IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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言葉の向こう 〜または決意を阻む侵入者〜

「お嬢様、みなさんをお連れしました」

「ありがとう、虚」

日が傾きかけた頃。

俺達は虚さんの運転する車でIS学園に戻ってきた。

学園に戻ってきて最初に会ったのは楯無さんだった。

「一夏くん、お疲れ様。大変だったでしょう?」

「いや……他のみんなに比べたら……」

「お姉ちゃん……瑛斗は………?」

「戻ってきてないんですか?」

簪とシャルロットが楯無さんに詰め寄るけど、楯無さんは首を横に振るだけだった。

「信号もオフになってるし、ダメ元の携帯も繋がらなかったわ」

「そうですか……」

「瑛斗………」

二人とも落胆を露わにする。

「…………………………」

ラウラは二人よりも一層落ち込んでいるように見えた。

箒が鈴の肩を支えながら車から降りてきた。

「鈴、身体の具合はどうだ?」

「そっちの方は問題無いわ。ただ……」

「ただ?」

「…………いや、気にしないで。軽くメンタルやられただけだから」

箒をチラリと見てから、鈴はえらくどんよりしたため息をついた。

「………はぁ」

「どうした?」

「いや、ホント、泣いてないから。泣いてないからこっち見ないで……。見せつけないで……」

「鈴ちゃん、よっぽど怖い思いをしたのね……」

楯無さんにまで心配される始末だ。

「い、一夏さんっ!」

「セシリア」

息を切らしたセシリアが駆け寄ってきた。

「お、お怪我は?」

「俺は大丈夫だ。でもマドカが……」

セシリアの表情が曇る。

「瑛斗さんも……いませんのね……」

「ああ……」

どうやらセシリアも事情は知っているみたいだ。

「織斑先生、こちらの準備は出来てます」

楯無さんがマドカを抱える千冬姉に近づいた。準備って何のことだ?

「……そうか。更識、そいつは医療棟に拘束してくれ」

千冬姉の言葉に耳を疑った。

「拘束!? 待てよ千冬姉! なんでマドカにそんなことする必要があるんだよ!?」

「先生と呼べ織斑。そして何を勘違いしている。この小娘は元々亡国機業。家族でもなんでもない赤の他人だ」

「だけど……!!」

「これ以上無駄な話をしている暇はない。連れていけ」

「………わかりました」

「楯無さん!?」

楯無さんが頷いた。

「虚、行くわよ」

「……はい」

マドカを抱えた楯無さんは、虚さんを連れて医療棟へと向かって行く。

「待ってくれ楯無さん! マドカを連れて行かないでくれ! マド━━━━━━━━」

「いい加減にしろ。いつまで夢を見ている」

追いかけようとしたら千冬姉に腕を掴まれた。

「千冬姉……離せよ……!!」

「今後しばらくはアイツに会うことは許さん。いいな?」

「どうしてだよ! どうしてそんなに冷たくいられるんだよ!」

「一夏……」

「千冬姉だって、マドカのことを家族みたいに思ってたじゃないか!」

「本来のアイツを忘れていたわけではない。いつかはこうなるとはわかっていた。それが今日だったというだけだ」

俺は千冬姉の手を振りほどいて千冬姉を睨みつけた。

「これじゃあ、マドカが救われないじゃないか……」

「恨んでもらって構わん。だが、こうする必要がある」

千冬姉はそう言って俺達に背中を向ける。

「今日は色々とやることが出来た。私は学園に残るが、織斑、お前はどうする」

「俺も……俺も帰らないぞ、千冬姉。マドカが目を覚ました時に俺がいてやらなくちゃいけないんだ」

「……好きにしろ」

千冬姉が校舎の中へ消えていく。

「………千冬姉だって、マドカのことわかってるはずなのに…………」

「一夏……気持ちはわかる。だが、マドカが危険なのも事実だ」

箒の言うこともわかる。だけど納得がいかない。

「こんな時に瑛斗がいたら………」

「い、一夏っ!」

鈴に言われて気づく。今のは失言だった。

「……っ! わ、悪い」

バツが悪くなって視線をそらした方向に、夕日があった。

(瑛斗……お前は今どこで何をしてるんだよ……!)

