IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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第十四章 過去の君へ、ミライのキミと
水の楽園の宴 〜または今再びの夏休み〜


夏休みだ。

七月の末から八月いっぱいの期間が休みになる━━━━夏休みだ。

篠ノ之博士の起こした事件のほとぼりも冷めて、IS学園の生徒もその多くが帰省してるから、学園にいる人の数は少なくなる。

でも、だからと言ってこの地球、日本の暑いことに変化はないんだな、これが。

一度目の夏はそこそこ感動したけど二回目となるとやっぱり暑さにやられてしまう。

(なんだっけ? 今年の最高気温更新だったっけか?)

朝のニュースでやってた天気予報をぼんやり思い出す。

たしかに暑くなくちゃあ夏じゃないってのもあるけどせっかくの夏なんだから、どこかに出かけたくなるってのもあるよなぁ。

「……と、いうわけでやって来ました水族館!」

「瑛斗……誰に、言ってるの?」

「素に聞いて来るなよ……」

簪の冷静なツッコミを受けて苦笑する。

「すごい人の数だね。一応平日のはずだけど」

「あれだけテレビで告知していればこうもなるだろう」

その横ではシャルとラウラが人の多さについてコメント。

街にあった水族館『ウォーター・フロンティア』はつい最近までリニューアル工事をしていて、ついに昨日から新装オープンした水族館らしい。

街に詳しい女子たちから聞いた話では、相当大々的な改修だったらしく、ニュースで映っていた建物は以前のものの見る影も無いそうだ。

で、なんで俺たちがそんな水族館にいるかというと。

「まさか冗談半分で応募したのが当たるなんてね」

「うん……びっくり、した」

横で言われてしまった。そう、応募に当たったんだ。

水族館のホームページに、新装オープン記念とやらで、一枚で四人分のスペシャルチケットを抽選で百名様にプレゼントというものがあった。『当たったら行ってみるか』と軽いノリでそれに応募したら、まさかの当選を果たしたというわけだ。

「100人に入れるなんて、瑛斗凄い運がいいよね」

「まぁな。この俺にかかればこれくらいお茶の子さいさいってやつだ」

腕組んで、ドヤァ……。

「一番驚いてたやつが何を言っているのだ」

ラウラに毒づかれた。

「う……い、いいだろ別に。タダで水族館入れるんだからよ」

「それもそうだな。よし。では━━━━入るとしよう」

ラウラが先頭に立って歩き出すから俺たちもその後に続く。

「……あのね瑛斗」

「ん?」

シャルが小声で話しかけて来た。

「ここだけの話、ラウラ、瑛斗の次くらいに今日を楽しみにしてたんだよ」

「マジ? そんな風には全然━━━━」

「瑛斗! お前のチケットが無いとダメだそうだ! 早くしろ!」

いつの間にか、既にラウラは入場口の前にいた。 横で従業員らしい女の人が笑っている。

「ラウラ、目がキラキラしてる……」

「ね? 言ったでしょ?」

「みたいだな。ラウラ! 今行くからそんなあわてんなって!」

ラウラに急かされながらも、水族館の中に突入した。

 

 

「…………………」

リニューアルオープンした水族館『ウォーター・フロンティア』の入り口の付近で、女性が一人、口元に笑みを浮かべていた。

(いよいよね……)

右の手首に付けたブレスレットを見やり、胸中で思う。

(()()の仕事っぷりには驚嘆したけど、ああなったらお終いよ)

女は足を動かしてゲートの前に立ち、手に持った許可証を見せて水族館の中に入る。

「あ、どうも。今日は仕事ですか?」

 

途中で会った顔見知りの従業員に声をかけられた。

「えぇ。今日は一際頑張らないとね」

 

楽しみにしてますよ、との言葉に軽く会釈をして従業員と別れる。

(さぁてと、お仕事お仕事。どんな具合か、確かめなくっちゃね)

女は迷うことなく通路を進んで行く。

 

 

