IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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舞台は廻り、想いは巡る。 〜またはその奥底にあるもの〜

目の前に現れた新たな亡国機業メンバー、日向さん。

身に纏うISの名前は《セイレーン》。丸みを帯びた形状の装甲と手に持った三つ又の槍、トライデントが特徴的だ。

「Gメモリー! セレクトモード!」

だけど、警戒するべきはその機体の搭載された特殊武装。楯無さんのミステリアス・レイディと同じナノマシンを含んだ水にはビームも実弾も届かない。

「セレクト! アレガルス!」

 

━━━━コード確認しました。アレガルス発動許可します━━━━

 

だけど俺は実弾てんこ盛りのGメモリー《アレガルス》を発動し、ミサイルを連続発射。

「無駄よ! そんな攻撃は!」

ミサイルは日向さんが操る水と激突した。

「ああ、届かせようなんて思っちゃいない」

俺の言葉のあとに爆発が起きて煙が広がる。

(いつかは楯無さんに看破されたけど………!)

アレガルスを解除。ノーマルモードになった《G-soul》のビームソードを両手に構える。

(今度は━━━━!)

決めてやる! そう思った瞬間だった。

「たあぁぁぁぁぁっ!!」

「なにっ!?」

煙幕をブチ抜いて日向さんが突進して来やがった。螺旋する水とビームソードが交差して火花が散る。

「まさか突っ込んでくるとは……!」

「言ったでしょ? そんな攻撃は届かないって!!」

「くっ……!」

またしても破られてしまった。もうこの戦術使うのやめようかな。

 

そして水とビームのぶつかり合いが数秒続く。

 

トライデントの先端の水はバシャバシャと音を立てながら四方八方に散らばって地面に落ちていった。

(………?)

違和感を感じる。何かがおかしい。変だ。

「ぼーっとしない!」

槍がまた襲いかかってくる。

「くそっ!」

ビームソードを振り下ろして迫るトライデントを止める。 水がまた飛び散って、今度はG-soulの装甲を濡らした。

『濡らした』。それだけだ。

「…………!」

なるほど! そういうことか!

俺はバルカンを撃って日向さんを引き剥がし、距離を取った。

「あら? もうバテちゃったの?」

余裕そうにトライデントを肩に預けて笑いかけてくる日向さんに負けないくらいの笑みを浮かべた。

「日向さんこそ、そんな余裕でいられんのも今の内ですよ?」

俺はビームソードの切っ先を日向さんに向けた。

「アンタとの今までの戦闘でちょっと不可解な事がある。そのナノマシン………完全か?」

「………どういうことかしら?」

日向さんの問いかけに答えるようにシールドに付いた水滴を払う。

「確かにそのISのナノマシン技術はすごい。賞賛できる。だけどロシアの技術を真似たというなら、どうしてそれ以上の攻撃をしないんだ? 追撃なんて簡単なもんだろう?」

「……………」

「それとも、()()()()()()()?」

 

「……っ!」

思った通りだ。日向さんは少し表情を曇らせる。

「やっぱりな。そのナノマシンは欠陥品。よその国の技術を真似た紛い物だ。一度強い衝撃を受ければナノマシンは機能を失って、ただの水になる」

多分あのトライデントの三つの先端に巻き付いている水も、ぶつかり合うたびに新しい水が入れ替わり立ち替わりになるんだ。

「仕掛けが分かれば怖くは無いぜ。ナノマシンがスッカラカンになるまで攻撃してやる!!」

ビームソードのグリップを握り直したら、日向さんはゆっくりと拍手した。

「すごいわ。これだけ短時間によく見抜いたわね」

「………伊達にIS研究者やってないんでな」

「なるほど………でも、これは予想できた!?」

セイレーンの腰の装甲から水が爆発するように溢れ出した。どうやらあの装甲の中に水が蓄えられてるみたいだ。

「今から、誰も見たことが無いショーを見せてあげるわ」

そう言う日向さんの周りを生き物のように水がうごめく。それは体を作り、尾ビレ、背ビレ、胸ビレを作り上げ、海洋生物の姿になった。

「………イルカ?」

街の光を反射させるその姿はそう言う以外言い表せない。

「行きなさい!」

日向さんがトライデントを振ると、水で出来たイルカは俺に向けて突進して来た。だけど動きが直線的で簡単に予測できる。

「ハッ! 何をしてくるかと思えば、見掛け倒しだな!」

「どうかしら……?」

またトライデントが振るわれた。

「!」

「誰も、一頭だけなんて言ってないわよ?」

一頭だけだったはずのイルカが二頭になった。

「まだまだ!」

トライデントが再度虚空を切ると、今度は二頭が四頭になった。

「分身!?」

「一つ言っておくと、その四頭とも、爆弾よ?」

「くっ! ……《G-spirit》!!」

ビームウイングを羽ばたかせて四頭のイルカから離れると、イルカたちは迷わず俺を追いかけて来た。

(追尾までしてきやがるか……!!)