沈もうとしてる太陽に、俺は心の中で親友への言葉を投げた。

 

 

今度こそ行く当てが無くなった俺は、無計画に街をフラフラと歩き回っていた。

(俺は……何をしてるんだろう………)

そんなことを考えてしまう。

俺はバーを出た時、また逃げ出していたんだ。

何も変わりはしないのに、ただ目を背けて、逃げ出した。

(自分で整理をつけるって言ったけど……そんなこと、出来るわけないじゃないか………)

誰にともわからない愚痴を浮かべて、道を歩く。

「ハハハッ! でよー………って!? おいテメェ!!」

「……………ん?」

振り返ったら、俺にメンチを切ってくる俺くらいの背丈の男が三人いた。

「テメェどこ見て歩いてるんだよ? 大事な服が汚れちまったじゃあねぇか!」

金髪で両耳にピアスをつけまくってる男が俺に凄んでくる。

「……どこも汚れてるようには見えないけど?」

下から上へ見てみても、特に汚れは見当たらない。

「んなこたぁどうでもいいんだよ!」

白縁眼鏡が俺の左に立つ。っていうかどうでもいいのかよ。

「ちょっとツラ貸せや」

そしてニット帽にサングラスの男が俺の右に立った。

(…………………………)

俺はそのまま路地裏に連れていかれて、行き止まりを俺の背後にして囲まれた。

「三対一か……」

「おおっと、卑怯とか言うなよ? 先にぶつかってきたのはそっちだぜ?」

「このクソみたいな暑さに俺たちゃウンザリしてたんだよ。そこにお前が来たわけだ」

「つーわけだから……憂さ晴らしさせてもらうぜぇっ!」

ゴッ!

直後、右頬に鈍い痛みを感じた。

「っ……!」

ピアス野郎に殴られたんだ。

「そらよっ!」

ドッ!

 

「ぐっ……!」

白縁眼鏡に腹を殴りつけられ、俺は体を曲げる。

「どりゃっ!」

バギッ!

「うあ……っ!」

そしてニット帽サングラスから背中にエルボーを受けた俺は日陰の冷たいアスファルトに倒れ込んだ。

「なんだコイツ? 弱っちぃじゃねぇか!」

「抵抗の一つもできねーのかよぉ?」

「俺達が強過ぎんじゃね?」

頭の上でギャハハハハ! と笑い声が鳴り響く。

「……………………どうした? それで終わりか?」

「ハハハハ……あ?」

「それで終わりかって……聞いてんだ」

立ち上がって、三人組を見据える。

「お前達が暑さにウンザリしてこの程度なら……俺はお前達を殺してるぜ?」

「な、ナメたこと言ってんじゃねぇぞっ!!」

目の前に来た白ぶち眼鏡の拳を左手で受け止めた。

「な……っ!?」

「遅い拳だ。それに力も無い……俺はその何倍もの力のパンチをしょっちゅう食らってるぞ」

手を離してやると、白ぶち眼鏡は弾かれるようにして後ろに飛んだ。

「な……なんなんだっ! なんなんだよお前っ?!」

「俺か? 俺は………………」

そこで言い淀む。

「俺は………なんだよ?」

「…………っ! お前達には関係ないっ!!」

ゴガッ!!