「おぉ………」

ラウラが興味津々で見ているのはクラゲの泳ぐ円筒形の水槽。

「見ろ嫁。ふわふわしてるぞ」

「ふわふわしてるな」

俺もその隣でクラゲを観察。

「可愛いねぇ」

「ミズクラゲ……」

シャルと簪も一緒になって、四人で水槽を囲むようにクラゲを鑑賞する。

「お、カクレクマノミだ」

次の水槽に移るとイソギンチャクの中から顔をのぞかせるオレンジ色の魚と目があった。

「はは、こっち見てやがる」

指で水槽をトンと叩くとクマノミはイソギンチャクの中に引っ込んだ。

「瑛斗瑛斗! ハリセンボンだって」

シャルのはしゃぐ声に顔を横に向ける。

小さなヒレを忙しく動かして泳ぐ小さい魚がいた。

「見て見て、すっごく可愛いよ」

「ああ。ちなみにこいつ、針はもとは鱗で、千本も無いらしいぜ。三五〇本とかそこらだそうだ」

「詳しいのだな」

「まぁな、ツクヨミで読んだ地球の生物図鑑に書いてあった」

「……膨らまないかな」

簪が目の前を泳ぐハリセンボンに人差し指を近づけた。

すると簪の期待通りハリセンボンは膨らんで体中の針を尖らせてきた。

「………♫」

満足気に笑う簪。

そこでアナウンスの声が響いた。

『間も無く、大水槽にてイワシのトルネードショーを始めます。ご覧になりたい方は大水槽の前にお越しください』

アナウンスが終わると、子供たちが一斉に大水槽の方に駆けていった。

「なんだろう、イワシのショーつってたけど」

その子どもを見送ってから三人に顔を向ける。

「面白そうだね、僕たちも行ってみようよ」

「行くぞ瑛斗。隊長命令だ」

「もうすぐ、始まる……」

満場一致で俺たちも大水槽に足を運ぶ。

前の方はすでに小さな子どもたちに占拠されていた。

大水槽ではいろいろな種類の生き物が悠然と泳いでいる。

「おわぁー、デカいエイだ」

「向こうにもおっきな魚がいるよ」

「あっち、サメもいる」

そしてその大水槽の中央を泳ぐイワシの群れ。

「何が起こるのだ?」

「見てればわかるさ」

『それではイワシのトルネードショーを始めます。みなさん大水槽の中央にご注目ください』

アナウンスに従って大水槽を見ると、上の方から餌らしきものが詰まったカゴが降りてきた。

すると中央にいたイワシの群れが一度分散してからグルグルと螺旋状に回りながらもう一度中央に集結した。

『おぉ〜っ!』

いたるところから感嘆の声が。かく言う俺たちも言ってるわけだが。

「見事な群体行動だな」

ラウラが目をキラキラさせて軍人目線な感想を言っていると、また分散したイワシたちが今度は三つの群れに別れて渦を作り出す。

イワシたちの体が光を反射させて輝いてとても綺麗だ。

それから数分間、イワシたちは様々なフォーメーションで俺たちを楽しませてくれた。

『以上でトルネードショーを終了いたします。ご観覧いただきありがとうございました』

アナウンスが聞こえて、パチパチと拍手が起こった。

「すごかったな。たくさんのイワシがぶわーって」

「綺麗だったね」

「いっぱい、泳いでた」

「嫁、早く次に行くぞ! まだまだ見たいものはたくさんあるのだ!」

すでに動き出している子供たちに遅れまいとばかりに、通路を進むラウラ。

「おいおい、そんな急ぐとはぐれるぞー」

「ラウラ、楽しそうだね」

『午後二時からは屋外ステージにてイルカショーを行います。今日限りのスペシャルステージですので、是非ご覧ください』

(今日限りのスペシャル? ハードル上がるな)

そんなことを思いつつ、ラウラに急かされながら次のブースに向かった。

水族館は正直すごく楽しかった。

 

いろんな魚を見れたし、触れ合いコーナーだかでちっこいサメに触ったりして、普通にはしゃいだ。

昼飯も食べて、ショーまではまだ時間があるから、フードコートの横のグッズ売り場で何か土産でも買おうという話になった。

「うわぁ、可愛いのがいっぱいだよぉ」

「サメの、ぬいぐるみ……」

「いろいろあんのな。ラウラはどれが……ってあれ?」

「どうしたの?」

「いや、ラウラがどっか行って………あ、いたいた」

店内を見回して、奥の方で何かをじっと見ているラウラを見つけた。

「何、見てるのかな……」

「さぁ? ラウラ、欲しいの見つけたの?」

「む、ああ。これだ」

ラウラが指差したのは、サメが頭に乗っかった30センチくらいのネコのぬいぐるみだった。

この水族館のマスコットのえーと、なんだったかな、確か『うみにゃん』だかなんだかだ。

しかし、問題が一つ。それがクレーンゲームの景品だということだ。

「あれが欲しい」

迷いない口調でそう仰る隊長どの。

「クレーンゲーム………」

「意外と難しそうだよ」

「ラウラ、クレーンゲームやったことは?」

「ない」

「薄々そんな気はしてたよ。とりあえず一回やってみれば?」

「うむ」

百円玉をコイン投入口に入れると、軽快な音楽が流れ始めて、手元のボタンが点滅する。

「右側のボタンで、左右……左側のボタンで、前後の動き………」

 

