IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
無人機によるミサイル一斉射の直後、一夏と箒が光の中から現れた。
二人が身に纏う白式第二形態《雪羅》と紅椿は溢れだすエネルギーによって神々しく輝いている。
一夏の握る《零落白夜》を発動させた雪片弐型は今まで見たことがないほど強力なエネルギー刃を顕現していた。
「━━━━━━━━」
「━━━━━━━━」
攻撃を阻止された二機の無人機は、目の前に突如現れた新手の敵に攻撃を仕掛ける。
「……………」
「……………」
「━━━━!」
「━━━━!」
一瞬の出来事。
何が起きたのか分からなかった。
いつの間にか、一夏と箒は無人機の横を通り過ぎていた。
直後に無人機の身体に十字の亀裂が走り、爆発が起こる。
解けている箒の長い髪が、風に躍った。
「すごい………!」
普段なら分析しているところだけど二人の姿に魅入ってしまってこういうのが精いっぱいだった。
一夏たちは後ろの爆発や俺なんかには目もくれず、遠くを見ている。
二人の目はとても澄んでいた。
自信だとか、覚悟だとかじゃなくて、もっと別の何かがその瞳に宿っている。
まるで、
「一夏! 箒! ラウラ達が危ないんだ!!」
俺が叫ぶと、二人は返事をすることなくまた二つの光になった。
白い光と紅い光が超高速で黒い群れに飛び込んでいく。
それは雷みたい無人機の合間を駆け抜けて、瞬く間に三十機以上いたはずの無人機を連鎖爆発させた。
「…………………」
「…………………」
輝きが消えて、二人の姿をまた確認することができた。
零落白夜が消えて、雪片のブレードの位置が元に戻る。
すると二人ともハッとしたように声を上げた。
「……あれ?」
「こ、ここは?」
きょろきょろと周りを見渡している二人に俺は満身創痍のセフィロトで近づく。
「一夏! 箒! すごいな! 今のどうやってやったんだ!?」
機体も身体もボロボロだけど、気持ちは興奮したままだった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
一夏が手で俺を制してきた。
「?」
「俺……というか俺たち、なんでこんなところにいるんだ? しかもIS展開してるし、俺は雪羅だし」
「………え?」
「私も、状況が把握できないのだが……」
「な、何言ってんだよ。お前たちが今、そこら中にいたゴーレムを全部叩き落としたんじゃねぇか」
「私と、一夏が……?」
いきなり全然噛み合わない会話をされて、互いに混乱していると、ラウラたちがやって来た。
「お兄ちゃん!」
「マドカ……」
「すごいよ! あんなにいた無人機をばばばーって!」
「お、おお」
一夏は曖昧な返事をする。
「そうだ! 箒! お前怪我は!?」
思い出した一夏が、箒の両の肩を掴む。
「け、怪我? …………あ」
箒も理解したようで、腹部をさすった。
「そうだ……。私は、あの無人機に…………」
「今更だけど、大丈夫なのか?」
「箒ちゃん、怪我してたの?」
「違うんです楯無さん。そんな軽い感じじゃなくて、もっと凄い怪我を………」
「す、少し待っていてくれ」
箒は一度俺たちから離れた。どうやら自分の目で傷を確認するようだ。
「シャル、コアバイパスを頼めるか? セフィロトがもうもたないんだ」
「あ、う、うん。でも、回復量はそんなにないよ? 僕のラファールもギリギリで」
「構わない。気休めでも十分だ」
右腕を元に戻してシャルに手を伸ばす。
シャルの手が触れると、僅かながらエネルギーが回復した。
「助かった。ありがとう」
「どういたしまして」
「………無い。傷など全く無かったぞ」
戻ってきた箒は自分でも信じられないようにそう言った。
「マジかよ。一日やそこらで治る傷じゃなかっただろ?」
「わ、私が知るわけないだろ」
「なぁ、今はそんなこと議論している場合じゃねーんじゃねえか?」
ダリル先輩が頭を掻きながらぼやいた。
「私ら途中合流組はなにがあったか知らねーけどよ。一応は戦力増加ってことでいいんだよな?」
「どう? 二人とも、戦えそう?」
シャルの問いかけに二人とも困惑しながらも頷いた。
「ああ。一応」
「私も問題ないが………いったい何が起こっている? まさか、夢の中なのか?」
「紛うことなく現実だ。時間がない。要点だけ話す」
ラウラが箒に説明した。昨日の夜、博士が世界中のISコアを破壊させようと動き出したこと。
無人機が世界中にばらまかれたこと。
そして━━━━無人機が束さんの造り上げたもの。ということを。
「姉さんが……そんな………」
「ショックなのはわかる。だけど、今は束さんを止めるのが先だ」
一夏が箒に語りかける。
そこでセフィロトのディスプレイが勝手に開いた。
見れば俺だけじゃゃなくて、ここにいる全員のが一斉にだった。