「ナメるなよ!」

ビームブラスターの引き金を引いて大出力ビームを発射する。 赤色の光がイルカにぶち当たるがイルカは一度形を歪めるだけで直ぐに元に戻った。

「水に戻らない!?」

「確かに私のセイレーンのナノマシンは脆弱よ! でも密度を高めれば!!」

「しまっ━━━━!?」

振り向いた時にはトライデントを振り上げた日向さんが後ろにいた。

「はあっ!!」

ドッ!!

「ぐああっ!」

トライデントが肩の装甲を捉えて大きく体勢が崩れる。

「ダメ押しに!」

ドォンッ!!

「うあああっ!!!」

俺に一番近いイルカが爆発した。

絶対防御が働いたから身体は無事だけど全身に激痛が駆け抜けた。

「あと三頭いるわよ……?」

「…………!?」

吹っ飛んだ瞬間、残り三頭のイルカが全て俺に突っ込んできた。

イルカ一頭でこの威力なら、三頭同時に喰らったら………!!

「……何チンタラやってんだ!」

「ぐえっ!?」

上から伸びてきた手に首を掴まれて思いっきり引き上げられた。

三頭のイルカがG-spiritの脚部装甲の爪先部分のすぐ下でぶつかって一頭の大きなイルカに戻った。

「あら? てっきり何処かに雲隠れしたと思ってたけど………」

「お、オータム!?」

「この程度のヤツに押されてんじゃねぇよこのバカガキが」

ものっそい罵倒されたけど、俺を助けたのは《アルバ・アラクネ》を展開したオータムだった。

オータムは日向さんを見ると、口元に笑みを浮かべた。

「よぉ、誰かと思ったら懐かしい顔じゃねぇか」

「え? お前、日向さんの知り合いか?」

「なんでお前がここにいる」

シカトか。おい、シカトか。

「日本で楽しい仕事があったんだけど、こういう非日常もたまには欲しくてね」

そばに寄り添う水のイルカに触れながら答えた日向さんにオータムは毒づいた。

「お前も知らないわけじゃないだろうが」

「ええ。でも、非日常は欲しいけど、余計な危険はノーサンキューなのよ」

「フン……そんな考えだからスコールに負けたんだよ。お前は」

その一言に日向さんは不愉快そうに眉を下げた。

「そんな口がきけるのは今のうちよ!」

イルカが俺たち目がけて飛んできた。

「あなたたちの裏切りが知られた、以上、ヤツらは私に頼らざるを得ないのよ!」

「確かにそうだろうな。でもよぉ、そんなもんはもう意味を持たねぇんだよ!」

アルバ・アラクネの右手の手の平から何か小さな円筒形の白い塊が発射された。

「おいガキ」

「な、なんだよ」

「ぼちぼちサツどもが来る。とっとと終わらせてババァんとこに戻るぞ」

「んな簡単に言って━━━━」

バシュッ!!

オータムが撃った白い塊が網のように広がった。

「うっ!?」

正面にいた日向さんは粘着性の強い網に飲み込まれて、身動きができなくなってしまう。

「う、動けない……!?」

「ババァ特製のバインディング・ネットだ。アラクネに元から装備されてたのを改良してある。強度は高いぜ?」

オータムの背中のウェポンアームが蠢き始める。

「なら爆発で━━━━!!」

「無駄だってんだよ!」

「ぐえぇっ!?」

オータムが俺の首を掴んで日向さんに、イルカに突っ込んで行く。

「苦しい苦しい! お、オータム!!」

「喚くんじゃねぇ! っせーな!」

俺の抗議を無視してオータムはどんどんイルカと距離を縮めていく。

(爆発が………!)

耐えるために固く目をつむる。だけどいくら待っても爆発は起こらなかった。

「だろうなぁ。あの小せぇやつであの威力だ。あんな大きいのが爆発すりゃあお前も無事じゃすまねぇよなぁ?」

「こんな網に!!」

セイレーンの腰からまた水が出てきた。水が小さなカッターのようになって網を切り裂いていく。

「ガキ、歯ぁ食いしばってな」

「え?」

聞き返した時にはオータムは俺を()()()モーションを取っていた。

「おらあっ!!」

「ええええっ!?」

ぶん投げられた俺は一瞬どうしてこんなことをされたのか分からなかった。だけど網を切っている途中の目を丸くした日向さんと目があったところですぐに理解出来た。

「うおおおおおおっ!!」

身体を捻ってそのまま突っ込む。

ザンッ!!