白縁眼鏡の鼻っ柱に拳を叩きつけた。

「うがっ……!」

白縁眼鏡は鼻血を流しながら仰向けに倒れた。

「一発は……一発だぜ」

「て、テメェ……!!」

サングラスが前に出る。

「お、おい、起きろよ。どうした?」

と、ピアス野郎が白縁眼鏡を抱き起こした。

「おい!? どうしたんだ!? しっかりしろって!」

ひどく狼狽したピアス野郎は白縁眼鏡の身体を揺さぶる。

「ちょっとばかし強く殴り過ぎたかもしれないな……」

「な……」

「まぁいいか……俺はお前達にも一発ずつ殴られてるし」

ゆっくりと、一歩距離を詰める。

「あ…あぁ……!?」

「ひっ………」

「お前達にも、一発ずつ、叩き込むだけだ」

もう一歩、近づいた。

「「す……すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」

悲鳴に近い声を上げ、白縁眼鏡を背負ったピアス野郎とサングラスは泡を食って逃げていった。

「なんだ……殴り損ねたじゃないか………」

そんなに残念には思ってなかったけど、言ってみる。

「……………………………………」

右手の甲を見ると、さっき白縁眼鏡を殴った時に噴き出た鼻血がちょっと付いてた。

「………………………ふふっ」

何がおかしいのか、笑ってしまった。

「………ホント……何してんだろう」

血を拭って路地裏から出たところで、また人とぶつかった。

「っとと、すいません……あ」

「い、いえ、こちらこそ……あ!」

今度は見知った顔だった。

「蘭?」

「瑛斗さん!」

IS学園の一年生専用機持ちで、五反田食堂の看板娘の蘭だ。

「き……奇遇だな。こんなところで何やって━━━━━━━」

「見つけた!」

蘭にいきなり手を掴まれた。

「えっ?」

「大丈夫ですか!?」

「な、何の話だ?」

「梢ちゃんからさっき電話があったんです。瑛斗さんが学園からいなくなったって」

「あ………」

戸宮ちゃん……余計なことを……

「詳しくは聞かされてないですけど、相当思い詰めてるって梢ちゃんが…………って、怪我してるじゃないですか!?」

「え?」

口の端に触れてみると、ピリッとした痛みを感じた。殴られた時に切ったのか。

「落ち着けって。こんなもん怪我のうちに入んないから」

「で、でも……」

「悪いな。心配かけて。俺……大丈夫だからさ」

「……………」

笑ってみせると蘭は手を離してくれた。

「じゃあな。気をつけて帰れよ?」

手を振って蘭と別れようしたら、

「………やっぱりダメです!」

「おわっ!?」

今度は腕を掴まれて、尻もちをつきそうになった。

「あ、危ないだろ!」

「瑛斗さん、絶対大丈夫じゃない!」

「は……?」

「無理して笑ってるの、バレバレですよ」

「……っ」

「私、梢ちゃんと一緒にいるから人の観察力が上がっちゃって。そういうのがわかるようになっちゃったんです」

困ったように笑った蘭はさらに続ける。

「私の家もすぐそこですし、来ませんか? よかったら話してください」

少し、考えてみた。

さっき蘭は詳しくは知らないと言った。蘭の性格だ。嘘を言ってはないだろう。でも━━━━━━━━

「ほら、行きましょう!」

「ちょっ!?」

考える間もくれないのか!?

 

(まさかこんなに早く会えるなんて……!)

瑛斗の腕を引きながら道を行く蘭は内心驚いていた。

(梢ちゃんの言ってた通り、危うい感じしてたし……)

つい数分前にした梢との電話を思い出す。

『瑛斗さんが行方をくらました?』

『……連絡も取れない。ISでもどこに行ったかわからない』

『どうしてそんなことになったの?』

『………………………』

『梢ちゃん?』

『……詳しくは、言えない。でも、彼はとても思い詰めてる。見つけたら、捕まえておいてほしい。何をするか、わからないから』

『梢ちゃんがそう言うってことは相当だね……わかった。見つけたら声かけてみるよ』

『……うん、お願い』

(瑛斗さんが思い詰めるなんて想像出来なかったけど……)

蘭はさっき瑛斗が浮かべたぎこちない笑顔で確信した。瑛斗は今、無理をしていると。

(私も瑛斗さんには何度もお世話になってるし、力になってあげなくちゃ!)

そう心に決めた蘭は拳を固めた。

「痛い痛い痛い痛い!? 蘭! 腕っ! 腕を握る力が強いっ!!」

瑛斗の腕を握る力も強くなっていたことに気づくのはもう少しあとだった。

 

 

海中に一艇の潜水艇が潜んでいた。

とある企業が開発した最新型であり、それなりの大きさはあるものの視覚はもちろんレーダーにも反応しない高いステルス性を有している。

潜水艇の大きさは十五メートル程であるが、潜水艇の後ろ十メートルは一つの巨大なコンテナであった。

この潜水艇の中には、八人の兵士とそれらを指揮する隊長が一人、同規格の特殊装備を身につけて搭乗していた。

この部隊の隊員達には名前など無い。全員が与えられた任務を果たすだけの『兵士』なのだ。

「現在、目標地点での変化はありません」

兵士の一人が定期的な報告をする。

「状況開始まで警戒を怠るな」

隊長はそれだけを告げ、潜水艇内を先程と変わらない沈黙が包み込む。

極端に少ない会話は、この部隊の練度の高さを表していた。

潜水艇は揺れる水面の下を漂い、再び動き出す時を待っている。

さながら、獲物を狙う獣のように━━━━。

 