『イェーイ! みんなのってるかーい!? 束さんインフォメーションの時間だよー!』
「姉さん!?」
箒が映像の向こうにいる人物の名を呼ぶ。くーと戦っていた時とは違って、最初から束さんが画面の中にいた。
『ここでみんなにすんばらすぃーお知らせだよ! なんと! 無人機の数が残り一機となりました! 拍手!』
パチパチパチパチと手を叩く博士は実に楽しそうに話している。
『みんなすごいね。束さんの予想を上回る速さだよ。でも、運が悪かったね。システムを持っている機体を最後の一機にしちゃうなんて。はっきり言ってそう簡単には見つからないよ』
システムを持った一機……いったいどこにいるんだ。
『でもでも、残り六時間くらいあるし。そんなに長いこと探し回って、見つかりませんでしたっていうオチじゃつまんないよね。んー……よしっ! 決めた!』
博士がパチンと指を鳴らすと音もなく大きな日本列島の地図が現れた。
『今からこの日本地図にダーツを一本投げるよ。そこに最後の1機の無人機を向かわせまーす! 《日本列島ゴーレムの旅》! なんちゃって!』
手にはピンク色のダーツが握られていた。
『いっくよー! えいや!』
博士が投げたダーツは、日本列島の陸の部分、本州の真ん中に当たった。
『はーい、それじゃあここ! ここにラストの無人機が行くよ! 頑張ってねー!』
そして映像は消えた。
「………無茶苦茶だな、ホント」
「そう……すね」
「んー、あの投げ方は素人ね」
「ナタル、重要なのはそこじゃないわよ。どこなのかってことよ」
エリナさんの言うとおりだ。重要なのは投げ方なんかじゃない。
「私に言われても、そんなのすぐにはわからないわ」
「む?」
ラウラが何かに反応して上を見た。
「ラウラ? どうしたの?」
「…………ふっ」
突然ラウラが薄く笑った。
「篠ノ之博士のコントロールは、天才的だな」
━━━━ゴォォォォッ!!
轟音が大気を震わせた。
「!?」
視界の端を黒い塊が通り過ぎた。
「うわっ!」
衝撃に煽られてバランスが崩れる。
「ま、まさか…!?」
「……………」
排熱音とスチームが十数メートル先で広がる。スチームが風に流されて消えると、その姿がはっきり見えた。
真っ黒なボディカラー。
頭頂部から垂れる無数のエネルギーケーブル。
そして、
来やがった。よりによって、俺たちの前に。
「《ゴーレム
箒の口にしたその言葉が、この無人機の名前なんだと直感した。
『……機ハ熟シタ』
機械音声が聞こえる。
『……世界ノ命運ヲ決スル時ガ来タ』
その腕に握られた四本の刀が、茜の日を受けて、鈍く、しかし攻撃的な光を反射させる。
『……サァ、私ノ相手ハ誰ダ』
「やる気みたいっすよ!」
フォルテ先輩の言葉に、武器を構える。
「……待ってくれ」
箒が俺たちの前に出た。
「箒?」
「みんな……この無人機は、私一人でやる」
「バカ言うな! お前、コイツにあんな風にされたの忘れたのか!?」
俺は思わず怒鳴ってしまった。
「無茶だよ箒!」
「一人じゃ……危ない」
「勝てる確証はあるのか?」
続いてシャル、簪、ラウラも反対する。
「箒……」
一夏が箒に何か言おうとした。しかし箒はそれを遮るように口を開く。
「一夏、お前は去年の臨海学校で、私に『自信過剰と独断専行を控えろ』と言ったな。だが、これが姉さんの行いというなら、私が始末をつけなければならない。これは、私たち『姉妹』の問題なんだ。私自身の手でけじめをつけたい」
「……………」
一夏は何も言わない。ただ、ジッと箒の目を見つめている。
「………………」
箒も、逸らすことなく一夏を見据える。
「………………わかった」
「お兄ちゃん!?」
「いいんすか織斑!?」
マドカとフォルテ先輩が声を荒げる。
「でも、一つだけ約束だ」
一夏は告げた。
「勝て。絶対に勝って━━━━戻ってこい」
「………!」
箒は力強く頷くと、ゴーレムExに向き直った。
「聞いての通りだ。お前と私、一対一の再戦だ」
『良イダロウ………』
ゴーレムExはまた上空に飛んでいく。
「…………」
箒もそれに追従するために上を向いた。
「箒!」
一夏が箒を呼び止めた。
「ほら」
一夏の手には、箒がいつもしている白いリボンが。
「白式の拡張領域の中に入ってた。空きなんて無いはずなのに、なんでか知らないけど。でも持ってけよ」
「ああ、すまんな」
箒はリボンを受け取ると、自分の髪を結った。
「……うん。やっぱり似合ってるよ」
「ありがとう。では、行ってくる」
「おう」
僅かに笑って、箒はゴーレムExの後を追って空を昇っていく。
俺は腰に手をあてて、箒を見送りながら一夏に尋ねた。
「……一夏。危なくなったらもちろん助けに行くよな?」
「いや。行かない。ここで待つ」
「おま……!? 何考えてんだよ!」
「箒が勝つこと」
「ふざけんな! また箒が━━━━」
