IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
桐野第一研究所。その上空。
夏真っ盛りにも関わらず、少し厚手のワンピースを着た身体に埋め込まれたISコアを輝かせ、PICによる飛行能力を駆使しているのだ。
「………………………」
右手を耳にあてて秘匿通信コードを繋ぐと、すぐに通信相手は応答した。
『もすもすまんもすー? 束さんだよー』
相手は言うまでもなく束である。
「任務完了しました、束さま」
『うん! 相変わらずのスルースキルだね! それと、任務じゃなくて、おつかいのついでだよ?』
「はあ……しかし……」
『んー?』
「あのIS、なぜ右腕だけにしてしまわれたのですか?」
くーは街へ出て、買い物を頼まれたのだが、その行きがけにここにあるものを届けるよう束から言われていだ。
そのあるものとは、今この廃墟に投下した黒いケースだ。中には右腕だけとなったIS《迦楼羅》が収まっていた。
「あのISは、織斑千冬が使用した貴重なデータサンプルなのでは?」
『だからこそだよ。もともとあのISはちーちゃんをお助けするツールなんだよ?』
「お助けツール……ですか」
なんとも束らしい言い方だ、とくーは頭の隅で思い、眼下に建つ廃墟へ金色の瞳を向ける。
この廃墟の重要性はくーも把握していた。
『ちーちゃんは余計なことをするな〜、って怒るだろうけど、きっと今頃使わざるを得ない状況だろうからね』
手のひらから、束の明るい中にも少し心配を込めたような声が聞こえる。
「左様でございますか。では、私はおつかいに行って参ります」
『うん! あ、くーちゃん! そろそろアレ、完成するよ』
「えっ……」
通信を終えようとしたくーはピタリと動きを止めた。
『だから早く帰って来てね! お母さんとの約束だよ?』
束の声に小さく笑い、もう一度耳に手をあてる。
「……はい。わかりました。失礼します。束さま」
『はーい! ばいびー! あと私のことはお母さんって呼んでって━━━』
プツッ
何か聞こえた気がしたが、今度こそ通信を終了し、右手を下ろす。
思考を本来の目的のおつかいへとシフトする。目立たない場所までは飛んで、後はバスなりで移動しようという考えに至った時であった。
「………?」
森の中の廃墟へと続く一本道を走る女の姿に気づいたのは。
「あれは……………」
目を凝らし、強化された視力で観察する。
不審であった。顔を長布で覆い、こちらを振り向かない。どう考えても廃墟から出て来たとしか思えなかった。
「っ!?」
直後、くーは今いた場所から僅かに横に動いた。
ゴォッ!!
高出力ビームが飛来したからだ。
「この距離で気づいた……?」
くーと女の距離はゆうに二〇〇メートルはある。
見れば、女は走りながらこちらにライフルを向けていた。おそらくISを部分展開している。
「………………………」
くーが左腕を伸ばすと、その小さな掌の中央から、一センチ程の銃口が覗いた。
「威嚇射撃……出力は最低……」
ほんの少しだけ、ワンピースの内側のコアの光が強まった。
「お顔を、拝見さていただきます」
パッ!!
飛び出した小さな光弾は高速で女へと向かい、確かに頭部に巻かれた長布を掠め切った。
女がくーへと視線を向ける。すると、くーの狙い通り長布はハラリと地面に落ちた。
それに気づいた女は瞬時に道から外れ、森の木々の中に潜り込む。
くーは銃口を戻し、軽く左手首を振った。
「………これ以上の追跡は非効率ですね。目的は達成しましたし……行きま━━━━━━━」
直後、体内のセンサーが後方に多数の熱源を探知した。
ミサイルだ。
「っ……!」
右腕から六門の銃口が飛び出し、弾丸が放たれる。弾丸はミサイルを爆発四散させた。
「無駄なことを……」
くーの目の前を煙が漂う。その向こうにISを展開した人間の影が見えた。
「何者ですか?」
問いかけに影が答える前に、煙が晴れる。
「……!?」
煙幕の中から出て来た影の正体を見て、目を疑った。
「そんな……!? なぜ、あなたがここに……!?」
くーは、恐怖にもにた衝撃を感じていた。
あり得ないのだ。
あってはならないのだ。
その人間は、
「あなたは……死んだはず━━━━!」
《ビームソード》が、くーの腹部を削り取った。
「ぐぅっ……!」
瞬間、意識が遠のく。
「あなたには何の恨みもありませんが……」
確かにそう聞こえた。
姿勢を保てず、頭から森へ落下する。
「顔を見られたからには、生かしてはおけません」
落下するくーに、発射直前の《ビームガン》が向けられる。
(束……さま……!!)
