IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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利害一致の短期盟約 〜またはその戦いに義はあるか〜

「チヨリちゃんが……亡国機業?」

何の前触れもなく言われたその言葉に驚愕した。

「そう。最近動きを活発にしている亡国機業(ファントム・タスク)じゃ」

「じょ、冗談だろ? オータムに脅されて、俺をここに連れて来たんだろ? お、オータム! チヨリちゃんを人質にしようなんて━━━━」

「いや。これはワシ自身の意思じゃよ」

「………!」

「ケッ。裏切られてショックってか」

「オータム!」

オータムを一喝したのはチヨリちゃんだった。

「お前はいつまでそんなだらしない格好でいるつもりじゃ!」

「今言うことかよ……そんなの私の勝手だろうが」

「年頃の男がいるんじゃ。それくらい考えんか」

「チッ……わかったよ。なんか適当に着てくる」

オータムは扉の向こうへ姿を消した。

「……さて、どこから話したもんかの。率直に言えばお前をイギリスに呼んだのは他でもないワシじゃ。お前、ワシと会った公園にどうやって来た?」

「空港出たところで━━━━」

「男とぶつかった。それでいつの間にか紙を持っていた」

「なんで知ってんの!?」

「お前にぶつかった男は数少ないワシの部下じゃ。お前に紙を渡したのもな」

「……チヨリちゃんの背中に張り付いてたのは?」

「あれはワシが自分でやった。気づかれないようにするのに骨を折ったぞ」

「って、違う。それよりも俺は聞きたいことがある」

「なんじゃ?」

「チヨリちゃんが亡国機業ってことは、百歩……いや千歩譲ってそうだとして、それを楯無さんは知ってるのか?」

楯無さんまで亡国機業だ、なんてことになったら、それは早く手を打たなきゃならない。

「……安心しろ。あのお嬢ちゃんはワシのことはそこまでは知らん」

「信じられると?」

「知っていたら、お前を神掌島に送り込んでサイコフレームの扱い方をワシに教えさせようとはしないじゃろ?」

「……つまり、サイコフレームは…………」

「ワシの技術……ひいては亡国機業の技術と言うことになるな。じゃが」

チヨリちゃんは自分の分の飲み物が入ったグラスに口をつけた。

「生まれた技術に罪はない。生まれるべくして生まれたんじゃからな。無論、サイコフレームにも、お前のISにもじゃ」

「……………」

首のチョーカーに触れる。いつも通りの硬い感触があった。

 

ふと気づく。()()()がいない。

「おい、スコールはどうした。オータムがいてなんであいつがいない」

「………………」

「答えろ!」

「瑛斗、亡国機業がどんな組織かは聞いているな?」

「……裏の世界でISを盗んだりしてる悪党どもの集まり、だろ?」

「確かに今はそんなところじゃな。しかし、その悪党どもの組織に亀裂が生じているとしたら?」

「いつの間にか俺の質問に答えずに質問を投げかけてるなよ。それと、一応言ってやるけどその質問への答えは『知ったこっちゃない』だ」

「ワシが正体を明かしてから、態度が一変じゃな。まぁよい」

扉が開く音がした。オータムが出て来たみたいだ。

去年の学園祭で見た時と同じスーツ姿だった。

「んだよ。見てんじゃねぇ。殺すぞ」

チンピラみたいな感じで俺を一瞥して、不機嫌そうにもう一つの一人がけのソファに乱暴に座った。

「で、いつまで勿体ぶってんだよ。サッサと言えよババァ」

ババァ呼ばわりされたチヨリちゃんがオータムを睨む。

「黙れ。ワシのタイミングがある」

「ケッ! そーですか」

「やれやれ……こんなやつのどこがいいのやら………それでじゃ。さっきの話じゃが、ワシたちはその悪党どもの集まりに反旗を翻したんじゃ」

「……クーデターか?」

「そうとも言う。ワシたちはある目的の為に動いている」

「その目的ってのは?」

「━━━━本当の亡国機業を取り戻す」

はっきり言い切られてしまった。

 