ビームウイングがセイレーンのシールドエネルギーを削り取った。今の手応えは確実に絶対防御を発動させたぞ!

「ぐっ!!」

日向さんの数メートル後ろに来たところで止まる。

「……っ! よくも……!!」

体勢を立て直した時には、オータムはすでに日向さんの前でウェポンアームを開いていた。

「━━━━遅ぇよ。私の射程だ。もうお前は逃げらんねぇ」

ドドドドドドッ!!

「うぐぅ!?」

ウェポンアームがセイレーンのシールドバリアを捉える。そしてオータム自身の装甲に包まれた両腕もシールドバリアに突き刺さる。

「さぁ、バラバラに吹き飛びな!」

ババババババババババッ!!

「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

凄まじい熱がセイレーンにぶつけられてシールドバリアを消していく。ウェポンアームがシールドバリアを握り潰すように徐々に日向さん自身に近づいていく。

無人機事件で俺たちが散り散りになって、俺とマドカが3体の無人機を相手に戦っていた時に見た攻撃。

 

《グラインド・パニッシャー》とかいったか。無人機を簡単に破壊した攻撃だ。普通の人に耐えられるはずがない。

……………耐えられるはずが、ない。

「………やめろぉっ!!」

俺はオータムに横から体当たりして無理矢理日向さんから引き剥がした。

「なっ!? て、てめぇガキ!」

「もうやめろ! 日向さんが死んじまう!!」

「ザけてんじゃねぇ! 邪魔すんな!」

「日向さんはスコールの居場所を知ってるんだよ!!」

「………!?」

オータムはやっとパニッシャーを止めて、ウェポンアームから排熱のスチームを吹かした。

「おわぶっ」

スチームをちょっと浴びちまったぜ。

「ガキ、今、こいつがスコールの居場所を知ってるっつったな?」

「あ、ああ」

頷くとオータムはウェポンアームの先端から出る銃口を全て日向さんに向けた。

「おいオータム!?」

「さっさと言え。さっきの野郎は妙なUSB渡してそんだけだ。はっきりした答えを聞こうか」

「………………」

ボロボロにされた装甲から煙を吹く日向さんは空中に浮かんだまま何も言わない。

「なんとか言えコラ!」

「……………」

いつオータムが痺れを切らすかハラハラしてるとふとあることに気づいた。

「オータム! イルカが!?」

 

振り返った瞬間、それはイルカが空中でサマーソルトをした瞬間だった。

目の前で水滴が爆発を起こして俺とオータムの周囲が真っ白になる。

「のわっ!?」

「チッ!!」

オータムがデタラメにエネルギー弾を撃って煙を千切る。

風に乗って流された煙が消えた時には日向さんはどこにもいなかった。

「逃げ……られた………」

「…………! ガキがぁぁぁ!!」

「うわあっ!?」

いきなりカタールで切りかかられた。

「てめぇが邪魔しなけりゃあスコールの居場所がわかったのになにしてくれてんだ!!」

ヤバイヤバイヤバイ! 完全に殺しに来てる!!

「落ち着けって! まだそう遠くに行ったわけじゃ━━━━」

「夜の街で見つかるかよ! 今頃地上に降りてトンズラだ!!」

カタールを止めたオータムは今度はウェポンアームを広げて来た。

「やっぱりババァの見当違いだったみたいだな。こんな使えないやつに頼もうってのがそもそも間違ってんだよ」

「なんだとぉ!?」

人のこと散々罵りやがって! 流石に怒った!

「お前こそなんなんだよ! こっちは頼んでもないのに横から出て来やがって!」

「ああ!? やんのか!?」

「上等だ! やってやるよ!!」

『いいかげんにせんかあああああああっ!!!!』

耳元で声が爆発した。

「いっ!?」

「ったぁ!?」

『呼びかけても無視しおってからに! 心配する身にもならんか!』

「ち、チヨリちゃん……」

うわぁ、声だけで怒ってんのがわかる……。

「ケッ、ババァに心配される筋合いなんてねぇよ」

『そんなことはいい。さっさと戻ってこい!』

「わーってるよ。耳元で騒ぐなやかましい」

オータムが背を向けて移動を始めた。

「ま、待てよ」

俺もオータムを追いかけて夜空を進む。

「ガキ、いつまでそんな目立つモン背中に背負ってんだよ。さっさとその羽を消せ」

オータムはこっちを見ないで肩に近いウェポンアームを一本動かしてきた。どうやら『目立つモン』とはビームウイングのことらしい。

「ふん、今やろうとしてたっつーの」

「………心底イラつくガキだ」

聞こえてんだぞ、それ。

 