「さようなら。空飛ぶ不思議なお嬢様」
ビームが、くーを貫いた。
◆
地面はところどころが抉れている。
壁には穴が空いて、外の光が差し込んでいた。
「…………………」
《甲龍》を展開した鈴の腕の装甲は、ガトリングシールドが取り付けられ、その周りには無数の薬莢が転がっている。
「こんなに、苦戦するなんて……」
簪の息が少し上がっていた。
「これでは埒が明かないぞ」
「弾幕が厚くて近寄れないよ」
もう戦い始めて数分経つ。もしかしたらもう千冬姉とマドカは決着がついてるかもしれない。急がないと……!
「……やっぱり正面突破しかない!」
《雪片弐型》を握る手に力を込める。
「一夏っ!? お前何を━━━━!」
「足止め……しなきゃ」
ガトリングの砲身が回転して、弾丸が飛んで来る。
「くっ! うわあっ!」
弾丸が装甲を削っていく。勢いが激し過ぎて近寄れない!
「一夏っ! 戻って来い!」
「わ、わかってる!」
泡を食って攻撃をしかけて来ない位置まで戻る。
「あ、危なかった……」
「あの大型ガトリングの威力で接近戦は不可能だね」
「だがこちらが仕掛けない限り攻撃はしないあたり、やはり門番に徹しているのだろう」
「ラウラ、AICは使えないのか?」
《シュヴァルツェア・レーゲン》に搭載されたAICには動きを封じる能力がある。それで鈴を止められればここから出られるはずだ。
「ダメだ」
だけどラウラは首を横に振った。
「距離が遠過ぎる。鈴は私のAICが届かないギリギリの位置で攻撃してくる。迂闊には近づけん」
さらにラウラは続ける。
「厄介なのは衝撃砲だ。ガトリングだけに集中していると足をすくわれる。せめてあと一人……瑛斗かセシリアがいればいいのだが」
どうする? 鈴を傷つけるわけにはいかないし、かといって自然と覚める、なんてのを悠長に期待してもいられない。
「……ん?」
ふとあることに気づいた。
(鈴の足元にヒビが入ってる……)
さっきまではなかったはずだ。ガトリングの反動で元々老朽化していた建物にダメージが蓄積されてるのか。
━━━━そうだ!
「簪」
「な……何?」
「ミサイルは使えないんだよな?」
聞くと簪は、ピクッと小さく身体を震わせてから頷いた。
「う……うん。ここの、強度だと……何発も撃ったら……建物ごと爆発で、崩れる……」
「仮に、仮にだ。撃つとしたらどれくらい撃てる?」
「……? どういう、こと?」
「いいから教えてくれ、簪」
考えるように沈黙してから、簪は答えた。
「……二発。二発が、限界。それ以上は…撃てない」
「それで十分だ。俺が合図したら鈴の足元に打ってくれ」
「……?」
「一夏、何するつもりなの?」
「あのガトリングシールドを壊す」
「何だと?」
ラウラが眉を寄せる。
「今鈴が使ってるガトリングシールドは明らかに後から付けられてる。あれを壊せば洗脳も解けるかも」
「出来るのか?」
「雪片の《零落白夜》ならやれる。でもそのためには簪、お前の力がいる」
「私の……」
簪は考えた後、パッと顔を上げた。
「わかった。やる」
「あぁ。頼む」
息を吐いて、呼吸を整える。鈴はまだ動かない。
「行くぞっ!!」
「足止め……しなきゃ」
鈴が両腕を上げてガトリングを構えた。
「今だ簪っ!」
「……っ!」
発射された2発のミサイルは俺を左右から追い越して鈴の近くで落下して爆発した。
「……! 足止め……しなきゃ」
「悪いけど━━━━それはもう無理だ」
鈴の足元の地面が崩落した。PICを起動した鈴は両腕のガトリングシールドのシールド部分を防御のために前に出す。
(それを待ってた!)
「おぉぉぉぉぉぉっ!!」
零落白夜をガトリングシールドに叩きつける。
エネルギー刃がシールドを打ち砕いた。狙い通りだ!
「すごい……!」
簪の快哉が聞こえた。
「一夏ダメっ! まだ届いてないっ!!」
シャルロットの叫びに顔を上げる。
「マジかよ……!」
ガトリングの銃口が俺の目と鼻の先に置かれていた。
シールドは完璧に砕いた。だけどガトリングまでは届いてない。浅かったか……!
