IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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夢幻に揺れる 〜または囚われの金色〜

「………あれ?」

 

ここ、どこだろう?

 

私、織斑マドカは見知らぬ場所にいた。

 

ボロボロで硬いベッド。傷だらけの汚れた壁に囲まれた小さな部屋。

ぼんやり考えてみても見当がつかない。

「………?」

薄暗くて、なんだか嫌なところだな。

「………出よ」

とにかくここから出たくて、裸足の足を冷たい床につけて、歩き始める。

あの時と似てる。何も思い出せなくて、何も分からなかったあの時と。

でも今はその怖さから助けてくれたお姉ちゃんもお兄ちゃんもいない。

いつの間にか駆け足になってた。

「わっ!?」

何かに足を引っ掛けて転んだ。

「うう……?」

起き上がって、何に引っ掛けたのか確認しようとした。

「ひっ!?」

人の腕だった。細い、女の人の腕。

それは苦しそうに蠢いて、でもすぐに力が抜けてパタリと落ちた。

腕の伸びてる方を見る。黒い山が二つあった。

目を凝らして見て、全身に寒気がした。

お姉ちゃん、それと、お兄ちゃん。

「………!?」

二人ともうつ伏せに倒れて少しも動かない。

二人の周りに赤い液体が広がっていく。

「なに……これ………」

怖い。

 

怖い、怖い、怖い。

 

怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!

 

怖くなって、後ずさる。

「……………何処へ行く?」

声がした。冷たい声。

「だ、誰なの? そこにいるのは誰!?」

「フッ、誰だとは……随分な言い方だ」

バカにしたように笑われた。直感でこの人がやったんだとわかった。

「どうしてお姉ちゃんたちにこんなことをするの!」

「これが……私の望み………私の願い……………」

「望み? 願い?」

「私はまだ、終わらない……」

暗がりから、人が出てくる。

返り血を浴びたその身体。

頬を血に濡らして、楽しそうに笑う口元。

さらにその上を見ようとして………

 

 

「ん……うぅ…………ん?」

目を開けると、外の雨の音が最初に聞こえた。

「………………」

身体を起こして目覚まし時計の時間を確認する。

七時を少し過ぎたくらいだった。

「ん〜っ……」

伸びをして息を吐く。

(なんだか……凄く怖い夢見た気がする……)

でも、どんな夢だったっけ?

「………思い出せないや」

部屋を出て、階段を降りる。

リビングのドアを開けると、お兄ちゃんが朝ごはんを作っていた。

「あ、マドカ。起きたか」

「おはようお兄ちゃん」

挨拶を返すとお兄ちゃんは笑った。

「おおっと焦げる焦げる……もうすぐ朝飯できるから、顔洗っておけよー」

忙しそうにフライパンを動かしながらそんな事を言ってくるお兄ちゃん。

(よかった……)

あれ? なんで私ホッとしたんだろう?

「……ま、いっか」

洗面所で顔を洗って、パジャマから着替えて、髪をとかしてからテーブルにつく。

「……お姉ちゃん、まだ帰って来てないの?」

空いている隣の椅子には、普段その椅子を使ってるお姉ちゃんの姿はなかった。

「あー、一応帰って来たぜ」

「本当?」

「ああ、俺が起きた頃にはもう出掛けるところだったけど」

「そうなんだ……」

お仕事が大変っていうのは分かるけど、心配だな。

「あ、そうだ。千冬姉がさ」

「え?」

「マドカに渡しておいてくれって」

朝ごはんをテーブルに並べたお兄ちゃんは小さな箱を手に取って私の前に置いた。

「なんだろう?」

「さあ? 俺も中身は見てないんだ」

ちょっとドキドキしながら開けると中に入っていたのは綺麗に光ってるロケットペンダント。

「わあ……!」

「ペンダントか」

「つけてもいいのかな!?」

「そりゃあ、いいんじゃないか?」

「うんっ」

ロケットを首から下げてお兄ちゃんの方を見る。

「どう? 似合ってるかな」

「あぁ。千冬姉もいいセンスしてるよな」

「これって、中に写真入れたりするんだよね?」

ロケットを開くと、そこには意外なもの、ものって言うか写真だけど、とにかく意外なものが入ってた。

「……お姉ちゃんの写真?」

「え?」

入っていたのはお姉ちゃんの写真。

証明写真みたいに正面を向いて固い表情。

 

