IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
楯無さんの話を、俺はすぐには理解出来なかった。
俺の父親と母親は亡国機業。
しかも父親はその総帥。
そしてその息子の俺は亡国機業の次の総帥になるはずで、十年前にコールドスリープを施されて、所長は目覚めた俺に暗示をかけていて……
「……………っ」
悪い夢だと思いたかった。だけど、この頭の痛みが、この息苦しさが、現実なんだと告げている。
「はぁっ……はぁっ……!」
(なんで……どうしてなんだ……!)
息が苦しい。目眩がする。
一度に色々なことを言われて、混乱してる。
(どうして俺は……!!)
でも、それだけじゃない。
(この写真にさえ、見覚えがあるんだよ!!)
頭の片隅に、この写真が残ってやがる。
足元から崩れ落ちそうになって、両膝に手をついた。
そして一番嫌だったのは、どこかで納得しそうになっている自分がいたことだった。
「……何か、思い出せた?」
声をかけられて、頭を上げて楯無さんの顔を見る。その目は、凍てつくように冷たい。
「本当はわかってるんじゃないかしら。アオイ・アールマインが死んだあの瞬間から、瑛斗くん、あなたの記憶の封印は、解かれ始めているのよ」
「……!」
奥歯を噛み締めて背筋を伸ばした。
「…………………」
楯無さんに背を向けて、セシリアとチェルシーさんの間を通って部屋の出口の前に立つ。
「え、瑛斗さん? どちらへ?」
「ラウラたちのところに……行かないと……予定がだいぶ狂っちまったし……。みんなが危ない目にあってるかも」
嘘だ。
一刻も早くこの場から逃げたかった。
だけどどうしていいかわからなくて、だから俺はそう言ったんだ。
「だ、だったら私たちも一緒に行ったほうがいいんじゃないっすか? 凰も攫われてるんすよね?」
「いや……俺だけでいいです。学園が無防備になるのはまずいでしょ?」
「でも━━━━」
「っ!!」
フォルテ先輩の言葉を最後まで聞かずに俺は駆け出していた。
(なんなんだよ……! いったいどういうことなんだよっ……!!)
答えが無い自問自答をしながら、走る。
進んで来た通路を戻って、まだ降りたままだった生徒会室と繋がるエレベーターに乗り込む。
(いきなりわけのわからないこと言いやがって……!)
「あ……」
生徒会室に着いたのと、のほほんさんがこの部屋に入って来るのが同時だった。
「や、やほ〜きりりん。すごいところから出て来たね〜。びっくり〜」
のほほんさんはぎこちなく笑いながらそんなことを言ってきた。
「実はね〜、さっきまで第三アリーナの入り口に立てた立ち入り禁止の柵を━━━━」
「ごめん。今、話してる暇無いんだ」
「え……?」
のほほんさんの横をすり抜けて、生徒会室を出る。
途中で何人かの顔見知りに会ったけど、目もくれずに俺は廊下を進んだ。
いや、わざと見なかったんじゃない。そんな余裕が無かったんだ。
校舎の外へ出た瞬間に、《G-soul》を全展開して一気に上昇した。
「Gメモリー……セレクトモード」
中央タワー頂上から五十m上空で、Gメモリーを起動する。
「セレクト。ゲイルス……」
━━━━コード確認しました。ゲイルス発動許可します━━━━
ロスした分は、速さで補うことにした。
装甲が再構成され、G-soulは高速巡航用の《ゲイルス》モードに姿を変える。
ゲイルス最大の特徴の大型大出力エンジンを唸らせて、桐野第一研究所へと急行した。
IS学園からフランスのデュノア社まで二時間足らずで行けるスピードだ。研究所跡の廃墟までは何十分もかからない。
エンジンが温まったの時点で、もう目的地は見えていた。
「…………………」
ゲイルスを解いて、G-soulを元に戻す。
眼下の廃墟の奥には、半分くらい吹き飛んだホールがある。俺がオータムと一緒に戦ったスコールとの戦闘の爪痕だ。
「桐野第一研究所……。桐野……」
━━━━二十年前に裏切りにあって殺されたのは、瑛斗くんの両親なの━━━━
「……!」
頭の中で再生された楯無さんの声を頭を振って思考の片隅に追いやる。
(俺はラウラ達を助けに来たんだ。変なこと考えてたら、ヘマをする……)
そうだ。今この瞬間にも、この廃墟の中で大変なことが起きてるかもしれないんだ。
(だから今は忘れろ。目の前のことに集中しろ)
そう自分に言い聞かせて、俺は息を吸った。
「……よし」
入り口の前に降り立って、廃墟の扉を開く。
「戦ったような痕跡は無いな……」
ラウラ達の姿は見えない。もう戻ったのかと思ったけど、俺はもう一つの可能性を考えた。
「……あの病室か………」
血まみれのベッドが大量に置かれた病棟のようなエリアの中に、スコールとオータムが使った、まだ使える部屋がある。もしかしたらもう全部片付いて、そこで休んでいるのかもしれない。
「行くだけ行ってみるか……」
用心の為にG-soulは展開したまま奥へと進む。
特にトラップなんかも無く、部屋のすぐそこまで来れた。
俺は足を止めて、少し考えた。
(楯無さんの言ったこと……千冬さんは知ってるのか…?)