「一夏!!」
箒が俺に飛んで来るけど、ダメだ。間に合わない。もう発射直前だ。
俺は目をつむった。
けど、弾丸は出て来なかった。
聞こえたのは、軽い音だけ。
「た、弾切れ……?」
俺がつぶやくと、ジョイントが外れてガトリングが音を立てて剥がれ落ちた。
「………………」
鈴は甲龍の展開を解除して、俺に向かって倒れ込んだ。
「っと……」
受け止めると、鈴と目が合った。
「んぅ……あれぇ……?」
「り、鈴?」
まだ焦点が定まっていない鈴は、俺が名前を呼ぶと、ニヘ、と笑った。
「ああ……いちかだぁ……」
鈴は俺の顔に手を伸ばして……
ぐいぃ〜っ。
両側の頬を同時に引っ張った!
「いでででででで!?」
「あはぁ……へんなかおぉ……」
お前が変な顔にしてんだ! お前が!
「り、鈴! 止めろ! 止めろって!」
「うん……やめるぅ……」
よかった! 素直だ!
「も、元に戻ったのか? 鈴は」
「そう……みたいだ。また別な方向で変になってるけどな」
「いきなりだったね。ヒヤヒヤしたよ」
「でも……どうして、戻ったの……?」
「おそらくこれだ」
ラウラはガトリングを拾い上げて俺達に見せて来た。
「見ろ、二つとも弾倉が空だ」
ラウラが開けた弾倉には、弾は一つも入ってなかった。
「じゃあ、弾切れになったから、洗脳が解けたのか?」
「そういうことになる。洗脳というよりも、催眠と言ったほうがいいかもしれんな」
「さいみん……?」
催眠……テレビで見たことあるぞ。超能力者が芸能人とかにかけて、自分の言うことを聞かせるアレか。
「しかしこれで鈴も救出することが出来た。あとは……」
「教官とマドカだな」
そうだ。道を阻んできた門番はこうして俺の腕の中にいる。邪魔するやつはもういない。
「早く……行かないと……」
「でも、この状態の鈴を連れて行くのは危ないんじゃないかな」
シャルロットの言い分はもっともだ。鈴は明らかに様子がおかしい。っていうか変だ。千冬姉とマドカの戦いの仲裁を手伝ってもらうわけもういかなそうだ。
そこで、俺はあることを思いついた。
「鈴、聞いてくれ」
「んぅ……? なにぃ……?」
「俺、今から千冬姉とマドカを止めに行かなきゃいけないんだ」
「千冬さんとぉ……マドカぁ……?」
「そうだ。箒たちと一緒に待っててくれるか?」
箒が何か言おうとして、それを飲み込むように口をつぐんだ。
「箒ぃ……?」
鈴はぼ〜っとしたまま箒たちを見て、また俺を見る。
「………………」
「……いい、よな?」
若干の嫌な予感がする。あれか? 『アタシも連れてきなさいよ!』って怒るのか?
「……いいわよぉ。いってらっしゃぁい……」
よかった! 素直だ!その2!
「ありがとう、鈴」
「んふぅ……ふにゃ……」
突然鈴は魂が抜けたかのような声を出して、カクンと頭を後ろに傾けた。
「鈴!?」
「すー……すー……」
「ね、寝てる……?」
鈴はスヤスヤと寝息を立てていた。
「し、死んだかと思った……」
「そんなことよりも一夏、今のはどういうことだ。お前まさか一人で行くつもりか?」
腕を組んだ箒は、少し眉を立てている。
「そうだ」
「しかしだな……」
箒が小さくつぶやく。俺は説得するように箒へ言葉を向けた。
「箒、心配してくれてるのはわかる。嬉しいよ。でもな、これは俺達家族の問題なんだ。千冬姉も家族だし、マドカだって、家族なんだ。家族同士の傷つけ合いを止めるのは、家族なんだよ。だから」
俺は息を吸い━━━━━━━
「俺がやらなきゃいけないんだ」
言い切った。すると箒は少し大げさに肩をすくめて、苦笑した。
「……そう言うと思っていた。鈴のことは私たちに任せろ。お前は千冬さんとマドカのところへ行け」
「箒……」
「あの血まみれのベッドの中にも使えるものがあるはずだ。ラウラ、それでいいな?」
ラウラは少し考えるようにしてから、小さく息を吐いた。
「本来なら了承しかねるが、仕方あるまい」
「任せたよ、一夏」
「頑張って……」
「みんな……ありがとう!」
白式のスラスターが唸りをあげる。
「一夏」
鈴を抱えた箒が俺を呼んだ。
「必ず、止めるのだぞ」
「ああ! 止めてみせるっ!!」
叫ぶように答えて、部屋を飛び出した。
◆
澄んだ赤色の剣と光の剣が激突する。
思わぬ乱入者もあって仕切り直しとなり、つい数分前に再び刃を交わし合い始めたばかりだというのに、マドカと千冬の戦いは熾烈を極めていた。
千冬の使うIS、《迦楼羅》は右腕だけとなったにも関わらずその性能は格段に上がり、エネルギー刃の出力も向上している。
「おおおおっ!!」
「はあっ!」
バスターソードとエネルギー刃は幾度となく衝突を繰り返し、互いに一歩も引かない。
しかしマドカの纏うブレーディアは、操縦者のマドカと共にダメージを負っていた。
迦楼羅のエネルギー刃が、バスターソードとぶつかる度に飛び散るその光を小さな刃に変えてブレーディアの装甲を刻んでいるのだ。
「はぁ……はぁ……っ!」