「……言ってることがいまいち分からないぞ。じゃあ今の亡国機業は偽物だってのか?」

「そうじゃ。現在の亡国機業は裏世界を牛耳る悪の権化に成り果てている」

「まるで、昔は違ったって言い方だな」

「ああそうじゃ。しかし、ワシたちの動きは察知された。篠ノ之束が最近起こした事件があったじゃろ。あの日、ワシたちは攻撃を受けた。おかげでスコールは向こうの連中に捕まり、そこのオータムもISを激しく損傷した。仲間も一人行方が知れん。命からがら逃げおおせたワシとオータムは、ここに潜伏したというわけじゃ」

俺は、これから言われる言葉をなんとなく予想できた。

「そこでお前の質問に答えよう。ワシがお前をイギリスに呼んだ理由じゃが……」

チヨリちゃんはソファから立ち上がる。

「スコールの救出を、お前に手伝ってもらいたい」

「嫌だ」

だからコンマ3秒もかからずに一蹴できた。

「…………」

「スコールが捕まった? あ、そう。ざまあ」

 

「てめえっ!!」

またオータムが俺に突っかかって来た。俺の肩をギリギリと掴んでいる。

「なんだよ? 放せよ。それともやるのか?」

「このクソガキが……!!」

「やめんかオータム」

オータムをチヨリちゃんが座ったまま止めた。

「チヨリちゃんもチヨリちゃんだ。なんでわざわざ俺がスコールを助けに行かなきゃなんねぇ。俺はあいつが憎い。神掌島で俺の深層意識はあいつを殺してやるとも言ってたくらいだ」

「……………………」

何も言わないのを確認して、俺は息を吐いた。

「無駄足だったみたいだな。ここの事は誰にも言わないでおいてやるよ。せいぜい頑張って」

「待て」

「なんだよ。まだ何かあんの?」

「お前、スコールが憎いと言ったな。なぜじゃ?」

「いきなりなんだよ……」

「いいから、答えてみろ」

「……ツクヨミを破壊して、所長を殺したからだ!」

「そのツクヨミを破壊した者が、スコールではなかったら?」

「…………?」

「ワシはお前をどうやってイギリスに呼んだ?」

「……ツクヨミ爆破事件の真実を……あ!」

俺の頭の中で何かがカチリとはまった。まさか………まさか!?

「ギブ・アンド・テイクってやつじゃ。お前がスコール救出を引き受けてくれると言うなら、ワシの知る限りのツクヨミ爆破事件の真実を話そう」

「……………」

提示された交渉のカードは、ツクヨミ事件の真実。

俺はツクヨミ爆破について、知っている事が少な過ぎる。

 

それに対して、目の前の自称六十四歳は、俺の知らないことを知っている。

「本当に……だな?」

「ワシは約束は破らん」

「………………」

正直、『断れ』って言ってる俺がいる。

でも、それ以上に、『知れ』って言ってる俺が強い。

「……わかった。スコールを助けに行ってやる」

「その言葉を、待っていたぞ」

チヨリちゃんが、薄く、しかし確かな笑みを浮かべた。

「だから教えてくれ。真実を」

「いいじゃろう。ツクヨミを破壊したのは……スコールではない」

「いきなり俺の知っていることが覆されてんぞ。スコールが自分で言って━━━━」

「それはお前にサイコフレームを発動させる為にあいつが適当に言った嘘、デタラメじゃ」

 

「嘘?」

 

「お前にあのISを渡すこともワシらの計画の一つなんじゃよ」

「じゃあ……じゃあ誰が! 誰があんなことをやったっていうんだ!?」

「それは……」

ゴク、と唾を飲む。

「…………ワシにも分からん」

「……はい?」

間の抜けた声が口からこぼれた。

「全てを知っているのはスコールだけ。ワシはワシの知る限りのツクヨミ爆破事件の真実を話した。以上じゃ」

「は……はぁぁぁ!?」

待て待て待て待て待て待て待てぃ!! 待てぃ!!

「終わり!? そこそこ重大そうな話を覚悟してたのに、今ので終わり!?」

「続きはスコール自身から聞くといい」

「…………」

すっげー釈然としない。めちゃくちゃ釈然としない。

「チッ……」

オータムは忌々しげに舌打ちすると頭を掻いてソファに座り直した。

「さて、話もまとまった。瑛斗、こっちに来い」

言われた通りチヨリちゃんのそばに近づく。

「ほれ」

そして飲み物が注がれたグラスを手渡された。

「古風に言えば契りの盃と言うやつじゃ」

「……………」

「安心しろ。毒なんぞ入っとらん」

「や、そうじゃなくて……」

「すまなかったの。騙すような真似をして」

「……………」

チヨリちゃんの目は真っ直ぐだ。

「じゃが、今はお前の力が必要なんじゃ。頼むぞ」

「……俺はスコールのためじゃなくて、本当のことが知りたいからこの話を飲んだ。それを忘れないでくれ」

「十分じゃよ」

グラスが小さくぶつかる音がした。

チヨリちゃんが一気にグラスの中を仰いで空にする。

「よし! ではさっそく行こうかの」

「行くってどこに?」

 

