IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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ふと見てみたらUAが3万超えてましたー。嬉しいですー。読者のみなさま、本当にありがとうございます。これからも頑張ります。

ではどうぞ。


想いの残り香 〜または行方知れずは重なって〜

一夏が俺に来るように言ったのは、なぜか箒の実家、篠ノ之神社だった。

どうして篠ノ之神社なのかという疑問もあったけど、かなり切羽詰まった一夏の声から、とにかく行くしかなかった。

石段を駆け上ると、箒が待っていた。

「瑛斗! やっと来たか!」

勢いに任せて石段を駆け上がったせいで乱れた息を整える。

「こ、これでも、全力で来たんだけど……! ……それで、一夏は?」

「家の中だ。来てくれ」

箒に連れられて家の中にお邪魔する。

「あら、瑛斗くん。おはよう」

「あ、雪子さん。おはようございます。すみません、こんな朝早くに」

まだ朝の七時を回ろうかって時間に上がり込んだ身として謝ると、雪子さんは手を振って笑みを浮かべた。

「気にしないで。事情はよくわからないけど、大変なことになってるのよね? 一夏くんはこの奥にいるわよ。箒ちゃん、案内してあげてね」

「はい。瑛斗、こっちだ」

雪子さんに会釈してから箒について行く。

「一夏、瑛斗が来たぞ」

襖を開けた奥にいたのは、湿布を顔に貼って布団の中にいる一夏だった。

「瑛斗! つっ……!」

「急に起き上がるな。怪我に障るぞ」

心配そうな箒の横に立って単刀直入に言った。

「一夏、マドカの記憶が戻ったのは確かなんだな?」

一夏は俯いた。

「……ああ」

「なんでお前はそんなボロボロになってんだよ」

「マドカと、戦った」

「それは、マドカが記憶を取り戻して、お前を襲ったってことだな?」

一夏は首を振る。

「止めようとして、返り討ちだ」

「はあ……大体想像がつくぞ。お前、マドカ相手に躊躇したんだな」

「………………」

この沈黙は図星ということだろう。

「それで、なんで篠ノ之神社なんだ? マドカと揃って泊まってたのか?」

「いや、そうではないんだ」

箒が一夏の代わりに答えた。

「一夏は今から数刻前に空から落ちてきた」

「落ちてきた? なんでまた」

「マドカに《白式》をやられて、ちょうど箒の家の玄関先に落ちたんだ」

「夜中に大きな音がして何事かと思って外に出てみたら、一夏が気を失って倒れていたのだ」

「なるほどな。つまり、着地をミスって……」

ポン、と一夏の背中を軽く叩く。

「いでっ……!」

「このザマって訳か」

「………悪い。瑛斗の言う通りになっちまった」

「織斑先生はこの事を知っているのか?」

「いや……連絡がつかないんだ」

「寝てんじゃないのか? なんだかんだ言ってまだ朝早いんだぞ」

「ならいいけど……」

もしかしたらもう……なんて言葉が頭をよぎったけど、織斑先生に限ってそう簡単にやられるはずがない。

(そんなこと考えるより、どうするかを考えないと…………ん?)

違和感を感じた。

「一夏、お前怪我はどうなんだ?」

「どうって?」

「いや、確かにやられてはいるけど、軽症過ぎるような気がして……」

ブレーディアの主戦法はブレードビットの斬撃だ。でも一夏にそれっぽい傷はない………。

俺はもしやと思い至った。

「一夏、白式を見せてくれるか? 全身が見たい」

「え……? あ、ああ」

縁側から外に出た一夏に、白式を展開してもらうと、白式の装甲は数カ所の貫通痕を除けばほぼ無傷だった。

数時間前の戦闘での損傷だから自己修復機能が働いて小さな傷は消えたようだ。

「そういうことか……」

みんな忘れてると思うけど、俺はIS研究員だ。ISの知識ならそこらの連中よりはそれなりにある。ましてや、身近にいる一夏のISである白式のことならなおさらだ。

「瑛斗、ドヤ顔しているところ悪いが、何かわかったのか」

あ、無意識にドヤ顔をしてたか。

 

