IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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一つの戦いの終わり 〜または星に瞬く少女の願い〜

『……………つくづくお前には呆れさせられるな』

受話器の向こうから嘆息するような声が聞こえる。

『この事件はただの余興という拍子抜けも通り越してどうしようもないさっきのメッセージ映像も含めて、これまでのすべての映像は録画したもの…………世界はお前の玩具ではないんだぞ?』

「なはは。ごめんごめん」

束は作業アームに持たせた受話器から聞こえる千冬の小言に、自分なりに素直に謝った。

「いててて………」

額の絆創膏に触れるとピリッと痛みが走る。

『最初から、ISを消すつもりなどなかったんだろ?』

「まぁね。()()()()()()()それはできない」

 

『…………………』

 

「しかし箒ちゃんの成長っぷりには驚いたよ。《迦楼羅》に乗ったちーちゃんの戦闘データをフィードバックして調整した最新の『束さんの動きトレースシステム』で動かしてたゴーレムExに勝っちゃうんだもの」

束の前には、自分が現在着けているものとは別に、壊れてしまってうさ耳カチューシャのようなものが転がっていた。

ここは束の移動研究室。決して見つかることのない場所に存在している。

『よく言う。篠ノ之の負傷も含めて最初から想定の内だったんだろうが』

「ありゃりゃ、バレちった?」

おどけた風に言うと、ため息が聞こえた。

『まぁいい。それで、これからどうするんだ? お前はテロリスト一歩手前のことをしたんだ。また世界中から追われるぞ』

「今になって始まったことじゃないよ。それに、私のことは私が決めるからさ」

『相変わらずだなお前は』

「それはお互い様だよ。ちーちゃん」

『お前の方がよっぽど質が悪い』

その言葉に束は笑う。つられたような千冬の笑う声も聞こえた。

 

『だが安心したよ。お前はまだ━━━━(お前)なんだな』

その声音は、優しかった。

 

「……………ちーちゃん」

『なんだ』

「無理はしちゃ、ヤだよ?」

『お前の口からそんな言葉が聞けるとはな』

「それだけのことを、やろうとしてるんだよ。私たちは」

『ふん……もう切るぞ。これから忙しくなるんでな』

「うん」

束が頷くと通話は切れた。

「さてと………」

「あの……束さま………」

銀髪の少女が遠慮がちに物陰から顔だけ出てきた。

「おー、くーちゃん起きた? 調子はどう?」

「問題ありません。ただ……」

「何かな?」

「この、格好は……?」

頬を赤らめるくーの頭には、白くてフサフサなウサ耳が装着されていた。

「んふふー♫ 顔だけじゃなくて全身出してよー」

「うぅ……」

しかしその服装は、いや、服装と言ってよいものかどうかも疑問であるが。

「こんなの、恥ずかしいだけです……」

くーの透き通るような白い肌の身体を、純白のフリル付きエプロンが隠している。

 

しかも、その下には下着を身につけていない。

ようするに、うさ耳裸エプロンである。

ぎゅーっと裾を引っ張って下半身を隠そうとするくー。

「んー! やっぱりかわうぃー!」

束はくーに飛びついた。

「た、束さま!? やめてください!」

「うさ耳プラス裸エプロンなんて無敵な組み合わせだよー! バニーコスにしようか悩んだけどこっちが正解だねっ!」

「束さまメンテナンスの途中で装甲を外しましたよね!? 本当にやめてください! み、見えてしまいます!」

 