「まったく……通信にはしっかり応答せんか」

「ごめんってば。そんな怒るなよ」

プンスカ怒るチヨリちゃんの横を歩きながら平謝りに謝る。

ちなみにだけど警備員の服は少し心が痛んだけど近くの川にポイさせてもらった。

「……………」

少し後ろを歩くオータムはすげー不機嫌そうだ。

ランプを点灯したパトカーが車道を駆け抜けていく。

「やれやれ……目立たないように言ったはずじゃが……。なぁオータムよ」

「いつまでもネチネチ言ってんじゃねぇよ。シワができんぞ」

「できんわそんなもの」

チヨリちゃんは口を尖らせてオータムに反論した。

「…………できたくてもな」

「ん? なんか言ったかチヨリちゃん?」

車の走る音で聞こえなかったぜ。

「いや、何も言うとらん」

「そうか…ところで俺たち何処に向かってんの?」

「秘密基地じゃ。戻るんじゃよ」

「ならなんで行きと同じ道じゃないんだ?」

「面倒なやつらに出くわさないようにな」

「なるほど……」

面倒なやつらって言うと、俺とチヨリちゃんを追いかけて来たあの車のやつらだろうな。

「お前ホントバカガキだな」

「あ?」

「よさんか二人とも。もう入り口じゃ」

「入り口じゃって……壁じゃん」

「瑛斗、島でのことを忘れたかのか?」

「え……あ!」

ピンと来たぜ。アレか。アレなんだなチヨリちゃん。

「よっと」

チヨリちゃんが壁に手をつくと、ガコンと音がして壁が回転扉のように開いて内側を晒した。

「おら、さっさと行けよ」

「言われなくても行くっつの」

壁のはどうやら秘密基地の反対側にあったらしく、数メートル先に俺たちが建物から出た扉があった。

「どうやら勘付かれてはいないようじゃな」

階段を登り部屋に戻ると出る前と変わらない少し散らかった部屋があった。

「さてと、オータムが手に入れたこれの解析をするかの」

チヨリちゃんは手にUSBメモリを握っていた。

「それが例のオータムが渡されたってやつか」

「まあの」

「そういやぁ、そのUSBって亡国機業の幹部からもらったんだよな? 大丈夫なのか? 爆弾だったりとか……」

「ふむ、言うこともわからんでもないの。確かこの棚に……お、あったあった」

小さな棚からペンライトのようななにかを取り出してUSBにあてがう。

「何してんの?」

「変な仕掛けが無いか確かめとるんじゃよ。お前の言うように爆弾だったらたまったもんじゃないからの」

そんな探知機まであるとは。もはや未来の猫型ロボットのようだ。

「……よし! 特に異状は無い。発信機もついとらんただのUSBのようじゃ」

「中身が問題だけどな」

「そうじゃな。鬼が出るか蛇が出るか」

そんなことを言いながらチヨリちゃんはノートパソコンにUSBを接続した。

「データをインストール……」

キーボードの操作をするとUSBに一つだけ動画ファイルがあった。

「開くぞ」

俺は頷いて、オータムは無言で腕を組んだまま画面を見る。

チヨリちゃんがその細い指で再生ボタンを━━━━押した。

 