楯無さんが言ったことを千冬さんに相談したかったんだけど、千冬さんが何かを知っているなんて保証はない。
(でも、ラウラ達だってきっと何も知らないだろうし━━━━━)
『偶然なんかじゃないんだよ、一夏』
G-soulが強化した聴覚が、シャルの声を拾った。ここにいたのか。予想通りだ。
『偶然じゃないって……じゃあここはいったい瑛斗の何なんだ?』
「……?」
一夏の不穏な言葉に、身体を硬直させた。ここが、俺の? あいつは……何を言ってるんだ?
『ここは……瑛斗が、生まれた場所……』
『う、生まれた? どういうことよ?』
『言葉通り、そのままの意味だ。瑛斗はここで生まれ、ここで育った……。ここは、あいつの家だったのだ』
続いた会話の意味が、まるで死刑宣告のように、重く、のしかかった。
◆
「ここが瑛斗の家って……瑛斗は去年まで宇宙にいたじゃないか」
「一夏の言う通りよ。それにここ、家って言うよりも、廃墟じゃない」
一夏と鈴はラウラの言葉に反論した。
「確かに、ここは今や廃墟だ。しかし最初からそうだったわけでは……」
「ラウラ、お前に話させるのは酷だ。私が話そう」
「教官……」
一度ラウラの肩に手を置いてから、千冬は一夏達へ話し始めた。
「桐野の両親は二十年前に死んでいる。もっと言えば、殺されたんだ」
「殺された……?」
「桐野の父親は亡国機業の総帥だった。しかし部下の裏切りにあって殺されている」
「ま、待ってくれよ。いきなり過ぎて追いつけないって」
「今は聞け。ラウラはさっきここは家だと言ったが、厳密に言えばここはあくまで研究施設。この廃墟からもう少し行ったところにあるはずだ」
「はず、ということは千冬さんも知らないのですね」
「まあな。その家も、二十年前に焼け落ちて無くなっていて正確な場所はわからん」
「……ん? あれ? ちょっと待って?」
鈴が眉をひそめて会話を中断させる。
「計算が合わないわ。瑛斗のお父さんとお母さんが、その……殺されたのが二十年前だとして、瑛斗は今は十六歳…もうすぐ十七か。それなのになんで瑛斗は存在するの? 生まれてるわけないじゃない」
鈴の言葉に、一夏と箒は確かにそうだと頷く。それに答えたのはラウラだった。
「瑛斗は二十年前、すでに生きていた」
「だから……それじゃあ計算が合わないって言ってるじゃない。瑛斗はとっくに二十歳超えてることになるわよ?」
「瑛斗は、瑛斗のお父さんが作ったコールドスリープマシンの中で、二十年間眠っていたんだ。体の成長を止めてね……」
「コールドスリープ?」
「聞いたことは、あるでしょ……?」
「確かにあるが……それはまだ実用的ではないのではないか?」
「桐野の父親はまさしく天才だった。束に匹敵する、と言えばわかるだろ」
「姉さん並みの、天才……」
その言葉が、一夏達を納得させた。
「そのコールドスリープマシンだが、今はIS学園にある。IS学園地下特別区画。そこに保管している」
「僕たちも、その特別区画で楯無さんから聞いたんだ」
「千冬姉は、いつ知ったんだ? って言うか、誰に聞いたんだよこんな話?」
「………束だ」
真っ先に反応し、箒が立ち上がった。
「姉さんから……!? どういうことですか千冬さん! いつ姉さんに聞いたんです!?」
「去年の夏……《
呼吸ともため息ともつかない息を吐き、千冬は続ける。
「それだけではない。差出人からのメッセージも付属されていた。いや、あれは依頼だったな」
「依頼?」
「桐野第一研究所……ここにあるはずの、当時の亡国機業のメンバーの名簿。それを探して欲しいというものだった」
「それが、千冬姉の言っていた足跡……ってことか」