 

「珍しいね。そっちから電話してくるなんて」

寮の自室に戻って来たアタシは、ルームメイトのティナにどこに行っていたのか聞かれて、一夏の家に泊まっていたとなんとか誤魔化した。

 

そして今はシャワーを浴び終えたところでかかってきた母さんからの電話に対応してる。

『あら、娘の声が聞きたくなったっていいでしょう? それとも今、都合悪かったかしら?』

「う、ううん。そんなことないよ。そっちはどう? 変わりない?」

『特に無いわ。鈴こそ風邪とかひいてない?』

「全然。相変わらず元気よ」

本当は誘拐されてて、ついさっき帰って来たばかりなことは言わないでおく。遠く中国にいる母さんに心配なんてさせたくない。

『そう! よかったわ!』

「や、やけに嬉しそうね」

『えっ、と、当然よ! 娘が元気で嬉しくないわけ無いでしょ? ……そう、元気ならいいの。そろそろ切るわ。国際電話の料金もバカにならないのよね』

「ま、待って!」

アタシは母さんを引き止める。

「ね、ねえ、母さん」

『ん?』

「……父さん、元気かな?」

誘拐された時のことはほとんど憶えてないのに、父さんのことが頭の中に残っていたことがアタシはどうも気になっていた。

『…………………………』

母さんは黙り込んだ。当然っちゃ当然よね。いきなり、こんな、離婚した相手のこと聞いたんだもの。

「か、母さん?」

『……大丈夫。きっと、元気よ』

母さんの言葉に、少し安心した。

「うん……そうだね。そうだよね」

『……鈴』

「何?」

『ごめんね。母さんたち……勝手だったわよね』

 

母さんの声が萎む。アタシは慌てて取り繕った。

「や、やめてよ。謝らないで。アタシそんなつもりで言ったんじゃないんだから……。アタシはもう気にしてないから……だから…………謝らないで?」

『そう……じゃあ、頑張ってね』

「うん。頑張る。じゃあね」

通話を終わらせて、深く息を吐いた。

「終わった?」

ベッドの上で雑誌を読んでいたティナが顔を上げた。

「あ、うん」

「何かあったの? 浮かない顔だけど」

「そ、そう? 疲れてるだけよ」

「……ハッ! まさか、帰って来ないで織斑くん家にお泊まりして……その日の夜に!? だから帰って来て早々にシャワーを……!」

「ちょっ!? な、何言ってんのよ! そんなことあるわけないでしょ!」

ツッコミを入れたら、足に力が入らなくなった。

「あぅぅ………」

「大丈夫? 相当疲れてるのね」

「ま、まぁね。すごく眠くなってきたわ……」

「休んでれば? 鈴がそんなことになるなんて、よっぽどよ」

「そうさせてもらうわ」

自分のベッドの上に横になる。

「足腰が立たない……鈴も大胆ね」

「だからー……」

「はいはい。わかってるって。事実が既に完成されてるのよね?」

「もう………」

ティナに背を向けるように寝返りを打つ。

(なんなんだろう……どうして、父さんのことがこんなに気になってるの?)

いつもなら、こんなことは思わない。だけど、妙に嫌な感じがする。

(でも……今は、疲れたな………)