掴みかかって一夏の顔を俺の方に向かせる。
「…………」
その目は、まったく曇っていなかった。ついさっき見た目と同じで、迷いがない。このバカは、箒が勝つことを心の底から信じて疑ってない。
(なんて目をするんだ、コイツは……)
いつか鈴が蘭の目をどうこう言っていたが、多分こういうことなんだろう。
「…………そこまで言うなら、俺も待ってやるよ」
「瑛斗!?」
「私も待つわ」
「お姉ちゃん……」
「一夏くんが信じて送り出した箒ちゃんだもの。私もそれを信じてみるわ」
「待つっきゃない空気かな、こりゃ」
「みたいっすね」
「どうする? エリー?」
「決まってるわ。……ここで待つのよ」
「ん。了解♪」
俺たちは箒の勝利を信じ、待つことにした。
すでに相当な高度にいるらしく、箒の姿は完全に黄昏の空に消えていた。
◆
箒は雲より高い位置まで来ていた。
先行し待ち構えていた最後の無人機━━━━《ゴーレムEx》と高度を合わせる。
『…………ソノ目、何カヲ振リ切ッタ目ダ』
「………………」
『アノ負傷デマダ動ケルトハ、驚キダナ』
「闘いに長話は不要と言ったのは、どこの誰だ?」
『……ソウダナ』
ゴーレムExは四本の腕の四本の刀の切っ先を箒に向けた。
「……………」
箒も、その手に空裂と雨月を構える。
『此ノ闘イ、一瞬ニシテ勝敗ハ決スル。心シロ』
「こちらとてそのつもりだ。貴様の顔は見飽きている」
『……………』
「……………」
睨み合いが続く。
さながら居合のタイミングを計る侍のように。
そして━━━━━━━━風が吹いた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『……………………………!』
瞬間、鋼がぶつかり合う音が空を震わせる。
手数ではゴーレムExが有利だった。たとえ両腕の斬撃を防げても、背中の刀の斬撃が襲い掛かってくる。
「紅椿っ!!」
箒が叫ぶと、肩の展開装甲が開き、何かが飛び出した。
ビームの刃がゴーレムExの背中の刀を抑え込み、さらに背中の右腕を切り裂いた。爆発が起きてゴーレムExの背中の右腕が吹き飛ぶ。
「斬撃ビット《
箒の周りには、ビーム刃を露わにしたビットが飛び回っている。
『………………』
ゴーレムExは怯むことなく箒に猛然と突進。
迎え撃つ斬鶴がゴーレムExに殺到する。
しかしゴーレムExは体にダメージを受けても箒に驀進。対する箒も刀を振り上げ、再度刃をぶつけ合った。
後ろから斬鶴が襲い掛かる。
するとゴーレムExの脚部装甲が開き、何か粒子を散布した。その瞬間、斬鶴のビーム刃が霧散する。
「BRFか!」
背中の左腕が箒にその手に握る刀を突き立てようと振り下ろされた。
「ちっ!」
箒は斬鶴のビット本体をゴーレムExにぶつけて自爆。その威力でゴーレムExのバランスが崩れたところで、刀を弾き飛ばした。
黒い刀は、回転しながら雲の中に消えた。
「どうだ!」
『……………』
ゴーレムExには気にする素振りはない。機械であるから当然なのだろうか。
しかし変化は起きた。
十数メートル離れたゴーレムEx。そのボディから小さな爆発が連続的に起こる。
「!」
箒も直感的に何かあることを判断して、刀を握る手に力を込めた。
ゴーレムExの傷ついた装甲がバラバラと剥がれ落ちていく。
そして、異形という他なかった姿が、一転して女性的なフォルムに変化した。
「身軽になり、勝負をかけてくるか……!」
『
機械音声が響き、ゴーレムExは左腕の刀を投げ捨てた。
『剣トハ、己ニ打チ勝ツ為二振ルウ物ナリ。敵ヲ打チ倒スベク振ルウ物ナラザリキ……』
残り一振りの刀の切っ先を、まっすぐ箒に向ける。
「篠ノ之流の極意……姉さんの入れ知恵か。ならば………私もそれにならおう」
箒は、雨月を収納し。空裂だけを構えた。
息を長く吐き出し、精神を集中させる。
前を見れば、自分に良く似たシルエットのゴーレムExがいる。
機械の言葉に踊らされ、『自分』に負けた自分がいる。
(そうだ……私の剣は、私の力は━━━━!)
バーニアが火を噴き、刃が閃いた。
「やあっ!!」
「………!!」
紅椿の肩の上部装甲が切れ落ちた。箒は空裂を払い、ゴーレムExを見る。
『………』
ゴーレムExは刀を下ろし、箒に振り返った。
『……………』
そのエネルギーケーブルを束ねるリングが砕け、頭頂部から亀裂が走る。
『…………………お見事だよ。箒ちゃん』
その言葉の直後ゴーレムExは、頭頂から割断。爆破消滅した。
勝利し、佇む箒。
空は夜の色に変わり、振り仰げば、視覚を強化された目に満天の星々が映る。
「………姉さん……」
箒は姉の名をつぶやいた。
でも、その理由は自分でもわからなかった。
そんなわけでゴーレムEx撃破です。
次回は林間学校編ラストです。
約二名ほどいませんでしたが、ラストです。