「どうした? 息が上がっているぞ?」
「心配される筋合いはないっ!」
振りかぶったバスターソードが赤く閃く。
「ねえさんは、私を倒すことだけを考えていればいいんだ!!」
千冬は迦楼羅のブレードから出たエネルギー刃で受け止める。同時に光の剣の残滓がブレーディアを削り取る。
「ぐあっ!」
ブレーディアの腕の赤い装甲が砕け散った。
「そうしてやりたいが、いかんせんお前が弱いからな。心配の方が優ってしまう」
「……!」
鍔迫り合いからマドカを押し、千冬は距離を取った。
「諦めたらどうだ? まだ引き返せるぞ」
「……黙れっ!!」
マドカの叫びが空気を振動させる。
「どうして私を気づかう必要がある!? 私はねえさんを殺そうとしているんだぞ!」
「と言われても、一向に殺されそうにないのでな」
「なんだと……!」
渋面を作るマドカに千冬は言い放つ。
「動きも単調になり始めている。剣のスピードも落ちた。やはり威勢がいいのは口だけだな」
「こんなところでも教師気取りとはな……ぐっ!」
マドカは膝を折る。身体に蓄積されたダメージがピークを迎えていた。
(同じだ……あの時と……!)
ブレーディアの警告を無視し、マドカは思考する。
(私は負けるのか……? いや、そんなことは━━━━!)
首をもたげた不安を、歯を食いしばって振り払う。
(私は、あの時とは違う!)
だが、いくら頭ではわかっていても、身体が追いついてこない。マドカは、千冬を睨みつけるしかできなかった。
「……なあ、もうやめないか?」
その時千冬が発したのは、そんな言葉だった。
「なに……?」
「この勝負の勝敗は決した。お前に勝機は無い」
「勝手に決めるな! 私はまだ……!」
「お前は生かす。追うことはしない。どこへでも行け。だから━━━━」
ブレードを握る手に、僅かに力が篭った。
「━━━━これ以上私に、
「………………」
「言っておくが、決して憐れみなどではない。本心だ」
右腕を下げてマドカへ真剣な眼差しを向ける。
「私は、お前を助けたい」
一瞬の静寂。マドカは千冬の目を見た。
(あの目……そっくりじゃないか……)
そこで思い至る。
(……違う。ねえさんがあの男に似ているのではない……。あの男が、ねえさんに似ているんだ)
そう思うと、おかしな気分になった。
「……くっ……ふふふ……!」
口から笑い声が漏れる。
(そうだ……忘れていた……ねえさんは……
「はははは……! あはははは……!!」
「……何を笑っている?」
ひとしきり笑い終えて、息を整える。
萎みかけていた心の中の炎が、再び勢いを取り戻していた。
(そんな人になら……)
そして立ち上がり、バスターソードを構えた。
「いつまで家族ごっこを延長させるつもりだ? ねえさんの助けなどいらん!」
「マドカ……お前……」
「たとえ生かされたとしても、私は死ぬまでねえさんを追い続ける!」
バーニアがスパークして、悲鳴を上げる。
「それが私だ! 織斑マドカだ!!」
それでもマドカは千冬へ向かって飛んだ。
「……すまなかった。今の言葉は取り消す。今のお前は妹ではなく、一人の戦士だ」
千冬は一度目を伏せ、そしてマドカを見据えた。
「お前の覚悟は認めよう。お前の執念も認めよう。━━━━しかし」
エネルギー刃の光が増す。まさに次の一撃に渾身を込めるかのように。
「私もまだ、死ぬわけにはいかないんだよ」
一瞬の閃光。
下から振り上げるような斬撃に、バスターソードが砕け散った。
「ぐあぁぁっ!」
マドカは地面を転がり、動かなくなった。
「……私の勝ちだ、マドカ」
光の剣が実体剣の奥へと消える。
「ま、まだ……だ……!」
マドカはピクリと動き、身体を起こした。
「まだ……終わっていないっ!」
マドカは立ち上がり、千冬を睨みつける。
「もうやめろ。ブレーディアは限界だろう」
「それが……どうした……っ。決着は……まだ着いていないっ!!」
ブレーディアのエネルギーは最早風前の灯であった。散らばるビットを動かす余力もない。それはマドカも十分承知している。
「私が、私として死ぬためにっ!!」
マドカは地面に突き刺さっていたあるものを引き抜き、握った。それは、千冬がマドカのバスターソードの初撃で手放したサーベルだった。
ブレードビットとの激しいぶつかり合いでその刃はボロボロに欠け、およそ戦える状態ではない。
「そんなもので私は━━━━━━」
「おおおおおおああああああああっ!!!!」
咆哮。
マドカはサーベルを大上段に振り上げ、千冬へ飛びかかった。
「…………………………」
千冬は、マドカをブレードで薙いだ。
装甲もろとも、サーベルが砕かれ、限界を迎えた《バルサミウス・ブレーディア》が粒子になって消え始める。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
しかしマドカは止まらなかった。
飛び散るサーベル。その先端だった破片を握り締め、地に足をつけた瞬間━━━━!
