IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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ちょっと長いです。視点がコロコロ変わります。


蘇る復讐者 〜または真実は深い闇の中〜

IS学園地下特別区画通路。

真っ直ぐ伸びる道を進む二人の生徒。

「……ねぇ、お姉ちゃん」

「なーに? 簪ちゃん」

楯無と簪の更識姉妹だ。

「これから、どこに行くの……?」

「まだ秘密よ」

楯無は簪の方を見ず、広げた扇子に達筆に書かれた『秘密』の二文字を見せた。

軽い足取りの楯無に対し、簪の歩みは少し遅い。

「話って……何?」

「それもまだ秘密」

達筆な『秘密』の裏にも『秘密』と書かれていた。

「秘密ばっかり………」

目的地に着くまで話してはくれないのだろうと判断して、簪は追究をやめた。

代わりに、自分達がどこに向かっているのかを推理する。

簪はここまで歩いて来た道をちら、と振り返った。

(こんなに厳重なセキュリティ……学園にこんなものがあったなんて……)

「さて、到着よ」

楯無が歩みを止め、簪も止まる。

「ここはね簪ちゃん。IS学園地下特別区画っていうの。一般の生徒は普通立ち入ることができないIS学園のトップシークレットよ」

「そんなすごいところで、何を、話すの?」

「うーん……」

簪が聞くと、楯無は少し眉を下げた。

「シャルロットちゃんとラウラちゃんにはもう話したんだけど……」

「シャルロットに……ラウラ……?」

「ごめんね、最後にしちゃって。私自身の踏ん切りがつかなくて……」

「ううん……それで、何の話?」

「……簪ちゃん、これからとても大切なことを話すわ」

楯無の声音と表情の変化に、簪は今から話すことの重要度を知った。

「簪ちゃん」

「な、なに……?」

「瑛斗くんのこと、好き?」

「え……うん、好き……………大好き」

「愛してる?」

「あ……あいっ………愛してるっ」

簪は突然の質問に驚きはしたがしっかり言い切った。

「うん、いいわね」

「もしかして、話したかったのって……これ?」

「いいえ。今のは確認よ。本題はここから……」

「本題……?」

「この扉の向こうで話すわ」

楯無はもう一度簪に背を向け、扉のロックの解除コードを入力していく。

「これから話すことは、全て真実。本当のことよ」

「そろそろ……何を話すのか、教えてよ……」

「そうね。これから話すこと……それは━━━━」

扉が開き、簪は部屋の中を見た。

「何……これ……!?」

()()()()という存在についてよ」

 

 

「……………………」

 

今、俺の目の前には、俺の大切な人達の仇と思っていたやつがいる。

名前はスコール・ミューゼル。

そしてその隣のベッドには、もう一人の亡国機業が眠っている。短い間だったけど一緒に戦ったやつだ。

「スコール……今、お前を殺すことは簡単だ。この右腕一本で十分事足りる」

《G-soul》の右腕の装甲を展開してスコールに語りかける。

「ここでお前の首を握り潰すことだってできるんだ。そうすれば、俺の気持ちはいくらか晴れるかもしれない」

右腕を、その細い首に伸ばした。

「……………」

後は、思いきり拳を握れば、こいつを殺せる。

まだ白いベッドを、赤く染めることができる。

深層意識の『俺』がやりたかったことを叶えられる。

「……でもよ」

手の動きを止める。

「仮に……もし仮に、お前がそんなことはしてなくて、誰かから大切に思われてるとしたら、俺はそんなことは出来ない。したくない」

その隣のベッドには、もう一人の亡国機業が眠っている。短い間だったけど一緒に戦ったやつだ。

「本当のことを話してもらう。俺にも、オータム(こいつ)にも」

俺は右腕を離して、装甲を解除した。

「だから━━━━殺さない。これが俺の答えだ。……さっさと目を覚ましやがれ」

壊れた洗面台に寄りかかって、腕を組んだ。

「……………甘いのね」

「!?」

「私があなただったら、間違い無く頭を粉々にしてるわよ?」

「お、起きてたのか……!」

スコールが目だけを俺に向けていた。

「あなたがここに運んでくれたの?」

「汚れてない部屋を探すのに苦労したぜ。気分はどうだ?」

「殺されかけたから、良いとは言えないわね」

スコールは可笑しそうに笑う。

「あなたとオータムだけ?」

「いや、チヨリちゃんもいる。隣のオータムの脚の手当をしたのもチヨリちゃんだ。調べたいことがあるとか言って今は外してるけどな」

「そう。オータムは本当に眠ってるみたいだし、ちょっとした二人きりね」

スコールの笑顔にドキッとした自分がいて、なんか知らんけど悔しかった。

起き上がったスコールはまだISスーツのまま。

「よかった……髪は切られてないみたい」

なんて能天気なやつだ。この状況で髪の心配かよ。

まさか、こんな状況でもどうとでもできるっていう余裕なのか?