答えの出ない疑問を頭の片隅に残して、アタシは目を閉じた。

IS学園医療棟。

重傷を負った生徒を療養させる施設の通路を若干重たい足取りで歩く少女がいた。ラウラである。

ラウラ自身が傷を負ったわけではない。確かに傷はあったが、それはいかなる最先端医療機材をもってしても簡単に治る傷ではなかった。

しかし、ラウラにも自分がなぜここにいるのかわからなかった。一人になりたい、そう思い、気がついたらこの場所に足を運んでいたのだ。

「そこのドイツ代表候補生ちゃん」

物陰から声にラウラは立ち止まる。

「楯無さん……」

部屋の扉の陰から出てきたのは、楯無だった。

「ここは立ち入り禁止よ? それに言われたでしょ。マドカちゃんと会うことは出来ないって」

「あなたが……見張りを?」

「そうよ。マドカちゃんが目を覚まして暴れても、私なら止められるからね」

「……マドカの様子は?」

「身体的に問題は無いわ。でも当分目を覚ましそうにないわね」

「そうですか……」

「今度は私の番よ。ここに何をしに来たの?」

「わ、私、は…………その……」

ラウラは上手く答えることができなかった。かと言って楯無相手に誤魔化しが通用するはずがない。

「瑛斗くんのこと……よね?」

考えてる内に言い当てられてしまった。

「わかるわ。一人になりたい。けど話を聞いてほしい。でもそれはただ自分の話を聞いてくれるだけでいい」

「……………………………」

ズバリズバリと言い当てられて、ラウラはいよいよ黙り込んでしまう。

「今のマドカちゃんなら、そうしてくれるから━━━━━」

「わ、私はっ」

楯無の言葉を遮る。

「私は……どうしたら…………」

ラウラの小さな声に、楯無は困ったような笑顔を見せた。

「……不安なのよね。私もよ。私も不安。彼……瑛斗くんがいなくなったのは、私の責任でもあるから。それに簪ちゃんも心配よ。深く落ち込んでいたもの」

楯無はラウラの横に立つ。

「本当はそばにいてあげたいのに……でも見張りがいなくなるのも問題だし……虚を帰さない方が良かったかも」

うーん、と楯無は考えるような素振りをしてから『名案』と達筆な筆字の書かれた扇子を広げた。

「そうだわ! ラウラちゃん、あなたが代わりに見張りをしてちょうだい!」

「……え?」

「うんうん。そうね。ラウラちゃんなら安心して任せられるわ!」

「い、いや……私は━━━━━」

「じゃあ、後はよろしくね」

そして有無を言わさずラウラの横を通り過ぎ、楯無はこの場から立ち去った。

「……………………」

ラウラは少しの逡巡の後、部屋の扉を開けて中へと入る。

一つだけ置いてあるベッドの上でマドカは眠っていた。

しかしラウラは不審を感じた。

「拘束されていない……?」

亡国機業、しかも専用のISを持っているというのに、マドカは何か特別な拘束具を付けられているわけでもない。

それどころか、貫頭衣に着替えさせられて点滴を施されている。

拘束と言うよりも治療中と言ったほうが正しそうな状態だった。

(教官は……いや、教官も、ということか…………)

そう考えつき、マドカのそばに近寄る。

ラウラはあの時の瑛斗の表情がその目に鮮明に焼き付いていた。

だから愛する人の負の感情に塗り潰された瞳に、何も出来なかった自分が許せなかった。

ラウラはマドカの眠るベッドの横の床に直に座り込んだ。

「なあ、マドカ……私はどうしていればよかったんだ………」

言葉は返ってこない。それでも、眠り続けるマドカにラウラは吐露する。

「教官の言葉を無視し、簪のように瑛斗を追いかければよかったのだろうか……初めから、隠すことなく全てを話せばよかったのだろうか………!」

後悔ばかりが口を突いて溢れ出す。

「だが………怖かったんだ……。あいつが………瑛斗が離れていってしまうのではないかと……そう……思ったら………怖くて仕方なかったんだ…………!」

ぼやけた視界の中、抱えた膝の上に雫が落ちるのを見た。

「私は……臆病者だな………」

そしてラウラは自分の膝に顔をうずめて小さくなった。

 

 

「セシリア、何か飲むか?」

「あ……いえ……大丈夫ですわ」

セシリアが俺の部屋に来たのは、瑛斗と連絡を取ろうと試みた6回目の発信が失敗に終わったところだった。

「一夏さん、マドカさんのところには行きまして?」

用意した椅子に行儀良く座るセシリア。こういう何気ないところにも気品が出てる。

「いや……行ってはみたけど、楯無さんに門前払いされたよ」

「そうですか……」

一度部屋に戻って来た俺は、マドカのところへ行こうとしたけどすぐに楯無さんに見つかって、追い払われてしまった。

「マドカのそばにいてやりたいんだけど……かなわなかったよ」

「辛いですわよね……。大切な人のそばにいられないというのは………」

「そうだな………それで、話ってなんだ?」

俺はセシリアと向かい合う形でベッドに腰をおろす。セシリアは部屋に入ってくる時、大事な話があると言っていた。何のことだろう?