「本当だ。千冬姉だ」

「……どうしてこの写真のチョイスなんだろ?」

「照れ隠しじゃないか? 千冬姉こういうの多分慣れてないし」

「そうかな?」

「そうさ」

「そっかぁ。えへへ……♫」

「よし、じゃあ朝飯食おうぜ。今日鈴が家に来るんだ」

「鈴が? なんで?」

「宿題終わんないから手伝えってさ。ほら、あのレポート」

「あー、確かに面倒だよね」

「瑛斗あたりならすぐに出来るんだろうけどなぁ」

「お姉ちゃんに聞くのも悪いしね……」

「まぁ、三人寄れば文殊の知恵ってな。マドカも手伝ってくれるか?」

「うん。私もやらなきゃいけないし、丁度いいよ」

「じゃあ決まりだな。鈴のやつは雨なんか気にしないからな。早いとこいろいろ終わらせねぇと」

「はーい。じゃあいただきまーす」

手を合わせて朝ごはんを食べ始める。

 

もうこの時には、胸の中の不安なんて忘れていた。

 

「………うわー、めっちゃ降ってるな」

「天気予報じゃと今日は全国的に雨らしいぞ」

バスの窓から外を見るとタイヤに撒き散らされた雨粒が躍っている。

日本に戻ってきた俺はチヨリちゃんとオータムを引き連れてバスで移動していた。

最も、これは俺の意志ではなく、チヨリちゃんの意志だ。バスも街で見るようなのじゃなくて、こう、時代を感じる感じがする。ただでさえ少なかったバスの他の乗客も前のバス停で降りて、乗客はとうとう俺たち三人だけになった。

「おいババァ、本当にこのバスで行けるのかよ」

前の席に座るオータムが目だけこっちに向けてチヨリちゃんに問いかける。

「見た所それらしきもんは見当たらねえぞ」

オータムの言うとおり、確かに建物は見当たらない。それどころか対向車線を走る車すらない。

「チヨリちゃん、どうやって建物の場所を知ったんだよ? ていうか本当に知ってんの?」

「なんじゃお前ら、疑いおってからに……まあよい、教えてやろうかの。どうやって知ったかというとじゃな…」

チヨリちゃんは小型ディスプレイを出して得意げに見せてきた。

「これじゃ!」

ディスプレイに映っていたのはオカルト系のインターネットサイトだった。

「世の中バカと言うか命知らずと言うかなやつらが多くてな。お前が言った桐野第一研究所に行った若者たちがおるようじゃ」

「マジかよ」

「ほれ、この建物の画像を見ろ」

「あ、これ……」

そこに映っていたのは間違いなく俺が見た建物だった。

「ご丁寧に研究所の看板も撮影しておる」

チヨリちゃんが画像の一部を拡大すると、確かにそこには俺が見た桐野第一研究所の看板の文字があった。

「さて、ワシ達も次の停留所で降りるぞ」

「ちょっと待ってチヨリちゃん」

「なんじゃ?」

「今出てたサイトってさ……その建物どんな感じで取り上げてた?」

「? どういうことじゃ?」

「や、つまり……アレだ。こう、ホラーとか、怪談とかな感じ?」

 

「あぁ、確かにそんな風じゃったな。このサイトの運営者も建物の異様な雰囲気に入ることはできなかったようじゃ」

「そ、そーなんだー……」

俺はこの話題をこれ以上広げることなく、窓の外に顔を向けた。窓は雨に濡れて、景色はあまり良くなかった。

バスを降りてからは徒歩の移動だった。

森の間を縫うような細い、だけど整備された道を二十分くらい進んだのかな? 道の先にいよいよ例の建物が見えた。

「………………あれじゃな」

実物を見ると、やっぱりただならぬ雰囲気を感じた。門はひしゃげていて、その役目を果たしてない。

「本当にここにスコールがいるのか?」

 

「そのはずなんだけど……」

 

「…………………」

オータムが歩くスピードを上げた。

「お、おいおい、勝手に行くなよ」

オータムはそのひしゃげた門の前で立ち止まった。

「おい、ガキ」

「なんだよ」

「あれ見てみろ」

 