「着いてくればわかる。オータム、準備はできておろうな?」

「……ああ」

オータムは短く返答してソファから立ち上がって時間を確認した。

「そろそろ出ないと間に合わねぇ」

「それはまずいの。早く行くぞ」

「お、おいおい待ってくれよ。二人だけで話を進めるなよ」

俺は部屋から出て行こうとする二人の後を追った。

部屋の外は普通に階段があった。

「ここは近々取り壊し予定の廃墟でな。誰も寄り付かんから秘密基地には好都合なんじゃよ」

「へ、へぇ」

そんな軽くどうでもいい話を聞きつつ、俺たちは目的の場所へ移動を始めた。

 

「………………」

「………………」

「………………」

現在の状況。

右にオータム。左にチヨリちゃん。

両サイドを亡国機業に固められている……!

「………あのさ」

 

俺は我慢できなくなって口を開いた。

「なんじゃ」

「んだよ」

「一応確認なんだけど、俺らこれから何しに行くんだっけ?」

「スコールを助けるのじゃ」

うん。それはわかったよ。わかってるんだよ? でもさ……

「じゃあなんで、美術館なのさ」

俺たちは今、そこそこ有名らしい美術館の前にいる。

「もうじきこの美術館で開かれている展覧会に著名人がぞろぞろやって来る。そこに来るやつにスコールがどこにいるのか吐かせるんじゃ」

「スコールの居場所を知るやつって?」

「亡国機業の幹部の一人だよ」

スーツ姿のオータムが面倒くさそうに答えた。

「とは言っても、幹部では一番下の青二才じゃ。表向きは企業の経営者で、知ってるかどうかは五分五分じゃな」

チヨリちゃんが小型タブレットの画面に映したのは三十代後半の男だった。

「で、吐かせるったってどうするんだよ?」

「……ハッ」

オータムが若干イラっと来る嘲笑を浮かべた。

「やっぱガキだな」

二人がいきなり歩き出した。

「あ、お、おい」

慌ててついて行く。

そのまま美術館の中に突入してしまうから入場制限も入場料金も無いのが幸いだったぜ。

「んー……」

オータムがキョロキョロと周囲を見回し、何かを捜している。

「おっ、ちょうど良さそうなのが」

チヨリちゃんが指差したのは男女一組の警備員。ビシッと立って怪しい人がいないか見張っている。

「行けるかの?」

「ナメんな」

チヨリちゃんとの短いやり取りのあと、オータムはツカツカと警備員二人に近づいて行く。

「……何すんの? あれ」

「まぁ見ておれ」

オータムは警備員二人に話しかけ、一言二言交えてから警備員二人を連れて奥の方へ。

「ワシらも行くぞ」

「お、おお」

チヨリちゃんと一緒にオータムが行った方へ向かう。

階段の隅の、関係者以外立ち入り禁止の扉。

手をかけようとしたら、

バタッ! ドサッ!

 