「一夏さんには……お話ししなければならないと思いまして……」

セシリアの雰囲気からして、決して楽しそうな話題ではないと理解した。

「聞かせてくれ」

セシリアはうつむき、握った両手に力を込めた。

「瑛斗さんが一夏さん達の元へ急ぐ直前……瑛斗さんは……わたくしと闘っていましたの」

「え……?」

それから俺はセシリアに何があったのかを聞かされた。

瑛斗の知り合いらしい女からセシリアが自分の両親の真相を聞いたこと。そのメッセージを原因にセシリアが瑛斗と闘ったこと。

どっちの話も心から苦しそうに話すセシリアの姿には、俺も胸が痛くなった。

「セシリアの両親が……亡国機業に……」

「わたくしがいらない勘違いなんてしないで、瑛斗さんを行かせていたら…きっとこんなことにはならなかったはずですわ……」

「セシリアのせいじゃないよ。セシリアは悪くない」

「ですが………わたくしは……自分が許せませんっ……!」

セシリアは涙に濡れた目を震わせていた。

「決めたのに……お母様とお父様の墓前で………強い女になると…そう決めたのに……! 自分を抑えられなくてっ……………!!」

「………セシリア」

「…………?」

「セシリアはよくやってるよ」

「え……?」

「って、セシリアのお父さんとお母さんがセシリアを見たら、きっとそう言うと思うな、俺は」

「そう………でしょうか?」

「そうさ。そうに決まってる。セシリアにしか出来ないことをセシリアはやってるんだ。胸を張れよ」

「………………………」

「強い女に……って言ってたけど、セシリアは強いよ。力だけじゃない。心の強さがセシリアにはあるんだ」

俺は知ってる。セシリアはどんなに窮地に立っても、弱音を吐いたりしないことを。

「お前が気に病むことは何も無い。誰も、お前を責めたりなんてしないさ」

「…………………ふふっ」

セシリアは小さく笑った。

「一夏さんは……やはり、お強い御方ですのね………」

そして椅子から立ち上がり、俺に近づいてきた。

「どうした?」

「一夏さん……とても、不躾な願いだと承知の上で……聞いていただけませんか?」

「な、なんだ改まって?」

セシリアは俺の隣に座って、少し迷うように顔を下げる。そして、顔を上げたセシリアに思わず息を飲んだ。

「…………抱き締めて?」

「…………………っ」

潤んだブルーの瞳が悲しげに揺らいでいて、それでも、美しかったから。

「な、なんだ、いきなりそんな……」

「いけませんか……? 少し……ほんの少しの間でいいですから………」

 

「せ、セシリア……」

そんな目で見られたら、いやとは言えないだろ……

「わかった………」

おっかなびっくりセシリアの背に腕を回した瞬間、ふわり、といい匂いが鼻を撫でた。

「こ、こう、か?」

「………………あぁ!」

セシリアが俺の胸に顔をうずめる。

「せ……セシリア?」

「わたくしが最期にお父様とお母様とした会話は、短い……数秒の、短いものでした………!」

震える声と僅かに上がる肩が、セシリアが泣いているんだと直感させた。

「わたくし……何も知らなくて……! 一番あの人たちのそばにいたはずなのに……! 何も……何も知らなくて………!」

「……………………」

 

俺は、両親の顔はあまりよく知らない。

でも、セシリアは俺と違って、両親の顔をしっかりと覚えてる。

だから、寂しいに決まってる。

「…………………………」

俺はセシリアの背中をゆっくりと撫でた。

「……一夏、さん……?」

「こうすると、落ち着くだろ?」

「……………………」

「お前の両親の代わり……とはいかないけどさ、お前が満足するまで、こうしててやるから……」

「……! 一夏……さんっ……一夏さん………!」

それから、セシリアは声を上げて泣いた。

それでも、それは短い間で、すぐに泣き止んだ。

「……ありがとうございました、一夏さん」

「もういいのか?」

「はい。格好悪いところを……お見せしてしまいましたわね」

「いいよ。気にしない。それに……」

「それに?」

「な、なんつーか……綺麗だったし、な」

「綺麗……?」

「あ、ああ……」

うぅ、言ってから恥ずかしくなった。いやでも、事実だったし。でも泣いてる女の子に綺麗って、失礼だったか?