パソコンの画面に映し出されたのは地下室のようなところで椅子に座って拘束されたスコールだった。ボロボロの状態でISスーツを身につけている。

スポットライトのような明かりに照らされる金色の髪は力なく垂れていた。

「スコール!」

オータムが声をあげる。だけど画面の中のスコールに変化は無い。

『……無様なものだな、スコール・ミューゼル』

男の声がした。映像には出ていないけど多分ビデオのそばにいる。

『妙な気を起こさず、組織に従っていれば良かったものを』

『………………』

『殺さないのはなぜか分かるか? お前にはいろいろと喋ってもらわなければならないからだ』

『………………』

『今、ビデオでこの状況を録画している。この映像も私のコレクションにしてやろう』

話し方と言動でだいたい理解出来た。こいつは下衆だ。

『………………………』

『……フン。黙っていても無駄だぞ。必ず吐かせてやる。この自白剤でな』

声のあとに画面に新たに人が現れた。顔はモザイク加工されてるけど多分さっきから話している男だろう。

手に持った注射器がスコールの右腕に刺さり、中の液体が注がれる。

『……………!』

スコールの体が一度ビクンと痙攣した。

『あ……ああ…………!?』

くぐもった声が聞こえて、男がフレームアウトした。

『さて………そうだな、まずはお前の仲間のことから聞こうか。オータムは何処にいる』

『………おー……たむ……?』

『そうだ。裏切り者は消さなければならないからな』

『おーたむ……おー………たむ……ふ……ふふふ…………!』

スコールが震え出した。

『……おーたむ! オータム! オータムオータムおーたむオータム! はははは! あはアハハ! あハははハは!!』

突然顔を上げたスコールはまるで何かに取り憑かれたみたいに大声で笑い出した。

『馬鹿ねぇ! オータムなんか探して何になるって言うのかしら!? アハハははハハ!』

『どういうことだ?』

『オータムは……! あははは! オータムはただの都合のいい駒!』

『駒?』

『私のことを慕ってるみたいだけど、私からしたらただの道具! ただの駒! 言う通りに動いてくれる便利な駒なのよ! アハははは!』

『……そうか。では次の━━━━』

『だからオータムなんか探ったって無駄よ! あの子なんにも知らないんですもの!! あはははは! アハハ!! あははハハはハ!!』

『……おい』

『あはははハハはは!! あははハハ! あははははアハハはは!! あはははははははハハハハハハハあははははははははハハはハハハハはははは!!』

『……チッ。調合を間違えたか。興醒めだな』

男が大笑いするスコールに舌打ちして、ビデオの映像が一瞬乱れてから再生は終了した。

 

「……………」

「……………」

沈黙が部屋の中を漂う。正直、どうしていいかわからない。

「……………」

後ろにオータムがいるはずだ。スコールに『駒』と言われたオータムが。

「オータム……」

躊躇いながらも振り返った。

「………………!!」

そこには目に涙を浮かべて、口元を震わせた悲愴な表情があった。

「嘘………だ」

絞り出すような掠れた声がこぼれた。

「こんなの……ありえねえよ……スコールが…………私のこと………ババァ!!」

オータムはチヨリちゃんの胸ぐらをつかんだ。

「チヨリちゃん!?」

「ババァ……! 今のは……今のはどういうことなんだよ!!」

「……お前も見たじゃろうが。薬を打たれてスコールがラリったんじゃよ」

「んなのは分かってんだよ……私が言いたいのは!」

 

縋るようなオータムに、チヨリちゃんは言い放った。

「オータム、スコールは自白剤を投与されて自分で言ったんじゃ。恐らく今の言葉に偽りはない」

「そんな………!?」

オータムが手から力を抜いて、チヨリちゃんを放す。

「危ねっ!」

咄嗟にチヨリちゃんを抱いて落下を阻止。

「ありがとうじゃ」

「ああ……それより………」

俺はオータムを見た。震える手で髪をクシャクシャにして、焦点の定まらない目を泳がせている。

「私は……駒……道具………スコールの……!!」

ついさっきまでの腹が立つくらい威勢のいいオータムは消えて、ただ茫然自失となった女の人がいた。

「オータム、しっかりしろよ……」

あまりにも心配になって声をかけたが、反応はない。

「そんな……そんなこと………」

フラフラとおぼつかない足取りで歩き出したオータムは自分の部屋の中へ消えた。

「なんてこった……やっぱりスコールはスコールなんだな」

「……………」

「どうするんだチヨリちゃん。あれじゃ下手すりゃオータムは再起不能だぜ?」

「ここ程度でへこたれるほどヤワなやつではない……と言いたいところじゃが……難しいかもしれんな」

扉を見やるチヨリちゃんの表情は複雑そうだった。

(人の事散々バカにしたバチ……っつーにはでか過ぎる、か)

無言の空間に、パソコンの小さな駆動音だけが響いていた。

 

 

オータムが部屋に閉じ籠ってからこの秘密基地内を重い空気が漂っていた。

「……………」

「……………」

秘密基地って言っても誰も寄り付かない廃墟の建物の一室だ。チヨリちゃんの沈黙が伝播して、なんか話しちゃいけないみたいな空気ができてしまっている。

それにしてもチヨリちゃんはさっきから難しい顔をしてパソコンとにらめっこしてるけどなにを見てるんだろう?

「ふーむ……」

「……なぁ、チヨリちゃん」

「ん? なんじゃ?」

「さっきから何見てるんだ?」

「あぁ。さっきの映像をな。この映像が撮られた場所が何処なのか探っておったんじゃよ」

「見つかりそうか? スコールの居場所」

俺の問いにチヨリちゃんは首を横に振った。

「映っている場所が漠然としすぎじゃ。部屋なんじゃが、こんな部屋きっとこの世界にごまんとあるわ」

「スコールのセフィロトの所在特定信号は使えないのか?」

「ダメじゃ。その情報の交換はやっておらん。スコールが決めておった」

「ダメか………」

所在特定信号を使えないとなればスコールのIS、セフィロトの居場所はわからない。

正直言うとスコールが生きているかどうかさえわからない状況だ。もうとっくにお陀仏ってのもありえる。

(どうしたもんか………)