「………お前、状況わかってんのか?」

スコールの隣に立った。

「さっき言った通り、俺は今お前を殺せる」

「もちろんわかってるわ。でも殺さないでくれるんでしょう?」

こいつ、俺をナメてるな? ここはちょっと怖がるくらいにしよう。

「ごほん……やっぱり前言撤回。いいか? 殺され━━━━」

「『殺されたくなかったら俺の言う通りにしろ』……かしら?」

「……………」

もう七割方こいつのペースだった。でもそう簡単にはやらせないぞ。

「違う。そこまで悪者みたいな言い方はしない。『殺されたくなかったら俺の質問に答えろ』だ」

「『殺されたくなかったら』の部分がある時点で十分悪者然としてるわよ?」

「あ、揚げ足をとるなよ! とにかく俺の質問に答えてもらうからな!」

「いいわよ。何が聞きたいのかしら? スリーサイズ? それとも……オータムとの逢瀬の回数?」

「はぁっ!?」

「えっと、あの時とあの時と……」

「数えんでいいっ!」

「冗談よ」

「こんなところでふざけんな! あとどこまでが冗談だ!!」

この女、楯無さんとどっこいどっこいなくらい面倒だ。下手すりゃあっちのペースに引き込まれる。

「あのな……ホントにわかってんのか? 冗談言えるような立場じゃないだろ?」

「ごめんなさい。あなたの反応が面白くて」

したいわけではなかった談話を、咳払で切り上げた。

「……本題に入るぞ」

「楽しみだわ。何を聞かれるのかしら」

「ツクヨミを破壊したのは、本当にお前なのか?」

「……ストレートね。チヨリ様に聞いたの?」

「まあな。でも、それ以上は何も。だからお前に直接聞くことにした」

「そう……チヨリ様がね」

「教えてもらうぞ。お前の知ってることを全部」

「いいけど、あなたはいいの?」

さっきまでの笑みは消えて、代わりに真剣な表情があった。

「受け止める覚悟はある?」

「それが無かったら、ここにはいない」

「……………わかったわ」

スコールは頷いて答え始めた。

「まずは、チヨリ様の発言ね。そうよ。私はやってない。ツクヨミを爆破なんてしていないのよ。その情報もニュースで知ったわ」

「なら、なんであの時あんなことを言って、俺を暴走させた」

「隠密行動をするために、あなたに囮になってもらったの」

「隠密行動? 俺の《セフィロト》のことは一部の人しか知らないぞ」

「その一部の人の目を、こっちから逸らせればよかったの。あなたは結構有名人なんだから」

「……次だ。ツクヨミを破壊したのがお前じゃないとして、じゃあ誰がやったんだ。誰がツクヨミのみんなを殺したんだ」

「それを答えるにあたって、一つだけ聞いておきたいことがあるわ」

少しだけ開けていた窓から入った風がスコールの金色の髪をなびかせた。

「それを知って、あなたはどうするのかしら?」

「なに………?」

「その犯人にあなたは復讐の炎を燃やしたりするの? 私を憎んだように」

「…とそんなことはしない。憎んだところで、死んだ人は戻って来ないんだ…それどころか、周りの人を傷つけちまう」

「……………………………」

スコールは一度目を伏せてから口を開いた。

「………………亡国機業幹部会」

「幹部会?」

「亡国機業を乗っ取った張本人達が集まった、今の亡国機業のトップってところね。チヨリ様から亡国機業の現状は聞いてるかしら?」

「亀裂が生じてるとかなんとか言ってたな」

「その亀裂の原因が幹部会よ。幹部会は亡国機業の存在を歪めてしまったわ」

「そこがわからねぇ。昔は違ったって言うけど、その昔っていうのはなんだ? 亡国機業ってなんなんだ?」

「私も人伝て……と言うかチヨリ様から聞いただけだけど……」

スコールの話をまとめると、次のようになった。

亡国機業は、もとはある天才科学者をリーダーにして裏社会の治安を守ってきた組織だったらしい。

でも、そのリーダーは部下たちの裏切りにあって殺された。

そしてそれをきっかけに亡国機業は治安を守る存在から乱す存在へと変貌したそうだ。

そして、そのリーダーを裏切った部下たちというのが、現在の亡国機業幹部会のことらしい。

ここまで聞いて、俺の頭に疑問が一つ。

「そんな奴らがなんでツクヨミを破壊する必要があった」

「それは……ツクヨミが亡国機業への協力を拒否したからよ。そして幹部会はツクヨミの破壊を決定した」

「当たり前だ! 悪の組織に誰がそんなことを…!」

自分でそう言った後、気づいた。

「待てよ。俺はツクヨミにいたから何度も技術提供についての会議に参加してる。でも亡国機業との会議なんて一回も無かったぞ」

「当たり前よ。亡国機業は世界中に存在してるけど、表舞台に出ることは滅多にない。常に隠れ蓑を持っているわ」

「隠れ蓑……」

「あなた達が会議にかけた何十……いいえ、何百の会社、企業の中に亡国機業がいたのよ」

「そんな……ただ断っただけだろ! なんでそこまで……」

「でも、それであなたの大切な人達は死んだの。ツクヨミの人間は、個人に殺されたんじゃない。組織に殺されたのよ」

「……………」

組織に殺された。その言葉が、重くのしかかる。

「なら、なんでお前は亡国機業を裏切る側に味方してるんだ?」

「簡単なことよ。ああいう偉そうな奴らのことが嫌いなの」

スコールの離反の理由は、すごく単純だった。

「幹部会に会ったことがあるのか?」

「もちろんよ。私は実行部隊の司令として幹部会と話せるわ」

「どんな、奴らなんだ。幹部会は」

「下衆どもよ」

即答だった。

「私もそんな連中にのやり方に嫌気が差して、だから組織を裏切った。でも、あの無人機事件の日に攻撃を受けたわ」

イギリスの秘密基地でチヨリちゃんに聞いた話だ。

「お前を倒す程の相手って、何者なんだよ」

「顔は隠されてよく見えなかったわ。でも、見たことがないくらいのスピードとパワーのISを持っていたということだけは確かよ」

「亡国機業の目的はなんだ? 何の為にISを盗む?」

「わからないわ。盗んだISは回収班が回収してどこかへ運んで行くのよ。所詮私も実行部隊の司令という肩書きだけど、駒だったようね」

「駒……そうだ、お前、オータムのことを駒って言ってたけど、本当にそうなのか?」

「! あの映像……見たのね」

「オータム、ショック受けてたぜ。自殺しかけたんだからな」

「そんなことを?」

「ああ、お前が生きがいなんだとさ」

「……嬉しい事言ってくれるわね」

「でも、嘘なんだろ? 自白剤を打たれて、オータムのことを駒だの道具だの言ってたんだからよ」

いくらツクヨミを破壊したのがこいつでは無いとしても、人の気持ちを踏みにじるのは許せない。

「………嘘よ」

「やっぱり……」

「オータムは私の、大切なパートナーなんだから」

「そうそう。大切な……え?」

こいつ、今、なんて言った? 大切なパートナーって言った?

「何かしら?」

「え、い、今更そんなこと言ってもダメだぞお前。そんな虫のいい話があるかよ」

「あなたとオータムが見た映像はね、全部芝居よ」

「し、芝居?」

「なかなかの演技だったでしょ? これでも、小さい頃は女優に憧れてたの」

「で、でも、あの変な男に……まさか!?」

「察しが良いわね。あの人は私の協力者。私達以外にも今の亡国機業を裏切った人間はいるのよ。あの映像は上の連中を騙す為だけに撮ったんだけど、相当な完成度だったみたいね」

「まんまと騙されたってことか……ん? じゃあ、あの爆笑も演技だったのか?」

スコールは口角を少し上げた。

「あれくらいはやらないとね」

「じゃあなんでわざわざ言う必要もなさそうなことを言ったんだよ」

「無関係だと思わせれば、この子は狙われないと思ってね。土壇場で考えた策だったけど、上手くいったわね。私自身が戦う道具にされたのは誤算だったけど」

スコールはオータムの髪を撫でた。

「でも、連中を欺く為とは言え、辛い思いをさせたのね……」

 

その目は心底申し訳なさそうな、裏社会の人間とは思えない目だった。

「……………」

あれだけ憎かった相手のはずなのに、その憎しみが萎んでどこかへ消えちまった。深層意識の『俺』はどうしてるんだろう。

「他に聞きたいことはあるかしら?」

「……いや、もういい。俺が聞きたかったのはそれだけだからな」

答えて踵を返す。

「どこへ行くの?」

「帰るんだよ。お前たちが何をしようとこれ以上首を突っ込む気はないし」

「そう」

 

扉を開けた。

 

「……近いうちに」

「ん?」

 

スコールの声に振り返る。

「近いうちに、また会うことになったら、その時はよろしくね」

「いろんな意味で、しばらくお前の顔は見たくない」

そして扉をゆっくり閉めた。

「近いうちにって……俺は会う気ないっつーの」

愚痴りつつ、肩から力を抜いた。

「幹部会………か」

今日知ったことは楯無さんあたりに聞くとして、とにかく学園に戻ろう。シャルたちを心配させたらいけない。

 

 