「…………本当に、罪な人……」

「え?」

今何か言ったような気がしたけど……?

「なっ、なんでもありませんわっ。それよりも、わたくしたちにはまだやることがありますわよ」

「やること?」

「瑛斗さんのことですわ。連絡はつきまして?」

「さっきから何度も電話してるんだけど全然出ないんだ」

首を振って肩を竦める。

「気づいてないだけかもしれませんわよ」

「確かに……繋がりはするんだよな」

「もう一度おかけになってみたらどうでしょうか?」

「そうだな。もう一度………ん?」

携帯を開いて、動きを止める。変だ。

「どうかしまして?」

「いや……あれ? おかしいな……」

「どうしたんですの?」

「圏外なんだ。さっきまで普通だったのに。なんで急に? 壊れたか?」

設定を確認したり、携帯を振ってみても、圏外から戻らない。

「……あら?」

「どうした?」

「わたくしの携帯も圏外ですわ……?」

セシリアは怪訝な顔でそう告げた。

 

 

「ええええ!? き、桐野のヤツ、どっか行っちゃったっすか!?」

フォルテの声が二年一組の教室に響く。

「……サファイア先輩、声が大きいです。これは、極秘の話」

それを梢が諌めた。

「す、すまんっす」

現在この室内にはシャルロット、簪、梢、フォルテの四人だけがいる。シャルロットと簪、梢を見つけたフォルテが瑛斗がどうなったのかを聞くために声をかけたのだ。

「桐野の居場所は?」

簪は首を横に振る。

「そうっすか……」

「私が……瑛斗の、こと……追いかけてれば…………」

簪は自分の不甲斐なさを責めるように拳を固める。

「瑛斗は………本当は寂しがり屋で……なのに辛いことは全部一人で背追い込む……。きっと今も、どこかで……苦しんでる」

簪の声は震えていた。

「………私の……せいだ……」

「簪は悪くないっ!」

シャルロットが声を荒げる。

「僕なんて……僕なんて何も出来なかった……!」

シャルロットの目に、涙が溢れてこぼれそうになる。

「簪みたいに追いかけることも……ラウラみたいに話しかけることも……何も出来なくて………。ただ……怖くて、立ち尽くしてただけなんだっ………!」

「デュノア……」

「僕は……瑛斗にっ、助けられてばかりで何も……何もしてあげられない………っ!!」

そして、堪えきれなくなってシャルロットは顔を手で覆ってしまう。

「なあ戸宮、これ……誰が悪いとか、あるっすか?」

「……誰が悪いかなんて、わからない。これはきっと、私たちが口を出していい問題じゃない……」

フォルテと梢の会話を聞き、簪は少し思案するように目を伏せて、そして顔を上げた。

「シャルロット、一緒に行こう……」

「行く……? どこに?」

「瑛斗を、探しに行くの」

簪の目には、固い決意が宿っていた。

「これから、瑛斗を探しに」

「え? 更識は桐野がどこにいるかわかるっすか?」

「……………わかりません」

簪はきっぱりと言う。

「……? じゃあ、どうするつもりです?」

「ISで飛び回って、探す」

「おぉ……って、え?」

簪の答えにフォルテは一瞬納得しかけてから首を捻り、梢は嘆息した。

「……そんな非効率な方法で、見つけられると?」

「それでも探しに行く」

「簪ちゃん……」

「例え織斑先生に、お姉ちゃんに止められても、私は行く」

簪は、たどたどしくないしっかりとした物言いで言い放った。

「だって、私は瑛斗のことが、大好きだから」

「………………………」

一同は簪の言葉に沈黙するが、すぐにその静寂は破られた。

「………そうだね。うん。行こう、簪。瑛斗を探しに」

「シャルロット……」

「僕も瑛斗のことが大好きだもん。このままじゃいけないよね」

「うん……! ありがとう……!」

簪は笑みを浮かべた。

「……そういうことなら、お手伝いさせてください」

梢もそう言って簪へ歩み寄った。

「え……?」