先を越されていたようだがな、と千冬は言い終え、腕を組んでマドカの眠るベッドに腰を下ろした。
「信じられないわ……」
「僕達も、楯無さんから聞いた時は、一夏達と同じだったよ……信じられなくて、信じたくなくて……」
「瑛斗は……あいつは知ってるのか?」
一夏の問いに、シャルロットは首を横に振った。
「瑛斗には、まだ話してないんだ……」
「そうか……じゃあ━━━━━」
突如、一夏たちを激しい揺れと爆音が襲った。
「なっ、なんだっ!?」
「地震!?」
「違う……これはっ!!」
一番に動いたのはラウラだった。扉を開けて、廊下へと飛び出す。
「なっ………!?」
ラウラは身体を硬直させ、一歩引いた。
「ラウラ?」
不審に思ったシャルロットも部屋から出る。
「……っ!?」
そして目を見開き、身体を引いた。
「そ、そん……な………!?」
「どうした!? 何が━━━━━」
飛び出した一夏は戦慄し、言葉を失った。
壁が粉砕され、外にぽっかりと大穴を開けているのを見たからではない。確かにそれもあったが、理由は別にある。そして、同時になぜラウラとシャルロットがこれほどまでに動揺したのかも理解した。
「……………………瑛斗!?」
壁に穴を開けた張本人が、そこにいたからだ。
「瑛斗!?」
「なんだと!?」
簪と箒も、一夏が呼んだ瑛斗の名前に反応して部屋から出て来た。
「よお……お前ら……。遅れて悪い」
首だけをこちらに向けた瑛斗は《G-soul》を展開し、下げた右手はビームガンを握っている。
「か、構わん。しかし━━━━━━━」
「一夏……マドカは?」
ラウラの言葉を遮るように、瑛斗は一夏に問いかけた。
「………ちゃんと、止めた。千冬姉も一緒だ」
「そりゃよかった……」
「え、瑛斗……」
「シャルか………なんだ?」
シャルロットは、今まで聞いたことのないほど冷たい瑛斗の声に、自分の声を震わせた。
「今の僕たちの話……聞いて……」
「ああ……聞いてたさ」
「……っ!! ち、違うんだ。瑛斗あのね━━━━━」
「何が違うんだ? お前もラウラも簪も、嘘は言ってない。千冬さんの話だって真実なんだろ。違うところなんて、何一つないじゃないか」
「…………………!」
シャルロットは、瑛斗の声に、言い難い恐怖を感じた。
「待って……瑛斗……!」
「簪、お前たち三人の話は楯無さんから聞いた通りだ。お前たちも聞いてたんだな………」
「そ、それは………」
「いつ聞いたんだ? 昨日か?」
簪は、今にも泣き出しそうになりながら、首を一度だけゆっくり上下させた。
「瑛斗……が、帰って来る前に………お姉ちゃんに、呼ば、れて……!」
「そうか………。納得したよ。お前たちがどうして俺を一緒に連れて行かなかったのか……それがようやく理解出来た…………」
一度目を閉じ、再び開かれた瑛斗の目は、怒りに染まっていた。
「お前たち全員!! 俺を騙してたんだな!!」
「待て瑛斗! それは違う! シャルロット達はお前の為に━━━━━!」
「何が違うんだよ箒!? 実際そうだろうが!!」
咆哮に、箒は黙らされた。
「俺の為に、本当の事を黙ってたっていうのか!?」
瑛斗は絶叫し、両腕を広げる。
「誰も彼もが俺に隠し事をしてる! 俺は誰を信じればいい!? 誰を頼ればいいんだよ!?」
「やかましいぞ、桐野」
部屋から嘆息しながら、千冬が出て来た。
「千冬姉……」
一夏の隣に立った千冬は、瑛斗に向けて迷惑そうな視線をぶつける。
「桐野、マドカはまだ寝ている。それに凰も目を覚ましたばかりだ。わきまえろ。男のヒステリーは見苦しいだけだぞ」
「なんだと……!?」