「まあな。箒、白式の装甲、何箇所か穴が空いてるだろ?」

「ああ。何かに貫かれたようだが……マドカのビットと考えるのが妥当か」

「この穴、無作為に空いてると思うだろ? でも違うんだ」

「どういうことだ?」

「この穴の位置、白式のPIC、それと姿勢制御系統のシステム回路が配置されてる位置なんだ」

「……つまり?」

「この穴は白式にとっての急所。ほんの少しでもそこを傷つけられれば、いくらエネルギーがあってもしばらく動けなくなる。場所が違うだけで俺のG-soulにもあるぞ」

「あらゆるISに存在するということか」

「第四世代型のお前の紅椿はどうかわからないけどな。今度よく見せてくれよ」

「瑛斗、話が脱線してないか?」

一夏の声で思い出した。

「っと、そうだな。つまり何が言いたいかっていうと、マドカは白式をエネルギーがある状態で制御不能にさせたってことだ。それなら一夏の怪我が軽いのも頷ける。この様子だと、白式が動けるようになるにはあと二時間くらいってとこだろう」

「わかるのか?」

「だって一夏、お前、白式重いか?」

「へ? ぜ、全然?」

「もし完全に回路を壊されてたら、白式の自重でお前は立ってられないからな」

「じゃあ、白式は動けるんだな!?」

「ああ。損傷自体は自己修復できるレベルみたいだし」

「そうとわかれば早くマドカを追わないと!」

展開を解除して俺に詰め寄って息巻く一夏。俺はその額を小突いた。

「何言ってんだバカ。穴が塞ぎきるまで待てよ。急所剥き出しで行く気か」

 

「でも!」

「第一、お前も負傷してるんだ。白式だけ動けても意味がない」

「……クソッ!」

一夏は悔しさをぶつけるように地駄を踏んだ。

「……わからないな」

「え? まだわかんないのか箒。だから、白式に空いた穴は━━━━」

「それではない。私が気になっているのは、マドカの行動だ」

「マドカの行動?」

「マドカは去年のお前達の誕生日の夜、お前達を襲ったのだろう?」

「そうだな。殺されかけた」

「ならば、なぜ瑛斗が言った通り、白式だけを狙った?」

「それは………」

これは俺も抱いていた疑問だった。

 

一夏は織斑先生の弟。織斑先生を狙うマドカには十分殺す理由になるはず。でも、マドカはそれをしなかった。

「ブレーディアに慣れていなかった……? 違う。マドカは完璧に使いこなしてる……」

 

戦闘中に相手のISの複数ある急所をピンポイントで同時に攻撃するなんて芸当には、かなりの腕が必要だ。

 

そんな細かいことをするよりも、相手を叩きのめしたほうが手っ取り早い。

 

なのに━━━━マドカはそうしなかった。

 

考えられる答えは、一つだけ。

 

「初めから、なかったんだ」

「瑛斗? 何がないのだ?」

「マドカには、初めから一夏と戦う気はなかったんだよ」

「……………………」

「ただの気まぐれだったのか、はたまた一夏が眼中になかっただけなのか……………それにしても、雪羅の状態の白式に勝つとは、さすがは俺の造ったISだ」

「言ってる場合か。こうしてる間にもマドカは千冬さんの命を狙って動いているのだぞ」

「わかってる。一夏、織斑先生がどこに行ったか知っているか?」

「知らないんだ。そういう話は、あまりしないからさ」

「マドカの行方は……わかれば苦労しないか。所在特定信号もオフなんだろ?」

「……ごめん。俺が躊躇わずにマドカを攻撃できてれば………。倒せたんだ。確実に。でも……だけど……!」

「一夏………」

「なっちまったもんは仕方ない。気にするな。俺たちにできることをやればいい」

「それは?」

「それは………」

そこで、襖が静かに開いた。

「三人とも、朝ごはんできたけど、食べるかしら?」

「…………………」

「…………………」

「…………………朝ごはんだ」

 

マドカ。

 

私の名前だ。

《エム》というコードネームで呼ばれていたが、もう、そう呼ばれることもないだろう。

私の顔は、世界最強として名高いねえさん━━━━織斑千冬と瓜二つ、いや、まさしく同じ顔。

幼い時分に亡国機業に誘拐され、顔と、記憶の大半を奪われ、組織への憎悪はそのままに組織に従っていた。

ねえさんとの決闘で私は敗れ、またしても記憶を奪われた。

そこからはこともあろうに、ねえさんと、その弟の織斑一夏の妹として暮らしていた。

「……………我ながら、茶番だな」

つぶやいて、通りのベンチに腰かけ、靴を履いた足元を見る。

裸足で歩き回るのは、流石に怪しまれる。

(しかし………)