「……私も、あの人には借りがあります。……ですよね? サファイア先輩」

「へ?」

肩に手を置かれたフォルテは間の抜けた声を出す。

「……ね?」

三人の顔をそれぞれ見てから、フォルテはふぅ、と息を吐いた。

「やれやれっす。後輩の困ってるのを助けるのも先輩の仕事っすね」

フォルテのその言葉に簪とシャルロットは喜色を露わにする。

「そうと決まればさっそく動くっすよ」

「僕、ラウラも呼んでくる!」

「……蘭にも声をかけます。数は多いほうがいいはず」

「うん、お願い」

梢が携帯電話の画面を開く。

「…………………?」

しかし梢の動きはそこで止まる。

「どうしたっすか?」

「……おかしい」

「何がっす?」

「……電波が無い。ここ、圏外です」

「えっ?」

シャルロットと簪、フォルテも携帯を取り出し、確認すると梢と同様に圏外になっていた。

「本当だ……圏外になってる」

「ここ普通の教室っすよ? なんでこんなことに?」

「……私に聞かれても困ります」

「みんな一斉にこんなことになるなんておかしくないかな?」

「っ………?」

簪はさながら危険を察知した小動物のように身体をピクリと動かした。

「簪?」

「今……なんだか……空気が変わったような気がする………」

簪のその言葉にシャルロット達は言い知れない不安感を感じた。

 

 

職員室。

千冬は戻って来ると自分の机に向かい、パソコンを立ち上げた。

「これで送られてきた情報は全て消化したか………」

何者からリークされた亡国機業の情報達。ここ最近の千冬はこの情報の裏取りに動いていた。

「最後の最後にアイツにも知れることになるとは……送り主はそれすらも織り込み済みだったのか………まあいい」

千冬は送られてきた情報ファイルをゴミ箱へ移動し、消去。そしてパソコンに接続されている情報の入っていたUSBを引き抜き、親指に力を込め、握り潰す。

「これも送り主からの指示だからな……」

(しかし………)

短く息を吐いて周囲を見渡す。

(学園内になぜ私以外の教師がいない……?)

ここに来る前に教師の気配が無かったことが千冬は気がかりだった。

普通ならば、いくら夏休みと言っても学園には何人かの教師は必ず残っていた。

しかし、それは『普通ならば』の話だ。

「まさかとは思うが………」

千冬は携帯を取り出し、ある人物に電話をかけた。

『はい、もしもし?』

「真耶か。私だ。織斑だ」

電話の相手は同じクラスの副担任の山田真耶だった。

『いつもメールの千冬さんの方からの電話なんて。どうしましたか?』

「それはこちらのセリフだ。今どこにいる」

『帰省して実家にいますけど……何かあったんですか?』

「お前が非番なのは知っているが……学園に私の他に教師がいない」

『えっ!? そ、それ本当ですか?』

「ああ。生徒たちはさして気にしてる様子は無いが……学園の防御力が低下している」

『変です……今までこんなことはなかったはずですよ』

「少々嫌な予感がする。すまないが学園の外にいる他の教師達にも学園に来るように連絡してくれ。出来るだけ多くだ」

『はい。わかりま━━━━━』

ブツッ。ツー、ツー。

「……真耶? どうした? 真耶?」

突然切れた通話。画面を見て千冬は眉をひそめる。

「圏外だと……? どういうことだ?」

画面の端の電波状態は、圏外の表示を出していた。

ブォォォォォンッ!!

「っ!?」

次の瞬間、何かの駆動音が轟き、空気が震える。

「何が…………」

窓の外に視線を投げる。

千冬の視線の先には、土煙を巻き上げる、大型トレーラーのようなマシン。

そしてそこから出て来たのは、数人の人影。

「何だ、ヤツらは……!?」

その侵入者達は、何処かの軍隊のような、完全武装をしていた。


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