「ん」

「目が覚めた?」

「スコール!」

オータムは勢いよく起き上がり、そして脚の痛みを感じた。

「つっ……」

「大丈夫?」

「へ、平気だよ。それよりスコールは? もう起きていいのか?」

「ええ。脚があまり動かないけど、それ以外は問題無いわ」

オータムは安心したように表情を弛緩させた。しかし、すぐに不安気な顔つきに戻る。

「そ、そう言えば、あのガキどこ行きやがった。ババァもいないみたいだけど……」

「彼ならさっき帰ったわ。チヨリ様は知らないけど」

「ふ、ふぅん……まぁ、別にどうでもいいや」

「……………」

「……………」

そこからは、沈黙である。

「……………」

「……………」

二人とも目を合わせない。

一人は待ち、一人は躊躇する。

「あ……あのっ」

先に沈黙を切り裂いたの躊躇していた方だった。

「あの……さ、スコール」

「なに?」

「き……聞きたいことが、あるんだ…………」

「何かしら?」

言おうとしてやめるを何度か繰り返しつつも、オータムは言葉を紡いだ。

「わ、私のこと、どう……思ってる……?」

「どうって?」

「いや、その…」

オータムは、不安で胸が締め付けられ、続く言葉はなかなか出なかった。

「スコールが……私のこと……『駒』って言ってたから………」

「……………」

 

オータムの目はもう涙が溢れそうになっていた。

「本当のことを……言って、ほしい」

もじもじと指を絡ませるオータムに、スコールは声をかけた。

「オータム」

「なっ、なんだ?」

「こっちに来れる?」

「え、う、うん……」

オータムはベッドから出て、スコールのベッドに座る。

「か、覚悟はしてる……。言ってくれ」

言葉とは裏腹に、オータムはまるで叱られた少女のように怯えていた。

普段から気が強いオータムだが、スコールの前では一転して気弱になる。しかし、これが彼女の本当の姿だと言うことをスコールだけは知っている。

だから、スコールはオータムを抱き寄せた。

「スコール……?」

「バカね。私があなたをそんな風に思うわけないでしょう?」

オータムの手が、震えながらもスコールの背中に回る。

「あなたは私の大切な、掛け替えのない恋人よ」

耳元でそっと囁いた。

「愛してるわ、オータム」

「………! ……っ! うわあぁぁぁぁ………!!」

「ちょっと、なんで泣くのよ?」

子供のように泣きじゃくるオータムに、スコールは少し驚く。

「だって……! ずっと怖かったから……! 本当のこと……聞くのっ、怖かったから………!!」

ボロボロと落ちる涙を受け止めて、オータムの頭を撫でる。

「ごめんなさい。あなたをそんなにも不安にさせて……」

「ううん……! いいよ……! そんなの全然いいんだ……!!」

「もうあなたを悲しませるような事はしないわ……ずっと一緒よ」

「本当……? 本当にずっと一緒にいてくれるの?」

「ええ。……嫌?」

「ううん! 最高だよ……!!」

 

 

瑛斗はこの建物に入った扉の手前でチヨリと鉢合わせした。

「もう行くのか?」

「ああ。それより……なんだそれ?」

「見てわからんか? 車椅子じゃ」

「いや、それはわかるんだけどさ。なんで車椅子なんか必要なんだよ? つか、どこにあったそんなの」

「やはりこの施設は病院としての機能もあったようでの。たくさん置いてあったから一台拝借させてもらった」

「誰が使うんだよ」

「無論、スコールじゃ。激戦の後に立って歩くのは酷じゃろ? あの馬鹿はスコールがいる手前強がるじゃろうがな」

「その激戦を制して結構疲労困憊な男がチヨリちゃんの前にいるんだけど?」

「男の子じゃろ。我慢せんか」

「えー」

「……改めて、礼を言うぞ」

「いいって。約束を果たしただけだから」

「聞きたいことは、聞けたかの?」

「まあな。それと、亡国機業のことも聞けた。亡国機業幹部会……それが親玉なんだな」

「そうじゃ。ワシらの敵は奴らじゃよ」

「ツクヨミが技術提供を拒否したからってだけで、あんなこと……!」

「それが奴らのやり方なんじゃよ」

チヨリは一拍置いてから瑛斗の目をまっすぐ見た。

「瑛斗、ワシらと一緒に来ないか?」

「え……」

「今回のように、またどんな障害があるかわからん。ワシらには一人でも多くの同志が必要なんじゃ」

「……悪いけどそれはできない」

瑛斗が首を横に振るのを見て、チヨリは指をピクリと動かした。

「チヨリちゃん達の事情はわかったよ。でも、俺には、学園のみんながいるからさ……」

「そうか……無理強いはせん。何から何まで、すまんかったの……」

「いや、まあ……」

瑛斗は一度チヨリから顔を逸らして、頬をポリポリと掻いた。

「こんなこと言うのも、おかしいかもしれないけどさ……」

「?」

「……頑張れよ。影ながら応援してる」

チヨリはそれに言葉で答えることはせず、笑ってみせた。

「ふっふ……さて、帰るのなら急いだほうがいいぞ」

「え、なんで?」

「次のバスまで、もう時間がないからじゃ」

「えっ!?」

瑛斗の表情が引き攣る。

「次を逃すと………明日の朝じゃったかの」

「明日の朝!?」

「急がんと、乗り遅れるぞ?」

「や、ヤバい! チヨリちゃんじゃあな!」

 

瑛斗はそのまま悲鳴に近い雄叫びをあげながら建物から出て行った。

ちなみにチヨリの言葉は嘘だ。これ以上、瑛斗をここにいさせる訳にはいかなかったからである。

「……やれやれ。あの様子じゃと、()()聞いてはおらんのか……」

ため息の後に、息が詰まった。

「ゴホッ、ゴホッ………!」

口を抑えた小さな手のひらに、赤い液体が付着している。

「時は近い━━━━か」

汚れを拭って、車椅子を押す。

「スコールめ……存外自分も怖いのではないか……」

ぼやきながらしばらく進む。

 

(ぼちぼち()()()にも出張ってもらおうかの。これから忙しくなりそうじゃ)

 

思案し、扉に手をかけようと手を伸ばす。

 

すると一人の女の泣き声とそれを宥める一人の女の声が重なって聞こえた。

「……………今は、やめておくかのぉ」

 

少し笑って、チヨリはその声が止むのを待つことにした。

 

 