「……っ!?」
突き立てた。
千冬の脇腹へ。
「ふ……ハハ……!」
感じた。手応えを。
「ぐっ……!」
見た。痛みに歪む千冬の顔を。
「やっと……届いた…! …ねえさんを…………殺した……!」
それだけで、マドカは
マドカの瞳から、一粒の涙が落ちる。
「これで……私は……」
そして、事切れたように、千冬へ倒れかかった。
何の音もしなくなった空間に、千冬一人が取り残される。
迦楼羅のブレードは光となって消え、装甲は右手人差し指の指輪となった
「……馬鹿者が。詰めが甘いぞ」
千冬は破片を抜く。しかし血が吹き出ることはない。破片は千冬の脇腹を僅かに掠めるだけにとどまっていた。
「ナイフの扱いはまだまだだな。クラスメイトのドイツ軍に教えてもらえ」
マドカを抱きかかえ、髪をそっと撫でる。
「だが……最後の一撃は、よかったぞ」
遠くから空を切り裂く飛行音が聞こえ始め、それは段々と近づいてきた。
「マドカ! 千冬姉っ!!」
《白式》を駆る一夏が、通路から躍り出た。
「一夏か。凰のやつは見つけ……どうした? 白式の装甲が傷だらけだぞ」
「こ、これは鈴が……っと、そんなことよりもマドカは!?」
狼狽している一夏に、抱きかかえたマドカを見せた。
「ち、千冬姉……!!」
一夏は目を見開き、白式の展開を解除して千冬とマドカに近寄った。
「間に合わなかった……! やっぱり、マドカを……!!」
「はぁ? 何を言って━━━━━━」
「マドカ……! そんな……!!」
「………………」
千冬はマドカを抱えていたため両手が塞がっていた。
ゴツッ!!
だから頭突きを一夏にお見舞いした。
「っだぁ!?」
「何を勘違いしている。よく見ろ」
「え……」
「気を失ってるだけだ」
一夏はマドカの口元に手を運び、呼吸があるのを確認した。
「よ、よかったぁ〜っ……!」
そしてどっと息を吐く。
「おいおい、私の心配はしてなかったのか?」
「え、や、そ、そんなことは……」
そこで一夏は言葉を詰まらせる。
「千冬姉!? そこ、血が……」
小さく穴が空いたスーツの脇腹を見たからだ。
「ん? あぁ、これか。こいつの最後の攻撃でな」
「大変だ! すぐに手当しないと!」
「かすり傷だ。それよりこいつをどうにかしなければ」
腕の中で眠るマドカを見やる。傷つきながらも、満ち足りた顔つきであった。
「……かなり疲労している」
「そ、それなら上に行こう。ベッドが置いてある部屋がたくさんあるんだ」
少し狼狽する一夏と共に、千冬は箒達の待つ部屋へと向かった。
◆
IS学園生徒会室。いつも俺が一夏やのほほんさん、そして今自分の椅子に深く腰掛けている楯無さんと仕事をする部屋。
ここに正規の生徒会メンバーは俺と楯無さんしかいない。
フォルテ先輩、戸宮ちゃん、そしてセシリアとメイドのチェルシーさん。
この四人が一夏達の代わりにこの場所にいた。
「こうして生徒会室の席が埋まるのは久しぶりね」
「いいんすか? 私たちまでここに来て」
フォルテ先輩が普段のほほんさんが使う椅子に座って楯無さんに問う。
「もちろんよ。というか、二人にもいてもらわなきゃ困るわ」
「……メールでの、第三アリーナへの呼び出しは? 始めから、ここを指定すればいい」
戸宮ちゃんは虚さんが座っていた席だ。
「そういうわけにもいかなくてね。私もついさっきまで学園を出てたから」
「何かあったんですか?」
「ちょっと仕事がね。それより……セシリアちゃん」
「……っ」
楯無さんに名前を呼ばれて、いつも一夏が座る俺の向かいの席に腰を下ろしたセシリアが僅かに身じろぎした。
「どうして瑛斗くんを襲ったのかしら? 自主訓練にしては、熱が入り過ぎなように見えたけど」
楯無さんの目は鋭い眼光を宿していた。
「それは……」
「教えてくれるかしら?」
「……!」
セシリアは唇を噛み締めて、涙を堪えている。こんなセシリアもなかなか見れたもんじゃない。
「あの」
セシリアの横に立つチェルシーさんが遠慮がちに手を上げた。