「!?」

何かが倒れる音がした。

恐る恐る開けて見ると、警備員二人がぐったりと倒れていた。

「ちょっ……!?」

「心配すんな。気絶してるだけだ。別に殺しても良かったんだけどよ」

満足気に言うオータムはそのまま女警備員の服を剥ぎ取り始めた。

「おっと、瑛斗は見ちゃダメじゃ」

チヨリちゃんが俺の目の位置に手をかざして目隠しして来た。

ゴソゴソガチャガチャと衣擦れの音がして、バタン、と何かが閉まってからチヨリちゃんが手を放した。

「ほらよ。お前のだ」

「おわっと」

投げ渡されたのは警備員の服だった。

「えっ、まさか着るの?」

「たりめえだ。何寝ぼけたこと言ってんだ」

オータムはうざったそうにいいながら着てる服の上から上着を羽織ってズボンをはいた。

「ああ……すげー犯罪の片棒担いでる感がするよ………」

「ぼさっとすんな!」

吠えられて俺も仕方なく警備員の服に身を包む。

「あれ? そう言えば元の警備員は?」

「そこのロッカーに口を塞いで手を縛って二人まとめてぶっこんでおいた」

オータムが示したのは大きめのロッカーだった。

「……あの人たちの今後を案じて止まないよ」

「よし、二人とも準備はいいな? これを耳につけよ」

チヨリちゃんから渡されたのはイヤホン型通信機だった。

「指示はワシが出す。瑛斗とオータムは警備員のフリをしてターゲットが来るまで待機じゃ」

「待機? どこで」

「警備員どもが立ってたあそこだろうが。そんくらいわかれウスノロ」

「ウス……!? なんなんだよお前! さっきから聞いてりゃ! ケンカ売ってんのか!」

「一つだけ言わせてもらう」

オータムはベルトにつけられたピストルを手にとって俺に向けた。

「なっ……なんだよ」

「さっきお前は本当のことを知りたいからスコールを助けるって言ったよな」

「それが、どうした」

「私は逆だ。私はスコールが助けられたらそれでいい。お前の知りたいことなんて知ったことじゃない」

「…………」

「私のアルバ・アラクネもババァの力で戦える程度には修復されてる。使えないわけじゃない。それも覚えておけ」

「何が言いたいんだよ」

「足手まといになるようなことはするなってことだ」

「……………」

「あ〜……ごほん、話は済んだか? 本題に入るぞ」

チヨリちゃんの咳払いでオータムは俺に向けていたピストルをホルダーにしまった。

「今回動くのはオータム。瑛斗はあくまでサポートじゃ」

「ついさっき足手まといになるなって言われたんだけど、そうならないようにするには?」

「ワシが指示する。お前はそれに従ってくれればいい」

「おら、とっとと行くぞ」

「わ、わかってる!」

俺は帽子を深く被って顔を隠してからオータムの後ろを歩いて警備員いた位置に立つ。

『よし、持ち場についたな。あとはターゲットが来るまでそこで待て。くれぐれも怪しまれるでないぞ』

耳からチヨリちゃんの声がする。どこにいるのかはわからないけど多分近くにいるんだろう。

「了解」

三メートルくらい離れたところにいるオータムが警備員がやりそうな襟を伸ばしてボソッと言う感じで応答する。順応はや……

「りょ、了解」

見様見真似でやって見せて、視線を前に戻す。

だけど横に立つヤツの事が気になってしょうがない。

オータムって名前も、去年の学園祭の時に俺たちの前に現れた巻紙礼子の名前も、きっと偽名だ。俺はこいつの事を亡国機業のメンバーだってことしか知らない……

あ、さっきの言い分からしてスコールに妙に執着してるってのは知ってるな。でもそれ以外は何も知らない。

まあでも、利害が一致してるってだけなんだからあんまり深く首を突っ込むのは止そう。

警備員のフリと言っても、ただ突っ立ってるだけ。暇なことこの上ない。

だから俺はもう一つ気になっていることを考察し始めた。

 

()()の亡国機業についてだ。

チヨリちゃんはあの時確かにそう言った。でもすぐにチヨリちゃん寝ちゃったから詳しくは聞けてない。

……あれ? 落ち着いて考えてみりゃ、俺って結局何も知らない?

そんなことを考えていると、また耳にチヨリちゃんの声が。

『ワシじゃ。二人ともよく聞け』

その声がなんとなく鋭くなっているような気がした。

「どうした? チヨリちゃん」

『ターゲットが乗った車が美術館に到着した。中にターゲットも確認したぞ』

「えっ?」

どうやらいよいよ始まるみたいだ。

「飛んで火に入るなんとかってやつか。了解。駐車場だな」

「あ、ちょ━━━━」

オータムは走り出さんばかりのスピードで離れていく。

「ち、チヨリちゃん……俺はどうすれば?」

『ターゲットはオータムに任せる。瑛斗、お前はそこで警備員のフリを続けろ。一度に二人も警備員が消えたら怪しまれる』

「わかった」

「あの〜」

「!?」

いきなり声をかけられて反射的に顔を上げる。

「な、なんでしょうか?」

声を出来るだけ低くして対応した。顔は見せないようにしてなんとかなんとか相手が誰かを確認する。女の人だった。

「ちょっと外に変なものがあるんです」

「変なもの、ですか? それはどのような……」

「とにかく来てください。私怖いです」

う〜ん……チヨリちゃんはああ言ってたけど、ここで動かないのも逆に怪しい気がする。

「……分かりました。不審物はどこに?」

「こっちです」

女の人は俺を建物の三階、何かの倉庫のようなところに連れて来た。

「それで、その不審物と言うのは?」

「…………」

「………? もしもし?」

「……君さぁ、変装下手過ぎ」

「え!?」

唐突にダメ出しを食らった!?