「ねえさんめ、いつまで寝ているのだ……」

取り出した携帯電話の画面を確認する。何度か電話をかけても、応答はない。

どうせ、夜遅くまで酒でも飲んでいたのだろう。

(あんなに言われているのに………)

「……っ!? わ、私は、何を考えて………!」

頭を振って、思考に走ったノイズを切り捨てる。

「あんな……あんなくだらない幻想など……!」

そうだ。くだらない。取るに足らない。意味がない。

そんな言葉を並べて、再確認する。

そう。私に、そんなものは必要ないのだ。

 

「暑い……まだ島の山の方が涼しいわい。これだから街は好かんのじゃ」

背の低い少女が、なにやらぶつくさ言いながら歩いて来た。

朝早く、人の数も少ない道を、たった一人で歩く少女。

言えた義理ではないが、怪しい。

「大体、人遣いが荒いんじゃよ。すぐに行ってくれとか、少しは休ませんか……」

よっこらせ、と年寄りのような言い方をして、私の隣に座った。

「ははあ……しかしのぉ……ここまでとはのぉ……」

そしてしげしげと私の顔を見る。私は少女を無視して立ち上がり、その場から離れようとした。

「ま、待て待て待て! 待たんか!」

すると少女は私を追い抜いて、道を塞ぐように腕を広げた。

「………………………」

しかし全く気にせずに横を通り過ぎようとすると、今度は腕を掴んできた。

「だから待てと言っておろう!」

……いい加減目障りだ。

 

「……………」

 

「のぉっ!?」

 

乱暴に振り払うと、少女は転がるように背中から倒れた。

「あたたた……」

「何だ。お前は」

問いかけに、少女は腰をさすりながらも笑みを浮かべる。

「やっとこっちを向いたのぉ。()()()()()

「…………………」

私のその名を知っている……ただの一般人ではないか。

「そう警戒するでない。ワシはお前の敵ではないのでな」

「では何だ。私に何の目的があって近づいた」

「伝言を伝えに、と言ったところかの」

「伝言だと?」

「おうとも。スコールからじゃよ」

「!」

その名前は、二度と聞きたくない名前だった。

「まずは、ワシのことを教えておこう。ワシの名はチヨリ。最近まで亡国機業で技術開発に携わっていた」

「技術開発……」

この少女が、か?

「お前さんの()()()()も、元はワシの開発したものじゃよ」

「面白いことを言う……では、その姿も技術開発長のなせる技か?」

「そんなところじゃな」

飄々とした言い方に、少し挑発めいた感じがした。

「なぜ、私がここにいるとわかった」

「言ったじゃろう? お前の頭の中のナノマシンはワシが造った。じゃがスコールはどうやらそれに細工をして、居場所を特定できるようにしておったようじゃ。勝手なことをしてくれる。おかげでワシは昨日の今日なのにこうして駆り出されたわけじゃよ」

「ふん、貴様らの監視を逃れるには、この頭を切り落とすしかないということか」

「理解が早くて助かるぞ」

「組織に戻れという話なら、聞かないぞ」

「その話もしようと思っておったのじゃが、いきなりふいになったか。まぁよい。伝言の内容じゃが……」

少女は私の周りをゆっくりと歩きだした。

「ワシもスコールからお前のことは多少聞いておる。織斑千冬と一騎打ちを演じてみせるとは、大したやつじゃよ」

少女は足を止めて私の真正面に立つ。

「織斑千冬は諦めたらどうじゃ?」

「それが伝言というわけか……」

「お前に勝ち目はない。相手は世界最強(ブリュンヒルデ)。お前も経験したはずじゃろう?」

「だからこそ意味がある。ねえさんを倒す。それだけが私の望みだ」

「別の道もあると思うんじゃがのぉ」

「そんなものはない」

断言した。

「私には必要ない」

「……そうか。じゃがまぁ、止めろとは言われとらんし、言うつもりもない。お前の好きなようにやるがよい」

「言われなくもそのつもりだ。スコールに伝えておけ。もう私には関わるな、と」

「約束しかねるが、気には留めておこうかの。それと最後に、これはワシ個人の好奇心で聞かせてもらうが」

まだ何かあるのか。うっとおしい。

「仮に、お前が見事勝利した場合……お前はどうする? その先に一体何があるのじゃ?」

「愚問だな」

私は、少女に背を向けて、歩き出す。

「その先など、それこそありはしない」

 

「…………………」

シャル。

「…………………」

ラウラ。

「…………………」

簪。

「…………………」

そして、俺。

正座してる俺を、三人が取り囲むようにして完全に退路を封じている。

ゴゴゴオーラ×3だ。

……あれ? おかしいな? なんで、俺こんな追い詰められてんの?

