IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
神掌島。
かつて瑛斗がセフィロトを制御する術を身につけるために訪れた島である。
そこに楯無はいた。
「…………………」
娯楽目的ではない。『十七代目更識楯無』としての仕事である。
島の中央に存在する山。その頂上。そこにはチヨリの研究所の入り口が隠されている。
押して回すと入り口が開く仕掛けになっている『頂上』と彫られた看板に寄り掛かり、楯無は木々に茂る木の葉の間から覗く空を見ていた。
(話しちゃった……)
二日前のことを思い出して胸中で呟く。
(三人とも、ショックを受けてた……)
シャルロット、ラウラ、そして簪は楯無の話を聞いて、ショックを受けていた。
だから昨日の夜に、瑛斗の様子を報告した時は安心していたのだろう。
(私は、あの子達にとても酷なことをしたのね……)
楯無は三人の瑛斗を想う気持ちに、純粋に感服していた。これまで隠していた自分の行いを恥じる程に。
(本当のことを話したら気持ちが楽になるって言うけど、こんな気持ちになるなんて……聞いてないわよ)
誰にともわからない愚痴が浮かんでしまう。
(でも、これも含めての計画だとしたなら、完璧だわ)
一度深く息を吸い、楯無は表情を引き締めた。
「早く終わらせて、学園に戻らなきゃ」
楯無は看板から身を離し、振り返った。
「━━━━そのためには、あなた達にはとんぼ返りしてもらうしかないわね」
呼びかけるように大きな声を出すと茂みの奥から黒づくめの装備に身を包んだ屈強な体躯の集団が現れた。
「七人……武器は対IS装備のようね」
銃のセーフティを解除する音が小さく響く。
「目的は何? って聞くまでもないわよね。 でも残念だけど━━━━」
パッ!
楯無の胸の中央に、穴が空いた。
「………あら?」
楯無の身体が動いた時には、連続した銃声が山頂に轟いていた。
「うぁ…………」
楯無はうつ伏せに倒れ、動かない。
しかし、特殊部隊員達は安心出来なかった。疑問を持ったからだ。
「……………………」
リーダー格の男がハンドサインで指示を出し、一人が確認のために楯無に近づき銃の先端で楯無の身体を仰向けにした。
「……ダメじゃない。話は最後まで聞かないと」
「!?」
バンッ!!
直後、楯無の身体が弾けた。
爆発の中心にいた一人は、木に身体をしたたかに打ちつけ、そのまま動かなくなる。
部隊員達の抱いた疑問とは、単純なものだ。
『蜂の巣にしたのに、なぜ血が流れないのか』。である。
弾丸の雨を受けても、ただ身体に穴が空くだけでそれ以上のことは起こらない。
そして、部隊長は気づく。
周囲を濡らしているのは、鮮血ではない。
「《ミステリアス・レイディ》のアクア・ナノマシン……今のはそれで作った分身よ」
背後からの声に、一斉に振り向く。
楯無が『いた』。
その数、六人。
「私たち」
「全員が」
「更識楯無」
「あなたたちの」
「人数分よ」
一瞬呆然とした隊員達だったが、すぐに中央の、ISを展開した楯無が本物だと見破り、銃を構えた。
「臆せず向かってくるのね。じゃあ、それにはしっかり応えてあげないと」
中央の、本物の楯無が笑う。
戦闘態勢に入った『六人』のIS学園最強。
その手に水を纏わせた槍を握り締めて、揺るぎない眼差しで目標を見据える。
『さあ、行くわよっ!』
この戦いの結果は、火を見るよりも明らかだった。
◆
IS学園中央タワーの入り口付近では、ラウラ、シャルロット、簪が学園の異常事態について話し合っていた。
「……なぜ学園に教師が一人もいない事態が発生する。これでは襲撃を受けた時に一瞬で制圧されるぞ」
「確かにおかしいよね。僕もこんなの初めてだよ」
「帰省とか、部活動の……付き添いに出てる先生も、いるみたい……だけど……」
ラウラは首を横に振る。
「それだけならばいい。私が言いたいのはなぜ職員室にさえ教師が一人もいないのか、ということだ」
「お姉ちゃんも……いないし……」
簪は教師たちとともに楯無もいないことが気がかりだった。
