「はっ! そりゃあ悪かったな」

「……どうして俺がここにいるってわかった?」

「お前、あのバーに居た時に私達と一緒にいたの忘れたか?」

「……………………」

オータムの返答は具体的なものじゃなかったけど、大方発信機でも仕込まれたんだろうと察しはついた。

「おい小僧、面倒事なら他でやってくんな。こちとら客商売なんだからな。いくらべっぴんさんでも、店の前で睨み合いなんかされたら困るんだよ」

厳のじいさんが眼光を鋭くする。

「俺もそんな気はないです。……で、何しに来た? 俺を連れ戻しにか?」

「半分はそうだが半分は違うな」

「じゃあ何だ?」

「もうすぐIS学園にミサイル攻撃が始まる。それをお前に教えに来た」

「は………? 今、なん━━━━」

何て言った? と聞こうとしたら、蘭が前に出て来た。

「み、ミサイル攻撃!? どういうことですか!?」

「な……何だお前?」

突然出て来た蘭にさすがのオータムも鼻白む。

「五反田蘭と言います! IS学園の生徒です! 一応オランダ代表候補ってことで専用機も持ってます!」

「へ、へぇ……そいつは立派なこった」

「蘭、待ってくれ。オータム、話が見えない。どうしてIS学園にミサイル攻撃なんてことになる?」

聞くとオータムは面倒くさそうに頭を掻いた。

「こっちが聞きてーっつーの。バーに戻って、ババァとマスターに聞かされたんだ」

「チヨリちゃんとマスターさんが? じゃあ……まさか……!?」

「十中八九、いや、確実に幹部会の連中の仕業だろうな」

「……………! ふざけんな……!」

怒りに身体が震えた。

「もうこれ以上……俺の大切なものを奪われてたまるか!!」

オータムが歯を見せて笑う。

「行くか? IS学園に」

「当たり前だっ!!」

俺はG-soulを展開した。

「そう来なくちゃな。直行すんぞ」

オータムも《アルバ・アラクネ》を展開して浮遊する。

「私も行きます!!」

横から声が弾けた。見れば蘭が専用機の《フォルニアス》を展開していた。

「蘭!? お前何言ってるんだよ!?」

弾が装甲に包まれた蘭の手を掴む。

「落ち着け! 何もお前まで行かなくたって!」

「学園には友達が……梢ちゃんがいるの!」

「でもよ………瑛斗、お前からも何か言ってやってくれよ」

止めてくれ、と言われたような気がした。

「オータム……」

「お前が決めろ。私はどうだろうと構いやしねえよ」

オータムはどちらでもよさそうだ。やっぱり俺が聞くっきゃないか。

「……蘭、本気か?」

「はいっ!」

蘭の目には、どこにも怯えが無かった。

こんな目をするやつは、多分来るなと言っても意地でもついて来る。

「……無茶はするなよ」

「お、おい、瑛斗!?」

「弾、いい加減にしねぇか」

なお食い下がる弾を厳のじいさんが諌めた。

「じいちゃん……」

「蘭が自分で決めたことだろうが。好きにやらせてやれ」

じいさんは静かに言う。

「だがな…………」

じいさんが俺をギロリと睨んだ。

「瑛斗、おめぇ、うちの可愛い孫娘に怪我の一つでもさせてみろ? 今後一切、うちの店には入れてやんねぇぞ。…………わかったか!?」

「おじいちゃん……」

「時間が無え。そろそろ行くぞ」

オータムの声が聞こえて、俺は厳のじいさんに自信を持って言った。

「任せてくれよじいさん。蘭には、傷一つつけさせない」

「……ふん! その言葉、忘れんなよ」

そしてじいさんは店の奥に入っていった。

「用は済んだな? 行くぞっ!」

オータムのアルバ・アラクネが最初に。

「あっ、待てよ! 蘭、俺たちも行くぞ!」

「はい! みんな、行ってきます!」

そしてその後を俺と蘭が追って、空に舞った。

「オータム! ミサイルはどれくらいで学園に来る!? 数は!?」

「いっぺんに聞くなっ! ……あ?」

唐突にG-soulのウインドウにオープン・チャンネルで通信が入った。

『やっと繋がったか! 瑛斗、オータム! ワシじゃ! チヨリじゃ!』

「ああ! 聞こえてるよ!」

「ババァ! ガキは連れて来た。これから迎撃に向かうぜ」

「え? だ、誰と話してるんですか?」

前からオータムの話す声が聞こえた蘭は違う。どうやら俺とオータムだけへの通信らしい。

『わかった。時間が少ない。要点だけを話すぞ。今IS学園は特殊なバリアフィールドに完全に覆われておる。ISが機能せん。それどころか内部からの脱出も不可能じゃ』

「逃げるに逃げられないってことか……ん? なんでチヨリちゃんは知ってるんだ?」

『それはじゃな……』

『瑛斗くん』

ウインドウに映る顔がマスターさんに変わった。

『今回の件は前々から幹部会が計画していたものです。チヨリ様には私からお伝えたしました』

マスターさんの眼差しは真剣だった。

『学園へのミサイル攻撃は白騎士事件の再現。ですが予定通りならばその規模は白騎士事件に比べて小さいはずです』

「だとありがたいですね……」

白騎士事件で発射されたミサイルの数は記録では二三一四発以上。それより少ないと言ってもかなりの数のはずだ。

『チヨリ様の調べた情報ではミサイルはすでに発射が始まっています。学園に到着するまでもう時間がありません……。本来なら君が店に来てくれた時に話すべきでしたが……申し訳ありません』