こういう時は状況整理をしよう。

朝飯を食べ終えて、これからどうしようかと考え出したら、呼び鈴が鳴って、雪子さんがシャルたちを連れて来て、入ってきたシャルは俺に正座を命じて、現在に至る……。

うん、やっぱり理不尽だ。

「あ……あの……三人とも? 俺……いや、わたしは、何かしましたでしょうか?」

しかし、思わず変な敬語になってしまうほどの威圧感。怖い。半端なく怖いです。

「……瑛斗」

「は、はい……」

シャルが俺に話しかけてきた。

「箒の家で、何してたのかな?」

「あ……朝飯を、ご馳走になってました」

「そういうことじゃないの!」

「はいすいませんっ!!」

怒られた! 正直に言って怒られた!

「瑛斗、なぜ箒の家にいた?」

ラウラのドスの聞いた声。殺気全開だよ……!

「い、一夏がマドカの記憶が戻って行方をくらましたって言うから、話を聞きに……」

「……!」

「マドカの記憶が!?」

「一夏、箒、本当……?」

簪の言葉に、一夏と箒がうなずく。てか、二人とも見てないで助けてくれたってバチはあたらないんじゃないか?

「となると……教官の身に危険が……!」

「一夏、織斑先生と連絡は?」

「取れてないんだ。さっきも電話かけたんだけど返事が来ない」

「マドカの方も、連絡手段がないからどこにいるか見当もつかん」

「そんな……」

「だから俺は一夏に呼び出されたんだ。早く手を打たないと大変なことになるからな」

「僕達に一言も声をかけずに、一人で飛び出したんだ」

「そ、そんな言い方しなくてもいいだろ。それに、マドカのことはともかく、俺がいなくてもそんな大したことじゃ━━━━」

「大したことじゃなくないよっ!」

シャルが声を張り上げた。

「え……」

「心配………したんだよ?」

「し、シャル……?」

「僕だけじゃないよ。ラウラも、簪も、すごく、すごく心配したんだよ? 瑛斗がどこにもいなくて、瑛斗に何かよくないことが起きたんじゃないかって……」

俺の前に座り込んだシャルは、目に涙を浮かべていた。

「よかった……! 無事で……本当によかったよ……!」

「瑛斗、お前は自分がどれほど重要な存在かを認識できていない」

「もう少し……自分を、大切にして……?」

「……………………」

確かに、三人の言う通りだ。何も言わずに出て行ったのは軽率だったかもしれない。

「……ごめん。ちょっと無神経過ぎた。気をつける」

「うん……僕も、いきなり怒鳴ってごめんね。でも……」

「わかってるよ。もう大丈夫だからさ」

「……うん」

「ラウラと簪も。悪かった」

「わかればいい」

「もう、平気」

二人とも頷いてくれた。お許しをもらったんだ。やることは決まってる。

「さて、それじゃあこれからどうするかを話そう」

「現状、私達のできることは少ない。マドカまたは教官の捜索。しかしどちらも効果的な手段がない」

「マドカがブレーディアを動かしてくれてれば俺のGメモリーの《パルフィス》で一発なんだけどな」

だけど『あの』マドカがそんな考え無しな行動をするとは思えない。

「学園に戻ってる可能性も無くは無い。鈴と楯無さんにも話して確かめてもらおう。学園にいるのだろう?」

箒の言葉にシャル達はきょとんと目を丸くした。

「鈴が学園に? 一夏たちと一緒じゃないの?」

「え?」

「鈴……昨日………帰って来てない」

「なんだって?」

「今朝、鈴のルームメイトのハミルトンが言っていた。鈴は昨日の昼から帰って来ていないそうだ」

「嘘だろ? 俺昨日の夕方、鈴を家からそこまで送ったぞ」

「なっ、鈴はお前の家に居たのか!?」

「あ、ああ。宿題片付けようって話になってな」

「鈴め……。いつの間にそんな話を……!」

箒がなぜか悔しそうな顔をしてるけど、俺は嫌な予感がした。

(このタイミングで鈴がいなくなるなんて……)