オータムが顎をしゃくって示したのは『桐野』の文字が見える看板だった。

「あの看板!」

看板に近づいて蔦を払う。

「……! 『桐野第一研究所』! やっぱりここだ!」

「決まりだな。ここにスコールがいる……!」

遠くで雷鳴がした。

「荒れ放題じゃな。どれ……」

チヨリちゃんは足元に転がってた石ころを門の向こう側に投げた。

石ころは何事もなく門の向こう側の地面に落ちる。

「ふむ、感知発動式のトラップはなさそうじゃな」

「なら!」

オータムはアルバ・アラクネを部分展開して門の上を飛び越えた。

「おらガキ! ババァ! とっとと来い!」

着地して展開を解除したオータムに催促されて、俺もG-soulを展開してからチヨリちゃんを抱えながら門を飛び越えた。

「さて、乗り込むわけじゃが……」

チヨリちゃんが俺の方を向いた。

「瑛斗、スコールが具体的にどこにいるのか知っているか?」

「いや、悪いけどそこまでは」

「そうか、建物の中に敵がいるかも知れん。二人とも勝手に離れるなよ」

「んなこたぁどうでもいいんだよ。早く入るぞ!」

オータムが扉を壊さないばかりに蹴った。扉はなんの抵抗もせずにその口を開く。

建物の中は電気的な明かりはなく、窓から差し込む光だけで照らされていた。

「外側はボロボロじゃったが、中はそれほどではないのう」

確かに、埃っぽさはない。むしろ綺麗すぎる。

「最近人の出入りがあったのか、それとも……」

「ここでグダグダしてる暇ねえだろ。行くぞ」

「行くぞって、お前どこに何があるか知ってるわけじゃねぇだろ」

「それでも行くんだよ」

オータムは俺の制止を聞くことなく歩き始める。

「あ、おいオータム!」

「勝手に動くなと言うておろうが……!」

チヨリちゃんと一緒にオータムを追いかける。まったく、事あるごとにスコール、スコールって……こいつの頭の中にはスコールのことしかないのかよ。

「……………」

俺はここで少しだけ好奇心が湧いた。

「なあ、オータム」

「んだよ」

「お前、スコールに助けてもらったって言ってたよな」

「……それがどうした」

「そのことなんだけど、お前とスコールには具体的に何があったんだ?」

「……………」

オータムは少しだけ黙り込んだ。

けどすぐに、

「ガキには関係ねえ」

と、そっけない感じであしらわれた。

「つまんないな。教えてくれたっていいだろ」

「ふざけろよ。つまるつまらないの話じゃねえんだよこれは。ガキが首突っ込むんじゃねえ」

「はいはい、そうですか。じゃあもう聞かないよ」

 

「……ケッ」

どうやら教える気はないみたいだ。

それからしばらくはこの建物の探索に費やした。

けどこれと言った成果は上がらない。

俺は探索して思ったことを口に出してみた。

「なんか、研究所っていうより……」

「病院のようじゃな……」

チヨリちゃんも同じことを考えていたようだ。

目に留まった引き戸にはめられたガラスの向こうには、白いベッドが置かれていた。

(案外こういう部屋の中に何かあるかも……)

扉を開いて部屋の中に入る。

一冊の本も置かれていない本棚、割れた鏡付きの洗面台。目立った異常はない。

そして白いベッド。

(ベッドにも特に異常はないか……)

そう思って、布団をどかした。

「!?」

直後、全身に鳥肌が立った。

布団の下のシーツが、赤黒く染まっていたんだ。

まるで水風船を叩きつけたみたいに広がる鈍い色。それが白いはずのシーツを汚している。渇いてこびりついている。

「のわぁぁっ!?」

部屋から飛び出してチヨリちゃんとオータムのところに戻る。

「ち、ちちちチヨリちゃん! ち、ち、ち、血が……!」

「ちちちちうるさいわい。お前も見たのか」

「え?」

 

「こっちも、中々のもんだぜ」

二人の視線の先には……

「……………!!!」

部屋中に、さっきの部屋のシーツと同じ色が飛び散っていた。

「いったい何の研究してたんだよ……!」

目の前に広がるスプラッタな光景にそう言うしかなかった。

「…………………」

「チヨリちゃん? どうした?」

「ん、あ、いや。なんでもない。先を急ごう」

チヨリちゃんはベッドから離れて通路に出た。

さらに進むと、凄惨さはエスカレートしていった。

「相当ヤバいなここ……」

「まるで銃撃戦でもあったみてえだ」

けど、肝心のスコールにはまったくと言っていいほど近づけていない。

「ガキ、他に手がかりはねぇのか。お前の情報だけでここまで来たんだぞ」

「んなこと言われたって、俺にはどうしようも━━━━」

━━━━我ヲ呼ブ者ハ━━━━

「ん?」

なんだ? 声が聞こえたぞ?