簪が簡単に説明する。

「なるほど。こうして……こうか!」

ラウラが指定したクレーンの位置はぬいぐるみの真上と、なかなかいいところだ。

ウィーン……ガシッ。

アームがぬいぐるみの頭を掴み、

ウィーン……

持ち上がった!

「すごいすごい!」

「いける! これいけるぞ!?」

「………ダメ」

俺とシャルとは反対に、簪は冷静だった。

ウィーン……ポロッ。

アームからぬいぐるみが落ちた。

「!」

すぐさまラウラがシュヴァルツェア・レーゲンの右手装甲を展開してAICでぬいぐるみの落下を止めた━━━━って、え!?

「ちょ!? ら、ラウラそれは!」

「なぜ落ちたのだ!? 確かに掴んだのだぞ!!」

「ラウラ! 気持ちはわかる! 気持ちはわかるけどそれはダメだ! っていうか何の解決にもなってないぞ!」

「……クレーンを引っ掛けるポイントが、甘かった」

冷静だね簪さん!!

なんとかラウラを説得して、泣く泣くAICを解除してもらった。近くに他の客がいなくて助かったぜ。

「くぅ……」

横になって倒れたぬいぐるみを見てガラスに手をついてガックリとうなだれるラウラ。

「いけそうだったんだけどなぁ」

シャルも残念そうにつぶやく。

やれやれ、ここは俺の出番のようだな。

「どら、ちょっとやらせてみろ」

チャリンと投入口に百円玉を投下する。

「瑛斗がやるの?」

「できるのか、嫁」

「俺を誰だと思ってんだよ。百名様に当たった激運の持ち主、桐野瑛斗さんだぞ? このくらい一発で取ってやるよ」

二分後。

「ふざけんなぁっ! なんだこのアームは! スルンってなって全然掴まなかったぞ! なめてんのか! バカにしてんのか!!」

「瑛斗落ち着いて! ビームソードはダメだよ!」

ビームソードで筐体を叩き切ろうとしている俺がシャルに止められているという現象が発生した。

「私の時とは明らかにアームの力が弱くなったように見えたが……?」

「ボタンを押すタイミングで、強弱がつくみたい……」

簪が操作ボタンの横の画面を指差す。

「レベル1って出てるけど……」

「多分、力のレベルだと、思う」

「最弱かよ。道理で掴めないわけだ」

「うーん、なんだか取らないと気が済まない感じがするよね」

「じゃあ、私━━━━やる」

 

おそらく一番こういったものに慣れてるであろう簪が操作ボタンの前に立った。

「頼むぞ簪!」

「頑張って!」

「うん……」

百円玉投下。そして音楽が流れ始める。

「……………」

まず左右の位置を決めるボタンを押して、次に前後の位置を決めるボタンを押す。

「レベルは…………今」

ポチッ、ウィーン………

全員で固唾を呑んでクレーンの動きを見守る。

目をやるとレベルの表示は9と出ていた。

ウィーン…ガシッ

「「「おぉ」」」

アームは見事、ぬいぐるみをホールドした。

「……………」

簪はまだ安心しないでじっとアームを見ている。

アームはそのまま移動を続ける。

落下ポイントまであともう少し!

ついにぬいぐるみを掴んだクレーンが落下ポイントの真上に来た!

「取った……!」

簪の勝利宣言の直後、悲劇は起きた。

ポロッ、ボン、ドサッ。

「……………」

「……………」

「……………」

あ、ありのまま、今、起こったことを話すぜ!

 

アームから離れたぬいぐるみが、落下ポイントの穴の枠に当たって、枠の横というとんでもない位置にきちまったんだ。

何を言ってるかはわかんねーと思うが━━━━

ガシャガシャガシャガシャッ!!