「「ん〜っ……! 終わったぁ!」」

鈴とマドカが声を重ねながら机に突っ伏した。

「二人ともお疲れ。お茶持って来るよ」

「あ、サンキュー」

「ありがとー」

「思ったより早く終わったわね」

「お兄ちゃんの言った通り、三人寄ればだったね」

「そりゃそうさ。ISのレポートの宿題で、専用機持ちが三人だからな」

「ま、そのうち一人はあんまり役に立ってなさそうだったけど?」

「ひどいこと言うなよ鈴」

苦笑しつつも否定しないあたり一夏自身も少しそう思ったのだろう。

「なんにしてもやっと一番大変なのが終わったわー」

やり切った顔つきでカーテンを開く。

「あ、もう雨止んだみたいだね」

窓からは陽の光が差し込んでいた。

「朝はあんなに降ってたのにな」

「ま、宇宙一の晴れ女のアタシにかかればこんなもんよ」

「宇宙一……! すごいね!」

「確かに、鈴が家に来た時もその時だけ雨脚が弱まったような気がする」

「ふっふーん。ま、これで残りの夏休みも心置きなく満喫できるわ!」

「そうだね、我ながら上手く出来たし、お姉ちゃんも褒めてくれるかなぁ」

マドカの手の中を覗くと、銀色のロケットが収まっていた。

「ふふっ」

マドカは嬉しそうに笑う。

「気に入ってるのね。そのロケット」

「うん! お姉ちゃんからのプレゼントだもん」

「中身は千冬さんの写真なのよね?」

「そうだよ。ほら」

マドカは鈴にロケットの中の千冬姉の写真を見せた。

「証明写真みたいだけどそれがお姉ちゃんらしいよね」

「あはは! 確かに! でも意外ねー。千冬さんもそんなことするんだ」

「仕事の都合で最近話せてないからさ、多分千冬姉がマドカが寂しがらないようにしたんじゃないかと思ってる」

「かもねー。で、アンタも何か貰ったの?」

「そんなわけないだろ」

一夏は自分の麦茶を飲み、手を横に振った。

「あらあら、それは残念ねぇ。寂しい?」

「べ、別にそんなこと思ってないって」

「どうかしら。ねーマドカ?」

鈴が話を振るとマドカは心配そうな顔つきになっていた。

「……お兄ちゃんも、寂しいの?」

「え、いや、だから別に……」

「そうだよね。お姉ちゃんはお兄ちゃんのお姉ちゃんでもあるもんね。寂しいのは当たり前だよね」

マドカはロケットをキュッと握ってから、何か閃いたように顔を上げた。

「そうだ! いいこと考えた!」

「いいこと?」

「何よ?」

鈴は一夏と同じように麦茶を飲む。

「お兄ちゃん! 今夜から一緒のベッドで寝よう!」

「「ブーーッッ!?」」

突然の爆弾スローイングであった。

「そしたらお兄ちゃんも寂しく……どうしたの?」

「ゲホゲホッ! い、いや、なんでも……エホエホッ……!」

「ゴホゴホッ……! あ、アンタねえ……!」

「うん?」

変なところに入った麦茶にむせながらもどうにか立ち直り、一夏はマドカに諭すように言った。

「ンンッ……あのなマドカ、俺大丈夫だから。心配するなって」

「本当?」

「ほ、本当さ。なあ鈴?」

「なんでアタシに振るのよ……。でも、そうね。一夏なんだから大丈夫でしょ」

「なんだそりゃ」

「そうなんだ。良かったぁ」

マドカは安心すると自分の麦茶の入ったコップに口をつけた。

「ちょっと一夏、アンタマドカに変なこと吹き込んでんじゃないわよ」

鈴の耳打ちに一夏も耳打ちで返す。

「い、いや、多分アレはただ単純に他意なく俺と一緒に寝ようと思ってるんだろ……」

「アンタまさか寮の部屋で純粋なマドカによからぬことを……」

「バカ、そんなわけないだろ」

「ば、バカって何よ! バカ!」

「鈴? お兄ちゃん?」

「べ、別に?」

「な、なんでもないわよ?」

「そう? なら、いいけど」

そんなこともありつつ、無事に当初の目的を果たした三人はしばらく談笑し、日が暮れかけた頃、一夏は鈴を見送ることになった。

 

 

「マドカのやつも見送りに来ればよかったのになぁ」

「そ、そうよねぇ」

鈴をそこまで送ることになったんだけど、なぜかマドカは留守番だ。

「大した距離でもないはずなのに……」

「ほ、ほら!ご、ご飯の支度するって言ってたじゃない? きっとそれよ」

「……ハッ! もしや引きこもりの兆候か!?」

「なんでそうなるのよ……。と、とにかく! マドカも言ってたんだから、ちゃんとエスコートしなさいよね!」

「わ、わかってるって」

「ふんっ……あの気の利きっぷりはどっかの誰かさんとは大違いよね……」

「誰かさん?」

「あ、アンタには関係ないでしょっ!」

なんでちょっと怒るんだよ……

「それにしても、すっかりお兄ちゃんが板に付いたわねアンタ」

「弾には負けるけどな」

兄歴半年の俺に対して、弾は蘭が生まれた瞬間から兄なんだ。ベテランにもほどがある。

「そうかしら? しっかりしてるかどうかだったら一夏の方が上じゃない?」

中学時代の弾を思い出す。

蘭に蹴られ、鈴に蹴られ、女子に蹴られ……

「……うん、弾には悪いけど勝ったな」

「でしょでしょ?」

俺と鈴の笑い声が重なる。

「そうだよな……もう半年経つんだよな」

「何年寄りじみたこと言ってんのよ」

「いや、早いなって思って」

「余計年寄りじみてるわよ?」

「いいじゃねぇか別に……」

「ごめんごめん、からかい過ぎたわ」

ヒラヒラと手を振る鈴は悪びれない。

「……マドカはさ、自分の事をあんまり知ろうとしないんだよ」

「そうなの? 普通、知りたがるものじゃない?」

「二人でゲームをしながら、さりげなく聞いてみたんだよ」

 

……

 

…………

 

………………

「なあ、マドカ」

「なぁに?」

「お前、自分の記憶を取り戻したいとは思わないのか?」

「んー……そこまで積極的ではないかな。私はお兄ちゃんとお姉ちゃん、それと学園のみんながいれば、それでいいんだよ。よし、金色のキノコ!」

「気になったりしないのか? 自分がどんな人だったのか、とか。食らえ赤い甲羅!」

「あんまりだねー。今の私は今の私だから、いきなりそれを否定されても困っちゃうよ。あ、三連装緑の甲羅!」

「それもそうか。ごめんな、いきなり変なこと聞いて。バナナの皮攻撃!」

「いいよ別に。やった! 空飛ぶ青い甲羅だ!」

「やべ!?」

……

 

…………

 