首を触れば俺のセフィロトがチョーカーとなって巻きついている。

「…………セフィロト?」

そこで、俺は瞬間的にある考えに至った。

「そうだセフィロトだ! サイコフレームだ!」

「へ?」

突然大声を上げた俺にチヨリちゃんがきょとんとした目を向ける。

「サイコフレームを使うんだよチヨリちゃん!」

「さ、サイコフレームが……なんじゃって?」

「サイコフレームの共鳴現象! あれを使うんだよ!」

するとチヨリちゃんがハッと目を大きく開いた。

「スコールとお前、二つのセフィロト、二つのサイコフレームを共鳴させて場所を探ろうということか?」

「そういうこと! 上手く行けば分かるかも!」

「じゃが……そんな都合のいい事が起こり得るのかのぉ……」

「やってみなけりゃわかんないって。ここで何もしないよりはマシさ。それにチヨリちゃんも言っただろ? 俺のセフィロトのサイコフレームは他のサイコフレームへのカウンターだって。やってみる価値はあると思うぞ」

「なるほど……確かに、成功するかどうかは別として、やってみる価値だけはあるな」

チヨリちゃんはパソコンを置いた。

「早速始めようかの。瑛斗、サイコフレームの発動はできるな?」

「もちろん! けど、発動する時に叫んじゃう癖があって……外なら大丈夫かな?」

「我慢せんか。外で叫ばれた方が目立つわい」

「叫ばないようにか……頑張ってみる」

チョーカーに意識を集中させると黒い光が溢れ出して俺の肢体を包み込んだ。

「いくぞ……!」

サイコフレームが装甲の内側から青色の光を放っている。

(頼むぞセフィロト……!!)

装甲がスライドしてサイコフレームが露出した。

「……やればできるではないか」

「なんか物足りないけどな」

「言うとる場合か。早くスコールを探すんじゃ」

「おう」

「で、どのようにして探すんじゃ?」

「スコールをイメージしてみる」

チヨリちゃんの前に立ってスコールの姿を思い浮かべる。

金色のIS、セフィロトを使うスコール。

俺にツクヨミを破壊したのは自分だと言ったと思ったら、チヨリちゃんからはそんなことはしていないと言われて、あいつが何を考えてるのかなんてさっぱりわからない。

知らない事が多すぎる。だから本当の事を知りたい。

体が奥の方から熱くなっていく。

青い光が膨らむ。

チヨリちゃんの驚いた顔がぐにゃりと歪んだ。

たまらず目を閉じてしまい、もう一度開けると、俺は何処かを飛んでいた。

サイコフレームを発動させたセフィロトを展開して、黒いトンネルを進んでいる。

「ここは……?」

左右を見てもただ無数の楕円形の光が横切って行くだけ。

前を見ると、黒いトンネルの出口が白い光になっていた。

 

(うっ……!?)

距離はぐんぐん近づいて、すぐに光の中に飛び込むことになった。

光の向こう側に現れたのは、巨大な建物だった。

 