「………………」

「簪ぃ!? ミサイルはダメだ! ビームソードで斬りかかった俺が言うのもなんだけどミサイルはダメだぁ!」

右足の足元にミサイルラックをコールしている簪を思わず変な日本語で止める。

「どいて。このガラスを吹き飛ばすから……」

「それじゃあ中のぬいぐるみも無事じゃすまないよ!」

「私も簪に賛成だ。こうなった以上手段は選ばん」

「ラウラも乗っからない!」

「あなたたち!」

「「「「!?」」」」

やべ! ついに注意が!?

 

恐る恐る振り返ると、ウインドブレーカーを着た女の人が腰に手を当てて俺たちを見ていた。

「や、こ、これはアレです! このぬいぐるみが往生際悪くて!」

「か、簪ちゃん! とりあえずそれしまお? ね?」

シャルと二人でアワアワ取り繕っていると、

「ふーん……」

ボックスの中の状況を確認した女の人は、俺たちの前に立って百円玉を投入口になんの躊躇いもなく放り込んだ。

「あれ、取ればいいのね?」

「やめといた方がいいですよ? あのポジションじゃ誰にも……」

ウィーン……

って、言ったそばからクレーンが降下してやがるぞ。

「あ……良い位置………」

簪がつぶやく。

確かに良い位置なのかもしれないけど、このクレーンゲームはアームの強弱も決めなきゃいけない。

(どれ、パワーは……)

「って、マックス!?」

思わず声をあげてしまった。

「ここのクレーンゲームはやり慣れてるのよ」

女の人の声と同時にぬいぐるみが持ち上がり、吸い込まれるように見事に落下ポイントに落ちた。

「すげー!」

ぬいぐるみを手に取った女の人はふふん、と鼻をならした。

「はい。これ、欲しかったんでしょ?」

「え………」

受け取ったぬいぐるみを見てラウラが、っつか全員でキョトン。

「通りがけに見てたわ」

「そ、それって、最初からですか? ですよね?」

念のため聞いてみると、女の人はにっこり笑った。

「もちろん」

「ですよね……」

「取りたいって気持ちは分かるけど、ISなんて使っちゃダメよ。私だから良かったけど、お硬い人だったら大目玉よ?」

「「「す、すいません」」」

「あはは……」

「ん、素直でいいわね。君たち、IS学園の生徒さん? って、君がいる時点で確定よね。桐野瑛斗くん。ニュースで見たことあるわ」

「あ、はぁ……」

「私、日向海乃(ひなたうみの)っていうの。よろしくね」

「あの……」

 

珍しく簪が話を振った。

「何かしら?」

「さっき……やり慣れてるって言ってましたけど…………」

「ああ、そのこと。実は私ここに勤めてるの。休みの日も大体はここに来てるわ。だからこのクレーンゲームの特徴なんかも分かってるの。それに、このクレーンゲームをやるあなたたちを見てたら、なんか親近感がね」

「ここで働いてるって、なんかの生き物の世話とかですか?」

「うーん……ちょっと違うかな」

「と、言うと?」

「私、ショーをやる人なの。ほら、イルカやシャチにサイン出したりする人」

「へぇ! すごい人なんですね!」

「いやぁ、それほどでも」

シャルの言葉に日向さんは照れるように頭の後ろをポリポリ。

「もしかして、今日もショーに出演するんですか?」

「まぁね。もうすぐ始まるショーに出るわ。観たいなら早く行った方がいいわよ。もうステージに人が行き始めてるから」

時計を見ればあと三十分くらいでショーが始まる時間だった。

「まだ時間あるけど、いい席は早い者勝ちだからね」

「どうする? みんなお土産は選べたか?」

「僕は全然構わないよ」

「また、後で来ればいいから」

「私は目的が達成されたから満足だ」

シャルと簪は同意。ラウラも大事そうに抱えたぬいぐるみを持って頷いた。

「じゃあ、行くとするか。日向さん、でしたっけ。ありがとうございました」

「どういたしまして。それじゃあね」

日向さんはそう言って俺たちの前からいなくなった。

 

そんなわけで俺たちはお土産売り場を後にしてショーの会場に向かった。

 

 

たちが着いたころにはもう席が半分ほど埋まっていた。

「人がいっぱい入って来たよ。日向さんの言う通りにして正解だったね」

「うん。あと少し遅れてたら……座れなかった」

「もうそろそろ始まるみたいだ」

「楽しみだな。お?」

 