………………

「……って」

「ゲームやりながらする話題じゃないでしょそれ……」

「いや、すんなり答えてくれるかと思ってな」

「そういうもんかしら……でも、ずいぶん愛されてるのね、お兄ちゃん?」

「もちろん、お前もカウントされてたぜ?」

「あはは、それはどーも」

鈴の視線の先では小さな兄妹が手を繋いで歩いていた。

「……あのね、一夏」

「なんだ?」

「これはアタシ自身の考えなんだけどさ」

「ああ」

「千冬さんがマドカにプレゼントしたあのロケットは、記憶を無くす前のマドカの所持品なんじゃないかしら」

「記憶を無くす前の……?」

「あの写真、つい最近撮ったってわけじゃなさそうよね」

「確かに言われてみれば……でもならなんで千冬姉はわざわざマドカが記憶を取り戻しそうな事をしたんだ?」

「流石にそこまではわからないわよ」

鈴は肩をすくめる。

「もしかしたら…千冬さん、覚悟を決めたんじゃないの?」

「覚悟……」

「嘘にはいつか、限界が来るってことよ」

「……………」

「確認だけど……アンタ、本当にマドカと戦えるの?」

あの時、夜の医療室で瑛斗に問われたマドカが記憶を取り戻した時の対応。俺は、マドカと戦うと言った。だけど……。

「……あの時はああ言ったけど、正直言って自信ない。きっと躊躇っちまう」

「やっぱりね……なんとなくそうじゃないかと思ったわ」

「でも、もしそうなったら俺が止めなくちゃいけない。それが俺の……マドカの兄を名乗ってる俺の責任だ」

「一夏……」

「……でも、本当はそんなことにならないことがベストだけどな」

「そうね。そうなるのが一番よね……。あーあ、千冬さんの考えっていまいちわかんないわー」

気遣ってくれたのか、最後は少しおどけた感じで締めた。

「鈴」

「ん? 何?」

「心配してくれてありがとな」

「えっ!? べっ、別に心配なんてしてないわよ! ただ気をつけなさいよってだけなんだからっ!」

それを心配してるって言うんだろって言おうと思ったけど、殴られそうだからやめとこう。

そして、曲がり角に着いた。

「そ、それじゃあアタシ行くけど、マドカに変なことしたらダメよ?」

「大丈夫だよ」

「いい!? 絶対変なことするんじゃないわよ! もしやらかしたら衝撃砲叩き込んでやるから!」

「はいはい。わかったわかった。早くしないとバスに乗り遅れるぞ?」

「げ、ヤバ! じゃあまたね! 一夏!」

「おー、車に気をつけろよー」

「そんなに子供じゃないわよバカッ!」

鈴が駆けて行ったのを見届けて、俺も家に戻ろうと方向転換した。

「ん?」

携帯からメールの着信を知らせるメロディが鳴った。

「あ、千冬姉からだ」

メールを開く。

『今日は家に帰れない。マドカを頼む』

「……………」

いつもそうだけど、千冬姉のメールは短い文章の連続だ。そして、返信しても返事は来ない。

「ま、仕方ないか……」

『わかった。あんまり無理するなよ?』

送信ボタンを押す。送信完了の画面を確認してからマドカに電話をかけた。

『もしもし? どうしたのお兄ちゃん』

「マドカか? 今千冬姉からメールが来た」

『なんて?』

「今日は帰って来ないんだって」

『あ……そうなんだ………』

電話越しでも落ち込んでいるのがわかる。

『晩ご飯……三人分で作っちゃってるんだけど…』

「大丈夫。俺がたくさん食ってやるよ」

『本当? じゃあ張り切って作るね』

「おう、そりゃ楽しみだ」

『おっとっと……零れちゃう零れちゃう。じゃあ、気をつけて戻って来てね』

「わかってるよ。じゃあな」

『はーい』

さて、マドカが寂しくないよう、家に戻ろう。

 

 

結局、バスには間に合った。

 

てか、バスは全然本数あった。チヨリちゃんめ、騙しやがったな。

「すっかり暗くなっちまったなぁ」

門限には間に合っているとは言っても、こんな時間に帰って来るようなやつは俺以外はいないだろ。

「荷物置いて、みんなに顔見せないとな」

きっと心配してるに違いない。早く安心させてやらねば。

そう考えながら寮に戻った矢先、一番最初に会ったのはのほほんさんだった。

「お、のほほんさんじゃん」

「え? あ、き、きりりん!?」

着ぐるみライクの室内着のフード部分の耳がビンッと立つくらい驚くのほほんさん。

「何をそんなに驚いてるんだ?」

「な、なんでもないよ〜? やだな〜も〜!」

そう言いながら振るのは相変わらずのダルダル袖だ。暑くないのか?

「まぁいいや。簪たちどこにいるが知らないか? 」

「か、かんちゃん〜? た、多分お部屋にいるんじゃないかな〜? もしくはお風呂とか〜」

「あー、そうか、確かに入っててもおかしくない時間か」

「じ、じゃあ〜、私はちょっと用事あるから〜」

「そうだったのか。悪いな、引き止めて」

「ううん〜。じゃあね〜」

のんびりした口調とは裏腹にその歩調は早かった。

「なんだ? 相当急ぎの用だったのか?」

演習の時ならともかく、休みでも急ぎ足ののほほんさんってなんだか貴重だよな。

「布仏本音が走り出す……ってな具合のことわざが作れるな」

意味は『普段のんびり屋な人が忙しなく動く』だな。っと、そんなこと考えてる場合じゃなかった。

「しかしなぁ、どっから説明したものやら……」

やっぱりチヨリちゃんと会ったところから話さなきゃいけないよなぁ。

「…………ん?」

前方。俺の部屋の前に、見慣れた三人の姿。

 

シャルとラウラと簪だ。

「…………………」

「…………………」

「…………………」

………何やら、みなさん真剣な表情なんだが。

「何してんの?」

「「「ひゃぁっ!?」」」

トリプルハモり、頂きました。

「え、瑛斗っ!? か、帰って来たなら連絡してよ!」

「部屋に荷物を置いたらしようと思ってたんだよ。で、俺の部屋のドアの前で何してんの?」

「あ、あわわ……! べっ、別に何もしてないよねっ? ねっ? 二人ともっ?」

「う、うん……何も、して、ない……よ」

「そ、そうだな。楯無さんから瑛斗の部屋の鍵を貰い、中で待っていようかどうか考えていたなど決してない!」

うん、正直でよろしい。

「はあ……楯無さん、そう言えば俺と一夏の部屋の合鍵持ってたな」

生徒会長、恐るべし。

「とりあえず中に入れてくれよ。クタクタなんだ」

「あ、う、うむ。今開けるぞ」

ラウラがドアを開けてくれて部屋に入った俺は荷物をベッドに投げて机のそばの椅子に深く腰を下ろした。

「だぁ〜疲れた。マジでハードだった」

「お、お疲れ様。大変だったみたいだね」

「まぁな。《G-soul》も《セフィロト》もかなり疲弊しちまった」

「戦闘を行ったのか!?」

「この話はちょっと長くなるかもな……」

そこから俺は今回のイギリス旅行の経緯を三人に話した。

「かくかくしかじか…………で、やっとこさ帰ってきた訳だ」

「なるほど。亡国機業は分裂状態という事か……」

「そ。チヨリちゃんは俺に助けを求めたんだよ」

「その、チヨリという者もわからん。歳不相応の体型とは、一体どういう技術だ。私と同じ遺伝子操作ということか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。チヨリちゃんはその事については全く教えてくれないんだ」

「水族館の日向さんも亡国機業だったんだね」

「逃げられたから、俺とオータムとの戦闘の後どうなったかは知らないけどな」

はっきり言って、日向さんのことよりもスコールやオータムがあのあとどうなったのかのほうが気になったりしている。上手くやってるだろうか。

「でも、怪我が無くて……良かった……」

「それで、瑛斗」

「なんだ?」

「他に隠している事は無いか?」

「へ?」

「まだ何か言ってないのではないか?」

ラウラの目は冗談を言ってるようには見えない。シャルと簪も似たような目で俺を見ている。

(………あ、そう言えば)

「まだ言ってなかったな」

「や、やはりあるのか」

「ああ。ただいま」

「「「………え?」」」

「だから、ただいま。帰って来たら言うもんだろ?」

帰って来たらいきなりドアの前でたむろしてたから言うの忘れてたぜ。

「……は、はは。そ、そうだな! おかえり、瑛斗」

「う、うんっ、おかえりなさい!」

「おかえり……瑛斗」

三人ともようやく安心した顔つきになってくれた。心配してくれてたんだなぁ。

「さてと、それじゃあ楯無さんにも報告に行かないと……」

「ま、待って!」

立ち上がろうとしたら簪に肩を抑えられた。

「え、な、何さ?」

「今日は……も、もう、疲れたでしょ? だから、ゆっくり休んで……」

「や、でも……」

「……えいっ」

「わっ」

簪が俺を押し倒した。

「か、簪?」

「お姉ちゃん……もう寮に戻ってるし、今日はもう、遅いし……ね?」

俺の手を抑えてじっと見つめて来る簪。あれ? こういうのってポジション逆じゃね?