偶然には、思えない。

俺は携帯で鈴に電話をかけた。

「………ダメだ。出ない」

でも、いくら待っても鈴が出ることはなかった。俺は携帯をしまって、みんなに顔を向けた。

「みんな……鈴が、何も言わずに学園に戻らないことって、あると思うか?」

ここにいる全員が、首を横に振る。鈴がそんな奴ではないこと全員わかってる。

「鈴って、知り合いの電話をシカトするタイプか?」

 

またみんな首を振った。

「……そうなると、マドカや織斑先生だけじゃなく鈴も行方不明ってことになるな」

 

直後、嫌な空気が室内を支配した。

 

 

「………ん?」

何よ? やけに暗いわね。それに身体にも力が入らない……

ぼんやりする視界が段々定まって、気づいた。

(ここ、どこよ?)

何もない四角い部屋。薄暗くて、なんだか湿っぽい。

「ん!? んんっ!」

口の違和感にも気づいた。何かを咥えさせられてる。猿ぐつわ?

「んーっ! んーっ!」

手足も動かない。縛られてる!?

なんでこんなことに? アタシ、一夏の家から学園に戻る途中だったはずなのに……

「…………………」

……ダメよ鈴音。こういう時は冷静になるの。代表候補生が誘拐されてパニックなんてお笑いだわ。

(まずはこの拘束を解かないと……)

アタシの手は背中の柱に何かと一緒に縛り付けられている。感触からして、チェーンかしら。

これならアタシのIS、《甲龍》を展開すればすぐに脱出できるわ。

(このアタシにこんな事して……どこの誰か知らないけど許さないんだから!)

アタシは甲龍を展開しようとした。

「……………んぅ!?」

甲龍が展開できない……!? どうして!?

何度も、何度も何度もやったけど甲龍は何の反応も示さなかった。

(整備不良? でも、そんなことありえない……)

どんどんわけがわからなくなっていく。

扉が開く音がして、その後に声が聞こえた。

「……気がついたようですね。中国代表候補生、凰鈴音さま」

入って来たのは、背の高い人だった。

顔を布で覆っていて、男か女かはわからない。

「んぅぅっ! んーっ!」

「……無礼をお許しください。騒がれると厄介ですので、気を失っている間にそのように処置を施させていただきました」

穏やかで丁寧な口調と声。女の人だ。でも、それがさらに不信感を煽った。

 

「………………!」

「何者か、という顔ですね。ですが、名乗ることは出来ません。硬く禁じられているので」

「…………………」

「ご安心ください。あなたに危害を加えようなどとは考えていません」

女の人は、アタシのすぐそばまで近づいて、腰を落としてアタシと目線を合わせた。

「しかし、抜き差しならない状況になった場合は……」

アタシの耳元で、小さな声で、でも、しっかりした迷いの無い声が響く。

「私は、あなたのその細い首を、何の躊躇いも無く引き裂きます」

「…………!」

「では、私はこれで失礼します。おとなしくしていてください。賢明な中国代表候補生のあなたならお分かりいただけると思いますが、ISが使えなければあなたはか弱い少女です。それをお忘れなきよう……」

元の穏やかな口調に戻ってから、女の人は出て行った。

(何よ……今の………)

だけど、アタシはそれ以上その人の事を考える事が出来なかった。

身体が、震えてる。

(何で、こんなに……怖いのよ……!)

ただの言葉だったはずなのに耳から入って身体を内側から凍りつかせていくみたいな、冷気を帯びていた。

今まで感じたことの無い恐怖。

アタシは、膝を折って身体を小さくして……

(助けて……助けて一夏………!)

一夏(アイツ)の名前を心の中で叫ぶことしか出来なかった。

 

瑛斗はシャルロット達と一度学園に戻っていった。三人の捜索の準備をするらしい。

残された俺は、一旦家に帰ることにした。

 

考えてみたら、二階の窓が開いたままで出て行ったんだ。マドカと千冬姉が戻って来る前に、万が一家に空き巣でも入られてたらそれもそれで大変だ。盗まれるようなものなんてないけど。

「悪いな箒、付き合わせて」

箒は俺について来てくれた。俺のボディガードをしてくれてるそうだ。

「気にするな。早く済ませて、瑛斗たちと合流するぞ」

「ああ。わかってる」

マドカ、千冬姉に続いて、鈴まで音信不通になった。

一度に俺の周りの人が三人も消息不明だ。

(また、何もできなかった………俺がしっかりしないといけないのに……)