「楯無さん……僕達に話した事、本気なんだよね……」
「あれがいつもの冗談だったならば、私は心からあの人を軽蔑する」
「……………………」
「ら、ラウラ。簪の前でなんてこと……」
「む……す、すまん」
「いいよ……でも、なんだか、胸騒ぎがする…………」
「簪……」
すると、シャルロットのラファールに通信が入った。
「瑛斗?」
『準備できたぞ』
モニター越しの声を聞き、三人は上を見上げる。
中央タワーの最上部。学園で最も見晴らしがいいその場所に瑛斗はいた。
身に纏う《G-soul》はマドカを捜索するために使用した索敵用Gメモリー、《パルフィス》。
しかし、以前使ったものに新たな機能を追加している。
『うん、こっちもいつでもいいよ』
「よし、じゃあ始めてくれ」
『いくよ?』
下のシャルロットが携帯を操作したのを確認してから瑛斗は新機能を起動した。
「パルフィス……出力全開!!」
瑛斗の周囲をディスプレイが囲む。
瑛斗が追加した新機能とは、同調させた携帯電話が発した電波を受信した携帯電話を探知する、本人曰く『ストーカーに片足突っ込んだ機能』である。
パルフィスの索敵能力を応用したものであるが、瑛斗はあまり良く思ってはいない。
(これが終わったら、この機能は外さないとな……なんにしても、かかってくれよ)
数秒のラグの後。
「……来たっ! 来た来た来たっ!」
G-soulが演算を開始した。
徐々に位置情報が炙り出されていく。
そして、結果が出た。
「…………は?」
G-soulが出した結果に瑛斗は身体を硬直させる。
「み、ミスじゃないか……? いや、動作は完璧だったはず……じゃあやっぱり………!」
にわかには信じられなかったが、この結果を受け止めるしかなかった。
『瑛斗、どうだった?』
「あ、ああ。今降りる」
シャルロットの声にハッとした瑛斗はその場から飛び降りて、三人のそばに降り立つ。
「嫁、結果は出たのか?」
「ま、まあな……」
「どうかしたの?」
「いや、場所が出たことには出たんだけど………」
「まさか国外か?」
「そうじゃない。そうじゃないんだが……」
「じゃあ……どこ………?」
「………ここだ」
瑛斗が三人に見せたのは、現在『鈴の携帯電話』がある場所の表示されたディスプレイ。
赤く点滅するポイントは、まさしく、紛れもなく、『桐野第一研究所』を示していた。
「ここは…………」
「瑛斗が昨日話してた………」
「廃墟……?」
「偶然かな、これ」
「ここに鈴がいるというのか?」
「そういうことになる。でもそれだけじゃない。こっちの動いてる青い点は、ISの反応だ」
「IS………? もしかして!?」
「照合したデータがブレーディアと同じ。マドカだ。マドカも研究所に向かって移動してる」
「マドカが……鈴を、助けに……?」
「その可能性は低い。マドカは今は千冬さんを追ってるんだ」
「それってつまり、織斑先生もここにいるってことなの?」
「それが一番妥当な考えだな。網を投げたら大当たりだ」
「……………」
またあそこに行かなきゃなんないとは………と眉を下げる瑛斗に、ラウラは告げた。
「瑛斗、お前は来るな」
「………え?」
「ラウラ?」
「鈴の救出は私達三人が行う。お前はここに残っていろ」
「い、いきなり何を言い出すかと思ったら、変なこと言うなよ。そんな事できるか」
「お前のISは二つとも万全とは言えないだろう」
「そりゃあ確かにセフィロトもエネルギーが回復しきれてないしG-soulもやっとこさ動けてるくらいだけど……」
「これは言うなれば救出作戦だ。少数の、それも問題なく動ける者がやらなければならん」
瑛斗が次の言葉を言う前に、ラウラのアイコンタクトを受けたシャルロットが声を出した。
「僕もラウラに賛成。瑛斗はここに残っていてよ」
「シャル……」
「私……も、瑛斗は、学園に残っていて、ほしい」
「簪まで……なんだよ、急にみんな変だぞ? 場所がわかった途端にそんなこと言い出して」
「そう勘ぐるな。何もお前が足手まといだから連れて行きたくないと言っているのではない」
「じゃあなんだよ」