「やめないよくーちゃん。これは()()()()なんだから。勝手にリミッターを外そうとしたでしょ?」

頬ずりし続けながら束は話す。

「そ、それは……」

「あーれーはー、最後の最後! ちょぉちょぉちょぉピンチになった時に、私が許可してはじめて使えるんだからー、勝手に使っちゃダメダメだよー」

すりすりすりすりーっ。

「そっ、それについては!」

ぐいっと束を引き剥がしてくーは語勢を強めた。

「それについては、申し訳ありません……。か、髪を切られて、気が動転してしまいました……」

「髪?」

「桐野瑛斗さまに…」

「ああー。えっくんにか。だから片方だけ解けてたんだ」

「それで……カッとなって」

「それでリミッターを外そうとしたんだね?」

くーは無言で頷いた。

「まぁ、怒るのもわからないわけじゃないよ。でもねくーちゃん。私はくーちゃんのお母さんだからさ、くーちゃんが危ないのは嫌なんだよ?」

「はい。ですが……」

「?」

くーは片方だけ残った三つ編みに触れた。まだその黄金の目は開かれている。

「束さまが編んでくれた、三つ編みだったから……」

「くーちゃん………!」

束は、ぱぁっと笑顔を咲かせてまたくーに抱きついた。

「た、束さま?」

くーの腹部に顔をうずめて動かなくなった束。

「んもーっ! 可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いかーわーいーいー!!」

すりすりすりすりすりすりーっ。

「わっ、きゃはっ、く、くすぐったいですよ!」

「そんなカッコでそんな恥じらい顔でそんなこと言っちゃうなんて反則級だよ! 可愛いの極み!!」

「あうぅ……」

「よーし、じゃあくーちゃん。また編んであげる。おいで」

すりすり攻撃を終了させた束はくーの手を引いて歩き出した。

「……あの、そろそろ機能を通常モードに切り替えたいのですが……」

「だーめっ! 三つ編み編んでから!」

「な、なぜです?」

「自分の姿を見て恥ずかしがるくーちゃんを私が見たいから!」

「そんなぁ……」

「さぁさぁ愛でるよー愛でちゃいますよー!」

「落ち着いてください束さまぁー!」

くーの切実な叫びも虚しく、束はくーを引っ張ってこの場を後にした。

 

「だぁー疲れた。マジ疲れた」

ベッドに大の字で寝転がる。

「大変な一日だったね」

「へとへと……」

俺の言葉にシャルと簪が続き、俺が寝転がるベッドに腰を下ろす。

箒が俺たちのところに戻ってきたあと、映像で篠ノ之博士のメッセージが送られてきた。

内容は今回の無人機事件はドッキリだったことを伝えるもの。それだけ。

それだけ、って言い方するとアレだけど多分あのメッセージには世界中がポカンとしたことだろう。

そのあとは、怪我の手当と軽い取り調べと、恒例のみんなからの質問責めとめまぐるしく忙しかったが、どうにかこうにか落ち着いて今に至っているわけだ。

「しっかりしろ。お前たち」

ぐだってたら腕を組んだラウラが一喝してきた。

「代表候補生がこの程度でへこたれていては……」

「ラウラ、脚震えてるよ」

「………っ」

シャルの指摘にラウラが図星を突かれたように腕組みを解く。

起き上がって見てみればラウラの脚は小刻みに震えていた。

「ホントだ。ラウラの脚プルプル」

「そっ、そういう言い方はよせ」

「……おいで、ラウラ」

シャルが自分のところに来るように手招きした。

「……………うむ」

素直に従ってシャルの膝の上に乗るあたり、ラウラも疲れてるんだろう。

「三人とも、わざわざ俺のとこに来る必要なかったんだぜ? 疲れただろう?」

「瑛斗が、心配だから………」

「平気だよ。血も止まった。ISスーツも新しいの送ってくれるってエリナさんも言って……………簪?」

簪が、じーっと俺を見つめていた。

「……………」

「ど、どうしたんだよ?」

「いちゃ、ダメ……?」

「だ、ダメってこたぁないけどさ」

そう、まじまじと見つめられると………

「二人とも、しーっ」

シャルが俺たちの方を向いた。人差し指を口元に当ててる。

「「?」」

「ラウラが寝ちゃったんだ」

「すー……すー……」

シャルにその身体を預けるようにして、ラウラは静かな寝息を立てていた。

「シャルロットの膝に乗って………何分も経ってない」

「仕方ないさ。顔には見せてないけど、俺たちと同じくらいには疲れてるはずだし」

「うん……」

「だね。僕も━━━━ふぁ……僕も眠くなってきちゃった」

「部屋まで送ろうか?」

欠伸混じりのシャルにラウラを起こさないように囁いた。

「えぇ?!」

なんで顏赤くすんの?