「そ、そう……だな。簪の言う通り疲れてるし、明日ちゃんと話すことにするよ」

「……うんっ」

ぱっと簪に笑顔が咲いた。

「ご、ごほん。瑛斗、簪」

「いつまでくっついている」

シャルとラウラのゴゴゴオーラが俺と簪を襲う!

「あ、ご……ごめん……!」

簪はすごすごと俺から離れた。

「もう、簪ってば……」

「油断も隙もないな」

「す……すみません……つい……」

後の方の言葉に連れてどんどん小さくなる簪。

「や、まぁ、うん、簪も俺を思って言ってくれたんだろ。そう怒るなって二人とも」

「むぅ、嫁がそう言うならば……」

「そ、そこまで怒ってはないよ」

「うう……」

ああ、簪が物理的に小さくなったように見えそうなくらい縮まっている。

「大丈夫だぞ簪。二人とも怒ってないってさ」

「う、うん……。ありが………とう」

簪は小さく頷いた。

「さてと、じゃあ俺今からシャワー浴びるけど、みんなどうする?」

ぐーっと伸びをして立ち上がるとラウラが俺に近寄って来た。

「どうする、とは?」

「だって事実もう遅いし、みんなももう戻っていいんだぞ?」

「そうか、ならば私が洗ってやろう」

「は!?」

微妙に噛み合ってないぞ!?

「疲れているのだろう? 背中を流してやろう」

「な、何言って……って、服を脱ぎ出すな!」

「何を恥じらう。夏休み前にもやってやっただろう? そうだ、今回は前も洗ってやろう」

「話を聞け! そして前も後ろも自分でやる!」

「ラウラダメだよ!」

おお! 止めてくれるのかシャル!

「そ、それは僕がやるの!」

「ラウラだからって理由じゃないんだけどなっ!」

「わ、私っ、私も、その……瑛斗の身体を……ごにょごにょ……」

「止めるんだ簪! 参加するんじゃなくて止めるんだ簪!」

だぁーもう!! 一人で出来るってー!! とシャウトしたい気持ちをなんとか抑えて、三人に『大丈夫だ、問題ない』と言うと、最初に納得してくれたシャルがラウラと簪を連れて退散してくれた。

「じゃ、じゃあ瑛斗、僕達部屋に戻るけど、ちゃんと休むんだよ?」

「わかってるよ。ありがとな」

「うんっ! ほらラウラ、簪、行こう?」

「押すな押すな。わかっている」

「え……瑛斗……おやすみ」

「おー、お休み。また明日な」

手を降ってからドアを閉めた。

「ふああ……」

一人になった途端急に眠気が襲って来たぜ……

「………シャワー浴びて寝よ」

考えたいこともあったけど、疲労が限界の向こう側だった。

だからこの後は、軽くシャワーを浴びてから歯を磨いてベッドに寝転んだところで意識が切れた。

 

部屋のベッドの上で横になった俺は鈴の言葉を思い出していた。

「嘘にはいつか限界が来る……か」

隠し通せる嘘なんて無い。確かにそうだ。嘘はいつかバレる。

「でも、どうすればいいんだろうな………」

今のマドカに本当の事を話すのは余計に悪い事態を引き起こしかねない行動だ。

でも、ずっとこのままというわけにもいかない。でも、またあの冷たい目をした女の子に戻って欲しくもない。

こんな時に千冬姉がいてくれれば相談できるんだけど、それも叶わない。

「本当に、あいつが妹ならいいのに………」

そうすれば、こんな事にならなくていいんだけどな。

コンコン。

「ん?」

 

ドアをノックする音がした。

「おーにーいーちゃんっ」

「マドカ?」

部屋に入って来たのはマドカだった。まあ、家には俺とマドカしかいないから当然か。

「どうしたんだ?」

「えへへ、来ちゃったー」

パジャマ姿で枕を持って俺に近づき、そのままベッドに上がってきた。って、え!?

「ま、マドカ!?」

「ちょっと狭いかな。お兄ちゃん、もっとそっち寄って寄って」

「待て待て! なんでいきなり!」

「今日話したでしょ? 寂しいなら一緒に寝ようって」

あの宿題終わらせた時の話か!

「あ、あれは━━━━!」

「それとも……」

マドカは自分の枕をぎゅぅっと抱えながら細い声で、

「それとも……お兄ちゃんは私と一緒に寝るの……嫌なの?」

 

プラス上目遣いで! 上目遣いで!

「そ、そういうわけじゃあ……」

「じゃあいいよねっ」

俺の枕の横に自分の枕を置いて頭を乗せる。

「ほら、お兄ちゃんも寝よ?」

「あ、ああ……」

そのまま流される形で俺はマドカと寝ることに。流される形で、ここ重要だ。

「学園だと同じ部屋だけど、こうして一緒に寝ること無いよね」

「そ、そうだな。暑くないか?」

「へーき」

「そ、そうか」

俺平気じゃないけど! 俺平気じゃないけど!!

「……ねえ、どうしてこっち見ないの?」

「い、いや、その……」

察しろ…察してくれマドカ!

「こっち向いてよー」

「や、やめろって」

「むー……ふぅ」

「おわっ!?」

み、耳に息をかけられた!?

「な、何すんだよ!」

「やっとこっち向いた」

「……………」

楽しそうなマドカからは、なんだか甘い匂いがする。

「もっとくっついちゃお」

「な、ちょ━━━━!?」

止める間もなくマドカは俺にぴったり寄り添った。

「んー、お兄ちゃんの匂いがするよ」

「お、おいおい……!」

身体を寄せ合っているから、マドカの、その、柔らかい感触が思いっきり伝わる。

(これは、寝られん……!)

静まれ! ものすごいペースで脈打っている俺のハート! マドカは妹だぞ! 妹に変な感情を持っちゃ男として……いや人間としてダメだろ!

「お兄ちゃん」

「な、なんだよ」

「顔、赤いよ?」

「なっ……!?」

「あ、もっと赤くなった」

「からかうなよ……」

マドカはまた笑うと、急に声を萎ませた。

「………私ね、今が好きだよ」

「え?」

「こうやって、お兄ちゃんと一緒に眠れるんだもの」

 

だからね、とマドカは続ける。

「あの時、お姉ちゃんとお兄ちゃんがいなかったらって考えると、すごく怖いの……」

「……………」

「もしそうだったら、きっと今も何もわからなくて、ひとりぼっちで膝を抱えて泣いてたよ……」

俺だけに聞こえるくらいの小さな声でのささやき。

「だから今を失うのがすごく怖い……。私が記憶を取り戻したら、この気持ちは、消えちゃうのかな……?」

「マドカ……」

「記憶を失う前の私って、どんな性格だったのかな……」

「………さあな」

俺は知っている。織斑マドカが、どんな女の子だったのか。

俺は、俺達は、この記憶喪失の女の子に嘘をついている。

命を狙って来た女の子を、妹と偽ってそばに置いて、こうしてもう半年以上過ぎた。

もし記憶を取り戻したら……という事はあまり考えないようにしてる。

だから、本当のことは言えない。

いつか、いつかやって来る、その時までは………

マドカの兄でありたい。あり続けたい。

「……………」

「お兄ちゃん?」

「ん?」

「どうしたの? 難しい顔して」

いけね。全然そんなつもり無かったのに、顔に出てたか?