「お嬢様は今、話せる状態ではございません。差し出がましいようですが、お嬢様の代わりにわたくしめがお答えします」
言うと、チェルシーさんは持っていたポーチからメモリースティックを取り出した。
「……それは?」
「お嬢様があのような行動を起こした原因となったメッセージが入ったメモリーです」
「メッセージ……すか?」
「つい二日前に送られたものです。内容は聞いていただければわかります」
チェルシーさんが腕につけた小型の装置にメモリースティックを刺すと、『SOUND ONLY』の文字が投影されて音声が流れ始めた。
『あー、あー、本日は晴天なり、本日は晴天なり』
マイクチェックの声が聞こえる。
(あれ……? 今の声、どっかで聞いたことあるような……)
『久しぶりじゃのぉ。オルコット家のお嬢ちゃんや』
一瞬で確信に変わった。
間違いない。この声、この喋り方、全ての条件を満たす人が一人だけいる。
「チヨリちゃん!? どうして!?」
録音のメッセージは、俺の疑問に答えることなく流れ出す。
『突然のことで驚いとるじゃろう。あの時はすまんかったの。無礼な発言をした。許してくれ』
「あの時? あの時っていつだ?」
「林間学校で起きた無人機との戦闘の時ですわ……」
「確かお前は、鈴と一緒に……」
「瑛斗くん、今はこっちに集中しましょう」
楯無さんに言われて、俺は口を閉じた。
『突然じゃが、お前さんの両親の事を話そうと思う』
セシリアの両親? どうしてチヨリちゃんがセシリアの両親のことを知っているんだ?
『四年前にイギリスで起きた列車横転事故……ワシも覚えておる。お前さんの両親……アリシアとミハエルが死んだ事故じゃ』
「列車事故……?」
セシリアは口をきゅっと結んで、俯いている。
『お前さんの父親、ミハエルはの、元々亡国機業に属していたんじゃ』
チヨリちゃんが告げたのは予想外の言葉だった。
「亡国機業って、世界中のISを泥棒してるっていう悪いやつらっすよね?」
『お前さんも知っての通り、ミハエルはオルコット家に婿入りした。しかしただの婿入りではない。オルコット家の内部に入り込み、その財力を組織へと流す役割を担っとった』
いきなりかなりプライベートな上にこすっからいことで、俺は少し眉をひそめた。
『組織は怪しまれぬようミハエルをアリシアに近づけ、結婚まで漕ぎ付かせた。しかしアリシアは予想以上に鋭かった。独自のルートで亡国機業の存在を察知し、そしてミハエルのことも突き止めたのじゃ。じゃがの、驚いたことにアリシアはミハエルを糾弾することなく、あろうことか受け入れたのじゃよ』
ここにいる誰もが一言も話さないで、チヨリちゃんの声に聞き入っていた。
『初めはそうではなかったようじゃが、ミハエルも役割としてしか考えておらんかったアリシアの精神的サポートを進んでやるようになり、アリシアはそんなミハエルを強く、深く意識しておった。二人の間には、確かに愛が育まれておったのじゃ』
いい人だったんだろう。セシリアの両親は。
『しかし二人は共にいることがあまり出来んかった。組織に勘付かれる危険があったからじゃ。人目に付く時はあまり話さず、それどころか冷え切った仲を演じ、二人きりになった時は会えなかった時の分も含めて、より深く愛し合った』
聞くだけ聞けばいい話なのかも知れない。でも、今は━━━━━━
『しかしそれも長くは続かなかった』
「……っ」
チヨリちゃんの声が少し低くなる。セシリアの腕が小さく動いた。長机の下に隠れて見えないけど、多分拳を握ったんだ。
『ミハエルは組織の上層部から自分たちと接触するように命令を受けた。接触場所はイギリスの越境列車……そう、四年前に横転事故を起こした列車じゃよ』
声は、わざと感情を抑えているみたいにひどく冷静だった。
『ミハエルは何となく察しておったのじゃろう。自分が始末されるのだろうとな。やつは当然一人で行こうとした。しかしアリシアは言った。共に行く、とな』
どくん、と俺の心臓は大きく脈打った。