あの時、俺がためらわなきゃマドカを止められたかもしれない。

あの時、鈴をもう少し先まで送ってやれば行方不明になんてならなくて済んだかもしれない。

そんな言葉ばかりが頭の中で再生される。

「一夏」

「……ん、なんだ箒?」

「マドカ達を考える気持ちはわかるが、必要以上に思い詰めるな」

「けどよ……」

「マドカの記憶が戻ったのは、お前のせいではない。鈴が行方不明になったのも、お前が原因ではない」

「……………………」

反論する前に次の言葉が飛んで来た。

「特にマドカのことは、私達も納得した上でお前と千冬さんに任せたのだ。お前が責任を取ると言うならば、私たちもそれ付き合って然るべきだ」

「箒………」

「お前だけじゃない。私たちもいる。それを忘れないでくれ」

「……ああ。ありがとう、箒」

「う、うむ……わかったなら早く行くぞ」

箒が少し早歩きになって、俺もそれに追いつくように歩いた。

「それにしても、雪子さん、全然動じてなかったな。特に問い詰めてくることもしないで」

「雪子叔母さんは立派な人だ。多少のことには納得してくれている。でなければ、姉さんのことも………」

そこで箒は口をつぐんだ。そこで俺も気づいた。

「あ……悪い………」

「いいんだ。気にするな。それよりも、もうお前の家が見えて来たぞ」

箒の言う通り、もう家が見える位置まで来ていた。

「…………………む?」

箒が眉をひそめる。

「どうした?」

「……一夏、お前は、二階の窓が開いたままだと言ったな?」

「そうだけど……それがどうかしたか?」

「ならば……あれはどういうことなんだ」

箒が指差す方向に視線を向けて、すぐに異変に気づいた。

「な……」

「窓など、開いてはないではないか」

開いているはずの窓が、閉じていた。

「なんでだ? あの時は確かに………まさか、誰かが窓から中に!?」

「あ、い、一夏っ!」

家の玄関まで走った。

「ああクソッ! 鍵が無い!」

飛び出した時は夜中だ。鍵なんて持ってなかった。

「中に入れないのか?」

「鍵は中だから、完全に閉め出されて━━━━━」

箒に振り返った瞬間、視界の端で光がちらついた。ポストに何か挟まっている。

 

「これは……!」

ポストを開けて手に取ったそれは、家の鍵だった。

「鍵……だな」

「家の鍵だ」

「なぜポストに……」

「わからない。とにかく、中に入らなきゃ」

鍵を差し込み、ゆっくり回すとガチャリ、と解錠の音がした。

ドアノブに手を掛けようとしたら、箒に止められた。

「待て。何があるかわからない。油断するな」

「じゃあどうするんだよ?」

「私が開ける。お前は私の向かいに立て」

「わ、わかった」

箒の支持通りに動いてから、互いに頷き合う。

「一、二、三で開けるぞ。用意はいいな?」

「ああ。いつでも」

自分の家にこんなに緊張感を持って入る事なんて、初めてだ。

「一……二………三!」

箒が扉を開いて、俺は家の中に足を踏み入れた!

「………………」

物音は聞こえない。けれど、下駄箱が開いていた。

 

「……あれ?」

 

「どうした?」

 

「いや、下駄箱が開いてて……」

 

覗いてみると、靴が無い。下から三段目。━━━━マドカの靴だ。

 

(まさか……な)

 

ほんの一瞬よぎった思考を、頭を振って掻き消す。そこで箒が俺の肩に触れた。

 

「気をつけろ。潜んでいるかもしれん」

「そうだな……。箒、俺は二階を見てくる。リビングの方を頼む」

「二手に分かれるのか? しかしそれでは……」

「叫べば聞こえるだろ。それにいざとなったら……」

 

待機状態の白式を見せると、箒も理解してくれた。

「り……了解した」

「じゃあ頼む」

二階に上がって、まずは俺の部屋から。

「…………………」

誰もいない。変わったところは無い。

「……次だ」

マドカの部屋。夜中に窓が開いたままのはずの、部屋。

「…………………」

幻覚でもなければ見間違いでもない。窓は本当に閉まっていた。でも、それだけ。どこも変化は無い。

これで、残った部屋は一つだけ。

━━━━千冬姉の部屋だ。

無断で入ったら殺されること確実だけど、緊急事態だ。そんなことを言ってる場合じゃない。

「…………………」

でも、開けるのが怖い。

おかしくないか? 『泥棒がいるかも』ってのよりも、『部屋に入る』ってだけのことの方が怖いって。

だけど最近はマドカが俺の代わりに掃除してくれてたようだから、今回は整頓されてれば問題は無い。

(若干そういう問題じゃない気もするけど……)