灰色の空に虚ろにそびえる建物の外壁のいたるところに蔦が伸びて、荒れ果てている、という言葉がふさわしい様相だ。なんつーか、チヨリちゃんの秘密基地よりボロボロだ。

「あ…」

錠前の壊れた門の横の壁に重要なものを見つけた。日本語だ。壁に日本語の看板がかかっている。

「……『桐野』……?」

俺の苗字と同じなのはただの偶然かな。まだ続きがあるけど蔦が覆って隠れてしまっている。

手を使って蔦をどかす。

「桐野第一研究所……」

そしてその看板に書かれた文字を読み上げた時だった。

「━━━━ぐっ!?」

頭を思いっきり殴られたみたいな痛みが走った。

建物の奥。ずっと奥。意識がそこに吸い込まれる。

曲がりくねる回廊を飛び、扉をすり抜けた。

「この部屋は……」

周囲を見渡しても無機質な壁が囲んでいるだけだ。

「!?」

いや、あった。いた。

手を鎖でつながれて、壁に磔にされている金色の髪の毛の女。

「お前は……!」

俺の声に反応するように垂れていた頭が上がった。

その瞬間、また強い力に引っ張られた。

視界が風船みたいにしぼんで、そして真っ黒になった。

「うぅっ!?」

水の中にいたみたいな苦しさを感じて俺は意識をはっきりさせた。

心配そうに視線を投げかけてくるチヨリちゃんと目が合う。

「だ……大丈夫か?」

「なんとか……」

深く呼吸をするとサイコフレームは黒い装甲の内側に消えた。

セフィロトの展開を解除して額の汗を拭う。

「チヨリちゃん、どれくらいたった?」

「三分と経ってはおらんぞ」

「マジで?」

「サイコフレームが一瞬強く光って、お前がなんの反応も示さないからワシは気が気ではなかったぞ」

三分経ってない? 俺は体感時間で三分以上はあの建物に……

「それで、何か分かったか?」

チヨリちゃんの言葉に本来の目的を思い出した。

「ああ。日本だ。スコールは日本にいる」

「……! 根拠は?」

「『桐野第一研究所』って書かれた看板をつけたデカい廃墟があった。その建物のどこかにスコールはいるんだよ」

「………つまり、日本語の看板があったから、ということじゃな?」

「すげーざっくり言ってるってのは分かる。でももうそうとしか考えられないんだ」

「いや、お前の考えは正しい。スコールが日本にいる可能性が高いな」

「じゃあ、日本に行くしかないみたいだな」

「明日には日本にいたい。瑛斗、すぐにここを引き払うが、問題ないか?」

「別に平気。でも、問題は……」

振り返って、ある一点を見た。オータムの部屋の扉だ。

「問題は、オータムだ」

あの女をどうにかせにゃならん。

「心配しとるのか? あれほどいがみ合っとったのに」

「そりゃ心配にもなるだろ。さっきのアイツ、この世の終わりみたいな顔してたぜ」

「……それは、確かにそうじゃったな」

「チヨリちゃんは何か知らないのか? オータムとスコールの関係とか」

「……すまんが、ワシもそれは知らんな」

チヨリちゃんは何も知らないんだろうと見切りをつけてもう一度オータムがその内側に消えた扉の方を見る。シンと静まりかえって、まるで()()()()()んじゃないかとも思える。

「……………」

これは俺の勝手な印象だけど、静かだ。静かすぎる。なんだか、すごく嫌な予感がした。

行動に移るのは早かった。俺は扉へと歩き出す。

「お、おい瑛斗? どうしたんじゃ?」

「オータム」

ノックして呼びかける。反応がない。

「オータム、入るぞ」

返事を待たずに扉を開けた。

窓をカーテンで閉ざしてるだけでなく部屋の明かりもついてなくて一瞬オータムの姿を確認できなかった。

「……………」

いた。ベッドの隅で膝を抱えている。

「おーた………」

そこで俺は体が強張った。オータムの手に、鋭く光るナイフが握られていたからだ。

「おい、オータム?」

聞こえていないのかはたまた気づいてるけど無視してるだけなのかわからないけど、オータムは反応を示さない。

おもむろにオータムが腕を動かした。

 

オータムの腕が、ナイフが、オータムの首元に近づいていく。

「オータム!?」

俺はオータムに飛びかかってナイフを止めようと腕を掴んだ。

抵抗されるかと思ったけど、簡単に組み伏せる事ができた。

「お前……お前バカか!? 何してんだよ!!」

上から両手を押さえつけて、オータムの顔を見る。虚ろな目で俺をぼんやりと見ていた。

「今そのナイフで何をしようとした!?」

問いかけたけど俺はなんとなく理解していた。ISには自傷行為から操縦者を守るシステムがある。オータムもそれを知っていたからナイフを使おうとしたんだ。

「……な……よ」

小さな声がした。

「え?」

「邪魔……すんなよ……もう……どうでもいいんだよ……」

オータムの目から涙が零れた。

「もう……いいんだよ……こんな世界………いらねぇよ………」

「だからってそこまでする必要ないだろ!」

「もうダメだ……。スコールは私の生きがいだった……だけどスコールは……スコールは私の事………!」

コイツは心底スコールを信頼してるみたいだ。だけど、俺はスコールの本性を知っている。

「こんな事言うのもなんだけど、あれがスコールなんだ。マドカ……エムもあいつは簡単に切り捨てた」

瞬間、オータムの目に怒りが燃えた。

「うるせぇ!! あんなガキと私を一緒にすんなよ! スコールは私を助けてくれた! 暗闇で独りだった私を愛してくれたたった一人の人だ!!」

怒りの言葉が段々震えていく。

「だから私はスコールのこと愛してた……! スコールもそれに応えてくれてると思ってた………!!」

「けど、裏切られた……か?」

「嘘だったんだよ……! スコールは私のことを道具だとしか思ってなかったんだよ………!」

オータムの声が、悲痛になる。

「もう……生きてる意味なんてねえ……。死なせて………死なせてよ……!」

「ダメだ!」

即答してた。

「お前を死なせるわけにはいかない」

「なんで……だよ……。お前が決めることじゃないだろ……」

「かもな。でも目の前で死のうとしてる人を止めないようなヤツは人間じゃない」

オータムの腕を掴む両手に力が入った。

「……………」

「ワシも、今お前に死なれたら困るのぉ」

扉の近くにチヨリちゃんが立っていた。

「ワシの半分も生きとらん小娘が命を投げ捨てるのは見ておれん」

オータムに近づいて、チヨリちゃんはナイフを握る手に触れた。

「オータム、スコールは生きておる」

「え………」

「俺のセフィロトとスコールのセフィロトのサイコフレームを共鳴させた。スコールは今、日本にいる」

「スコールが……生きて………?」

「スコールを見つけて、本当の事を聞けばいい。スコールの本心を聞いてそれでも死にたいと思ったなら、ワシは止めん」

チヨリちゃんはオータムをまっすぐ見つめて言った。チヨリちゃん、悪いが俺はそうなっても止めるぞ。

「ナイフを放せ。オータム」

「……………」

オータムはゆっくり手を開いて、ナイフをチヨリちゃんに渡した。

やれやれ、危なかったぜ。

「ふぅ……ところで、瑛斗はいつまでオータムを押し倒しとるつもりなんじゃ?」

「え……」

 