「もうなったことです。気にしないでください。後悔するよりも、やることがあります」

『手紙は……もうお読みに?』

「……まだです」

『そうですか……。わかりました。こんな言葉を言う資格が私にあるかどうかわかりませんが……………ご武運を』

頷いてみせると、またウインドウの中の顔が変わる。

『瑛斗、オータム』

「スコール!」

スコールだった。てか、俺のこと呼び捨てかよ。

『私のセフィロトは修理にまだ時間がかかるわ。でも、必ず行くわ』

「おい、お前車椅子だったろ。そんなんで戦えるのか?」

「心配すんな!」

なぜかスコールじゃなく前を飛ぶオータムが答えた。

「私とのキスでスコールは完全回復したんだぜ!」

「「キスぅ!?」」

突然のカミングアウトに、俺は蘭と声を合わせてオウム返し。

「スコールが私にキスを求めて、それに応えたら、スコールは立ち上がったんだ! 私とスコールの愛の力だぞ!!」

「あ、愛の力……!」

いよいよ蘭は目をぐるぐるさせる。操縦に気をつけろよ?

「スコールお前………実は怪我とか嘘……」

『……………』

画面の中のスコールに半眼を向けると、人差し指を唇に当てた。どうやらそういうことらしい。

「任せてよスコール! スコールが出て来る前に、全部終わらせてやるからさ!」

気づいてないこいつはバカというかなんというか……。まぁバカか。スコールバカ。

『あらあら、頼もしいわね。けど、私の分も残しておいて欲しいわ』

『スコール! バカな話しとらんで手伝え! お前のISじゃろうが!』

チヨリちゃんの声が聞こえた。こんだけ張れてるってことは元気になったのか。もしやあれも演技だったのでは……いや、今はそんなのどうでもいいか。

『はいはい、ただいま。……じゃあ任せたわよ』

そして通信は終わった。

「え、瑛斗さん……誰とお話を?」

「ああ……まあなんだ、俺の知り合いとな。それより━━━━━」

ウゥゥゥ………ウゥゥゥ………!

サイレンが鳴り響いた。

「なんだ!?」

「さ、サイレン!?」

「ご丁寧に教えてくれたってこったろ。見てみろ」

オータムが示したのは、少し遠くに見えるIS学園の中央タワー……よりもさらに遠く。

ディスプレイに拡大表示されたのは、複数のミサイル群。

「もう来やがったぜ……!」

「まっ、間に合うんですか!?」

「このスピードだとギリギリだな。私のアラクネはまだ本調子じゃねぇし……」

「……G-spilit!!」

俺はG-soulを第二形態のG-spilitに変化させてビームウイングを開いた。

「オータム! 蘭! 俺は先に行く!」

「瑛斗さん!?」

「おいガキッ!?」

(待ってろよ……みんな!!)

ビームウイングをはばたかせ、俺はさらに加速した。

 

シャルロットは一夏たちと同様に逃げ遅れた生徒がいないかを確認し終え、地下特別区画へ向うリフトに急いでいた。

(さっきサイレンが聞こえた……きっともうすぐなんだ………)

「シャルロット! こっちだ!」

リフトに乗った箒がシャルロットのことを呼んでいた。

「急げ! もうミサイルが来るぞ!!」

「わかってるよ!」

走るスピードを上げようとしたシャルロット。

 

「うわっ!?」

 

だが、躓いて転んでしまった。

「いつっ……!」

すぐに立ち上がろうとしたが、右脚に走った鋭い痛みに動きを止める。

「シャルロット!!」

ラウラの声と、遠くから空を切る音が聞こえた。

刹那、シャルロットは凍りつく。

「……………!?」

ミサイルがシャルロットの今いる位置へ向かってきていた。

「立て! こっちに来るんだ! 早く!!」

一夏の必死な叫びが聞こえたが、シャルロットは完全に動くことが出来なかった。

炎の中に消える自分を思い浮かべ、恐怖に体を凍りつかせてしまったのだ。

全てがスローモーションになり、何も聞こえなくなる。

シャルロットの頭の中にあったのは、たった一つだけ。

━━━━瑛斗。

━━━━もっと、話したかった。

━━━━もっと、隣にいたかった。

━━━━もっと、君と笑っていたかった。

━━━━だけど……もう無理みたいだ。

硬く目を閉じ、全てを諦めた。

ドォォォォォォォォンッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

轟々しい爆裂音が大気を揺るがす。

しかしシャルロットに爆炎は届かない。

「…………………?」

シャルロットはゆっくりと目を開け、何が起こったのかを確かめようと顔を上げる。

「あ…………………」

シャルロットの目に映ったのは、焔のように揺らめく光の翼と白く輝く装甲。

「あ……あぁ……あぁっ……あ………!」

瞬間、涙が溢れ出す。

間違いない。

見間違えるはずがない。

なぜならばそれは、その後ろ姿は、ずっと━━━━ずっとそばで見ていたものだったから。

「……………瑛斗っ!!」

見えない壁を隔て、涙でぼやけた視線の先。

 

G-soul第二形態《G-spirit》を纏う瑛斗が双翼を広げていた。




瑛斗くん復活!
劇的な登場で学園の危機に駆けつけました! さすが主人公!
次回はいよいよクライマックス! 決意を新たにした瑛斗が大活躍! かも!
お楽しみにっ!

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