「や、や〜! そそそそんな、でっ、でも、勢いでそのまま……!」

「シャルも疲れてるだろ? だからラウラは俺が運んでやるよ」

「…………………」

シャル、なんでがっかりした顏してんの?

…………ぎりっ。

「痛い痛い痛い痛い。何すんだよ簪。腕をつねらないでくれ」

「………………」

つねられた上に無言のプレッシャー。理不尽だ。

「こほん……じゃ、じゃあ瑛斗のお言葉に甘えようかな。お願い出来る?」

「ああ。任せとけって」

ラウラをそっと抱きかかえて、お姫様だっこする。

「相変わらず軽いな。ラウラ」

いつぞやのことを思い出す。あの時はコイツがいきなり暴れ出して、それを抑える為にやったんだよな。

「………………いいなぁ………」

「ん?」

「え? ああ、なんでもないなんでもない! ど、ドア開けるね」

いそいそとドアを開けるシャルに首を捻りつつも、ラウラを抱えて部屋を出る。簪も俺たちの後を追って出てきた。

 

「じゃあ私は、こっち、だから……」

 

「ああ。簪もお疲れ」

 

「……うん」

簪は俺たちと反対方向に歩いていった。

 

「瑛斗、僕たちも行こう」

 

「ん、そうだな」

 

シャルに促されて、俺も歩き出す。

 

「でも、篠ノ之博士にも困ったもんだよな。あんだけの大事をしておて、ドッキリって」

「そうだね。おかげで僕たちてんやわんやだったよ」

「《G-soul》も《セフィロト》も、一度メンテしなきゃいけなくなっちまったよ」

「僕も。武器と装甲がいくらかやられちゃった」

「よかったら、俺が診てやろうか?」

「ほ、ホント!?」

わっ、バカ!

「…………」

「…………」

シャルもすぐに理解して自分で口を押さえた。

「んにゅ……」

「……………!」

「……………!」

腕の中でラウラが動いた。

「ん〜…よめぇ…………」

寝言を言っただけみたいだ。またすやすやと寝息を立て始める。

「シャル、しーっ……!」

「わ、わかってるよぉ……」

改めて細心の注意を払って通路を進んでなんとか二人の部屋に到着した。

「瑛斗、そーっとだよ。そーっと」

「わ、わかってる。そーっとな」

そしてラウラを無事ベッドに寝かせることができた。

「ふぅ。最後の最後で中々スリリングだったな」

「ありがとう瑛斗。そ、それで、メンテナンスの事なんだけど、お、お願いできる、かな?」

「おお。もちろん。しっかりメンテしてやるよ」

「うんっ♪」

「よし、じゃあ寝るとするかな。鈴とセシリアはまだ帰って来てないようだが、明日にはいるだろ」

「二人とも今日の午前中を最後に会ってないもんね」

「迷子になってまだ海のど真ん中にいたりしてな」

「あはは、まさかぁ」

「はは、だよなぁ。じゃ、おやすみ」

「うん。おやすみ瑛斗。また明日」

ほんの少しおしゃべりしてから部屋を出た。

 

「………………ん?」

部屋に戻ると、簪が俺の部屋のドアに寄りかかっていた。

「簪? 部屋に戻ったんじゃないのか?」

「うん……もう、戻る。でも………その前に瑛斗に、言いたいことが、あるの」

簪が距離を詰めてきた。爪先が触れ合いそうになるくらい近い。

「その………お礼、言いたくて」

「お礼? なんか礼を言われるようなことしたか俺?」

「あの時……手、伸ばしてくれた………」

手を伸ばした? はて………。

 

「………あ。もしかして、あの網に捕まって散り散りにされた時か?」

 

「うん」

どうやら正解みたいだ。簪は首を小さく上下させた。

 

「それで、お礼を言いに?」

 

もう一度頷く。その顔はほんの少し赤くなっている。

 