突然ドラムロールが鳴り響き、会場が一層どよめく。

「始まったぞ」

『ウォーター・フロンティアにお越しいただき、ありがとうございます。これよりウォーター・フロンティアリニューアル記念特別ショーを始めます』

至る所から拍手が出る。

舞台袖から人が出て来た。

「あ、日向さんだ」

シャルの言葉通り、ステージの真ん中にウェットスーツを着た日向さんの姿が見えた。

『みなさーん! こんにちはー!』

日向さんの呼びかけに小さな子供達が大声で答える。

『本日はウォーター・フロンティアリニューアル記念特別ショーにお越しいただき、ありがとうございます! 今日みなさんにショーをお見せする日向でございます! そして! もう一人の主役!!』

日向さんがホイッスルを鳴らすと、プールのような巨大水槽の中から、飛沫を飛ばしながら一頭のイルカが飛び出した。

『バンドウイルカのキューちゃんです!』

イルカの登場に拍手が起こる。

「嫁! 見たか今の!」

「あぁ。俺本物のイルカ見んの初めてだ!」

『さて! それでは早速始めたいと思います。キューちゃん、用意はいいかな?』

日向さんが問いかけると水面に頭を出していたキューちゃんはキュッ、キュッと鳴いて頭を上下に揺らした。

『それでは最初の演目です! まずはボールを使います!』

空中に宙ぶらりんにされた黄色いボールが現れる。

キューちゃんが水中に潜り、日向さんがホイッスルを吹く。

瞬間、水面を勢いよく飛んだキューちゃんがボールをその尾ひれで叩いてまた水中に潜った。

飛んだ瞬間に歓声が起こり、拍手が飛ぶ。

『さぁ! この調子でドンドン行きましょう!』

……

 

…………

 

………………

 

……………………

 

…………………………

 

ショーは大歓声のうちに終わった。

日が傾き始め、人の足も少なくなったころ。

「さぁーってと、そろそろ帰りますか」

ぐいっと伸びをして後ろの三人を見る。

「楽しかったね。また来たいよ」

「お土産、いっぱい……買った」

「あの日向という人にこのぬいぐるみの礼を言ってないが」

「まぁ、そう簡単に何度も会えないだろ。取り敢えずバス乗って駅まで行こうぜ。また来て会えたら礼を言おう」

「またチケットのプレゼントに応募しなくてはな」

「おう」

「二人とも、普通に来ることもできるんだよ」

と話していると早速バスが来た。

俺たちと同じように帰路につく客達が続々とバスに乗り込んでいく。

座席に座って窓の外を見た。

(ん……?)

何気なく振り返ってゲートを見ると、人が一人立ってこっちを見ていた。

(日向さん?)

一瞬そう思ったけど距離がありすぎて確信できなかった。

つか、考えて見ればあんなところにいるはずないか。

「瑛斗……」

「なんだ?」

「携帯、鳴ってる」

「え? あ、ホントだ」

取り出した携帯には着信があった。一夏からだ。

「もしもし?」

バスの中ってこともあるから、身をかがめてなるべく小声で応答した。

『あ、瑛斗か? 今どこ?』

「水族館から駅に向かうバスん中」

『おー、そう言えばそんなこと言ってたな』

「なかなかに楽しかったぜ」

『そいつはよかった。ところでさ、突然なんだけど今から五反田食堂来れるか?』

「五反田食堂? なんでまた?」

一夏に誘われて数回行ったことがあるから、駅からの道は大体憶えてる。行けないことはない。

『ちょっとえらい事になってな』

「えらい事? ……ちょっと待ってろ」

俺は一度携帯から顔を離して簪たちに声をかけた。

「なぁ、今から五反田食堂に来ないかって、一夏が」

「五反田食堂って、蘭ちゃんのところの?」

「ああ。なんかえらい事になってるんだと」

「えらい……こと?」

「何かあったのか?」

「いやぁ俺にはさっぱり。どうだ? 行く方向でいいかな?」

聞くと三人とも頷いた。

「じゃあ決まりだな。もしもし一夏? 今からそっち行く。待っててくれ」

『わかった。なるべく急いで来てくれるとありがたいんだけど』

「りょーかい。じゃな」

通話を終了して携帯をポケットにしまう。

「どうしたんだろうね?」

「さあ? でもそんなに焦ってなさそうだったから大したことじゃないと思うぞ」

五反田食堂に行くのが決定し、バスが駅に向かって発車する。

もう一度振り返る。

 

振り返ると、さっきの人影は消えていた。




はい。そんなわけで新章スタートです。前回の夏休み編とは違い、それなりに長い話になりそうです。お楽しみに。

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