「っていやいやそうじゃない! アンタいったい誰だ!」

「ふふ……」

振り返った女の人は……!

「…………真面目な方向で、誰?」

あんまりピンと来なかった。

「あ、忘れてた忘れてた」

女の人はおもむろに自分の首元に手を伸ばし、皮をつかんで思い切り捲りあげた!

「あ……ああ!?」

「これで分かるかしら?」

皮の下にはまた別の顔があった。その顔には確かに見覚えがある。ついこの間見た顔だ。

「アンタ……水族館の!?」

「そ、日向海乃。こんばんは桐野瑛斗くん」

にこやかに笑いかけてくるけど俺は一層警戒した。

「なんでイギリスに! って言うかどうして俺が分かった!」

「そりゃあ、少し考えてみれば分かるんじゃないかしら?」

「…………! まさか、亡国機業!?」

「ピンポーン。大正解」

日向さんはパチパチと拍手した。

「私は亡国機業の実働部隊のナンバー2ってところかしら。あ、違ったわ」

日向さんは目を細める。

「スコールがいなくなったから、ナンバー1ね」

「……スコールの居場所を知っているのか!」

「教えてあげてもいいけど……」

日向さんの手元がパッと光った。

「簡単には━━━━ねぇ?」

部分展開した装甲に包まれた手には先端が三つに分かれた槍、三叉槍(トライデント)が握られていた。

「それは、戦って勝ったら教えてやるみたいなやつですか?」

「そんなところね。じゃあ、バトりましょうか!」

「くっ!」

槍が襲いかかってきた。すんでのところで躱したけど帽子が落ちちまった。

「ほらほら! 避けてばっかりじゃ始まらないわよ!」

日向さんは槍を自分の身体の一部みたいに巧みに操ってくる。

(場所が狭過ぎる! )

俺たちがいるこの場所は大小様々な物が無造作に置かれていて自由に動けるスペースが取りづらい。

「《G-soul》!」

だから俺は脚部装甲を展開して開け放った窓から外へ飛び出した。

すぐに全展開に切り替えて戦闘準備を万端にする。

「よし! 外に出れば━━━━」

「まともに戦える……かしら?」

窓から身を乗り出した日向さんは不敵な笑みを浮かべてこっちを見上げている。

「わからないわけじゃないでしょ? 私もISを持ってるのよ!」

俺と同じように日向さんは窓から飛び降りた。

すぐにISを展開して俺と距離を詰めてくる。

「はあぁっ!」

 

「うぐっ!」

振り上げられた槍とビームソードがぶつかり合って激しくスパークを散らした。

「もう一発!」

「ぐあぁっ!」

槍で突かれてバランスを崩す。

「このっ!」

ビームガンを呼び出してトリガーを引く。飛び出した光弾はまっすぐ日向さんに向かって飛んで行く。

だけど、届く寸前でビームは掻き消えた。

「ビームが!?」

「ふふ……」

「なら実弾で!」

ヘッドギアのバルカンを連射してみると、弾丸は当たる寸前で勢いが完全に死んで落下した。

「無駄よ。そんな攻撃は私に届かないわ」

日向さんの周りを何かが渦巻いている。

「今度はこっちの番よ!」

針のようなものが俺めがけて無数に飛来してきた。

「食らうかっ!」

シールドを前に出して防御するとシールドに阻まれた針が砕けて冷たい飛沫に変わった。

手に付いた飛沫を見てみると、水のように見えた。

(水…………?)

一つ思い当たることがあった。

(水を操る……ってことは!)

俺はこんな戦い方をする人を一人知っている!