「本当は、今日、あの時会えたその時に言いたかったけれど……」

「そんなのいいって。だって当然だろ?」

「え……?」

「お前だけ一人で連れてかれたんだ。心配なのは当たり前だ」

「でも、言ってなかったから、だから……お礼………言いたかったから………」

「……そうか。じゃあ、どういたしまして、だな」

「うん。あ、あのねっ、それでっ、その………」

 

「?」

 

「瑛斗……横、向いて?」

 

「横って、こうか?」

 

謎の指示に従って窓の方を向く。

 

「う、動かないで、ね?」

 

「お、おう?」

 

なんだ? ビンタでもされるのか? 闘魂注入されるのか!?

 

よくわからないけど、とりあえず歯を食いしばった。

 

「…………………」

 

ふわりと、シャンプーの匂いが鼻をくすぐる。

ちゅっ

 

一秒後、そんな音と同時に、柔らかい何かが俺の頬と触れ合った。

 

「………!?」

 

「じゃあ……おやすみ、なさいっ……!」

「あ、ああ……おやすみ…………」

ほとんどうわごとのように返事をして、駆け足で曲がり角に消える簪を見届けた。

 

……今、簪の顔がすごく近くにあった気がした。

 

至近距離の顔。頬に柔らかい感覚。

 

この二つから導き出される結論は━━━━!

 

「……っ!」

 

(か、簪のやつ……! あいつまで何を!?)

 

頭に血が上っていくのがわかる。

 

いかんいかん。ただでさえ疲れてるのに、さらなる追い打ちなんて許されませんよ。

 

深呼吸して、部屋に入る。

 

……そしてベッドにダーイブ。

ドサッ

「うごぉぉぉ……」

き、傷に地味に響いた……!

 

だが、よし。傷の痛みで落ち着くことができた。

 

(……そういや、一夏はまだ戻ってこないな)

隣の空のベッドに目を向ける。時計を見れば、消灯時間まであと30分ほどだった。

(考えてみりゃあ、不可解な現象だぜ)

 

睡魔と闘いながらぼんやりと考える。

あの時、二機の無人機のミサイルを叩き落としたあの時だ。

突然光が現れたと思ったら、その中から一夏と箒が出て来たあの現象。

俺の知る限りでは箒は動けないほどの重傷で、一夏も待機命令を受けてこのホテルの建物の中にいたはずだ。

それなのに箒は傷も綺麗さっぱり消えて、ピンピンしてやがった。余談だけど箒の無事に安心した鷹月さんは号泣していた。

(二人があの場に出現できたその理由………)

「瞬間移動…………」

口を突いて出た単語は、妙な説得力を持っていた。

あの現象はそう言う他言い方がないんだ。

だけどそれを決定づける為の証拠が見当たらない。

「ISには、まだまだ謎が隠されてるってことか……」

今は考えるのはやめておこう。限界だ。眠い。

(一夏には悪いが、先に寝るとするか……)

結局、わかったことは俺も研究者としてはまだまだ。ということ。

そう心の中で締めくくって、俺は照明を落として睡魔に白旗を揚げた。

 

「じゃあ、私たちも行くとしますか」

ホテルの入り口手前で、腰に手をあてて言うエリナ。

「えぇー? もう行くのー?」

それに口を尖らせるナターシャ。

「旅行に来たんじゃないの。やることやったんだから、あとは帰るだけよ。IS学園の人たちに迷惑かけるわけにはいかないわ」

「やることやったんだから休んだってバチは当たらないと思うんだけど」

「……………」

ドスッ

「うぐっ!?」

ナターシャが呻くような声をあげた。

エリスがナターシャの右の太腿あたりを親指でグイグイと押したのだ。

「あらあら? 骨折が治って間もない脚をまたヤっちゃいたいの? ナタルは」

蒼白な顔のナターシャに対してエリナは暗黒微笑(スマイル)である。

「あなたねぇ……!」

そこにダリルが駆け足でやって来た。

「ファイルスさん、近くの軍基地と連絡取れまし……大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫大丈夫……。 それで、あちらさんなんて?」