「チヨリちゃん、何か言った?」

何か聞こえたような気がして振り返るけど、チヨリちゃんはキョトンとしながら首を横に振る。

━━━━我ヲ呼ブ者ハ……ソコカ!━━━━

急に首が熱くなって、頭の奥で何かが光った。

 

「……………!」

 

「瑛斗?」

「………こっちだ」

わかる。

わかるぞ。

なぜわかるのか分からないけど、わかる。

「お、おい待たんか」

 

この通路を右に曲がって、次の曲がり角を左。直進すると二つ扉がある。そのうちの左の扉を開けて中に進む。

「なんだよ急にコイツ………」

一本道が続き、そして巨大な扉が立ちはだかった。

「ここだ……」

そこで俺は息を吐いた。と、同時に脚から力が抜けてよろける。

「っと………」

「大丈夫か瑛斗!」

「あ、ああ。それより……この奥だ。この奥に、スコールがいる」

「……っ! スコール!!」

オータムが扉を開いてスコールの名前を叫んだ。

いた。鎖につながれてぐったりとした女が一人。

「スコール! 今助けるから!!」

ここも同じだ。この扉の奥で、スコールは磔に……

瞬間、寒気がした。

「待てっ!! オータムッ!! 」

言った直後、スコールの腕に巻きついていた鎖が千切れ飛び、金色の光がスコールの身体を包み込んだ。

「なっ……! スコール!?」

光が萎み、スコールのシルエットが見える。

「……………セフィロト……!!」

そのシルエットは金色の装甲に身を包んでいた。

 

《セフィロト》、その一号機。

「……………………」

セフィロトのフルフェイスマスクがスコールの顔を隠している。

「スコール! どうしたんだよ! 私だ! 助けに来た!」

「ISを展開するんじゃオータム! スコールの様子がなにかおかしい!!」

「チッ!」

オータムは《アルバ・アラクネ》を展開した。

「ターゲット……確認。設定……」

スコールの呟くような声の後、セフィロトの金色の装甲の内側からオレンジがかった色の光が漏れ出した。

「ヤバい……! チヨリちゃんはさがってて! 《セフィロト》!!」

G-soulを呼んでも良かったのに、なぜか俺はセフィロトの名前を叫んでいた。黒い装甲が俺の身体を包み込んでいく。

「オータム! 気をつけろ!!」

それよりも注意を引いたのは、スコールのセフィロトが装甲をスライドさせたことだった。

「あれが、スコールのセフィロトのサイコフレーム……!」

オレンジがかった燐光が金色の装甲を押しのけて見えている。

「………………」

隠された顔。マスクの奥から視線を感じる。

「スコール! どうしたんだよ!」

オータムが呼びかけるけど反応はない。

部屋の壁が高いドーム型の天井に吸い込まれていき、巨大な一枚窓が露わになる。どうやら壁だと思っていたものはシャッターだったようだ。

曇天の空の明かりが部屋を薄く照らす。

「ケテル、ビナー、コクマー、ダアト、ゲブラー、ケセド、ティファレト、ホド、ネツァク、イェソド………」

「な、なんだあれ……」

スコールの頭上に、金色の直径一メートルほどの大きさの球体が浮かび上がった。

 

さらにその周りを、また金色の、一回り小さい球体が飛び回る。

「………」

スコールの右腕が、オータムに伸びた。

「ぐあっ!?」

刹那、オータムに高出力のビームがぶち当たった。

吹っ飛んだオータムが窓に叩きつけられた。

「オータム!?」

もう一度スコールの方を見ると、10個の球体の内の1つが砲口を覗かせ細い煙を吐いていた。

「統制システム《マルクト》よりシステム起動を確認……命令内容━━━━ターゲットの殲滅」

その言葉を聞いた時、二発目のビームが俺に迫った。




唐突に始まるスコール決戦(?)。

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