『その件についてワシも相談を受けておった。当然ミハエルはアリシアの言葉に反対した。殺されるのは自分一人で十分じゃとな。じゃがアリシアは自分も行って、金は出し続けるからミハエルを見逃してくれと頼むつもりだったんじゃ』
喉の奥から小さな声が震え出た。
「そんな甘い話を……亡国機業が飲むわけが……!!」
俺は知っている。亡国機業は不要になったやつは切り捨てる。どれだけ組織に貢献していたとしてもだ。
『じゃが……亡国機業はそれを無視した』
チヨリちゃんの声は、淡々と、断言した。
『そして二人は殺された。列車事故を装うという、死傷者を大量に出す代わりに、決して怪しまれない方法でな』
「……! ふざけんなっ!!」
怒りが込み上げて来た。
「たった二人……! たった二人を殺すために……大勢の無関係な人を巻き込んだってのか!! しかもその二人がセシリアの両親だと!?」
画面の中のチヨリちゃんに怒鳴る。
「桐野さま、落ち着いてください」
チェルシーさんが動くことなく俺を諌めた。
「このメッセージには、まだ続きがございます」
「続き……?」
チェルシーさんの言う通り、画面はまだ再生中であることを示していた。
『なぜ、今になってこんなことを話すのかというとじゃな、お前さんも知ってもらいたいからじゃよ』
チヨリちゃんがセシリアに知ってもらいたい事? なんだ?
『この事故……事件か。には、一人重要な人物がおる。この事件の首謀者ともいえる人物じゃ』
首謀者? 誰だ?
俺は次のチヨリちゃんの言葉に神経を尖ら沙汰。
『桐野瑛斗。お前さんもよく知っとるじゃろ?』
「え……?」
俺?
『あやつこそ━━━━━━━』
そこでメッセージは終わった。突然、唐突に。
「え? 終わり……なのか?」
「はい、メッセージはここで終了します」
チェルシーさんはメモリースティックを引き抜き、モニターを消した。
「桐野さまのお名前が出ましたので、お嬢様はもしやとお思いなられまして……」
「それで、俺に襲った? 俺が、セシリアの両親の死のことを隠してると思って……」
「すみません……! 瑛斗さん……わたくし……!」
セシリアが目に溢れ出しそうなほど涙を溜めて、震える声を絞り出すように謝ってくる。責める気はこれっぽっちも湧かなかった。
「いや、いいんだ。理由もわかった。こんなところで切られちゃ疑うのも仕方ない」
「……今の声の主と、あなたは知り合い?」
戸宮ちゃんは机の上に乗せた手を組んだ。
「まあな。チヨリちゃんって言うんだ。俺のセフィロトと、戸宮ちゃんのフォルヴァニス、蘭のフォルニアスのサイコフレームを造った人だ」
「……サイコフレーム……」
「そんな人が、なんでオルコットのパパさんとママさんのことを知ってるっすか?」
「それは━━━━」
「彼女も亡国機業だからよ」
「楯無さん……」
俺達に背を向けて、窓の向こうへ視線を投げていた楯無さんが答えた。
「この場合は、『だった』って言うのが正確かしら」
「知ってたんですか?」
「私も知ったのはつい最近よ。と言っても、薄々そんな気はしてたのよね」
「チヨリちゃんは言ってました。亡国機業は、元々悪い組織なんかじゃなくて、幹部会ってやつらが歪めてしまったって。楯無さんは、その幹部会が誰なのかも知ってるんですか?」
「………………」
楯無さんは沈黙し、ここにいる全員が楯無さんの発言に注意を向けている。
「……ここから先の話は、ここでは出来ないわ」
「またそうやってはぐらかす!」
声を荒げると、楯無さんはまた椅子を回転させてこっちを向いた。
「瑛斗くん、ここでは話せないと言っただけよ」
「は……?」
楯無さんは椅子から立ち上がると、各部活動の授賞記録や過去の議案書なんかが保管されている部屋の隅の本棚へと近づいた。
そしてはめ込まれた窓に手を置いて力を込めると、本棚は大きな音を立てて右へ移動してその奥に空洞が現れた。
「な、なんだ?!」
「エレベーターよ」
「エレベーター?」
生徒会室にこんな機能があったとは……
「ついて来て」
楯無さんの後を追って、俺は椅子から立ち上がった。
「あなたたちもよ」
「え……私もっすか?」
「………………」