火に油を注ぐような言葉に、瑛斗はG-soulを第二形態の《G-spirit》へと変化させ、ビームブレードを出現させた。
「瑛斗っ!? バカな真似はよせ!」
箒が紅椿を右腕だけ展開し、空裂を握る。
「どけよ箒……! 今の俺はっ!!」
「どくわけにはいかない。今のお前は、冷静さを欠いている」
「お前まで……!」
「………それとも、お前はこんな事をして喜ぶような下衆な人間だったのか?」
「……? ……………っ!?」
箒が指差した方向を見て、瑛斗は息を飲んだ。
「……ラウ………ラ……?」
ラウラが泣いていたのだ。
赤い瞳を濡らし、涙を流している。しかし、逸らすことなく瑛斗を見つめていた。
「……………すまなかった」
掠れた声が、瑛斗の耳に届いた。
「私の、判断だった……! 私が……シャルロットと………簪に……お前には、黙っているように……!!」
小さく震える肩。硬く握られた拳。
「二人は、私の指示に従っただけなんだ……責めるなら、私だけを責めろ……!! シャルロットも簪も……何も悪くないんだ………!!!」
「あ……」
その言葉に押されるように、瑛斗はおぼつかない足取りで後ろに三歩ほど下がる。
「……あ……あぁ……!?」
ビームブレードの光刃が雲散した。
「お、れは……………俺は………何を……!?」
「瑛斗……」
「俺は……こんな……事……! こんな事をするために……っ!!」
ビームウイングの羽ばたきが砂埃を巻き上げ、一夏達の視界を遮る。壁に開けた穴から、瑛斗は外へと飛び出した。
「瑛斗! 待って!!」
「簪!?」
《打鉄弐式》を展開した簪が瑛斗を追って外へ出ようとした。
「追うな更識っ!!」
「……っ!?」
千冬の一喝に、簪は身体を凍りつかせた。
「どうして……!?」
「今のあいつはまともな判断力が無い。追ったところで話を聞くとは思えん」
「でもっ、瑛斗は……! 瑛斗は……!!」
「それに仮に追ったとして、その後はどうする? 何か考えがあるのか?」
「………………!!」
簪は展開を解除し、すでに見えなくなってしまった瑛斗の飛んで行った方向を見つめた。
「千冬姉! そんな言い方━━━━━!!」
そこで一夏は思い至った。
「まさか、瑛斗が来たのを知ってて!?」
壁に空いた穴から吹き抜けた風が、熱い空気を攪拌させる。
「あいつは、知る必要がある。一体自分が誰なのか、何なのか…。」
千冬は直接的な返答をしなかったが、それだけで十分だった。
◆
「うぅ……! はぁ……! はぁ……っ!」
研究所を飛び出した俺は、地上が遥か下に見えるほど高高度の上空にいた。風の音以外は何も聞こえない。
ただ怖くて、何も考えられなくなって、気がついたらこんな場所にいた。
(怖くなって逃げた……か。犯罪者かよ俺は………)
真下を流れる雲に、俺の影が落ちた。
…………。
…………………。
…………………………。
……もっと、何か出来たはずなんだ。
あのまま立ち聞きするんじゃなくて、部屋の中に入って冗談めかして、俺にもその話聞かせてくれよと言えていれば、こんなことにはならなかっただろう。
でも、そんなことはできなかった。
ろくに話も聞かずに喚き散らして、ラウラを泣かせて、それに何もしてやれずに飛び出した。
………かっこ悪い。
かっこ悪いったらありゃしない。
次会った時に何て言えばいいのやら。
( ………次会うことなんて、あるのか?)
ふと、そんな考えがよぎって、心の中で黒い泥みたいなものがズクズクと溢れ出してきた。
(逃げ出したのに、まともに顔を合わせられるか? 今更どの面下げて会う? 今更学園に戻っても何もできることはないんだぞ?)