「空軍の航空輸送機を使って日本時間で明日の朝8時に日本を出発しろと……」

「そっちじゃなくてー、私が聞きたいのはー」

ナターシャの言葉に、ダリルはやれやれと言った風に肩を落とした。

「………明日の朝まで自由行動の許可、降りました」

「やった! さすがダリルちゃん! 単独出撃の責任はチャラにしてあげる!」

ナターシャの表情が華やぐ。

「ダリルちゃん、まさか……」

ダリルはエリナに申し訳ないです、と苦笑い。

「ナタル……新人の子に何やらせてるのよ」

「気にしない気にしない!」

「すいません。アメリカ国家代表との訓練は、命がいくつあっても足りないんです……」

「あぁ、彼女ね………」

エリナはアメリカ国家代表のイーリス・コーリングの姿を思い浮かべた。

「本当に失神するまでしごくからね。イーリは」

「すごいのよダリルちゃんは。初めてのイーリの訓練で脱落者続出の中たった一人耐え切ってみせたんだから」

「それ本当?」

「本当よ。後にも先にもこの子だけよ。きっと」

「その後ぶっ倒れましたけどね」

困ったように笑うダリルを見ながら、エリナは思った。

(この子、新人のはずよね……なのにイーリの訓練に耐え切るなんてなんて、中々素質あるわ)

「ねっ? 時間もあるんだし、いいでしょ?」

腕にナターシャに抱きつかれて、エリナは数秒考えたあと諦めたようにため息をついた。

「……わかったわ。でも、飲み過ぎはダメだからね」

「あはっ! エリー大好きっ!」

そしてナターシャはエリナを連れて回れ右をしてホテルの中に入って行った。

「やれやれ……」

ダリルはどっと息を吐いた。

「先輩!」

「ん?」

するとナターシャたちとすれ違うようにして、フォルテがダリルのもとへ駆け寄って来た。

「先輩。今日はお疲れ様っす」

「あ、ああ。お疲れ」

「あの……えっと…………」

しかしフォルテはそれ以上言わずにもじもじしている。

代わりに、あとからやって来た楯無が言った。

「私たち、もう行かなきゃいけないんです。だから挨拶をと」

お忙しいみたいですね、とも添える。

「本当は、その、ゆっくりお話したかったすけど……」

「フォルテ………ごめんな。忙しくて━━━━」

「ダリルちゃーん!」

ナターシャがエリナの肩越しにダリルを呼んだ。

「これ命令ねー。明日の朝まで自由に行動しなさい。ただし、時間厳守よー?」

「え……? 」

「じゃ、そういうことだから。行くわよエリー」

「ふふ……はいはい」

ナターシャはエリナと共にホテルの奥へ消えて行った。

「…………」

二人を見送ってからフォルテと楯無を見る。フォルテはきょとんとして、楯無は楽しそうに微笑んでいた。

(……やれやれ)

胸中でもう一度呟いて、ダリルは口を開く。

「……っつーことらしい。フォルテ、楯無。行くとこもないし暇だから一緒に行っていいか?」

フォルテがダリルに抱きついた時、

(そう言えば、今頃あの二人はどうしてるかしら)

楯無はこの周辺にいるであろう、あの二人を思いを馳せていた。

 

川のせせらぎが夜空に吸い込まれるように静かに響き渡る。

夏だというのに暑さは鳴りを潜めていた。

水面に写る自分の目と視線を合わせていると、

「箒」

名前を呼ぶ声と河原の砂利を踏む音がした。

一夏だ。

「どうした? わざわざこんなところに呼びだして」

二人がいるのは、昨日束に遭遇し連れてこられた河原の近くだ。

「すまない。誰もいない場所が、ここくらいしか見当たらなかったんだ」

もう一度水面に目をやる。不安気な表情がそこにいた。

「何にしても、よかったよ。お前が無事で。鷹月さんが泣いてたぞ。あんまりルームメイトを泣かすなよ?」

一夏は箒の隣に立つ。

 