戸宮ちゃんが無言で立ち上がって楯無さんのそばに行くと、フォルテ先輩も少し不安げだったけどエレベーターに乗った。
「セシリア……はどうする?」
まだ座っていたセシリアに、俺は遠慮がちに声をかけた。セシリアはまだ立ち直れていない。この後もどんな話があるかわかったもんじゃないから、心配だ。
「わたくしは……」
視線を迷わせるセシリアの肩に、チェルシーさんがそっと手を乗せた。
「セシリア……あなたが決めなさい」
「チェルシー……」
セシリアは一度息を吸って、顔を上げた。
「……行きますわ。わたくしも」
「わたくしめも一緒にまいります。構いませんか?」
すでにエレベーターに乗っていた楯無さんが鷹揚に頷く。
「メイドさんの口の硬さは知ってます。どうぞ」
俺達の乗った床は、ゆっくりと下降を始めた。
「結構な深さまでありそうっすね……」
「楯無さん、これはどこ向かってるんですか?」
等間隔に埋められた照明が視界の横を流れて、それに照らされる楯無さんの表情はいつもの以上に引き締まっていた。
「IS学園の地下には、特別区画という場所が存在するの」
「……特別区画」
「そんなものがあるなんて、知りませんでしたわ」
「当然よ。学園にいる生徒のほとんどはその存在を知ることなく卒業していく、学園の最重要機密の一つなんだから」
ゴウン……と重たい音がして、下降が終わった。どうやら到着のようだ。
「着いたわ。IS学園地下特別区画へようこそ」
目の前の壁が左右に開いて、通路が視界に飛び込んできた。
「ここが、特別区画……」
ツクヨミや篠ノ之博士の地下秘密基地とは若干違うけど、研究施設のような清潔さだった。
見入っていると楯無さんが横を通り過ぎた。
「色々な部屋と設備があるけど、私達が向かう場所はすぐそこよ」
楯無さんは迷いない足取りで通路を進む。
「こんな場所が学園の地下にあるなんて……」
「私も特に用も無く入れる場所じゃないの。そしてここに来れるのはほんの僅かな人だけよ」
「なんだか得した気分っすね」
手を頭の後ろで組んだフォルテ先輩が能天気に笑う。でも、俺は素直に得した気分を味わえなかった。
(こんなところで、一体どんな話を……)
漠然とした不審感が募っていたからだ。出来ることなら、もう少し別の形で来たかった。
「さて、到着よ。ここが目的地」
先頭を行く楯無さんが足を止めた先には、スライド式の扉があった。
「ロックを解くわ。ちょっと待っていてちょうだい」
扉のそばのコンソールに近づいて、楯無さんが何回か画面を指でなぞる。
扉が開いた。
「……暗い」
戸宮ちゃんが部屋を見る。
「何があるっすか?」
フォルテ先輩が上半身を入り込ませると、それに反応するように照明の光が部屋を照らした。
「うわっ!?」
驚いたフォルテ先輩をよそに、俺は部屋の中を見た。
「なんだよこれ……!?」
その部屋の中央では、人が一人入れそうな円筒形のガラスケースと機械が融合した巨大な装置が鎮座していた。
電源は入っていないのか、計測器類は作動していない。それにところどころ傷や錆がついている。何年も前に作られたみたいだ。
異様な雰囲気を漂わせる巨大マシン。だけど、それよりも、俺は不可解さを感じていた。
「どういう……ことですか? 楯無さん……」
汗が頬を伝って足元に落ちる。
「き、桐野? どうしたっすか?」
「おかしいだろ……」
一歩、また一歩と、それに近づいて、触れた。
「なんで……なんで俺は……『これ』に見覚えがあるんだ!?」
見覚えがあった。既視感があった。前に、ずっと前に見たことがある気がする。
でも、わからない。
いつ、どこで、どうして、俺はこれを知ったんだ?
「……懐かしいでしょう?」
振り向くと楯無さんが扇子を開いて、達筆な筆字の『懐旧』の二文字が現れた。
「懐かしいって……楯無さんは、これが何なのか知ってるんですか!?」
「もちろんよ。そして、あなたがこれに抱く懐かしさの理由も知っているわ」
靴音が響いて、楯無さんが俺の横に並んだ。
「━━━━この中で、あなたは眠っていたのよ」