「気のせいだろ。さ、もう電気消すぞ」

「あ、うん」

マドカの返事を聞いてから、リモコンを操作して部屋の明かりを消す。

「お兄ちゃん」

「なんだ?」

「おやすみなさい」

「……ああ、おやすみ」

マドカの頭を撫でて、目を閉じた。

 

「………あ」

暗い空間に立っていた。

「そうだ……ここ、夢の…………」

思い出した。また、この場所だ。

ここにいると、理由が無いのに怖い。生理的に受け付けないってやつなのかな。

「………!」

そして、もう一つ思い出した。

「同じなら……この先には……」

動くことができない。だって、ここを出ようとすれば……

「……………」

だから、その場に座り込んで、夢が覚めるのを待つことにした。

(早く……覚めないかな……。お兄ちゃんが起こしてくれればいいんだけど…………)

いくら見渡しても、薄暗くて、何もない。

……はずだった。

「鏡……?」

ポツンと置かれた姿見が一台だけ。

「なんで鏡なんかが………」

引き寄せられるように近づく。

「……………」

鏡に映る私の姿。お姉ちゃんと同じ顔。

「お姉ちゃんと、同じ顔………」

つぶやくと鏡の中の私の右頬に何かで浅く切られたような傷が走って、血が流れた。

「え……!?」

自分の頬を触ってみたけど、指には血はついてない。

鏡の中の私だけ、血を流している。

「何…これ……」

鏡に触ろうとした瞬間━━━━

「……っ!?」

鏡の中の私の右手が、私の右手を掴んだ。

「フフ……」

鏡の中の私が、嗤っていた。

「な、何……?」

鏡面が水みたいに波打って、鏡の中から、もう一人の私が出て来た。

「…………………」

「…………………」

もう一人の私が完全に鏡の中から出て来ると、鏡はバラバラに砕け散り、足元に散らばった。

「……結論から話そう」

砕けた鏡の破片を見ながら、もう一人の私は淡々とした口調で言った。

「お前は織斑一夏の妹でもなければ、織斑千冬の妹でもない」

「い、いきなり何を……」

「お前は、あの二人と血が繋がってなどいない」

もう一人の私は、断言した。

「う……嘘! そんなことない! だって……だってお姉ちゃんとお兄ちゃんは、私のことを妹だって!」

「それは、何も知らないお前を自分たちが扱いやすいようそばに置いておくための口実だ……。他の専用機持ちどもも知っているだろう」

「瑛斗たちが……?」

「お前は、騙されているんだよ」

こんなの、悪い夢だ……。きっとそうに決まってる。

「そ、そうだよ、だって、ありえないもん……」

私の顎に、もう一人の私が指を添えられる。

「否定するか。ならば、思い出させてやろう……お前の全て」

「私の……全て……?」

「そうだ。私の目を見ろ」

目があった一瞬だった。

流れ込んでくる、と言うよりも、溢れ出てくる、と言った方が正しい。

私の、記憶。

 

記憶。

記憶、記憶。

記憶、記憶、記憶。

記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶。

記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶。

記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶━━━━

「……やめてっ!!」

手を払いのけて突き飛ばした。

「ほう?」

地面に叩きつけられたもう一人の私に馬乗りになって、その首に手をかけた。

「あなたなんて……知らない!! こんな記憶……認めない!!」

首を掴んだ手に力を込める。

「消えろ! 私の偽物!!」

「偽物か……私からすればお前が偽物なのだがな」

「!?」

背後から声が聞こえた。振り返ると、私と同じ顔が不敵に笑っていた。

「そして、お前が今見たものが、お前の全てだ」

「……じ、じゃあ、私が押さえつけて掴んでるのは……!?」

視線を戻す。

私の手が掴んでいたのは織斑一夏の、私のお兄ちゃんの首だった。

「お兄ちゃん……!?」

すぐに手を放した。でも、手を放してもお兄ちゃんの身体はピクリとも動かない。

「お兄……ちゃん?」

触っても、反応はない。

「……! お兄ちゃん! お兄ちゃん!?」

身体を揺すっても、お兄ちゃんは固まったように動かない。

「なんで……? なんで起きないの……?」

「当然だ。お前が殺したんだからな」

「わた……しが……?」

「この男を、お前がその手で絞め殺したんだ」

「あ……ぁ………あ……!?」

全身から力が抜けて、寒気がした。

「殺した……? 私が……お兄ちゃんを………殺し…………!?」

手の震えが止まらない。そんな私のそばに、もう一人の私が近づいた。

「さて、次は……」

もう一人の私が私の目の高さに垂らしたのは━━━━ロケット。

「織斑千冬を、殺してもらおうか」

「……………!」

開いたロケットから、お姉ちゃんの写真が見えた。

「いや……いやだよぉ………!」

「そうか………では、私が代わりにやってやろう」

「え……?」

言葉の意味がわからない。

「何を言って━━━━」

瞬間、足元から透明な赤い結晶が纏わり付きはじめた。

「な、何!?」

それはどんどん私の身体に張り付いて、重なり合って、下半身があっという間に結晶の中に飲み込まれた。

「遂に、この時が来た……」

もう一人の私が興奮したように言った。

「私は再び目覚める……!」

赤い氷が首まで来た。そして、すぐに口を塞ぐ。

段々視界が暗くなって……

(お兄ちゃん……お姉ちゃん……!!)

何も見えなくなった。

 

「……ふぁぁ……んん……まだこんな時間か…………」

まだまだ夜明けには時間があるのに、目が覚めてしまった。

「う〜ん…………うん?」

そこで、ふと気づく。

「………あれ? マドカ?」

一緒に寝ていたはずのマドカがいない。

と思ったらいた。扉の前に立ってる。

「トイレか〜?」

手探りでリモコンのボタンを押して部屋の明かりを点けた。

「……………」

「マドカ?」

おかしい。返事がない。寝ぼけてるのか?

「………織斑一夏……」

ん? 今フルネームで呼んだ?

「するとここは……なるほど、そういうことか」

マドカの口の端が、吊り上がる。

(マドカ………だよな? なんか、様子がおかし━━━━)

直後、俺は眠気から覚醒した。

信じられない。

まさか。

まさか、こんなに早く……!!

「お前…記憶を……!?」

「動くな」

「………っ!」

赤く光る刃。俺の喉元にその刃先が向けられる。

「ぶ、ブレーディア……!」

「サイレント・ゼフィルスではないのか。だが……悪くない機体だ」

マドカの右腕は、バルサミウス・ブレーディアの装甲を纏っていた。

「この身体を世話してくれたことは感謝しよう。そしてこのISも。しかしお前もわかっているだろう? 私たちは相入れないと」

「……………」

マドカは部屋の扉を開けると部屋から一歩出た。

「……どうやら、織斑千冬はいないようだな」

「いたら、どうするつもりだったんだ」

「何をわかり切ったことを……お前も私の行動理由は知っているだろう?」

マドカの行動理由……それは……!