「そうか! そのISはっ!!」

「あ、気づいた? さすがね」

日向さんは小さく笑った。

「このISの名前は《セイレーン》……ギリシャがロシアの技術を真似て作った水の中に含ませたナノマシンで戦うの!」

腰の装甲が開いて、中から水が蛇のような動きで出て来て、槍の先端に巻きつく。

「さてと……こっからが本番よ!」

 

水の槍の一撃が、飛びかかってきた。

 

「うぎゃぁっ!!」

男の苦悶した叫び声が空気を振動させる。

「腕が……腕がぁ……!?」

男は壁にもたれ掛かり、まだ傷を負っていない左手でほぼ千切れかけた右腕を押さえていた。

息の荒い男に、靴の音を響かせて近づく女。

「ほらよぉ、さっさと吐けよ。じゃねぇと今度は左腕も潰すぞ」

女の右手にはカタールと呼ばれる刃物が握られている。それをまるでペンを扱うかのようにクルクルと回し、笑みを浮かべていた。

「だ、誰だ……警備員じゃないな? いきなりこんなことをして……!」

女は笑みを消して男の右足に光る刃を突き刺した。

「あがぁぁ!!」

「うるせぇんだよ。私の質問に答えろ。お前に許されてんのはそれだけだ」

突き刺した刃物をさらに深く突き立てる。

「とっとと答えろ! スコールはどこだ!」

男は掠れる声で女の口にした名前を繰り返した。

「スコール………だと?」

「そうだ! 正直に言えよ? お前の体が段々細かくなってくことになるぜ!」

「く……くく………!」

「あ?」

「フフフ………ハハハ…………」

男は痛みを忘れたかのように笑い始めた。

「なんだ? 頭イカレたか?」

「そうか……お前のことか……お前がオータムか………!!」

「っ!」

女、オータムは反射的に男から離れた。男が亡国機業の幹部であることを思い出し、本能的に距離を取ったのだ。

「どうした……? やけに警戒するじゃないか?」

「…………てめぇ、何か企んでやがるな?」

オータムは自分の機体である《アルバ・アラクネ》を展開して背中のウェポンアームを男に向ける。

「…そんな物騒なものしまえよ…お前に渡すものがある……」

男は震える左手で上着の内側の胸ポケットからケースに入ったUSBを取り出してオータムの足元に滑らせた。

「幹部会で……スコールの行方を探すオータム……という人物が現れたら……これを渡すように決定していた…」

オータムは警戒を解かずUSBを拾い上げた。

「………中身はなんだ」

「さぁな……開けて見てからのお楽しみ……映像データとだけは言っておこうか…………!」

「てめえ……ふざけるのも大概にしろよ! 私はスコールの居場所を聞いてんだ!!」

「それは……自分で考えるんだな………」

オータムは男がこれ以上話す気がないと直感し男に刺したカタールを抜いた。

「ぐぁ………!」

「……一分一秒が惜しい。てめえに割いてる時間はもうねえんだよ。助けを呼ぶなりなんなりしやがれ」

そしてオータムは男に背を向けてこの場から離れようとした。

「……………」

「ああ?」

ISによって強化された聴覚で男の言葉を聞き取ったオータムは振り返った。

「てめぇ、今なんつった」

男はオータムを一瞥し、嘲笑うように笑ってから言った。

「愚か者が……地獄に落ちろ……!」

「……………ハハッ」

オータムの口の端が、つり上がった。

……

 

…………

 

………………

 

……………………

 

…………………………

「おいババァ、聞こえるか」

『聞こえとるぞ。ターゲットから何か聞き出せたか?』

「いや。けど妙なUSBを寄越してきやがった」

『わかった。すぐに解析しよう。オータム、お前は瑛斗のところに行け。あいつ、敵と交戦中らしい』

「はあ? なんで私があんなガキを」

『苦戦しとるようじゃからな。それに━━━━瑛斗は我々の計画に必要じゃ。失ったとなればスコールも悲しむじゃろうて』

「……チッ、ババァさっさと場所教え━━━━」

ドォンッ!!

「……………」

『どうした?』

「いや、やっぱいい。もう見つけた」

オータムは通信を切り瑛斗のところへ移動するために歩き出す。

「っと、もういらねぇか」

オータムは警備員から拝借した服を脱ぎ捨て元のスーツ姿に戻った。

風に舞った服は建物の壁に当たって地面に落ちた。

その瞬間から、布の色が変わっていく。

 

服が落ちたその壁の周りには、夥しい量の()()()()()がこびりついていた。


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