見れば、勢いよく飛びかかり過ぎたせいでオータムの服を捲りあげてしまっていた。オータムの大きすぎず小さすぎずな胸の下半分が見えている………。

「なっ……!? さ、さっさと離れろ!」

ゴスッ!

「ごひっ!?」

こ、コイツ……! 腹に思いっきり膝蹴り入れてきやがった……!!

「お、お前……!? いきなり……!!」

ベッドから転げ落ちて腹を抑えてのたうち回る。

「わ、私が身体を許すのは……スコールだけだ………」

腕で自分を抱くような仕草をするオータムが、なんか、妙に女っぽかった。あ、女か。

でも腹キックは許さねぇ……!

 

……

 

…………

 

………………

 

……………………

とまぁ、てんてこ舞いで散々な感じになったけど、そんなこんなで俺はオータムとチヨリちゃんを連れて日本に戻ることになった。

「やれやれ、チケットを用意しておいてよかったわい」

窓際の席のオータムと通路側の俺の間の席のチヨリちゃんが息を吐いた。

「それにしても……こんなダイナミックなトンボ帰りがあっただろうか」

行き当たりばったりなせいでスケジュールが殺人的だ。

「なんにしても、IS学園に戻ったらどうすっかなぁ……ラウラあたりがいろいろ聞いてきそうだし」

「あー……そのことなんじゃが」

「ん?」

チヨリちゃんがバツが悪そうに頬を掻いた。

「すまん。もう少し付き合ってくれ」

「………それは、どういう?」

「IS学園には戻らずに……このままワシたちと件の廃墟に向かってもらいたい」

「え? もう廃墟の場所が分かったのか?」

「お前が建物の名前を教えてくれたからの。ワシの情報網を駆使して見つけることができた」

 

「いつの間にそんなことを……」

「ワシをなめたらいかんぞ?」

チヨリちゃんが薄く笑みを浮かべたら、飛行機が出発するアナウンスが聞こえた。

「……………」

窓の方に顔を向けているオータムを見やる。表情が確かめられないけど、終始無言だから心配だ。

(でも、声かけたら怒るんだろうなぁ………)

面倒なやつだな、まったく。

 

乗客が寝静まった頃、オータムは受け取った毛布を膝の上に置いたまままだ眠らずに窓の外を見ていた。

(スコール……)

この場合はスコールに思いを馳せていると言うべきだろうか。

(私のこと……どう思ってるのかな………)

映像の中のスコールの言葉が、今まで感じたことのない激痛だった。

(会いたいよ……スコール…………)

「……お飲み物はいかがですか?」

「あ?」

他の乗客を起こさないような小声で話しかけられた。

「……! お前は……」

しかし顔を向けるとそこにいたのは見知った顔だった。

「さっきはどうも。あの熱攻撃すごい効いたわ」

日向海乃。数刻前に自分と瑛斗を相手に戦闘を繰り広げた亡国機業のメンバー。それが目の前でキャビンアテンダントの姿をしてこちらを見ていた。

「なんだ? 殺されに来たのか?」

「いいえ、私も帰るの。もとからこういう予定だったのよ」

「ハン、そうかい。それも連中の命令ってか」

「やっぱりダメね。長いことああいうのやってないから。もう十分かも。それに、何日もあっちでの仕事放っておくことも出来ないし。水族館での仕事も楽しいのよ」

「知るか。ここでやり合う気はねぇからとっとと失せな。互いに見て見ぬ振りといこうや」

手をヒラヒラと振って追い払う仕草をする。

「じゃあ、これだけ言っておくわ」

「なんだよ」

「『良い旅を』」

「……………」

「じゃあね」

海乃はそのまま視界から消えた。

「………フン」

オータムは海乃への注意を消し、再び窓の方へ視線を向けた。

窓の外側に、水滴が付いていた。

一瞬《セイレーン》のナノマシンかと思ったが、それはすぐに否定された。

ポツリポツリと水滴が窓にどんどん付着していく。

「雨、か……」

安心したオータムはシートに深く座り直した。

ふいに襲ってきた眠気に勝てず、オータムは、毛布を広げて目を閉じるのだった。




気弱になるオータムって書いてみたかったんですよ。

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