「……………………」

「どうした? 具合悪いのか?」

「……なぁ、一夏」

「ん?」

「た、助けてっ、くてれ、あ、ありがとう……」

「え?」

我ながら噛みまくりだ、箒は心中で笑った。

「お前が助けてくれなかったら、私は……この川に沈んで、死んでいた」

箒の言葉に一夏は体をピクリと少し動かした。

「姉さんが何のためにこんな事をしたのか私にはわからない。だが、そんなのはどうでもいいんだ。お前が助けてくれただけで、私は十分……」

無意識に自嘲気味の笑いが零れた。

「お前には助けられてばかりだ。その点私はお前を助けることもできず…………情けない」

 

一夏の顔が見れない。

見ることができない。

「すまない。こんなことを話すために呼んだわけではないんだ」

「箒」

名前を呼ばれ、肩を掴まれた。

「いっ……一夏?」

その目は、静かに、だがまっすぐにこちらに向けられている。

心臓の音が恥ずかしいくらいに大きくなる。

そして、無言のまま、一夏は右手を箒の顔に近づけ━━━━

 

ぺしっ。

「あいたっ」

デコピンされた。

「な、何をする!?」

「うるさい。俺の話を聞け」

「え……は、はい」

思わず敬語になってしまった。

「箒、そうやって自分を必要以上に追い込むんじゃない。確かに俺はお前に自信過剰と独断専行を控えるよう言ったよ。でも、そういうのも許せない」

 

「一夏……」

力強く言われて、箒は何も言えなくなっていた。

「箒は自分に厳しい。それはいい。けど厳し過ぎるんだよ。それじゃあいつか潰れちまう。それに俺は、お前に何度も助けてもらってる」

「一夏………」

「お前がいなかったらどうしようもなかったことだってあった。きっとこれからもたくさんある。だから、箒は情けなくなんかない」

一夏の言葉の一つ一つが染み込んでいく。

「お前のことは俺が助ける。だからこれからも、俺を助けてくれよ」

「………………………」

なぜかわからないが、視界が滲んだ。

「な、なんで泣くんだよ」

「うっ、うるさいっ。見るな馬鹿者!」

言いようのない感情を誤魔化すために背中を向けていつも接するような口調で言い放つ。

(お前は……ずるいぞ)

安心した。なぜかわからない。でも、安心した。

拭うと涙はすぐに止まった。

もう一度振り返る。

「あ、そうだ。俺、お前に渡すものがあったんだよ」

そう言って上着のポケットを漁って、一つの小さなラッピングされた紙袋を差し出してきた。

「開けてみろ」

紙袋の中から出てきたものが、月光にキラリと反射した。

「これは……?」

小さな椿の華のレリーフが付いたネックレスだった。

「誕生日プレゼント。お前のな」

「あ………」

自分で忘れていた。そうだ。今日は誕生日だ。

一夏との二人きりの時間を望んだ誕生日。期せずしてその願いは叶っていた。

「何がいいか俺なりに考えて探し回って見つけたんだ。箒はあんまり派手なの苦手だろ? だからこれくらいなら喜んでくれるかなって」

「……………」

「箒?」

「つ、つけてみても、いいか?」

「もちろん。あ、俺がつけてやるよ」

一夏が箒の首の後ろに手を回してネックレスをつけた。

「ど……どう、だ?」

「予想通り。いや、それ以上に似合ってる。瑛斗じゃないがドヤ顔したくなるな」

満足気に頷く一夏。

今なら、すんなりと言える気がした。

「ありがとう。一夏」

ほら、言えた。

「はは、今度は噛まないのな」

「なっ、ちゃ、茶化すな!」

「ごめんごめん。さてと、戻ろうぜ。俺もお前もこれ以上ここにいたら先生たちに何言われるかわからねぇ」

「あ、あぁ。わかった」

一歩目を踏み出したところで、ふと思った。

(もしかして……今なら)