千冬姉を殺すこと━━━━。

「諦めたらどうだ? 完膚なきまでに負けたんだぜ?」

「何度だってやってやる。この命はその為にあるのだからな………」

「違う! お前の命はそんなことの為にあるんじゃない!!」

喉元のビットの刃が近づいてくる。

「立場がわかっていないようだな」

「………!」

展開された左腕の装甲から、ブレードビットが飛んだ。

そして刃先はマドカ自身に向けられた。

「何もするな。この身体を切り刻まれたくはないだろう?」

「正気かよ!? 自分で自分を傷つけるなんてこと━━━━」

ビットの一つが、マドカの右頬を掠めた。

「な………!?」

「生憎、私はこの身体を傷つけることに何の躊躇いも持たない。今のはデモンストレーション。次、この刃先は私の頬に突き刺さる」

裂けた皮膚から、赤い液体が一筋流れて床に点を作る。

自分を人質にするデタラメな手段。

「……………クソッ」

効果的すぎだ。

「一つ聞くが……」

「なんだ?」

「私は普段……お前と一緒に寝ていたのか?」

「……いや、今日はたまたま」

「ふむ……ならば、私の部屋とやらがあるのか?」

「あるぞ。その、手前の扉」

「立て。着いて来い」

マドカは俺を連れて自分の部屋に入った。

「記憶を無くしていたとは言え、これが私の部屋とはな」

部屋を見てから、鼻で笑う。

「なんで俺を連れて来る必要があるんだよ」

「勝手なことをされたら困るからな……フン、ブリュンヒルデも甘いことだ。これならいつでも呼び出せる」

携帯電話を握ったマドカは、机に置かれたあるものを見つけた。

「これは……」

それは、千冬姉がプレゼントしたロケット。

「…………変わりないか」

つぶやくとそれを置いてもう一度俺を見た。反応でわかる。やっぱり鈴の言ったとおり、あれはあいつのものらしい。

「これから私はここを去る。追いかけてくることは許さん。追いかけてくるなら、お前を殺す」

「千冬姉を……殺しに行くのか?」

「目的はそうだな。だが、他にもやる事がある」

「やる事?」

「お前に関係はない」

言うと、マドカはおもむろに服を脱ぎ始めた。

「なっ、何してんだよ!?」

「こんな格好では締まりが悪い。…………なぜ目を逸らす?」

「だ、だって、お前がいきなり脱ぐから……!」

「バカか」

ワンピースに薄手の上着を羽織って、ロケットを首から下げてからマドカは窓を開けた。

風を受けて、髪が揺れる。

窓の縁に足をかけた。そこから出て行く気だな。

「…………待てよ」

「?」

「俺はお前を行かせる訳にはいかない」

止めないと。俺がマドカを止めないと。

「この期に及んでまだそんなことを……。お前の妹として生きていた既に人格は消えたのだぞ?」

「それでも、お前はマドカだ。みんなに言ったんだよ。もし記憶が戻ったら、俺がお前を止めるって」

「ほう? 出来るか? お前に」

「やってみせる!」

「面白い……。ならばこの機体の慣らし運転をさせてもらうとしよう」

飛び出したマドカを追い掛けた。

「待てっ! 白式っ!!」

《白式》を展開して、空中に留まる。

「……………………」

見上げたところにいたマドカはブレーディアを全展開。自信たっぷりな表情だ。

「来るがいい。私を止めるのだろう?」

「ああ。行くぞマドカ!」

《雪片弐型》を握り締めて、マドカに突進する。

「《バルサミウス・ブレーディア》……………《サイレント・ゼフィルス》と仕組みは変わらんようだな」

「はぁぁっ!」

雪片弐型の斬撃をビットが阻む。

「それどころか、使い易くなっている」

「くっ!」

左右から飛来するビットを距離をとって躱す。

(こんな建物が密集してたら戦いづらい!)

「逃げてばかりでは私を止められんぞ?」

「そんなことわかってる!」

瞬時加速(イグニッション・ブースト)でマドカに突っ込む。

「おおおおおっ!!」

「ふん………」

防御に入った大型ブレードビットもろともマドカを押す。

「周囲のことを考えるのも立派だが…自分の心配をしたらどうだ?」

左腕から飛び出した小型ビットが白式のシールドエネルギーを削り取っていく。

「ぐっ……! こ………のぉっ!」

もう一度瞬時加速(イグニッション・ブースト)をして小型ビットを振り切る。

「この高さなら━━━━!」

「この高度なら、戦闘行為による街への危険はない……か? 甘いことだな」

「誰かを巻き込むよりずっといい!」

雪片を構えて、マドカを見据える。

「お前のその一辺倒な攻撃で倒される私ではない」

「どうかな……白式!!」

白式第二形態《雪羅》を発動して、左腕の荷電粒子砲を向ける。

「行けぇっ!!」

光線はマドカに向かって突き進む。

「その程度の砲撃……」

別の大型ビットがマドカの前に滑り込む。

バチバチバチバチバチッ!!

「…………………」

ブレードビットに叩きつけられる光線がスパークする。

「っ!」

マドカは上に飛んでビットを押しのけた光線を避けた。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

迸る《零落白夜》を発動したエネルギー刃を大上段に振り上げる。この距離なら外さない!

「俺がっ! お前を止める!!」

雪片弐型のエネルギー刃を赤い装甲に振り下ろして━━━━!

「お兄ちゃん……!」

「!」

マドカの伸ばした手に、一瞬だけ硬直した。

その一瞬が決め手だった。

「やはり、甘いな」

広げた手が閉じて、六枚のビットが煌めいた。

 

「ぐあぁぁっ!」

ズタズタにされた装甲に、ビット達が突き刺さった。

「な、なんだ!? バランスが……!」

ビット達が装甲から抜けると、やけに身体が重たくなった。

「姿勢制御系を傷つけさせてもらった。数時間はそのISは動けない」

「白式! 動けっ! 動けよっ!!」

段々と高度が落ちて、マドカとの距離が離れていく。

「その程度にしておいてやろう。私が真に狙うのは、織斑千冬(ねえさん)ただ一人……」

落下する俺にそう言って背を向ける。

(行くな……行かないでくれ……!!)

「……さよなら、お兄ちゃん」

その声が、遠くなっていく。

「マドカ……! マドカァァァァァッ!!!!」

伸ばした手は、届かなかった。

 

 

rrrrrr! rrrrrr!

明け方、頭の周りで着信音が鳴り響いた。

「……ん〜………」

枕に顔を埋めたまま、手探りで携帯を探す。

「だぁれだよ……」

画面に出ていた発信者の名前は、箒だった。

「ゔぁい……もしも━━━━」

『瑛斗っ! 大変なんだ!!』

耳元で爆発したのは、箒ではなく一夏の声。

 

顔をしかめる。俺を寝起きと知ってての狼藉か。

「……それは、疲労困憊の俺を朝5時に叩き起こさなきゃいけない程大変なことなんだろーな」

『冗談言ってる場合じゃねぇんだよ!!』

一夏に冗談を一蹴された!? これは相当なことだ!

「何があった?」

『マドカの記憶が戻った!! 』

「は……?」

一夏の言葉を一瞬理解出来なかった。

『だから! マドカの記憶が戻ったんだよ! 千冬姉をまた殺そうとしてる!!』

一夏からの電話の数分後、俺は学園を飛び出していた。




そんなわけで書きまくりました。

スコールの口から出たツクヨミの真実。しかしらまだまだ隠されてることは多いようです。

マドカの記憶も戻りました。物語がどんどん加速していきます。いったいどうなってしまうのでしょう。

次回もお楽しみに!

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