溢れ出して、止まらない。
(お前の周りは嘘つきだらけだ。いや……周りだけじゃない。お前の存在だって偽られているのかもしれないぞ)
じゃあ、どうする? どうすればいい?
(どうする? 簡単なことだろ。それは………………)
どこまでも高い空を、見上げる。
「……そっか………」
━━━━終わらせてしまえばいいんだ。
ビームウイングを広げて、ゆっくりと上昇を始める。
雲よりも高い空。俺以外誰もいない。このまま昇っていけば、所長やみんなのところへ行けそうな気がする。さらにスピードを上げようとしたら、G-spiritが何かに反応した。
━━━━警告。上空より高速で飛来する物体を確認しました━━━━
上………? 何もないぞ?
「どいてどいてどいてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!」
斜め上後ろから叫び声が降ってきた。
「……ん? うわあぁぁぁっ!!?」
鉄色の塊が、俺に激突した。
「がは……っ!?」
振り向きざま、体全体を突き抜けるような衝撃が俺を襲って、激突の影響でものすごいスピードでシールドエネルギーが減少していく。
激突物は人の形をしていた。だけど、明らかに無骨だった。
(で、デカい……!?)
普通のISとは違って身体を完全に包み込んだ装甲。背中には大型のバーニアまで付いている。それが大きく見える要因だ。
「IS……なのか……! 見たことない……新型!?」
バイザーで隠れてるけど、操縦してる女の人も多分慌ててるんだろう。風の音に混じって俺のじゃない声が『逆噴射!』を連呼して聞こえる。
「……! G-spirit!!」
ビームウイングをさらに大きく、脚部スラスターも全開にして速さを殺しにかかる。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
徐々に速度が落ちて、雲に穴を開けてからどうにかこうにか止めることが出来た。
「はぁ……。っぶねー……」
G-spiritでよかった。G-soulだったらあっという間にぺちゃんこだったな。
「それはこっちのセリフ!!」
目の前で女の人の怒鳴り声が爆ぜた。
顔を完全に覆うバイザーが上にスライドして、綺麗な女の人の顔が露わになる。年上だった。
「あっっっっっっっっぶないなぁっ!! どこに目を付けてるのまったく! 危うく大惨事だったじゃない!! 死にたいの!?」
「す、すいません……」
その女の人は腰に両手をあてて、ものすごい溜めてから大声で俺に怒鳴る。
「大体なんであんな場所にそんな何の特別な装備も無い状態で………って、あら?」
そこで言葉を止めて、女の人は俺の顔をまじまじと見た。
「よく見たら……あなた、女じゃない? つまり……え!? 桐野瑛斗!? あなた、男なのにISが動かせる桐野瑛斗!?」
「え、あ、まあ………はい」
「きゃっ! すごい! 初めまして! 私、伊那崎カグヤ! よろしくね!」
ガッチリと俺の両手を掴んで痛いくらい上下に振る。げ、元気な人だ。
「ど、どうも」
「わぁ〜……有名人だぁ……! 私有名人に会えたの中学の時にアイドルのライブに行った時以来なの!」
「そ、それは、よかった……」
俺を見るカグヤさんの目は純粋にキラキラしていた。
『い・な・ざ・き・くーん? 生きてたら返事しなー』
伊那崎さんの操縦しているISのオープン・チャンネルが繋がれて、若干気の抜けた声が聞こえた。
「あっ、はいはーい。生きてる生きてるぅー」
『だったら早く戻って来いっての。予定帰還時間に帰って来ないからトラブってぽっくり逝っちゃったかと』
聞こえてきた女の人の声に、カグヤさんは苦笑する。
「ごめんごめん。すぐ戻るから。あっ、それより私、凄い人に会っちゃった!」
『無駄口叩いてるとあんたのリクエストしたドーナツが私の胃袋に一つ残らず収まるぞー』
「わー! 待った待った! すぐ行く! アズスーンアズポッシブルで行くから!」
『ならよし』
通信を終えたカグヤさんはもう一度俺を見ると、ニコッと笑った。
「いきなりごめんね。じゃ、行こっか」
「い、行くって……どこに?」
聞くと、カグヤさんはさも当然というように言った。
「私の帰る場所よ。倉持技研第二研究所」
「え………」
倉持……技研……?