思ってから行動に移すまで二秒とかからなかった。

「い、一夏!」

「ん? なんだ?」

「わたっ━━━━」

『私はお前が好きだ!』と言おうとして、砂利に足を取られてしまった。

よろよろとふらついて、

「おっと」

一夏の胸に収まった。

「だ、大丈夫か?」

「あ……あぁ」

「気をつけろよ、足元暗いんだからさ」

しょうがないな、という風に笑う一夏の顔がすぐそばにあった。

両手を握られている。一夏の体温が伝わってくる。

「…………」

「立てるか?」

「……あ、も、問題ない」

一夏の右手が離れる。

そして左手も離れそうになった。

「ま、待ってくれ」

「ん?」

「その……このままで、いい。手を繋いでおいてくれないか?」

「? 別にいいぞ」

それなりな勇気を出して言ってみると、あっさり了承された。

離れかけた手が、また繋がる。

「じゃ、行くか」

一夏が箒の手を引いて歩き出そうとした時だった。

「一夏ああああああああああ!!」

「一夏さああああああああん!!」

大声で一夏を呼ぶ声がした。

見上げると《甲龍》を展開した鈴と《ブルー・ティアーズ》を展開したセシリアが下降してきていた。

河原に降り立った二人は、そこで力尽きたように展開を解除してへたり込んだ。

「や、やっと帰ってこれましたわ! まったく、鈴さんが地図を逆さにして見なかったらもっと早く来れたでしょうに」

「うるさいなぁ。悪かったわよ。でもアンタがそのままの向きで渡してくるせいもあるんだからねっ!」

「まぁ! ここに来て責任転嫁ですの!?」

「何よ! よかったじゃない! ダメもとで試したコア・ネットワークが復旧してて一夏の白式の信号キャッチできたんだから━━━━って、そうだ一夏!」

二人の視線が一夏にぶつかる。

そしてその視線が、少し下、繋がれた手に落ちた。

「…………………」

「…………………」

ゆらり、と近寄って来る幽鬼×2。

「よ、よぉ二人とも……無事でなにより………」

「一夏ぁ……アンタ、なにやってんの…………?」

「こんな夜に、若い男女が二人で外に……ふふ、いけませんわねぇ………!!」

二人の目が完全にやばい感じになった。

「 や、やばい! なんかやばい! 箒! 逃げるぞ!!」

「や、あ、ちょっ!?」

力強く手を引かれ、二人は駆け出す。

「まぁーてぇー!! いーちかぁーっ!!」

「お待ちなさーい!!」

その後ろを追う鈴とセシリア。鈴は甲龍の右腕と牙月の分割した一本を持っている。

「待てと言われて待つ奴がいるかぁーっ!」

悲鳴に近い叫びをあげて駆ける一夏。しかし箒の手はしっかり握ったまま。

(…………………)

 

またうやむやになってしまったな、と箒はほんの一瞬だけ考えた。

でも、今はこれでいいかな、とも思った。

(いつか……必ず………)

 

いつか。でもそのいつかは近ければいいな。

箒は強くそう願い、一夏とともに夜の森を駆け抜けた。

 

 

翌日、ほとんどの新聞の朝刊は束による行動についての記事が一面を飾っていた。

しかしその内容はどの記事も数少ない公開された写真を貼り付けてその写真から予想されるその時の状況や各国家が支援を行った旨を伝えるに過ぎず、一つとして真相に近づいたものはなかった。

無事に学園に帰還した生徒たち━━━━特に実際に戦闘を行った専用機持ちたちには、取材をしたいという電話が殺到。学園側はそれに対応するのに苦心した。

世界の無事を喜ぶ者。

 

ISの存在を危惧する者。

 

前者の方が数は圧倒的に多い。

世界は安堵の息を吐いていた。

故に、誰も気づかない━━━━。

気づくはずもない━━━━。

その裏で起こった、ある裏切り者たちへの粛清があったことになど━━━━。




はい。そんなわけで臨海学校編終了です。箒と一夏の距離は進んだでしょうか。

次回から二回目の夏休み編です。以前の夏休み編とは違い、少し長い予定です。瑛斗の秘密が明かされたり明かされなかっりします。必見です。

それでは次回もお楽しみに!

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