「ISのエネルギーはあとどれくらいで完全回復する?」
「G-soulはあと一時間くらいで、セフィロトが二時間強ってところ」
「ならばG-soulのエネルギーが回復したら私達を追って来い」
「追って来いったって……一時間もラグがあったら合流出来ないだろ?」
「そのラグが重要なのだ。万が一私たちに何かあったら、それをどうにかできるのはお前だけだ」
「俺だけ………」
「瑛斗、僕達を助けにきて?」
「お願い……」
「………………」
瑛斗は何か言いたげだったが、それを飲み込んで頷いた。
「わかった。だけど、危なくなったらすぐに連絡をくれ。駆けつけるから」
「うむ、頼むぞ」
「それじゃあ、三人のISにここの位置情報を送る。それなら迷わずに行けるはずだ」
三つに増えたディスプレイがラウラ達の待機状態のISに滑る。
「よし。私たちも一夏と箒と合流してすぐに出発する」
「俺はこのままエネルギーチャージャーがある第三アリーナまで行く。頼むぜ。無事でいてくれよ」
瑛斗は三人に背を向けて第三アリーナへと駆け出す。
「……っと、そうだ、マドカのことなん━━━━」
立ち止まり、振り返る。
「………なんだ、あいつら?」
瑛斗には、背を向けて走る三人の背中がどこか寂しげに見えた。
◆
真っ暗な通路をペンライトの光が伸びる。
千冬は研究所内に潜入してから目的地まで真っ直ぐ進んでいたつもりだったが、内部は進めば進むほど損傷しており、足場も悪いことが起因となって時間がかかってしまっていた。
「内部構造がいくらか情報とは違うのだが………これはお前の仕業か?」
おもむろに千冬は立ち止まり、振り返った。
ほんの一瞬ペンライトの光が曲がり角にいる何かを照らしたことを見逃す千冬ではない。
「そこにいるのは誰だ。コソコソせずに姿を現せ」
出て来たのは、顔をボロボロで汚れた長布で覆った女だった。
「……お会いできて光栄です。ブリュンヒルデ」
礼儀正しい一礼をした女に、鋭い眼差しを向ける。
「顔を見られるとまずいのか?」
「はい。人に見せれる顔ではございませんので」
「何の目的があってここにいる。十数年前に放棄されたと聞いていたが?」
「それについてはお答えすることが出来ません」
「やましいことがある、と捉えるが構わんな?」
「致し方ありませんね」
女は首を横に振った。
「こちらも、貴方にあまり動き回られると困ります」
「やはり、目的は同じか……」
「いえ。そうでもありません。あなたが探しているものは、もうここにはございません」
「なんだと?」
「お気づきではなかったのですか? 近頃この場所で激しい戦闘が行われたようでして。上のホールは半分以上が崩壊していました」
「その近頃とやらに、何者かが持ち去った……ということか」
「その通りです。ですから、あなたがここにいる意味はもうありません。どうかお引き取りを」
「貴様………何者だ? 亡国機業か?」
「そのように捉えたければどうぞ。否定はいたしません。しかし、私は貴方に敵意を持ってはいません。ただ『伝えて来い』とだけ命令されました」
「誰からの命令だ」
「お答えすることはできません」
「……ならば、自分から言いたくなるようにしてやろう」
千冬は両手にサーベルの柄を握り、刀身を伸ばした。
「ところで、こちらもお聞きしたいことがあるのですが」
「……?」
「あなたは、お一人でここへ?」
「答える義務はない」
「では、この音には何も関与していないのですね?」
千冬は質問の意味がわからなかったが、即座に気づいた。
音がする。
何かを削る音。どんどん近づいている。
そして壁に亀裂が走り、爆発した。
塵幕の中から、赤く輝く刃が飛び出す。
「っ!!」
ガキンッ! ギンッ!
二本のサーベルで弾き返された刃は、千冬の足元の地面に深々と刺さった。
「これは……」
言葉が漏れたあと、二つの刃は地面から抜けて、塵幕の中へ消える。
「……………………」
そして、塵幕から新たに出てきたのは━━━━
見覚えのある真紅の装甲。
自分と同じ顔を持つ少女。
「見つけたぞ……ねえさん!!」
マドカであった。