「………………ごめん千冬姉!」

意を決してドアを開けた。

「………………」

視線を巡らせる。

「……はあ」

肩から力が抜けた。

「異常なし……か」

掃除の行き届いた部屋がそこにはあった。

下に降りてリビングに入ると、台所にいた箒が振り向いた。

「一夏、そっちはどうだった?」

「いや、なんとも。人の気配は無かった」

「こちらも特に荒らされた形跡は無かったぞ。やはり、お前の思い違いだったのではないか?」

「うーん……段々そんな気がしてきた。無意識のうちにそうしたのかも」

「それならそれで問題は解決だ。急いで瑛斗たちのところに行くぞ」

「焦ったら喉乾いた……。箒、麦茶飲むか?」

「ああ、ではもらおうかな」

リビングに入る。

「しかし、相変わらず綺麗にしているな。目立った汚れも見えない」

「まあな。そりゃあ……箒……今、何て言った?」

「相変わらず綺麗にして……」

「……! ちょっと待て!」

「なっ、い、一夏?!」

俺は台所へ走った。

……無い。あるはずのものがなくなっている。

まさかと思って俺は二階へ駆け上がり、自分の部屋を、俺のベッドを見た。

「やっぱり……!!」

こっちも、あるはずの物が無い!

「一夏? どうしたのだ?」

箒が困惑したように声をかけてきた。

「箒、今日は燃えるゴミの日だ!」

「それが……どうした?」

「無いんだよ! 台所の隅にまとめて袋に入れておいた、今日出すはずだったやつが!」

「……それで、なぜ二階に駆け上がる?」

「ああもう! 昨日マドカと一緒に俺の部屋で寝てたんだっ!」

言った瞬間、不思議そうにしていた箒がクワッてなった。

「な……!? なんだとっ!? い、いいい一緒に、ねねねね寝た!? 一夏貴様っ!! まさかよりによってマドカに!!」

箒に胸ぐらを掴まれてガクガクと揺さぶられる。

「だぁー違う違う!! マドカが勝手に入って来ただけで、別に何も……ってそうじゃねぇ!」

「ではどうだと言うんだっ!?」

「落ち着け箒! 苦しい! 苦しい!」

「……あっ、す、すまん」

俺はようやく手を離してくれた箒に質問した。

「箒、仮に泥棒が入ったとして、ゴミなんて持って行くか?」

「よほど親切でない限り、そんなことはしないだろうな」

「マドカは今日の夜明け前に出て行ったって言ったよな?」

「私の聞いた限りでは」

「寝る前に、マドカは俺の部屋に自分の枕を持ってきたんだ。でも、見てくれ」

箒に俺の部屋のベッドを見せた。

「ベッドに枕は一つだけ。そしてマドカの部屋には……」

今度はマドカの部屋のベッド。

「これは……?」

 

ベッドの上には、()()()()使()()()()()()

「枕の位置を戻してからゴミだけ持って行く空き巣なんて考えられない。それに千冬姉は昨日は帰って来てない。だから、こんな事が出来るのは……」

 

「………………ここだな」

千冬は足を止めて目的地である建物を見た。

「ここに……あいつの……」

ここに来るまでに届いた、一夏からの頻繁な着信とメール、それとマドカからの数回の着信。

 

何が起きているのかはわかっていた。

 

だが、まだ動くことはできない。

(問題は山積みだ……順序づけて片付けなくては)

手に持ったアタッシュケースを地面に置いて、ロックを解く。千冬が取り出したのは、折り畳み式の新型IS用物理サーベル。それが2本。

一般のものよりもいくらか細く短いが、強度は高く、狭い空間でも上手く扱えばISを展開しているしていないに関わらず十分にその強さを発揮することができる。

「念には念を、と言ったところか……」

千冬は備え付けのホルスターを腰に巻き、サーベルを収めた。

「…………行くか」

 

そして、門を越え、足を踏み入れる。

「鬼が出るか、蛇が出るか。確かめるとしよう」

蔦が茂り、廃墟と化した━━━━━

『桐野第一研究所』へ。


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